進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
トロスト区方面の訓練所は、2カ所ある。
1つは四方を壁に囲まれた城壁都市の内部で、壁付近にある訓練所。
もう1つは、トロスト区郊外にあり、南方訓練兵団が所有する訓練所である。
「久しぶりに訓練兵団の訓練所に来たな…」
「グリズリー班長が珍しく感慨深げに回想してるっスね」
「なんか悪いか!?」
「班長にも若い頃があったと思って…」
フローラ一行は、訓練兵団が所有している訓練所の湖の畔に来ていた。
ここは、内地から流れる川から水を引いて人工的に造り上げた湖となっている。
水を堰き止めて、立体機動の訓練をする為の峡谷の副産物として誕生した経緯がある。
今では、豊富な魚が生息しており、いざという時の非常食となっている。
「意外と安全面では用意周到だな?」
「事故の経験が豊富ですので…」
「その時点でおかしい気がするっス」
グリズリー班長は、調査兵団の新兵が用意できるわけがない環境に驚いた。
訓練兵団に所属している者以外は、利用できないし、わざわざ専属の医療班まで呼べていた。
訓練兵団がフリッツ王の直属である組織と考えると信じられない事である。
『いくらなんでも大げさ過ぎたかも…』
彼女は、火を使う新型装備の情報を入手した瞬間、訓練兵団に許可をとった。
訓練用巨人模型も借りると同時に医務室搬送班も待機させている。
もはや顔馴染みとなった彼らからは、「またやらかすんだろうな…」という顔である。
これは、成長した姿を彼らに見せつけるチャンスだと思って、彼女は我慢するしかなかった。
「操作装置には問題なさそうね。ガスボンベも大丈夫…よし!」
ヒートソードジュニアは、刃に火を纏う以上、専用のガスボンベを用意していた。
立体機動装置を動かすガスの原料は、【氷爆石】という可燃性のガスの結晶体である。
もちろん、そのまま使用すれば火達磨になるので、専用の不燃性のガスを使用している。
失敗続きのフローラは、ボンベを間違えそうだが、彼女も成長しており、確認を怠らなかった。
「行きますわよ!!」
周りに知らせてからフローラは、アンカーを射出して巨人の模型に飛び掛かった。
まず移動確認をして、他の立体機動装置の利点と欠点を分析しようとした。
「動作には問題なさそうだな」
「実戦じゃないと分からない点があるので何とも言えません」
技術班は熱心にフローラの描く機動を観察して、改善点を模索した。
立体機動装置は、ある動作をすると負荷が30倍以上になる場合があり、油断できなかった。
少なくともリヴァイ兵士長が本領を発揮できるようになったのは、その改善がされてからだった。
もちろん、負荷が掛かり過ぎると、わざと壊れるようにしているが戦場ではありがたくなかった。
『点火装置…えっ』
立体機動をしているフローラは増設された補助スイッチで刃を点火した。
そうすると、可燃性のガスで刃が燃え上がって、赤熱結晶で燃え続けられるからだ。
しかし点火した瞬間、彼女の全身は炎に包まれた。
『何でこうなるの!?』
アンカーを外して、湖に刃を投げ捨てたと同時に湖に飛び込んで行くフローラ。
ワイヤを巻き取ると身体に激突すると思って巻き取らず落下する様に湖に着水した。
閑静とした湖に大きな水柱と飛び込む音で暗転とした状況を知らせるようであった。
「嬢ちゃん!?」
「フローラ!?」
「お得意さん!?」
技術班の8名は自分たちのミスでフローラが火達磨になったと理解できた。
慌てて救助しようとしたが、既に動いている部隊があった。
フローラのせいで増設された医務室搬送班である。
「まーたやらかしたのか!?」
「今回は違うんです!」
「言い訳無用!」
ボートを用意して機をうかがっていた搬送班は、事故った女を見てすかさず救助活動を開始した。
彼女が事故を起こす日を賭けるほどの腐れ縁であった為、生き生きと活動しているように見えた。
あっさりと救助された女は、必死に弁明を繰り返すが適当に受け流されて診察を受けていた。
「ジャケットを焦がしただけで済みました!だから大丈夫です!!」
「なるほど、頭は大丈夫じゃないみたいだな」
「なんで!?」
「さっさと医務室に運ぶぞ!」
「「「了解!」」」
慣れた手つきで担架に無理やり乗せられたフローラは医務室に連行された。
何故か逃げられない様に布で拘束されてまるで誘拐されるようであった。
動揺して動けないグリズリー班長一行は、その様子を見送るしかできなかった。
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「またお前か!訓練兵団を卒業しても、負傷してここに来るのは、お前くらいなもんだぞ!」
「申し訳ございません!!」
必死にフローラが頭を下げている相手は、初回に運ばれてからお世話になっている医師である。
あまりにも彼女が負傷して、一度だけ匙を投げた事もある苦労人だった。
『モールフィン』という鎮痛剤の取り扱いと管理方法を叩き込んだ師匠でもある。
「診察した所、問題は無さそうだが、安静しろ…って言っても聴かないだろう?」
「仰る通りです!まだわたくしにはー」
「診察書には、頭に異常があり、緊急入院が必要と書いてやろうか?」
「ひいいいいいい!!」
医師や衛生兵は、フローラという馬鹿女のせいで無駄に経験豊富だった。
落下、火傷、凍傷、水難、打撲、骨折、転倒、熱中症、破傷風、脳震盪、切断、感電。
何をどうすれば、ここまでコンプリートするのか分からないが、実際にやらかした一例である。
「冗談はさておき、これで107回目だ」
「もう…ここに来るとは思わなかったのに…」
「我々も同意見だ。全く貴様という奴はー」
フローラは、左中指が皮一枚で繋がっている時に切断しようとした医師や衛生兵から逃走した。
民間療法ですらない怪しげな事をして無理やり接着したのを医療班は目撃して治療を諦めた。
もはや、治療するどころか診察する事自体が馬鹿らしく思えた。
しかし、何故か治療したくなる女であり、その経験がトロスト区戦で活きる事となった。
そう考えると、様々な経験をした彼女に感謝をしたくなるのが悔しくなる点である。
「思い出話で感傷に浸る場合じゃないのだがな…何故か貴様を見てると…懐かしいな」
「いろいろとご迷惑をおかけしました」
「現在進行形なんだが?」
「申し訳ございません」
フローラは『貴様』と呼ばれるのを嫌がったが、そうなったのは自業自得なので聞き入れた。
休暇中にも迷惑を掛けた事もあるので、医師たちには感謝するしかなかった。
ただ、彼らが何か企んでいるのは、会話から読み取れた。
「ところで、湖に何か忘れ物とかあるのか?」
「いえ、片付けは別の部隊に任せてありますので…」
「本当に無いのか?」
執拗に訊いてきたのでフローラは何か置いてきた物を思い出していた。
そして、気付いた!
「火達磨の原因になった刃が湖に沈んでいますわ!」
「ならばさっさと、引き上げて来い」
「えっ?」
「後始末は基本中の基本だろう!つべこべ言わず行って来い」
さきほどまで安静にしてろという指示だったのに何故か、引き上げをするように命じて来た。
患者に向かって発言する内容ではなく困惑している彼女に魔の手が迫った。
「……あのー!何で担架に乗せられるんですか?」
「その理由を湖に着くまでに考えておけ」
「ちょ、嘘でしょ!?こんな格好で行くの!?」
フローラは診察を受けた為、装備を外されて半裸状態だった。
一応、タオルを巻いており、さらし状態であるが、外出する格好ではなかった。
そんな抗議も空しく彼女は、逃げられない様に担架で輸送されることとなった。
「班長、申し訳ございません」
「謝るならフローラに謝っておけ」
「ですが、どの面下げて謝罪すればいいんでしょうか」
「多分、怒らないから正直に話せばいいと思うぞ」
グリズリー班長は、部下の確認ミスの報告を受けて溜息を吐くしかなかった。
技術班としてミスで兵士を負傷させるものほど悲しい物はない。
兵士の命を預かっている者として、叱責をしたいもののまず、彼女への謝罪が先だった。
片づけをして搬送された医務室に向かおうとした所、違和感を覚えた。
「班長!何故か担架がこちらに向かって来ています!」
「ん?」
担架を担いで来ているが何故か人を乗せて湖に向かって来ていた。
班員たちが行動を訝しんでいると、フローラが乗せられているのに気付いた。
「本当にここに落としたんだな?」
「はい、ここです!」
「オラァ!行って来い!!」
「きゃああああああああ!?」
湖の畔に着いた搬送班は、顔を向き合った後、フローラを担架から放り出した。
哀れな患者は、医務室医療班によって湖にダイブして水しぶきを上げて沈んでいった。
あまりにも雑な扱いに困惑するしかなかった技術班一同。
さきほどまで致命的なミスで落ち込んでいたのにあまりにも馬鹿らしくなる光景だった。
「なんで湖に放り出されたっスか?」
「三桁以上、医務室送りされた女だ。治療を拒否されたんだろう」
「その割には、雑に扱われましたんですけど?」
「…本人に聞いてこいよ」
グリズリー班長は、湖に沈んでいったフローラを心配そうに見守った。
班員たちは、ただ彼女の安否を確認できるまで待機している事しかできなかった。
医務室搬送班の担架から彼女が湖に捨てられた事実については見なかった事にしたが…。
「見つけました!早く救助してください!!」
フローラは目当ての刃を発見して、水上に顔を出して救助要請を出していた。
そして再び、ボートで駆けつけて来た搬送班は、刃を二本受け取った後、そのまま発進した。
「ひどい!!」
置いて行かれるのに憤慨したフローラだったが近くに浮き具がある事に気付いた。
さきほど湖に強制送還される道中で聴かされていたのを思い出して、必死にしがみ付いた。
ボートに繋がれた浮き具を抱き寄せた女は、心地よい揺れで陸地に着くまでに寝てしまった。
立体機動で高負荷がある彼女からすれば、その程度の揺れは、ゆりかごみたいな物である。
そして陸地に揚げられた時に彼女は搬送班に叩き起こされて叱責された。
「フローラ!!他人事だと思って寝ていただろう!!」
「これには事情があるんです!!」
「言い訳無用!!診察が終わったら覚えておけ!」
「いやああああああああ!!」
「逃がすな!追え!!」
逃げようとしたフローラは、タオルがはだけているのに気付いた。
そこで彼女は、最後の手段を選択した!
「てめぇ!ふざけてるのか!?」
「絶対に逃がすな!!」
「ごめんなさいいいいいいい!!」
なので、わざとタオルを取って上半身を裸にして色仕掛け攻撃をしたが無駄だった。
それどころか搬送班の怒りを買うだけで終わってしまい、あえなく御用となった。
傷だらけの身体のせいで、ジャンですら異性の身体だと見ないのだから当然の結果である。
ベルトルトがこの場に居たら赤面してツッコミを入れたが、残念ながら彼はここに居なかった。
そのせいで、ツッコミ不在で物事が進んでおり、慣れていない者は硬直する光景が続いた。
「取引しましょう!」
「馬鹿言ってないで、大人しくしてろ!この痴女野郎!!」
「女なのか男なのかはっきりしてくれませんか!?」
「やかましい!!」
5人の兵士に勝てるわけが無かったフローラは得意の交渉術で危機を回避しようとした。
しかし、もはや慣れたやり取りの彼らには通用しなかった。
呆然としたグリズリー班長らに見送られた彼女は、強制的に医務室に送られた。
「なんだったんですかね…」
「とりあえず、試作した刃を受け取ったが…まさかこれを取りに行ったわけじゃないよな?」
技術班はどうするべきか迷ったが、悲劇を繰り返さないように研究に戻ることにした。
そして閑散とした本来の湖の姿を取り戻した頃、フローラは治療を受け終わった。
「で?何か言う事はあるのか?」
「まさかここまで怒られるとは思いませんでした」
「久しぶり過ぎて長引いてしまったな…」
このやりとりも久しぶり過ぎて医療班は、感慨深げに過去を振り返っていた。
アンカーで左太腿を強打して搬送されてから108回目である。
治療を含めれば更に回数が倍増するのでたった3年間で毎日逢っている事となる。
だからこそ、医師たちは馬鹿女のやり取りで叱責しながらも、懐かしく感じていた。
「貴様の噂は良く聞いているよ。調査兵団に迷惑をかけているそうだな?」
「…はい」
「全く、貴様と来たら…」
医師や衛生兵は、トロスト区奪還作戦で負傷した兵士や民間人に治療を行なっていた。
その時に感じたのは、口きけぬ重傷者は気楽に対応できたという事だ。
致命傷を受けていながら、辛うじて話しかけてくる負傷者の対応ほど辛いものは無い。
死の恐怖に怯えて、自分たちに助けを求めて力尽きていくのは見るに堪えなかった。
「たすけて…くれ」
「痛……い」
「あぁ」
「死にたくない!死にたくない!お願い!助けてぇまだぁあしにぃたぁぐなぁ…」
さきほどまで生きていた者が物になる時ほど悲しい物は無い。
駐屯兵団の衛生兵は、あっという間に精神が擦り減って泣き出して使い物にならなくなった。
その時、恐怖の感情が無いフローラとのやり取りを思い出して治療に当たっていた。
あの馬鹿女を思い出すだけで凄惨な状況でも怒りが湧いてきて鬱状態にならずに済んだ。
「いいかフローラ、108回という数字には大きな意味がある」
「縁起が良いのでしょうか?」
「さあな、少なくとも貴様に教えることは無い」
「そんなひどい…」
成長した馬鹿女は、調査兵団でも精鋭中の精鋭として巨人を掃討している。
そんな話を上官を通じて密かに活躍を楽しみにしていた医療班。
だが、それと同時に兵士を続けて行けば、いずれ戦死すると分かっているのが辛かった。
「だからその話をするまで死ぬなよ」
「えっ?」
「返事は?」
「はい!!」
医務室搬送班や医師、衛生兵が感じたのは、フローラが死を受け入れている感覚だった。
昔だったら、最後まで足掻いていたのにさきほどの行動からどこかしら諦めを感じられた。
以前とは違って、どこかで死を願っている感じがしたからこそ、叱責する時間を長くした。
どんな負傷でも1日経てば復帰する女が二度と復活しないのを否定するように。
「お世話になりました!」
「108回を更新するなよ!!」
「分かってます!」
フローラを見送った彼女たちの目には、死地に行ってしまう顔馴染みの女が映った。
永遠に続いていく日常が突如、破綻するようにあの女も戦死するかという感覚である。
必ず生還すると念書を書かせて承諾した返事をさせようとしたが、そこまでやれなかった。
今までのやり取りで、申し訳ない気持ちで一杯だったからだ。
そして、それが彼女たちを後悔させる事となった。
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「なんかここ最近、変な感じに心配されているんですよ」
「頭が?」
「リーネさん!真面目に相談してるのに酷いですわ!」
医務室から脱出したフローラは技術班と合流、軽く雑談してトロスト区から出発した。
思ったより早く終わってしまったので、顔馴染みが入院している病院に向かった。
カラネス区第三病院は、兵団の関係者専用の診療所として機能している。
なので、フローラは気軽に訪問して左脚を失ったリーネ先輩に逢いに行った。
「…ねえフローラ、私だけ生き残ってしまったんだ。また戦えるかな…」
フローラは、軽い気持ちで逢いに行ったら病んでいるリーネ先輩と遭遇してしまった。
司令官のエルヴィン団長と違って、もう二度と調査兵団に配属される事はないだろう。
復員されてもなお、諦めきれずに辛い表情でリハビリをしているリーネ。
負傷してから笑顔を見せることは無かったが、フローラとの雑談で久しぶりに笑う事ができた。
それでも、残っていた不安をつい打ち上げてしまった。
「少なくとも調査兵団に動員される事はないでしょう」
「そうだよね…それでもナナバやヘニング、ゲルガーの犠牲を無駄にしたくないんだ!」
「だから、わたくしが兵団内で出世したら、必ずリーネ先輩を迎えに来ますわ」
リーネは、フローラの顔を見た。
さきほどまでは、おちょくっていた相手ではあるが、今では頼もしい女兵士の笑顔だった。
手を差し伸べて来たので、思わず手を取ると、とても温かった。
「治療待ちの兵士じゃないんだ!復員された傷痍軍人なんだよ?」
「巨人を駆逐したいのは同じ気持ちですわ!だから必ず迎えに来ます」
「こんな私でも、また一緒に戦ってくれるのか?」
「はい!!」
根拠がない約束である。
それでも、フローラなら守ってくれるという不思議な感覚があった。
訓練兵団にスカウトされているリーネであるが、彼女はそこに行く気は無かった。
ジャンがマルコの死を引き摺っているように彼女も同僚の死を引き摺っている亡霊だった。
そんな彼女が笑っている姿を見た医師や看護婦は、一安心して様子を伺っていた。
実際は、更に地獄への道をリーネが選択したと知らずに…。
「その時は、こんな情けない姿を見せないようにするよ」
「そうですわね。リーネさんは、わたくしのあこがれなんですから…」
フローラにとっては、リーネは頼れるお姉さんポジションである。
そんな憧れの先輩が落ち込んでいるのを見てちょっかいを出した。
その結果、彼女は元気になったと同時に負の感情が強まった事に気付いた。
そこに居るのは、未知なる領域を目指す調査兵ではなく、自分と同じ復讐鬼になったという事に。
「またお逢いしましょう。今度逢う時は、兵士として勧誘しに行きます」
「それじゃあ、つまらなくなるね」
「お食事にお誘いしますから大丈夫です」
「もちろん、奢ってもらうからね?」
「大丈夫です」
フローラはリハビリ中のリーネ先輩と別れた後、エルド先輩に逢いに行くつもりだった。
第57回壁外調査で両腕を食い千切られた彼であったが、何とか生還した。
一時は、危篤状態だったが生命力と気合で復活した男である。
「ドロテアさん、お元気そうですね」
「あら、フローラも見舞いに来たの?」
「はい、彼には色々お世話になりましたから」
ドロテア・メビウスは、リヴァイ班に所属していたエルド・ジンの恋人である。
彼女は、第57回壁外調査に向かう彼の無事を祈ったが、望みは叶う事はなかった。
それでも、調査兵の半数が帰還しなかったのを踏まえると、生還して戻って来ただけで良かった。
「貴女には感謝してるわ。応急措置が間に合わなかったら彼は死んでたもの…」
「エルドさんが最後まで生き残ろうとした結果です。わたくしはその手伝いをしただけです」
「貴女のおかげで、どうにか王政府の検閲を合格して出版できる段階に入ったの!」
「そっちですか…これで負傷兵が報われると良いですね!」
ドロテアとフローラは、壁外調査の後に遭遇したが、特に修羅場になる事はなく友人となった。
そしてドロテアは、記録に残らない恋人の兵団生活などを日誌に記していた。
いずれ、出版して同じような境遇に置かれている負傷兵の支援金にするつもりだ。
それほど、調査兵団の負傷兵は、恩給がほとんど支給されず苦しい立場だった。
「おい、ドロテア!恥ずかしい事を言わないでくれよ」
「もう少し自信を持ったらどうなの?」
「いやだって、まだ中身を読んでないんだぞ?」
「ちゃんと読み聞かせるまで内容は見せないからね!」
エルドは立ち上がって歩けるまで回復していた。
もちろん、彼女に手伝ってもらわなければ、日常生活に支障がある。
それでも、今の状態になっても見捨てなかった恋人には感謝している。
ただ、フローラが傍に居るのは別の話である。
「フローラ、教えてくれ!一体何が書かれているんだ!?」
「それはお楽しみなので、こちらからは告げられませんわ」
「いやいや、個人情報をみんなに公開されるなんて嫌なんだが!」
「ペトラさんやオルオさんの黒歴史を打ち明けた人が言う事じゃありませんね」
ここにペトラやオルオが居れば、「お前が言うな!」の嵐だっただろう。
初陣で恐怖のあまり失禁した2人は、徹底的にエルドを追い詰めるだろう。
もちろん、同じようにからかうようにするつもりであるが。
「うっ!痛い所を突くな…」
「日頃の行いの賜物ですわよ」
「じゃあ、兵団からのフローラの扱いも同じだろう?」
「酷いです!ドロテアさん!何か反論してください」
エルドから反撃されたフローラは、恋人からの援護攻撃を期待した。
だが帰ってきたのは、当然の返答だった。
「エルドの言う通りだと思うけど?」
「ああもう!知りません!ペトラさんとオルオさんを引き連れてここに来ます」
「ああ、待ってるぞ。3体1ならお前の口論に勝てそうだからな」
憤慨したフローラは、逃げる様に去っていった。
見送った2人は、その姿は言い負かされて逃亡する子供のように見えた。
「全く!わたくしを何だと思ってるのよ!」
フローラは今の扱いに不満だった。
訓練兵団及び3つの兵団、王政府、総統局、商会、民衆、飲食店からの扱いが同じであった。
つまり知る人ぞ知る【問題児】であるという事だ!
普通に考えれば、全ての勢力が気にする存在などあり得ないが、やらかしのせいで目立っていた。
その常識を覆そうと必死に頭を働かせる彼女であったが、外に出ると顔見知りに遭遇した。
「あっ…フローラ!」
「クリスタ!元気そうね!」
「違う!クリスタじゃなくてヒ…むぐっ!」
「駄目じゃない。ここでは女神の方の名前じゃないと通用しないわよ」
ヒストリアは、本当の名を呼んでくれなかったフローラに反論しようとしたが口を塞がれた。
フローラからすれば、余計な事を言いそうになった女の口を塞いだだけである。
王政から目を付けられているのが判明している以上、本名は徹底的に伏せるつもりだった。
「聞いて!薬草のおかげであの子のお父さんが起き上がれるようになったの!」
「良かったじゃない。これで一安心ね」
フローラとヒストリアは、第57回壁外調査で負傷した調査兵を救う為に薬草を求めた。
そしてユミルを加えて第58回壁外調査で、どさくさに紛れて薬草を回収してきた。
その薬草を服用した兵士は、少しずつ症状が改善して、今では話せるまで回復した。
さすがに寝た切りで体力と筋力が落ちているので暫くリハビリ生活は続いていくだろう。
「まだ一件落着とは言えないけどね」
「大丈夫よ。きっとそのまま良くなっていくわ」
「そうね!フローラと…ユミルが一緒に居たから…ね」
ヒストリアは、ユミルが一緒に居たから作戦に成功したと思っている。
彼女の後押しが無かったら、きっと前には進めなかっただろう。
それが彼女の心を傷付ける事となった。
「フローラ、なんでユミルは私よりベルトルトの方に行ったんだろう…」
ヒストリアは、自分を愛していると発言した伴侶に裏切られたのにショックを受けていた。
未だに【女神のクリスタ】を演じているのは、そうしていれば帰ってくると錯覚しているからだ。
またピンチになったら颯爽と伴侶が駆けつけてくると思ってしまうほど落ち込んでいた。
本心を見抜いて気を遣ってくれるフローラの真意を聞きたくて、本音を打ち明けた。
「女神様は、貴方より困っていたベルトルトたちの方に行ったのよ」
「なんで!?私はユミルと一緒に生活できるだけで良かった!ただそれだけなのに!」
フローラの腰に抱き着いたヒストリアは、怒りをぶつけるしかなかった。
自分勝手だと思っていても、色んな想いが心から溢れて来ており、吐き出したかった。
「…私はこれからどうすればいい?」
「貴女がしたい事をすれば良いんじゃないの」
「何で他人事なの?」
「ユミルくらいよ。他人を気にかけて自分の人生を捧げてまで救おうとする女神だなんて…」
クリスタという少女の傍らには、ソバカスで長身の女が居た。
虐められたらいつも駆けつけて追い払って、落ち込んでいる時には励ましてくれた彼女。
ヒストリアは、ユミルが自分だけ気にしてくれたと思っているが、実際は違った。
かなり口は悪かったが、誰かを常に気にしており、自分については疎かだった。
だから同じように自己犠牲をしようとするクリスタを許せなかったとフローラは分析した。
「きっとユミルは、自分の人生に後悔していないと思うわ!」
「嫌だ…ユミルが居ないなら私!悪い子になる!」
「『胸張って生きろ』って言われたんでしょ?だからクリスタも新たな人生を選択すればいいわ」
「どういう事?」
結論をはぐらかしている同期に女神を演じていた少女は、腹が立った。
か弱くて女神のクリスタだと未だに思っている女に!
「自分の夢に目指して前に進めばいいのよ!貴女ならできるわ!」
全てから存在を否定された少女は壊れて、自己犠牲と引き換えに愛を求めた。
しかし、気付かなかっただけで愛は目の前に転がっていた。
何気ない日常が破綻してようやく、自分が幸せな生活を送っていたと気付いたヒストリア。
引き離されたから分かる悲しみは自分だけでは無かった。
「私の夢?」
「別れもあれば出会いもあるの。生きていくには夢という目標が大事なのよ」
いつか大切な人と別れがある。
エレンは唐突に母親を失った。
喧嘩別れして和解する前に巨人に母親を喰われてしまったのは、同期では周知の事実である。
そう考えれば、ユミルが一方的に謝罪して別れた分、ヒストリアは幸せであった。
「…そうだよね。あの子のお父さんもたまたま助けられたけど、いつも上手く行くわけないよね」
「えぇ、家族と永遠に分かれるなんて日常茶飯事よ。世界は残酷だから仕方ないけどね…」
ヒストリアには夢があった。
何かしらの事情で、孤独になっている子供たちを救いたい夢を!
愛されたかった少女は、同じ境遇に置かれいる存在を何としても救いたかった!
「私には夢があるの」
「どんな夢なの?」
「家族を失った子供たちを何とかして助けてあげたいって夢…いえ、すべきことだと思う」
「素敵な夢ね」
トロスト区では、大勢の民間人と兵士が命を落とした。
それは悲劇であり、支援する者も居れば、語り継ぐ人も居た。
しかし、孤児に関しては、王政府どころか復興の支援団体も無視していた。
リーブス商会が復活して、活動を再開するまで子供たちは弱者であり、カモであった。
そんな弱者の境遇をフローラに聞かされたヒストリアは、子供を守ろうと決意した!
「えへへ……まだ、具体的な事はまだ考えて無いんだけどね」
「大丈夫よ。わたくしやエレンみたいに具体的に達成できる夢なんて少ないんだから…」
「でもね!もし夢が叶ったら…フローラも協力してくれる?」
「わたくしが?」
フローラはトロスト区で両手で数えられるほどの殺人をした。
巨人襲撃直後のトロスト区は、荒廃した弱肉強食の世界だった。
兵団本部と内扉以外の場所の治安が悪いどころか、殺人が多発していた。
それは、彼女も例外ではなく、凶悪犯を全て返り討ちにしたら結果的に平和にはなった。
そのせいで、彼女の手は血で汚れており、無垢な子供たちを撫でられる手では無かった。
「良いわよ!次世代の子供たちを同じ目に遭わせたくないからね」
「ありがとう……フローラが居てくれたら、やれる気がするよ!私、頑張るね!」
「その意気よ!何気ない顔をして帰って来たユミルを驚かせるのも良いかもね」
「うん、だからユトピア区で、あいつらを必ず一網打尽にしてやる!」
ヒストリアは、アニを餌に釣られてきた腰巾着野郎とストーカー野郎を懲らしめるつもりだ。
捕らえて、紐で縛り付けて罵倒して蹴ってユミルの居場所を吐かせるつもりである。
そして、奪還したユミルの告白を受け入れて一緒に孤児たちと共に暮らす夢を…。
きっと恥ずかしがるだろうが、無理やり聞き入れさせて胸を張って生きる自分を見せつける。
それが自分を裏切ったユミルへの罰になるとヒストリアは本気で思っていた。
『ヒストリア、ライナー相手だと逆にご褒美になると思うんだけど…』
フローラは、ウトガルド城の防衛戦の時に気持ち悪いライナーの妄想を聴いていた。
負の感情を“声”として聴けるせいで無理やり彼の本性を知ってしまった。
そしてヒストリアの負の感情を“声”として聴いたせいで、何て返答するべきか迷った。
彼女の罵倒や蹴りは、ライナーにとってご褒美でしかなく、罰ではない。
下手すれば、首輪をされて犬の扱いを求めてくる両親の仇を思い浮かべて頭が痛くなった。
「とりあえず、死んだらそこで終わりだから注意した方が良いわ」
「だからフローラに頼んだの!あいつらをぶっ倒してユミルを奪還する為にも!」
「分かったわ!ユトピア区で決着をつけて、全てを終わらせましょう」
「うん!」
ヒストリアを導くようにフローラは手を繋いで兵舎に向かって帰路に着いた。
「ところで生臭い気がするんだけど?」
「ちょっと池に落ちてきたの」
「身体、洗ってあげようか?」
「勘弁して!!」
「あっ!逃げないでよ!!待ちなさい!!」
お節介女に気付かれたフローラは全速力で逃げ出した。
もし、ライナーがこのやりとりを聞いて居たら羨ましがるだろう。
しかし、フローラからすれば傷だらけの身体を他者に見せたくなかった。
なので全速力で逃げたが、個室の前に居たミーナによって御用となった。
『今日は、よく捕まる日ね…』
本日は、よく捕まる日だと思いながらフローラは念入りに身体を洗わされた。
もはや、物扱いであるが、それでも2人の笑顔を見て何とも言えない気持ちだった。
精神的にお辛い時期が続いた時にここまで笑顔になる機会などなかったからだ。
決戦の時が近づいていると分かっているので、何気ない日常を壊すほど彼女は鬼では無かった。