進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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98話 世界は残酷だ…されど…とても美しい

エレン・イェーガーの人生は散々だった。

何度も殺されかけたし、自分のせいで大勢が死んでいった。

全ては自分の実力不足と責めている暇も無く時は刻一刻と過ぎていく。

 

 

『オレが!絶対に倒す!!』

 

 

目の前にはシガンシナ区を滅ぼすきっかけの2人が居る!

失った人命や物は帰ってこないが、これ以上の犠牲はここで止める事はできる!

 

 

『絶対に!!』

 

 

左手に噛みついたエレンは、巨人化に成功し、鎧の巨人の前に立ち塞がった。

もちろん逃がすわけもなく足の速さでエレンは、彼の前に躍り出た。

 

 

『ここがお前の墓場だ!』

 

 

アニの結晶を左手で握っている鎧の巨人は、動くことができない。

巨人化したエレンだけであったら、壁から距離を取ってから対処を考えただろう。

 

 

『フローラにミカサか!さすがにここで交戦するのはまずいな…』

 

 

壁外に展開していた敵兵は壊滅していたが、それ以上に厄介な存在がそこに居る。

3年間の訓練兵時代で共に過ごしていたこそ、彼女たちの実力を知っている。

あれから実戦を幾度もこなしてきたので、更に強くなっているのだろう。

 

 

『もうこりごりだ!』

 

 

先に仕掛けたのは、鎧の巨人であった。

時間が経過するほど敵兵が自分たちを追跡してくるのだからやるしかない!

退路を完全に断たれる前に右ストレートで殴り倒そうとした!

 

 

『チッ!関節技を狙ってやがるな!!』

 

 

だがエレンはそれを回避する素振りも見せずにわざわざこちらに向かってきた。

前回と同じ轍を踏むわけには行かず、相棒を守るために左手を右肩に添えて突っ込んだ!

エレンはその衝撃で吹っ飛んだが、それとライナーは倒れ込むのを必死に堪える。

だがその隙は、アンカーが射出される音と共に双剣を構えた2人の女の襲撃を受ける羽目となる。

 

 

「ライナー!相手は馬が居ない!振り落して逃走すれば僕らの勝ちだ!!」

 

 

ベルトルトは相棒を鼓舞すると同時に拳銃で顔馴染みの女を撃ち落とそうとする!

しかし、鎧の巨人の左手で庇われている以上、身動きが取れなかった。

 

 

「フローラ!」

「分かってるわ!!」

 

 

フローラとミカサはまず鎧の巨人の視界を潰す事を最優先にした。

視力を失われば、逃走に支障が出るし、なにより増援が来るまでの時間稼ぎになる。

さきほどの攻撃でエレンが倒れてしまった以上、2人で何とかするしかなかった。

 

 

「硬っ!!」

「透明な膜!?前回は無かったのに!?」

 

 

視線だけで自分が担当する眼球を伝えて眼球に双剣を振り下ろしたが、弾かれてしまった。

特にフローラは、前回の戦闘では刃が眼球に突き刺せたのでので困惑するしかない。

巨人化するほど能力が劣化するが、今まで巨人化を温存していた鎧の巨人は最盛期の実力である。

攻撃が通じないと分かった瞬間、2人は眼球から離れて別に作戦に移った。

 

 

「僕たちの邪魔をするな!!」

 

 

牽制する為に手の隙間から発砲したベルトルトだったが、居場所を知らせる事となった。

 

 

「肉を削いでやる!!」

「ベルトルト、覚悟なさい!」

 

 

やむを得ず鞘から刃を抜いて装填したベルトルトは、2人と交戦する事にした。

すぐに鎧の巨人が動き出して振り落されるリスクより彼女たちを殺害するのを優先した。

彼女たちの実力を知っているからこそここで仕留めないと生還できないと悟っていたから!

 

 

「くっ!!」

 

 

彼が左手から飛び出した瞬間、フローラから投擲された刃を弾き返す!

巨人の首元にアンカーを突き刺してその場から脱出を図った直後にミカサの攻撃が空振りした。

一瞬だけできた隙を狙ってベルトルトは飛び掛かるが、フローラがその刃を受け流した。

 

 

「邪魔だ!!」

「あなたもね!!」

 

 

再度攻撃をしようとすると鎧の巨人が動き出した。

アンカーでぶら下がれるベルトルトと違ってフローラは落下した。

当然、そのまま落ちるつもりなど無くアンカーを巨体の腰に撃ち抜けてぶら下がって距離を取る!

 

 

「エレンやっちゃえ!!」

「クソ!!」

 

 

ベルトルトは追撃をするか迷ったがエレンが殴りかかってきたせいで飛び降りた。

その直後、エレンの右ストレートは見事に鎧に巨人の左顎に命中!

急所を狙われて意識が飛びかけたライナーは必死に足を踏ん張って堪えた!

 

 

「これ以上僕たちの邪魔を!するなああああ!!」

 

 

双剣を振りかぶってフローラに斬り掛かるベルトルト!

力の限り叩き斬ろうとする彼に対して彼女は冷静に刃だけを狙って双剣を滑らせた!

超硬質スチール製の4本の刃は、激しく音を立てて激突して刃の役目を終えた。

 

 

「あっ…!?」

「ぐっ…!?」

 

 

4本の刃の破片が2人の顔や兵服を掠り切れた肌から血が零れだした。

同時に刃を換装した彼らは、再び刃を敵に向けて双剣を構えた!

 

 

「そこ!!」

「ああああ!死ねるか!!」

「さっさと死んで!!」

「あああっ!?」

 

 

背後から斬り掛かろうとしたミカサの刃を辛うじて目撃したベルトルト!

常人離れの反射神経で刃を受け流したが回避しきれず左耳を削がれた!

痛みを感じる暇も無くミカサを左脚で蹴り落とすが、今度はフローラが飛び掛かって来た!

操作装置の護拳部に見えるレバーを引き彼女に向かってアンカーを射出させるが避けられた!

 

 

「捕らえたわよベルトルト!!」

「それで僕を束縛できると思ったか!!」

 

 

高速で打ち込まれた右アンカーと繋がるワイヤーをフローラは熱に耐えながら握り締める。

これでどうやってもフローラという質量のせいで思うように立体機動できなくなった。

巨体の右肩に乗っている鬼神染みた女兵士に臆さずにベルトルトは打って出た!

 

 

-----

 

 

「ああああああああああ!?」

「この道は駄目だ!引き返せ!!」

 

 

鎧の巨人に奪われたアニが眠る結晶体を奪還しようと馬を走らせる兵士達。

彼らの道に立ち塞がったのは、変異種が撃ち出した結晶体の破片であった。

撒き菱のように尖った破片は見事に馬の蹄に突き刺さり、落馬する者が相次いだ。

 

 

『向こうから音が聴こえる!フローラの叫び声が!』

 

 

ミーナ・カロライナは阿鼻叫喚の状況下で、親友の声を聴き取った。

きっとそこに結晶体に閉じ込められたアニが居ると信じて独断で馬を走らせた。

 

 

「待ちなさい!編成から逸れないで!!」

「こっちです!こっちにフローラが居ます!!」

「何で分かるの!?」

「声が聴こえたからです!」

 

 

死にそうなミーナを監視していたラナイは、死地に向かおうとする馬鹿女を止めようとした。

そしたら声が聴こえたという返答を受けたが、もはやそんな事はどうでもよかった。

 

 

「お前たちも来なさい!!」

「「「ハッ!」」」

 

 

とにかくミーナを見捨てられないラナイは騎兵3名を引き連れて彼女の後を追った!

結晶で押し潰された民家跡や兵士の死骸を次々に通過して馬を走らせる!

 

 

「落ち着け!!うわああああああ!?あがっ!?」

 

 

草むらにあった結晶の破片を踏みつけた馬は痛みで転がり込んで騎兵を前にと放り出す。

落馬しても彼を助ける事などできず、ひたすら前に進まなければいけなかった。

 

 

「巨人同士が殺し合ってる!?まさかあれがそうなの!?」

 

 

4名の騎兵が落馬するのを恐怖しつつ、馬を走らせ続けると巨人同士の殺し合いが見えた。

 

 

「フローラ!!」

 

 

巨人が居る場所には必ず親友が戦っているとミーナには確信があった。

だから彼女は手綱を更に握り締めて巨人の殺し合いに乱入する気満々だった。

だが、彼女は大切な物を見落としてしまった。

 

 

「右から来る!!回避して!!早く!!」

「え?」

 

 

ラナイさんからの怒鳴り声を聞いたミーナは、すかさず右を見た。

四足歩行の巨人が口を開いて自分に飛び掛かろうとする光景が見えた。

 

 

-----

 

 

『ミーナ!?』

 

 

親友の悲鳴を聴いたせいで手元が滑ってベルトルトの右目だけしか潰せなかった。

すぐさまフローラは追撃をするが、逆に刃を首元に向かって突かれそうになり回避した。

 

 

「ハァハァ……これでぇわたくしたちの勝ちね!!」

「まだ負けてない!!」

「手古摺った…でもぉこれでぇ終わり!!」

 

 

鎧の巨人から引き離されたベルトルトは、人類最強の女たちを相手をしなければならない。

右アンカーは破壊されて右目を潰された彼は、追い込まれた状況だった。

一方、104期生で成績3位の実力者の奮闘により、彼女達も疲労と運動で動けなかった。

 

 

「グオオオオオオオオ!!」

 

 

エレンは怒りに任せて鎧の巨人の顔面を何度も強打した。

その度に拳が割れて血肉が飛び散っていく。

 

 

『お前だけは絶対に許せねぇ!!』

 

 

自分のせいでマルセルを失ったと自覚しているライナーは意外と冷静だった。

落ちこぼれだった時の自分の失態をよく思い出した彼はエレンの動きを伺った。

殴り合いでは埒が明かないと考えたのか巨人化したエレンは距離を取った。

 

 

『これが最初で最後のチャンスだ!!』

 

 

関節技を決めようとするエレンを回し蹴りで吹っ飛ばした!

アニの格闘技を学んで好んで使うエレンに対して彼は、彼女から技を直伝されていない。

彼女の親友だったフローラ経由で教えてもらった蹴りをここで披露した。

 

 

『ベルトルト!今行くぞ!!』

 

 

エレンがダウンした千載一遇のチャンスを彼は見逃さなかった。

急いでベルトルトに向かって掛けつけようとする彼の前に1人の女が立ち塞がった。

 

 

「ライナー!!あんただけは絶対に許さない!!」

 

フローラは『三式刀身改二』を鞘から抜いて鎧の巨人に向かって構えた!

彼女の人生は、シガンシナ区の内扉を鎧の巨人が破ったせいで振り回された!

それから5年間、両親の仇であり、ウォール・マリア放棄の元凶を殺す為だけに生きて来た!

そして今日、自分に偽って親友面してきた鎧の巨人を殺す為にグリップを握り締めた!

 

 

『俺はどうしようもない…だが邪魔するならお前を殺す!!』

 

 

一緒に理想を語り合い、お互いの夢を尊重して励まし合った仲。

特にアニ・レオンハートとの関係修復やクリスタと仲良くする為に協力してもらった親友。

良く分からない気持ち悪さで同期の女子で嫌われている中で唯一仲良くしてくれた女。

自分が彼女の仇と知っていながら彼女を利用してきた彼は、ここでけじめをつけるつもりだ!

 

 

「殺す!!」

『殺す!!』

 

 

立場が同じであれば、ずっと親友の関係で居られた彼らは親友を殺す為に走り出した!

互いの殺意が自身の理性すら焼き捨てて全力で潰しに行った!

 

 

『これで終わりだ!!』

 

 

鎧の巨人は右手で親友を潰そうと拳を振り下ろした!

それを予想していたかのように彼女は拳に目もくれずに走り出した!

大きな衝撃と共に土埃が上空を舞って吹き荒れる!

 

 

『どうせどっかに潜んだんだろう!?』

 

 

彼女の戦い方を熟知している鎧の巨人はすぐさま寝っ転がって辺りを潰した。

巨人能力者には奇襲や不意打ちを狙って来ると訓練時に豪語したからこそ…。

ライナーが巨人に喰われないように訓練をしたせいでフローラの戦術が見破れた。

 

 

「ひどいわライナー…わたくしがその程度で死ぬと思ったの?」

 

 

アンカーを交互に打ち込んで無茶な立体機動をするフローラ。

転がろうとする鎧の巨人に何度もアンカーを刺し直して空中に飛び出した。

寝っ転がる鎧の巨人を見下ろした鬼神は、双剣を構えて落下した。

 

 

『そこか!!』

 

 

だが、ライナーは彼女の姿を目撃して左手で殴りかかった!

逃げる事が不可能と察したフローラは回転斬りで殴打攻撃を受け流そうとした!

 

 

『嘘だろう!?』

 

 

顎型の異形の巨人が生み出した硬質化した鋭利な爪を特殊な金属で合成し、精製された刃。

その刃は、壁内人類の技術力では貫通できないとされる鎧の巨人の装甲は見事に貫いた!

左手の甲から左肩まで装甲を貫き皮膚を抉り取った回転ノコギリはそのまま飛び出していく。

 

 

『クソが!!』

 

 

鎧の巨人は装甲が無意味だと知って慌てて左肘を後方に突き出した!

しかし既に手遅れだった。

目標は既に左脚のアキレス腱にアンカーを打ち込んでワイヤーを巻き取った!!

 

 

「あんたのせいで失った進むべき道を!!」

 

 

巨人の首を刎ねて来た処刑人は、双剣でアキレス腱を削ぎ落した!

その瞬間、身体を捻じ曲げて地面に背を向けた。

そしてアンカーを倒れ込む鎧の巨人の眉間に差し込んでワイヤーを巻き取った!

 

 

「あんたのせいで失った光を!!」

 

 

鎧の巨人の瞳を防護している透明な膜を回転斬りで貫通して左目を抉り斬った!!

それでも怒りが収まらない彼女は、アンカーを左腕の上腕三頭筋に打ち込んだ!!

 

 

「あんたのせいで失った希望を!!」

 

 

巨人の首を刎ね続けたギロチンの刃と化した鬼神は、加速して急降下攻撃を行なった。

鎧の巨人の装甲を貫く刃は、彼女の怒りに応えたのか想像以上に肉を削いでいく!!

さきほどの回転斬りでボロボロになった上腕三頭筋はひとたまりも無く切断された!

 

 

『左腕を切断しやがった!?』

 

 

榴弾を弾き返す鎧の巨人の左腕を刃だけで彼女は切断してみせた!

これは人類史上の快挙であり、最初で最後の記録となった。

 

 

『やっぱりあの時、見捨てておけばよかったのか!?クソが!!』

 

 

ライナーの脳裏に浮かんだのは、フローラと初めて顔を合わせた日だった。

あの日、立体機動になれず訓練用巨人模型に撃ち込んだアンカーが外れた瞬間!

姿勢を崩して落下した彼女をライナーは立体機動で駆けつけて安全地帯に運んだ。

あのまま見捨てて負傷させれば、こんな事態にならなかったかもしれない。

奇しくも今はあの時と同じ夕方であった。

 

 

『ははは…何思い出してんだ…』

 

 

両親を殺害した元凶がその被害者の娘を助けるという不思議な運命。

充実していた訓練兵時代では、自分を殺そうとしている女と一番仲が良かった矛盾。

鎧の巨人を討伐する夢を語った彼女に「お前ならできる」と背中を押してしまった過去。

たった今、本体である自分の顔を刃が掠めた感覚でようやく気付いた。

これが走馬灯だと…。

 

 

「ぜぇぜぇ……まだぁいけるぅ!!おえっ…ごほごっほ!」

 

 

無茶な立体機動で胸部と内臓を痛めたフローラは、吐き気と腹痛を我慢して立ち上がった。

口からは涎と共に血が垂れており、既に肉体は限界を迎えていたがもはやどうでもよかった。

彼女の人生は、鎧の巨人を必ず殺すと誓ってこれまで生きて来たのだ。

何故か座り込んだまま動かない鎧の巨人を殺そうと双剣の刃を換装した。

 

 

「グオオオオオオオッ!!」

 

 

脳震盪から回復したエレンは巨体を走らせて鎧の巨人に殴り掛かった!

その雄叫びで正気を取り戻したライナーは、先に彼の顔面を殴り返した!

気力で意識が飛ぶのを堪えたエレンは、突き出された右腕を左手で掴んだ!

 

 

『ライナー!!お前だけは、俺が倒す!!』

 

 

鎧の巨人の右脇に回り込む形になったエレンは更に引き手で脇下にとって背中を丸めた!

哀れな巨人はエレンの肩に担がれてしまい、成すすべなくバランスを崩す!

その勢いのまま、一本背負い投げで無駄に頑丈な鎧の巨人を地面に投げつけた!

大きな砂埃が砂嵐の様に巻き上げてフローラとミカサは刃を盾にして顔を庇った!

 

 

「エレン!?」

 

 

最後の力を振り絞って限界が来たのか、巨人化したエレンは倒れ込んだ。

ミカサはすぐさまエレンを助ける為に駆け寄っていく。

最後の最後で美味しい所を彼に取られてしまったフローラは笑う事しかできなかった。

 

 

「おい無事か!?」

「なんとか…」

 

 

コニー、アルミン、サシャ、ジャンといった同期たちの顔を見れた彼女は安心してしまった。

後は、気を失ったのか動かないライナーに止めを刺すだけで良い。

そう思った彼女は、倒れ込んだ鎧の巨人に向かって行こうとした。

 

 

「見ろ、アニが……!」

 

 

ジャンの一言でフローラが振り返ると親友だったアニが入った結晶体が無雑作に落ちていた。

ストヘス区を半壊させて調査兵団の第二分隊を全滅に追い込んでユトピア区を地獄にした元凶。

憎むべき要素しかないのに親友だったせいか、彼女の想いに気付けなかった自分が憎かった。

 

 

「あれは!?」

「巨人の群れだ!!まだ残ってたのか!?急いでアニを運ぶぞ!!」

 

 

アルミンが巨人の群れが向かって来るのを目撃してジャンはアニを回収しようとした。

だが、フローラからすればどうでもよかった。

 

 

『あとはライナーを殺せば!!それでいいの!!』

 

 

鎧の巨人に向けて歩き始めたフローラの前に顔馴染みが立ち塞がった。

 

 

「……今は、アニの奪還が優先だ!気持ちは痛いほど分かるけど、こらえてくれ……」

 

 

私情を優先する復讐鬼にアルミンが理性で行動しろと問いかけた。

兵士たる者、私情より任務を優先しろという事である。

要するにコニーが連れて来た荷馬車にアニの結晶を乗せる手伝いを優先して欲しい。

彼にそう告げられたフローラは目の前が真っ暗になった。

 

 

『な、なんで手が震えてるの…すぐに殺して運ぶのを手伝えばいいのに……』

 

 

操作装置に結合している強化刀身・2型の刃が激しく震えていた。

巨人のうなじから飛び出しているライナーを双剣で殺せばすぐ終わる。

それなのに彼女は手が震えているのに困惑した。

 

 

「フローラ!手伝って!!」

 

 

ミカサの一言で折れた彼女は、アニの結晶体に近寄って運ぶ準備をした。

あれほど殺したかった宿敵より同期達を優先したかのように。

 

 

-----

 

 

「どんどん巨人が増えて来るぞ!!」

「どうなっているんですか!?なんでこんなに来るんですか!?」

 

 

ジャンとサシャは必死に馬を走らせるが荷馬車の速度に合わせている。

そのせいで巨人の群れに追いつかれそうになっていた。

 

 

『なんでわたくしは、ライナーを殺せなかったんだろう…あんなに殺そうとしたのに』

 

 

フローラは、荷馬車に乗った今でもライナーを殺せなかった原因を探っていた。

ユトピア区で激戦があり、大勢の人の命を落としても太陽は地平線へと沈もうとしている。

今思えば、ちょうどこの時間帯に立体機動の訓練中にライナーに助けてもらった。

 

 

『あの時はパニックになってたわね…助けてくれたライナーとベルトルトに感謝してるわ』

 

 

今では敵同士であるが、あの頃はとっても頼りがいのある2人だった。

特にライナーに助けられた後は、彼に恩返しする事を誓った。

 

 

『……そう、わたくしはライナーの為に…恩人の為に……捧げようと』

 

 

そしてフローラはライナーが殺せなかった答えに辿り着いてしまった。

 

 

『ああ、そうか。だからわたくしはライナーを殺せなかったのね…』

 

 

ライナーに助けられた瞬間からフローラは無自覚に恋をしていた。

彼を異性として意識しており恋心を抱いていた事に…ようやく気付いてしまった。

 

 

『酷いわライナー…両親や家だけじゃなくて、わたくしの心も奪ったのね…』

 

 

両親の仇と認識して、鎧の巨人を死ぬほど憎んでいたのにその能力者を好きだった事実。

今思えば、女型の巨人にライナーが握り潰されたと錯覚した時、かなり動揺していた。

本気で女型の巨人を憎んで差し違えてでも彼の仇を取ろうと考えていた。

今思えば、ライナーがらみで自分が取り乱していたのはそういう事なのだろう。

 

 

『こんなに皮肉な事ってある?……自分の両親の仇に恋心を抱くなんて、あはははは…』

 

 

フローラ・エリクシアという845年から5年間作られた少女の人生は音を立てて崩れ去った。

鎧の巨人をこの手で殺す為に生きて来たのに愛してしまって殺せないと知ってしまったからだ。

そしてクリスタ・レンズに苦手意識があった原因も分かってしまった。

 

 

『そっか、クリスタに嫉妬してたんだ。ライナーから性的な視線が向けられている事に…』

 

 

自分がどんだけ女子力を磨こうが、ライナーとの関係は、親友止まりで終わっていた。

その愛する彼は、ずっとクリスタという少女だけに性的な視線を送っているという嫉妬。

それどころか、クリスタとの恋の進展を手伝ってもらおうと彼から頭を下げられた現実。

彼が恋敵と結ばれる為に自分の数少ない自由時間を割いて手伝わされた過去。

どう足掻いても自分がライナーと結ばれないと嫌でも分かってしまう未来。

 

 

『愛しているの一言でも言っておけばよかったのかな…』

 

 

――この関係を1人だけ知っていた人物が居る。

104期南方訓練兵団に所属していたクリスタの親友であるユミル・ゲッティンだ。

 

彼女は、1回だけライナーに向かって「フローラはお前の事が好きだったと思うぞ」と告げた

当の本人は、復讐相手という意味と受け取って、3年間も密かに抱いた恋心は届いていなかった。

更にライナーは、フローラが自分とクリスタの結婚式の仲介役をする妄想をしていた時があった。

それをウトガルド城の防衛戦中に“声”として届けられた彼女は、狂乱状態に陥った…。

 

 

『わたくしの人生の象徴だった手帳も残り1ページ…』

 

 

ライナーと初めて出会った時から彼が大好きだった。

それは知っていたが、まさか彼に恋心を抱いていたなんて想定外にもほどがある。

その真実を知った時、フローラの手は震えて字を書くのも辛くなっていた。

もはや残すのは、記録では無くメッセージしか書けない。

不思議と同期達に残すメッセージは頭にすぐに浮かんで書き殴れた。

 

 

『誰かが意志を継いでくれれば、わたくしの人生は報われるの…それってとっても美しいわ』

 

 

リーブス商会の会長のご子息であり幼馴染であるフレーゲル・リーブスと再会した日から…。

自分の過去を振り返って、終活について今まで考えた甲斐があった。

 

 

『逃げたい…救われたい…こんな残酷な世界から開放されたい…』

 

 

今までは鎧の巨人討伐という信念が中核となりフローラの精神を支えていた。

それが崩れ去った今、彼女は急速に生きる希望を無くして、この世から逃げたくなった。

 

 

『ようやくわたくしは本当の意味で自由になれるのね…清々しい気分だわ』

 

 

善は急げと、インクが乾くの待つ前に手帳を折り畳んで懐のポケットに仕舞って周囲を伺う。

 

 

「コニー、もっと速く!」

「こんなもん乗せて早く走れるかよ!」

 

 

自分の人生を示唆するように真っ赤な曇り空が目の前に広がっている。

そしてその日が沈む方向から巨人の大群がすぐそこまで迫って来ていた。

見張りのアルミンは、速度を上げる様に御者のコニーに指示するが過重で無理の様だった。

 

 

『…エレンなら最後までやってくれるはず』

 

 

フローラはミカサに膝枕されて寝息を立てるエレンを見た。

きっと彼なら自分の意志を継いでくれると…そんな気がした。

再び懐のポケットから調査手帳を取り出して床に置いてエレンの左手で重しとして押さえた。

 

 

「待って、何するつもり……!?」

 

 

ミカサは、親友がエレンに手帳を託したのを目撃した。

自身の記憶では、風呂以外では絶対に手放さなかった手帳を彼に託した。

それを意味するのは、1つしかない!

 

 

「ミカサ、物事には順番というのがあるのよ。今回はわたくしの番ってわけ」

「何を……まさか!!」

 

 

馬鹿な真似を制止しようとしたミカサにフローラは、アルミンの単眼鏡を手渡した。

彼女は、思わず受け取ってしまいそれを一瞥した後、親友の顔を見た。

既に緑色の外套のフードを被っており、彼女の表情は分からなかった。

 

 

「行きますわよ!!」

 

 

覚悟を決めたフローラは後ろを見る事も無く抜剣した。

程良い樹木のてっぺんにアンカーを突き刺して天空へと登っていく。

一瞬だけすれ違ったサシャとジャンの顔は決して忘れる事は無いだろう。

 

 

「行かせはしないわ!」

 

 

フローラに気付いた巨人が樹木に飛び掛かったが当の本人は飛び降りた。

慣れた手つきで巨人の鎖骨にアンカーを突き刺して落下した。

ブランコのように外に飛び出した彼女はアンカーを外して巻き取っていく。

 

 

「まず1体!」

 

 

落下しながら巨人の背後に回ってうなじ部にアンカーを突き刺した。

そして双剣を構えて巨人に突撃してしなる刃で巨人の肉を削いで離脱した。

最後に残った2本の刃は、主人に従うように応力に耐えて元の形状に戻ろうとする。

その痺れる様な感覚ですらフローラにとっては心地が良いものである。

 

 

『ここがわたくしの最後か…』

 

 

フローラは今まで人命を見捨てて来た。

トロスト区の防衛戦では、同期と民間人を見捨てた。

第57回壁外調査での巨大樹の森で調査兵の集団を見捨てた。

カラネス区の正門に帰還できる直前に落馬して自分に呼び掛ける兵士を見捨てた。

それが自分の番に回って来ただけだと感じていた。

 

 

『お前たちの相手は、このわたくしよ!』

 

 

フローラが所持するのは、ガス切れ寸前のガスボンベとたった2本の刃である強化刀身・2型。

連戦で疲弊して呼吸すら苦しく肉体は立体機動で悲鳴をあげて視界が酷く歪んでいる。

馬で逃げる事もできずに壁外の深部に1人で取り残されたので味方の救援も期待できない。

そして相手は、特に疲弊など気にしない18体の巨人の群れ。

更に後方からは、12体の巨人が迫って来ている。

勝ち目など最初からあるわけなかった。

 

 

「かかってきなさい!」

 

 

だが、フローラはその絶望的な状況でも笑っていた。

奇行種ではないのか、自分の姿を見て足を止めた時点で事実上勝利している。

今回は、コニーが操縦する荷馬車と護衛班がユトピア区に帰還できればいい。

それがこの戦闘の勝利条件なのだから。

 

 

「さあ、思う存分相手にしてあげるわ!!」

 

 

恐怖の感情が欠如した【エルディアの悪魔】は笑みを浮かべながら巨人の群れに飛び込んだ!

全ては、思う存分戦って満足して戦死して、この世から逃げて救われる為に!


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