進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
調査兵団は、兵士1人に兵舎の部屋が割り振られている。
これは兵団でも珍しいが、単純に死傷率が高いせいでこうなっている。
同室する兵士が居ないから個人で利用できるという悲しい事情である。
「調査兵団の総兵力は、2個小隊未満らしいぞ」
「【カラネス区守備隊】に改名してもいいんじゃないか?」
「まだあいつら、壁外調査をするみたいだぜ」
「税金の無駄遣いだな…」
現に2か月前まで300名居たはずの兵員は、100名足らずとなっており、もはや守備隊と化した。
巨人に対する危機感が薄れている王都の住民ですら噂されるほどに貧弱な兵力だった。
調査兵団ができるのは、兵士の個性を重視し、個室を割り振り自由に生活してもらう事だけだ。
「今日こそ、フローラの秘密を暴いてみせる!」
ミーナ・カロライナは、フローラの様子が可笑しい事に気付いた。
元から可笑しい行動をしていたが、訓練兵団を卒業してから秘密が異様に多くなった。
知り合いが1万人を超えていると思うほど、親友はコミュ力の化け物である。
しかし、裏社会の権力者とも接点があるのか、詳細を一切話さない時がある。
「やっぱり鍵が変えられてる!ここまで排他的になるなんて…!ヒストリア!準備は良い?」
「もちろんよ!」
ミーナは、事前に打ち合わせしたヒストリアとフローラの個室の扉で集合した。
目的は、最近怪しい行動をしている親友の秘密を突き止める事である。
昔なら『報告会』で起きた出来事などを話してくれたのに今は秘密しかなかった。
ここまであからさまにされたら、解明したくなるのが人の心理である。
「……開きそう?」
「鍵穴が特殊みたいで手応えが全くないの…」
「私が代わりにやるから見張っておいて」
「分かった!」
【悪い子】になったヒストリアが針金や小道具でピッキングしようとしたが、苦戦していた。
代わりにミーナがやろうとしたが、彼女より不器用なので解錠ができるわけがなかった。
そもそもこの鍵は、磁石で施錠しているシリンダーを外す仕組みである。
鍵に付いている磁石がなければ開くわけなかった。
「何をしているの?」
「見れば分かるでしょ!フローラの寝室に入ろうとしてるの!?」
「「フローラ!?」」
フローラ・エリクシアという女は、人類の歴史上、最も巨人と交戦した人物である。
トロスト区防衛戦から巨人と交戦する全ての作戦に従事していると言っても過言ではない。
カラネス区壁外の巨人掃討作戦を一発芸をやるノリでやっても誰も驚かないほどである。
そんな酷使された彼女が寝室に戻ろうとすると、2人の同期が扉の鍵をこじ開けようとしていた。
それを見て潜入任務の様に見張りの視界を搔い潜り、彼女たちが隙を見せた瞬間、話しかけた。
「えーっと…汚部屋になってないか調査しに来たの!」
「前に来た時は、汚れたからミーナと一緒に掃除をする予定だったの!」
「貴女達とは共に学び合う関係でいたかったんだけど、ここまでされると…きついわね」
さきほどまで心を躍らせながら遊んでいたフローラだったが話しかけた瞬間、気持ちが冷めた。
残ったのは、友人たちがあくどい手で部屋を覗こうとしている失望感だけだった。
それを感じ取った2人は何とか誤魔化そうとしたが更に関係が悪化しただけで終わった。
「なんでそんなにわたくしを気にするの?」
「だって!部屋の前に郵便物が山盛りになってるもん!絶対、部屋を掃除してないでしょ!」
「確かに『郵便受け』は毎日、溢れているけど…」
フローラは【鮮度】というのは、食料以外にも存在して、恐怖と情報にも存在すると思っている。
その為、世間の流行や情勢には敏感であり、商会の機関紙や新聞、政府刊行物を集めていた。
良くも悪くも商人の血を継いだ彼女は、情報を入手する為に独自の流通ルートを構築していた。
ところが、調達し過ぎた上に酒場や肉屋などのチラシまで来ているのだから処理しきれなかった。
そのせいでフローラの部屋の前には、郵便受けどころか、その隣に書類の山が鎮座していた。
「別に部屋に入りたいならわたくしに一声かければいいでしょ?」
「そしたら、部屋を整理しちゃうじゃない!」
「まあね!」
兵士たる者、整理整頓が出来なければならない。
何故なら、兵士はチームで動く以上、誰もが公共物を平等に利用できるようにする為である。
以前、フローラがライナーにあげた『兵士心得帳』の1ページ目に書かれているほど重要である。
ところが、彼女は大量の私物を持ち込んでいるので、そう言われると反論しようがなかった。
「ああ、分かったわよ。見るだけなら良いわよ」
致命的な情報は暗号文にしているので、特に入室されても問題は無い。
追い払うのを諦めたフローラは解錠して2人を部屋に入室させた。
「やっぱり汚れているじゃない!」
「これでも整理整頓した方なんだけどね…」
彼女たちが見たのは、無数に積まれた木箱と書類の束、そして作業台には工具が散らかっていた。
兵士としては失格どころか、障害物で通路の様になっており、汚部屋ではなく汚通路である。
お節介なミーナは、それについてお説教すると覚悟したフローラだったが予想が外れた。
「これは…何?」
「依頼されて描いた絵よ」
「フローラらしくない絵ね…」
ミーナが気になったのは、目立つところに置いてある絵画だった。
その絵は、壁の近くで巨人と兵士の集団が戦闘しているシーンを切り取った様な絵であった。
『もっと明るい絵を描かないの…?』
内容としては、巨人に捕食された兵士を助けようとした兵士も喰われる様子を描いていた。
敵討ちと言わんばかりに泣いた兵士が巨人のうなじを削いでいたが、悲壮感溢れる絵である。
それだけで不気味な絵であるが、血が本物の血痕であり、いつもの彼女が描く絵ではなかった。
「わたくしがここに来たのは、完成したこの絵を依頼人に届ける為なのよ!」
「戦闘が終わったばかりなのに、もう別の事をやるの?」
「時間は有限だからね。やれる事はその日のうちにやるわ」
完全に塗料が乾いたのを確認したフローラは、ミーナに返答しながら額縁に絵を入れた。
そして慣れた手つきで、台車に乗せてある緩衝材が入った木箱の中に絵を入れて封をした。
その様子を見ていたヒストリアは違和感を覚えて思わず口を開いた。
「何でこんな絵を私室で描いていたの?もっといい場所があったと思うんだけど?」
「絵自体を内密して欲しいという依頼でやってたのよ。だからみんなに内緒にして!」
「トロスト区の絵画コンクールに応募するなら隠れてやる必要がないのにね」
「こんなのを提出しても世間に受けないし、しょうがないわ…」
ザックレー総統とフローラは、芸術という事について語り合う友人関係である。
ところが、階級差のせいで気軽に会話したり文通する事ができなかった。
プレゼントにしても、賄賂と思われないように徹底的に秘匿する必要があった。
故に総統が主催した絵のコンクールに提出するという回りくどいやり方で、送るつもりだった。
というより、彼はフローラの描いた絵を受け取る為にわざわざコンクールを開催していた。
『ザックレー総統なら他の参加者の絵も拝見されて喜ばれると思うけど…回りくどいわよね』
壁内に巨人が湧いたご時世で、呑気にコンクールを開いた総統に批判の意見が集まった。
しかし、何としても壁内の混乱を収めたい王政府は、総統のコンクールを全力で支援した。
おかげで、堂々と一兵卒がザックレー総統に直接、絵画を渡しても怪しまれなかった。
トロスト区奪還作戦で損失した美術館を建て直すほど芸術が大好きなのは知れ渡っていたからだ。
「ちょっと待って!依頼人は誰なの!?」
「…言えないわ!」
「また秘密なの?」
「そういう約束だからよ」
ミーナは、こうやってフローラが秘密にするのが大っ嫌いだった!
契約、約束、命令、守秘義務、彼女が口にするのはそういう事ばかりだった!
共に仲良く学んで称え合って成長していたのに今では、完全に親友に置いて行かれていた。
自分だけがあらゆる面で取り残されているの実感しているからこそ、焦って親友にしがみ付いた。
「私たち親友だよね!?」
「もちろん、3年前に貴女と出会ってからずっと親友だし、今もそうよ」
「…気付いてるの。先輩や同期が私に何かを内緒にしてるって事くらい」
「えぇ、そうね」
「だから教えて!どんな秘密を私に隠しているの!?」
調査兵団に所属しているミーナは疎外感があった。
フローラの寝室で気持ちを打ち明けたのは、ここであれば真実を教えてくれると思ったからだ。
ヒストリアが心配そうに見つめて来たのを感じたフローラは、隠し事を打ち明ける覚悟を決めた。
「良いわよ。ミーナに秘密にしてる事を話すわ。でも絶対に自棄に成っちゃ駄目だからね?」
「大丈夫…覚悟はしてるから」
ミーナは自分の力不足のせいで、調査兵団から外されると思っている。
実際は、不意打ちでベルトルトを斬り付けるなどガッツがあり、上官も感心している少女である。
そんな彼女に告げられたのは残酷な事実だった。
「第57回壁外調査で暴れた女型の巨人の正体がアニ・レオンハートだったの」
「……えっ?」
「ストヘス区が半壊した事件があったでしょ?あれはアニの捕縛作戦に失敗したせいなのよ」
「もう!こんな冗談を言うなんて…!ヒストリアも言ってよ!…ねえ反論してよ」
馬鹿らしくなったミーナは、ヒストリアに反論してもらおうとしたら、顔を背けられた。
それだけで全てが事実だと知ってしまった。
「な、なんで!?何で黙ってたの!?みんな知ってたの!?」
「そうね」
「どうして教えてくれなかったの!?」
「ミーナが真実を受け止められる精神状態になるまで待っていたの」
「意味分からない!!ふざけないで!!」
泣き出して取り乱したミーナはフローラに飛び掛かった。
それを予想していたフローラは、絵画を安全な場所に移動したのを確認して、彼女を受け止めた。
泣きじゃくる親友の頭を優しく撫でながら、彼女を落ち着かせる言葉を必死に考えていた。
「調査兵団に破れたアニは、硬質化で作った結晶体で全身を覆って閉じ籠ったの」
「聞きたくない!聞きたくない!そんな話だなんて!!こんな事なら知らなきゃ良かった!!」
「その動けなくなったアニをユトピア区に護送するんだけど、ミーナにも手伝ってもらいたいの」
「なんで!?」
フローラは、取り乱したミーナの涙をハンカチで拭きとって頭を撫でた。
少し落ち着いて見上げてくるまで待機してから、その狙いを語り始めた。
「孤独で疲れていたアニは、ミーナの純粋さと行動に惹かれていたのよ」
「もう…やめてぇ……聴きたくない」
「だから一緒に居てあげて。孤独に戻ったアニに話しかけて欲しいのよ」
ミーナは、アニが敵だったのを信じる事は出来なかった。
一緒に過ごして共に笑い、雑談して苦悩を打ち明ける仲であった。
つい先日では、親しくなったヒッチと4人でドーナツを食べる約束をしていた。
ベルトルトやライナーが敵だったのは、正直、心に響かなかったが、アニだけは特別だった。
「アニと交戦したけど、彼女は調査兵団に追い詰められたから自棄で暴走したと思ってるわ」
「じゃあ、私が傍に居たら、そんな事しなかったって事?」
「少なくとも他の巨人化能力者よりもミーナの友情の方が上だと思うの」
実際、事実でありアニは、好意があるアルミンによって説得されていた可能性があった。
血の繋がっていない父親がマーレに残されていなければ、今の生活は彼女にとって心地よかった。
痺れを切らしたミカサが刃を見せなかったら、笑って開き直る事も無かっただろう。
そんな事情などフローラは知らなかったが、アニと一番仲が良かった女なので大体、察している。
「どうやって、アニと向き合えば良いの?」
「アニの事を想うなら、いつも通り、彼女に話しかけてあげるだけで良いわ」
「……私の事、嫌いになってない?」
「疲れ切ったアニは貴女に癒しを求めていたのよ?そんな事などあり得ないわ」
フローラは、ミーナの思考誘導を行なって、アニの力になれるのは彼女だけと刷り込んでいた。
親友の精神が疲弊しきって、微かな灯が消える前に新たな燃料を追加させるつもりである。
すなわち、アニを救えるのはミーナだけという思考誘導で【肉の誓い】と同じく生きる糧にした。
マインドコントロールは、フローラの十八番であり、同期を前向きにするのに多用している。
こっそり自分を有利にするも得意であり、やらかしても『フローラだし…』と済ませている。
「もうじき、カラネス区に保管しているアニの結晶体をユトピア区に輸送させる手筈よ」
「その前に逢いに行きたい!」
「団長代行に『面会許可』が取れるようにしておくわね」
「ありがとうフローラ」
どさくさに紛れて王政や商会と取引しているのを伏せる事に成功したフローラ。
とりあえずミーナが自棄で暴れる事が無い事を確認したうえで、
「ヒストリア!何やってるのよ!?」
「えっ!?えーっと、片付けする為に仕分けしてるの!」
「ユミルのラフ画があるスケッチブックを盗もうとしか思えないんだけど!?」
「何でバレたの!?」
ヒストリアはユミルを奪還してもう一度、彼女の告白を受けるつもりである。
それは別として、二度と逢えない予感がして彼女との思い出を失うのを極度に恐れていた。
毎日を必死で生きて来たせいか、傍に居るのが当たり前だったユミルの顔を忘れたくなかった。
以前、ミーナから訓練兵の顔を描いた画集がフローラの部屋に転がっていると聴いていた。
ミーナの作戦に賛同した上で、さきほどまで掃除していたのは、その画集を探していたからだ。
『これは……ユミルの絵!しかめっ面してる所から笑顔まで!これを床に放置するくらいなら…』
そして、ぞんざいに床に置いてあったスケッチブックからユミルのラフ画を大量に発見した。
フローラはミーナとの会話で、気が逸れたと思って、拝借しようとしたが即座にお縄についた。
「駄目じゃないの。いくら散らかっているからって、人の物を盗むなんて」
「だって、こんな大切な物を床に放置してたらゴミになっちゃうじゃない!」
「盗む事自体は否定しないし、行動を省みないのね」
フローラは、『クリスタ』という女神を演じていた女が苦手だった。
何かを演じていると、すぐに勘付いていたのもあったが、性格の相性が悪かった。
亡霊のように彷徨う姿が彼女の進撃魂と正反対だったのもある。
「ミーナもそうだけど、どうして一声かける勇気が無いのよ」
「じゃあ、スケッチブックを持って行っても良い?」
「そんなに欲しいならあげるわ。そんなに大事にしてくれるなら作者としても本望よ」
クリスタという少女は、自発的に自分を犠牲にしてでも【良い子】として他者を喜ばそうとした。
今では、自分の為に行動して、【悪い子】になってでも、目的を達成しようとする女になった。
ザックレー総統が自身の芸術を誰かに理解を得たい様に彼女も生み出した作品に誇りはある。
大事に両手で抱えられているスケッチブックを見て、叱責しつつも彼女に献上する気満々だった。
「ありがとうフローラ!私、まだこの部屋に宝物が眠ってると思うの!」
「私も発掘作業を手伝うわ!」
「…勝手にして。ただしそこ以外は弄らないで!そして欲しかったらわたくしに一声かけてね?」
「「分かった!!」」
ヒストリアは、ユミルの思い出を描かれた物を更に捜索する為に掃除する気満々だった。
ミーナも宝物がフローラの部屋で発掘できると分かって、許可をもらって持ち帰る気だった。
『発掘』という単語で不満に思ったフローラだったが、限定的に許可をした。
機密情報は全て暗号化してあるし、本当に重要な物は別の場所に保管してあるからだ。
「じゃあ、わたくしはトロスト区に行って来るわ!」
「いってらっしゃい!!」
「帰ってくるまで留守番をしておくね!」
片手で額を抑えながら台車を押して退室するフローラを見送った2人。
部屋の主が扉を閉めて施錠した音を確認した瞬間、部屋を物色し始めた。
ヒストリアは、失われたユミルの記憶を思い出して後世に残す為に!
ミーナは、再びフローラの秘密を暴く為に活動を開始した!
「これはどう?」
「なんて書いてあるか分からない!」
明らかに暗号文が書いてある書類が発見できたが解読は不可能だった。
商人たる者、部外者に情報を漏らさない工夫は、遺伝で無意識にしていたのかもしれない。
必死に秘密を暴こうとしているミーナは、ヒストリアと協力して突き付ける証拠を探していた。
「ねぇ…これ、ファッション誌じゃない?」
「フローラがファッションに興味があるなんて変ね。クローゼットには私服が一着しかないのに」
フローラが部屋から去って1時間くらいが経過した頃だろうか。
ヒストリアが、ファッション誌を発掘してミーナに手渡した。
フローラがお洒落などしないのを知っている彼女からすれば、疑問に思うしかなかった。
例えるなら、ジャンが女装してアルミンに告白するくらいあり得ない事であるからだ。
『王都の若者は、膝丈のスカートと靴下がブーム?…これで男もイチコロ?。ふーん』
ミーナは雑誌の頁をめくって、体臭を誤魔化す用途の香水がアロマセラピーになっている事。
それがブームになっていて香料の値段が高騰している事。
貴婦人たちの間では、『化粧水』という新しい製品に夢中になっている事。
王都では、従来の習わしに反抗する若者の中で膝丈のスカートと靴下が流行っている事。
そもそも自分が手に取っているのは、内地の裕福な若者向けのファッション雑誌だと分かった。
「なんでこんなものがフローラの部屋の中で眠っているの?」
「女子力皆無の人の部屋で見つかる物じゃない…」
化粧もファッションも疎いどころか、面倒なのでやる気が無いフローラ。
そんな事をするくらいなら、両親の仇と発覚したライナーの首を刎ねる練習の方が大事だった。
だが、商人魂があるので流行には敏感である。
流行には『仕掛け人』が存在するので、その意図を読み取り、今後を見据えて行動していた。
その為、自身はお洒落自体に興味は一切無かったが、これを見たミーナは勘違いした。
「私、決めた!」
「何を?」
「内心ではお洒落を望んでいるフローラが女として磨けるようにサポートするの!」
「私も手伝う!あのフローラがどんな感じに変身するか見てみたい!」
「ありがとうヒストリア!一緒に頑張ろうね!」
男性からの評価は、「野郎と雑魚寝するくらいならフローラの方がマシ」の扱いとなっている。
それだけぶっ飛んでいるせいで、ジャンですら異性として認識されていない哀れな女である。
自分が居ないと、女子力が無くなると自負しているミーナは、フローラを乙女にする気になった!
ヒストリアも同期としてそれを応援したくなった。
-----
「クッション!!」
「風邪か?お前らしくもないな」
「なんか寒気がしましたの」
通行許可証をカラネス区の門衛に手渡したフローラは、背筋が冷えたと同時にクシャミをした。
進撃女の珍しい乙女アピールに門衛たちは、明日、太陽が壁内に落ちてくると思ってしまった。
「大丈夫だ、お前なら風邪を絶対に引かないから安心しろ!」
「もし、風邪を引いたら、俺が全裸で踊っても良いぜ」
「最近、わたくしの扱いが雑過ぎませんか?」
「鏡で自身を見つめ直してからその発言をするんだな」
カラネス区守備隊の中では、フローラは『頭のヤバい女』という単語で通じてしまっている。
それだけやらかしており、一般兵からザックレー総統、更に上の存在からも扱いが同じだった。
ただ、仲が良いので、わざわざからかって、彼女が憤慨するのを見て楽しんでいた。
『絶対になんか可笑しいわ!何者かが!わたくしの扱いを雑にしようとしてるわね!!』
対人立体機動装置の散弾銃に使われている弾薬を調べる為に舌で舐めていたフローラ。
装備を拝借できない以上、五感を最大限に使って、彼女は真面目に分析しようとしていた。
その光景を目撃したケニーは呆れて叱りつけて、備品を食べない様に念書を書かせた。
念書の複製を見てザックレー総統は抱腹絶倒し、王政の真の支配者は、困惑するしかなかった。
彼女自身は、真面目なのに行動がズレているせいで、各勢力の評価が同じだったのである。
「気を付けて、お土産を持ち帰ってこいよ!」
「どうせなら俺の彼女になりそうな女の子を連れて帰って来ても良いぞ!」
「わたくしを何だと思ってるんですか!?」
「「フローラに決まってるだろう!」」
「ああ!?もう、行きます!!」
褒められているのか馬鹿にされているのか分からないフローラ。
少なくとも彼らの悪意は感じられるが、言い返す気分ではなかった。
商会から荷馬車を借りたら、ついでにトロスト区宛の荷物をありったけ積まれてしまった。
『おかしいでしょ!何でこうなるのよ!?』
好感度が高いのは、必ずしも利点にならないのを証明していた。
そのせいで、上記のやり取りになっているのを実感している彼女は逃げる様に馬を走らせた。
「ライリー!嫉妬してる?」
フローラの愛馬であるライリーは、荷馬車の馬を敵視していた。
暴れ馬で人見知りで、主人ですら反抗するのにいざ、他の馬を見ると嫉妬する繊細さがある。
『自分が認めてるからフローラは自由に動ける』という変なプライドがあるせいだ。
そのせいで、本当は寂しがり屋なのにフローラくらいしか構ってくれなくなった。
もはや噛んだり蹴っ飛ばしたりする事すら愛情表現となっている。
「やけに興奮しているな?」
「他の馬に浮気したと思われたようですわ」
壁内の巨人騒動で休職状態だった御者は、フローラの馬が興奮しているのを見抜いた。
金で雇われたとはいえ、馬に何度も噛まれる依頼人を見て、つい口に出してしまった。
フローラ視点では、正常でも他人から見たら異常なのが評価が可笑しいのに繋がっている。
「とにかくトロスト区に向かいますわ!」
「次は、いつ契約してくれるんだ?」
「その話は、また今度でお願いします!!」
金払いが良いカモとも知られているので、フローラに近づく者は多い。
少なくともトロスト区とカラネス区の有力者からは、大金を落としてくれるカモの扱いだった。
郵便受けから書類が溢れ出している女の評価は伊達じゃなかった。
-----
「ダハハハハハハ!!」
「閣下、笑い事ではありませんよ!このままでは、わたくしの評価が!」
「安心したまえ!既に君を知っている者たちの評価は同じとなっておる!」
「どこに安心できる要素があるのですか!?」
ザックレー総統は、絵画を受け取って満足して世間話という本題に入った。
必死に抗議をするフローラの話を聴いて、本性を曝け出して笑う総統。
悪意が無いと分かってるからこそ、更に抗議をしているが無意味になっている気の毒な女。
一見するとすれ違っている様に見えて本質は同じである。
「自分の真の姿など他人には評価しきれんよ。私もそうであるからな」
ザックレーという男は、自身だけを満足させる芸術では物足りないと思っている。
素晴らしい作品が評価されないまま、歴史の闇に埋もれていくほど悲しい物は無い。
もちろん、万人受けはしないと思っているが、少なくとも友人には評価されたい男である。
ピクシス司令に高評価してもらいたいが、奇人と見せかけて常識人なので諦めていた。
「個人的には、君は【悪魔】だと思っている」
「わたくしが…ですか」
「そうだ。皆、君に魅了され過ぎているのに疑問に思ったことは無いか?」
「心当たりがあります」
いろんな人材を見てきて目が肥えている彼からすれば、悪魔だとしか言いようが無かった。
悪意があるならすぐに気づくし、全員が警戒するはずである。
ところが中央憲兵ですら、彼女の扱いを持て余しており、排除すらできなかった。
不思議な魅了で、人々の心を奪って無垢な女兵士の皮を被っている悪魔としか思えない。
そして、それを理解している自分ですら魅了されているのだから化け物である。
「君は、君自身が想っている以上に影響力があるのを忘れてはならぬぞ」
「確かに…皆様から散々な評価を受けてますが、基本的には好意的ですからね」
フローラ自身、仲良くなり過ぎて自分が異端である事に気付いていた。
憲兵団のドーク師団長とも交流があるので、全ての兵団のトップと知り合いであった。
たかが新兵がそこまで兵団上層部と仲良くなれるわけがないと常識的に分かっていた。
最初は、それで良いと思っていたが、自身の終活を見据えた時に異常である事に気付いた。
「兵士である以上、君はいつ死んでも可笑しくない環境に置かれている」
「仰る通りです」
「では、君がもし、戦死したらどのような未来になるか考えた事があるかね?」
「所詮、個人です。最初は大勢の人を悲しませても、いつか記憶が薄れる事でしょう」
「そうだと良いのだがな…」
ザックレー総統が懸念しているのは、フローラではなく彼女の影響力である。
今でこそ保っているが、王政は彼女の存在を民衆や兵団に隠しきれていない。
抹殺しようにも芋づる式に政敵や表向きの権力者が一網打尽にできる影響力があった。
今や王政の議会ですらフローラの提言を素直に聞き入れて補給拠点の急造をしていた。
はっきり言って、異常である。
「感想であるが…君の絵は旨い。それは芸術の域に達している。表現力に嫉妬するくらいにな」
「芸術に老いは関係ありませんから…閣下のお役に立てるなら幸いです」
「もし、芸術作品が完成したら真っ先に君に見せて感想を聴きたいのだが良いかね?」
「はい、閣下の作品を楽しみにしておりますわ」
「ああ、楽しみにしてくれたまえ」
ザックレーは半生以上に時間をかけて芸術作品を作ろうとしている。
文字通り、彼の人生の集大成であり、失敗が許されないものである。
「とはいえ、その作品の完成は、私の夢が叶った先にある」
「夢と目標を両立させるのは苦難の事です。中々思い通りに行かないでしょうね」
「その通りだ。着々と準備を進めているが、まだまだ時間が掛かるだろう」
数少ない友人ですら、その芸術は理解されることは無いだろう。
だが、目の前に居る友人だけは芸術について語り合った仲である。
必ず評価してもらえると彼は信じている。
フローラに皆が魅了されるのは、とりあえず彼女なら分かってくれるという肯定が欲しい。
そんな感情を抱いているのかもしれないと思うほどであった。
「私の作品を君に見せられるその日まで、お互い生きられる様に最善を尽くそうじゃないか」
「はい、復讐以外で生き延びる目的が増えて嬉しい限りです」
「フローラ、手間をかけてすまなかったな。これからの君の武運を祈ってるぞ」
「ハッ!」
フローラは思わず心臓を捧げる敬礼をしてしまった。
最後の一言は、友人関係ではなく上官としての命令として受け止めてしまったからだ。
ザックレーはそれに悲しむどころか、安心してしまった。
命令と受け止めたから、絶対に生き延びてくれると信じていたからだ。
「君は、君の思っている以上に影響力がある。決してそれを忘れないでくれ」
「はい、閣下のお言葉を深く心に留めておきます」
ザックレーは、友人が執務室から退室するまで、彼女の存在感について考えていた。
彼女を損失した時、どのような結果を招くのか考えたくも無かった。
それは友人を失う恐怖ではなく、もっと悪夢のような光景を思い浮かべてしまったからだ。
そしてその嫌な予感は、最悪の形となって的中する事となる。