進撃の巨人2~名もなき兵士という名の悪魔~   作:Nera上等兵

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99話 孤独の闘い

あらゆる生物はいつの間にか誕生し、最終的に死んで肉体は消滅する。

それが世界の理であり、大半の生物は子孫を残す事すらできずに散っていく。

その点では、文章や伝聞で“生きた証”を残せる人間は優れているとも言える。

たとえそれが全て無駄になって灰燼に帰すとしても。

 

 

「進めぇえええ!!」

 

 

もはやヤケクソ気味に馬を走らせる兵士達。

ここでアニ・レオンハートの入った結晶を抱えた鎧の巨人を逃がせば、犠牲は無駄になる。

心臓を捧げて散っていた兵士の為にも彼らは怯む事は無く追撃をしていた。

その鎧の巨人の居場所が把握できておらず、無駄に人命を散らしているとしても!

 

 

「ハァハァ…!」

「クリスタ!隊列から離れるな!!少しでも進路から外れたら死ぬぞ!!」

「大丈夫だ!別の班が向かったはずだ!!俺たちは少しでも巨人の注意を惹くだけでいい!!」

 

 

104期調査兵のクリスタもといヒストリア・レイスは必死に馬を走らせた。

6人で構成されていた班は、2名が落馬して残った1名は巨人に喰われてもなお、作戦は続行中!

班長と衛生兵に激を入れられた彼女は必死に手綱を握り締めるしかできなかった。

 

 

「クソ!!なんでまだ巨人が居るんだ!?」

「ここまで大騒ぎになれば、どんな鈍感でも気づくだろう!」

「もう帰っていいか!!俺は死にたくない!!」

「てめぇ!少女を置いて尻尾を巻いて逃げる気か!!」

 

 

とりあえず壁外へと出撃してしまったが、大半の兵士はすぐに後悔していた。

駐屯兵団が所有する馬は、調査兵団の馬と違って巨人を目撃するだけでパニックになる。

その上、撒きビシのように結晶の欠片が散乱しているのだからいつ落馬してもおかしくないのだ。

 

 

「巨人が居るぞ!進路を変更しろ!!」

「チッ!前に居た班は全滅したか!」

 

 

目の前に巨人が複数集まっており哀れな犠牲者を喰らっていた。

近くに馬が複数転がっており、先鋒となった班は全滅したと誰の目から見ても明白であった。

 

 

『えっ……あれはミーナの馬!?』

 

 

ヒストリアは、タテガミに2つのお下げが付いた馬に見覚えがある。

同期のミーナは馬を覚えるのが苦手なのでタテガミにおさげを作る事で発見しやすくしたのだ。

そしてその馬が地面に転がっているという事は…。

 

 

「ミーナああああああ!!」

 

 

巨人が喰っていたのは、黒髪の女兵士だった。

頭の大半どころか右肩まで喰われてしまって判別が難しかったがすぐに彼女は理解できた。

何故なら「フローラとお揃い」って自慢していたブリッツシリーズを身に着けていたからだ。

 

 

「馬鹿!!飛び出すな!!」

「クリスタ!右から狙われてるぞ!!そのまま進んで振り切れ!!」

 

 

思わずヒストリアが馬を前に進めた瞬間、巨人に気付かれて追われてしまった。

2名の駐屯兵からそう告げられた彼女は何としても逃げ切ろうと試みた!

 

 

「あああああ!!」

 

 

しかし巨人を振り切るどころか結晶を踏んだのか馬は転倒してしまった。

日々の訓練で転倒に巻き込まれる前に脱出できた彼女は、巨人と交戦するしかなかった。

だが、落馬した際に発生した激痛と衝撃で動きを止めた彼女はもはや喰われる末路しかなかった。

 

「えっ…」

 

 

そんな絶望的な状況だったが、巨人に捕食される寸前の少女を救ったのは想定外の存在だった。

唐突に出現した褐色の肌をしている【変異種】が彼女を食べようと飛び掛かった。

そこまでは良かったが、勢いをつけすぎて先客であった巨人と衝突して転倒してしまった。

どす黒い不気味な存在は足掻くが、衝突した巨人に両手の爪が刺さって抜けなくなったようだ。

 

 

「クリスタ!!助けに来たぞ!!」

「班長!!」

 

 

頼もしい班長が助けにきて喜んだヒストリアだったが、すぐに絶望する事となる。

 

 

「早く乗れ…ぇえぐぉあがぁあ!?」

 

 

顎の巨人型である異形の巨人はヒストリアの捕食を諦めきれないのか。

硬質化の爪を伸ばして暴れ回った際に班長の右胸から左腰を切断して上半身を吹っ飛ばす。

その勢いで小腸が傷口から飛び出したと感じる暇もなく残った下半身は地面へと転がった。

一瞬だけ呆けたが、生温かな返り血を顔に浴びて正気に戻った彼女は班長の馬に飛び乗った。

 

 

「こっちだ!!」

「はい!!」

 

 

幸いにも巨人たちは班長の死体を貪ったおかげで辛うじて撤退できた。

ただ、班長の手汗と温もりが残った手綱は、今なおヒストリアに恐怖を与え続ける。

これからどうすればいいかと思った時、黄色の信煙弾が次々と上空に打ち上がった!

 

 

「よーし!!作戦終了!()()()帰投するぞ!!」

「…分かりました」

「まだ終わってないぞ!!壁内に帰ってから友人の死を悲しめ!!」

「はい」

 

 

ミーナを失ったと実感し打ちひしがれたヒストリアは最後の班員に励まされて門へと帰還した。

ただ、彼女はもう1人、大好きだった同期が帰って来ないと知る羽目となる。

この世界は残酷で生きれば生きるほど苦しんで死ぬという法則は全員に圧し掛かる事となった。

 

 

-----

 

 

「あはははははは!!」

 

 

誰もが巨人に喰われそうになった時、泣き叫んで絶望して死んでいく。

そうでなくても絶大な力をもつ巨人と面を向けて対峙すれば何かしらの恐怖が浮かぶはずだった。

5年前の悲劇で記憶と恐怖の感情を失った女を除けば…。

 

 

「素敵!!狩りたい放題じゃないの!!素晴らしいわ!!」

 

 

巨人と交戦するにはチームで動く必要がある。

巨人と違って貧弱な人間は群れて知能と経験と技術で化け物と交戦しないと生き残れない。

リヴァイ兵長ですら刃とガス、どちらか欠けて馬が居なければ巨人に喰われるしかない。

一方、頭進撃娘は限られた手段で巨人を討伐できるのを悦びに感じていた。

 

 

「こんなにぃ!!いるのに!!まだぁあ!!わたくしをぉ!?喰えないの!?あははははあ!!」

 

 

刃の替え無し、馬無し、ガス切れ間近、敵地のど真ん中、補給の見込み無し、連戦による疲労。

ありとあらゆる死亡フラグが彼女を死に招こうと試みるが、本人は気にしていない。

 

 

「お……りゃあああ!!」

 

 

回転斬りで巨人のうなじを削いだ女兵士はすぐに別の巨人にアンカーを差して飛び回った。

ガス切れ間近であるので巨人の動きによる遠心力と姿勢で宙を舞うしかなかったのだ。

視界はすぐに真っ黒に塗り潰されて鼓膜は激痛で音どころか風すら感じない。

だが、彼女は最後までやり遂げるつもりだ。

 

 

『そこ!!あああぐううぅ!!』

 

 

右腕を薙ぎ払い巨人の首をぶっ飛ばしたのは良いが、右手に装備した刀身は半分に折れた。

それどころかその衝撃で右腕が大きく曲がってしまい、上手く指が操作できなくなった。

それでも握り締めてアンカーを射出し、討伐した巨人の鎖骨に刺して宙返りして飛び乗った。

そして左手で持っていたブレード付き操作装置を巨体に刺して空いた左手で右胸ポケットを探る。

 

 

「あ゙あ゙ぁ!!いいいいぃ!!最高ぉおおお!!」

 

 

別の巨人がフローラを捕食しようと飛び掛かっても彼女の動きは止まらない。

左の胸ポケットから鋼貨を取り出し、巨人の眼球目掛けて投擲をする!

見事に命中し、条件反射で左瞼を閉じた瞬間、彼女は死角に向かって落ちて立体機動を開始した。

 

 

「……あ゙あ゙ぁ!!」

 

 

酷使された大胸筋と腹筋は痙攣と同時に異常を痛みと共に頭脳に送る。

だが、言葉にできない痛みすら彼女にとって生を実感するスパイスに過ぎなかった。

ブランコのように飛び出したフローラは、右アンカーを外しつつ、左アンカーを射出する!

衝撃と共に射出されたアンカーは見事に左側にある顎二腹筋に命中した。

のを確認するまでもなく両脚を真上に倒して逆上がりし、双剣を構える。

 

 

『ああ、素敵…』

 

 

黄昏が染める景色はとっても美しかった。

何度も夕日を見てきたが、今日ほど美しくて寂しくて悲しいものは無い。

すぐに景色はグルグルと回り出して真っ黒を通り越して視界を赤く染めていく。

「ブチッ」という音と共に何も感じなくなってしまった。

とっても暗くて無音の世界で自分の意識が消えていく感覚、まるで死に際に見る光景のようだ。

 

 

『そこ!!』

 

 

だが、まだ運命は彼女を戦わせるようで視界が戻ったと同時に双剣で巨人の首を抉り取る。

三桁の巨人を討伐してきたせいでどこを斬れば、巨人の首が丸ごと飛ぶのを理解している。

視界が10秒以上真っ暗でも自分がどこの座標に居るのか理解できてしまった。

ああ、今までの経験、知識、知恵、戦績、直感、技能が活かされている。

人生で得たものを全て今この瞬間、全てを吐き出すように活かせるという幸福は彼女を喜ばせた。

 

 

『ああ、幸せ…』

 

 

強化刀身・2型という頑丈な刃とはいえ、たった2本で巨人を7体討伐できたのは最高記録である。

まだ10体も残っているし、後続に居た巨人12体が合流してきた。

その全てが目の前に居る1人の女を捕食しようとする絶望的な状況にも関わらず女は笑っていた。

だって、同期である104期調査兵たちは戦線離脱しており巨人の足止めは成功しているのだから。

失う物など自身の命以外に無いのでは、着地してもなお、思う存分に笑っていた。

 

 

『……ここが最後か、あはははは』

 

 

ヒューヒューとしか息ができず、これが虫の息かと他人事に思うほど彼女は狂っていた。

既にガスボンベにガスなどほとんど残っておらず、5秒間も立体機動できれば上等という有様。

恐怖を知らないが、愛を知ってしまった女にとって【死】は安息でしかなかった。

生を受ける時に激痛を受けるというが、死ぬ時も苦しんで死ぬ。それも盛大に苦しんで死ぬ!!

起きていればいつか寝るように生を受けていれば必ず死を迎える現実は、とっても残酷な世界だ。

 

 

『あはははは』

 

 

両親の仇を討つ為に生きて来た女は、その存在を無自覚に愛してしまっていた。

そして彼を討てる機会を喪失した。

今までやってきた全てが足元から崩れ去った以上、ここで有終の美を飾るのも悪くは無い。

手帳に残った最後の1ページが埋まったようにフローラという人生も幕を閉じようとしている。

だが、まだその時ではない!!

 

 

『最後まで闘え…か、キース教官。確かにその通りだわ』

 

 

近くにあった木にアンカーを差して枝を掴んで登ったフローラは、巨人を見てそう思った。

民間人も憲兵も同期も先輩たちも最後は絶望して死んでいった。

それを先延ばしをしてきたと自覚する女は、最後にキース教官の顔を思い浮かべた。

あんなに印象的だった強面も今ははっきりと思い出せない。

意識が朦朧としており、高山病にかかったような苦しさが彼女の肉体を蝕んでいた。

 

 

『ああ、あ?』

 

 

泣いていないのに視界は眼鏡が曇るようにぼやけたと同時に身体が異様に重くて動けない。

何故かと自分の身体を確認すると、右手で握る操作装置に繋がっているワイヤーが切れていた。

無意識に故障を察した肉体が意識を制止したようで死を間近にしても経験は裏切らなかった。

心残りはいくつかあるが、自分の技能と経験を誰かに継承できないほど悲しいものは無い。

だが、もういいのだ。

 

 

「ハァハァ…行きますわよ!!」

 

 

鼓舞するかのようにフローラは叫んで、近寄って来た巨人に飛び掛かる!

しかし、声を出したせいで居場所がバレてしまい右手で叩き落されてしまった。

両腕を交差して衝撃に耐えたが、その際に無事だったワイヤーも切断した。

これで二度と宙を舞う事はできなくなった。

 

 

『うぐっ!!?……あ、ああーやっちゃった』

 

 

致命的な失敗にも関わらずフローラは後悔よりも再度攻撃を試みる。

必死に双剣を構えようとするとさきほど討伐しようとした巨人と視線が合った。

 

 

「あははは…」

 

 

手を伸ばしてくる金髪の巨人が何故かライナー・ブラウンに見えたフローラは動きを止めた。

そのせいで右手で掴まれて口元へと持っていかれる事になった。

何故、そう思ったのか誰も理解できないし、理解する機会など無いだろう。

 

 

-----

 

 

「ん?」

 

 

振動で目覚めたエレン・イェーガーは真っ先に左手に違和感があった。

革による肌触りは決して忘れる事はできない。

軽く触れてみると手帳のようで持ち上げてみるとすぐに所有者が分かった。

 

 

「これは……あいつの……?」

 

 

目の前に持ってきて確認すれば、確かにフローラの手帳であった。

なんでこんな所に落ちているんだと思うエレンであったが、すぐに真上にミカサが居る。

膝枕してくれているようだが、それより表情が暗く見えるのは夕焼けのせいではないだろう。

 

 

『な、なんだ?』

 

 

顔を右に向けば、アルミンがミカサと同じ方角を見ていた。

なので顔を左に向いたエレンは……何も異常を発見する事はできなかった。

 

 

「お、おい…どうした?」

「エレン、今は休んでいて」

 

 

ミカサに質問したが解答が返って来なかった。

何故なのかと考えたが、少し嫌な予感がしていた。

入浴以外で決して離さなかったフローラが手帳を手放していた。

それを意味するのは…と考えたエレンはその思考を否定した。

 

 

『あいつが、あんな簡単にあきらめるわけがねぇ…着替えただけだろう』

 

 

同じく巨人をこの世から駆逐すると誓った同志だからこそ真っ先に彼女の死を否定した。

だが、同期たちの顔を見ると何故か、そんな感じがしてたまらない。

何か発言しようとすると代わりに頼りになるあいつが先手を打ってくれた。

 

 

「おい、死に急ぎ野郎!!ようやくお目覚めか!」

「ジャン、何があった?」

「それは後で話す!!まずお前はその手帳を無くすんじゃねぇぞ!!」

 

 

馬車と並走しているジャンの発言からフローラの生存する可能性が限りなく低くなった。

一体何があったのか分からないエレンは、ただひたすらに手帳を大事に握る事しかできなかった。

 

 

「正門が見えましたよ!」

「サシャでかした!!俺が信煙弾を打つ!!その間、見張りは任したぞ!」

「了解です!!」

 

 

フローラのおかげで巨人の追撃を免れた馬車とその護衛団であったが、危機は去っていない。

正門が開かない限り、アニの結晶体を壁内に入れる手段がないのだ。

しかも辺り一面に散らばる結晶体を避ける関係上、速度を落として進行せざるを得なかった。

壁に辿り着いても彼らは未だに壁外を彷徨っていたのだ。

 

 

「コニー!」

「なんだよ!!」

「…安全運転で頼むぜ。誰も失いたくねぇからよ」

「元からそのつもりだよ!!」

 

 

ジャンは今でもフローラが殿(しんがり)を務めた光景を忘れる事ができなかった。

そのせいか、コニーまで居なくなりそうに感じてしまい不安になってしまった。

だが、会話して安心した彼はいつも以上に冷静に信煙弾を上空に発砲する事が出来た。

 

 

 

「し、信煙弾を確認!」

「ん、あれは……開門しろ!!急げ!!はやく開門しろ!!」

 

 

黒色の信煙弾を目撃したユトピア区正門の守備兵たちが開門装置を操作する兵士に指示を下した。

すぐさま開門し、女型の巨人の能力者を包む結晶体を運ぶ馬車と護衛兵を招き入れた。

104期調査兵たちは急いで瓦礫の山となった壁内へと帰還する。

 

 

「やった!!やってやったぞ!!」

 

 

最初に叫んだのは、馬車を操縦する御者になっていたコニー・スプリンガーであった。

手綱は汗で湿っており、絞れば濡れ雑巾のように水分が出て来る予感がするほどだった。

それほど壁内に帰ってくるまで彼は生きた心地がしなかった。

 

 

「はい!ここです!!みなさん来てください!!」

 

 

次に発言したのは、サシャ・ブラウスである。

食欲よりもとにかく誰でも良いから人に逢いたかった。

そうしないと精神が潰れそうであったからだ。

 

 

「アルミン、大丈夫?」

「僕は大丈夫。うん、大丈夫だよ」

 

 

ミカサの問いかけにアルミン・アルレルトは簡潔に返答をする。

今でもあの窮地から抜けられたのは信じられなかった。

ただ、その代わりに代償を支払ったのを嫌でも知る事となる。

この場に居ない彼女を思うとどうしても視線が地面に向かってしまった。

 

 

「なあ、何があった?」

 

 

エレンの問いかけにミカサはなんて答えればいいか困った。

幾度となく自分のせいで誰かを失ってその度にエレンは苦しんでいた。

またしても彼が寝ている間に知り合いを失ってしまったのだ。

いや、生きていると思いたいのだが、最後に見た彼女の姿がどうしても目に焼き付いていた。

 

 

「フローラが追撃してきた巨人の群れに突っ込んで行っただけよ」

「……そうか。あいつらしいな」

 

 

最大限配慮したと思われるミカサの発言を聴いてエレンは追及を避けた。

きっと今でも戦っているのだろう。

そして後からやってきて文句の一言でも言って来るのだろう。

そう考えるしかできなかった。

 

 

「全くまたあいつに助けられちまったな」

 

 

身体が金縛りにあったように動かない。

意識がはっきりしているのに身体が眠っているのは違和感しかない。

そして何故かこういう時は、遠く離れた場所の音も聞く事ができた。

 

 

「エルティアナ総隊長が帰還しておりませんが…」

「みんなそうだ。ここから出て行った奴らがほとんど戻って来ねぇんだよ…」

「ピクシス司令はご無事なのか?」

「ああ、ピンピンしてる。おかげさまで指揮系統が首の皮一枚繋がっている状態さ」

 

 

悲観的になっている兵士たちの雑談が聴こえるのはまだいい。

 

 

「うぅ…」

「ぁー」

 

 

どこに居るのか分からない瀕死になった者たちの呻き声まで聴こえて来た。

嫌がらせの為に死神がわざと聴かせているのかと錯覚するくらい鮮明に聴き取れる。

さっきまで感情が爆発しそうだったのに今度は冷静を通り越して冷酷になった気分だ。

考えるのも億劫になってきたエレンは、再び瞼を閉じて眠る事にした。

 

 

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「アッカーマン隊長、どこへ向かわれるのですか?」

「王都に決まってるだろ。こんなしけた場所に居られるか」

「まるで死亡フラグみたいに言いますね」

「はぁー、どうして俺様の部下はこうも薄情なのかねぇ」

 

 

対人立体機動部隊隊長、ケニー・アッカーマンは呼び止めた部下に大袈裟に返答をする。

ポリポリと頬を掻いて周りを見渡せば瓦礫の山と火事、そして死体しかない。

超大型巨人とそれを上回る変異種のせいでユトピア区の中央部は壊滅状態にあった。

だからこそ人目を気にせずに移動できるわけであるが…。

 

 

「気に食わねぇな…」

「はい?」

 

 

副長であるトラウテ・カーフェンは上官の発言の真意が掴めず困惑した。

度々軽口や戯言を吐くが、建前だったり本性を隠す為に時折呟くのを知っている。

しかし、今の台詞は本音のような気がしたのだ。

 

 

「なあ、俺達の仕事って何だ?」

「変革の芽を絶やす事と調査兵団の監視、そして暗殺」

「なんで俺達まで巨人掃討に動員する必要があるんだ?」

「それは壁外勢力の侵攻に慄く王政上層部が我々をこき使っているからでしょ」

「いーや、違うな」

 

 

ケニーは1つ確信している事がある。

 

 

「あいつら、俺達まで消そうとしやがった」

「そんな馬鹿な…」

 

 

中央第一憲兵団は王都と守る憲兵でエリート中のエリートしか所属できないというのが表向きだ。

実際は秘密警察として機能しており、100年以上に渡って文明を停滞させてきた暗部である。

しかし、最近になってカラネス区巨人騒動により粛清の嵐が吹き荒れていた。

実際、対人立体機動部隊は同じく中央第一憲兵団所属の兵士を何名か殺害していた。

だが、王政に忠誠を誓い汚れ仕事をする手駒が少なくなった以上、弱体化は避けられない。

それなのに自分たちまで抹殺する気だと上官から告げられて口が塞がらなくなってしまった。

 

 

「つまりだ、俺達が居なくても何とかなる算段があの上級貴族様達にあるらしい」

 

 

と言いながらもケニーはその手段に気付いている。

いや、気付いているからこそ腹立たしい。

 

 

「幸いにもお人好しの嬢ちゃんのおかげでこっちも独断で動けるがな」

 

 

今までだったら従ったふりをするしかできなかったが今は違う。

フローラ・エリクシアが王国内にいくつか補給拠点を作っていた。

しかも、かなり用心深いのか王政に内緒に更に複数作っていたのだ。

わざわざ自分を殺そうとした組織にそれを知らせるのはどうかと今でも思うが。

 

 

「今は雌伏の時だが、その時になれば活躍してもらうぞ?」

「何を今更」

 

 

隊長の問いに対して対人立体機動部隊の構成員たちは動揺しない。

むしろ、彼の為に捧げる為に生きて来たのだから。

 

 

「ホラホラ、はよ歩け。さもないと暗闇の中を進軍する事になるぞ」

「フローラみたいに?」

「あんなイカレポンチになりたくねぇなら減らず口を叩かずにさっさと歩け」

 

 

あまりに異常すぎて逆に誰もが彼女の功績や伝説を隠さないといけないほどである。

最近では、角灯も松明も照らさずに真夜中に馬を走らせたという話も納得するほどだ。

だからこそ、今回もあのバカが何気ない顔で戻ってくるとケニーは思っていた。

 

 

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「本当に間違いないのか?」

「はい、念を押しました。拡大動員を解除しろとの事です」

「そうか、よかった…」

「し、司令!?」

 

 

北側領土最高責任者ジークフリート司令は、伝令の話を聴いて思わず地面に座り込んだ。

それを目撃した伝令は大慌てで近寄るが、彼はジェスチャーで下がるように指示をした。

 

 

「すまんのう、老体には進軍はきつすぎたようじゃ…」

「すぐに担架を用意させます」

「椅子でよい。わしはまだ地面に埋まる気は無いのでな」

 

 

拡大動員の報を聴いた時、ジークフリート司令は椅子から飛び上がった。

指令を出したのが3つの兵団を指揮するエルティアナだったからだ。

彼女は5年前までシガンシナ区の裏門の責任者であったからこそ説得力があった。

急いで彼は民間人で構成された4個大隊を指揮し、オルブド区からユトピア区に向けて進軍開始!

最悪の事態を想定していたが、ひとまず峠を過ぎたと分かった瞬間、疲労で座り込んだのだ。

 

 

「皆の衆、聴いた通りじゃ!衛生兵及び工兵3個分隊以外はオルブト区に帰還させる」

「むしろ、ユトピア区復旧の為に大隊を派遣した方がよろしいのでは?」

「この進軍に兵站など考慮されておらぬ!!」

「アッハイ。承知しました」

 

 

そもそもこの拡大動員は、少しでも壁内人類を減らす作戦でもあった。

なので戦闘が発生しないのであれば、無意味の部隊である。

 

 

「ファルケンハイン班長、ご苦労であった」

「ありがたきお言葉…「やめじゃやめじゃ!堅苦しいやり取りはもうしたくない!」」

 

 

シガンシナ区出身のファルケンハインが未だに警戒しているのを見た彼は肩の力を抜かせた。

845年のシガンシナ区防衛戦に唯一参加していないせいか、どこか死に場所を求めている。

だからこそエルティアナが彼を自分の元に寄こしたのだと分かる。

未だに鞘から刃を抜いて操作装置に取り付けている状況を見れば尚更だ。

 

 

「君にしかできない仕事はまだ残されておる。気に病むなよ?」

「……はい」

「希望というのは信じないと発生しないものじゃ。よいな?」

「はい」

 

 

ピクシス司令と双璧を成す駐屯兵団のトップの言葉で無理やり前を進ませた。

ただ、ジークフリート司令自体は確認の為にユトピア区に向かわねばならない。

北部領土の責任者である以上、それは義務であった。

 

 

『嵐は去ったが、まだ荒れそうじゃな…』

 

 

人類最北端の領土、ユトピア区に1万の兵力を動員して2千名以上が戦死、もしくは行方不明。

その2倍以上の兵力が負傷するという壁内人類の歴史上大惨事なのは間違いない。

聴くだけ憂鬱になりそうな情報を知らされる前ではあるが、予想はできてしまう。

これからの後始末を予測してしまい、明日など来なければいいと思うジークフリートであった。

 

 

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どんな事が起ころうとも時間の流れが止まるわけではない。

あれほどの激戦を繰り広げたユトピア区にも夜が到来し、明日を迎えようとしている。

唯一存在感を誇示するユトピア区の正門にある建物に数名の調査兵が俯きながら歩いていた。

 

 

「あいつ、結局帰ってこなかったな」

 

 

今でもコニーはフローラを見捨てた事に後悔していた。

取捨選択で軍人として最善の選択肢を選んだつもりだが、やはり悔やんでしまう。

 

 

「正直、もう望みは薄……」

 

 

ジャンは既にフローラが戦死したと分かっている。

でなければ、晩飯までに帰って来て大騒ぎするあいつがこんな時間まで戻って来ない訳が無い。

彼女の所持していた装備を目撃したせいか、巨人を掃討するなど不可能だと分かっていた。

 

 

「帰ってきますよ!」

 

 

そんな暗い話を掻き消すようにサシャは大声で反論をした。

 

 

「きっと……必ず!」

 

 

とはいえ根拠などない。

トロスト区防衛戦と奪還作戦で朝まで同じ食堂で飯を食った同期の大半が戻って来なくなった。

あの時もきっとみんながドッキリを仕掛けていると思ったものだ。

だが、現実は非情で後日のトロスト区清掃活動で変わり果てた同期の死骸を目撃して分かった。

これは夢ではなく現実なのだと。

なのでサシャもフローラが戦死していると思っているからこそ大声で否定した。

 

 

「それにヒストリアが待ってますよ。ユミルと違って彼女を泣かすわけがありません」

 

 

正門から目立つ建物の屋根の上にヒストリアが三角座りで待機していた。

彼女が交わした約束は知らないが、約束をした事実は知っているのできっと帰って来るだろう。

彼らが出来る事といえば、少しでも正常心を保って軍人らしく行動をする事である。

 

 

「なあ、団長!ちょっと手勢を率いて正門から出て良いかな?」

「分隊長、さすがに無理です。諦めましょう!」

「何言ってんだい!あの子の継戦能力を舐めるなよ!きっと今でも戦ってるって!」

 

 

調査兵団第四分隊を指揮するハンジ分隊長は、団長に捜索隊の出撃許可を申請していた。

モブリットの提言すら諦めの悪いハンジの起爆剤となった。

しかし、ハンジの懇願を聴き続けているエルヴィン団長は首を縦に振ることは無かった。

 

 

「言ったはずだ。彼女も軍人、民間人と違って救出義務などない」

「馬鹿だね!ホント馬鹿だね!!あの子は装備がないからここに戻れないだけだよ!!」

 

 

可愛がっていた部下が戻らないと知ったハンジは何度もエルヴィンに直訴していた。

何度も申請を蹴られても詰め寄って同じ事を繰り返している。

 

 

『俺だって同じ気持ちだハンジ…ただこれ以上兵力は割けないんだ…分かってくれ』

 

 

薄情に見える団長こそがもっともフローラが戻って来ないのに焦っていた。

もちろん、純粋な戦力というのもあるが、それ以外にも彼女が居ないとまずい事がある。

 

 

『彼女を失うと調査兵団と各兵団を繋ぐパイプを失うのが痛いな…生きて欲しいが…』

 

 

エルヴィンも驚いた事だが、フローラの人脈は凄まじく根深いものであった。

今期入団した新兵なのに駐屯兵団や憲兵団のトップ、総統局のザックレー総統と親しい仲なのだ。

それどころか複数の商会や中央第一憲兵団、ウォール教や王政幹部まで交流がある有様。

特に妨害してくる王政の対応をしてくれるのはエルヴィンにとってありがたいものであった。

 

 

『あの時、念を押しておくべきだったか…』

 

 

第57回壁外調査の時にエルヴィンはフローラに「死ぬな」と命じていた。

ちゃんと理解した反応を示したので安心していたが「死なない」と言質を取っていなかった。

そのせいでこの結末を迎えてしまい彼は今後の調査兵団の活動に頭を悩ませるほどである。

 

 

「兵長、そろそろお茶を控えた方がよろしいのでは?」

「何を言ってやがる。まだ飲み始めたばかりだぞ」

「でも4杯目ですよ?さすがに水分を取り過ぎでは…」

「ああ、そうだな」

 

 

調査兵団特別作戦班の4名がプレゼントしてくれたティーカップからは湯気が立ち登っている。

本来ならこの時間に紅茶を飲まないのであるが、今日だけは少しだけ飲むつもりだったのだ。

ペトラ・ラルの進言を否定するリヴァイ兵士長であったが、彼女の一言で反論できなくなった。

よく考えれば、ティーカップもお茶もフローラが買ったものである。

これでは上官としての示しがつかないではないかと考えてしまうほど彼は動揺していた。

 

 

「…ところでオルオはどうした?」

「壁に向かってブツブツ文句言ってますよ。なんでもフローラと特訓の約束をしてたとかで」

「……そう簡単に割り切れないか」

 

 

エレン・イェーガーの能力を最大限引き出せる班編成を考えていたリヴァイも同様であった。

当初の予定では、104期南方訓練兵団出身者の全員を特別作戦班に加える予定だったのだ。

特に【斥候及びメンタルケア要員】であるフローラの欠員は想像以上に痛かった。

もし、ノコノコと生還していたらオルオと一緒に小言でも言ってやろうかと思うほどに…。

 

 

「嫉妬しちゃうくらいに皆から愛されてますね」

「そのせいでこっちは大損害だ、エルヴィンも別の意味で頭を痛めている事だろう」

「でも羨ましくあります。だって、ようやくみんな正常な思考に戻ったんだなって…」

 

 

調査兵団の歴史は大勢の死者と一握りの生存者によって成り立っている。

過去に5回も構成員が壁外で全滅しており、その度に負傷で引退した元調査兵が再建するほどだ。

それほど死が間近にあるからこそ皆は割り切って死を受け入れすぎたかもしれない。

未だに自分に信念や約束を託していった兵士達の顔を忘れる事ができないリヴァイも同様だった。

 

 

「帰って来ないのはあいつだけじゃねぇんだぞ?それは分かっているな?」

「えぇ、分かってます」

「他所に同じ事を言うな。良いな?」

「分かりました」

 

 

ユトピア区に返って来ないのはフローラだけではない。

行方不明者を含めて2千名以上居るのだ。

故にペトラを咎めたリヴァイはストヘス区産の上質な紅茶を飲み干した。

それでもリヴァイは、あの問題児がきっと戻ってくると思っている。

だが彼女は、2度とユトピア区に戻って来ることは無かった。

そして自室があるカラネス区の兵舎にも永遠に戻って来る事は無かった。

 

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