進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~ 作:Nera上等兵
「ごほごほっ!!かっー!ぺっぺっぺ砂が…ごほごほ!!」
鎧の巨人の継承者であるライナー・ブラウンは目覚めた。
何が起こったのか分からなかったが彼がやったのは体内から異物を外に出す事だった。
土、砂、埃、断熱材、よくわからない物を吐き出すまで咽たり嘔吐した。
胃の中が空っぽになっても吐き出そうとし、胃を強く締め付けられる感覚で悶えていた。
『アニは!?』
次に同じ戦士であるアニの安否確認だった。
さすがに無傷とはいかず結晶の一部が欠けていた。
だが、アニの意志の固さを示すように結晶体は彼女を守り抜いている。
「良かった…これ以上アニに何かあったら俺は…」
ひとまずアニの入った結晶が無事だったので安堵して座り込むナイスガイ。
しかしすぐに潮風に長年当たり続けて老化が激しい翁のように顔を顰めた。
「ベルトルト…」
もしかしたら自分を被って瓦礫の下敷きになったのでは!?
兄貴分であったマルセルの件がある以上、ありえない話ではない。
「いや…違う。ここまで大穴が空いてるなら脱出したはずだ」
天井に大きな穴が…と表現できないほど日光が彼を照らしていた。
地下室だったはずなのに解放感溢れる職人の技には感服するしかない。
器用なベルトルトは自分を守るために頑張ったのを感謝した。
「それしても妙だな……何でこんな静かなんだ?」
問題なのは異様に静かであり、戦時中とは思えなかった。
幼少期から瓦礫の山など見慣れてしまった彼だからこそあまりの平穏さに恐怖した。
立体機動装置を駆使して地上から顔を覗くライナー。
そこで彼が見たものとは…!?
「……見なかった事にしよう」
たった今、目撃した巨人を全力で受け止めるのを拒否してライナーは地下に潜った。
エルディア帝国が犯した7つの大罪の1つである“アジ・ダハーカ”を見てしまったからだ。
その異形の巨人が起こした殺戮で、文明が500年退化したとも言われている。
それが現世に再臨しましたと言われても受け入れられるわけがなかった。
彼ができるのは、十八番の『現実逃避』でその巨人が居なくなるのを待つだけである。
「いや、駄目だ。それだとベルトルトを見捨てちまう」
せめてベルトルトがどうなったのか確認するべきだ。
優秀な彼の事だから必ず何かしらのヒントを残しているはずだ。
『まずアニをどうやって運んでいくか考えるか』
ここは、ちょうとユトピア区壁内の中央部に位置する。
“アジ・ダハーカ”が居るとはいえ見逃すほど警備は甘くない。
協力者が居ても荷台を引っ張る馬車が無ければ意味が無い。
『ん?なんか可笑しい!何で誰も来ないんだ!?』
ここでライナーは異変に気付いた。
ガスを投入するので警備を手薄にしたのは分かった。
だが、何でここに警備兵の1人も居ないのか。
アニは重要な証人であり壁内人類が手に入れた数少ない戦利品である。
瓦礫の下に埋もれたとはいえ放置するなどあり得ない!
「ライナー」
「うわ「シッ!」あぁ……」
急に呼びかけられてライナーは大声を出したがベルトルトの声を聴いて即座に落ち着いた。
「どこに行ってたんだよ」と叫びたいが、さっきまで寝ていた罪悪感がある為、彼は堪えた。
「荷馬車を連れて来た。アニを乗せて脱出するよ」
「そうか、でもオレら2人で載せられるのか?」
「そこにパワーリフターがある。それを使って載せる」
「分かった。俺に任せておけ」
ライナーは油圧式パワーリフターを手に取った。
詳しい原理は忘れたが密閉空間に外部から圧力を加えると中の反力は同等の力が働くという物だ。
それは、押された面積だけ押し返す力に変換するという事でもある。
今回はアニを持ち上げる為にシリンダーへ押す力は少なくて済むが、かなり押し込む必要がある。
何故なら押し込む面積が力になるので、彼女を浮かせるなら、それだけの面積が必要だからだ。
そこにテコの原理と併用すれば、僅かな人力で時間があれば1000kgでも持ち上げる事ができる。
「良いかライナー、フォークを拘束具の空いている隙間に突っ込んでくれ」
「そしたら僕が拘束ベルトを切断して支柱になっている木材を排除する」
思い返せば、戦士候補生の知識のおかげでここでの座学の成績はトップ5位内に入っていた。
戦士候補生時代ではどん尻で、落ちこぼれと馬鹿にされていたが、ここでは優秀と讃えられた。
この座学をみんなに伝えれば、もっと人気者になれるし、クリスタも自分を…。
「ライナー?」
「…すまん、すぐにやる」
戦士候補生時代に習った座学がライナーの脳内を横切っている間に相棒の準備ができたようだ。
壁内は楽園であったが、どうも自分を正気にさせてくれないようだ。
ハンドルを引っ張って歩くと、キャスターが地面の凹凸でガラガラと鳴る音が彼を現実に戻す。
「疲れているんだよ。きっとここから脱出すれば正常に戻れるよ」
「ああ、さっさとアニを連れて帰るぞ…っと!」
唇を噛み締めているのを見たのかベルトルトのフォローが入るが空しいだけ。
ライナーはハンドルを上下させてアニを包み込んでいる結晶体を持ち上げた。
慣れた手つきでベルトルトがベルトを切断し木材を退かしたのを確認してハンドルを切った。
「これでよし。ひとまずアニを移動できるな」
「このまま地下道を通って正門の前まで行くよ」
「俺が運転する」
「ライナーはまだ重労働があるだろう?僕が運転するよ」
ベルトルトも巨人化で疲弊しているのに気遣われる。
それはライナーにとって更に辛い気持ちにさせられた。
この地下道に荷馬車を持ち込んだのは相棒なので彼に任せるのが一番だ。
ただ、何か別の事に意識しないとライナーは罪悪感で潰れそうになっていた。
『アニ、俺を恨んで良い。だがベルトルトだけは嫌いにならないでくれ。あいつは良い奴なんだ』
訓練兵時代、いや現在進行形でアニに迷惑をかけていると実感している。
彼ができるのは、ここから脱出させて無事に彼女の父親と再会してもらう事だ。
だが、軍上層部が結晶を破壊してアニを戦士候補生に喰わせる事になったら?
…ライナーの心はどんどん悪い方向に転がっていく想像力に疲弊していった。
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「地下道は壁外には繋がっていない。ここで終点だ」
ベルトルトの一言によりライナーはさきほどまで寝ていたのに気付く。
偉そうな事を言おうが、覚悟を決めようが本質は変わってなかったようだ。
だが、ここからは腹を括らないといけない。
「先に俺が外の様子を見る。チャンスだったら巨人化してアニの結晶を掴んで逃げる」
「僕は君にアンカーを刺して立体機動で自力で登って来るよ」
「よし、じゃあ決まりだ。そこで待っててくれ。合図は巨人化の音だ」
ライナー・ブラウンは地上に出る鉄製の梯子を登っていく。
足を乗せて地上に近づく度に閉ざされた環境から開放されるような感覚。
束縛から自由になれる。そんな気分だった。
「なるほどさすがに正門を手薄にするわけないか」
ライナーが地上に出て正門の守備兵を軽く観察したが警戒態勢だった。
ただ疑問なのは、“アジ・ダハーカ”の姿が見えなかった事だ。
壁内人類の兵士たちがあの化け物を倒せるとは思えない。
「とにかくもっとも厄介な奴が居ないならチャンスか」
強行突破するしか道はない。
何故だか知らないがそんな気がした。
そうと決めたらライナーは落ちていたガラスの破片で右手の甲を切り裂いた。
血が4滴ほど床に垂れた時、ライナーは見張り塔から飛び降りた。
落下する彼の肉体から閃光が放たれて、うなじから肉の筋が出現した。
そして飛び降りた彼は赤色の信煙弾を撃った女兵士を目撃した。
「……覚悟を決めるしかないな」
巨人化を察したベルトルトは荷台から馬を切り離した。
地下道に響く音と衝撃でパニックになったのか。
嘶いた後、ここまでアニを運んでくれた恩人は、全速力で来た道を逆走していった。
「それでいいよ。ここに残っていたら君も巻き添えになるからね」
共犯者の無事を祈って彼は梯子を全速力で登り出した。
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「ね、姉さま。やっぱり休まれては?」
「休めない。休めないよ。だって私はここの最高指揮官だもの」
部下のラナイ・マクロンに心配されているが、それどころではなかった。
前代未聞、想定外、分析ミスとかで御託を並べて逃げるべきではない。
脳震盪の影響で意識がまだ朦朧としていたがエルティアナはそれでも足を進めた。
「鎧の巨人は必ずここに来る」
「でもわざわざ正門から逃げる必要がないと思いますけど…」
「地下道からもっとも近い場所がここだ。だから必ずここに辿り着くはずだ」
今まで壁内人類を見守って来た正門が目の前に見える。
自分の命令ではない限り、絶対に開かないはずの鉄壁な門。
だが、今までの常識を覆す出来事から紙細工のように脆い扉に見えた。
「エルティアナ総隊長、少しは休まれたらどうだ?」
「……エルヴィン団長か。ふん、みっともない所をお見せしてしまったな」
調査兵団の団長、エルヴィン・スミス。
何を考えているのかよく分からない奴だったがここでは純粋に心配されたと分かった。
ただ、彼に譲れない物があるようにエルティアナも譲れない物がある。
「見張り塔の前で寂しく1人で待機しているという事は、考えているのは同じ事か」
「そうだ、鎧の巨人はここに現れると踏んでいる」
「ならば部下に椅子でも用意させるが?」
「ずっしりと腰掛けるわけにはいかないさ。総指揮官殿こそ椅子が欲しいのでは?」
「私が欲しいのは、椅子ではない。人類の勝利だけ。ただそれだけで良い」
痛い所を突いてくるが、エルティアナも負けじと反撃をする。
ラナイも何か言おうとしたが、2人とも笑って口論しているのを見て黙り込んだ。
意外と相性が良いのか。
お互いにいがみ合っているようでどちらも身体に気を遣っていた。
「ラナイ。頼みがある」
「はい姉さま!」
「動かせるだけの騎兵と荷馬車を掻き集めて欲しい」
「まさか逃げられるとでも?」
「あくまで念の為だ。この世に絶対は無いからね」
「イエス・姉さま!分かりました!!」
ラナイは上官モードになったエルティアナの命令を素直に聴いた。
そして溢れる元気の良さで全速力で兵を集め始めた。
「良い副官だ。我々の組織に居たら調査兵団は更に発展しただろうな」
「買い被り過ぎだ。王政府の議会すら動かす貴公の副官の方が優秀だったよ。」
エルヴィンが1人で居ると言う事はそういう事だろう。
分かっていたが、彼の副官の優秀さは彼女が一番知っていたのであえて告げた。
調査兵は死ねば、そのまま忘れられて遺族の支援など皆無に等しかった。
その副官は、得意の弁論術であの王政府に弔慰金や治療費を譲歩させた強者だった。
「そう言ってくれると彼も浮かぶ事だろう。もっとも君の根回しが効いたのもあるが…」
「…私に媚びを売っても良い事などないが?」
「王政府で唯一、政治的駆け引きをしなくて済む君の存在はありがたい」
「では、さきほどのやり取りは何だ?」
「ただの社交辞令だ…とでも言うべきかな」
相変わらず掴めぬ男、優秀ではあるがどこか信用してはいけない男。
第一印象とほとんど変わってはいないが、ここ最近は人間らしさを感じられる。
やはり、巨人化能力者の出現など巨人に関して進展があったのが大きいのだろう。
だからこそ彼女は言うべきか迷った。
この戦争が終わったら王政府が本気で調査兵団を潰しにくると。
「兵団の待遇を良くしたいなら【実績】が不可欠だ。貴公の健闘を心から祈るよ」
「分かってるさ。夢はすぐそこにある。ここで立ち止まるわけにはいかない」
とりあえず今回の作戦で自分が失脚するのが目に見えている彼女は激励するしかなかった。
なぜそこまで王政の上層部がエレンを欲しがるのか理解できないが大体察しは付く。
エレンという巨人化能力者という存在を1日でも早く抹消したいのだろう。
それを防ぐには、民衆が調査兵団を祭り上げる実績を作るしかない。
「ところでエルヴィン団長、見張り塔に兵を配備したか?」
「…いや、していない」
「私もそこに兵を配備していない」
「ここまで動きが無いなら敵か」
「だろうね。我々の会話を聴いている素振りが無かった」
2人とも見張り塔に怪しい人物が居るのは分かっていた。
立体機動装置を装備しているが私服を着た金髪の男。
ただ、すぐに指摘しなかったのは、王政のスパイである可能性を考えていたからだ。
さきほどの会話は、その可能性を炙り出す物だった。
そして自分たちの会話に興味が無いと分かった今、敵だと認識した!
「おいエルヴィン!そこで何をしてやがる」
「リヴァイ!鎧の巨人だ!備えろ!!」
「なんだと!?」
呑気にエルヴィンが会話していると思って指摘しようと歩いて来たリヴァイ。
いきなり鎧の巨人と言われてもすぐに対応はできなかったが、刃を構える事はできた。
エルティアナは前もって隠し持っていた赤色の信煙弾を撃ちあげた!
だが、時遅く空中から鎧の巨人が降って来た。
「ようやく逢えたな…鎧の巨人めぇ!!」
845年、シガンシナ区の内扉の責任者であったエルティアナ。
鎧の巨人に内扉を破られたせいで、彼女の人生はそこで終わった。
避難してくる民衆を守れず、迫って来る巨人を食い止められず全てが終わった。
過去は変えられないが未来は変えられる!
どう足掻いても失脚する未来しかないユトピア区の最高指揮官に名乗り出た!
キャリアや人望、部下を切り捨ててまでも!鎧の巨人をここで仕留めるつもりだった!!
「やはりそれが狙いか……!」
エルヴィンの読み通り、大事そうにアニの結晶体を掴んだ鎧の巨人。
今までの軍事作戦は全て囮であり、狙いは彼女の奪還。ただそれだけだった。
「リヴァイ!」
「ああ!……チッ!クソ!!」
さきほどの超大型巨人を上回る巨人と交戦した時に立体機動が壊れたようだ。
やはり一番狙いにくいうなじを攻撃する時に無理な機動が駄目だったみたいである。
近くに立体機動装置を身に着けている女将校が居るが、さすがに上官の物は奪えなかった。
そうこうしている内に1人の男が鎧の巨人の首元に飛び乗った。
リヴァイは面識は無いが、あれが超大型巨人の継承者という事はすぐに気付いた。
「おい、待てエレン!!」
仕方が無いので正門に向かって兵士の装備を借りようと走ろうとした矢先。
エレンが壁から降りて来た!
制止しようとするが、彼には聴こえていないのか鎧の巨人を追跡をしている。
「好き勝手しやがって!!」
「追うぞ!!」
リヴァイ兵士長とエルヴィンは急いで鎧の巨人を追った。
だが、エルティアナはその場から動かなかった。
私情を押し殺して自分の使命を全うしようとしたからだ。
「エルティアナ総隊長!ご命令を!…ってあれ!?」
赤色の信煙弾を見て駆けつけて来た騎兵は馬から降りて上官に駆け寄った。
ところが、その上官は無言で自分が乗って来た馬に飛び乗ってしまい困惑するしかなかった。
「貴公は先鋒に正門に集合しろと伝えろ!私はやるべき事をする!!」
そう言い残して彼女は、馬を駆けてどこかへ行ってしまった。
新たに黒髪で怒り狂った形相をした巨人が出現して更に守備兵は混乱する事となる。
それを見た鎧の巨人は壁をよじ登っており、砲兵による支援砲撃は期待できそうになかった。
「どうした!?何があった!?」
「何で馬から降りているんだ!?」
呆然としていた彼は後続で駆けつけた部隊に命令を下した。
ただ命じられた事を1人でも多くの兵士に伝える事に尽力するしか選択肢が無かったのもある。
「さっさと開門しろ!!鎧の巨人に逃亡されるぞ!!」
「駄目です!ユトピア区の正門は開門させません!」
リヴァイは正門の開門を命じたが守備兵は聞き入れる事は無かった。
内扉を破壊された以上、ここを開門すれば巨人が侵入してくる可能性がある。
ウォール・ローゼの土地に家族が居る兵士は全員、聞き入れる事はなかった。
「我々調査兵団の兵だけで充分だ!開門してくれ!」
「例えピクシス司令のご命令であっても開門できません!!」
相手は巨人である以上、馬が必要だった。
正門の先にある旧市街地にも部隊は存在したが今は使い物にならなくなっていた。
原因は、獣の巨人の投石によって前線部隊が壊滅していたからだ。
天空から降り注いだ結晶体の破片によって更に被害を拡大しているだろう。
リヴァイやエルヴィンが無事だったのは偶然に過ぎない。
エルヴィン団長の懇願でも彼らは心が動かされない。
「クソ!やるしかねぇか!」
「ひいいい…」
「調査兵如きが!我々駐屯兵に指図するな!!」
せっかく【足】を確保したのにここで時間を潰されるわけにはいかなかった。
時間が無い以上、殺人を犯してでも強行突破するしかない。
リヴァイは躊躇いも無く守備兵の部隊に向けて刃を向けた。
数多くの巨人を葬って来た人類最強の男の眼力に怯える守備兵だが逃げる事はしなかった。
「総統局の命令だ!さっさと開門せよ」
「エルティアナ総隊長!?」
武力衝突が起こる直前、ユトピア区の守備部隊を指揮する総指揮官の助け舟が来た。
総指揮官の命令以外では開門は全て禁じられていた。
逆に言えば、総指揮官の命令であれば開門するしかない。
「できません!!」
「例え総指揮官殿の命令であっても!巨人を招き入れるリスクはできません!」
「壁は我々を守ってくださいました!例え貴女であってもここは開門させません!」
ところが、巨人の恐怖が嫌でも染みついてしまった正門の守備兵は開門を拒んだ。
結晶の破片から守ってくれた壁付近以外は、全壊していた。
この終末の光景を見ているからこそ、それでも健在な壁を神と崇めてしまった。
意図せずに絶望から逃げるように壁教に入信してしまった彼らは、既に正気ではなかった。
「これが分かるか?」
「それは…」
そこでエルティアナはある物を掲げた。
それは、子供たちがユトピア区を守備する兵士を応援する為に描いた絵であった。
緊張が続いて士気が低下すると想定していた彼女が子供たちに絵が描かせた絵だ。
守るべき人達を目に見える形で意識させる。
そうでもしなければ、決死の覚悟にならないと思っていたからだ。
「たった今、鎧の巨人がストヘス区を半壊させた元凶を抱えて壁外へと逃亡した。ここで逃がせば奴らは必ず再びこの壁内人類に向けて攻撃を仕掛けるだろう!!」
「ですが…」
守備兵が動揺したのを確認したエルヴィンはすかさず追撃をした。
心が揺れている以上、後押しをすれば突破できると思ったからだ。
「問おう!貴公らは、勝利を願う子供たちの応援を踏み躙って!このまま巨人共を見逃す気か!?心臓を捧げた同胞たちの命を無駄にする気か!?」
エルティアナは最終通告を行なった。
これで動かなければ命令違反として正門の守備兵を文字通り掃討するつもりだ。
「開門!開門しろ!!」
「そうだ、それでいい!!」
無垢の子供たちを犠牲にするわけにはいかない。
次世代には、目の前に広がっている地獄を見せたくない。
それは兵士全員が想っている事であった。
「鎧の巨人の対応は主力部隊に任せてある!お前たちは巨人と交戦しなくて良い!」
主力部隊?そんな物とっくに壊滅してるし、精鋭部隊は壁内の守備に手一杯だ。
エルヴィンの作戦に乗ったエルティアナは口から出まかせの命令を下した!
「我々の目標は、鎧の巨人に奪取された結晶で包まれた巨人化能力者を奪還するだけだ!」
ここに居る兵士は、新兵、もしくは軽傷者だけだった。
巨人と交戦できそうな兵士は壁外の前線に送っている。
なので、巨人と交戦するのが目的では無いと明白にする必要があった。
「我々は、鎧の巨人に奪取されたアニ・レオンハートの奪還を行なう!覚悟は良いか!?」
「「「「「ハッ!!」」」」」
この場に居る全員が心を1つにする中、身体が震えている男が居た。
『おいおい、ライナーと交戦しないとアニを取り返せねぇじゃないか。正気じゃねぇよ…』
新兵だからと壁内の帰還を許されたジャン・キルシュタインは震えていた。
結晶を飛ばしてユトピア区を全壊させる化け物が居ると知ってしまった。
もう二度と出現する事が無いと知らない彼は、心が折れていた。
『ハハハ…もう自慢する人は居ないんだけどな』
コニー・スプリンガーも巨人を見るのが嫌になっており敵前逃亡したかった。
横に居るサシャを見れば顔が真っ青だったので同じ事を考えているだろう。
ただ後ろに金髪の美少女、ヒストリア・レイスが居る以上、格好良い所を魅せるしかない。
最後は男としてのプライドが彼らの正気を保たせていた。
『ここで生き残ればご褒美にお肉が出るんでしょうか…』
サシャ・ブラウスは青ざめたコニーと目があった。
死が間近に迫っていると分かっているからか、額から脂汗が垂れまくっていた。
おそらく自分も相当酷い顔をしているのだろう。
手綱を握る両手が震えており、開門して欲しくないと願っている!
それでも父親から頂いた励ましの声が彼女を兵士に繋ぎ止めてくれる鎖となった。
一人前になったと父親を安心させる為にも唇を噛んで痛みで正気を保たせた。
『ここでライナーを逃がせば、ここでの犠牲が無駄になる』
アルミン・アルレルトは、自分達に課せられた作戦の重要性を理解している。
そもそもこのユトピア区が戦場になったのは自分のせいであると自覚していた。
ベルトルトに向かって「アニがユトピア区で拷問されている」と告げたせいでこうなった。
『みんな僕を責めなかったけど、大勢の人が僕のせいで死んだ……』
調査兵団の上層部は、次に狙われる場所が特定できたとフォローをしてくれた。
王政府ですら自分を責める事は無かったがその気遣いが彼の心を傷付けた。
招集されて馬で正門に向かって行く時に兵士だった物を幾度となく見かけた。
あの時、あんな事を言って無ければ彼らは死ぬ事は無かっただろう。
『覚悟を決めないと!!』
エレンもミカサもフローラも兵長もハンジ分隊長も自分が逃げても責めないだろう。
だが、彼は自分を犠牲にしてでもアニを必ず奪還する気だった。
それが心臓を捧げて死んでいった者達への償いだと本気で信じていた。
『みんなすごいね。まだ生き残ろうと考えている』
ヒストリア・レイスの人生は、生まれた時から詰んでいた。
どうすればよかったのか分からないが、今でも分かっていないので答えは無いだろう。
せいぜい自分を巨人の囮にしてみんなに頑張ってもらうべきか。
『できない。そんな事なんて…もうできないよ…!』
そんな事をしたら同期は全力で自分を助けに来るだろう。
両親から愛されず、近隣の住民からも煙たがれながら育った少女の心は既に壊れていた。
でも、104期南方訓練兵団の同期は、自分を愛してくれている。
『クリスタ』という少女の仮面を脱ぎ捨てて本来の自分になっても変わらずに相手をしてくれた。
そんな同期達を泣かせるわけにはいかなかった。
『必ずライナーをとっちめって!ユミルの居場所を吐かしてやる!』
自分の罵倒がライナーのご褒美になると知らない少女は、親友を奪還する気だった。
その為にもアニを奪還する為に手綱を握り締めた。
『なんだろう。このまま行くと死ぬ気がする』
ミーナ・カロライナは、自分の死期を悟っていた。
このまま壁外に行けば、自分はそのまま死ぬという嫌な直感があった。
悪夢で見たのか、ここに居る風景がデジャブで、ここに来ると分かっている感覚だった。
第57回壁外調査で門に待機していた記憶と経験が夢に反映されたかもしれない。
分からないがそのままみんなと付いて行けば、二度とみんなと逢えなくなる予感がした。
「大丈夫?時折頭が垂れて意識が飛びかけているように見えたけど?」
「ラナイさん…大丈夫です」
招集された兵の中でもエリート兵であるラナイに心配されてしまった。
階級は、下手すればエルヴィン団長より上の立場である。
そんな彼女から心配されたミーナは嘘をついてまでここに残ろうとした。
「本当に大丈夫?そこそこ偉いから私の命令で動けば撤退できるよ」
「そんな事、ここで言っていいんですか?」
「大丈夫、大丈夫。だって、最後尾だもん。前の人には気付かれないよ」
同じ黒髪の兵士であるラナイは、怯えているミーナの表情で限界だと見抜いた。
「姉さま」としか言わない彼女であるが工業都市を監督するエリート駐屯兵である。
生半可な憲兵なら黙らせられる彼女は、王政の議会に参加できる権利を有している。
「私はこう見えても王政府の一員なんだよ。新兵を後方に下げる事なんて造作も…」
「嫌です…私は同志に誓ったんです。ウォール・マリアを奪還してお肉を食べると…」
「私には君が死地に行く気がするんだ。素直に従っておきなさい」
何故ここまでラナイがミーナに気にしているのかと言うとフローラのせいだった。
いつも尊敬している姉さまに迷惑をかける問題児。
そんな暴走している頭進撃娘を止められる数少ない存在だと知っているからだ。
フローラの性格上、ミーナが戦死しても心が折れる事は無いだろう。
ただ、ストッパーが居なくなれば、大惨事を引き起こすのは目に見えていた。
「フローラをコントロールできる貴女に死んでもらいたくないの。分かってくれない?」
「大丈夫です。ラナイさんと会話していて気分が落ち着きました」
「完全に開門されたら逃げられないよ。逃げるなら今だよ?」
気遣われ過ぎて逆に落ち着いたミーナは、甘くて優しい誘惑を断ち切った。
確かにここで退いても良いが、それだとフローラには絶対に追いつけなくなる。
死んでしまった親友のトーマスの無念を背負って生きている彼女は逃げなかった。
「私はフローラの親友!絶対に追いついて見せます!」
「そこまで言うなら止めないよ。ただ心配だから並走させてもらうよ」
ミーナを舐め過ぎていたと反省したラナイは、彼女の想いを尊重する事にした。
そして開門が完了した瞬間、エルヴィン団長の号令を聴こえた。
「只今より女型の巨人の継承者の奪還作戦を開始する!ここで逃がせば人類に未来はない!女の子が封じられた結晶体を奪還したら速やかに壁内に帰還する!!心臓を捧げよ!!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
「進めぇー!!」
最前列に居たエルヴィンは、突撃命令を下して壁外へと飛び出した!
後続の調査兵がそれに続き、新兵や負傷兵が慣れない手つきで馬を駆けていく!
そしてミーナも前列に続いて馬を走らせた!!
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「来ないわね…」
フローラは指笛を何度か鳴らしたがライリーが駆けつける事は無かった。
先に壁に放置したのは自分なので見捨てられても可笑しくない。
いや、そもそも生きているのかも疑問であった。
何故なら旧市街地は投石と結晶体の破片で崩壊していたからだ。
「まあいいわ。最悪エレンを利用すれば良いものね」
目の前には壁外へ飛び降りた鎧の巨人と対峙する巨人化したエレンが居た。
馬が無くて追跡できなくてもエレンにアンカーを刺せば追う事は出来る。
アニの弟子であるエレンは、彼女と同じ構えを鎧の巨人に向けていた。
尻尾を巻いて逃げる隙が無いと考えたのか、両親の仇は動く事は無かった。
『鎧の装甲を貫通する刃は2本だけ…慎重に使わないと!』
フローラの鞘には、カラネス区を強襲した変異種の爪で生成された刃が2本収まっている。
壁内人類が持つ刃でもっとも鋭く、鎧の装甲すら貫通するという話である。
実際に試してはいないが、今から試すのだからそこまで気にしていない。
この刃を優先したので、本来見つける予定だったヤークトシリーズ一式を返品してきた。
『ライナーはすぐにでも逃げたいはず…そろそろ変化があるはずよ』
切り札は最後まで取っておくべきである。
鎧の巨人を間近に見て両手が震え始めたのを実感し、神様にここに来れた事を感謝した。
そもそも神など信じていないが、占いと同じように都合が良い時だけ神に感謝してしまった。
「ねえフローラ」
「どうしたのミカサ?そんな顔をして?」
ミカサに声を掛けられて振り向くと彼女は真剣な眼差しで自分の顔を見つめて来た。
あまりにも脅迫染みた視線に恐怖の無いフローラも押されてしまった。
「たとえ元は仲間でも敵だと分かったら殺すしかない……そうでしょう?」
「そう簡単に割り切れるつもりはないわ。時と場によって判断は変えるべきよ」
「貴女はまだ甘い……この世界が残酷であるべき事を理解するべき」
ここでフローラはミカサの言いたい事に気付いた。
実は自分でも勘付いていたが、第三者から見てもそう感じられるとは思ってはいなかった。
「何よ。わたくしがライナーを殺すのを躊躇っているとでも言うの?」
「少なくとも前回の時は、ライナーを殺さなかった…それが答えでしょう」
そう、ライナーが意識を失っていた時にその場にフローラは居た。
その事実は、誰にも伝えていないが、何であの時に殺さなかったのか良く分かっていない。
意識がある時に殺すのが、彼にとって罰になると何度も考えていたが、その結果がこれだ。
あの時にライナーを殺せば、ユトピア区における犠牲者は減ったのは確実だった。
「安心してミカサ、わたくしは両親の仇である鎧の巨人を…」
「殺すんでしょう?」
「そうよ、わたくしはその為にここまで生きて来たわ!これで終わらせる!!」
グリップを握り締めた彼女に迷いは無かった。
咆哮が聴こえた方向を見ると鎧の巨人が巨人化したエレンに突撃していた。
それが合図となってミカサとフローラはエレンを援護する為に戦闘に乱入した!
ここで鎧の巨人との因縁を終わらせる為に!