進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
80話 奪還を目指す者達
駐屯兵団の増援と共にトロスト区に帰還した調査兵団。
ここ数日間で失った損害は甚大であり、2個小隊にも満たない兵力となってしまった。
更に2名の分隊長と団長が負傷して、第三分隊のディルク副長が指揮を執る羽目になった。
団長の副官は戦死し、同格のモブリット副長は負傷しており消去法で選ばれたからだ。
「団長代理は、リヴァイ兵長の方が良くないか?」
「兵長は強いですけど、兵団を指揮する能力はありませんし、ここには居ませんので」
「マレーネ!もう少し俺に優しくしてくれてもよくないか?」
「寝言は寝てから言ってくれ。団長代理になると酒が飲めやしないからね」
上官であるマンシュタイン分隊長は、第57回壁外調査の時に巨大樹の森で戦死。
だが、第三分隊くらいしかまともな戦力が残っていなかった。
他は戦力の5割以上を損失しており、第二分隊に至っては構成員が全滅していた。
故に働かされているディルクは、マレーネに暗に変わってもらおうとしたが即座に却下された。
「じゃあ、寝ちゃおうかな」
「私に酒を1年分奢ってくれたら考えてあげるよ」
「王政が財政難になってひっくり返っても足りない感じがして無理そうだ」
兵団一の酒豪であるマレーネの飲みっぷりは異次元である。
噂では、どこかに居る巨人の胃袋と共有してるまで言われるほど化け物である。
巨人を全滅させるよりムリゲーの案を却下したディルクは、今後の作戦について頭を唸らせた。
「動けない…」
一方その頃、フローラ・エリクシアは死にかけていた。
昨日の時点でボロボロだったのに大暴れしたせいで動けなくなっていた。
ついでに立体機動で飛び回っていたせいで【女の子特有】の症状が早まった。
腰と脚と腕と腹と背中が強烈な痛みに襲われている時に出血大サービスの日となってしまった。
「む!むきゅー!!」
ついに疲労からかフローラの頭脳が異次元に達したのか人語を発する事は無くなった。
ここは駐屯兵団の宿舎、調査兵団の兵舎と違い女兵士が複数過ごす大部屋である。
そんな大声を発したら他者に迷惑を掛けるが幸いにも女部屋には彼女以外は居なかった。
「いくら何でもフローラを酷使し過ぎてない?」
「フローラが復帰しなきゃユミルは取り戻せないの!たくさん食べて復活してもらわないと!!」
「むきゅ?」
ミーナとヒストリアの話し声が廊下から聴こえてきてフローラは焦った。
ただでさえ、全身が痛いのに毎月の重荷がここで噛み合わさって地獄と化した。
これでは、オシメを変える様に赤ちゃんプレイさせられるのは目に見える。
「フローラ、ごはん持ってきたよ!…やっぱり寝てるわ」
「油断しないで!前回は逃げられたんだから鍵を閉めないと!」
「ヒストリア、分かってるよ!フローラはこういう時に……」
2人が自分に意識を逸らして会話しているのを見計らってフローラはベッドから飛び出す。
頭進撃という異名通り、部屋から飛び出して廊下で転び回った後、四足歩行で逃げ出した。
「むぎゅううううううううう!」
「フローラが逃げた!?」
「今度は逃がさない!人海戦術で捕まえるの!!ユミル奪還をするのは彼女が必要だから!!」
ミーナとヒストリアは、逃走した囚人を追いかけるように追跡をした。
明らかに病人や負傷兵に見せる表情では無かった。
「ライナーとベルトルトが敵だったなんてまだ信じらねぇ…」
「コニー、あいつらは死んだんだ。巨人に喰われて死んだ!」
「でもよ!」
「うるせぇ!死んだ事にしないとずっと引き摺っちまうぞ!!」
コニーとジャンは、同期が敵だったのに信じられなかった。
だが、ベルトルトが積極的に殺人をしたのを目撃して現実に戻った。
だからジャンは、2人が巨人に喰われて死んだ事にした。
良くも悪くも同期たちは、ほとんど死んでいるので心を誤魔化す事ができる。
「むぎゅううう!!!」
「おい、あれフローラだよな?鳴き声を出して何をやってるんだ?」
「昨晩までの疲労が蓄積して動けないって聞いていたがやっぱりあいつ、元気そうだな」
ジャンとコニーを颯爽と追い抜き、四足歩行で駆けまわるフローラを見て呆れた2人。
彼女の元気そうな姿を見て、さきほどまで落ち込んでいたのが馬鹿らしくなった。
「ジャン!!フローラを見なかった!?」
「あ、あいつなら、そこの角を左折していったぞ」
「ありがとう!行くわよヒストリア!」
「えぇ、私から逃げた事を後悔させてあげる!絶対に!!」
血眼で睨みつけながら服を力強く掴んできた彼女たちに思わず嘘を言ってしまったジャン。
異様な雰囲気を出しながら猟犬のように駆け出していくフル武装した女たち。
あまりにも現実離れしているせいでたまたま様子を目撃したアルミンは混乱して寝室に戻った。
「なにやらかしたんだあいつ」
「相変わらず女の子にモテモテで羨ましい。俺にもあそこまで積極的になる乙女は…」
「居るわけないだろう!アニがベルトルトに告白するほどあり得ないぞ!」
「言ったなこの坊主野郎!!」
喧嘩を始めた2人だったが、すぐに取っ組み合いを止めた。
このまま喧嘩してもライナーが仲介する事は二度とないと思ってしまい、空しくなったからだ。
「なんかデジャブがしないか?」
「奇遇だな、俺も丁度、そこに思い至ったところだ」
彼らは、トロスト区奪還作戦の翌日の事を思い出していた。
瀕死だったフローラが部屋から抜け出してミーナとクリスタが追いかける。
そして自分たちが喧嘩してライナーに仲介されて休戦という名の仲直りをしたものだ。
「ジャン、どっかで食べに行かねぇか」
「コニーにしては良い案だ」
「うるさい!オレは家族の土産を買うついでに行くだけだ!」
「ああ、そうだな。今となっては両親の有難味が身に染みるな…」
ジャンは、久しぶりに両親に元気な顔を見せようと思いついた。
幸いにも新兵には任務が振られておらず、実家もここから徒歩で行ける距離であった。
『どうやってクリスタやミーナから逃げようかしら…』
フローラは男子トイレの個室で用を足して、逃走ルートの確認をしていた。
男子が女子トイレに入れば犯罪だが、女子が男子トイレに入っても犯罪ではない。
男女平等ではないが、そもそも身体の構造が違うのだから平等など無理な話である。
男は好きな子を想って股間を弄るだけで済むが、女は周期的に出血大サービスで酷い目に遭う。
現在進行形で出血している彼女は、男女の身体の違いを嫌でも思い知らされた。
『君は興奮すると、全身の古傷が開いて出血するのに股間だけは周期的しか出血しないんだな』
訓練兵時代に教官の1人に言われた事だが、よく考えてみればセクハラではないのか。
殴り倒してやろうと思ったが、これ以上キース教官を激怒させたくないので諦めたのを思い出す。
とりあえず、“声”を聴ける能力で兵員の居場所を把握したフローラは溜息を吐いた。
そして腹を括って、壁に手をつきながら男子トイレを脱出した。
「お前、何をやってるんだ?」
「サムエル!内緒にして!ミーナとクリスタから逃げてるのよ!」
「いや、その恰好の事を言ってるんだが?」
「パジャマなのはしょうがないわ!」
「壁に背中を付けて逆立ちしてる事を言ってるんだけどな!」
フローラは立体機動のせいで三半規管の感覚が狂っていた。
馬小屋は彼女達に先回りされていると踏まえて技巧室に隠れて感覚を取り戻そうとしていた。
偶然、同期であり駐屯兵になったサムエルに見つかったがドヤァ顔で会話する余力はあった。
「おいサムエル!いつまで探し物に時間が掛かってるんだ!」
「あっ…」
「何やってんだこいつ!?」
「三半規管を治す為に特訓してるそうだ」
「意味が分からん」
サムエルが帰って来ないのに痺れを切らしたフロックが技巧室に突入すると馬鹿女を発見した。
いつも死にかけている女がまた馬鹿な事をやっていると思ってしまった。
風の噂では、巨人の首を刎ねて倒したとか王政幹部を泣かしたとかあったが眉唾ものである。
「わたくしは今、鎧の巨人を討伐する為に特訓してるの!」
「別に良いけど、無理をやって医務室送りされるなよ」
「言われなくても分かってるわ!」
サムエルとフロックが去ったのを確認したフローラは逆立ちを止めて技巧室から逃げた。
美少女のクリスタに頼み込まれれば、居場所を吐かれると思ったからだ。
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「ユミル、なんで俺達を助けてくれたんだ?」
「そりゃあ、私が馬鹿だからだ」
ウォール・マリアに辿り着いて休憩しているライナーの問いに対してユミルは単純な返答をした。
自分が死ぬと分かっているのに馬鹿ッ面共に付いてきたのだから馬鹿としか言いようがない。
「里の土産になってやらんとお前ら、帰れないだろう」
「このまま故郷に行けば、お前は助からねぇぞ!逃げるなら…今だ」
わざわざ付いて来たユミルにライナーは思わず優しさをかけた。
自分が糞野郎と分かっているからこそ、ユミルの優しさに良心が耐え切れなくなったからだ。
「私はもう疲れたんだ。もう良いんだよ」
「ユミル、何で僕をたすけてくれたの?」
「お前の声が聴こえたからだ」
ユミルは無垢の巨人になってからずっと悪夢を見ていた。
永遠に覚めない悪夢を見続けて同胞を喰い尽くすまで歩み続ける化け物に。
ところが、偶然こいつらが島内に現れて奇跡的に仲間を捕食したおかげで人間に戻れた。
それは、奇跡としか言えず、運命であると思っている。
「お前らがこの壁を破壊しに来なきゃ私はずっと覚めない悪夢を見ていたんだ」
「私は、ただその時に借りた物を返そうと思っただけだよ」
「お前らの境遇を知っているのは私だけだしな。私も同じさ。どうしようもなかったんだ」
自分が人間に戻れたのが運命なら、その力を本来の持ち主に返すのも運命である。
この世に誕生した以上、何かしらの役目を持っており彼女はそれを全うする気である。
「…ありがとうユミル。すまない」
それを聴いたベルトルトは涙ぐんでユミルに感謝した。
もう、自分たちは詰んでいるのを理解しているからこそ彼女の選択に感謝するしかなかった。
ライナーもユミルの覚悟を聴いて最後まで使命を全うするつもりである。
「いいや、悲しむなよ。女神様もそんな悪い気分じゃないからな」
ユミルが大空に手を伸ばそうとしたが何も掴めなかった。
昔は、高い所に登れば雲が掴めると思ったが、50mの壁の上でも掴む事などできなかった。
「それに感謝するのは、私だけじゃなくてフローラにもしとけよ」
「…えっ?」
「あの時、あいつが追撃したのは、暗にお前らを巨人に喰わせたくなかったからだと思うよ」
「なんでそんな事が分かるんだ!?」
「だってよ。加勢がなかったら私たちは全滅してたんだぞ。無意識にあいつは助けに来たんだ…」
フローラは両親の仇である鎧の巨人を憎んでおり、復讐を誓っていた。
エレンを奪還された時点で、退却する事も出来た。
鎧の巨人も超大型巨人もあの場で巨人に喰われて終わりにできた。
だが、彼女はそれを許さなかった。
「ライナー、お前が寝ている時にいつでも殺せたのは分かるよな?」
「ああ、何で寝ていたのに生きてるのか疑問に思ったさ」
「多分、あいつはお前の事が好きだったと思うぞ」
「そりゃあ、俺を殺したいほど愛してるだろうな。寝てなかったら死んでた」
フローラは鎧の巨人を憎んでおり討伐をしたがっていた。
それなのにライナーが生かされた要因は、眠っていたからだ。
復讐対象が人間だと気付いて罪を意識させてから殺害する気である。
瀕死状態でそれどころじゃないので見逃されたのはライナー自身が分かっている事だ。
「次、逢う時にあいつとケリをつけて全てを終わらせないといけないな」
「ライナー…」
「大丈夫だ、俺はもう戦士だ。今度はフローラを悪魔の末裔として全力で殺して見せるさ!」
「アニも絶対に奪還しようよ」
「もちろんだとも!!」
ボロボロであるが眼力だけは立派な戦士に戻ったライナーは両手を握り締めた。
復讐の連鎖を断ち、全てを終わらせる覚悟をする為に!
誰もが秘めた想いは、表に出ることは無いが、太陽は平等に全員を照らして見守るようであった。
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「……そう、あれから壁内に巨人は湧いて出てきてないのね」
「内地担当の駐屯兵団第二師団が人海戦術で夜回りをやったそうだが、見つからなかったそうだ」
「つまり、ウトガルド城で殲滅したのが最後だったのね」
入手した情報を軽くメモをしてフローラはゆっくりと手帳を閉じた。
ウォール・ローゼ南西部に出現した巨人は全て掃討されたようである。
どこから湧いてきたのかは不明だが、あの毛むくじゃらの巨人継承者が関わっているのは確かだ。
フローラは、あの半裸の髭もじゃ野郎を今度こそ殺すと誓っている理由の1つである。
「それより大丈夫なのか!?前より酷いことになってるが!?」
「ゴードン!これが大丈夫に見えるの?」
「いや、見えんな!大人しく宿舎で安静にして休んだらどうだ?」
「心遣い感謝するわ。でも動かないと色んな意味で死ぬから内緒にして!貴方を信じてるわよ!」
情報提供してくれた同期のゴードンに感謝しつつ芋虫の様に地面を這い蹲って彼女は移動した。
もはや転がる方が早いと思うが、無理をし過ぎて腰をやられたのでどうしようもなかった。
義理堅いゴードンは黙って彼女を見送ることしかできなかった。
『想像以上に身体がダメね……いっそのこと、訓練兵団の医務室にお世話になろうか迷うわ』
フローラは、お節介女から逃げる為に訓練兵団時代にお世話になった場所で休もうとした。
恥を掻くのは同じであるが、少なくとも衛生兵や医者の方が断じてマシである。
『むっ!サシャとサンドラの“声”!わたくしを探しているようね!』
フローラはパジャマが雑巾のように汚れているにも関わらず、気力で立ち上がって移動した。
目指す場所は、訓練兵団の兵舎・・ではなくトロスト区正門である。
あそこは、巨人が侵入してきた場所であり、人気が少なくて治安が悪い。
逆に言えば、駐屯兵団やミーナの追手から隠れられると思ったからだ。
「フローラは、どこに行ったのでしょうか」
「目撃情報だとパジャマ姿でうろついているからすぐに見つかるはずなんだけど…」
サシャとサンドラは、ミーナから無理やり手伝わされてフローラの捜索をしていた。
何故か姿を発見できず、サシャは自慢の鼻で探そうとするが効果は無かった。
もし、フローラが朝食を食べれば、その匂いで追跡できたが断念するしかなかった。
「そういえばサンドラは何で捜索の協力したんですか?」
「フローラの討伐数が不明で、確認をしたかったの」
「えっ、公式記録が存在しないんですか?」
「うん、何故か意図的に記録が残ってないから確認しようと思って」
駐屯兵団のデスクワーク派に所属しているサンドラは、フローラの記録が曖昧なのに気付いた。
トロスト区戦で巨人を10体以上討伐してるはずなのに記録が存在しなかった。
それどころか、勲章を売り払って同期に奢っている癖に公式記録では名前が存在しない。
つまり何者かが意図的に彼女の存在を隠蔽しているという事になる。
聞屋の娘であるサンドラは、興味津々に真相を知ろうとした!
「少なくとも一昨日と昨日で巨人を40体以上、討伐してるはずですよ」
「そうなのよ!こんなにすごい戦績なのにリヴァイ兵長と違って記録されてないのよ!」
「……つまり兵長の心酔する勢力が記録を誤魔化したんですか?」
「いえ、おそらく総統局が情報を操作してると思うの」
サンドラの話を聴いていたサシャは、やばい事に踏み込もうとしてるのに気付いた。
馬鹿でもさすがにここまで情報が検問されているとフローラ関連が機密情報なのは分かる。
「サンドラ、あまりフローラの個人情報を暴かない方が良いですよ!」
「なんで?」
「明らかに隠蔽されてますって!私の直感がやばいって言ってますよ!」
「だからこそ真相を暴いて表に出したいじゃない!」
「マジで貴女、死にますって!マスコミごっこをやり過ぎるとこっちまで命が危うくなります!」
サシャは肉が喰えない事を知った以上に恐怖した。
思えば、フローラは訓練兵時代から壁外で任務をやっており異常な事態であった。
おそらく、そういう異常な事が多すぎて臭い物に蓋をしているのだろう。
異様な資金力もきっと、王政の口止め料で入手していると感じた。
「でもフローラと交渉すればお肉を食べ放題になりそうじゃない」
「確かにそうですね!」
お肉の話題が出た瞬間、サシャの理性は崩壊してサンドラに脳死で賛同した。
そして彼女たちは、仲間を集めてフローラ包囲網を形成していった。
『なんかお尋ね者になってるわ…』
フローラは、自身を探す者が増加しているのに気付いてどう逃げるか迷った。
兵服を着てないせいで軍事施設には立ち寄れない。
だからといって、身体の痛みが限界を迎えてどこかで休みたかった。
『ワグナー製菓に匿ってもらいますか!』
ワグナー製菓は、同期のトーマス・ワグナーの両親が経営している店である。
親友は戦死してしまったが、両親はトロスト区を勇気づけようとお菓子を作り始めた。
メイン製品は、『復興饅頭』であるが、ドーナツなどのメニューが増えている。
まだ庶民には、食事をする難易度が高いが、もうじき店舗が拡張して大きくなる。
そんな人気店のパトロンであるフローラは、お邪魔しようとしていた。
『…付けられているわね』
そしてフローラは店に向かおうとしたら集団で追跡されているのに気付いた。
負の感情を“声”として聴ける彼女は、敵に殺意が無いのを感じ取った。
だからといって、親友の両親の店まで連れて来るつもりはなかった。
『誘導しますか』
行き当たりばったりのフローラは行き止まりがある路地裏に侵入した。
そして近くにあった大きな木の板の影に隠れた。
「……隊長!逃げられました」
「マジかよ、なんで気付いたんだ」
追跡してきたのは、中央第一憲兵団の対人立体機動部隊である。
副官のカーフェンの報告を聴いたケニーは、フローラの用心深さに慄いた。
馬鹿だと思ったが、何故か感知能力が高く危機回避能力が異様に高かった。
いくら巨人との戦闘で生き残ってきたとはいえ人間の悪意を感知する術は知りたいほどである。
「パジャマ姿と言い歩き方と言い、掴めん女だな」
「付近を捜索してみますか?」
「いいや、あいつのことだ。とある単語を言えば反応して飛んでくると思うぞ」
「単語?」
カーフェンは、上司の邪悪な笑みに困惑しつつ発言を待った。
ケニーは一度、深呼吸して気分を落ち着かせて一言小声で呟いた。
「新型の立体機動装置の相談をしようと思ったのにな」
「なんですって!?」
すると木の板を倒してフローラは飛び出してきた。
あまりの馬鹿さ加減に困惑するカーフェンであったが、ケニーは想定内だった。
撃ち殺されそうになった時、何故か装備の方を意識していたので、こういうのに弱いと踏んだ。
しかし、住民に正体がバレたくないので小声で呟いたのに反応したのは驚いた。
「よお、嬢ちゃん、その恰好でお散歩かい?」
「昨日の戦闘でボロボロになったわたくしを同期が捜索してるので逃げ回ってるんです」
「そこは、素直にお世話になっておけよ…」
「赤ちゃんプレイさせられるなら巨人に喰われた方がマシですわ!」
ケニーは思った以上にフローラが馬鹿で困惑するしかなかった。
パジャマ姿でこんな危険地帯を闊歩していざ、確認していると身体がボロボロだった。
下手すれば、無法者に遭遇する可能性があるというのになんて暢気な奴だとしか言えなかった。
「ところで何の用ですか?」
「簡潔に言うと6日後の午前4時にクロルバ区壁外で任務があるんだが誘いに来た」
「あなた方が壁外任務を?」
「そうだ」
フローラが疑問に思うのは当然である。
中央第一憲兵団は、言わば壁内の平和を守る秘密憲兵なみたいのものである。
つまり仮想敵は、人間でありわざわざ壁外に行くことは無い。
そして何より彼らは、調査兵団を仮想敵にしている対人立体機動部隊である。
巨人と戦闘になる場所に行くはずはない。
「先日の巨人騒動でな。慌てた上層部が俺らに巨人の戦闘に転用できる装備を用意してくれた」
「やっぱり、新技術を隠し持っていたのですね…ずるいですわ」
「ところが、俺らは壁外については専門外だ。そこでお前を誘いに来たってわけさ」
フローラは判断に迷った。
確かに新装備が見れるなら参加しても損は無いが、一度彼らに殺されたかけたのである。
警戒しないわけがないし、王政上層部を脅迫してきた過去があるせいで後ろめたいのがあった。
「他は専門家は居るのでは?」
「しょうがねぇだろう。調査兵でお前以外には正体をばらせないんだから」
あくまでケニーの独断であった。
壁外に関しては、専門外であり育ててきた部下を全滅させる可能性があった。
なのに王政上層部は自分の命惜しさに新装備の成果を報告しろと抜かしてくる。
育ててきた部下を糞野郎共の護衛にする為に育成したわけではない。
だからといって、無視するわけにもいかず、できるだけリスクが低くなる選択肢を選んだ。
「この状態なのに数日後に壁外調査に行けると思ったんですの?」
「大丈夫だ、お前の頑丈さと不死身さは徹底的に調べてレクチャー済みさ」
「少しは乙女を労わってくれても良いのですのよ?」
「巨人を150体以上討伐する奴は、か弱い乙女とは言えんさ」
大総統もフローラの素性を調べた結果、信じられず部下を何十人も叱責した事がある。
それだけやらかした事が多くて、色んな意味で王政が彼女の功績を隠蔽しなければならなかった。
『新兵で巨人を150体討伐できるならベテラン兵はもっとできるはずだ』
もし、彼女の戦績が世間に発覚すれば、彼女基準で兵士が巨人に挑まなければならない。
王政民は、貪欲で他人事で付け上がってくる愚か者である。
フローラの戦績のせいで王政が内部崩壊しかねないので隠蔽せざるを得ない事情があった。
そして巨人を殲滅する事は、平和な楽園を壁外勢力に侵攻させるリスクが発生するのもある。
「どうだ?やってみるか?」
「やりますけど、自身の馬と装備は持ち込んでも良いですか?」
「いいぞ、お前の装備まで管理する気は無いからな」
「ありがとうございます」
カーフェンは、隊長が何故そこまでフローラを信頼しているのか分からなかった。
懐から拳銃を取り出すとケニーに制止される前にフローラが物陰に隠れた。
「な?殺意を感じられる化け物って事だ。ああいう輩は味方にしておいた方が良いぞ」
「わかりました…」
さっきまでボロボロだったくせに機敏な動きを見た瞬間、油断できない存在である。
できれば敵対しない事を祈る彼女であった。
『とりあえず6日後の午前4時にクロルバ区ね』
フローラは暗号文でメモをして手帳を閉じた。
対人立体機動装置は、巨人に遠距離で攻撃できる装備であった。
ただ、文字通り対人を想定してるのですぐにガス欠する上に威力が甘かった。
それが秘匿されてきた技術で向上しているというのだから興味が出ないはずが無かった。
「おっ!英雄様じゃないか」
「英雄がこんな格好してるわけありません」
「まーた脱走してきたな?」
「はい、そうです。どうです?儲かってますか?」
リーブス商会は、トロスト区を牛耳っている商会である。
トロスト区戦で、大幅に弱体化したもののフローラとの取引で再び利益が向上している。
「ここ最近、甘くて安らぐ香水がブームでな。お前のおかげで稼がせてもらってるよ」
「それは良かった。マルレーン商会との輸送費の賃金交渉はどうなりましたか?」
「上手く行ったぞ。お陰様で物価が下がって暮らしやすくなったぜ」
「それはよかった」
最近は、マルレーン商会と手を組んでフローラが案を出した香水で莫大な利益を出した。
体臭は人の個性とし、香水は身分の標準とされており、あくまで異臭を誤魔化す物だった。
それが、工作でアロマセラピーのブームを造り上げて貴族に高値で売り付けた。
フローラが生み出した複数の香水は、今や王政の貴族が買い漁る物である。
「クロルバ区の北部から獲れる【燃える水】のおかげですわね」
「アインリッヒ大学出身の連中が旨くエタノールを生成してくれるおかげでもある」
「そして原料は、ハーブ。いくらでも手に入りますわ」
「…良いのか?こんな話をここでしちまって?」
「ここには、わたくしたち以外の気配がしませんのでー」
フローラは世間話をしているうちにリーブス会長が個人的に用があると感じた。
何故なら彼は無駄な時間を過ごさないからだ。
いちいち話題を変えているのに喰らい付いてくる時点で何か隙を狙っているのは明白である。
「ところで何かわたくしに用があるのですか?」
「フレーゲルという少年に逢わせたいのだが、どこか都合がある日は無いか?」
「…ご子息じゃないですか。なんでわざわざ密会のような真似を?」
ディモ・リーブスは、フローラと取引しているうちに息子に逢わせたくなった。
それは幼少期の頃、息子が彼女に個人的な約束をしているからだ。
もちろん、記憶喪失の彼女は覚えている訳が無いが、だらしない息子の意識を向上できるだろう。
壁内に巨人が出現した話を聴いて、戦死する前に一度でも良いから再会させてあげたかった。
「うーん、3日後の午後だったらトロスト区に来れますわ」
「では、3日後の午後3時に例のお菓子店で集合しようではないか」
「分かりましたわ」
再び調査手帳を開いて暗号文でメモをしていくフローラ。
珍しく会長が感傷的になっているのに気付いたがあえて触れなかった。
その話は3日後にするべきだと思ったからだ。
「これからどこに行くんだ?」
「駐屯兵団の宿舎に帰還しますわ」
「良いのか?逃げ回っていたんだろう?」
「歩いている内に身体が動けるようになったので帰ります」
「そうか、気を付けてな」
「ディモさんもお元気で」
個人名で呼ぶほど周囲を警戒しているフローラと会長。
人の気配はしないが、それでも儲け話を他者に渡す気など毛頭ない。
フローラはリーブス会長と護衛3名を見送った後、帰路に着いた。
ワグナー製菓は、3日後に行くことになったので予約を取る程度にした。
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『さて辿り着いたわけだけど…』
フローラは宿舎に帰還して就寝部屋に入る事ができなかった。
とてつもない負の感情を漂わせている2人の少女が居るからだ。
女性の尊厳を失うことは無かったが、代わりに別の意味で尊厳を失いそうになっている。
『さすがに命は取られないでしょ』
ノックを3回やってドアを開けて入室するとフル武装したミーナとヒストリアと目が合った。
速やかに退室してドアを閉めて逃げようとしたが退路は、サシャとサンドラに塞がれた。
仕方なく窓から逃げようとしたら、負傷して治療中のはずであるミカサが外に待機していた。
負けはしないが完璧に包囲されたのを感じてフローラは動けなくなった。
「お帰りなさいフローラ」
「ずーっと逢いたかったの」
動けなくなったフローラの両腕は、ミーナとヒストリアにそれぞれ掴まれた。
男なら羨ましいと思う光景であるが、実際は精神を病んだ2人に掴まれているから質が悪い。
男の妄想のように都合が良い展開に転がるはずはなかった。
「ねえフローラ!なんで私たちから逃げたの?」
「わたくしは、トロスト区で用があったからよ!看護されたら皆に逢えないじゃない」
「じゃあ、逢った人を教えてよ?」
「……言えないわ」
勝ち目が無い尋問が開始した。
ミーナとヒストリアは精神的に壊れており、フローラのそのものを求めていた。
それなのに拒絶したせいで更に症状が悪化した。
「私たち親友でしょ?なんで秘密にするの?」
「ユミルなら身体の隅々まで教えてくれたのに?なんで教えてくれないの?」
巨人討伐に失敗して再び死後の世界を彷徨っている妄想をしているミーナ。
大好きになったユミルを消失して、女神から堕天使になったヒストリア。
彼女達の尋問には的確な答えなど存在しない。
フローラは無理やり長時間縛り付けるのが目的だからだ。
「フローラ、早く話してくださいよ!」
「スクープの匂いがするの!早くしてくれない?」
サシャとサンドラもしつこく喰い付いてくるせいでコミュニケーションなどできるわけがない。
フローラは必死に逃げる策を考えたが上手く行かないと分かり、一昨日までの出来事を報告した。
知り合いの第一分隊の兵士が死んだこと、サシャと再会するまでの道中。
毛むくじゃらの巨人からはエレンと同じ巨人化能力者だったこと。
東防衛線やウトガルド防衛戦の話をした。
「それで?」
「わたくしはー」
「だから?」
「トロスト区で…」
「何で?」
追及されるならまだ良かった。
しかし、ミーナが自分の弱点を見つけたせいで思考が乱れた。
「ふーふー!あれ?感じてるの?もしかして!耳が弱いの?ねえフローラ?」
「聴覚が良いからその分、敏感なのよ!」
「やっぱり反省してない!」
ミーナとヒストリアの尋問は彼女たちが満足するまで続くと分かっている。
問題なのは、精神が病んでいるせいでどこまで続くか分からない。
その点、サシャとサンドラはすぐに居なくなると分かっているので対応は楽であった。
『トーマス…何で死んだの』
『ユミル…私を置いて行かないでー』
結局二人を寝かしつける事にしたフローラだったが、さすがに精神的に疲弊してそのまま寝た。
そのせいで丸一日ご飯を食べる事ができず、翌日の朝は午前4時からずっと食堂に待機していた。
「ここならお話できるよね?」
「フローラ、今日こそはっきり私を拒絶させないから!」
「分かりましたわ。朝食ができるまでお話を思う存分しましょう」
ミーナとヒストリアが目覚めるのは誤算であり、暫く愚痴を聴き続ける事しかできなかった。
それでも残酷な世界の中では数少ない癒しであった。
何故ならこれから大惨事の悲劇が起ころうとしているからだ。
『こうやって思う存分、会話できるだけ幸せな事かもね』
それはフローラも例外ではなかった。