天使たちがいなくなったすぐ後、赤根沢先輩の通報によって【終末アサイラム】の人たちが駆けつけた。
学園の状況としては、【ワイルドハント】にマグネタイトを吸われたせいで、ほとんどの人が倒れていた。
全員がすぐに意識を取り戻し、体調不良も一日休めば回復できたようだ。
だがアブディエルを召喚したマナは、そうはならなかった。
彼女はアブディエルに多量のマグネタイトを奪われていて、一時はかなり危険な状態だった。
幸いにも覚醒した医師による心霊手術によって、魔力のパスを無事に切断できらしい。
数週間入院する必要があるが、命に別状はないのだとか。
ということを、神主本体が教えてくれた。
「そこそこの大騒ぎになったね。ガス漏れによる集団昏睡ということにしておいたけど、さすがに怪しすぎるよね。まあ、みんな気絶してたみたいだから、キミが疑われることはないと思うよ」
「軽子坂学園で起きた大事件ですか。魔界送りにならなかっただけヨシ!……とは言えませんよね。アブディエルは逃がしちゃいましたし、これからの天使の動きにはいっそう気をつけないと」
「そうだね。まずはその大天使の話からしようか」
神主はPDAを操作して、学園周辺の地図を表示した。
「大天使を召喚した女の子は、どうやら地元のメシア教会に通っていたようなんだ」
地図の一点をタップして、その教会にピンを立てる。
「ちなみにその子の携帯を解析した結果、どうやら彼女が持っていた召喚プログラムは、ハザマ……今は赤根沢だったっけ。彼が持っていたものとは違うらしい。召喚できるのは
天使限定で、しかもセーフティのない危険なものだった。あんなの使ったら、召喚者がマグネタイトを搾り取られた上で反逆されるの待ったなしだよ。彼女が生きているのが不思議なくらいさ」
「マジですか」
なんだその害悪プログラムは。
「その天使召喚プログラムなんだけど、スティーブンから送信されたものとかなり近いようなんだよね。赤根沢くんが改良してくれたからこそ分かったんだけど、基本は同じで後付けされたものが違うらしい。どっちにしろ危険なものには違いないけどね」
うん、ちょっとこんがらがってきたぞ?
「ええと、つまりスティーブン製のと赤根沢先輩のとメシア教会のの三つがあって、スティーブンのとメシア教会のは特に危ないってことですか」
「まあね。スティーブンの方は愉快犯の邪神が関わってるぽいね。メシア教会の方も似たようなものだけど、流通ルートが違うらしい。たぶんメシア教会員に配布されて、そこからさらに拡散しようとしてるんじゃないかな?まだ他に大天使が召喚されたって話は聞かないから、たぶんキミたちが遭遇したのがテストケースだったと思うよ」
なるほど。マナを実験台に使ってそれが成功したら大々的に天使召喚をしようとしていると。
「それってとてもマズくないですか?」
「うん、マズいね。だからぶっ壊した」
「ぶっこわ
なに言ってるのこの人怖い。
「運がいいのか悪いのか、速報が入ったタイミングでちょうど黒札会議があってね。しかも内容が国内に残るメシア教過激派への襲撃について。ならば電撃作戦だって、みんなで突っ込んだんだ☆」
「☆」じゃねえよ。
組織の上位陣が気軽に暴力振るいすぎなんだよなあ。
ちなみに黒札とは組織内で使える特別なブラックカードのことであり、また、それを配られた俺たち【終末アサイラム】の上位陣の別名でもある。全員がレベル30越えのスカウター破壊者と言えば、そのすごさが理解してもらえるだろうか。
全員が全員どこかしらの危険な異界の最前線で戦っていて、彼らのおかげで日本の異界化を食い止められていると言っても過言ではない。
しかも、全員あたまのどこかがぶっ壊れているとも噂されている。
その噂は本当だったんだなと、今の話で納得した。
「まあそういうわけで、
「しぶといですね。まあ次に見つけたら、俺たちがボコしますんで」
胸元のホルスターに収まっている魔封管を撫でる。
あの後サマエル(ベビー)とは正式に契約し、ついに俺にも初の仲魔ができた。
これでいっぱしのサマナーを名乗ることができるだろう。
「頼もしくなって何よりだ。それで話の続きだけど、今は天使召喚プログラムを強制停止させるワクチンプログラムを作っているとこ。これができれば、この後の被害をかなり抑えられる」
すでに召喚された天使を送り返せないらしいが、それ以上の被害拡大を防げるのは大きい。
「悪魔召喚プログラムの方は、赤根沢くんのバージョンを元に改良を続けているよ。今のままだと初回起動時にランダムな悪魔を召喚しちゃうから、それさえ取り外せればもう一歩で配布できる」
「つまり先輩のはデビサババージョンってことですか。初回の強制召喚を無くせたとして、配布しちゃっていいんですか?」
「もちろんセーフティをつけるし、渡す人も厳選するよ。それだけでも戦力が大きく上がるのは間違いないしね」
悪魔召喚プログラムは使う人によって危険なものになるから、面白さに一直線な傾向の強い【俺たち】が持つのはちょっと不安だ。
でも大破壊を回避するためには、思い切った手を打たないといけないとも思う。
「そう、赤根沢くん。彼は本当に天才だね。ハザマにならなくて本当によかったよ」
「そうだ、あの人は今どうなってます?いちおう俺たちの味方をやってくれたんですけど」
「うん、性格については原作ほどひねくれてないし、大丈夫だと思うよ。今も【俺たち】の話を聞いて、快く協力してくれているよ」
「こころよく?」
神主が笑顔すぎて、嫌な予感がする。
「天使召喚プログラムの解析も、悪魔召喚プログラムの改良も、彼がものすごい速度でやってくれているよ。いや本当に、キミはいい人材を見つけてくれた。感謝するよ」
「それ赤根沢先輩大丈夫なんです?脅して無理矢理ブラック労働させてません?」
「大丈夫大丈夫。なんたって本人が乗り気だし。悪魔とか魔界とかの話をしたら、自分も霊能力を使いたいって覚醒修行の予約までしてきたよ」
「魔神皇にならないかの心配まで出てきましたが!?」
「でもあの悪魔召喚プログラムのせいで、すでに覚醒できてるっぽいんだよね。スキル獲得してないみたいだけど。あのプログラム、一般人の強制覚醒には使えるかもね」
「そんなことまでできるんですか!?あのプログラムヤバイが過ぎません!?」
「まあ、強制召喚された悪魔を倒せないと結局死ぬけどね。他人が協力しても大丈夫だから、サポートつければ覚醒者を一気に増やせそうだ」
「ああなるほど、デビサバは協力して倒してましたよね。って、アレも一般人が使って事件を起こしてましたよね?」
「だから覚醒修行の最終手段かな。アレで一発で覚醒しちゃったら、今まで苦労した人たちが暴れそうだしね。頑張った人への救済措置にするつもりだよ。それにまだランダム性が強すぎて、未覚醒者だったらマグネタイト使い果たしそうな強いのも出て来ちゃってるしね」
「やっぱ自爆しかねないから、そんな機能はいらないのでは」
「レベル上限を設定すれば大丈夫でしょ」
神主は楽天的なことを言っているが、チートな神主の基準に一般人がついていけるわけないと思う。
でも、プログラムの配布は無しで、覚醒のためだけに使われるのならアリか。
覚醒者を増やすのは戦力的にも重要だし、神主が管理しているなら大丈夫だろう。
「こっちからの話はそのくらいかな。他に聞きたいことはある?」
「えっと、さっきの話だと、例の天使を召喚したあのマナも覚醒してるってことになりますよね」
「そうだね。彼女も覚醒してるね。精神的にも不安定になってるからそっちでも治療が必要だね。そういうところを、メシア教につけこまれたんだろうけど。あ、そうだ。キミが彼女の心のケアやってみる?」
「お断りします。できれば俺に絶対に近づけない方向でお願いします」
俺が会いに行ったら、ストーカーが加速するに決まってる。彼女の気持ちに応えるつもりがないのだから、二度と会わない方がいい。
「なら他の人に任せることにするよ。彼女の場合は、家族全体をなんとかした方が良さそうだしね」
マナが暴走していた時、家族から愛されていないようなことを言っていた。根本的な治療をするために、原因である家族の事情を探る必要があるだろう。
また、覚醒するとマグネタイト量が増えるので、それだけ野良悪魔に襲われやすくなる。本人だけでなく家族も危ないだろう。
大天使を召喚して生きているのだから、元からマグネタイトが多かったのかもしれない。
なのでせめて、自分の身は守れる程度には強くなってもらいたい。
とことん鍛えればいい戦力になるかもだけど、あの性格だと無理そうな気がする。
少なくとも俺は絶対に関わりたくない。
「まあ、そうだよね。キミには葛葉ちゃんがいるしねえ」
にこにこ笑う神主がちょっとムカつくが、残念なことに反論できない。
「あ、そうだ。その葛葉に、家に来ないかって言われたんですよ。いちおう別の組織だし、何か礼儀を通す必要ありますかね?俺が【俺たち】の代表って顔しちゃマズいですよね」
「友達の家に遊びに行くだけなら気にする必要ないと思うけど……ちょっと待って。どう誘われたのか教えてくれるかな?できれば一言一句同じように言って欲しいんだけど」
「ええ、なんですかそれ。からかうネタにするつもりですか」
「全然そんなことないよ。本当に重要だから、よろしく頼むよ」
「本当ですか?ええと、ちょっと前のことだからそのまんまとは言えないかもですけど」
頑張って記憶をたぐる。
「普通に、『葛葉の家に来ないか?』って言われましたね。準備があるから1ヶ月後にって……もう半月くらいですけど」
「なるほどそれで?他に何かいってなかった?」
「他にですか?うーん。あ、なんでか知らないですけど、俺は『ひとり』か聞かれました。どういう意味でしょうかね」
「たぶん、兄弟がいるかってことじゃないかな?キミは一人っ子だったっけ」
「ですね。親戚はけっこういるんですけどね」
「そうかそうか。なるほどなるほど」
神主はうんうんと頷いている。
「それで、どういう意味かわかります?」
「いいよ」
「えっ?」
「ぜひ行ってくるといい。こっちのことは心配しなくていい。キミは転生者の一人ではあるけど、この世界に生きる人間の一人でもある。だから好きなように生きていいんだよ」
いきなり何を言うんだこの人怖い。
「葛葉家の方には、こっちから連絡を入れておこう。なに、悪いようにはしないから、任せてくれよ。ただし、むこうにナメられないようガツンと決めるように。組織同士の友好でもあり、戦いでもあるんだからね」
「はあ、わかりました」
遊びに行くだけで、どんな戦いがあるというのだろうか。
「まだ時間はあるみたいだし、しっかりと準備を整えていくといいよ。支援を惜しまないから、やりたいことがあったらどんどん言ってくれたまえ。そうだ!どうせなら、異界攻略とかして箔を付けるといい。ちょうど参加者を募集しているところがあるから、葛葉ちゃんも連れていくといいよ」
「ありがとうございます。部外者いてもいいんですね」
「当たり前だよ。今のアサイラムは【俺たち】以外のメンバーの方が多いくらいだよ。前線では戦えなくても、サポートやら露払いくらいはできるからね。キミさえよければ最前線組に紹介するけど、どうする?」
「ははは、やめてくださいしんでしまいます」
「そう?そろそろ狩り場のレベルを一つ上げてもいいと思うんだけど。葛葉ちゃんも転生者じゃないけど意外と強いじゃん?Rの上位かギリギリSRくらいの才能はあると思うんだよね」
「そこまで強かったんですか?あんまり気にしてませんでした」
「強いよ。そうでなきゃ、天使をひるませるほどのムドなんて撃てないって」
神主は楽しそうに笑う。
「じゃあ異界攻略は三日後から始まるから、よろしくね。詳しくは後でメールしておくよ。葛葉ちゃんにも言っておいてね」
「ずいぶん急ですね。いちおう了解しました」
勢いに流されて色々とスルーしてしまった。神主のすることだから、多少ハードではあっても本当に死ぬことはないだろう。
そうであってほしい。
◇◇◇
【幕間:とある少女の夢】
夢を、夢を見ていました。
わたしはわたしが大好きな人の隣に、わたし以外の人がいるのを見て悲しくなりました。
わたしだって好きなのに。わたしの方が好きなのに。
そんな気持ちが強くなって、力強い声に後押しされて、気がつけば彼の胸に刃を突き立てていました。
こんなことをするつもりじゃなかったのに。
彼を傷つけたくなかったのに。
そう嘆くワタシに向けて、本当にそうだったのかとわたしが問いかけます。
だって彼の好きな人を傷つけたら、彼も傷つくにきまってます。
ワタシは「わからない」と言いながら泣いています。
心がぐちゃぐちゃになっていて、なんにも分からなくなっているのです。
悲しくても、泣いてばかりじゃどうにもならないのに。
見ていることしかできない
苦しくて、痛くて、辛くなって、それが彼を傷つけた罰だと思った時、彼の隣にいたあの人に助けられました。
どうして?なんで?
これは哀れみ?それとも勝者の余裕?ワタシにはそんなものは要らない。放っておいて、と言いました。
でも、その人は首を横に振りました。
「ワシには父はおらぬ。母もおらぬ。兄弟姉妹もおらぬ。家にいるのは血の繋がらぬお婆様と、使い魔だけじゃ。だからワシは、血の繋がった家族がいる
その言葉に、ワタシはとってもムカつきました。
血の繋がった家族がいても、ワタシのことを見てくれないなら、いないも同じ。
お兄ちゃんのくせに、体が弱いという理由でパパとママの愛を奪っていくから嫌い。
彼から愛をもらえる場所を、ワタシから奪っていったあなたが嫌い。
ワタシはそう言いました。
「家族から愛がもらえなくとも、家族に感謝を伝えることはできるじゃろ。ワシは母の優しさも、父の頼もしさも知らぬのだ。家族と同じ家に住み、家族と食卓を同じにできる喜びを知らぬのだ。其方は、母の手料理を食べられるのだろう?父から贈り物をされるのであろう?それこそが愛ではないのか?」
ママがご飯を作るのは当たり前でしょ?パパが物を買ってくれるのは当たり前でしょ?そんなの愛じゃない。
「ワシは、その当たり前がないのじゃ。お婆様も使い魔も、ワシを助けてくれている。だが時々、寂しくなる。当たり前のことをしてくれる家族が欲しくなってしまうのじゃ。手に入らぬものほど、空の星のように光り輝くのであろうな」
そんなの知らない。なに言ってるか分からない。
ワタシはそう言うけれど、認めたくないだけだとわたしには分かりました。
ワタシは愛されていたけれど、その愛だけでは満足できなかったのです。
パパとママはお兄ちゃんにかかりきりだったけど、ワタシを見捨ててはいなかった。ワタシは家族を嫌いだと言ったけど、家族はワタシを嫌いとは言わなかった。
悪いのはワタシの方だと、気付いてしまいました。
今まで小さい子供のようなワガママを言っていたことが、とても恥ずかしくなりました。
でもそれをそうだと言えないから。ワタシはただただ泣きました。
泣いて泣いて、泣き疲れて、体の水がすべて流れてしまうのではないかと思いました。
そうしているうちに、わたしは眠ってしまいました。
………………
気付くと、朝になっていました。
近くで鳴ってる目覚まし時計に気付くまで、しばらくぼうっとしていました。
またわたしは、誰かの夢を見ていたようです。
夢の中身はすぐにどこかへ行ってしまったけれど、とても悲しかったことは憶えていました。
夢見心地のままご飯を食べて、気分転換に散歩に出ました。
いつもの景色が少しだけ、ハッキリしているように見えました。
そして、会いたかったあの人に会うことができました。
「かなみちゃん、おはよう」
声をかけてきたのは、隣に住んでいるお兄さんでした。昔からよく面倒を見てくれた、優しくて大好きなお兄さん。
最近は忙しいみたいから、今日は会えてうれしかったです。
「かつくん、おはよう。大きな荷物だね。どこかにお出かけするの?」
「実は、とある事情で学校がしばらく使えなくなっちゃってね。ちょうどいいから日数かかるバイトに行くことにしたんだ」
「ふうん。それって、彼女さんもいっしょ?」
「かっ、彼女!?いや葛葉は彼女ってわけじゃないけど……。でもまあ、今回は一緒に行くことになってるよ」
「それで、その人はいい人?」
「うん、いいヤツだよ。いろいろと助けてもらってる。だから、俺も助けたくなるんだ」
「そっか。よかったね」
ちょっとだけ、夢の中のワタシのことを思い出しました。でもまたすぐに、それは消えてしまいました。
「かつくん。がんばってね。負けちゃダメだよ」
「うん?ありがと。頑張るよ。そろそろ時間だ。かなみちゃん、またね」
お兄さんは手を振って行ってしまいました。
わたしの初恋は終わってしまったみたいだけど、どうしてか心はスッキリしていました。
【由託かなみ】
唐突に出てきて失恋した可哀そうな少女。伊吹とは三歳差なので同じ学校に通うことすらできない。
夢という形で他人の精神に入り込むことができるが、コントロールできない上に内容もほとんど憶えていない。だが記憶していないだけで経験にはなっているため、年齢より大人びている。
伊吹が気になってからは伊吹の関係者の夢を見ることが多くなり、さらに伊吹に惹かれるという悪(?)循環していた。
吹っ切れられてよかったね。
未覚醒。
今後の出番は今のところありません。