進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
『やべぇ…もう巨人化できねぇ…』
本日二度目の巨人化によって疲弊し我慢し続けたが限界が来たライナー・ブラウン。
トイレまで我慢できなかったら社会的に死ぬだけで済むが、ここでは文字通り死ぬ。
気力で耐えてきたが、鎧の巨人の肉体を維持する事ができず巨体から脱出するしかなかった。
『お願いだから気付くなよ…』
幸いにも無垢の巨人は、蒸気を噴き出した鎧の方に夢中になっているが目くらませ程度である。
その間にベルトルトと合流して速やかに戦線離脱しなければならない。
「た、助けてくれえええええ!」
「ベルトルト!?」
立体機動が不可能になったベルトルトは、巨人に掴まれて捕食される寸前だった。
彼の悲鳴を聴いてライナーは駆けつけようとしたが時間も距離も足りなかった。
『何やってんだこいつら…』
そんな哀れで苦労人のベルトルトを救ったのはユミルであった。
悲鳴を聴いて駆けつけて巨人の顔面を爪で抉って彼を救出し、捕食を防いだ!
「あ、ありがとう…」
ベルトルトは彼女に感謝したが、更に状況は悪化していた。
鎧の巨人が消滅して貪り喰っていた巨人の大群が近くに居る獲物を狙い始めたからだ。
兵士の死体から装備を拝借して着替えたいが、そんな暇など無かった。
「無事か!?」
「なんとか…」
「とにかく馬を拾って逃げるぞ!!」
合流したライナーは相棒の無事を確認して、すぐさま馬を呼ぶために指笛を鳴らした。
だが、兵団が連れて来たのは壁外用の馬ではないので、巨人を恐れて1頭も近寄って来なかった。
「ライナー、呼んだかしら?」
「呼んでねぇよ!!」
代わりに来たのは、赤い体毛で凶暴な馬と、それすら凌駕する女だった何かだ。
双方とも普通ではなく、馬も化け物も身体中から血を垂らしており、地面を赤く染めていた。
巨人の血は蒸発して消滅するので、残るという事はそういう事だろう。
「フローラ…!」
「ああ、良かった。まだ生きていたのね…」
ライナー・ブラウンは、目の前の化け物と
クリスタと仲良くなるためにアドバイスしてもらったし、アニへの伝言役にもなってもらった。
相棒のベルトルトが自分の意志で行動できるようになったのも彼女のおかげである。
それが無垢の巨人の大群よりも質が悪い化け物として出現した。
「嬉しいわ!あんなに群がれていたら巨人に喰われたと思ったのに!」
「悪運だけは良いからな…」
「わたくしに殺される為に生き延びたなんて嬉しいわ!」
残酷な笑みを浮かべている悪魔を通り越した何か。
知性がある生物ならあるべき『恐怖』という感情を欠如した化け物。
立ちはだかる様に飛び出した巨人を討伐し、再び華麗に馬に乗って見せた狩人。
鎧の巨人の継承者であるライナーの死を求めて殺意剥き出しで突っ込んできた!
「死んでたまるか!!ぐほっ!!」
馬鹿正直に馬で突っ込んできた彼女を迎撃しようとしたライナーであったが…。
そんな彼の思惑は投擲された刃で砕かれた。
ライナーの喉元に彼女が護身用として持ち歩いていた短剣が突き刺さる!
「ぐおっ!?」
それでも堪えたライナーは煌めく刃を持っていた刃で受け止めきれなかった!
彼女の悪意が染まり切った刃は、彼の右肩を削ぎ落して腕を地面に落下させた。
「がはっ!?」
呼吸をするのが最優先のライナーは、左手で生暖かい柄を握り締めて喉奥に刺さった刃を抜く。
仕返しに投擲しようと試みるが、既に斬撃が眼前に迫っていた。
左手で握った短剣で構えて受け流そうとしたが、柔軟に曲がる刃には無意味で左肘を両断された。
「フローラ!!僕が相手だ!!」
さきほどまで相棒がやられていたのを傍観していたベルトルトはフローラを挑発した。
しかし、彼を相手にしたのは彼女ではなく巨人の群れだった。
「なんでだああああ!?」
ベルトルトは気付くことは無かったが、フローラは巨人を誘導していた。
さきほど10体の巨人をけしかけたのは、巨人化能力者を2人も同時に相手にできなかったからだ。
3桁の巨人を討伐してきた彼女は、既に巨人の動きを大体分かるようになっていた。
フローラは、ベルトルトに巨人が襲撃できるように調整しており、意外と冷静さが残っていた。
「うわああああああああ!」
『立体機動ができない兵士など囮にすらない』という教官の教訓にあるように無力だった。
彼の逃走劇を見届ける事もせずに彼女は、瀕死のライナーを殺そうとライリーを走らせた!
「おっほっほっほっ!どこに逃げる気?」
「畜生が!!」
髭もじゃの男、後にジーク・イェーガーと名乗る能力者を殺し損なった彼女は容赦ない。
ライナーの首を刎ねて!脳を潰して!心臓を切り刻んで!死骸を火炎瓶で焼くつもりだった!
巨人よりも速い騎兵から逃げきれるはずもなく両親の仇は復讐鬼に追い詰められていく。
運が良いのか悪いのか、草むらに隠れていた石に躓いてライナーは前屈みに転倒した。
それを彼女が見逃すはずもなく、しなやかに曲がる刃が胴体を切断しようと振り下ろされた!
「ユミル…何故、邪魔をするの?」
転んだライナーを守ったのは、牙と爪が印象的なユミルが操作している巨人である。
フローラは、両親の仇を守るように両手を広げて立ち塞がった巨人に対して問いかけた。
「…わたくしはミカサより甘くないわよ!これ以上邪魔するなら『事故死』として片付けるわ!」
それは最終通告だった。
僅かに残った理性と冷静な判断によって、数秒間だけユミルに猶予を与えた。
『分かってくれ!こいつらを殺したところで壁内の侵攻は終わらないんだ!』
ユミルは、必死にフローラを抑えようとしたが、そんな事で止まる進撃娘ではない。
僅か数秒で、クリスタとの思い出を走馬灯として振り返って、人生が終わると実感していた。
巨人が【恐怖】を具現化したものであるなら、フローラは【死】そのものだったからだ。
だが、女神として演じて困っている人を見捨てられないユミルは立ち塞がり続けた。
「……そう、クリスタを捨ててライナーと一緒に逝くのね!手伝ってあげるわ!」
フローラは、カラネス区を強襲した変異種とそっくりのユミルの巨人を殺す事にした。
彼女には恨みなど無くただ、鎧の巨人の付属品だから片付ける感覚だった。
そうしないとやってられなかった。
『やっぱ、おっかねぇ…!』
ユミルの巨人は、両手をフローラに近づけた瞬間、両断されてしまった。
第58回壁外調査やウトカルド城防衛戦で目撃しているので彼女の実力は知っているはずだった。
巨人の首を刎ねて、少し休憩するだけで復帰できる化け物。
味方であれば頼れる存在が敵対した瞬間、巨人の気持ちを実感して同情する羽目になった。
『爪は伸ばさないし、顎は装甲で強化されてないし、仲間も呼ばない…劣化じゃないの』
フローラからすれば、ユミルの巨人は変異種の劣化版で拍子抜けだった。
両手の爪を鋭利な刃物として瞬時に6m以上伸ばす事も無い。
顎など装甲のような硬質化した皮膚が表皮を覆っていない。
胃液を飛ばすわけもなく同格の巨人を呼び寄せない劣化した巨人である。
『目の前に居るのは巨人。わたくしは巨人を殲滅するだけ』
そこら辺で転がっていた兵士の死体から刃とガスボンベを回収したフローラは、まだ戦える。
ベルトルトは巨人7体に追われており、ライナーは無様に息切れして必死に体調を整えていた。
そしてユミルは限界が来たのか、うなじから本体が飛び出して地面に転がっていった。
「フローラ!話を聴いてくれ!」
「ライナーの時間稼ぎには…乗らないわよっ!」
「鎧の巨人や超大型巨人ですら歯が立たない勢力が壁外に居るんだよ!」
「じゃあ、そいつらも!一匹残らず駆逐してやるわ!」
ユミルは「個人の実力でなんとかなるもんじゃねぇよ」と叫びたかった。
だが、今の会話中で流れる様に2体の巨人を討伐したフローラを見て何とも言えなくなった。
「貴女も分かってるでしょ。エレンの力があれば巨人を操り敵勢力を滅ぼせるって事を!」
「お前が考えている以上に単純な話じゃないんだ!」
「言ったでしょ?巨人を1匹残らず駆逐するって!ライナーに命令した元凶も抹殺するわ!」
フローラは壁外がどんな世界なのか知らない。
ただライナーやベルトルト、ユミルが壁外で生まれた人間だという事は分かる。
彼女が興味があるとしたら壁外に人類は存続しているくらいだった。
『壁外人類がわたくしたちに滅んで欲しいのであれば、巨人で
それと同時に壁外の人類は滅びたと習ったので、だからどうしたとしか言いようが無かった。
壁内の平和を乱す勢力なのは分かっているので、教わった通り、巨人で壁外人類を滅ぼせばいい。
エレンには【巨人を操る力】があるのだから!
『やばい!こいつ!エレンで世界を滅ぼす気だ!』
壁内の王は50mの壁に大量の超大型巨人を埋め込んで壁外人類への抑止力とした。
壁内に介入すれば幾千もの超大型巨人が地上を踏み潰し蹂躙して壁外勢力を滅ぼすと!
それらの巨人を行使するのは、『フリッツ王家』と『始祖の巨人』の力が必要だった。
さすがにユミルの知識ではそんな情報は無かったが放置すると碌な目に遭わないのは理解できた!
『やべぇ…!それだけは阻止させなければならない。俺の首を差し出してでも…』
フローラを除く3名は、その力がさきほどエレンに宿っていると身をもって分かってしまった。
どういう条件で発動するのかは知らないが、フローラを放置すると発動しかねなかった。
ライナーはそれだけは阻止したかった!
「フ…フローラ…!!」
「あら、わざわざ殺されに来たの?ご褒美に楽に死なせてあげるわよ」
「お願いだ…俺には壁外に大切な家族が居るんだ…」
「だから?」
ライナーは最優先で喉を再生してフローラの前に出て説得するつもりだった。
自分を恨むのはしょうがないが、彼女のやり方だと世界が滅びる。
「俺は恨んでくれてもいい!でも「とりあえず死んで」うおっ!?」
フローラは、説得しようと発言したライナーの首を目掛けて双剣を横に薙ぎ払う!
ユミルがとっさに押し倒さなければ、ライナーの頭は胴体からさよならバイバイする所だった。
もちろん、それで終わるはずもなくフローラは冷静に構え直して刃を振り下ろした!
「あれ?」
しかし、刃が振り下ろされたのは2人ではなくその手前の草原であった。
何故外れたのかフローラは両腕を確認すると、無意識に震えていた。
同期を殺したくない恐怖なのかと思ったが、単純に両腕に負荷をかけ過ぎてボロボロだった。
「ここでぇ!?ようやく!!ここまで来たのに!?ああ!!肝心な時にぃ!!」
フローラは再度攻撃に移ろうとしたが、巨人の群れが襲撃してきた為、それに飛び込んで行った。
拍子抜けしたライナーはユミルを振り払い立ち上がるが、何故見逃されたのか理解できなかった。
「何があった?」
「さっきから両腕の動きがおかしかったんだ。多分、あいつは限界だと思うぜ」
ユミルは、さきほどからフローラの動きがおかしいのに気付いていた。
巨人のうなじを削ぐのではなく首を刎ねるという行動。
ただでさえ疲弊しきっているのに明らかに身体に負荷が掛かるやり方で巨人を討伐していた。
あの時は、刃もガスも枯渇したせいでああなったが、今は装備が揃って居るのにやっていた。
つまり彼女も口ではああ言っているが、相当動揺しており、自分たちを助けにきたのだと思った。
何故なら、両親の仇を討つならそのまま放置しているだけで確実に達成できるはずだからだ。
「ライナー、ベルトルさんの所に走ってやれよ」
「…何でだ?」
「お前が巨人に殺されたくないからあいつは追撃してきたんだ。早く行かないと死ぬぞ」
「なるほどな…ユミルも来てくれ」
「はぁー、なんでこいつらの所に来ちまったんだかな…」
ベルトルさんは覚醒したが、すぐに役立たずになった。
クリスタの狙う恋敵のライナーは、精神が分裂するほど気弱な男である。
ユミルは、彼らにもらった力を返却しに来たが、愚痴ってしまうほど頼りなかった。
後ろを振り返れば、巨人が次々と討伐されており、この場に居る巨人を掃討する勢いだった。
皮肉にも彼女が頼れるのは、敵対した女だけであった。
「ぜぇぜぇ……すまねぇ…動けねぇ…」
「糞ゴリラ!さっさと動け!立て!お前のせいで大勢死んだんだ。分かってるのか!?」
ライナーは既に限界であり絶体絶命の窮地に陥ると分かりつつもその場に座り込んでしまった。
精神的に参っているのもあったが、昨日の疲労が重なって動けているのが奇跡の状態である。
身体の再生も目に見えて遅くなっており、自分の限界を実感するしかなかった。
「追い付いたわ」
「もう来たのかよ!?」
「ライナー、刃とガスをよこしなさい…」
「えっ…」
フローラは所持していた刃とガスを全て消費してしまった。
ライリーで逃げ切る事ができたが、それだとライナーを自分の手で殺せない。
だからと言って、死体から武器を拝借する時間などなかった。
そこで彼女は、敵から装備をもらうしかなかった。
「いいだろう…お前しか巨人と交戦できないからな」
「わたくしが貴方を殺すまで首を洗って待ってなさい」
「ははっ!おっかねぇな…!」
フローラはライナーから刃とガスボンベを受け取った。
彼の身に着けていた物はエレンから強奪した物である。
敵対している人物に巡る奇妙な運命を辿った装備は、ようやく本来の用途で使用される事となる。
「ベルトルトを助けてやってくれ。俺が言う資格はないが…」
「もう行っちまったよ」
「そうか……」
英雄に志望して必死に努力してきた少年は、現実を知り、何もできない男となった。
自分で進めた物語だというのにどこかしら他人事で、仲間の心境を考える事は無かった。
ああ、目の前であれだけ脅威だった巨人が次々に討伐されていく。
正直、両親の存在が居なかったらライナーは壁内人類に味方して祖国を裏切っていただろう。
意図してなかったとはいえ彼女の両親を殺したおかげで命拾いしている現実に彼は苛まれた。
「ユミル、俺はあいつに何て声をかければ良いんだ…?」
「私がそんな事知るか!自分のオツムで考えて面に向かって話せよ!お前ならできるだろう!」
「そうだな」
突然の人生相談にユミルは困惑した。
前回、相談を受けたのは60年以上前という事もあり、反応に困った。
それでも、彼の思考を読みとってできる範囲のアドバイスはできた。
巨人になっても崇められる【女神】は、第二の人生を歩んでも変わることは無かった。
「日が暮れるな」
「これで巨人は脅威じゃなくなるな!あー長かったぜ!」
「分からん…月光で巨人が動き出すかもしれん」
「あれは、お前たちの親分がやった事じゃないのか?」
ユミルの問いに対してライナーは返答できなかった。
そもそも、壁上で正体をバラしたのは戦士長を目撃して【期限】が迫ってると焦ったからだ。
訓練と称されて事実上、監視状態であったので、行動せざるを得なかったのもある。
巨人に関しては、自身の能力と先代までの僅かな知識しか知らない。
「少なくとも俺たちの扱いは、お前の時代から変わってない」
「…そうかい」
無垢の巨人だったユミルが何十年生きて来たのかは知らない。
ただ、巨人だった時点で、壁外の環境が最悪だという常識は共通している。
そして彼女の反応から碌でもない人生を送ってきたのは理解できた。
「終わったみたいだぞ!ベルトルさんは泣きながらこっちに来てるな」
「これで俺は終わりだな……後は任せた」
「って!おい!?お前、ふざけんな!!起きやがれ!!」
ライナーは巨人が掃討されてこれ以上、ベルトルトに危害が及ばないと知ると力尽きた。
実際は、人類の敵であるので直後にフローラに殺害される可能性があったが思考できなかった。
彼が求めたのは、訓練兵時代のように功績を褒められて仲間と切磋琢磨する夢だけだった。
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「負傷者の処置を急げ!」
「あれだけ居たのにこれしか居ないのか!」
「動ける者は明かりを灯して誘導の準備を!落下したらシャレにならんからな!」
エレン奪還作戦に参加して生存した者は、1名を除いて壁上に集結していた。
100名以上居た兵士は、30名も満たず、その内動けるのが半数程度だった。
「ホント、104期兵は悪運だけは強いな」
「腕や運が悪い奴は、トロスト区で全滅したからな…まだ生還した実感が無いぜ」
「コニー、せっかく生還したんだから気分が悪くなることを言うなよ」
「ジャン、お前だって、昔と違って巨人に特攻して喰われかけたじゃねぇか」
「腹括らないと生きていけないからな。自分が選んだ道とはいえきついな」
壁上という安全地帯で休憩していたジャンやコニーは生還した実感が湧かなかった。
実戦経験がほとんどない憲兵団どころか調査兵団の熟練兵も大勢失った。
それなのに新兵である自分達がこんなに生き残るとは思わなかったのだ。
「ハンネスさん!ミカサは!ミカサは、どうなったんですか!?」
「アルミン、安心しろ!五体満足だ。ちょっとばかし肋骨をやられただけだ」
「でも…!その状態で馬に長時間、乗ってたんですよ!?」
「もっと重傷なエルヴィン団長を心配してやれよ!お前らの最高指揮官だろうが…」
アルミンは、ハンネス隊長にミカサの安否を確認したが、彼の表情で無事だと分かった。
それでもいつ、症状が悪化しても可笑しくないと考えていた。
ところが、彼の言葉を聞いて、これからの調査兵団について考えてしまった。
『確かにそうだ。団長が負傷して熟練兵を失った調査兵団はどうなっていくんだろう』
団長が居たから調査兵団は存続してきたが、負傷兵になった以上どうなっていくのか。
彼は優秀な頭脳で必死に考えるが答えは見つかることは無かった。
「おいエレン!しけた面してるんじゃねえよ!こっちまで暗くなるだろうが!」
「なあジャン、俺のせいで一体何人死んだんだ?」
「さあな!100人以上居たみたいだが、帰ってきたのは30名程度、動けるのはその半分くらいだ」
ジャンの返答を聴いてエレンは自分の無力さを再度知ることになった。
第57回壁外調査といい、皆が勝手に自分の為に死んでしまう現状。
お世話になったハンネスさんまで戦死しそうになった現実に彼は項垂れて悩むしかできなかった。
「エレン、お前は悪くねぇよ!むしろ30人も生還できたなんて快挙だ!そうだろう?」
「ハンネスさん…」
「昔からお前が志願したがっていた以前の調査兵団なんてこんなもんさ。気に病むもんじゃない」
ハンネスは、昔からエレンが自分の実力について悩んでいるのを知っていた。
今では成績5位で卒業したが、以前は実力が伸びずに嘆いて落ち込んでいた時期があった。
もちろん屈しないし、同期の励ましもあったが一番欲しいのは、道を示す両親の存在だろう。
無理やり巣立ちさせられた雛鳥を養育して一人前にする為に彼は努力を惜しまなかった。
「でも…」
「馬鹿野郎!調査兵団の歴史は、負けしかねぇよ!ここ最近だぞ?調査兵団が成果を出したのは」
「…何でみんな、オレをそこまで守ってくれるんですか?」
「エレンという存在を認めてくれた証拠だ。良かったな!ここにはお前の居場所がある!」
「そうですよね…」
エレンという存在に必要なのは、気軽に相談できる大人だった。
普通は、親や友達と喧嘩して仲直りしていく事で大人として成長していく。
だが、彼は子供のままで世界の命運を握る立場となってしまった。
ハンネスは、それでもエレンは自分の子供のように接して、親の代わりになろうとした。
母カルラを助けられなかった無力感から始めた行為は、エレンの精神を支える事となった。
「ささっと飯を喰いに行くぞ!温かい飯と酒ほど心を癒してくれるものは無いからな!」
「ハンネスさんも行くんですか?」
「そうだとも!こんなに活躍させられたんだ!調査兵団が奢ってくれなきゃ駄々を捏ねてやる!」
「お酒は飲まないでくださいよ!」
「何言ってやがるアルミン!!エレン、ミカサの生還祝いで飲みまくってやるぞ!」
エレンは、昔の泥酔したハンネスの姿を思い出して思わず笑った。
あの時は、不自由な環境だと思ったが、今では本当に幸せな時間だった。
「見ろよコニー、親切なおじさんに甘えてるエレンが居るぞ!」
「マジかよ、ジャン坊のマザコンみたいに…痛っ!?」
「てめぇ!次言ったら壁から突き落とすぞ!」
ジャンもコニーもエレンが想像以上に落ち込んでおらずほっとした。
思わず、漫才をやってじゃれ合うくらいには、気力は回復していた。
「俺はなぁ!お前らのアイドル、ミカサちゃんを助けた恩人なんだぞ!」
「それを本人の前で自慢して来いよ!ジャンお前ならできるって!」
「おいおいコニー、さすがに本人に言ったら嫌われるに決まってるだろうが!」
「分かってるなら止めてよ!ただでさえ人相が悪いのに更に好感度が下がるよ」
「アルミンこの野郎…!よーし、お前ら!後でぶっ飛ばす!」
新兵たちが元気を出したおかげか、生き残った兵も微かに口角を上げて前に進む事ができた。
現実を知らない故の活発な新世代は、調査兵団の希望であった。
「ありがとうなジャン!」
「はぁ!?」
「お前のおかげで、うじうじせずに済みそうだ!」
「ふん、ライバルが落ち込んでたら張り合いが無いからな!」
エレンは、いつも通り…ではなく気持ち悪いジャンの言葉で勇気づけられた。
いつも喧嘩しているが、その分、相手の気持ちを理解できるからこそ感謝した。
現に感謝されたジャンは恥ずかしそうに頬を掻いており、友情がそこにはあった。
「ライナーと…腰巾着野郎を捕まえて皆の死を人類存続の功績とする!それがー」
「おいエレン、それは兵舎に戻ってから発言するべきじゃないか?」
「ハンネスさん!?どうして邪魔するんですか!?」
「家に帰るまで安心するんじゃない。なにより飯を喰って休んでからでも良いだろう?」
「そうでした!」
それでも本日失った物は大きく、なによりこの場に居る全員は疲れ切っていた。
一先ず兵舎に帰還して飯を喰って休みたいと、この場に居る全員が思った事だろう。
しかし、それを望まない者達が居る。
「待ってよ……まだ終わってない」
「クリスタ!ミーナまで……お前ら、まだ休んでおけよ」
「違うよ。私はヒストリア」
「そうだよ。まだ帰れないよ」
ミーナに支えられたヒストリアが彼らを呼び止めた。
彼女たちからすれば、まだ終わっていなかった。
「エレン、壁の向こうへ早く行こう」
「おいおい、もう日が暮れてるんだぞ。まずは身体を休めてー」
「ユミルを早く取り戻さないと!あいつらに連行されちゃう!エレンの力でなんとかしてよ!」
ヒストリアは、今までユミルの気持ちを軽くあしらってきた。
誰かに愛されたい少女は、実際に愛してくれている女を無視し続けた。
ようやく想いに気付いて相思相愛になれたというのに引き離された。
2人で自由に生きていくと約束したのに反故にされた彼女は亡者の様にエレンに詰め寄った。
「少し落ち着け!いつものお前らしくない!」
「フローラがまだ戻ってこないの!!きっとまだ生きてる!早く助けにいかないと!!」
「ミーナ、お前まで…」
ミーナ・カロライナも肉の誓いの同志であり親友であるフローラを探しに行くつもりだった。
巨人と交戦して無様にやられた彼女はトラウマを再発して、親友を見つけ出すまで帰る気はない。
2人とも共通してるのは、壁外に残された同期であり親友の温もりを欲している点である。
「ユミルは脅されているの!だから私の傍から去った!すぐに助けに行こう!」
「フローラは鎧の巨人を追ってるわ!すぐに援軍を連れて行かないと!!」
この場に居る104期兵たちは、豹変した少女たちの言動と気迫に押されるしかなかった。
気弱で優しくて真面目な印象しかなかった彼女たちからは、死者が具現化したように見えた。
「巨人だ!!壁外の下に3体!!」
その時、兵士の叫び声によって帰還する兵士の列が乱れた。
さきほどまで希望すらあった雰囲気は消し飛んで兵士全員が臨戦状態に移行した。
壁外に居る巨人であっても、壁を乗り越えたりして侵入する可能性があったからだ。
「なんだよ!俺たちを狙ってきたのか!?」
「いや、なんかおかしい!何でこいつら、両腕が切断されているんだ?」
駆けつけてきた兵士が見たのは、何故か腕を両断された巨人たちであった。
兵士の列を狙ってきたというより何者かから逃げて来たような様子である。
「応戦しますか!?」
「動かない巨人をわざわざ狩る必要はないだろう!」
その瞬間、巨人の首が飛んでいった。
断頭台の刃が振り下ろされたように巨人の首は少し上昇した後、自由落下して地面に激突した。
そして2体の巨人の首が刎ねられて倒れ込んで消滅していった。
「何か居るぞ!巨人より化け物が!!」
「明かりを照らせ!!やべぇ奴が居るぞ!!」
索敵班は、固唾を呑んで角灯や松明の明かりを巨人の死骸に向けて照らした。
そこにいたのは、確かに化け物であった。
「フローラじゃないか」
「確かにやべぇ奴だな…」
そこに居たのはライリーに騎乗し直したフローラ・エリクシアだった。
結局、鎧の巨人の正体であるライナー・ブラウンを取り逃がしてしまった。
彼女ができたのは、戦死した兵士のワッペンをできるだけ回収して壁に戻ってくる事だった。
そしたら巨人が3体居たので腹いせに殺害しただけである。
「フローラ!?良かった!良かった…」
「フローラ!?ユミルは!ユミルが居ない!!」
フローラを発見したミーナとヒストリアは正反対の反応をした。
ミーナは親友が生還してきた事で安堵した結果、疲労を実感し、その場に座り込んだ。
一方、ヒストリアは、横に居るはずのお嫁さんの姿が見つからず、憤慨して髪を掻きむしった!
「よくあんな地獄から戻ってきたな」
「何を言ってるの?まだ地獄よ!この手でライナーを殺しそこなったの!うふふふ!!」
「やべぇ…何か知らんが、これ以上触れない方が良いな!」
リフトに乗って馬と共に壁上に帰還したフローラ。
ジャンが気になって駆けつけてみると、彼女が更に壊れた感じがして逃げ出したくなった。
「フローラ!なんでユミルが居ないの!?貴女なら私のお嫁さんを奪還できたじゃない!!」
「わたくしだって敵を皆殺しにしてユミルを奪還したかったわよ!」
「じゃあ何で居ないの!?」
「しょうがないじゃない!!ユミルがあっちを選んだせいでどうしようもなかったわ!!」
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フローラは、気を失ったライナーを起こそうとした!
自分の罪を認識して裁かれるようにしたかった彼女は、なんとしても叩き起こしたかった。
しかし、ライナーは限界であり、傷口の再生すら上手く行ってない現状。
下手に弄れば、そのまま眠ったまま死んでしまうので手が出しようがなかった。
『フローラ!休戦にしないか?』
『ふざけないでよ!あとちょっとで殺せるのよ!!』
『ここは双方とも退いた方がメリットがある』
『戯言を!!』
煮え湯を飲まされたフローラは、何としてもライナーを殺したかった。
それでも彼女が退いたのは、彼に罪を認識させて殺す手段が無かったせいだった。
せめてユミルを連れ戻したかったが、ベルトルトと交戦して相打ちになる可能性があった。
ライナーに生き地獄を味わせるならそれでも良かったが…。
『君が死んだらライリーのお世話は誰がするんだ?』
『余計なお世話よ!ライリーはわたくしが居なくても壁外で生きていけるわ!!』
『当の本人は、君に甘えているようだけど?』
『うぐぐぐ!あとちょっとなのに!!』
彼女はライリーを残して死ぬ事ができなかった。
相棒として過ごしてきた時間は短かったが彼女たちにとっては、大切な存在となっていた。
それはライリーも感じていた様で相打ちを覚悟したフローラの袖を噛んで攻撃を妨害していた。
『3人で探せば死体は更に見つかるはずだよ』
『わたくしはワッペンを探しにきただけよ!共闘する気はないわ!』
『良いから早くしようぜ!照明が無い以上、暗くなったら探せねぇぞ!』
しぶしぶ休戦を受け入れたフローラは、ベルトルトとユミルと共に死体を捜索した。
2人は、ウォール・マリアまで行くための装備の確保を!
フローラは戦死した兵士のワッペンを回収する為に行動を共にした。
『ライナーを馬で引き摺らせるのは譲らないわよ!』
『成人男性を抱える余裕は無いし、それでいいよ』
『良いから早くしようぜ。気が変わる前にこんな所なんておさらばしたいからな』
寝てるライナーの両足を縛ってライリーに括り付けて無理やり引っ張る案は誰も反対しなかった。
馬に引き摺る案に誰もが否定しなかったのは、それだけヘイトを稼いだ証拠である。
瀕死のライナーが死ぬ危険性があるにも関わらず決行した時点で全員が狂っていた。
叩き起こすよりも、よっぽど致死率が高いのに気付いたのが壁に辿り着いた瞬間だった。
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「結局、ユミルは自分の意志でライナーの元に行ったと…」
「俺もそう思ったがマジだったのか…」
「結局、ユミルの正体は分かない奴だったな」
「少なくともクリスタを想っていたのは確かだった」
フローラの話を聴いてジャンとコニーとエレンはそう呟くしかなかった。
あれほど鎧の巨人の討伐を狙っていた彼女ですら撤退の道を選ぶしかできなかった。
遥かに弱い自分たちが参戦したどころで足手まといで何もできないのは確実である。
「何で…私よりあっちを選んだの……い、一緒に生きようと約束した…のに!」
「2人で生きるって言ったのに、私を置き去りにするなんて…裏切り者…絶対に許さない!」
ヒストリアは、自分がユミルに置き去りにされたのを知った。
知りたくないし、理解などできるはずも無かった。
皆から女神と呼ばれて、お嫁さんの自分より人殺しの集団に付いて行ったのが信じられなかった。
「フローラ!今すぐ出発する!ミーナと3人でユミルを奪還するの!今からでも間に合うよ!」
「お願い…もうわたくしは…」
「クリスタ、フローラが死んじゃう!休ませてあげて!」
「あははは!クリスタ?そんな少女なんてもう居ないの!ユミルに捨てられて死んじゃったの!!」
ヒストリアは、全てが馬鹿らしくなった。
自分だけを見ていたはずのユミルは、糞野郎に取られてしまった。
一緒に壁外に行こうとしたミーナに約束を反故されてしまった。
巨人を操る力を持っているエレンはユミル奪還には役立たずである。
そして最後の希望であるフローラも気を失って、壁外に出撃するのは不可能になった。
「クリスタ?お前らしくないぞ」
「そうだぞ。お前はもっと優しくて大人しい子のはずだ」
「とりあえず野戦糧食と水筒を持ってくるか。正常な判断力がなくなっちまってる」
「ハンネスさん、お願いします」
誰もが演じていた【女神】しか見ておらず『良い子』を演じるのはアホらしくなった。
無償の愛を振り撒いても、感謝するどころか付け上がって、恩を仇に返してくるだけだった。
フローラとユミルだけは、本来の自分を見てくれたがそれだけである。
ヒストリアは、ユミルが自分に戻ってこない事を実感してしまった。
「クリスタは死んじゃったの。今、私の胸の中で死んだの。あははは…」
「クリスタなんて私が生きる為に与えられた役で、もう私はその子に縛られないの」
「その名前は、確か…子供の頃、読んだ本に出てきた女の子だった…はず」
ヒストリアは確かに子供の時に読んだ本に『クリスタ』という名前の少女が出てきたと思った。
だが、詳細に思い返す事ができず、記憶がすっぽりと抜け落ちている感じがした。
そしてユミルとの思い出もそのうち忘れてしまいそうで彼女は泣くしかできなかった。
「フローラは…私を見捨てないよね?」
ヒストリアの問いに対して血生臭い女は返事をすることは無かった。
ただ、抱擁したら温もりが感じられて、彼女は後を追うように瞼を閉じて寝てしまった。
『ここはどこ?』
夢の中ならユミルと再会できると思ったように彼女は黒髪の女と再会する夢を見た。
『ユミル!?……違う』
そこに居たのは、ユミルと同じ黒髪の女であるが、何故か自分と目の形が同じの美女である。
初対面の人であるのに何故か懐かしくて恋しい存在である。
『なんだか懐かしい…ちょっと臭いけど温かい』
彼女は悲しそうな顔をして泣いていたヒストリアを抱きしめた。
それは、久しぶりに再会した姉妹のような感じがした。