でもまだ終わってないので更新速度は落ちます。
【伊地知潔高】
伊地知は真面目な性格がとりえの男だ。
霊能者の家系の生まれなのにその才能はほとんどなかったが、それでもできる仕事はあった。
成人した彼は、国家の霊的守護を担う省庁に勤めることにした。
才能のある親戚は国家の霊的守護の最前線たる根願寺に所属し、結界の維持や国外勢力への牽制役という重要な位置に就いていた。
彼はそのような役はとうていできなかったが、自分の才能のなさを恨んだりはしていない。自分のできることをコツコツこなしていくしかないと、真面目に仕事に取り組んでいた。
今日は、要人の送迎役としての仕事だった。
根願寺が盾とすれば、剣の役割を果たしている旧家の一つ、葛葉家。その一人である少女を迎えに、車を走らせていた。
黒塗りの高級車はとてもよく整備されていて、本物の手足のように動いてくれる。
高級車の外見から周囲の車は距離をとり、煽られることもない。送迎の仕事は、彼が好きなものの一つだった。
葛葉の大きな屋敷に到着し、少女を車へと案内する。その衣服は仕事着でもある羽織袴で、簡素でありながら可憐さを感じさせる。
このような少女が強力な力を持っているということが信じられないが、霊能力とは見た目に現れるようなものではない。
荷物をトランクに収めて運転席に戻ったとき、仕事の詳細を思い出した。たしか彼女ともう一人、同行者がいたはずだ。
「申し訳ありません。同行する方はどちらでしょうか?」
「駅へ行ってもらえますか?そこにいますので」
「駅ですか?わかりました」
てっきり、葛葉の家に住み込みで働いているのかと思っていた。
年頃の少女が一人で泊まりの仕事に出るのは難しいだろうから、その世話役でも連れて行くに違いないと思い込んでいた。
それとも、その世話役は住み込みでないだけだろうか。
言われたとおり駅へと向かい、駐車スペースへと停める。
すると少女が外を見て、顔をほころばせるのがバックミラーに写った。
車を降りて待つと、一人の少年が携帯端末を確認しながら近づいてくる。
どこにでもいるような、普通の少年だ。
大きめの荷物とともに、刀らしき長物が入った袋を担いでいる。
「迎えの人ですね。今日はよろしくお願いします」
礼儀正しく、というよりかは幾分フレンドリーに声をかけてきたことに不満はない。
だが、伊地知はわずかに眉を寄せた。
「あなたは、葛葉さんの何なんですか?」
「え?」
「彼女は、我が国の霊的守護を担う旧家の一つ、葛葉家のご令嬢です。見たところあなたはごく普通の一般家庭の方のようですが、そのあなたがなぜ、葛葉さんの同行者に選ばれたのでしょうか。この度の任務は、首都の防衛に関する一大プロジェクトなのです。あなたがどの程度の能力があるかは分かりませんが、遊びのつもりでいては命に関わりますよ?」
伊地知としては、意地悪で言ったわけではない。自分と同じく才能のない者が、無駄に命を失うのがしのびない。そう、彼のような一般人が、自分よりも強い霊能力者のわけがない。そう思ったからこその忠告だった。
「ええと、まず俺は、葛葉のクラスメイトであり、パートナーですね。もちろん相棒的な意味でですよ。今回の任務についても、ざっくりとした内容は聞いてます。異界の攻略ですよね。詳しい話は守秘義務があるから、まだ聞けてないんですけどね」
へらへら笑いながら話す少年に、伊地知は眉間のしわを深くする。彼は任務の重大さがわかっていない。
国家を守る仕事である上に、それを成す葛葉の少女を危険にさらす可能性もあるのだ。
少年を説得するためさらに言葉を続けようとしたが、その前に車の中から声をかけられた。
「伊地知さん、なにか不都合がありましたか?」
「いえ、彼が……」
「よう、葛葉、元気だったか?前は大変だったな。疲れは残ってないよな?」
「もちろん。今日はよろしく」
葛葉の少女がドアを開けてしまい、少年がそこから乗り込む。
伊地知は小さくため息をついて、運転席へと戻った。
車内では、少年と少女が楽しそうに話をしている。
少年の言葉に少女が一言二言を返すばかりだが、それでも楽しんでいるのは表情でわかった。
車を走らせながら、伊地知は自分で理解できない不満を募らせていく。
少年少女のやりとりに嫉妬しているわけではない。そもそも自分はすでに成人していて、少女は恋愛対象に入る年代ではない。
ならばやはり、才能だろうか。一般人にしか見えない彼が、葛葉と並ぶ才能を本当に持っているのだろうか。
心の内面に沈みそうになった時に、生来の生真面目さが自分の仕事を思い出させた。
「話が盛り上がっているところ恐縮ですが、お二人はこの度の任務について概要しか知らないのですよね?私から詳細についてお話しするよう言われているのですが、今からでよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
葛葉の少女を差し置いて少年が答えたことにまたイラだったが、それを飲み込み話を続けた。
「この度の目的地は、東京に古くからある隔離された異界です。首都の守護としてすべての異界を排除すべきだと思われるかもしれませんが、それは必ずしも最良とは言えないのです。古来より『完成された後は衰え滅びゆくのみ』とされています。江戸の世を打ち立てた神君家康公はそのコトワリを逆手に取り、自身の神殿である東照宮の柱のひとつを逆さにすることで、永遠に続く未完成の建築を成しました。その手法は東京という都市の建造にも活かされました。街中にわざと異界を残すことで、霊的に不完全な永遠に続く未完成の都市としたのです」
伊地知はつばを飲み込み、喉の調子を整える。
「その異界こそが、【東京無限樹林】。今回攻略していただく場所になります」
「東京無限樹林」
「はい。以前より、入ったら二度と出てこれない禁足地として有名な場所でもあります。一般人が立ち入れないよう封鎖はしてありますが、なにぶん周辺は住宅地になってしまっているので大げさな封印はできていません。本当ならばそのまま維持を続けたいところだったのですが、昨今の霊脈の活性化の影響で、その異界から悪魔が漏出する危険があると警告を受けました。住民を危険にさらすわけにはいかないということで、この度の任務が発令されたというわけです」
「なるほど」
少年はもっともらしくうなずいている。
「異界の中は外の環境とほぼ同じで、人の入らない雑木林となっています。出現する悪魔の傾向としては、【妖獣】と【邪龍】の二種族が主に観測されています」
「式神による調査ですか?」
「その通りです。式神ならば調査用の使い捨てと割り切って使用することができるため、帰還を考慮することなく異界の奥まで侵入させることができます。数年前は悪魔の気配すら存在しなかったのですが、近年になって発見されました。地脈の活性化の影響もあるのでしょう、今年に入ってからはその数を増してきているので、早急な対応が必要になったのです」
伊地知の説明に、少年は難しそうな顔で何かを考え始めた。
「伊吹、何か問題が?」
「問題ってほどじゃないけど、面倒だなって。【妖獣】も【邪龍】も、状態異常にしてくるスキル持ちが多いんだ。麻痺とか石化とか、一人だけだと致命的なのもある。それに、けっこう広い異界みたいだろ?回復用のアイテムは持ってきてるけど、それだけじゃ足りない可能性もありそうだ」
少年の言葉を聞いて、伊地知は少し意外だと思った。ただの一般人ではそこまで詳しいわけがないのだ。
そうだ、霊能力は見た目では測れないものなのだ。
実力を誇示したがる者ほど、奇抜な格好をしたがる。
達人とまではいかないが、概念礼装でガチガチに鎧う必要がない程度には、悪魔に対する知識と自信があるのかもしれない。そう評価をし直す。
「状態異常の回復アイテムなら、少量ですが用意してあります。今回の重要な任務にあたる葛葉様のためにと、我々のつてをたどって集めました。ぜひご活用ください」
「本当ですか。それは助かる」
「伊地知どの、ありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てるなら何よりです」
自分の仕事が認められて、伊地知は少し気分がよくなる。だがそれを顔に出すことはない。
車は順調に走り続け、目的地に近づいた。
住宅街の中をゆっくりと進んでいると、奇抜な格好をした集団が遠くに見えた。
「あそこですね。あのコス……個性豊かな集団が、今回の協力者である【終末アサイラム】の方々です。新興の霊能者集団で勢いもありますが、個人的には信用しがたいですね。なにせ服装からしてあのまとまりのなさです。伝統も礼儀も存在しない。【アサイラム】などと言う名前にしても、うさんくさすぎます」
「ヘー、ソウナンデスカー」
「ただ実力と人数はあるようなので、今回の任務にふさわしいと抜擢されました。根願寺の方々も少数ですがおられます。葛葉さんは、おそらく彼らと行動することになるでしょう」
「わかりました。いろいろと説明していただき、ありがとうございます」
集団から離れたところで停車し、先に降りてドアを開ける。
トランクから出した荷物は、少年がすべて受け取った。
「伊吹くん、でしたね。葛葉さんのことを、どうかよろしくお願いします」
「はい、もちろんです」
話してみれば人のいい少年だった。彼なら心配はないだろう。
異界の討伐という一大プロジェクトではあり危険も多いだろうが、どうか無事に帰ってきてほしい。
伊地知は心の中で祈りながら、少年少女の背中を見送った。
◇◇◇
【伊吹雄利】
それは、
運転手の人がコスプレ集団と言いかけた個性豊かな団体が、真昼の住宅街に列を作っている。
それだけでも面白いのだが、さらに興味深いのはここからだ。
列の先頭は工事中の看板と目隠しで覆われた一角で、何も知らなければ新しい家でも建つのかと思われるかもしれない。
だが、ぞろぞろと入っていくのは作業員ではなくコスプレ集団だ。
ミスマッチすぎて、何が起きているのか理解できないだろう。
列の前方から「地下のライブハウスは満員だな」というジョークが聞こえてくる。
それは説得力がありそうなカバーストーリーだ。何かの建物でもあれば、そういう説明もありえただろう。
俺たちもその列の最後尾に並んで入る。
中は聞いていたとおり雑木林になっている。外周が目隠しされているためか、かなり薄暗く感じる。足下は舗装されてはいないが、先人によって踏み固められているので歩きやすい。
小さなお社の前を通り、さらに先へと進む。
外から見た限りでは、もうとっくに反対の壁にたどり着いているだろう。それどころかあそこにいた全員が入ったら、動けないくらいぎゅうぎゅう詰めになっていないとおかしい。
そうなっていないということはつまり、すでに異界の中にいるということだ。
列の進みが遅くなったと思ったら、雑木林を切り開いた広場に集まっているようだった。
演台やら拡声器やらを用意しているので、ブリーフィングをするつもりなのだろう。
集団を見回していると、知ってる顔を見つけたので挨拶をした。
「ラル教官、お久しぶりです」
「おお、貴様は葛葉……のフレンズか。久しぶりだな。素振りは毎日しているか?」
「はい。いただいた竹刀で毎日やってます。教官、こちらが相棒の葛葉小夜さんです。葛葉、こちらが剣術の指導をしてくれたラル教官だ」
「ラル殿、はじめまして。葛葉小夜と申します」
「これはご丁寧に。私はここではランバ・ラルで通っている。気軽にラルと呼んでくれたまえ」
教官はハンドルネームで通すつもりのようだ。今さら本名を言われても混乱するから、そのほうがいいかもしれないが。
「それはそうとフレンズ。貴様はフレンズ呼びでいいのか?」
「えっ!?えっと俺は……」
俺はどうしようか。あまりオフ会には参加してないので、葛葉フレンズとして顔が知られているわけではない。知り合いは教官くらいしかいないし、教官になら本名を教えても大丈夫だろう。
「本名が伊吹なんで、伊吹でお願いします」
「わかった。では伊吹と葛葉よ、後で正式に発表があるだろうが、貴様らは私たちとチームを組んでもらうことになる。後で他のメンバーも紹介するから、そのつもりでいるように」
「わかりました」と応えたところで、ちょっとした懸念が浮かんだ。
「教官、そのメンバーってもしかして、あの二人だったりします?」
「メルトとリップか?安心せい、あの二人は置いてきた。今回の任務にはついて来れないと判断したからな。本人たちのやる気はあるが、やはり才能が足らんな。まだ伸びしろはあるだろうが、時間が必要だろう」
よかった。あの二人が葛葉とかち合ったら、余計なトラブルが起きそうな気がしていた。
「メルトとリップとは?」
「以前、剣術修行の時に同じ修行場にいた者たちでな。伊吹はその強さに惚れ込まれて、彼女たちから逃げ回っていたのだよ」
ちょ、教官。なんでバラすんですか。葛葉がジト目で睨んでくるじゃないですか。
「こういうのは隠すから余計にこじれるのだ。後ろめたいことがないなら、正直に言った方が問題が少なくて済む」
「確かにそうかもしれませんけど」
視線の圧力が強くて困る。
「葛葉のお嬢さんも安心するといい。伊吹は彼女たちの誘惑を、心に決めた人がいるからと断っていたよ」
「教官!」
嘘はやめていただきたい。
「がははははは。だいたい同じ意味だからいいだろう」
「記憶をねつ造しないでくださいます!?」
葛葉に向けて真実を話してもらいたかったのだが、教官は他の知り合いに呼ばれて行ってしまった。
葛葉からの圧力は減ったが、なんだか微妙な空気になってしまった。どうしてくれるんですか。
ずっと黙っているのも変なので空気を誤魔化すための話題を探していると、葛葉の方から話しかけてきた。
「あの……他の人たち、多いね」
「そうだな。見たところ、全部で80人くらいいるのかな?ただ半分以上が式神だな」
「式神?」
「そっか、葛葉は【アサイラム】製の式神を見たことなかったっけ。スライムとか悪魔を核にした式神に外側から肉付けして、見た目も行動も人に近づけているんだ。最初は機械的な動きしかできないけど、人間らしい概念を後付けしていくことでどんどん人間に近づけることができるんだ。最近だと人工の悪魔である造魔の技術も取り入れられてて、最初から人間ぽいのが作れるようになったって聞いたな」
「人間に近づけて、意味がある?」
「それは……」
【俺たち】の大半はコミュ障だから、見知らぬ他人よりも自分の式神の方が気楽にコミュニケーションをとれるから、なんて正直に言いたくないなあ。
「えっと、ほら。人間に近い方が、一般人が受け入れやすいんだよ。式神ってことは仮とはいえ肉体があるだろ?見た目が悪魔そのものだと、街中をいっしょに歩くことができないだろ」
「式神を連れて歩くの?」
「霊能力に覚醒すると、体内のマグネタイト量が跳ね上がるから野良の悪魔に狙われやすくなるんだよ。街中で不意打ちされると困るだろ。すぐ近くに頼れる相棒がいた方が安心できるんだよ」
「ふーん。そうなんだ」
どうやら納得してもらえたようだ。葛葉の機嫌もよくなったように見えるし、グッドコミュニケーションだったと言えるのではないだろうか。
不意に周囲からの強い視線を感じた。爆発しろなどの呪いの言葉が聞こえた気がするが、文句があるなら式神ではなく別なところに金と時間をかけるべきではないだろうか。
なんて口に出すと総攻撃されるだろうから、絶対に言えないけれど。
伊地知さんの所属は公安の第0課霊能対策室とかだったりします。
でも悪魔と戦えたりしないので調査と事後処理がメインのお仕事です。