進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
ウォール・ローゼの壁内に巨人が出現してから1週間が経過した。
未だに巨人の侵入ルートが特定されていないが避難民を匿うのは限界だった。
ウォール・シーナ全体では、避難民どころか内地の貴族以外養えなかった。
一応、シーナ内部にも牧場は存在するが、人類全体をカバーできるわけがない。
「今日が期限だ!何としても巨人の侵入ルートを特定しなければならん!!総員出撃!!」
「「「「ハッ!」」」」
食糧配給は本日の晩まで、どう足掻いても避難民はシーナ地下街から追い出される。
再び巨人が出現しても、今度は避難民用の食料など無いので彼らは見捨てられるしかない。
ピクシス司令は、馬を所有している民間人を拡大動員してウォール・ローゼの壁内を調査させた。
それと同時にトロスト区壁外に居る巨人掃討作戦が計画されていた。
「ザックレー総統、まさか最前線にお越し頂けるとは…」
「ありとあらゆる物を見なければ本質を見抜けないからな。危険は承知の上だ」
ダリス・ザックレー総統は建前は立派であったが、単純に内地の政治ごっこに疲れただけだった。
たった5年で壁内の環境は劇的に変化していた。
王政の議会やフリッツ王の忠誠が揺らぎ、配下である憲兵団の権威は失墜するという異常事態。
偉くない奴が大騒ぎするのを横で眺めているのは好きだが、軍事作戦の全責任を押し付けられた。
形式上は、総統局の総統が兵団の頂点に立っているが、実際は中間管理職であり頭を痛めていた。
「議会は、クロルバ区、トロスト区、カラネス区の壁付近に居る巨人を掃討する命令を下した」
「ただでさえウォール・ローゼの壁内調査で兵員が割かれているのにこれは…」
「そう思うだろう?それでも命令を下された以上、やるしかないのだ」
しぶしぶ彼は、残された人員だけで掃討作戦の短期間で立案しなければならなかった。
幸いにも西方のクロルバ区は、中央第一憲兵団とその配下の駐屯兵団が実行すると判明!
残された2つの掃討作戦を考えれば良かった。
駐屯兵団の参謀であるグスタフと共にトロスト区の作戦の最終調整が終わり一息ついていた。
「駐屯兵団第一師団は余力がありません」
「トロスト区に駐留している調査兵団は動かせないか?」
「本隊はカラネス区外の掃討作戦に参加する為に撤兵しました。残っているのは新兵だけです」
「新兵?」
ザックレー総統は「おっほっほっほっ!」と高笑いする女の姿を思い浮かべる。
あれも新兵のはずであるが、もはや新兵としての枠に入る奴ではなかった。
「カラネス区壁外の巨人掃討作戦は、調査兵団で委任する。それでいいか?」
「はい!では、早馬を走らせてカラネス区の守備隊に情報伝達をさせましょう」
「私は視察に出る。後は任せたぞ」
「護衛を1個小隊お付けしましょう」
「いや、結構だ。総統局から連れて来た兵で充分、これ以上、迷惑を掛けられないからな」
ピクシス司令の代行である参謀のグスタフは、総統の発言に戸惑った。
むしろ勝手にトロスト区内を闊歩されるほうが迷惑だったからだ。
ザックレー総統の部下であるエルティアナも口では意見を出さなかったが同じ感情を抱いた。
個人的には兵団本部に留まってもらう方がありがたいが拒否できる権限など無かったのだ。
「どこに向かわれるのでしょうか」
「顔馴染みの新兵に逢いに行きたくてな」
「フローラ・エリクシアならトロスト区の正門を警備させております」
「そこに向かおうとしよう」
ザックレー総統とフローラは芸術について語り合う友人関係である。
階級は天と地ほどの差があるが、芸術を騙るのに階級など関係ない。
自分の芸術を更に高めるなら新兵だろうと幼児の意見であろうと取り入れる柔軟性があった。
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「お前もトロスト区の巡回任務に参加するとは思わなかったぞ」
「兵団上層部のご使命だからね」
「今も手帳に出来事を記してるのか?」
「もちろん、忘れたくないからずっと書き続けてるわ」
ダズ・ウィズリーは、同期であるフローラと共にトロスト区の正門付近を警備していた。
配属先が違うとはいえ、かなり差を付けられたが、それでも気軽に話しかけられる関係である。
「お前、変わったよな」
「何が?」
「なんかさ、人間らしさっていうか。前よりどこか影があって悲しそうな顔をしてるぞ」
「昨日に色々あってね……人生に悩みができちゃったのよ」
フローラが迷うのは珍しい。
それこそ事故が起ころうが叱られようが、喰って寝れば翌日に復帰する女である。
だからこそ、未だに何かを引き摺っているのを見て彼は、すごく貴重な光景を見ている気がした。
「いっそ心機一転、そのボロボロの手帳を新調してみたら少しはすっきりするかもな」
「そうね。もう書くスペースもほとんど無くなってきたし、表紙がボロボロだもんね」
「訓練兵団に所属した日にもらった手帳を使い続けてるのはお前くらいだぞ」
シャーディス教官による【通過儀礼】が終わった後、全員に手帳が配布された。
訓練兵はその手帳で授業のメモをしたり、スケジュールの管理をする為に使用した。
そして訓練兵団を卒業する頃には、フローラ以外の全員は手帳を処分していた。
去年のカレンダーや学生時代の試験の答案用紙を大事に取っておく奴が居ないと同じ理屈である。
「わたくしの半生とも言える手帳が終わりに近づいているの」
「また手帳を替えて書き続ければ良いじゃないか」
「……新しい人生を次の手帳に記せるといいわよね」
ダズの言葉はもっともであるが、フローラは『手帳の終わり』に別の意味を考えていた。
それはここに居る兵士としてのフローラ・エリクシアの人生がもうじき終わるという事だ。
リーブス会長のご子息とのやり取りで自分の人生を見つめ直した結果、別の感覚を抱いた。
人の人生を本で表す事ができるなら、この手帳が書き終わる時、自分が死ぬような感じがした。
「お前はまだいいよ。俺なんか巨人と交戦して兵士として向いてねぇのが分かって悩んでるんだ」
「確かに自分の事すら自分で決められないなんて、他人を守る兵士として失格よね」
「俺は家族に守るために兵士になったのにいつ巨人が壁内に出るかわからねぇ…」
今でも臆病なダズは、両親と妹を守るために兵士に志願した。
そうすれば、巨人と交戦できる技術が学べて家族を巨人から守る事ができると思ったからだ。
そしてトロスト区防衛戦などの巨人との戦闘を通じて理解した。
他の連中と違って自分の命を賭けて巨人を討伐する兵士になれないと!
「家族を守るために装備を借りパクしようだなんて結構大胆ね」
「いやいや、そこまでするつもりはないぞ」
「そこの駐屯兵!ちょうどいい所に!これから壁外の巨人討伐任務に行ってもらえないか?」
「えっ…今からですか!?」
フローラもダズも今から壁外の巨人討伐任務をさせられるとは想定外だった。
まず壁内に出現した巨人を調査するべきであって、壁外に進軍するべきではないのは明白である。
馬の調教師や狩人すら拡大動員で動かすほど切羽詰まっている状況であれば猶更だ。
「え……い、嫌ですよ!勘弁してください……」
「じゃあ、ダズ頑張ってね!お墓なら自費で立ててあげるわよ!」
「何でお前はそんなに他人事なんだ!?」
「だって他人だし…」
ここでフローラはダズに向かって冗談を言った。
急かしても説得しても彼は自分から動かない以上、こうやって定期的に突き放す必要があった。
「クロルバ区、カラネス区に先駆けて我々が巨人掃討作戦を行なう!兵士の義務を果たせ!」
「一体、いつ開始する予定なのですか?」
「招集した兵士をリフトで壁外に降ろす予定だから…今から1時間半後には作戦を開始する予定だ」
「お待ちください!いくら何でも急過ぎませんか!?」
軍事作戦というのは、長期間かけて準備をされるのであって、思い付きでできるわけがない。
クロルバ区の件は、中央憲兵が無理やり駆り出されているのでフローラはなんとなく納得した。
あれでもそれなりに猶予があるように見えて、作戦の規模を考えると準備期間が短すぎた。
実際は、巨人が殲滅したところでまた寄って来るので形だけの作戦であった。
あくまで王政府は、壁内人類を安心させる実績を早急に欲していただけである。
「くそ、俺だって!俺は家族を守るために兵士になったんだ!これくらい…」
故郷が滅ぼされたコニーの話を知っているダズは、勇気を振り絞って任務に参加しようとした。
「やっぱり怖ぇ!…な、なあお前も一緒に参加してくれないか!?…無理か!お前調査兵だし…」
「調査兵団の人手を借りる許可をもらっている。協力してくれ」
「ここに調査兵団って新兵しか居ませんが…」
「お前は新兵の枠に入る奴じゃないだろう」
「…ごもっともです」
どうも自分ありきで作られた作戦のようでフローラは気に食わなかった。
断る事ができたが、さすがにこの兵力を投入した所で結果は見えているので参加するつもりだ。
ダズとは腐れ縁で彼の持ち込んだ植物図鑑が無かったら餓死していたと思うほど感謝している。
だから、彼を死なせるのは、自分が死ぬと同意義であり傍に居る限り守るつもりだ。
「参加しますけど、確認したい事が一点。誰が作戦を立案したのですか?」
「このトロスト区に滞在しているザックレー総統の指令書によって行われる。妙な話であるがな」
「ザックレー総統ですか……」
賢明なザックレー総統がこんな作戦など自発的に立案するわけないので王政のせいであろう。
第58回壁外調査の後始末といい、ここ最近の王政は迷走しており相当混乱しているのが分かる。
「では、1時間前までにこの正門で待機してくれ」
「「ハッ!」」
フローラは敬礼した後、ライリーを連れ出す為に走り出した。
正門を警備している兵士すら今、作戦を伝えられる時点で失敗が確定している。
駐屯兵団の主力はトロスト区から出払っていて、居るのは新兵か最低限の人員しか居ないからだ。
「ライリー!壁外に行くわよ!!」
そんな失敗を防ごうとフローラは馬小屋に辿り着いた瞬間、すぐさま出撃の準備をした。
相棒は先日で酷使し過ぎた影響か、運動不足で激怒する事が無いが逆に大人しくて不気味だった。
しかも、あっさりと鞍の取り付けが成功して、ようやく自分を認めてくれたと信じたかった。
単純に寂しくて甘えたかっただけなのだとフローラが知ったのは騎乗した後だった。
「見ろよ調査兵が馬に乗ってるぞ」
「あの方向は、壁外でも行くのか」
「この街から逃げ出した兵団が闊歩するのは気に食わねぇな」
トロスト区民における調査兵団の印象は最悪である。
門が使えないと分かるとあっさり切り捨てた兵団に好印象があるわけないので我慢するしかない。
その一環としてフローラは緑色の外套のフードで顔を隠して周りから素顔を見えないようにした。
そうすれば、少しは気が楽になれるし、民衆も堂々と罵倒してストレスを発散できるから。
「あれフローラだよな?」
「赤い馬に乗ってるしそうだよな」
やらかし過ぎてトロスト区でもフローラは名前で呼ばれるようになった。
やはり初期に『訓練用巨人模型』を作る時に実名で計画したのが失敗だった。
そのせいで、トロスト区の有力者にバレてリーブス商会に目を付けられるきっかけになった。
それ自体は良かったもののこうやって追いかけられるのは何か嫌である。
「巨人を100体討伐して来いよ!」
「トロスト区の壁に張り付いている巨人を殲滅するまで帰って来るなよ!」
「勲章を売り払ったらその金で街に還元しろよ!!」
応援されている様に見せかけて商人や店主に金を落とせと、せがまれる有様。
人類最強の男であるリヴァイ兵士長は、このような事は言われないので完全に自業自得である。
とりあえず調査兵団を好印象にする為に彼女は手を振って英雄ごっこをするしかなかった。
「そこに居るのはフローラ君ではないか」
「ザックレー総統閣下!?その手勢でトロスト区の正門にいらしたのですか!?」
「うむ、危険と聴いていたが思ったより活気があって良い所だな」
ザックレー総統に呼びかけられたフローラが真っ先に危惧したのは、1個班の護衛しかいない事だ。
仮にも兵団トップがこんな所に来られて何かあれば、ピクシス司令が後送される事態になる。
それだけ兵団に影響力がでかくて何より芸術を語り合う友人関係だからこそ心配してしまった。
「閣下、兵団本部にいらっしゃる話を聴いてましたがこんな所までいらっしゃるとは想定外です」
「こう見えても駐屯兵団上がりでな。こうやって新兵時代を振り返るのも悪くないと思ったのだ」
「は、はぁ…」
護衛をしている総統局の局員たちは呆れるフローラを見てお前も同じだという視線を送ってきた。
その視線を感じた彼女は、気が付かないフリをしてザックレー総統と向き合った。
相変わらず威厳があるお顔であるが、中身は自分の芸術について考える向上心がある人物である。
「ところで君は、最近絵を描いているのかね?」
「第57回壁外調査から絵を描く余裕が無くてやっておりません」
「なんと勿体ない!私は君の絵が大好きなんだがな!」
「閣下に褒められると恐縮してしまいます」
ザックレーは馬から降りたフローラが縮こまっているのに疑問に思っていたがすぐに解決した。
この公共の場では、総統と新兵という壁のせいでうまく会話が出来ていなかった。
本来ならば、密室で芸術について語り合う友人関係なのだから寂しい気持ちがある。
「すまないな。その様子だと私が立案した巨人掃討作戦に参加するようだな」
「そんな…栄光ある任務に抜擢されるなど亡き家族が泣いて喜ぶ光栄な話であります!」
「ところでクロルバ区の掃討作戦にも参加するみたいなのだが…本当にやる気か?」
「もちろんであります!」
「あの部隊から信用されるなど、ありえない事であるのだがな…」
彼らは、公共の場に居るからこそこんな堅苦しい会話をしているが、段々破綻してきた。
ザックレーは今まで築き上げてきた芸術の準備段階が最終フェーズに入った。
いつでもやっても良いが、時期が悪いという事で泣く泣く後回しにしてきた。
だから、その分、更に満足できる芸術に仕上げに関して色々模索している。
ピクシス司令ですら相談できないので、芸術を語り合う友人である彼女に逢えて嬉しかった。
「更に君に迷惑を掛けてしまうが良いか?」
「はい、なんでしょうか?」
「この掃討作戦の様子を絵に描いて見せて欲しいのだ」
「閣下の立場では、前線での兵士の活躍を拝見できる機会がありませんからね…」
ザックレー総統の脳裏には、若き頃の思い出が蘇っていた。
シガンシナ区から出発する調査兵団を支援する為に支援砲撃をしていたあの頃。
血気盛んで共に夢を語り合っていた青二才の頃の記憶は、ほとんど残っていない。
あの時から今でも兵士を続けている者など両手で数えられてしまう。
更に歳のせいか、記憶を喪失し続けている実感があった
「もちろん、個人的な依頼であり、蹴ってくれても構わん」
「了解しました!脚色無しで戦場であった出来事を絵にして記録していきます!」
「任務に支障が出ない範囲で構わん。知り合いを失ってしまうほど悲しい物はないからな」
彼に報告されるのは、人類の活躍を脚色した絵か、活躍を盛られた文字だけの報告書であった。
王政の茶番劇に付き合い続けたせいで自身の老いを感じてしまうこの頃。
絵師に自分の姿を描かせれば、威厳ある総統として描いてしまい、自身の姿が分からなかった。
これから作る【芸術】は自身の人生の集大成である。
だからこそ、客観的に見た自分の姿が分からないほど辛い物は無かった。
『君なら戦場で発生している出来事を切り取って私に伝える事ができるはずだ』
ザックレーは、エルヴィン団長の推薦されたフローラに自分の肖像画を依頼した。
そしたら『指を指して大笑いをする爺さんの絵』を受け取った。
『ダハハハハ!滑稽な爺さんだな!ああ、確かにこんな顔をしていたな!』
以前、自分が芸術と思える物を持参してきて欲しいという無理難題をフローラに押し付けた。
そして持ってきたのは、『怪しげなツボ』など使い道が分からないような絵画やオブジェだった。
これをドヤァ顔で持ってきた彼女の顔を見て大笑いをした時を描いてくれたものだと分かった。
ようやく第三者視点の評価が描かれた自身の肖像画を受け取った彼は、彼女の腕を信用した。
彼女であれば、かつて自分が見た光景をありのままで描いてくれると信じている。
『どんな手を使って総統閣下と知り合いになったんだ』
『閣下の顔があそこまで歪んでいる所など見た事ないぞ…』
『いろんな意味で有名人とはいえ閣下と仲良くなれる要素など無いはずなのだがな…』
事情を知らない総統局の部下たちは、彼らの会話を横で聴いていて疑問しかなかった。
ザックレーは部下ですら自分の本性を曝け出してないのでこうなる事は必然であった。
彼からすれば、自身の【芸術】は異端と理解しているからこそ、分かち合う者以外には伏せた。
「引き留めて済まなかったな」
「はい、問題ありません!!」
「期限は特にない。必ず生きて私に渡してくれるだけでいい。これは命令だ!」
「了解しました!すぐさま準備に取り掛かります!」
フローラは、友人から白紙とそれを収める筒を受け取って馬に騎乗し出発した。
こんな無理難題を引き受けたのは、自分も難題を押し付けていたからである。
ザックレー総統が発行した通行許可証のおかげで支障なく壁内を出入りできるのだ。
取引先の商会や王政幹部とやり取りする際も彼のおかげで有利に立てた。
その恩返しをする為に彼女は、必ず今回の戦場を絵として残すつもりだ。
『本当はもう少し語り合いたかったのだがな…』
友人が去って昂った感情が冷めた総統は、無言で踵を返して兵団本部に向けて歩き出した。
彼の部下であるエルティアナとその配下は、慌てて後を追いかける様に追随した。
「さて、どんな絵を描こうかしら」
総統と別れたフローラは、ライリーに出す指示を時折間違えながら宿題について考えていた。
ライリーは命令されるのが大っ嫌いだが、フローラの機嫌には気を遣っている。
暴れ馬でもジーク・イェーガーを嬲っていた悪魔の光景を忘れる事などできなかったのだ。
「なんだフローラ、お前も参加するのか?」
「むしろ参加しないと任務達成できるのですか?」
「無理だな!とはいっても新兵のお前に活躍してもらうのも何か大人としてみっともないな」
「ハンネスさんはよく頑張っている方ですよ。エレンも貴方を尊敬してますしね」
「あいつに尊敬されるなんて5年前まで思っていなかったんだがなー」
フローラは、壁外任務にハンネス隊長が参加するのは意外と感じた。
彼はどちらかというと壁の警備をさせられる立場であり、進んで壁外に行く性格ではないからだ。
「こうしてみると次世代が優秀過ぎて俺たちの面目が保てないな」
「5年前までの常識と今では環境が違いますからお気になさらない方が良いと思います」
「そうだよな。立体機動が廃れない様に成績上位しか憲兵団に入団できない餌を与えてたもんな」
立体機動は、5年前までほとんど重視されていなかった。
実際に活用されるのは、壁外に進出して巨人に突撃する調査兵団しか使わない技能だったからだ。
せいぜい目標に向かってアンカーを打ち込んで正確に登れればそれで訓練兵団を卒業できた。
だが、それだと立体機動の技術が廃れる為、苦肉の策で憲兵団に入団する条件として評価される。
廃れない様に点数が大きい立体機動術であるが、旨い人ほど安全地帯に配属とは皮肉である。
「あの時、立体機動について頑張っていたら別の未来があったと思っているんだ」
ハンネスは、自分が優秀で真面目な性格では無いと自覚してるので適当に頑張ってしまった。
成績は、23位で成績上位で間違いないがちょっと余裕をもって立体機動ができる程度だった。
あの頃は、巨人の弱点を削ぐ練習などなく、調査兵団に入団してから教わる物であった。
講師として来ていた元調査兵団の負傷兵だけが熱く…その重要性を語っていた。
思えば、ちゃんとあの時に話を聴いておけばエレンの母親を救えたと今でも後悔している。
「でもそのおかげで人類は大きく前進しましたわ。ハンネスさんの行動は間違っていません」
「それでも俺は、エレンの母親を救う事ができなかったんだ」
「もし、救われていたらわたくしは兵士として居なかったかもしれません」
「避難船に居たエレンの言葉を聴いて兵士になったんだよな。本当にこの世界は歪んでいるな」
ハンネスは、フローラの事情をよく知っていた。
シガンシナ3人組を気にしていた彼は、必然的に彼女の存在を知って話をよく聴いていた。
彼女が落とした手帳を出来心で中身を覗いたら、エレンが充実した人生を送っていて安心した。
あの時は、手帳を返して謝ったが今でも続きを読みたいと思っている。
「世界は残酷だが、それでも守りたいものはある。お前にもあるだろう?」
「そうですわね。同期、特にエレンとミカサの関係はずっと続いて欲しいですわ」
「全くあいつらも相思相愛なんだからくっつけば良いのにエレンが頑固でな…」
「殿方は、好きな女性ほど素っ気ない態度を取って見栄を張りたいものですよ…」
ハンネスは、近くにフローラ以外居ないからこそ本音を告げた。
ミカサがエレンが大好きなのは、巨人が人類しか捕食されないくらいほど周りに周知している。
ところがエレンも彼女が大好きであり、気持ちは同じなのが驚くほど周りに周知されていない。
ハンネスは、やんちゃな頃のエレンを知っているからこそ気持ちの変化を見抜けただけである。
それほど、エレンは想いを徹底的に伏せており、恥ずかしがっている思春期の少年であった。
「お前にも居たよな…気持ちを隠して素っ気ない態度を取った挙句、死んじまった奴が…」
「同期のデント・アクアですね。良くも悪くも事故死のおかげで、絵を描くようになりました」
「男ならやっぱり好きな人に想いを告げて死にたいものだな」
「残された者は、たまったもんじゃないので本当に止めてください…!」
ハンネスは、訓練兵団で教官しているキース・シャーディスと知り合いである。
今では鬼教官として恐れられているが、1人の女性に想いを告げられなかった腰抜けだった。
『自分が成果を出せば、きっと彼女に振り向いてくれる』と信じて進み続けた結果、挫折した。
ハンネスは、酒瓶を片手に「想いを本人に告げろ」と何度も伝えたが頑固者は聞き入れなかった。
皮肉にも彼と自分が助けた医師とその女性が結婚して生まれたのが、エレン・イェーガーだ。
「でも死んでしまった彼には感謝しています。おかげで絵を描くことになったのですから」
フローラは、死んでしまった同期をきっかけに絵の練習をした。
最初は円に棒を複数付け足しただけの絵であったが描いている内に上達した。
遠近法などの要素を取り入れてカオスな期間を得て、ようやく他人に見せられる画力になった。
そして現在、ザックレー総統に絵を依頼されるほどになった。
「それでもやっぱり、みんなが生き残って笑っている世界が欲しかったよ」
悪ガキのエレンが暴れてアルミンに報告されたミカサが行動する光景。
それを見て酒の肴にして同僚のフーゴと楽しむのが日課だった。
決して帰って来ない光景であるが、それでもハンネスは何気ない日常が好きだった。
現実は、フーゴは5年前に戦死して「エレンは人類の希望」など言われてしまっている。
「俺はこんな未来なんて望んでいなかったよ」
「でも、今からなら未来を変えられますわよ」
フローラからすれば、大切なのは未来である。
鎧の巨人を討伐して壁外の勢力を一掃し、壁内を平和にする。
今は巨人のおかげで壁内が一致団結してるのでもしかしたら内戦になるかもしれない。
それでも彼女は、残酷な世界である現在を変えたいと思っていた。
ハンネスも同じ意見であり、これからやる掃討作戦もその未来への一手である。
「行くか。みんなが笑って暮らせる未来を!次世代は平和で生きていける未来を!」
「もちろんですわ!」
馬に騎乗している彼らは通行人を轢かないように細心の注意をしながら正門に向かった。
輝かしい未来の為に!自分たちを奮い立たせる為に!そしてなにより平和の為に!
壁内人類に恐れられている巨人を掃討するという行為が、壁内の平和を遠ざけると知らずに……。