進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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60話 フローラ VS 女型の巨人 Second Battle

「お願いだから死んでくれ!お前が生きていると皆が苦しむんだ」

 

 

誰かの声が聴こえた。

きっと男の声だろう。

少なくとも誰かが自分に死ねと耳朶を打ったのは分かる。

フローラ・エリクシアは鎧の巨人を討伐するまで死ぬつもりはなかった。

 

 

「はぁ?わたくしは道を進むだけよ!邪魔するなら全て蹴散らしてあげるわ!」

 

 

気が付けば、空は天の川で無数の星で埋め尽くされており地面は砂で覆われていた。

まるでアルミンが話していた砂で構成された雪原みたいなものであろう。

薄暗い青色の空間は、とても幻想的であり、すぐにここが夢であると分かった。

 

 

「お前は生きちゃいけない人間だ!お前が生きていると大切な人が苦しむんだ!」

 

 

声はするがどこにも姿は見えない。

不思議な事に声は聞こえて記憶に残っているのに性別を判断できなかった。

まるで正体が自分にバレるのを恐れている卑怯者である。

ただ、その正体が自分にとって大切な人だと分かる。

何故なら、本気で憎んでいるなら、わざわざ呼びかける必要が無いからだ。

 

 

「次で何もかも終わらせてやる!そして必ず巨人を…」

 

 

声の主は巨人を駆逐するつもりのようだ。

それで声の正体が分かった。

 

 

「わたくしが巨人を駆逐してあげますわ!」

 

 

あえて声の主の名前を叫ばずに発言したフローラ。

そして、くだらない夢から覚めようと指を噛んだ!

 

 

-----

 

 

「ううっ…ゴホゴホ!」

 

 

フローラの口内は、砂や細かな破片で汚されており舌が乾いていた。

視界は、ぼやけているが幸いにも五体満足で動ける様だ。

まずはブレードが挿入された操作装置の柄を握りしめて立ち上がろうとした。

 

 

「痛たたた…久しぶりに気を失ったわ」

 

 

訓練兵時代では慣れた事ではあったが、久しぶりに気を失う感覚を思い出したフローラ。

慣れた手つきで立ち上がろうとしたが、受け身をしなかったせいか身体中が悲鳴をあげている。

何度も経験した脳震盪というより、単純に今までの疲労が積み重なった結果だと思った。

 

 

「レスター班長!レクソンさん!ジルバさん!」

 

 

さきほど同行していた先輩たちに声をかけたが返答は無かった。

砂埃が晴れていくと、そこには惨状が広がっていた。

 

 

「そう…みんな死んだのね」

 

 

両脚以外存在しない遺体、壁に減り込んで原型を留めずにスライム状になった赤色の何か。

折れやすいスナップブレードが円弧を描いて曲がっており、凄まじい衝撃だったのが分かる。

その近くには持ち主と思われる腕が転がっていた。

辛うじて原型を留めている死体は、自分の言葉に反応したレスター班長だった物だと分かった。

 

 

彼女は、離してしまったグリップを握り直して地面に当てて杖代わりにして立ち上がった。

 

 

「アルミン!あそこで動いている奴が居るぞ!」

「よし、逢いに行くぞ!」

 

 

ジャン・キルシュタインは、アニが放った爆心地で動く人影が見えた。

爆心地で他の兵士は無残に死んでいるのに1人だけ五体満足でいるのを見てすぐに分かった。

 

 

「おい!?無事か!?」

「無事じゃないわよ…」

「よし、106回も医務室送りされた甲斐があったな」

「このぉ!張り倒すわよ!」

 

 

アルミンとジャンは負傷兵に駆け寄て膝づくと、寝ぼけた顔をしたフローラを確認できた。

周りは凄惨な状況なのに今まで呑気に寝ていたのかとツッコミたくなったほどの顔だった。

 

 

「さっきまで何をしていた?」

「夢の中で誰かに殺害を予告されていたわ」

「寝ぼけてないで行くぞ!」

 

 

ジャンは、フローラの軽口から全然問題ないと分かったので気にせずに先行した。

アルミンも、リヴァイ兵長に次ぐ兵士を合流できて安心した。

 

 

「第四分隊が女型の巨人を捕らえたけど、これで終わるわけない!早く来てくれ!」

「あなたたち!負傷した乙女を少しは心配しなさいよ!ああもう!!」

 

 

生きていて五体満足を確認した彼らは、フローラをこれ以上心配しなかった。

大嵐の中で立体機動をして翌日、池で丸太を抱いて浮かんでいた癖にその翌日に復帰する生命力。

夜間特訓と称して、ガスボンベを付け忘れて崖から飛び降りたのに、手首を挫くだけで済んだ運。

2人とも彼女の凄まじさを知っているから、手を差し伸べたりしなかった。

トロスト区での戦いで覚醒するまでこんな扱いだったので、フローラも抗議するのを諦めていた。

 

 

「待ちなさいよ!」

 

 

さきほどまで気を失っていたのに立体機動をできる時点で化け物である。

その上を行くとしたらリヴァイ兵士長くらいしかいないだろう。

 

 

「クソ!のんびりしやがって!」

「俺だって本当はあっち側に居られたのにそれがどうしてこうなっちまったのかな…」

 

 

ジャンは、棒立ちで待機している憲兵たちを見て愚痴を吐いた。

成績上位6位である彼は、憲兵になる事もできたが【骨の燃えカス】の影響で調査兵団に入った。

ただ、羨ましいと同時に何も知らずに振り回されなくてよかったという思いもある。

少なくとも本日、ストヘス区で巨人が2体出現する事でショック死する事は避けられる。

 

 

「やっぱり拘束できなかったか!」

 

 

悲鳴や建物が崩壊する音と共に再び女型の巨人が立ち上がり、逃走しているのが見えた。

調査兵が応戦しているが動きを止める事はできていなかった。

 

 

「どうするんだアルミン!」

「もう交戦して足止めするしかないよ!」

 

 

第57回壁外調査の平原の時のように女型の巨人を足止めする。

ライナー・ブラウンがこの場に居ないのを除けば足止めメンバーが揃っている。

前回と同じように足止めをする事を決意したジャン!

 

 

「よしフローラ!足止めをするぞ!!…ってあいつ、どこ行きやがった!?」

 

 

ジャンはフローラに囮になってもらおうと思って話しかけようとすると彼女の姿は見えなかった。

 

 

「ええっ!?さっきまで居たはずだよ!?」

「おいフローラ!出て来い!!」

「鎧の巨人!鎧の巨人!!」

 

 

ジャンとアルミンは必死にフローラに呼び掛けていた。

それと同時に近くで雷が落ちる様な閃光と爆発音がした!

エレン・イェーガーが巨人化して女型の巨人と交戦する為に駆け出した!

 

 

「おい死に急ぎ野郎!民間施設をぶっ壊す気か!?」

「エレン!いくらなんでもやりすぎだよ!」

 

 

エレンの巨人は、女型の巨人に追いついて殴り倒した!

…が、巨体が施設を破壊してしまいジャンは頭を抱えた。

エレンのやり方は、民間人を巻き添えにして女型の巨人と交戦していたからだ!

フローラを探すのも忘れて必死に彼らは遠くから叫んでいた。

だが、外野からの声など怒りに燃えるエレンに届くわけなかった。

 

 

「グオオオオオオオ!!」

 

 

必死にエレンは女型の巨人を殺そうとした!

リヴァイ班のグンタの仇!

巨大樹の森で女型の巨人を足止めしようとして戦死した兵士たちの仇!

そしてなにより、同期や自分に偽って人類を滅ぼそうとした女への怒りだった!

しかし、エレンは負けてしまった。

 

 

「グオオオ…」

 

 

戦闘や巨人化の経験不足、油断、驕り、いくらでも敗因があるが、致命的だったのが…。

リヴァイ班に護身を想定して特訓させられていたせいで、専守防衛ドクトリンだった。

あくまで巨人での戦闘は、得意である対人格闘術であるがそれはアニの影響が大きかった。

そのせいで、大半の攻撃を見切られてしまい、カウンター攻撃で倒されてしまった。

それでもエレンのおかげで女型の巨人の足止めに成功した!

それが次に繋がる一手となった!

 

 

「前より強くなっているのね」

 

 

フローラは女型の巨人が爪を伸ばしてエレンの巨人を両断したのを目撃した。

『爪ブレード』と名付けたそれは、巨体すら両断する刃物だと経験上分かっていた彼女。

だからこそ、エレンのおかげで初見殺しを回避できたのを感謝した。

右アンカーを遠くにある地面に撃ち込んで精神を落ち着かせた。

 

 

「ふぅ…これでいいわ」

 

 

一呼吸した後、信煙弾を撃ち上げて女型の巨人に自分の存在を気付かせた。

奇しくも、ミーナの親友同士が殺し合う地獄に彼女は笑うしかなかった。

 

 

「お久しぶりね、女型の巨人!!…いえ、アニ・レオンハートって言えば良いのかしら?」

 

 

女型の巨人は一瞬だけ頭を垂れたのを見て、アニも躊躇っていると分かった。

フローラも刀身が揺れており、手が痙攣しているように振動が止まらなかった。

双方とも思い浮かべたのは、ミーナ・カロライナの笑顔だった。

彼女がこの場に居たらどんな顔をするのだろうか。

 

 

「調査兵団の第四分隊、遊撃戦闘員、フローラ・エリクシアがお相手しますわ!」

 

 

それでも成さねばならない時がある!

今がその時だからだ!!

フローラもアニもこれで終わらせるつもりだった!

 

 

『死ね!』

 

 

女型の巨人は硬質化した爪を伸ばしてフローラの居た場所を薙ぎ払った!

フローラは予め撃ち込んだワイヤーを高速で巻き取って斬撃を回避した!

石畳の地面が粘土細工のように瓦礫が飛散して辺りに激突していく!

 

 

「やっぱり厄介ね!」

 

 

真っ先の両断するべきなのは両手である。

硬質化している以上、うなじががら空きであるがとてもじゃないが攻撃できる手段がなかった。

ここは広場であり、立体機動をするには女型の巨人にアンカーを撃ち込まないといけない。

だが、調査兵団の兵士を殺害し続けた“彼女”も想定していないわけがない。

 

 

『さすがにこれじゃ死なないか!でも…えっ!?』

 

 

女型の巨人は、フローラとの白兵戦に懲りたので、もう一度薙ぎ払うつもりだった。

しかし、フローラは姿を消していた。

砂埃や瓦礫があるが人が隠れる場所などなかった。

人間の足では逃げるのは限界があるし、なにより見下ろせるから見つからないわけがなかった。

 

 

『あれ?』

 

 

仕方なく適当に薙ぎ払おうとしたら、何故か右手の親指から伸ばしたはずの爪が無かった。

視線を辿っていくと、右手の指が全て切断されていた。

 

 

『えっ!?』

 

 

フローラは、一か八かアンカーを硬質化した爪に撃ち込んだ。

そしたら何故かアンカーが刺さってしまい、困惑したが…。

できちゃったので、そのままワイヤーを巻き取って地面から離脱していた。

 

 

『アンカーって謎よね…あとでグリズリー班長に訊いてみようかしら』

 

 

巨人の皮膚や樹木はおろか、民家の壁や50mの壁までアンカーは突き刺さる。

それは分かっていたが、まさか硬質化した物体まで刺さるとは、フローラも予想できなかった。

フローラは、アンカーが壊れた経験もあって信用してなかったが刺さった以上、好都合だった。

右手の指を全て切断した彼女は、右肘にアンカーを突き刺してぶら下がっていた。

 

 

「さすがに気付かれたわね」

 

 

右手を切られたのに気付いた女型の巨人は前転してうなじを斬られるのを防いだ。

さきほどまで硬質化していたせいで、うなじの守りが無防備だったからだ。

もちろん、一緒に前転するつもりはないフローラは地面に着地していた。

 

 

『だから戦いたくなかったのにいいいい!』

 

 

女型の巨人はすぐに立ち上がって左手の爪を伸ばして付近を薙ぎ払った!

右手でうなじを抑えながら目に入る場所を攻撃していた。

やけくそではあるが、フローラも身動きがとれなかったので悪くない判断である。

当の本人は、女型の巨人の右足の甲におり、一切効果が無いのを除けば…。

 

 

「おい、何が起こっている!?」

「分からん!」

「どっかの誰かが信煙弾を撃ってから動きがおかしい!」

「エレンを連れて逃げないのか!?」

 

 

あまりの破壊行動に調査兵団も憲兵団も呆然として待機しているしかできなかった。

しかし徐々に行動が可笑しい事に気付いた。

てっきり、巨人の亡骸からエレンを奪取して逃亡すると予想されていた女型の巨人。

何故か、逃亡するどころか広場に展開するのを防ぐ為に牽制しているようであった。

 

 

「ニファ!一体何が起こったんだい!?」

「…女型の巨人の足元にフローラが居ます!おそらく彼女を攻撃したいのでしょう!」

 

 

ハンジ・ゾエは、単眼鏡を覗いていた寵臣に尋ねると、納得ができる返答が来た。

何故、フローラはそのまま奇襲に移らないのか疑問だったが時間稼ぎなら納得できる。

 

 

「第4班、第5班は、50mの壁に展開して捕獲の準備を!」

「「「「了解しました!」」」」

 

 

情報を得たハンジは、迅速に部下に指示をして有利な状況を構築し始めた。

この期を逃せば、調査兵団と、人類の未来が終焉に向けて崖から転がり落ちるからだ。

限られた資材と人員で、崖に落ちない様に橋を作って【希望】という対岸を繋ごうとしている。

【希望】が目の前にあるのなら、何としてもそこに辿り着かなければならない。

 

しかし、女型の巨人が伸ばした爪がもたらす【副産物】に関して、誰も気付くことは無かった。

爪を構築している副産物の危険性に関して、全員が身をもって実感する事となる!

 

 

-----

 

 

「全てお前の仕業か!?」

「そうだ、全て私の独断専行だ」

 

 

憲兵団の師団長であるナイル・ドークは同期の調査兵団団長のエルヴィンを問い詰めていた!

2体の巨人が暴れ回って数多くの死傷者が出たと部下から報告を聴いて彼は怒りに燃えた!

 

 

「街中でそんな作戦を決行すれば、どんな事態になるか想像できたはずだ!」

「…人類の勝利の為だ」

 

 

民間人の死傷者が出るのは、賢い彼なら分かったはずである。

知ってて作戦を決行し、罪のない人々や生活を破壊した悪魔!

ウォール・ローゼ出身である彼は、内地についてそこまで愛着は無かった。

それでも駐屯兵出身の彼は、民間人を護る事に全力を注いでいた!

だからこそ、わざと民間人を巻き込むように作戦を立案してエルヴィンを許せなかった!

 

 

「ふざけるな!貴様は反逆者だ!ここで処刑してやる!」

「構わない、だが後の指揮を頼むぞ。絶対に女型を逃すな!」

「はぁ?」

「まずは部隊の指揮をしているハンジ・ゾエと接触し、指示を請え!その後は第1班の残存兵力と共に憲兵団を壁の頂上に展開してくれ。そして補給部隊は第7班だ!その部隊は正門付近に展開しているので…」

「待て待て!何を言っている!?」

 

 

ドーク師団長は、独断でエルヴィンを撃ち殺すつもりだった。

それを聴いたエルヴィンは、指揮と責任を彼に渡す為に全て説明するつもりである。

当然、いきなりそんな事を聞かされても、困るのがドークである。

憲兵団の指揮と調査兵団の指揮を同時にできるわけもなく困惑するしかなかった。

それがエルヴィンの狙いと知らずに、思わず銃口を逸らして射殺するのを一時中断した。

 

 

「くっ!エルヴィン団長に手錠を!全兵士を派遣し住民の避難及び救助活動を最優先で行なえ!」

「「「「ハッ!」」」」

 

 

やむを得ず、巨人に関しては調査兵団に一任して憲兵団は住民の避難と救助をさせることにした。

腐敗した憲兵団が戦力にならないのは、トップであるドークが一番知っていたからだ。

悔しそうにエルヴィンを睨めつけているしか彼にはできなかった。

 

 

「全員伏せろ!!」

 

 

エルヴィンの一言で、調査兵団の兵士とリヴァイと発言した本人が伏せた!

突然の奇行に戸惑うしかない憲兵たち。

 

 

「えっ?」

「うっ!?ドーク師団長!危ない……ぶほっ!?」

 

 

副官の1人であるロンメルがドーク師団長を勢いよく突き飛ばした!

飛ばされた彼は地面に激突して転がり回った。

何事かと思う暇もなく火薬庫が爆発した様な音で鼓膜が破れそうになった!

衝撃で脳が揺れて声すら出せず、ただ収まるのを待つしかできなかった!

 

 

「ゴホゴホ!!」

「なんだぁ!?」

「にゃぁにがぁ…おこぉったぁ!?」

 

 

今まで住宅街に居たはずなのに瓦礫の山になってしまい戸惑う憲兵たち。

ドークは、状況を把握する前に突き飛ばしたロンメルを探した!

 

 

「おいロンメ…ル…ぅ!?」

 

 

惨状を目撃したドークは、全身の力が抜けて両手と両膝を地面に付き絶望した。

さきほどまで自分が居た場所に人体ほどの結晶の欠片があり、肉片が辺りに散らばっていた。

 

 

「なんで…」

 

 

女型の巨人も含めて全員が知る由もなかったが、明確な弱点があった。

女型の巨人が左手の親指の爪を伸ばして作った【爪ソード】は時間制限がある。

硬質化で生成される結晶体が自重に耐え切れず崩壊してしまうほど脆かった。

フローラがアンカーを撃ち込む事もできたのも、それが原因だった。

 

問題なのは、爪を勢いよく薙ぎ払っているせいで結晶同士の結合が外れた瞬間!

無数の結晶が、音速を越える速度で住宅街に降り注いだ!

音速の2倍以上の質量がストヘス区のあらゆる物を破壊する殺戮兵器となってしまった。

当然、近くにいた調査兵団の部隊にも結晶の欠片が降り注いでいた。

 

 

「ぶ、分隊長!?ご無事ですか!?」

「あ、ああなんとか…」

 

 

第四分隊の副長であるモブリットは、上官の安否確認をした。

ハンジ・ゾエは屋根から飛び降りて結晶の直撃を免れたが、手首が捻挫した。

ニファ、アーベル、ケイジといった直属の部下が五体満足でひとまず安心した。

ジャンとアルミンとミカサも物陰に隠れていたおかげで無事だった。

しかし、屋根に待機していた他の班員は、さきほどの散弾で全滅した。

 

 

「くそ、あの伸びる爪が…こんな攻撃に転用できるとは…」

 

 

ハンジは悔やんだ!

すぐにでもフローラに加勢するべきだった。

ちんたらしたせいで、この街の犠牲者は、少なくとも400人は居ると分かるほどの惨状だった。

フローラも女型の巨人も結晶が散弾になる事を想定していなかった。

そのせいで双方とも惨状を見て動けなかった。

 

 

「この…!」

 

 

先に動いたのはフローラだった。

脛に撃ち込んだアンカーを外して地面に着地してアニが見下ろせる場所に待機した。

技術4班が作った手投げ式の閃光弾を取り出して女型の巨人を見上げた!

 

 

「女型の巨人!それが貴女のしたい事だったの!?」

「結晶体を街に撃ち込んで街を滅ぼすつもりだったの!?」

 

 

フローラは叫んだ!

ストヘス区の街を結晶体をばら撒いて滅ぼすつもりだったのかと!

負の感情を“声”として聴ける能力がある彼女は、アニがそんな事思っていないと分かっている。

それでも、内心を揺さぶるように叫んだ!

 

 

『違う!私はこんなつもりじゃ…』

 

 

アニ・レオンハートは、人殺しをしたくなかった。

自分を殺そうとする兵士はともかく、民間人を殺すつもりはなかった。

ドーナツ店やトレーニング店、お世話になった人々、ストヘス区を破壊するつもりはなかった。

だが、眼前に広がるのは無残な瓦礫と化した街並み。

悲鳴など遠くて聞こえないはずなのに彼女の心に直接届くようであった。

 

 

「虐殺者アニ・レオンハート!貴女の名前は一生残るわよ!!」

 

 

フローラは、手投げ式の閃光弾の安全ピンを抜いて外套のフードを深く被った。

そして女型の巨人に向かって駆け出した!

 

 

『うるさい!さっさと死ね!』

 

 

女型の巨人は2つ誤算があった。

まず、閃光弾は銃身にセットする必要があると常識に縛られていた事。

もう1つは、自暴自棄になって伸ばした親指の爪は、使うほど崩壊する時間が短くなる事だった。

“彼女”は、右肩の上に20m以上の爪を掲げて振り下ろそうとしていた。

 

 

『ああああ!?』

 

 

閃光弾が炸裂して光を見てしまったと同時に爪を振り下ろした!

しかし、その爪は既に崩壊しており、フローラの頭上の遥か上を高速で飛んでいく!

さきほどより速度が出た1000個以上の結晶の欠片が街へと降り注いだ!

それは、アニの同僚である104期憲兵で構成された護衛班が居た場所にも降り注いだ!

 

 

「クソがあああああ!」

「もう嫌ああああああ!」

「ぎゃあっ!」

 

 

マルロは、ヒッチを護るように覆い被さって伏せていた。

ヒッチは瓦礫に圧し掛かれていると思いパニックになっている。

ボリスは結晶が激突して崩壊した建物の瓦礫に埋もれて即死した。

護衛班は、誰一人守れずただ伏せているしかできない。

 

 

「おいエルヴィン!」

「なんだリヴァイ?」

「これじゃあ、女型の巨人を捕獲しても調査兵団は解体されるぞ!」

「そうだな」

 

 

奇跡的にも2回目の結晶が飛んでこなかった場所に居た2人。

無駄死にさせるのが大っ嫌いであるリヴァイ兵士長。

多少の犠牲者は折り込み済みであったが、いくら何でも犠牲者が多すぎた!

住民の3割が死んだトロスト区ですら、ここまで街並みは破壊されなかった!

 

 

「お前の装備を貸せ!俺が奴を仕留める!」

「いや、お前の専用装備はそこだ」

 

 

エルヴィンの指示を受けて副官が装備が入ったケースを運んできた。

それを受け取ったリヴァイは装備を着用して、馬車に繋がれた馬を駆りて飛び出していった。

 

 

「エルヴィン…これがお前の描いた作戦なのか」

「ドーク、さすがにこんな惨状を引き起こすのは予想できなかったよ」

 

 

2回目も結晶が飛んでくると思い、伏せたドーク師団長の顔は血だらけであった。

もはや、元凶であるエルヴィンを射殺する気力すらなかった。

 

 

「すまない…」

 

 

エルヴィンはそれを見て瞼を閉じて犠牲者に謝った。

それでも、女型の巨人を取り逃がせば更なる犠牲者が出る。

せめて作戦だけでも成功するのを祈った。

 

 

-----

 

 

「これで【爪】は潰したわ!」

 

 

フローラは、女型の巨人が閃光弾で怯んだ隙に左手の指を切断した。

結晶を生成する過程で必要な硬質化と肉体再生は両立できない。

よって、女型の巨人は両手の指を全て切断されている状態である。

 

 

「次!」

 

 

フローラは更なる攻撃を加えようとした!

しかし、女型の巨人は視界を回復できたのでフローラを蹴り殺そうとした!

 

 

『もう死ねええええ!?』

 

 

突然、両目の視力が喪失して恐慌した“彼女”は再び前転した!

 

 

「おいこのアマ!よくも街を破壊してくれたな!」

「オルオ!あまり喋ると舌を噛むわよ!」

「ペトラさん!?オルオさん!?」

 

 

両目を潰したのは、オルオ・ボザドとペトラ・ラルであった。

50mの壁の外で展開していたが騒音と衝撃を受けて独断で参戦した!

女型の巨人はフローラしか注目していなかったせいで後方確認を忘れていた。

それが奇襲に成功した要因であり、彼らがリベンジ戦に参戦できた理由でもある。

広がる惨状にも臆さずに、彼らはスナップブレードを女型の巨人の目に刺して離脱した!

 

 

「よおフローラ!俺達も参戦するぜ!」

「まずは両脚を削いで立たせない様にするわよ!」

「分かりました!」

 

 

女型の巨人に辛酸を舐められた彼らは、二度と犠牲者を出させないつもりである。

復讐でも怒りでもなく、ただひたすらに女型の巨人をバラバラにする気だった。

 

 

「兵士だけじゃなくて民間人の死体も欲しいってか!?あああん!?」

「二度と立たせはしない!」

 

 

女型の巨人はその声を聴いて座り込んで両手をうなじに当てた!

だが、それはオルオとペトラにとって好都合だった!

両肩と脇の肉をコンビネーションで削いでいく2人。

あまりの隙の無さにフローラは参戦できずに傍観するしかできなかった。

 

 

「フローラ!私も協力する!」

「ミカサ!?」

 

 

ミカサ・アッカーマンも女型の巨人に恨みがあった。

動きが止まった瞬間、相棒の元に駆け付けて肉を削ぐ気満々だった!

 

 

「分かったわ!わたくしは右腕を切断するわ!ミカサは左をお願い!」

「削いでやる!」

 

 

最初に右手が力なく地面へと垂れた。

そしてすぐに左手も使い物にならなくなった。

 

 

『嫌だ!嫌だあああ!』

 

 

女型の巨人の潰された眼球にスナップブレードが突き刺さっているせいで再生が無意味だ。

故にブレードを抜かないと視力は二度と回復しないがその隙すらなかった。

“彼女”は、地面に仰向けに倒れるのを忘れて、うなじを硬質化させるのに精一杯だった。

 

 

「ミカサ!」

「潰す!」

「よし行くぞ!お前ら!」

「みんなの怒りを喰らえ!」

 

 

ガスを全力で噴出してオルオとフローラは、右肩を!

怒りに燃えているペトラとミカサは左肩を両断した!

これで女型の巨人は壁を登る事はできなくなった。

それどころか巨人の眼球が使い物にならないので、そのままでは逃げられない。

うなじから本体が出て、直接辺りを確認しなければ逃げる場所が分からない。

そして、それは能力者本体に直接攻撃される危険しかない最終手段でもある。

 

 

『もうヤダ!!私は故郷に帰るぅ!』

 

 

16歳の少女には、この現状は荷が重かった!

同期を騙し、兵士を殺害し、民間人を虐殺し、その代償を支払わなければならない。

視力が戻らず真っ暗なのに立ち上がり走り出した!

例え奇跡的に祖国に帰還できても処刑される道しかないが、それでも逃げたかった。

どう足掻いてもお先真っ暗である残酷な世界から、とにかく逃げ出したかった!

 

 

「逃がすか!」

「責任を取れ!」

 

 

オルオとペトラは、女型の巨人のアキレス腱を削いで離脱した!

走れなくなって倒れそうになるのを必死に耐える女型の巨人!

 

 

「「アニ…倒れて」」

 

 

更にフローラとミカサが膝裏を削いで離脱した!

2人には怒りなどなかった。

ただ、同期だったアニが倒れて欲しかっただけである。

立てなくなった女型の巨人は、うつ伏せに倒れるしかなかった。

 

 

「今だ!身柄を拘束しろ!」

 

 

ハンジ・ゾエは生き残った部下達を率いて捕縛作戦を開始した!

地面に激突した衝撃でアニは意識が朦朧としていた。

もはや、抵抗する気力すらなかった。

ただ、自分は拘束されて拷問され全てを吐かされた挙句、処刑されるのは分かった。

彼女が思い浮かべたのは、父と別れる時の事であった。

 

 

-----

 

 

『アニ…俺が間違っていた』

 

 

厳しい格闘訓練をさせてきた父。

うんざりした彼女は、一度だけ彼に逆らって足を蹴り続けていた。

それ以来、脚を引き摺って歩く事しかできなくなった。

それでも彼はアニの成長を喜んで、更なる厳しい訓練を課した鬼であった。

 

 

『今更俺を許してくれとは言わない』

 

 

そんな彼が泣きながら自分に謝った。

鬼の様であった彼が、父親として泣いていた。

 

 

『この世の全てを敵に回しても良い…約束してくれ』

 

 

3年間も生活してきた同期を裏切って!

一緒に任務をこなしていた同僚を裏切って!

愉しく雑談していた友人たちを裏切って!

自分を期待してくれた訓練兵団の教官を裏切って!

【座標】を奪還するのを期待している祖国さえも裏切った。

彼女に残された味方は、ただ1人である。

 

 

『この世の全てからお前が恨まれても…父さんだけはお前の味方だ』

 

 

血の繋がっていない父だけがアニ・レオンハートの味方である。

心を鬼にして娘を育ててきたが、悪魔の住む地に送り出す事になった時、彼は後悔した!

育ててきた1人娘を失いたくない一心で彼女に泣きついた。

ようやく父の気持ちを理解した彼女は、家族となれたのを実感した。

 

 

『だから約束してくれ…必ず帰って来るって…!』

 

 

アニ・レオンハートは泣いた。

16歳の少女は、父との約束を思い出して絶対に逢うつもりだった。

ここで拷問されて苦痛を味わったまま生涯を終える気は無かった。

いつも精神的な支えになってくれたフローラの言葉を思い出す。

 

 

『大丈夫、諦めない限りウォール・ローゼには絶対に帰れます!』

 

 

巨大樹の森で巨人に喰われそうになった時に自棄で諦めていた彼女。

そんな自分を気遣ってフローラが発言してくれたのが、その言葉だった。

絶望的だった状況だったが、無事にカラネス区に帰還できた。

諦めない限り、必ず希望があると身をもって実感していた。

 

 

「私は諦めない…」

 

 

この時、調査兵がうなじの肉を削いで、アニの顔を発見した。

彼女の目尻には巨人の肉が繋がっており、そこからは涙が滴り落ちていた。

 

 

「居たぞ!巨人化能力者だ!」

「よくやった!引き摺り出せ!できるだけ本体を傷付けるなよ!」

「「「「了解しました!」」」」

 

 

直属の上官であるハンジ・ゾエの命令に従って、第四分隊の面々は肉を更に斬り始めた。

その声を聴いて、アニは最後の力を振り絞って硬質化した!

硬質化のせいで二度と動けなくなると分かっていても、やるしかなかった。

彼女が最後に思い浮かべたのは父ではなく「ごめんなさい」の一言だった。

 

 

「この!硬質化しやがった!!」

「てめぇ!ふざけんな!出て来い!!」

「大量殺人者がああああ!」

「死んで詫びろ!」

 

 

激怒した調査兵団の兵士たちは武器を叩きつけたが、決して結晶が破壊されることは無かった!

父との再会を願って全てを捨てた彼女の覚悟は、鋼鉄よりも硬かった。

それは彼女の全身を包む結晶の硬さに影響しているかのように誰にも破壊できなかった。

 

 

『父さん、私、頑張ったよ、褒めてよ』

 

 

アニは現実逃避した。

硬質化による結晶は、彼女を外界から隔離して真っ暗な世界へと意識を誘った。

そして彼女の意識は薄れた。

いつか、きっと結晶から出れて父との再会を願いながら…。

彼女は最終的に硬質化が解かれて脱出する事となる。

 

 

『ただいま…』

 

 

まさか、その時は現在より地獄の状況に置かれている事となるとは思う事すらできなかった。

 

 

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