進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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82話 フレーゲル・リーブスの約束

「おいフレーゲル!」

「なんだよ親父?」

「会長って呼べって言ってるだろうが!」

「家の中なんだからこれで良いだろう!?」

 

 

フレーゲル・リーブスは、リーブス商会の会長ディモ・リーブスの長男である。

腹は妊婦と違って役立たずの脂肪で膨らんでおり、親の七光りを体現する馬鹿息子だった。

顔を満に洗わないせいでソバカスがニキビで覆われて更に豚に見えた。

そんな彼は気持ちよく昼寝していたら父親に叩き起こされて不機嫌さをアピールする為に睨んだ!

 

 

「全く!お前といい!娘といい!俺の血はどこに流れているんだか…」

「髪の毛!」

「じゃあ、お前は将来、俺みたいに側面以外禿げるな!ご愁傷様でした!!」

「親父!気にしてる事を言わないでくれ!」

「大丈夫だ、俺が禿げ始めたのは三十路後半だ!まだしばらくは大丈夫だ!」

「充分、はえーよ!!」

 

 

フレーゲルは、はっきり言って商人としての素質は無かった。

不衛生で油で輝いている顔を見れば社交性皆無で身だしなみを整えていないのが分かる。

これは取引先に内心で馬鹿されるという商人としてはあってはいけない事である。

 

この時点で失格だが、食べ物と女の名前以外の記憶力は皆無で指示待ち人間。

正直、傀儡にされて部下に商会を乗っ取られた方が色んな意味で長生きできる有様だった。

 

 

「で?何の用?俺は忙しいんだけど!」

「お前に逢わせたい女が居るんだが、やっぱ止めておいた方が良いな!」

「なんだよ親父!勿体ぶらずに教えてくれよ!!」

「そういう所がダメなんだ!まず推理して仮説を立てて話してみろ!」

 

 

父親から叱られたフレーゲルは、必死に自分に逢わせる女の事を考えていた。

お見合いならば、こんなに乱暴に起こさないし、家族が大騒ぎしているはずである。

とはいえ、それ以外思いつかなかったので、考えた結果をそのまま伝えた!

 

 

「分かった!俺のお嫁さんだろう!全く親父は水臭いんだから…さ…あ?」

 

 

ところが父親からの返答が帰って来ない所か悲しい顔をしてしまった。

さすがにそんな事は無いと思ったが適当な事を言い過ぎて失望されたと感じた。

何とか名誉挽回しないと、快適な家から追い出されると慌てて何か告げようとした。

 

 

「珍しくお前にしては、良い線いってるな」

「えっ?」

「正確に言うと、お前が幼少期に結婚を約束した女だ」

「ん?そんな馬鹿な!?」

 

 

父親から告げられてフレーゲルは頭を抱えた。

自分が駄目人間だという事は自覚しており、そんな都合が良い女など居ない。

そう居なかったはずである。

 

 

「あれ?なんか昔の頃、一緒に遊んだ女の子が居た気が…」

「そう、そいつだ…!お前が幼少期に世話になった少女さ」

「でもよ!あそこはシガンシナ区だ!もう逢えるわけないじゃないか!」

「そいつが生き延びてな…死ぬ前にお前と逢わせてやりたいと思ったんだ」

 

 

珍しく気遣われたドラ息子は、父親の意図が読めなかった。

死ぬ前って事は、余命が分かっており長く無いという事である。

 

 

「つまり、もうじき死ぬのか?」

「そいつ、自体はピンピンしてるが、このご時世だ!いつ死んでもおかしくねぇ」

「でもよ!それは俺たちも同じじゃん!」

「そいつはな!兵士なんだよ!しかも調査兵団!本当に頭が可笑しいぜそいつは…」

 

 

フレーゲルの記憶には、その少女の記憶がほとんど抜け落ちていた。

ウォール・マリア陥落から大混乱してようやく落ち着いたと思ったらトロスト区防衛戦。

再び、商会はそれどころではなく一時的とはいえ会長の子息の食い扶持すら養えなくなった。

そのせいで、当時の記憶はほとんど抜け落ちていた。

 

 

「お前さ、男が女にした約束を覚えてなきゃ駄目だろう!商人どころか人として失格だぞ!」

「そういってもさ、そんな話なんて覚えてねぇよ。もし指摘されたらどうすれば良い!?」

「その点は安心しろ!向こうも忘れてるからな」

「はぁ!?」

 

 

父親に翻弄されているドラ息子は、一瞬殴ってやろうと思ったほど混乱した。

つまり双方とも記憶が朧げで再会しても感動など無いのに逢う必要があるのか疑問だった。

 

 

「あーあー勿体ねぇな!お前の母ちゃんに出会わなかったら結婚しているほどの女なのにな!」

「あー!もう!何だよさっきから!俺を馬鹿にしにきたのか!?」

「そいつのおかげで俺たち!商売繁盛してるんだよ!この大馬鹿野郎!!」

 

 

リーブス会長は、フローラの完全劣化版のこいつを追放して、彼女を養子にしたいくらいだった。

巨人を討伐し過ぎて勲章を売り払う余力がある身体能力は言わずもがな。

商人としての交渉術や僅かな情報でリスクヘッジを考えて即座に実行する行動力。

調査兵団の新兵でありながらピクシス司令やザックレー総統とのコネや人脈がある。

そして何より複数の商会や商人ギルドと有利に交渉して双方とも儲けられる手腕。

なにより、そんな才能の塊が容易く散ってしまう環境に居る事を悔やんでいた。

 

 

「怒鳴られてもどうしようもねぇよ!というか、いつ逢うんだ!?」

「翌日の午後3時に茶菓子店って集合する事になっている」

「もう24時間無いじゃないか!?」

「ああ、そうだ。話す内容をよく考えておけ。もう二度と逢えないからな」

 

 

自慢ではないが会長の勘はよく当たる。

それも悪い方に当たるのだからついていない。

胸騒ぎがして右脚の膝裏が痛くなるといつも大惨事になるのを知っている。

その時、脳裏に浮かんだ事が酷い事になるのを知ってるから息子を彼女と逢わせようとした。

そうしないと二度とフローラ・エリクシアという女に逢えなくなる気がしたのだ。

 

 

「つまり何をすれば良いんだ?」

「顔でも洗って幼少期の質問でも考えてろ」

「そんな事で良いの?告白とかはしなくていいのか?」

「もうあいつは、壊れちまってな…巨人と死ぬまで戦い続けて死ぬしかないんだ…」

 

 

フレーゲルは、父親の表情を見て何とも言えなくなった。

それは、悲しみでもあり怒りでもあり自嘲している笑みでもある複雑な表情だった。

仮面を複数使い分けて本性を中々見せない父親のありのままの表情を見てしまった。

それだけ責任重大だと思い、とりあえず好きな食べ物や誕生日を訊こうと考えた!

 

 

「いいかフレーゲル。昔の約束くらい男なら思い出してやれよ」

「ああ、分かったよ」

「商人の跡継ぎとして約束を忘却するのは恥どころじゃないからな…」

 

 

ディモ・リーブスもフローラの父親と結んだ約束を忘れていた。

とても重要な事であったが、もはや誰にも分かることは無い。

息子を叱っていながら、特に思い出す事ができず自嘲するしかなかった。

 

 

-----

 

 

「ふふふ、人払いが成功したわ!」

 

 

リーブス会長と面会するフローラは、邪魔者のミーナを駐屯兵団の共同訓練に参加させた。

人手不足のせいで、トロスト区に居住する健康的な男女をも動員する可能性があったからだ。

土嚢作りや防衛柵の作成など基礎をど覚える訓練であるが、非力なミーナにはぴったりだろう。

 

 

「ごめんくださいー!」

「おや、いっらっしゃい!」

「午後3時に予約したフローラ・エリクシアです!」

「息子の同期なんだからそこまで言わなくていいのに…」

「やはりこうやって挨拶するのが好きなんです!」

 

 

フローラは集合時間の30分前にワグナー製菓に着いて予め注文した茶菓子を確認した。

ストヘス区のドーナツを参考に造り上げた物である。

オリジナルと比べて腹は膨れないが、本家と違って型なので量産しやすいメリットがある。

 

 

「この蜜が美味しそうですね!」

「息子のトーマスが好きだった蜜だよ!あの子は何でもこれを掛けて食べようと…」

「…えーっとごめんなさい」

「こちらこそゴメンね!フローラさんと逢うとどうしても息子を思い出してしまって…」

 

 

トーマス・ワグナーは、104期訓練兵でありフローラやミーナと親友だった。

あの日、奇行種に丸呑みされて討伐した時には死亡していた。

遺品は、ミーナが彼のワッペンを持っているだけで他は、ほとんど残っていない。

せいぜい店に額縁で飾っている彼の手紙しかなかった。

 

 

「ところでミーナちゃんは呼ばないの?」

「取引先と打ち合わせをしたかったんです。ここは共同で出している店なので…」

 

 

トーマスの母親は、息子の同期に経営が助けられていた。

当然、近所にバレて騒動になったが、今では兵団の御用達になるほど人気店になった。

そこで周りの店は、その顧客を取り込もうとした結果、裕福で治安が良い場所になった。

 

 

「親父!?どうやって入れば良いんだ!?」

「お前の頭には何が詰まってるんだ…」

 

 

リーブス会長と若い男の声が聴こえてフローラは世間話を止めた。

何故かのれんに手古摺っているが、どう見ても護衛には見えないほどの体形だった。

 

 

「潜れば良いだろう!」

「そうだった…」

「挨拶は?」

「今からする予定!」

「今しろよ!」

 

 

コントでもやっているのかと疑問に思うほどグダグダだった。

一応、トロスト区の経済を支配している商会のトップがこんな有様では今後が心配である。

 

 

「いらっしゃいませ!!」

「えっと!おはようございます!」

「午後3時前なんだが?」

「じゃあどうすればいいんだよ!?」

「もうお前、黙ってろ!」

「痛い!」

 

 

ついに殴られたフレーゲル。

赤っ恥をかいたリーブス会長は、息子を殴った後、すぐさま表情を変えた。

 

 

「すまねぇな俺のせがれが迷惑掛けちまった。午後三時に予約したディモ・リーブスだ」

「お待ちしておりました!こちらの席におかけください!」

「ほら、痛がってないで立て!」

「…は、はい」

 

 

全てが初めてのフレーゲルは大人しく椅子にこしかけた。

すると正面には栗色の髪を後ろで束ねて三つ編みをしている女兵士と視線があった。

家族以外の女と接点が無いが何故かそこまで緊張はしなかった。

だが、何故か振り回されそうな予感はしている。

 

 

「こんにちは。わたくしの名前はフローラ・エリクシアと申します」

「えーっと俺の名は、フレーゲル・リーブスだ!」

「ディモ・リーブスのご子息の噂は良く知ってますのでいつも通りくつろいで大丈夫です」

「じゃあ、遠慮なく!」

 

 

名前を聴いても全く感慨が無いので言われた通りフレーゲルはくつろいだ。

父親からの視線は気になっているが、さすがに目の前に来客が居る手前で叱らないと思っている。

そして真ん中に穴が空いた円状のお菓子があったので手に取って食べた。

 

 

「うぬ!?うめぇえ!蜜の甘味と感触が噛み合ってとろけるぜ!」

「お前は、とりあえず手を拭くとかしないのか?」

「いつも通りやって良いって言われたからそうしただけど?」

「もう、リーブス商会は終わりだな……」

 

 

父親が額に手を当てているのを気にせずに2個目のドーナツを頬張るグレーゲル。

そして2個目を胃の中に直行させた時、目の前の女が食べていないのに気付いた。

 

 

「食べないのか?」

「えぇ、何かお話があると思うので…何かと思っていたのですが」

「俺も知らねぇんだけど、ここのお菓子旨いよな!今度買って食べてみるよ」

「そうですわよね。ようやくここまでちゃんとしたお菓子になりましたもの」

「最初は違ったのか?」

「もちろん、ここの店主やその協力者が試行錯誤の先に生み出した物ですから」

 

 

こんなに美味しいお菓子を食べないで話を続ける兵士に疑問には思わない。

この店がリーブス商会が投資しているなど夢にも思わなかった。

 

 

「ところでお前…じゃなかった!あんたと約束していたそうなんだが何か知ってるか?」

「いえ、わたくしも覚えてませんわ」

「そうだよな…!もうそんな昔の事なんて覚えていないもんな!」

 

 

一瞬フローラの眉が動いた感じがしたが、特に気にせずに話を続けるフレーゲル。

父親に至っては、護衛か部下で優秀な人材に会長を継がせようと考えていた。

 

 

「ところで兵士がこんな所でお菓子を喰ってて良いのか?」

「少なくとも士官クラスは貴族と接待がありますので、慣れる必要はありますわね」

「そーなんだよな!俺は会長になれる頭じゃないので社交界に行けってうるさいんだ」

「もしかして、お名前とか顔を覚えるのは苦手ですか?」

「そうなんだよ!何でみんなあそこまで覚えられるんだ!?」

 

 

親しい女友達の様に愚痴をこぼしているが、特に拒否反応は無くしっかり聞いてくれた。

それだけで母親より優しい感じがして次々に本音を暴露していく。

 

 

「顔の特徴を覚えるのが楽だと思いますよ」

「例えば、どんな感じにすれば良い?」

「そうですわね。フレーゲルさんならソバカスに膨よかな身体、オールバックの髪型」

「覚える事多すぎじゃないか」

「これは、慣れるしかありません」

 

 

相手の提言を聴いても無視をしたり駄々を捏ねても怒ることは無い。

若い女性に向かって言うのは恥であるが何故か口から出てきてしまう。

まるで女に誘い込まれている様に自分の習性や性格を把握されているのに彼は気付かなかった。

 

 

「ところで兵士なんだよな?何で兵士になったんだ?」

「両親の仇としか言えませんね。シガンシナ区陥落で両親が死んでしまったのでー」

「それはこっちも同じだな!トロスト区も巨人のせいで散々な目に遭ったから!」

「トロスト区もシガンシナ区も超大型巨人のせいで巨人に蹂躙されましたからね…」

「それとー」

 

 

ついに腰掛けたまま倒れかけた会長を護衛が支えて、水や茶菓子を注文し始めた頃。

何気ないフレーゲルの一言でフローラの雰囲気が変わった。

 

 

「記憶喪失したんだろう?記憶を取り戻そうと考えたのか?」

「記憶…?いえ、考えた事がありません」

 

 

フローラには恐怖の感情は存在しない。

シガンシナ区で鎧の巨人がマリアの扉を破った時の破片で両親が死んだ時!

ショックで記憶喪失したせいと同時に【恐怖】という感情を喪失していた。

だが、さきほどの質問には、彼女の表情には『恐れ』があった。

 

 

「なんでだよ!今までの両親の記憶や友達、知り合いの過去が思い出せないんだぞ!?」

「立ち止まって考えるより今を生きていきたいのですわ」

「だってさ!今まで両親に愛されてきたわけだろう!?思い出せないと悲しいじゃないか!」

 

 

フローラには恐怖という感情自体は存在しない。

そのせいで頭進撃とか106回も医務室送りされても平気だった。

ただ、それは恐怖という足枷が無いから今まで頑張って来れた。

 

 

「今は、頼もしい同期や戦友、先輩、知り合いがいるのですもの。問題ありません」

「そうじゃないだろう!シガンシナ区の生き残りとして、先人の歴史を紡ぐ義務があるはずだ!」

 

 

フローラは過去など興味が無かった。

むしろ、鎧の巨人を討伐する未来、もしくは現在を重視していた。

ただし、ミカサの昔話には興味があり、何度も話を聴いていた。

 

 

「もちろん、今度忘れても良いように手帳で記しています」

「必死に思い出すんだ!俺もお前との約束を思い出して見せるからさ!」

 

 

フローラは、エレンやミカサ、アルミンの過去が知れる昔話が好きだった。

だが、シガンシナ区に興味がなく、お世話になったハンネス隊長など人物の過去が好きだった。

彼女は、自分の過去に繋がる出来事をできるだけ思い出さない様に無意識に防いでいた。

 

 

「何故、貴方はわたくしをそこまで想ってくれるのですか?」

「だって悲しいじゃん!俺たち、こんなに親しい関係だったんだろう?」

「そうですわ…ね…」

 

 

フローラには恐れがあった。

恐怖の感情という足枷が無いから今まで戦えて来た。

では、記憶を思い出すと同時にその感情も蘇ったらどうなるか。

それは、負の感情を“声”として聴ける能力の彼女には分かり切っていた。

 

 

『これ以上は、黙らせないと!今のわたくしが全て崩れ去ってしまうわ!』

 

 

ディモ・リーブス会長が息子を連れて来た理由が彼女は理解した。

要するに自分の封印された過去を思い出せようとしている。

もしかしたら防衛反応で咄嗟に自分で封印した記憶かも知れない。

それは分かりようがないが、このまま会話を続けるわけには行かなかった。

 

 

「中々有意義なお時間でしたけど、そろそろ兵舎に戻らないといけませんのでー」

「フローラ、逃げるのか?」

「逃げるも何も兵士たる者、自由時間は限られてますのでお暇させて頂きます」

「君は、何も知らなかった我儘なお嬢様のはずだ!」

 

 

フローラはリーブス会長のご子息の言葉に困惑していた。

我儘だったのは向こうの方であり護衛たちや会長も呆気に取られているのを確認できた。

 

 

「フローラは高慢ちきなお嬢様だった!いつも俺を巻き込んで振り回してきた!」

「確かに兵士になっても上官を振り回しては居ますけど…」

「思い出したよ…君は俺と3年間だけだったけど友達だったんだ」

「それは良かったですわ。ではわたくしは…」

 

 

速やかに退席しようとしたら左手首を自称友達に掴まれてしまった。

このまま、聴いていると今の自分が崩壊すると悟ったフローラは少しずつ本性を現した。

 

 

「…放してくださらない?」

「嫌だ!もう放さない!」

「武装した兵士に喧嘩を売らない方が良いですわよ!」

「君は変わってしまった!俺は…なんて馬鹿だったのか今では理解できる!」

()()()()()()()()()()()()()…放しなさい!!」

 

 

今まで親の七光りで生きていたボンボンのご子息は、覚醒して好青年に見えた。

逆に良き相談役に乗っていた女兵士が豹変して力づくで振りほどこうとしていた。

ワグナー夫妻もリーブス会長も護衛3名も豹変した2人に黙って慄くしかなかった。

 

 

「君の父親の名前を言ってあげようか?」

「結構です!過去より未来に向かって進むので知る必要はありません」

「君の父親の名は、ミオソティス・エリクシア」

「……ご丁寧にありがとうございます」

 

 

さきほどまでのんびり会話を楽しんでいた女兵士は豹変して立ち上がった。

言葉では感謝しているが表情までは誤魔化しきれておらず、怒りを感じられた。

誰もがこのような彼女の表情を見たことは無く、どんなに追い詰められても出ないはずだった。

 

 

「君の母親の名前も思い出した!」

「武装した兵士をよくもまあ、ここまで挑発できますわね…!」

「フレーゲル!これ以上は良い!止めろ!」

「親父、邪魔するな!俺は伝えなきゃならねぇんだ!!」

 

 

ディモ・リーブスはお得意先を激怒させているのに気付いた!

息子との約束を知っているからこそあえて発言してこなかった。

しかし、それは彼女のトラウマを抉る物だと知って制止させようとした。

だが、運悪く同じく覚醒した息子によってフローラを更に激高させた!

焚火に油と可燃物を次々に追加して強風で煽って大火事にする如く彼は更に煽った。

 

 

「母親の名前も思い出したんだ」

「それは良かった。お時間ですので後日、聴かせて頂けませんこと」

「おい、そこまでにしておけ!!」

「母親の名前は、アネモーネ・エリクシア」

 

 

腹が飛び出ている裕福な坊ちゃんがただ目の前の女兵士の母親の名前を告げただけだった。

それなのにワグナー製菓の店舗内は静まり返っており、季節外れなほどに肌寒く感じた。

たった一言、その名前を告げたフローラは固まって動かなくなった。

 

 

「そうですか」

 

 

フローラはそう呟いて、脇に備え付けられたホルダーから操作装置を手に取った。

そして慣れた手つきで回転させて鞘に近づけてアタッチメント部に刀身の中茎に装填した。

ロックを確認する事もなく双剣の刃をフレーゲルに突き立てた!

ハサミの様に手を捻れば彼の首を刎ねるなど造作は無かった。

 

 

「……やっぱり君は我儘で高慢ちきなお嬢様だ!」

「坊ちゃん!?」

「おいフローラ!?何の真似だ!?」

 

 

怒りのあまりか、僅か5秒足らずで刃を抜いてフレーゲルの首を刎ねようとしたフローラ。

辛うじて残った理性と複数の約束で堪える事ができた。

もし、刃を抜く時にエレンとミカサとミーナの3つの約束を思い出さなかったら首を刎ねていた。

 

 

「こうやって気に食わない事に癇癪を起したんだよ!君は…!」

 

 

それでもフレーゲルは彼女を挑発するのを忘れない。

それがフローラが転生した悪魔の正体だからだ。

 

 

「確かに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()様ね」

「それでも俺は君が好きだった。いや今でも好きだよ…」

「この状態で告白だなんて……命乞いかしら?」

「刃を降ろしてくれ…上手く話せない」

 

 

冷静さを瞬時に得た彼女は刃を鞘に装填し、補助スイッチでロックを外してホルダーに仕舞った。

実戦経験豊富だからこそ、無駄がない動作で何事もなく刃は仕舞われた。

2人を除いてさきほどの光景は夢だったのかと錯覚するほどあっさりフローラは引き下がった。

 

 

「あそこまで挑発するなんて…」

「そうでもしないと昔の約束を思い出さないと思ったんだよぉ…」

「残念だけど思い出せないわ」

「じゃあ、言っても良いか?」

「どうぞ、ご勝手に…」

 

 

フレーゲルは、今度発言すれば首が刎ねられると自覚していた。

それでも、彼女には昔やった約束を伝えたかった。

10分前までなら約束など思い出さなくて良いと思っていたが、それでも言いたかった。

 

 

「俺はフローラに『結婚の約束』をしていたんだ」

「今、思い出したわ……ああ、あったわね」

 

 

傲慢でだらしがないフレーゲルさえもこき使ったフローラ。

僅か3年間、過ごした時間は、2週間も満たなかったかもしれないがそれでも大切な日々であった。

 

 

-----

 

 

景気が悪化してシガンシナ区から手を引いたリーブス会長。

それと同時にエリクシア家と縁を切ることになって永遠に別れる事となった。

決まった後に知らされた幼少期の彼は、取り乱したが結果は変わることは無かった。

 

 

「ふろーら!」

「なに、ふれーげる?」

「ぼくたち、お別れになっちゃうんだ」

「そうね。さびしくなるわ…」

 

 

だから彼は約束した。

今は別れてもまた逢えるようにと大好きだった彼女に告げた。

 

 

「もし、ぼくがおおきくなったら、そのときは、ふろーらとけっこんしよう!」

「わたしたち、ふうふになるの?」

「そうだよ!それなら!にどと!わかれなくすむよ!」

「うん、いまはわかれるけど、またいっしょになろうね!」

 

 

彼らは忘れない様に何度も確認し合った。

その結果が双方とも記憶から落ちており、そのまま闇へと葬られようとしていた。

唯一、リーブス会長だけは遠くからその約束が聴こえていた。

 

 

-----

 

 

そして現在、壁内に巨人が出現して、彼女が死地に行くと直感した。

ただし、フローラが狂乱して息子を殺そうとするとは夢にも思ってなかった。

 

 

「思い出した?」

「そうね、何度も手を繋いで忘れない様にしてたわよね」

「2人で駄々をこねていた。でも無理だった」

「だからせめてもの…ていう事でわたくしが抱擁をしたのよね…」

 

 

フローラは誰かと別れる時に抱擁する癖があった。

それは幼い頃、別れてしまうフレーゲル・リーブスの温もりを感じたくてやった事であった。

そんな記憶は喪失していたが、別れる時に習慣になるほど、抱擁を忘れることは無かった。

今では、ミーナ・カロライナと毎回別れる時にやるくらい習慣になっている。

その原点が『結婚の約束』であった。

 

 

「なあ、フローラ。俺はまだその約束が生きていると思うんだ…良かったら」

 

 

フレーゲルの刺し伸ばしてきた手。

それを受け取れるならどんなに幸せであったことなのか。

もし、知り合いの女子が居たら運命の相手だと盛り上がる事だろう。

そんな彼の手をフローラはー。

 

 

「無理よ。もうその手は取れないわ!」

「なんでだ!確かに俺は今まで腐ってたけど…」

「それでいいのよ……わたくしは貴方の手を握れるほど綺麗じゃないの」

 

 

フローラの両手は、既に巨人3桁の血と人間2桁の血で汚れていた。

あんなにボンボンで甘やかされて育った坊ちゃんの純粋な手を握れるものではなかった。

 

 

「もし、訓練兵団卒業前に再会したら手をとっていたかもしれないわ…でも遅すぎたわ」

「今からでも遅くない!俺も変わるからさ!フローラも変われば良いんだ!!」

「言ったでしょ!もうわたくしは自分の物ではないの…兵士として組み込まれた駒なのよ」

 

 

復讐に囚われた女は、いつしか治安維持という名目で凶悪犯を殺害しまくった。

王政のトップである大総統と内務大臣を脅迫した話は嘘では無かった。

しかし、調査兵団どころか駐屯兵団ですら知られる事は無かった。

何故ならそれだけ装備を特例で持ち出す事ができて、数など記録されていないからだ。

 

 

「ワグナーさん、憲兵団に通報してくれませんか?」

「えっ…通報ですか?」

「そう、善良な市民を手に掛けようとした調査兵が居るって伝えればすぐに現場に急行するわ」

 

 

フローラは無意識にフレーゲルを手に掛けようとした。

既に5年前のあの日、鎧の巨人によってフローラ・エリクシアという女は死んだ。

今、ここに居るのは、そんな女の皮を被って悪魔でしかないのを自覚している。

 

 

「被害者がそれを認めなければ犯罪にはならないぞ!怪我すらしてないし!」

「ですって、どうするの?」

「会長はどう思われますか?」

「俺としても有力な取引先を失いたくねぇな」

 

 

誰もがフローラの失態を見逃してくれた。

だが、彼女はそれを受け入れられるわけがなかった。

親友の両親が経営している店で、取引先のご子息に手を掛けようとした。

辛うじて理性が思いとどめたが、いつしかまたやらかすのは明白だった。

 

 

「フローラさんは、先日の戦闘で疲れているのよ。お饅頭をあげるから元気を出して!」

「トーマスが見ていたら嘆くからまた元気な顔を見せてくれよ」

 

 

ワグナー夫妻に慰められても彼女の心は変わることは無かった。

恐怖を失った悪魔は、過去を取り戻すのに拒絶して民間人をも殺めようとした。

 

 

「おいフレーゲル、振られちまったがどうするんだ?」

「親父、俺は今日から変わるよ!フローラが変わったように俺も成長するよ!!」

「だってよ、どうするんだ?」

 

 

リーブス会長から問われたフローラは返答できなかった。

息子を殺そうとしたので何とも言いようがなかった。

 

 

「じゃあ、フローラ。また約束をしよう!」

「約束?」

「双方とも生きていたらこのお菓子屋で再会するって!」

「どうしようもない女に約束だなんて…」

「約束してくれるよな!!」

 

 

幼馴染の一言でフローラは頷くしかなかった。

既にこの場で立場は彼女が一番下であった。

その次が展開について来れていない護衛3名くらいか。

 

 

「約束するわ!」

 

 

2人は忘れない様に暫く抱擁した後、離れた。

フレーゲルは忘れていた香水の匂いが彼女から漂ってきて思う存分嗅いだ。

フローラは、油臭くて体臭が酷いが、昔の様な匂いがしたのでとりあえず満足した。

ここにて、涙ぐんだ2人は再び再会の約束をした。

 

 

「ご迷惑をおかけしました…」

「また来いよ」

「ありがとうございます」

 

 

フローラはワグナー製菓から出た後、早歩きで逃げた。

両親の名前を聴いただけでここまで取り乱してしまった。

もし、記憶が全て戻ればどうなるかは予想できないが二度と巨人と交戦できなくなるだろう。

せめて、鎧の巨人が討伐できるまで…できたはずだった。

 

 

『どうやらわたくしは、もう長く無いようね…』

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がした。

ただの少女が巨人を討伐できるように悪魔に魂を売り払った結果、あんな結果を招いてしまった。

いずれ、ミカサの昔話を聴いていても同じ発作が出てくる可能性がある。

今回の事態を受けて、彼女は自分について考え始めた。

 

 

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