異界の中であっても時間は流れる。異界によっては時間の速度が外と違う場合があるが、ここは人工的に作られた東京の裏世界でもあるので普通と変わらない。
夜は悪魔の活動が活発になるのもあって、簡易的な結界を張った上で半分以上が休む。アサイラム製の結界なのだから全員休んでもいいんじゃないかという声もあったが、悪魔以外の不測の事態もあり得ると言われて反論できなくなっていた。
かまどを組んで飯ごう炊さん。お湯で温めるレトルトのカレー。
ここが異界だということを忘れそうなくらい、普通のキャンプみたいだ。
テントもアサイラム製で、HPMPの回復を促す効果があるとか。
『終末のキャンプにピッタリ!』という誤字のような売り文句のとおり、悪魔よけと隠蔽の効果もある。
三、四人用のテントであり、男である俺が葛葉と同じテントなのは問題がある。
なので当然のごとく教官とともに別な班の同輩とご一緒することになった。
「ねえねえ、好きな子とかいる?」
「修学旅行か!」
定番のボケをかましてきたのは、そのご同輩であるパンダ先輩だった。もちろん着ぐるみであり、さらに言うならその着ぐるみは式神を専用カスタマイズしたものでもある。
中身は転生者のコスプレ勢で、しかもけっこう強い。素の格闘センスにパンダ(式神)のアシストが合わさり最強に見える。
実際に初期勢の一人であり、黒札に続く実力があるらしい。
見た目だけでなく性格も楽しい人なので、こういうウザさがなければ完璧なのだが。
「伊吹には葛葉がいるであろう。もう告白はしたのか?」
「ええっ、告白ですって!?奥さんそれ本当なの?」
「ちょっ、教官まで乗ってこないでくださいよ。いい年こいたオッサンは静かにしろと注意するところでしょう」
「私は妻には早いうちから交際を申し込んでいたぞ。その様子ではまだのようだな。このヘタレめ」
「急にディスられてつらいです。てか、今さら告白なんてって気がするんですけど」
「そんなんだから貴様はヘタレなのだ。気持ちというのは、きちんと言葉にして伝えるべきだと何度も言っているだろう。作戦遂行のための意思確認は、おろそかにするべきではない」
「さすがラルさん、いいこと言いますなあ」
パンダのもふもふがウザく感じる。この場に味方はいないようだ。というか他に誰かいたとしたら、敵が増えるだけのような気がする。
「そうだ、パンダ先輩はどうなんです?俺にどうこう言うからには、彼女いるんですよね?」
「もちろんいるよ?絶賛同棲中。写真見る?」
マジですか?
毛皮の内側から出してきた写真には、普通に美人の女性が写っていた。
「うっわ美人だ。いったいどうやってたぶらかしたんです?」
「そんなんこの魅惑のボディを使ったのに決まってるだろ?ほら、
「ウザいけど説得力ありますね」
ふわふわしてる。いい洗剤を使ってそうだ。
「冗談はさておき、普通に大学でいろいろと面倒を見てくれたりしたからケジメつけるために告ったんだよ。それでも遅いって言われたがな」
「急にマジなトーンになるのやめてもらえます?」
「うっせえ、てめえもとっとと告白するんだよ!」
「ぐえ、パンダに潰される!」
いくらもふもふしてても、上に乗られれば重い。しかも相手は近接戦闘に慣れているので、なかなか脱出することができない。
そんな風にドタバタしていたら、ついに教官に怒られてしまった。
「貴様ら、いい加減にしたまえよ。そんなに元気が余っているのなら、明日はもっと活躍してもらうからな」
「「すいませんでした」」
パンダがどいてくれたので、やっと落ち着いて眠ることができる。
寝袋の中でじっとしていると色々と考えてしまう。やっぱり二人の言うように、俺もケジメをつけるべきなのかもしれない。
「教官、パンダ先輩。俺も告ろうと思います」
「ほう」
「マジか」
「ただ、今は悪魔討伐に集中したいんで、これが終わった後にします」
「そうだな、それがいいだろう」
「応援してるぜ」
パンダ先輩がサムズアップしている。
やることを決めたからか、落ち着くことができた。そしてもう少しで眠れそうだという時になって、パンダが余計なことを行ってきた。
「なあ、さっきのって、まんま死亡フラグじゃね?」
「黙って寝ろ」
教官に怒られてやんの。
でも、たしかにフラグだな。フラグを折るようなことを、何かしておくべきだろうか。
◇◇◇
翌日は、特に何事も起こらなかった。
悪魔は索敵チームが先に見つけてくれるし、意思疎通も効率的になってきて、連携もうまくいっている。
気をつけるべき時は教官や霊視ニキから声が飛んでくるので、万事順調に進んでいた。
「ヒートウェイブ!」
範囲物理攻撃で、前方にいる悪魔からのヘイトを集める。
悪魔はやはり東京湾方向に多い。林の中なので多数でも集団になりにくく、ヒットアンドアウェイがやりやすい。
敵対した悪魔が俺めがけて周囲から集まってくるので、引き離しすぎないように気をつけながら後退する。すると自然と細長い列になるので、隠れていた葛葉+仲魔と紙越+仁科さんが両側面から同時に攻撃をしかけた。
「マハブフーラ!」「マハジオ!」
「当たれえええ!!!」「ええい、この!動くな!」
魔法と銃撃の連打によって、悪魔の集団はあっという間に倒された。
「順調だな。MPと残弾は十分かな?大丈夫なら次を集めてくるけど」
「そ、そろそろギブアップ。弾も減ってきたし、悪魔も後はバラけているのばかりだし。私たちは休憩に戻るよ」
紙越さんが肩で息をしている。
銃を撃つ時にも目の力を使っているようで、体力消費が多いのだとか。ただの銃撃が必殺の威力を持つと考えれば、妥当ではあるのだろう。
「ワシらばかりがトドメをもらってばかりだが、伊吹はよいのか?」
「俺は戦闘チームで働かされてる、経験値はそっちで稼げてる。葛葉とレベルが開きすぎてもよくないから、しっかりレベルアップしてもらいたいくらいだ」
「うむ、おいて行かれぬよう、ワシも頑張るぞ」
ぞい!のポーズで気合いを入れてる葛葉かわいい。
昨夜の話題のせいで最初は顔を見づらかったが、トレイン役をこなしているうちに落ち着くことができた。
やっぱり適度な距離が大事だね。
「教官、俺たちは残ってる悪魔を倒しに行きます」
「気をつけて行ってこい。林の切れ目が近いから、悪魔を追ってグリッジに踏み込まぬようにしろよ」
教官たちを見送ってから、討ちもらしの悪魔を探して歩く。仲魔に索敵を手伝ってもらい、数匹の悪魔を倒した。
「ここら辺の悪魔はもう倒しきったかな?時間もあるし、そろそろ戻ろうか」
「ちょっと待て。なにか妙な気配がせぬか?……あっちじゃ」
葛葉が指さす方は林の切れ目であり、東京湾方向から伸びた泥の道が続いている。
グリッジも敵もそっちに多いので、少数では近づかないよう注意されていた。
枯れ枝などを投げて、グリッジがないか確認しながら進む。
グリッジはダメージ床みたいなもので、うっかり踏み込むと固定ダメージを食らってしまう。一般人にとっては即死しかねないが、覚醒者なら死ぬことはないらしい。
でもすごく痛いらしく、痛いのは嫌だから絶対に踏みたくない。
林の切れ目から泥の道を見る。
この道は、泥のせいで林が枯れて道ができたんじゃないかと思っている。
中心に近い泥の道の中にも枯れ木が残っていたが、その周囲はまるで泥によって溶かされたかのように低くなっていた。
その泥の道の上に、なにやら
悪魔に違いないとは思うのだが、今まで見たような妖獣でも邪龍でもない。かなり弱っているのか、ビクビク痙攣したりしている。
「報告に戻ろう。この辺りの悪魔は倒したんだ。後で横切るときに、アレが何か確認すればいい」
「わかった。そうしよう」
「おいお前ら、こんな所に隠れてイチャイチャしてるなよ」
「いやそんなこそしてませんし!」
反論しながら振り向くと、式神モードレッドを連れた霊視ニキがそこにいた。
「霊視ニキがなんでここにいるんです?」
「妙なものが見えたからな。確認しておくべきだと思ったから、先に来た。もちろんお前たちのことじゃないぞ」
「それって、俺たちが見つけたのと同じヤツですね。あっちで倒れてる悪魔なんですけど、今にも死にそうなんですよ」
霊視ニキはそれをすぐに見つけると、泥の道へと踏み込んだ。
「ちょ、グリッジ踏みますよ」
「どうせ固定ダメージだろ。死にはしない。それに、落とし穴でもダメージ床でも、踏んで確かめるのがメガテニストってもんだろ」
「ゲームと現実を一緒にしないでくださいよ」
などと言いながらも、霊視ニキの後に続く。
グリッジを踏み抜くと衝撃波が発生して周囲の泥が飛び散るので、後ろにいる俺が続けて踏む心配はない。
言ったとおりにダメージ床を踏み抜いていく背中が、男らしいと思ってしまった。
「もう死んでるみたいだな。体は泥でできてるのか?ぐっちゃぐちゃだぜ」
モードレッドが倒れた悪魔を足蹴にするが、悪魔はぴくりとも動かなかった。
霊視ニキはしゃがみ込んで、動かなくなった悪魔を見ている。
「こいつらが死んで泥に戻ることで、泥の道ができているってことか。……この泥、潮くさいな?東京湾から来ているのか。こうやってちまちま異界を浸食してるってことか?」
「ちょっと待ったマスター、泥の中に何かいやがるぜ」
モードレッドが警告するが、霊視ニキは袖をまくると腕を泥の中につっこんだ。
「うわっ、きったねえ」
モードレッドが引いているが、霊視ニキは気にせずに腕を引き抜く。
引き出されて出てきたのは、泥まみれの人間だった。
「ええっ、なんで悪魔の中から人間が出てくるですか。まさか丸呑みされたとかないですよね」
「こいつは……人間じゃねえなあ。アレだ、マネカタだ」
「「「マネカタ!」?」?」
メガテンの知識がなければわからないだろう。
マネカタとは、真3に出てきたキャラクターのことだ。
「たしかマネカタって、アサクサの地下の泥から生み出されたニンゲンモドキですよね?それがどうして悪魔の中から出てきたんでしょう」
「さあな。ただ、マネカタもこの悪魔も泥でできているのは間違いない。共通点はそのくらいだな」
「つまりほとんど何もわからないってことですね」
マネカタは霊視ニキに支えられていて、時々大きく痙攣する。ゲームでも不気味なところがあったが、生で見るともっとキモい。
そのマネカタは突然目を見開くと、霊視ニキに向かって手を伸ばした。自身を支えている霊視ニキの腕をつかむと、かみつこうと口を大きくあける。
俺がそれに反応する前に、モードレッドの剣がマネカタの首を切り落とした。
「てんで脆いな。経験値にもなりゃしねえ」
「攻撃を食らってみるまでもない。弱すぎる。これじゃあ、悪魔のエサになるだけだな」
二人とも、今の事態にまったく動じていない。さすがは高レベル能力者だ。
首を切られたマネカタは、すぐに形を失って泥の塊に戻っていく。
その時、泥の中から赤い燐光が湧き上がり散っていった。
「今の、マガツヒですよね。ここまではっきり見たのは初めてです」
「ここは異界だし、そもそもこいつはマネカタだ。マガツヒの生産者ってことだろうな」
なるほどと頷いていたら、俺たちの話を聞いていた葛葉がつぶやいた。
「とすると、目撃情報のあった人影は、このマネカタということじゃな。泥から生まれたこやつらが林の中を徘徊して、そこらの悪魔のエサになっているのじゃろう」
「そっか。他より悪魔の活きがよかったのは、マネカタで生体マグネタイト、というかマガツヒを吸収できていたからか」
マガツヒは真3から出てきた概念で、それまでのシリーズで使われていたマグネタイトとほぼ同じ使われ方をしていた。おそらく、世界観に合わせて呼び方を変えたのだろう。
「ところで、なぜわざわざ悪魔のエサになるようなものが生まれてくるのか不思議じゃな」
「うーん、悪魔のエサになるってことは、森の中でマネカタが死ぬってことだな。そうするとどうなる?なにかいいことがあるのか?」
「んなの決まってるじゃねえか。野良の悪魔が強くなるだろ」
「いや、マネカタの死体は泥になる。この泥は、ここの異界を浸食している。つまり、泥があっちこっちにバラ撒かれた方が、浸食速度が速くなるってことだ」
「たしかにそうですね」
「つまりマネカタを作っているやつは、この泥を撒いているヤツと同じ。東京湾に巣くう大悪魔ってことだな」
頭いいな、その大悪魔も霊視ニキも。
「謎はひとつ解けたようだな。本隊と合流して、方針を検討しよう」
歩き出す霊視ニキの背中はとても大きく見えた。
次の瞬間、バチコン!と新たなグリッジを踏み抜く。
あ、アレは漢マッピングをしてるわけじゃなくて、ステータス高いから気にしてないだけだ。
・パンダ先輩
本人が着ぐるみを作るとき、パンダにするかクマにするか悩んでいた。
クマにすると本物がいたときに被ってしまうので、パンダにすることにした。