雑木林を切り開いて作られた広場に、仮設の演台が完成した。
その演台に、顔を文字の書かれた紙で隠した狩衣の男が上がった。
「どうもみなさん、本日の異界討伐作戦の指揮を執らせていただくことになりました、織雅大助と申します。よろしくお願いします」
なにやってんですか織雅さん。
パラパラとした拍手に軽く手を振って、織雅さんは話を続ける。
「今回の作戦は、東京の霊的守護を担う【根願寺】が主導する作戦ということで、実行する許可をいただきました。なので今の私は根願寺の実行部隊員という肩書きになります、よろしくお願いします」
大人の世界はどこでも大変なようだ。
そういえばここは東京で、それを守る大結界に関する作戦なのだから、根願寺が関わってくるのは当然なのだろう。
でも周囲の人を見れば、異界を討伐するためにはレベルの高さが必要なことがうかがえる。
今の根願寺には、ここまで高いレベルの人を用意できないのだろう。
だから俺たちがその仕事を下請けしたってことになるらしい。
「それでは次に、作戦の簡単な説明に移らせていただきます。ここは【東京無限樹林】などと名付けられていますが、実際は東京23区とほぼ同じ大きさです。つまり東京の裏世界ということですね。ここは東京に発生する負のエネルギーなどを引き受けて霊脈に還元する、いわば霊的な避水地となっていました。それが昨今の霊脈の活性化により、負のエネルギーが自然に還元するどころか蓄積し始め、悪魔が発生する事態となりました。このままだと表の東京に逆流して、そこら中で悪魔が発生することになります。そのため、この異界の討伐が決定されました」
だいたい車で聞いた話と同じようだ。織雅さんの方がくだけた言い方で、わかりやすい気もする。
「というわけで、今回の作戦名は【裏世界の汚水、全部抜く作戦】になります。内容としては、これからまずはこの異界の中心、表世界の皇居に向かいます。そこから時計回りにぐるぐる回りながら外周部へ向かい、最終的には東京湾に巣くう大悪魔の討伐が目的となります」
タイトルを聞いて思わず力が抜けたが、すぐに持ち直す。
数日かかる大がかりの作戦と聞いたけど、東京中の悪魔を倒しながら歩き回るなら納得だ。
織雅さんはその後にこの異界の特徴の話をする。
【妖獣】や【邪龍】が多いことや、雑木林が続くので視界が悪いので注意するように、など細かい話が続く。
最後に質問があるか聞いてきて、いくつか手が上げられた。
「異界のボスは中央にいるもんじゃないんですか?」
「たしかに中央には、この異界の核が存在します。でも人工の異界なので、ボスは今までは居ませんでした。ですが流れ出てくる負のエネルギーに釣られたのか、外縁部である東京湾に大悪魔が発生しました。ただ異界を潰しただけではそのまま裏の東京湾に残ってしまい、場合によっては新たな異界を作られる恐れがあります。なので大悪魔の討伐は必須事項です」
ずいぶんとやっかいな事になっているようだ。
続いて手を上げたのは、何か面白い事を言いたそうな顔をした少年だった。
「はいはーい、質問です。その大悪魔ってひょっとしてゴ●ラだったりしますかー?」
広場に笑いが起こり、織雅さんも笑いながら答える。
「ははは、面白い質問ですね。でも残念ながら、ゴ●ラではありません。でも同じくらいヤバい悪魔らしいことは確実ですね。神主の占術でもそういう結果になっているので、間違いありません」
笑いが続いた後に「それってマズイんじゃね?」という誰かの呟きで急に静かになる。
俺たちはレベルアップによってかなり強くなっているとはいえ、さすがに人間がゴ●ラと戦うのは無謀な気がする。
「安心してください、みなさんはゴ●ラ……じゃない、大悪魔と戦う必要はありません。ボスと戦うのは我々の最大戦力の一人であるこちら、霊視ニキです!」
演台に呼ばれた男性の登場に、拍手と歓声が上がる。
霊視ニキはスーツを着こなした、ゴツイ体格の男性だ。顔にまで傷跡があることから、歴戦の勇士だということがうかがえる。相棒はゴツイ鎧を着た金髪の式神。
黒札持ちの一人である彼がいれば百人力だ。
「ボスの相手は霊視ニキと私がしますが、みなさんの仕事は道中含めた雑魚悪魔の排除です。それなりの数の悪魔が確認されていますので、経験値やマグネタイトの稼ぎも期待できます。東京を守るという建前のもと、頑張って稼いでいきましょう!」
おおーーー!というかけ声がそこここで上がる。
かなり士気が上がるいい演説だった。
・・・・・・
演説の後に細かい打ち合わせがあり、それが終わるとラル教官が戻ってきた。
教官の後ろには二人の女性とその式神らしきロボットがいた。
二人は
「よろしく」
メガネをかけた黒髪の紙越さんが言う。
「よろしくね」
金髪美人の仁科さんが言う。
「ヨロシクオネガイシマス」
トランス●ォーマーのようなロボットが言った。
「この子は私の式神のAP-1だよ。ホントは農業用機械だったんだけど、いろいろあって壊れちゃって、【終末アサイラム】に修理を頼んだらこうなって帰ってきたんだよ」
紙越さんが苦笑いしている。
うちの技術班が勝手なことをしてすいません。
「この二人は一般の出であるが、裏世界に詳しいということで同行してもらうことになった。もちろんそれなりのレベルの霊能を持っているぞ。紙越が索敵を行い、仁科とAP-1がその護衛と荷物持ちをすることになる。戦闘は伊吹と葛葉、そして私と式神のグフが行う。伊吹は調子に乗って前に出すぎないように。わかったな」
「了解です」
敬礼して答える。
しばらくして移動が開始された。
まずは皇居へ一直線に向かうということで、各班の索敵役が先頭付近に集まっている。
異界討伐のベテランである霊視ニキが索敵の指導をしているようだ。
敵対する悪魔は索敵班が見つけてくれるので、基本的に先手がとれる。
相性的に有利をとれる人が優先的に派遣され、さくさく倒していくので進行はかなり早かった。
ただ、ひとつだけ気になることがあったのだが、ここの悪魔は今まで戦ったことのある悪魔よりも活きが良かった気がした。
なんとなくのイメージでしかないのだが、同じことを他の人も感じているようだった。
同じ戦闘チームになった人が「いいもん食ってんじゃないのか?」と言っていたが、本当にその程度の印象の差があった。
その後も何度か出撃したが、俺だけが戦闘チームを何回か連続でやらされたのは、絶対にスキル【勝利の息吹】が関係してるだろう。
HPMPが戦闘後に微量回復する分、他の人よりも長く戦えるけど、精神的な疲れは他の人と同じだということは声を大にして言いたい。
【
そんなこんなでやっと交代して戻ってくると、金髪美人の仁科さんが出迎えてくれた。
「お疲れ様。君たち若いのに強いんだね。高校生?」
「そうです、葛葉とは同じ学校に通ってます。仁科さんは大学生ですよね。どうやって悪魔を知ったんです?けっこう危ない目に遭ったんだとは思いますけど」
転生者でもない一般人が霊能に目覚めるなんて、そうあることじゃない。しかもここのような異界討伐に参加できるくらいのレベルになっているとか、どんなハードな経験をしてきたというのだろうか。
「そうね、私がちょっとした用事があって裏世界を探検してたんだけど、その時にそらを――紙越さんのことね――彼女と会ったのよ。それで二人で何度も裏世界に行ってたんだけど、かなりヤバい目にあってね。そこを【アサイラム】の人たちに助けられたってわけ」
「二人だけで裏世界を探検って、勇気がありますね」
「まあね。死んだと思うことが何度もあったわ」
笑って話しているが、聞いただけでもかなりヤバい。
かなり初期に裏世界で悪魔に遭遇して、仁科さんは左手が、紙越さんは右目が変異してしまったらしい。
そのおかげというか副作用で、霊体に触れるようになったし悪魔の弱点が見えるようになったと笑っている。
「これのおかげで今まで生き残れたのよ。悪魔?にも銃が当たるし」
そう言って、AKを見せてくる。
悪魔は情報生命体でもあるので、認知できない人間の攻撃は当たらない。だが逆に、認知できてしかも弱点が見えるのならば、格上相手でも倒すことができる。もちろん限度はあるが。
弱点属性をつくことなら俺たちでもできるが、情報生命体としての核を見抜いて破壊するなんて普通はできない。人間にとっての心臓がどこにあるかなんて、知識があっても外からは見えない。
紙越さんはそれを見通すことができるし、仁科さんはそれに触れることができるらしい。
それくらいの異能があったから、ここまでレベルが上げられたのだろう。
「ただいまー。うう、頭がいたい」
「お帰りー。ちょうど私たちの話をしてたところよ」
紙越さんが休憩に戻ってきた。
索敵のために右目を使いすぎたらしく、渡されたおしぼりを目に当てている。仁科さんは紙越さんを楽しそうに世話している。とても仲がよいようだ。
「私たちのことはいいからさ、そっちの話を教えてよ」
「そんなに面白くはないですよ?」
そう前置きして、俺たちの話を始めた。
…………
人間がレベルアップすると生物としての格が上がり、生命としてより強靱になる。
この異界討伐の参加者に選ばれたのは最低でもレベル10以上であり、戦闘要員は12以上だという。
なので、戦闘せずに歩いているだけでも一般人が休憩しているくらいは回復できる。
そういうわけでほぼずっと歩き通しで進んだ結果、まだ日が高いうちに異界の中心までたどり着けた。
「ここの奥に、異界の核が置かれている。理由は省くけどどうやっても壊せないし壊しちゃいけないから、注意するようにね」
織雅さんが示す先には水の張った堀と背の高い塀があり、そこに侵入することはかなり難しそうに思える。いちおう遠くに橋がかかっているのが見えるが、今は中に用はない。
「ここまでは速度を重視して戦闘はあまりしなかったけど、ここからは違う。できるだけ多くの悪魔を倒すことが目的になるから、そのつもりでいるように。ローテーションは今までと同じで三交代制だ。まずは堀に沿ってぐるっと回って、それから少しずつ周回半径を大きくしていく。いいね?」
「「了解」」
「リーダー、うちらちょっと止まって休みたいんだけど、いい?」
索敵要員の一人が言う。
「そうだな。じゃあ休憩チームは座って休んでいい。その間は、準備チームが護衛をする。外周を歩くのは戦闘チームだ」
「「ありがとうございまーす」」
そういうことになった。
皇居の周りはさすがに悪魔は現れず、ただ単に見回りするだけになった。
そこから周回半径を広げながら進んでいくのだが、各チームの索敵役の性能がバラけているのが問題になった。
どうやら紙越さんは『見抜く』能力が高いが、遠くまで『見通す』ことが難しいらしい。
しかも、やっかいなトラップになっている【グリッジ】を『見抜く』のは紙越さんしかできないのだとか。
【グリッジ】のある場所の傾向がつかめるまで休憩する暇がほとんどなく、今は青い顔をして横になっていた。
「うう、もう働きたくない。家に帰りたい」
「マジでお疲れ様です。【グリッジ】が東京湾方向に集中してるってことは、大悪魔が異界に干渉してるからみたいですね。とりあえず紙越さんの出番は東京湾方向だけって決まったから、後半になるにつれて休憩時間は増えますよ」
討伐の効率をあげるため、今は東京湾方向の手前にキャンプを作って休憩をしている。
周辺は一度広めに索敵して討伐してるし、まだ中心に近いのでそもそも悪魔の数が少ない。
なので休憩チームと少数の待機チームだけ残して、元気が有り余っている人を加えた戦闘チームだけが一周していた。
「大悪魔とか本当に迷惑なんだけど。グリッジ作るのやめてほしい」
「大悪魔はそこに存在するだけで異界をゆがめるらしいんで、グリッジ消すためには討伐するしかないですよ。それまでほどほどに頑張りましょう」
「休んだから、少しは元気でてきた……。ちょっと、メガネとって」
真面目な声で手を差し出してくるので、手元にあったケースを急いで渡した。
「何か見えたんですか?」
メガネをかけた紙越さんが、少し離れた林のほうをじっと見ている。
「あれ、あの木の陰の、人じゃないかな?見える?」
「どれです??」
指さされた先を見るが、木が多くてどれだか分からない。
仁科さんや葛葉もやってきて同じ方向を見るが、やはり見えないようだった。
「ああ、行っちゃった。でも本当に人みたいなのがいたんだって。近づけばきっと証拠が残ってるはず」
「そらを、落ち着いて。もう少しで戦闘チームが戻ってくるはずだから待ちましょう。あっちは東京湾方向よ。きっと新しい種類の悪魔よ。索敵が得意な人に見てもらいましょう」
疲れからか意固地になっている紙越さんを、仁科さんが説得して落ち着かせた。
ここは異界の中だ。こんな場所にまともな人がいるわけがない。
しばらくしてから戻ってきた霊視ニキに話をして、紙越さんが人らしきものを見た場所を調査する。
数人で調べていると、自衛隊に所属しているという人が、人間のものらしき足跡を見つけた。
「ほら、だから言ったじゃん。やっぱりアレは人だったんだよ」
休憩後だからか、紙越さんのテンションが妙に高い。
一方の霊視ニキは、静かに考えてから発言した。
「ふむ、そうかもしれないな。だとしたら、警戒を強める必要がある。進行速度は遅くなるが、ここからは全員まとまって行動した方がいい」
「え?それって、休憩チームも一緒に歩き回るってこと?」
「チームを分けたせいで各個撃破される危険を避けるためだ。人間型の悪魔だと、対応が難しい事が多いからな。全体で止まる休憩時間ももちろん作るから安心しろ」
さすが霊視ニキ。なんて冷静で的確な判断だ。
「また歩き回るのか。はぁ、しまったなあ」
「どちらにしろ遠からず同行させる予定だった。一周の距離がだいぶ伸びてきたからな」
残念そうな紙越さんに、霊視ニキが慰めにならない言葉をかけた。