進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
ダズ・ウィズリーという男は臆病である。
ウォール・マリアが陥落して以降、世間では兵士に志願しないと白い目で見られる様になった。
彼は周りに流されるタイプであり、幼馴染や数少ない友人と共に104期訓練兵団に入団した。
結果は散々でキース教官に叱責される度に突発的に自殺衝動が出るほど精神的に不安定だった。
そんな彼も定期的に医務室送りとキース教官に叱責されるのがノルマな女のおかげで立ち直れた。
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『フローラ・エリクシア!貴様は問題を起こし過ぎる!!訓練兵団を除隊してもらうぞ!!』
『分かりました…最後にお世話になったキース教官を気絶させてもいいですか?』
『…大した自信だな!もし私を気絶させる事に成功したら除隊処分を取り消してもいいだろう』
『…良いんですか?』
『良いだろう!貴様の様な小娘はぁっつ!?…は…あっ…』
ある日、立体機動で巨人の模型を攻撃する訓練で、立体機動装置を爆発させたフローラ。
ガスボンベじゃなくて立体機動装置を爆発させるという前代未聞の事故を引き起こした彼女。
当然、キース教官は、見慣れてしまった血塗れの問題児を叱責し除隊処分をしようとしていた。
しょげた彼女は、腹いせでキース教官に一矢報いる気満々だった。
それを見た彼は、完膚なきまで根拠のない彼女の自信を潰す為に失言をした。
その結果、彼女のハイキックで顎を強打し脳震盪で倒れた鬼教官。
『キース教官!?嘘でしょ!?この程度で倒れないでください!!』
まさかこの程度で倒れるとは思ってなかったフローラは泣きついて教官を看護した。
余計な事をするな…と医務室から放り出されたりしたが結局、彼女は飯抜きと左手骨折で済んだ。
そして特定の角度でアンカーを巻き取ると想定の30倍以上の負荷が掛かる事が検証で発覚。
フローラがやらかした事故のおかげで立体機動装置が改良されて、調査兵団の事故死が減った。
功績を表彰された時のフローラとキース教官の筆舌に尽くしがたい顔は、ダズには印象的だった。
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「やっぱ、あいつは特別だったんだな…」
フローラは才能のある特別な人間だから調査兵団に行っても活躍できるんだ。
それと比べて自分は臆病で、なんとか生き残る事で精一杯の男に過ぎない。
せいぜい巡回任務か見張りか、掃除くらいしかできない凡人だとダズは思っていた。
実際、自分の実力を把握して役割に徹する事ができる者は少ない。
ダズは、彼なりに壁内人類の役に立とうと日々の任務をこなしていた。
「ダズ!緊急招集だ!速やかにウォール・ローゼの見回りに行くぞ!!」
ダズは駐屯兵として毎日のノルマをこなして平凡な人生を終えるつもりだった。
そんな彼の願いは打ち砕かれた。
「何があったんですか…?」
「壁内に巨人が侵入してきたという情報が入った!住民を避難させるぞ!」
「えっ…」
先輩からの話を聴いてダズは目の前が暗くなった。
50mの壁を巨人が乗り越えてくるのはカラネス区の件で聴いていた。
しかし、100年以上人類を護り抜いた強大で頼もしい壁。
それが突破された。
「わ、分かりました。せめてトイレに行かせてください!」
「これが許可証だ!30分後に『ローゼの扉』に集合せよ!」
「りょ、了解しました!」
先輩が立ち去った後、ダズは吐いた。
彼の脳裏に浮かんだのはトロスト区防衛戦の光景だった。
誰もが助けを求めていて絶望したまま痛みを伴って死んでいった。
特に自分に助けを求める4人家族を見つけた時、助けられたのにフローラの意向で見捨てた。
それが自分と家族に投影…どちらかというと被害者側に置き換えられた。
ダズと妹と両親が兵士4人組に見捨てられて巨人に喰われる光景を思い浮かべてしまった。
「死んでいた方がマシだったのか…?」
ダズには分からなかった。
フローラがどうしようもない自分を助けてくれたのか。
こうして生きているので感謝はしているが、自分でも助ける価値などないと思っている。
それでも彼は兵士として任務をこなすつもりだ。
家族を守るために兵士になった以上、やけくそでも良いからやるつもりだった。
「ダズじゃないか!」
「サムエルか…もう大丈夫なのか?」
「まだリハビリ途中だけどこうやって門衛はできるよ」
サムエル・ナスヴェッターは、ダズと同じ南方訓練兵団104期生である。
唯一、トロスト区で地獄を見ずに生還できた人物でもある。
超大型巨人が出現した時に噴出した蒸気で飛んできた物で彼は頭を打って気絶した。
そのまま落下した時にサシャのアンカーが足に突き刺さって、辛うじて落下死を免れていた。
そして彼女に運ばれた後、トロスト区の外に移動したので1人だけ安全地帯で治療されていた。
「本当に大丈夫なのか?」
「同期のみんなが必死に戦ったのに自分だけ戦線離脱したのを後悔していてね…」
負傷兵になったサムエルはトロスト区防衛戦から外されて安全地帯で治療を受けていた。
そのせいで生還した同期の中で疎外感があった。
彼は死んでいった同期の分まで兵士として全うする気である。
それを見たダズは、彼の真面目と覚悟を見て自分に悲観的になってしまった。
「駐屯兵団第一師団精鋭班が巨人の戦闘を行なう!諸君らは住民に避難を呼びかけろ!」
「中隊長殿!住民はどこに避難させればいいのでしょうか!?」
「各班の班長に知らせている!班長の指示に従って迅速に行動せよ!」
「「「「ハッ!」」」」
駐屯兵団のお偉いさんが『ウォール・ローゼ住民避難作戦』の指揮をしていた。
ダズは未だに他人事に感じており、班長の指示を聞いていても事実だと受け入れられなかった。
誤報とか訓練だと思い込みたかったのかもしれない。
しかし、ダズはこれが現実で起きている事だと実感する光景が目に入った!
「巨人だあああああ!?」
馬に跨ってトロスト区から飛び出してきて30分も経たないうちに巨人が見えてしまった。
悲鳴にも感じられる兵士の叫びから巨人が壁内に侵入していると嫌でも実感できた。
「街道を死守せよ!ここを奪われたらトロスト区が陥落するぞ!!」
「先遣班は交戦せよ!」
「交戦って…平原じゃ立体機動に移れません!!」
「壁に誘導しろ!とにかく街道から巨人を引き離せ!!」
ウォール・ローゼの最南端トロスト区と内地の最南端のエルミハ区を結ぶ大きな街道がある。
そこはウォール・ローゼの動脈であり、ここを喪失すると事実上人類は敗北する。
物資や兵器、兵員を輸送するどころか避難民すら誘導できなくなるからだ。
「クィンタ区の教訓を生かせ!!」
「もうすぐ援軍が来る!それまで持ち堪えろ!!」
かつてウォール・マリアの最西端のクィンタ区で籠城した結果、犠牲を増やしただけで終わった。
巨人を誘導する為に作られた城壁都市は、せいぜい川で魚を釣るしか食料を自足できない。
更に補給が断たれて兵士達は暴走するし、更に退路が巨人だらけになってしまった。
最終的に籠城を諦めて住民を脱出させたものの大半が巨人の餌で終わった。
ウォール・ローゼの最西端であるクロルバ区に逃げ込めた難民は、7人と公式記録に記された。
今回も同じ過ちを繰り返してはならないと駐屯兵団の士官たちは必死に街道を死守する気だった!
「ダズ!いいか!俺達は住民を避難させるだけでいい!」
「分かってますよぉ!」
ダズは班長と共に必死に馬を走らせた!
後方では悲鳴や断末魔の叫びが聴こえてきたが振り返ることは無かった。
5名で交互に確認し合う事で死角から巨人が飛び出してくるのを防いでいた。
何時間馬を走らせたか分からなかった。
「村が見えるぞ!」
「ここはどこだ!?」
「ノーデンベック村です!開拓地拡大で作られた急造の村です!」
「行くぞ!!」
班長の指示に従って班員たちは馬を走らせた!
しかし、彼らはいくつかのミスをした。
「巨人が来やがった!!」
「逃げろ!逃げるんだ!!」
村の住民を避難させる事に意識し過ぎて確認を怠った。
そのせいで民家の影に隠れていた四足歩行をする大型巨人に見つかってしまった。
巨人は馬よりも遅いので引き離せば逃げ切れるはずだった。
調査兵団の馬ではの話であるが。
「ぎゃああああああ!!」
巨人に追いつかれて兵士が片手で潰されてしまった。
彼らは、あくまでも住民の避難が任務だった為、普通の馬を連れてきてしまった。
得体のしれない化け物が地鳴りと共に襲って来るのは人間でなくても恐怖である。
たちまち馬はパニックに陥って操作が利かなくなった。
伊達に調査兵団の馬は高額ではないのだ。
サシャから逃げた馬の様に完璧ではないが、少なくとも巨人から逃走できる様に訓練されていた。
「うわああああああ!!」
「とにかく走れ!!」
「馬が言う事を聞きません!!」
「なんとか持ち直せ!民家で巨人を撒くぞ!」
ダズは必死に手綱で馬を誘導した!
死にたくない一心で必死に口鼓で馬に自分の意志を伝えて走らせた!
それでも巨人の速度に負けており、差は縮まっていくばかりだった。
「嫌だああああああ!!」
ただでさえ老け顔のダズは顔を歪めて泣き叫んだ!!
あらゆる感情を込めた魂の叫びで必死に逃げていた。
そんな事をしても巨人の動きは止まることは無かった。
「前方から兵士が向かってきます!!」
「ああっ!?馬鹿かあいつ!?」
「ダズ、あいつに巨人を押し付けるぞ!!」
「はい!!」
班員から情報を知らされて、ダズは前方をよく見ると緑の外套を纏った兵士が見えた。
馬に乗っておらず双剣を構えてこっちに向かって来ている。
自殺志願者かと言わんばかりに突っ込んでくるので彼は避けずにそのまま突き進んでいった!
「ハァハァ…おい、嘘だろう!?」
疲れたのか急に速度を落とした馬にダズは両手で頭を掻いて取り乱した。
このままじゃ巨人に追いつかれる!
馬を捨てて逃げ出そうとしたが身体が震えて動けなかった。
「大丈夫か!?」
「大丈夫じゃないですよぉ!巨人に追いつかれます!!」
「もう討伐されたぞ…」
「えっ…」
顔が真っ青に染まった班員の一言でダズは硬直した。
誰が?一体どうやって?
恐る恐る振り返ると蒸気を噴出して黒ずむ巨人の前に見慣れた女が居た!
「サシャ!?ど、どうしてお前がこんな所に!?」
「ダズこそ何で居るんですか!?」
「何でって、俺は逃げ遅れた住民を避難させる為にここに来たんだが…」
「奇遇ですね!私もこの子を連れて街から脱出する所だったんですよ!」
芋女のあだ名で呼ばれているサシャ・ブラウス。
馬鹿と称されるが、上位7位の実力者であり、生粋の狩人でもあるので生半可な駐屯兵より強い。
そんな彼女が女らしい私服を纏っているのに困惑するしかなかった。
とりあえず馬から降りて彼女の元に駆け付けた。
「ところでダズ、フローラを見ませんでしたか?」
「フローラ?」
「さっき駆け抜けていったはずなんですが…」
柵の影に隠れていて巨人が討伐された瞬間、逃げようとしたサシャはダズと再会した。
頼りない男でも顔馴染みと再会できるだけで安心感が違った。
一方、ダズはフローラの名が出てきて嫌な予感がした。
「大変だ!!」
「どうしたんですか!?」
「巨人に囲まれた!!」
「もう終わりだぁああああああ!!」
先輩の一言でダズは絶望した。
1体ですら脅威で逃げ回っていたのに巨人に挟撃されてしまった。
「サシャ!…な、何で丸腰なんだよ?ううっ、お前がそんなんじゃ…」
「大丈夫です!何とかしますから!ダズも手を貸してください!」
「いやいや、こんな所で立体機動できないし、俺は弱いぞ!?」
まさかの無茶ぶりでサシャの提案を全力で拒否した!
アンカーを撃ち込む場所は無い、平原、巨人に挟撃された、成績上位の女が丸腰。
死亡フラグ満載であり、彼は必死に彼女の提案を拒絶するしかなかった。
「正確に言うと、あなたのガスとブレードが欲しいみたいです」
「…?意味分からん」
サシャの言葉にダズは混乱するしかなかった。
自分の装備を強奪して巨人を狩るのかと思った。
それなら『みたいです』など言わないし、奪う感じではなかった。
「ほら、ダズ達が囮になってくれたおかげで楽に倒せたみたいですよ!」
「ええっ?」
戸惑う暇もなく眼の前で巨人が倒れて黒ずみながら蒸気を噴出していた。
同僚がやったのかとダズは視線を移すが、班員全員が硬直しており違うのはすぐ分かった。
では、一体誰が巨人を討伐したのか?
ヒントが出されており頭に引っ掛かっていたが彼は思い出す事ができなかった。
「ばぁ!」
「ぎゃああああああ!」
背後から脅かされたダズは涙目でサシャの後ろに隠れた。
巨人討伐数150体を越える化け物女は、気弱なダズを脅かして反応を楽しんでいた。
「フローラじゃねぇか!脅かすなよ…」
「今のお気持ちは?」
「めちゃくちゃビビったぞ」
「そう、元気そうでよかったわ」
フローラと関わると、ダズは調子が狂う。
なんかこの女には負けたくない対抗心や向上心が溢れてくる。
彼女もそれを分かっていてわざわざ行動や言動を選んでやっていた。
「感動の再会は後だ!ダズ!まずは住民の避難に全力を尽くせ!」
「もっと早く指示を出してくれませんか…」
「いや、巨人をあっさり討伐されるとは思ってなかったし…」
駐屯兵団第一師団精鋭班ですら複数で1体の巨人を相手にするのが精一杯だ。
本来は巨人と人間のキルレシオが1:30で、巨人を討伐するのに30人ほどの犠牲者が必要だ。
これでも立体機動による肉薄戦術で犠牲者を大幅に減らしていたがそれでも巨人は強大である。
そんな巨人が複数、瞬殺されるとは誰も思っていなかった。
3名を除いて。
「じゃあダズ、この子のエスコートをお願いしたいんだけど…」
「少女じゃないか…」
「えぇ、避難が遅れた最後の住民よ。丁重にエスコートしてあげてね」
指笛を鳴らしてライリーを呼び戻して、乗っている少女を同期に見せたフローラ。
そんなものを見せられてもダズはどうする事も出来ず、ただ見ているしかできなかった。
「この子を橋の先ある林道に連れて行きたいのよ!」
「なんでそこに行くんだ?」
「そこに馬の大群を連れた人達が居るから助けてもらうのよ」
フローラは、ダズ達に少女を保護する案を伝えた。
駐屯兵たちは躊躇ったが自分達だけでは守り切れないと分かっているので案を飲むしかなかった。
「さきにサシャ達と共に橋を渡って頂けませんか?」
「お前はどうする気だ?」
まるで殿を務める様に発言した調査兵の女に疑問を抱いた駐屯兵の班長。
さきほどと打って変わって不機嫌そうな発言に上官を侮辱したいのかと思うほどだ。
何故かアンカーを柵に撃ち込んでいる不可解な行動をしているのも、困惑させる要因だった。
しかし、その理由がすぐに分かった!
「ゲーリング!ベン!ダズ!少女たちを連れて橋を渡るぞ!!」
班長は号令を出して少女を護るように馬を走らせた。
サシャもライリーに跨り少女を護るために走らせた!
班員たちもすぐに状況を把握して走らせた!
何故なら褐色な肌で醜い顔が印象的な6mの巨人が走ってきたからだ。
「さすがにここで相手にしたくなかったわ!【壁登り】の変異種!!」
ダズ達が橋を渡るのを確認したフローラは双剣を構えて走り出した。
目の前に居るのは、50mの壁を乗り越えてカラネス区を強襲した変異種にそっくりの巨人!
その巨人は硬質化した鋭利な爪を伸ばしてくる上に仲間を呼ぶ習性があった。
なにより女型の巨人戦で硬質化した爪が散弾になるのが判明した為、早急に狩る必要があった!
「もう!鬱陶しい!!」
当然の様に硬質化した爪を伸ばしながらフローラに飛び掛かってきた変異種。
種が割れているおかげでフローラはブレードを投擲したと同時にワイヤーを巻き取った!
巨人の右目に折れたブレードが掠って視界を狭めたと同時に死角に移動した。
「こっちよ!!」
一瞬、獲物を見失った変異種であったがフローラが声を出したおかげで居場所が分かった。
その声のした方に伸ばした爪を薙ぎ払った!
それは罠であり手投げ式閃光弾が破裂して巨人の視覚を一時的に潰した!
「……変異種まで居るとは厄介ね!」
視界が乱れて取り乱した巨人の隙を突いて両手の甲にある白色の器官を潰してうなじを削いだ!
あっさり変異種を倒してみせたフローラだったが、浮かない顔でダズ達と合流に向かった。
この巨人は、弱点の部位を先に潰さないと、うなじへの攻撃が通用しなかった。
更に厄介な特殊能力と凶暴性、アンカーが刺さると転がる習性など初見殺し満載だった。
もし、1分でも討伐に手古摺ったら逆に自分が殺されていたのをフローラは実感していた。
「驚いたぞ…あんなにあっさり巨人を倒してしまうなんて…」
「むしろ速攻で討伐できなかったら逆に殺されていましたわ…」
駐屯兵団の兵士達は、巨人を簡単に討伐した調査兵の女に感心していた。
ダズだけはフローラの浮かない顔を見て、本気でやばかったのかと分かってしまった。
「大丈夫か?」
「珍しく気を遣ってくれるじゃない…」
「いや、すごく真っ青な顔じゃないか」
「ええ、そうね」
フローラの動きを見てトロスト区戦より腕をあげているのは明白だった。
彼女が巨人を3桁討伐しているのは知らないが、リヴァイ兵士長並みに巨人を狩ったと予想した。
そんな彼女でもさきほどの巨人に向ける感情は、厄介さで警戒している感じだった。
とりあえず声をかけたダズにフローラは驚きながらも気遣いに感謝した。
「見ろ!あそこに人が居るぞ!!」
「よし、合流するぞ!!」
先行した駐屯兵たちが避難している集団を発見したようだ。
サシャもカヤもダズも全員喜んでいた。
フローラだけは暗い顔をして他人事のように喜ぶダズに駆け寄った。
「どうしたんだ?」
「ブレードが欲しいの!ガスボンベも交換できるならして欲しいわ!」
「別に構わんぞ。俺じゃブレードを使い潰す前に死んじゃうからな」
「ダズ、ありがとう」
珍しく純粋に感謝されたのにダズは照れ臭そうに頭を掻きながら喜んでいた。
それとは対照的に彼女は暗い顔をして無言で彼の鞘に装填されたブレードを補充していた。
「やけに暗い顔をしてるな…お前らしくないぞ?」
「ダズ、まずいのが来ちゃった」
「…もしかして便意なのか?」
「違うわよ!!巨人よ!!」
ダズはあれだけ頼もしかったフローラが暗い顔をしていたので便意だと思った。
当初は、橋を走って渡ったせいで息を切らしていると想像したが違うのでそう考えた。
人間である以上、仕方が無いが巨人と交戦できるのは彼女だけである。
必死に便意を我慢してると思い、短時間なら持ち堪えてみせると発言するつもりだった。
しかし、フローラの返答は巨人が来てるという一言だった。
「巨人?巨人ならさっきみたいに討伐すればいいんじゃないか?囮くらいならやるぞ?」
「じゃあ、あいつの囮になってくれない?」
フローラはダズの後方に向けて指を指した。
彼は、ゆっくりと後方を伺って絶句したがすぐに声に出したほど衝撃的だった!
「なんじゃあこりゃあああ!?」
「【双頭】の巨人なんて…初めて見たわ!!」
そこに居たのは、四足歩行をする大型の巨人だった。
褐色の肌で額に白色の器官が付いているのでフローラは一瞬で【変異種】と判断した!
問題なのは、下半身より先が枝分かれしており、2体の巨人の胴体があった!
1つの下半身2つの上半身がくっついた【異形の巨人】だった。
「ううっ!こんな時にあんな大型巨人…なのでしょうか?」
「なんじゃありゃ!?」
サシャも駐屯兵も全員が異形の巨人を見て驚愕するしかなかった。
奇行種を通り越して【結合双生巨人種】という新たな種を発見した瞬間だった。
もし調査兵団のハンジ分隊長が目撃したら泣いて感動する光景であろう。
「とりあえず林道に向かうぞ!!ここじゃ分が悪い!!」
「おいゲーリング!!」
「なんだよ…この忙しい時に何か用かよ…ぐあああああああっ!!?」
ゲーリングは班長に先駆けて林を目指した!
しかし、彼は自分が巨人から最も遠いおかげで襲われないという思考があった。
そんな彼を双頭の変異種は易々と追い付いて鷲掴みをしてしまった。
この巨人は奇行種という遠くの獲物を狙うタイプのようであった。
「クソ!ゲーリングがやられた!!」
「散開しろ!これじゃ餌にしかならん!」
ゲーリングと呼ばれた兵士を引き千切って部位を取り合いながら咀嚼する変異種。
巨人には人間と同じように癖や個人差があり、今回は獲物を引き千切って咀嚼するタイプだった。
「死になさい!!」
餌に夢中になっている隙にフローラは飛び掛かって額を切り裂いてうなじを斬り付けた!
しかし、刃は硬い肌に阻まれてはじき返されたと同時に刃が欠けた。
折れた刃の破片が彼女の左腕を掠るが気にする事もなく離脱した。
「両方潰さないと効果がないの!?」
そして絶望感溢れる光景が広がっていた。
巨人にはうなじを損傷しない限り無限に肉体が再生する。
しかし、その速さが異常だった。
「嘘でしょ!?もう治ったの!?」
硬質化を解く為に白色の器官を潰す必要があるが、1分足らずで元通りになっていた。
双剣で削いでいるので通常なら最低でも2分は再生に時間が掛かるが既に元通りになっていた。
つまり、双頭の額の器官を潰したと同時にうなじを削ぐ必要があった。
「よっしゃあああ!これで勝って…ないいいいいい!?」
フローラがうなじを攻撃したのを見て討伐できたと思ってしまった兵士は迂闊に近寄った。
そのせいで変異種に目を付けられて飛び掛かれてしまった!
辛うじて攻撃を回避したものの、すぐに追いつかれるのは明白だった。
「フローラ、怪我してますが…」
「怪我をするなんていつもの事じゃないの」
「そうですが…」
「ダズや…班長さんも来てくれてありがとう」
フローラはダズとサシャと班長が来てくれたのに感謝した。
1人ではあの巨人には勝てないから協力してもらうしかなかった。
「皆さん、お願いがあるの!」
フローラは簡潔に作戦を説明した。
巨人の額をサシャが刃を括りつけた矢で射抜いてもらった瞬間、フローラがうなじを削ぐ!
もう1体も班長が額を攻撃して、ダズがうなじを削ぐという戦法だった。
それを同時にやれというのだ。
誰もが正気を疑ったし、作戦を立案したフローラも正気じゃないと分かっていた。
「本気で言ってるのか?」
「巨人の弱点は、うなじにある縦1m、横10cmの部位を攻撃するしかありません」
「そうだな…」
「それが2つあります!どちらかが外れだった場合、勝率が著しく落ちますわ」
額の弱点部位を潰せば、その巨人のうなじの硬質化が解かれるのは分かっている。
だが、さきほどの攻撃でそれぞれの額の部位を潰さないと硬質化したままなのが判明した。
更にどの巨人でも『縦1m、横10cm』のうなじ部分が弱点である。
つまり、どっちかのうなじが【外れ】ということになる。
「だから皆さんに協力してもらいます。わたくしでは同時に攻撃できないので…」
「何でもいい!ベンが喰われる前にやるぞ!!」
とにかく班長は同僚を救出したかった。
既に部下を2名も失っている彼は、これ以上死者を出したくは無かった。
「無理に決まってるだろう!!そもそも何で俺なんだよ!」
ダズはフローラの案を拒絶した。
不可能の事やって犬死する気など毛頭なかった!
「ねえダズ!立体機動に始めた触った晩の日にやった『夜間特殊訓練』を覚えてる?」
「確か俺達が1位になってお肉を食べたあの班別の合同訓練だろう」
「そうよ、マルコとコニーは居ないけど、また同じ班になったわよ」
「何が言いたいんだ?」
初めて立体機動装置を装備して立体機動をした日の晩、夜間特殊訓練を行なった。
コニー、サシャ、ダズ、フローラといった問題児を抱えたマルコは、さぞかし大変だっただろう。
当然、作戦中でガスを切らして班で最下位だった。
キース教官も狙って班を分けたので、予め叱責するのはその班に決めていた。
ところが、マルコに班長の権限を委任されたフローラは指示を出して好成績を叩き出した。
ビリから1位になってしまい、キースは自分の浅はかな思考を責めて純粋に褒めた。
予想外の快挙を受けて教官に出される肉料理を全て彼女たちに渡したくらい嬉しかった。
「ああ、そうだったな」
「もしうなじを削ぐのが失敗してもフォローしてあげるわよ」
「だからうなじを削ぐ役割を俺にしたのか」
「その通りよ!」
自信満々で胸を張っているフローラ。
何故そこまで言い切れるのか分からないがダズは不思議と失敗しない気がした。
「おい早くしろ!」
「班長!大丈夫です!一呼吸して落ち着きました」
「5、4、3、2、1の1って言ったらサシャと班長さんは同時に額の器官を攻撃してください」
「1の次の0でわたくしとダズがそれぞれのうなじを削ぎます」
フローラも成功率が低いと自覚している。
まずサシャが弓で射抜くのと、班長の攻撃を同時に器官へ与える必要がある。
遠距離攻撃と肉薄攻撃、どちらかが少しでもズレればうなじへの攻撃に失敗する。
そしてフローラとダズは、一撃でうなじを削げなければ返り討ちに遭う可能性が高い。
それでもやるしかなかった。
「数のカウント開始はどうするんですか?」
「それなら私が音響弾を撃つ!その瞬間、5、4、3、2、1のテンポでやるぞ」
サシャは冷や汗を流した。
弓による狙撃は慣れているが、こうやって合同で射抜くのは初めてだからだ。
一番ズレやすいのはサシャであり、相当近寄らないとタイミングが合わない。
失敗する可能性が高いのは狙撃のタイミングである。
班長はカウントのテンポを指導したが実際は、音響弾が聴こえたら即射抜かないと間に合わない。
だからこそ弓を持つ手が汗で濡れていた。
「ベン!!こっちだ!!こっちに来い!!」
部下の限界が近いと察した班長の怒声に近い命令を聞いたベンは必死に馬を走らせた。
巨人はそうとも知らず、逃げ回る獲物を追撃していた。
ここで作戦に従事する全員が巨人の動きを止める手段を考えていなかったのに気付いた!
「お馬さん!!どうしたの!?」
カヤを乗せているライリーは、変異種に向かって突撃した。
何でそんな事をしたのか分かっていないが、巨人の注意を逸らすつもりでやっただけだ。
そして巨人の目の前を横断するように駆け抜けていった。
新たな獲物を見つけてしまい、巨人は一瞬どうするか迷ったように動きが止まった。
「今よ!」
フローラの号令で配置についていた4人が作戦を開始した。
「これで終わらせます!」
「2人の仇を討つ!!喰らえ!!」
その瞬間、サシャは弓を構えて欠けたブレードを括り付けた矢を引いた!
白色の器官にアンカーを撃ち込んだ班長は音響弾を巨人に撃ち込んだ!!
巨人に直撃して動きが鈍ったのを確認する事もなく無言でワイヤーを巻き取った!
サシャは音響弾が聴こえた瞬間、矢を放った!
「ダズお願い!」
「分かった!」
レンガの壁すら貫通するアンカーは硬い皮膚さえも突き刺した!
音響弾が聴こえる前にワイヤーを巻き取って突撃する2人!
もはやタイミングなど気にしておらず、勝手にやっている状態だった。
「ぐおっ!!」
「くっ!」
「このぉ!」
音響弾の衝撃で手元が狂いそうになったが班長は白色の器官を削いだ!
それと同時に刃が付いた矢がもう1つの器官を潰した!
ダズとフローラは器官が潰されたと信じてうなじを斬り付けた!
結果は成功して、2人は無事に同時にうなじを削ぐことができた。
「ダズ!!アンカーを外して!!」
勝利の余韻を味わう事すらできずダズは言われた通り補助スイッチを操作してアンカーを外した。
その瞬間、フローラはダズを抱き寄せて倒れ込む巨人から脱出した。
巨人の下敷きにならないようにアンカーを巨人の亡骸に何度も打って後方へ離脱した。
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「ダズ!ダズ!しっかりしろ!!」
「は、はい班長!申し訳ございません!」
ダズはいつの間にか馬を走らせていた。
とりあえず迷惑を掛けた班長に謝罪して状況を把握しようと努力した。
「ダズ、私はお前の事を甘く見ていた」
「そんな…過大評価ですよ…」
あらゆる面で上位互換の班長の褒め言葉にダズは萎縮してしまった。
他人から褒められる事が少ない彼は、褒められ慣れていないという情けないと思っている。
班長はその姿を見て自分と違って彼は成長途中だと感じていた。
もしかしたら、自分を越える逸材になる事を期待して彼の成長に賭けようとしている。
「そういえばフローラはどこに行ったんですか?」
「ああ、彼女か。東部戦線に援軍に行ってもらったぞ」
双頭の巨人を討伐した後、班長はフローラの腕を見込んで東部戦線の援軍をお願いした。
街道を死守する駐屯兵団第一師団精鋭班の援護をお願いされて困惑したフローラ。
今日は女型の巨人も含めて連戦続きだったので休憩したかった。
それでもトロスト区奪還作戦でお世話になった部隊を見捨てられずに向かう事にした。
「すごいなあいつ…」
「駄目元でお願いしたら承諾してくれたよ」
「そういえばダズ、あの子とどんな関係だ?」
「え?」
ベン先輩に横槍を入れられてダズは困った。
質問した彼の期待に応えられる返答ができないのを実感していたからだ。
「あいつは、俺と同期で104期訓練兵の中で最強で…」
「それで?」
「訓練兵時代で辛くなった時に慰めて精神を回復させた問題児の女です」
「はぁ…」
意気揚々と質問したベンは、つまらない返答に溜息をついた。
せっかく「大切な女です」などと発言したら、くっつくように努力するつもりだった。
うだつの上がらない男には、勿体ない女であるが相性抜群に見えた。
故にダズの本音を探ってみたが縁がなさそうで諦めた。
「ベン、そんな与太話はエルミハ区まで民間人を護送するまで謹んでおけ」
「了解!」
ダズ一行は、サシャの父が率いる避難民たちを護送していた。
ダウパー村から脱出した村人たちは馬を近隣の住民に貸し出して避難を促していた。
さきほどの巨人の戦闘も目撃しており、変異種が討伐された瞬間、兵士達と合流した。
サシャは父と親子水入らずの会話を繰り広げていたが班長たちは無干渉を貫いた。
「ダズ、お前は何故兵士になろうと思った?」
「家族を守るために力を手に入れたかったからでありますぅ!」
「そうか、その力、ここに居る人達を護るために使ってくれないか」
「もちろんです!」
ダズ・ウィズリーは臆病だった。
だが、彼は104期訓練兵団で上位15位の実力者であり弱くは無かった。
一度腹を括って覚悟を決めれば、コニーに匹敵する立体機動ができた。
だからこそ、フローラはわざと彼を煽って本気にさせる為に努力してきた。
「俺は絶対に家族を!故郷を!彼らを守って見せます!」
巨人を討伐して自信満々になった彼は避難民をエルミハ区に送り届けた。
その瞬間、力尽きていつもの気弱なダズに戻った。
班長たちは呆れながらも、新兵の活躍を祝って彼の活躍を同僚達に宣伝した。
恥ずかしがったダズはその日の夜、今日の出来事を思い出して眠る事はできなかった。
『フローラはどうしてるのかな…いや、あいつは寝てるか…』
同時刻、フローラ・エリクシアは眠る事ができなかった。
まさかの夜戦で彼女は涙目になりながら必死に交戦している。
女型の巨人から連戦続きでやっと休めると思った矢先に巨人と交戦させられた。
まるで全ての巨人の戦闘を網羅させられるかのように激戦地に投入されている。
更に翌日に連戦を控えているとは知らない彼女はただ巨人を倒す事しかできなかった。
そうとは知らず、ダズは充実した一日だったと思いつつ疲労で瞼を閉じて睡魔に呑まれた。