進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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92話 ユトピア区旧市街地防衛戦

誰もが油断していなかった。

だが、現実はいつも非情で残酷である。

共に理想や野心を語り合った同志が突如、巨人になるとは思うわけがない。

それでも戦わなければ生き残れない。

 

 

「巨人が防衛線に触敵!またユトピア区の壁内にも巨人が出現しました!」

「ユトピア区壁内の内扉を緊急閉鎖!速やかに壁内に出現した巨人を駆逐しなさい!!」

 

 

ザックレー総統より3つの兵団を統括し指揮をする権限を移譲されたエルティアナ総隊長。

そんな彼女は間違っても人間が巨人になったなどと口が裂けても言えるわけなかった。

こんな情報が壁内人類全体に広まれば、猜疑心の延長で内戦が発生しかねない。

緘口令を敷くのは当然として、今やるべきなのは明確な戦略を部下に伝えるだけだ。

 

 

「ファルケンハイン班長!」

「ハッ!」

「オルブト区に待機しているジークフリート司令に拡大動員を発令したと伝達せよ!」

「えっ…もう動員されるのですか!?」

 

 

5年前までシガンシナ区の憲兵であり4年前のウォール・マリア奪還作戦に参加した彼女。

真っ先に巨人と交戦する羽目になった数少ない憲兵の1人であり、どこか悲観的な思考である。

鎧や超大型の能力者が兵士に紛れており、内扉が破られるのは時間の問題と分かっていた。

故に最後の手段である特攻隊の動員を決意し、内扉の外に展開させるつもりだ。

 

 

「ですが、彼らは戦力外です!4年前の奪還作戦でご存じのはずでは!?」

「時間稼ぎにはなる!鶴翼の陣で内扉の外周を守れとでも伝えておきなさい!」

「了解しました!!」

 

 

4年前に行なわれた奪還作戦という名の口減らしでは、民間人など役に立たなかった。

せいぜい威勢が良いマリアの住民を囮にして巨人を数体討伐して終わったくらいか。

少なくともエルティアナは1個大隊規模の竹槍を装備した民間人を率いて9割以上死なせた。

そのような悪夢の光景を今度は自身の命令で再び繰り返そうとするのに笑うしかなかった。

 

 

「報告申し上げます!ピクシス司令が旧市街地に留まっております!」

「壁内の巨人を殲滅後、迅速に司令を保護し安全地帯に後退させよ!これは最優先命令とする!」

「ハッ!」

 

 

更に不運な事にピクシス司令がよりによって最前線に居るのが彼女を悩ませた。

トロスト奪還作戦と違って士気高揚の為にそこに行ったのは良いが撤退できなくなった。

よって彼女は、ユトピア区壁内の巨人を掃討し、司令を安全地帯に撤退するのを目標に定めた。

ここで司令を死なせれば、上司であるザックレー総統の【夢の実現】に大きな打撃になるからだ。

 

 

『所詮、調査兵団や訓練兵団など捨て駒。せいぜい利用させてもらう』

 

 

105期訓練兵団を動員したのは、彼女の独断であり戦力とカウントしていない。

104期訓練兵団を卒業した者たちを壁上固定砲の整備をさせたような予備戦力ですらなかった。

ただの観測手、もしくは巨人の興味を惹く囮でしかない。

それでも人類の滅亡を阻止できるなら自身の命すら捧げる覚悟があった。

 

 

『必ず内扉を破壊しにくる。あの忌々しい鎧の巨人か超大型巨人によって!!』

 

 

工兵部隊が慌ただしく動きだしたのを確認したエルティアナは密かに握り拳を震わせた。

あの日、扉に突っ込んできた巨人を過小評価したせいで大勢を死なせたという過去。

シガンシナ区の内扉の守備隊の責任者だった彼女にとって、リベンジを果たせる絶好の機会だ。

 

 

-----

 

 

「今、この時、この1戦に人類の存続が懸かっている!今一度…心臓を捧げよ!!」

 

 

調査兵団の団長であるエルヴィンは、負傷した身でありながら最前線に立った。

人間が巨人化したのに錯乱した状況を打開する為でもあったが1つ意図があった。

 

 

『これでピクシス司令が退いてくれると良いのだが…』

 

 

エルティアナと同じようにエルヴィンもピクシス司令の扱いに困っていた。

ザックレー総統ですら『偉いんだから後方で踏ん反り返っているべき』と認めた人が戦場に居る。

前者は最悪失敗しても責任とって死ぬ覚悟はあるが、後者は死ぬつもりなど毛頭ない。

彼は【世界の真実】を明らかにしたいという夢がある以上、死ねるわけがなかった。

しかし、できるのは、ピクシス司令から指揮を移譲されたように見せかけるしかない。

 

 

「ピクシス司令!お下がりください!」

「アンカ、わしはここを死地と決めておる!」

「では、飲酒禁止令を発令します」

「な、何で…」

「死ぬんですからお酒など必要ありませんよね?スキットルも没収致します!」

 

 

ピクシス司令は【生来の奇人】と称されるが意外と常人の思考である。

むしろ周りがおかしいのだが、今回は彼にとって自分が正常でいられる最後のチャンスであった。

ボケ老人として生き延びるくらいなら人間として死ぬ事を密かに願っていた。

なのに副官のアンカは、彼を叱りつけて真っ先にスキットルを没収して後退した。

最後は酒と共にあると信念を掲げている彼は、可愛い参謀の後を追いかけて行った。

それを見たエルヴィンは、少し安心したように笑みを溢した。

 

 

「これで少し楽になる…」

「団長!!」

「どうした?」

 

 

突然、部下から呼び止められた彼は思わず馬から降りた。

壁外である以上、馬から降りる事は自殺行為だが何故かそうしたくなった。

自身でもさきほどの光景に動揺しているのを身をもって実感した彼は部下からの報告を待った。

 

 

「毛むくじゃらの巨人が妙な動きをしています!!」

「ああ、獣の巨人か…」

 

 

長く調査兵団に所属している彼でもあそこまで毛だらけの巨人を見たことは無かった。

だが、正体は知っている。

いろんな意味でぶっ飛んだフローラがその巨人化能力者を殺し損なったと報告を受けている。

弱点は火炎瓶という事だが、実際にそこまで接近するにはきつい相手だと感じていた。

 

 

『心臓を潰し!首を刎ねて!脳を破壊するべきです!揮発油で全身を焼くだけでは復活します!』

 

 

頭蓋骨を割って脳をブレードで弄る【初歩的】な拷問で情報を吐かせようとしていたフローラ。

ミケ分隊長の悲鳴を聴いて慌ててガソリンで焼いて満足して去ったのを後悔しているそうだ。

既にツッコミどころ満載だが、全身大火傷でも復活する底知れない生命力があるのは確かだ。

 

 

『何を企んでいる!?』

 

 

フローラの発言には驚かされる事が多いが、奴が巨人襲撃の元凶だというのは理解できる。

なので、その巨人が更に壁内人類に対して攻撃してくるのは予測していた。

壁内で巨人が湧いたのは想定内だったが、それだけで終わるわけが無いと彼は感じている。

何故なら巨人の統率が取れておらず、明らかに挟撃するような戦略ではない。

兵力が分断されたのは、別の意味があると考えている。

 

 

「最終防衛戦を死守するのだ!これ以上の侵入を許せば人類の滅亡は避けられん!」

 

 

駐屯兵団第一師団精鋭部隊のキッツ隊長は、発言と違って敗北を感じていた。

彼からすれば壁内に巨人が湧いた時点で敗北だったからだ。

それでもトロスト区と違って壁内の巨人を殲滅できる事に賭けて目の前に巨人を相手にした。

 

 

「イアン班長!巨人が突っ込んできます!」

「ならば利用してやるまでだ!」

 

 

イアン・ディートリッヒはトロスト区防衛戦の経験を得て実力不足を実感し、精進してきた。

東防衛線では、なんとか障害物があるなら巨人を狩れるようになった。

それでも平原で巨人を狩れる調査兵団のベテラン兵には勝てなかった。

よって彼は部下達と連携すると事で巨人の動きをコントロールする戦術を見出した。

 

 

「ホークマン!このまま進むぞ!!」

「了解!このまま惹き付けます!」

 

 

旧市街地に侵入した巨人の目の前を横切って興味を惹かせた先遣班は、路地裏に侵入していた。

2名の兵士を追って街を破壊しながら侵入する巨人の群れ。

そんな人類の領域に土足で入り込んだ化け物共を熱く出迎えたのは榴弾の雨であった。

 

 

「撃て撃て!出し惜しみするな!ここで仕留めろ!!」

 

 

身動きが取りにくい路地に誘い込んで一点集中の砲火が放たれた。

当たれば巨人の打撃を与えられる砲撃は兵士にとってありがたい存在である。

砲撃を受けて転倒した巨人の群れをミタビ班とリコ班が飛び掛かりうなじを削いでいった。

 

 

「よし!巨人3体を討伐してやったぞ!」

 

 

短時間で犠牲者無しで巨人を3体狩れたのを全員が歓喜したがそんな彼らを驚かせた光景がある。

 

 

「巨人共め!単にでけぇだけだな!」

「よし!やってやったぜ!」

 

 

スリーマンセルで次々に巨人を葬っていくコニーとジャン。

彼らの身体能力自体は、フローラを凌駕しておりその気になれば強かった。

足が竦んでしまう恐怖はあったがフローラという手厚いサポートでそれぞれ巨人を3体討伐した!

そんな彼らを見て精鋭部隊が負けじと巨人を狩り始めたのは言うまでもないだろう。

 

 

「後2体討伐すればオレたちはエースだぜ!」

「おいコニー!張り切り過ぎて死ぬんじゃねーぞ!」

 

 

 

精鋭班が見たのは、新兵たちが巨人に臆せずに次々と葬ってお互いを称え合う光景だった。

フローラとかいう例外がいるが、104期の上位成績10名は評価通りに立体機動に優れている。

リミッターを外せば、生半可な駐屯兵より動くことができる。

再び自分が身体能力の差で負け始めたとフローラは実感し始めたが悲しむ事は無かった。

 

 

『やけに稚拙な作戦なこと…何かあるわね!』

 

 

フローラは獣の巨人の戦術が稚拙過ぎて何かあると思った。

真の巨人の恐ろしさは、その数である。

調査兵団でも実戦経験が豊富なナナバもゲルガーも巨人の数に押し切られて喰われてしまった。

それほど恐ろしいものなのに各個撃破されるように巨人を展開しているのに違和感があった。

 

 

「いけるぞ!このまま押し切る!」

「行こうぜフローラ!オレたちはまだまだやれるぞ!」

「待って!一度後退するわ!何かが可笑しい!!」

 

 

巨人を複数討伐した実績と感触で興奮状態であった彼らを呼び止めた。

ジャンもコニーも不満であったが、仕方なく実戦経験豊富な彼女の指示に従った。

巨人の気を惹いたり手足を両断する彼女が居ないと討伐できないのは分かっていたからだ。

それが彼らの命運を分けた。

 

 

「リコ班長!フローラが後退しました!」

「あの子が後退?何かあるな!精鋭班も後退しろ!!」

 

 

リコ・ブレツェンスカもフローラの行動に違和感を覚えて部下たちを前線から後退させた。

 

 

「やれる!俺たちでもやれるぞ!」

「行くわよ!」

 

 

当初は奇襲によって総崩れになった旧市街地の守備隊は態勢を整えた。

市街地に侵入してきた巨人が掃討されたのもあり、既に反撃を開始している部隊も居た。

そんな彼らは高速で飛んできた物体によって粉砕された!

それどころか爆音のような音と衝撃が辺りを襲った!

 

 

「な、何事だ!?何があった!?報告しろ!」

 

 

建物が崩れて衝撃と共に激臭と砂埃が鼻に入るのを感じる暇すらなかった。

旧市街地で防衛線の指揮をするキッツは伏せて頭を両手で抱えながら部下の報告を待った。

しかし、いくら待っても傍に居たはずの部下の返答がなく恐る恐る彼の居た場所を見た。

 

 

「…おのれ!投石か!!」

 

 

大きな岩が住宅跡に減り込んでおり、崩壊した住宅の瓦礫で部下が潰されていた。

上半身が瓦礫の下敷きになって痙攣すらしておらず生存は絶望的であった。

 

 

「人類を舐めるな!この巨人め!!」

 

 

すぐさま精鋭班の元に急いだキッツは反攻作戦をするつもりだ。

精鋭部隊を指揮する身として一般兵では生還できない激戦区に投入されるのは想定済みだった。

 

 

-----

 

 

獣の巨人は投石によって旧市街地にいる敵勢力の排除に掛かった。

時代遅れの戦力ではあるが接近させたら碌な事が無いのは経験済みである。

よって、先行させた巨人に釣られてきた敵兵力の主力を早期に潰すつもりだった!

 

 

『これでアニちゃんが救出できればいいのだがな』

 

 

そもそも今回の襲撃は、女型の巨人の継承者であるアニ・レオンハートの奪還が目的である。

事前に情報収集してきたライナーとベルトルトはこの街に彼女が居ると確信していた。

何の根拠でそこまで自信満々に言えるのかジークは疑問であったがそれは別にいいだろう。

 

 

『ほら!もう1発!』

 

 

【車力の巨人】に岩を運ばせて、それを獣の巨人が手に取って投石をする!

かつてはコミュニケーションの一環としてキャッチボールする為に磨いたフォーム!

それを遠距離から物体を激突させて人命を奪う事に繋がっている。

マーレ軍上層部は歓喜したが、ジークにとっては複雑な気持ちである。

 

 

『アニちゃんを奪還したらみんなでキャッチボールでもするか』

 

 

巨人になればあらゆる物が小さく見える。

人も建物も植物も価値感すらも小さく見える。

人が虫けらの様に微かに足掻いて死んでいくのを見続ける。

それが大っ嫌いだった!

 

 

『人をゴミのように思ったらその時点で終わりだからな』

 

 

グリシャ・イェーガーによって散々振り回されてきた人生だった。

大義に酔って自分を見失い、人を物と扱って他人を巻き込んで破滅した糞野郎。

そんな親父と同類にはなりたくなかった。

 

 

『だから早くしてくれよ!俺は人間のままで居たいからな!』

 

 

壁上にある砲門の列に向かって投擲した岩が命中し、あらゆる物がゴミとなって地面に降り注ぐ。

1発、2発、3発…10回は投げただろうか。

巨人に侵入されて放棄されたと思われる市街地が無残な跡地になってしまった。

 

 

〈第ニ波!行け!!〉

 

 

次は獣の巨人を護衛する様に展開していた巨人共を市街地跡に突撃させた。

砲撃だけでは敵戦力は殲滅できないのと同じように彼は投石の威力を評価していた。

やはりどの時代でも決着を付けるのは敵陣地を占領する歩兵であった。

 

 

〈うんこ漏らし!いくら何でも警戒し過ぎでは?〉

〈ピークちゃん!奴らは空を飛ぶんだ!まだ安心できない!〉

〈何言ってるんですか!頭うんうん未満だとは思いませんでしたよ〉

〈酷い!!〉

 

 

車力の巨人の継承者であるピーク・フィンガーはジークを嫌っている。

誰得のおっさんの全裸で抱き着かれた挙句、全身を小便と大便で全身が穢された。

これは思春期の乙女心を深く傷つける共にトラウマとなったのをジークは負い目に感じている。

彼女は自分が戦士長だからしぶしぶ従っているという現状を知っているからこそ!

ジークも無理やり従わせるわけにもいかず、このやりとりが続いている。

 

 

〈でも良いんですか?何の成果も無く帰還するなど【上】は黙っていませんよ?〉

〈世界を滅ぼせる巨人化能力者が4名も居て2名しか帰還できなかったんだ。もう無理だ〉

 

 

外の世界では、既に超大型巨人や鎧の巨人など4名の巨人が不在だとバレてしまった。

いつの間にか本国は、工業化に乗り遅れて敵対国に後れを取った。

属国から青写真や資源を提供させているが旧式の装備を揃えるので精一杯だった。

仮想敵国は対巨人砲や航空戦力の発展させており、巨人の時代は終わりつつあった。

 

 

〈今、俺たちができるのは、女型の巨人だけでも奪還して一度本国に帰還するしかないさ〉

 

 

送り出した巨人が残存する敵兵力を駆逐し、壁内に侵入するなどどうでも良い。

阿鼻叫喚の悲鳴など風と巨人の呻き声で消えている。

そんな惨劇より情報と戦士を本国に持ち帰るべきだ。

 

 

〈ピークちゃん。もしかしたら俺達は近いうちに脊髄液を提供するだけの存在になるかもな〉

〈【異形の巨人】の量産計画のせいですか?〉

〈ああ、そうだ。先日にやった壁内における特殊作戦の成果で更に加速するだろう〉

 

 

異形の巨人自体はエルディア帝国の時代から造られていた。

無垢の巨人と比べて遥かに強い上に複数の脊髄液による強化ができるのが魅力であった。

だが、それ以上に凶暴過ぎて【座標】の力をもってしても完全にはコントロールできなかった。

ところがジークの脊髄液の特殊性に気付いた軍の上層部は活用できないか検討を始めた。

 

 

「ジークの脊髄液を注入した異形の巨人を座標で操作すれば再びマーレは頂点に!」

 

 

マーレ軍の高官が放った一言は、権力闘争しかしていない政治家を巻き込んだ。

能天気な彼らでも取り巻く世界情勢は無視できなかった。

かつては、残虐の限りを尽くしたエルディア帝国を崩壊させたマーレは世界の尊敬を集めた。

だが、巨人の力をもって各国を虐げた結果、かつてのエルディア帝国以上に嫌われた。

打倒マーレを掲げた中東諸国が連合を組んだ以上、残された時間は少ない。

 

 

〈ピークちゃん!岩をありったけ掻き集めて来てくれ〉

〈巨人使いが荒いですね!〉

〈これもアニちゃんを救う為だ!〉

〈…良いですよ。でも持ってくる前にうんこを漏らさないでくださいよ!〉

 

 

車力の巨人は偉そうに命令してくる獣の巨人にうんざりしていた。

それでも同期のアニを救えるなら仕方がないと我慢している。

彼女が居ない分、糞ったれのジークと自分で世界情勢を何とか保っていた。

 

 

『5年間、長いようで短かった』

 

 

落ちこぼれでドベだったが、作文による忠誠心によって鎧の巨人を継承したライナー。

射撃は歴代最高記録で成績も良いが付和雷同でアニのストーカー、ベルトルト。

他者との関わりを極限まで避けて誰にも笑顔を見せなかったファザコンのアニ。

兄貴分に見えて他者をサポートする事で自身のメンタルの弱さを隠していたマルセル。

 

 

『どいつもこいつもパラディ島の潜入作戦に向いていなかった』

 

 

ピークは同じ戦士候補生とはあまり深く関わらないようにしていた。

巨人の継承を奪い合うライバルでもあったが、それ以上に怖かったのだ。

自分も含めて家族を救う為に戦士に志願したが、それと引き換えに短命になる。

人として最低限の生活の保障をされるが短命で散るか、人間と扱われず治療も受けずに死ぬか。

どちらが良かったのか。

未だに彼女の中で答えは出なかった。

それを同期にバレるのを恐れていた。

 

 

『でもアニとは親近感があるんだよね。早く助けてあげないと…』

 

 

最高戦力の4名が5年間、悪魔の島に潜入して音沙汰がない。

それはマーレはおろか、自分にとっても耐えがたい事であった。

彼らの家族がいつも自分に進展を訊いてくるのだから。

特にアニの父親と話す時ほど辛い物は無い。

自分も父親を救う為に戦士に志願したのだから。

 

 

『でもここまでやる必要があるの…』

 

 

エルディアの悪魔やライナーの件で立体機動装置が脅威なのは分かった。

なので極限まで近づかずに投石で戦略爆撃で防衛線を崩壊させた。

それでも何故か戦士長はやたらと敵戦力を警戒していた。

ピークからすれば、うんこ漏らしの糞野郎の話をにわかには信じがたかった。

マーレの誇る獣の巨人がたった一人の女に瞬殺されて、拷問された挙句、死にかけるなんて…。

 

 

『でもしょうがないか』

 

 

戦士長の命令だからしぶしぶ従っているピークの士気は低かった。

だからなのか、作戦中にも関わらず余計な考え事をしながら投石用の岩を集めていた。

そのせいでジークのピンチに気付くのが遅れてしまった。

 

 

-----

 

 

『ピークちゃん遅いな…』

 

 

獣の巨人もといジーク・イェーガーは、いっきにケリを付けたかった。

50mの壁を破壊するのは不可能なのは分かっていた。

むしろ破壊すれば碌な事が起きないのは分かっていたので、退路を作るつもりだった。

念入りに瓦礫の山と化した市街地に巨人をけしかけて敵を掃討していた。

だから彼は一切、油断していなかった。

 

 

『あの女もあそこにいるんだろうな…』

 

 

3体の無垢の巨人をけしかけたら瞬殺された時の衝撃は忘れられなかった。

それどころか、あの女に一方的に殺されかけたのに壁内人類では最強では無かった。

その事実をライナーの話で知って投石で一方的に蹂躙する戦術に切り替えていた。

敵を過小評価して無様な失態を晒した彼に隙など作るつもりはなかった。

 

 

〈…にしても学習能力が無いなこいつら!〉

 

 

騎兵が信煙弾を撃ちあげながら突っ込んでくる光景。

まるで追い詰められた政府が民間人に竹槍をもたせて突っ込ませる光景を思い出した。

お国の為に戦って死ねと言わんばかりに無謀にも突っ込んでくる特攻兵!

それは他者の犠牲を強いるのが大っ嫌いなジークの逆鱗に触れた。

 

 

〈ふざけんなよ!〉

 

 

民家の瓦礫を手に取って握り潰し、いつものように投石する。

すると一瞬で、瓦礫が散弾のように飛んでいき目標を粉砕した。

それでも学習能力が無いかのように同じ行動を繰り返してきた。

 

 

〈そんな豆鉄砲で俺を殺せると思っているのか!?〉

 

 

ジークの視界に映った騎兵の1人は銃を装備していた。

さすがに1万名の兵力だと、巨人を狩る刃やガスを全て揃えられなかった。

駐屯兵団の一部は、対人用の装備をしておりライフル銃しか持たされていない兵も居た。

ジークからすれば豆鉄砲で巨人を相手にするなんて滑稽を通り越して怒りしかなかった。

 

 

「ぐぎゃああああああ!!」

 

 

デコピンで突っ込んできた騎兵を吹っ飛ばした獣の巨人。

それだけでは済ませず駐屯兵の両足を踏みつけて擦るように何度も潰した。

地面に激突して動けない哀れな駐屯兵はただそれを受け入れるしかない。

 

 

「がああああ!?ああああああっ!!」

〈オラァ!!どうした!?威勢が良いのは最初だけか!?〉

 

 

たまたま地面に居た蟻を踏み潰したくなることはあるだろう。

日常生活を送っている自分とは関係なく脅威ですらない存在。

だが意識すれば何か弱者を踏み躙って優越感に浸りたい事がある。

 

 

「ぎゃあああああああああああ!!」

〈ホント、弱者は身の程をわきまえていればこんな事にならなかったんだよ!〉

 

 

蚊を両手で叩き潰す時に理由は必要ない。

血を吸うから、羽音が煩いから、追い払ってもしつこくこっちに来るから。

様々な理由で人は蚊を叩き潰す。

ジークもまた、巨人視点で地べたに転がっている【虫】を圧倒的な力で蹂躙していた。

 

 

〈ハハッ!やっぱ、こいつらは馬鹿だ。悪魔と言われているがこんなもんだ〉

 

 

ジークは、壁内の兵士を目撃した事例は少なかった。

巨人を数体討伐して興味津々で近づいたミケ分隊長。

彼のトラウマであり、今なお警戒しているエルディアの悪魔。

そしてその壁内人類で共に5年間潜入任務をこなしていたライナー・ブラウン。

彼が初期に目撃した兵士が例外だっただけで、大半は張子の虎だと分かってしまった。

 

 

「愉しそうね?」

〈もちろんだとも!俺の尊厳を踏み躙った報いさ!〉

「無力な赤の他人をいたぶって鬱憤を晴らしているのですか?」

〈ピークちゃん!これは必要な犠牲なんだよ!だって…!?〉

 

 

ここでジークは気付いた。

車力の巨人であるピークが【人間の声】で話しかける事はない。

そして共にここに来たマーレの特殊部隊の兵士は全員が男であった。

だからここで女の声がするわけがなかった。

そして彼はその声を知っていた。

 

 

「そうですか!じゃあ、わたくしも彼の無念を貴方で晴らしても良いですよね…!!」

 

 

獣の巨人は、たった1人の駐屯兵を嬲り殺しにする為に投石を止めてしまった。

残念ながら駐屯兵は絶望の表情で固まったまま死んでいた。

それでも、投石の隙を作って次に繋いだのは、心臓を捧げた彼の功績であろう。

少なくとも獣の巨人に話しかけたフローラ・エリクシアはそう思っていた。

 

 

〈げぇ!!〉

 

 

さきほどまでの高揚感は薄れて代わりに絶望的な感情が溢れて来たジーク。

無理もないだろう。

だって、そこに居るのはエルディアの悪魔なのだから!

 

 

「あの時ほどわたくしは優しくないわよ?覚悟なさい!」

 

 

この日、ジーク・イェーガーは思い出した。

先日に行なわれた行為は、本当に手加減していたのだと!

そしてジークは、この世に生まれてきたのを後悔した。

彼は油断していなかったが、父親との確執を断ち切れなかったせいで詰んだ。

比較的に楽に死ねた騎兵と違ってジークは無駄に再生能力がある以上、苦しむしかない。

 

 

〈出たああああああああ!?〉

 

 

それから彼は一生、一日に何度も自殺衝動に駆られるトラウマを残す事となった。

その経験からか、以前から構想していた【安楽死計画】を更に実現しようと考えるようになる。

『この世に生まれて来なければ苦しまなくて済む』という理念を身をもって知る事に!

後にリヴァイ兵長に殺されかけてもそこまで恐怖を感じられないほどの絶望を!

口では笑っているが目では笑っていないエルディアの悪魔に一方的に教えられた!

 

 

「絶望を知って死になさい!」

 

 

エルディアの悪魔は、ジーク・イェーガーに死んだ方がマシな苦痛と恐怖を教えてあげた。

前回と違って明確に【敵】と判断されてしまった以上、彼は原型を留められなかった。

むしろ、これでも生還してしまったジークは更に地獄に叩き落される事となる。

 


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