仮設の本部であるイベント用テントで、マネカタと泥についての報告をした。
マネカタについては目撃談はすでにいくつもあったが、どれもすぐに逃げられていたので、確定できたことを感謝された。
織雅さんは顔を隠した紙を、ため息で少し浮かせる。
「目撃談でも、やっぱり東京湾方面が多かった。というか悪魔も東京湾方面に集中してるから、もしかしたら全部が全部、大悪魔の眷属なのかもしれない。これはちょっと、面倒なことになりそうだな」
「つまり、すごく強いってことですか」
「いいや、この場合はそのまま、『面倒くさい』ってことだ。戦力的にはわたしと霊視ニキがいれば問題ない。当初の予定ではボス戦はみんなの出番はなかった。でももしかすると、そうはいかないかもしれない」
織雅さんの言葉に、テントに集まっているメンバーが首をかしげる。
そんなみんなを代表して、霊視ニキが口を開いた。
「ここで座って予想をこねくり回してても意味ないだろ。そんなに心配なら、先にボスの姿を見てきたらどうだ。相手を早めに知ってた方が、対策を考える時間は増えるだろ」
「その通りだ。じゃあ霊視ニキ、何人かいっしょに連れてボスを見てきてくれるか?戦闘はできるだけ避けた方がいいだろうから、ちゃんと言うことを聞くメンバーを選ぶように」
「了解だ。というわけで、一緒に来たいヤツ手え上げろ」
霊視ニキの呼びかけに、かなりの数の手が上がる。ボスを見たいというより、霊視ニキについて行きたい人がほとんどだろう。
「じゃあ、お前とお前とお前と……あと葛葉フレンズも来い」
「俺ですか?わかりました」
一緒にマネカタを見つけたからだろうか。いきなり呼ばれてびっくりした。
集められたのは比較的レベルの高い転生者たちばかりで、俺がその中にいることが少しうれしかった。
そうと決まったら行動は早かった。
五人全員で林の中を走る。敵は避けられるなら避けるし、戦う必要があれば殲滅する。
メンバー全員のレベルが高いからか、戦闘が起きても他の悪魔が寄ってくる時間がないほど素早く倒していた。
東京湾に近づくにつれ、泥の道がだんだん低くなっていっていた。そのせいで、俺たちのいいる林の切れ目はちょっとした崖のようになっている。
水分も多いようで、あれはもう“泥の道”ではなく“泥の川”だ。
途中で霊視ニキが止まるよう合図し、メンバーを崖の際に集めた。
霊視ニキが指さす方を見れば、泥の川を悪魔が進んでくるのが見える。
仮面のような体、そこに空いた穴から泥を垂れ流しながら、触手のような足で泥の中を進んでくる。
「【邪神:ラフム】だ」
メンバーの一人の声に、霊視ニキが首を横に振った。
「いや、今は【邪神】じゃなくて【妖魔】だな。霊格が低い。レベルも15程度だ。氷結・衝撃・呪殺耐性。火炎が弱点。スキルはブフーラ、ムドオン、マハジオ、プリンパ。それと特殊スキルを持っている。葛葉フレンズ、何かわかるか?」
いきなりの質問に少し考える。わざわざ聞いてくるってことは、俺でも答えられるってことだろうか。
相手は【俺たち】が知っているラフムより全体的に弱体化している。つまり前世の知識は当てはまらない可能性が高い。
ならば別の方向から考える必要があるだろう。
ああ、そういうことか。ラフムは『泥』という意味だし、アイツは泥の道を歩いている。ならば答えは簡単だ。
「ラフムが、マネカタを生み出しているってことですね」
「そうだな。名付けるとしたら【擬人転生】ってところか。あのラフムのHPは徐々に減っていってるから、あのまま進んで力尽きたところで倒れる。そこからマネカタが産まれるってことだろう」
「そうして、異界を少しずつ自分たちの領土にしてるってことですね」
「ああ、それをやっているボスが、もう少しで見えてくるはずだ。行くぞ」
ラフムを無視して先に進む。
霊視ニキの言葉が正しいと判明したのは、それから数分後だった。
空気に潮のにおいが感じられるようになると、木々がまばらになってきた。その隙間から、遠くに
「ははっ、やっぱりゴ●ラじゃないですか」
メンバーの一人が、乾いた笑いをする。
「いいや、あれはゴ●ラよりもっとタチが悪いぜ。やつの足下を見てみろよ、ラフムがうじゃうじゃいやがる」
「あれ全部がラフムかよ。気持ち悪ぃ」
口々に感想を言い合うが、全員
足下にアリのようにラフムが集っている。多数の子供を従えるそれは確かにアリの女王のようであるが、全く違うことを俺たちは知っている。
大怪獣と言いたくなる巨大な姿。
優しげな目を
原初の泥から全ての生命を生み出した母とも言われる、古き悪魔。
それがこの異界を侵略しようとするものの正体だった。
…………
邪龍 ティアマト Lv55
銃耐性 火炎無効 氷結吸収 電撃弱点 破魔無効 呪殺無効
ブフダイン 絶対零度 母なる大地 ディアラハン ピュアブルー ラスタキャンディ
黄昏の旋律 母の権能
…………
霊視ニキによるアナライズの結果に、さすがの軽口も聞こえない。
「レベル55って……。霊視ニキ、あんなのに勝てるんですか?」
「まあな。モードレッドもいるし、万全の状態で挑めれば心配はない」
「紙のお面野郎もいるしな。あいつ、ここに来てから全然戦ってないから、こき使ってやろうぜ」
「さすが転生者のトップ戦力。頼もしいっすね」
ほっとしたのも束の間、霊視ニキがとんでもないことを言い出した。
「俺よりもお前らの方がキツいかもしれないぞ。なんたって、あのラフムの群れを引きつけることになるんだからな。今のうちに予行演習してみるか?ああいう相手にちょうどいいヤツもいることだし」
なぜか俺に視線が向けられる。
「えっっ、ちょっ、待ってくださいよ。今回は戦闘は避ける方針でしたよね?」
「事情が変わったんだよ。見た感じ、ラフムはほぼ無限にわき出てくることになる。なんたって足下に材料が豊富にあって、それを原料に産み出すスキルがあるんだ。だから、お前らがどのくらい戦えるか知っておく必要がある。士気にも関わる重要な仕事だ」
「ええ~」
たしかに、霊視ニキたちがティアマトを倒すまで無限にわき続ける敵を倒し続けろって言われたら、参加を渋る者が出るかもしれない。
誰かが威力偵察をして、それを参考に示せれば説得材料になるだろうし、連戦に向いているスキルを持っている俺が選ばれるのもわかる。
でも、はっきり言って気が進まない。
「泥で汚れそうだし、あ、泥の上ってグリッジあるんじゃないですかね?ダメージゾーンの上で戦うのは、さすがの俺でもヤバいと思うんですが」
言った途端に、背後から肩を叩かれる。
「はい、【
お調子者の人が、笑顔でサムズアップしてくる。
「(余計なことをしてくれて)ありがとうございます」
「危なくなったら、ここから手助けする。安心して行ってこい」
「がんばれー」
「逝ってらっしゃい」
「逝ってらー」
「ちっとも安心できない応援やめてください!」
この怒りを力に変えてがんばるしかなさそうだ。
覚悟を決めて、泥の川に飛び降りた。
…………
結論から言えば、まったく問題はなかった。
俺一人だと少しキツいが、仲魔であるサマエルを喚び出せばかなりの時間を持ちこたえることができた。
ラフムは東京湾の中に一歩でも踏み込むと、途端にワラワラと寄ってきた。
距離があると【ムドオン】や【ブフーラ】を撃ってくる。複数で立て続けに撃ってくるものだから避けるのが難しく、耐性が無ければそれだけで一方的に撃ち殺されそうだ。
ただ俺は【アサイラム】製の耐性付き防具のおかげで、魔法のダメージはかなり抑えられている。
問題なのは攻撃面だが、ここでサマエルの出番がきた。
範囲内に複数回ヒットする【ファイアブレス】が、敵が密集しているせいで多段ヒットする。それでひるめば全体の動きが鈍くなるので、俺の【ヒートウェイブ】が使いやすくなる。
【リフトマ】の効果で、泥の上でも普通に動けるのはありがたい。足を踏ん張る感覚が地面と違うが、すぐに慣れて気にならなくなった。
ネックになりそうなのはサマエルのMPだろうか。ここでかなりマッカを稼げているので、回復アイテムをじゃんじゃん使ってもいいだろう。
『サマナー、そろそろアメくれアメ』
「チャクラドロップな。この集団を倒したら余裕ができるから、そこで……」
「その辺でいいぞ、撤収だ!」
「了解ー!」
『オレサマのアメは!?』
すぐさま煙幕を焚いて、一目散に撤退する。
東京湾から離れてもしばらく追ってきたので、途中でそいつらを撃退する。思いの外あっさり倒せたが、そういえば移動するだけでHPを減らしているんだっけ。
「生存時間を短くする代わりに、産まれた直後から戦力になるよう作られているんだ。しかも時間切れで死ねば、今度は戦力を持たない代わりに遠くまで移動できるマネカタが産まれる。よくできたシステムだな」
「面倒なヤツらだ。早く倒すべきだな」
しつこく追ってきているのは一つの集団だけだったので、すぐに倒すことができた。
テントに戻って報告すると、情報を元に作戦会議が始まった。
織雅さんは予定通り周辺の悪魔を狩ってからにするべきだと主張し、霊視ニキはすぐにでもティアマトに挑むべきだと言っている。
「うーん、ティアマトの泥による浸食速度は早くないだろ。急ぐ必要はないと思うが」
「ラフムを大量生産されたらどうする?もしくは他の悪魔を増やされたら?ここにいる【妖獣】や【邪龍】はティアマトの子供だろ」
「ラフムは産まれた直後が一番強いのだろう?ならいつ挑んでも同じじゃないか。他の悪魔に関しては戦力として育つのに多少時間がかかる。それに、泥の上で満足に戦えるのはラフムくらいだろ?こっちには【リフトマ】がある。よってティアマトの子供も問題ない」
「……まあ、そうかもしれないが」
「またこちらの戦力についても、周辺の悪魔を狩ることで全体的なレベルアップが見込める。それに周辺の危険を排除できれば、非戦闘員の護衛を減らして戦力にまわすことができる。相手は多数なんだから、少しでも味方は多い方がいいだろ」
「そこまで考えているなら、文句は無い」
「じゃあそういうことで決まりだ。予定通り明日、明後日で残りの悪魔を狩る。そして最後に東京湾のティアマトとの決戦となる。各自、しっかり準備して挑むように」
そういうことになった。
悪魔狩りが再開されたが、俺は連戦してきたということで休憩しろと葛葉たちにおいていかれた。
そんなわけでゆっくりしていたら、誰かの話し声が聞こえてきた。
「そういや、なんで日本にティアマトがいるんだろう。地脈から侵入したって言われても、繋がりがなさすぎじゃないか?それともどっかのダークサマナーが捨てたとか」
「なんかのシリーズで、地下にティアマト封印されてるのなかったっけ。そこから逃げ出してきたとかじゃね?」
「ソウルハッカーズですね。ティアマトかアプスーか倒す方を選ぶやつ。ティアマトは海水の属性を持つから、東京湾に繋がりやすかったのかもしれませんね」
ハッカーズは俺も好きな作品のひとつだ。何回もやりこんだ覚えがある。
「あれって、どっちか相手にダークサマナーが一人で戦ってたよな。あれくらい霊視ニキは強いってことかな」
「強いだろ、霊視ニキだし。それにモーさんも織雅さんもいるし、心配ないだろ」
「そうなんだけど、何か見落としてる気がして……」
なんだっけ。そういえば、何かあった気がする。
ハッカーズではティアマト(もしくはアプスー)を倒したのは雇われの最強のサマナーで、主人公はそのシーンをヴィジョンクエストで追体験していた。
ヴィジョンクエストになるからにはその最強サマナーは死んでいたことになるから、つまりそれは……。
「そうだ、たしか倒したダークサマナーが、その後に呪いか何かで殺されてたはずです。もしかしたら霊視ニキも危ないかも」
「「マジで!?」」
「その心配はない。こんなこともあろうかと、対策はしっかりできているとも」
通りすがりの織雅さんが、白い物体が入った小瓶を見せてきた。
「即死無効の身代わりアイテム【ホムンクルス】、その強化版だ。葛葉フレンズがラフムの
いきなり話の矛先が飛んできてびっくりした。
なぜか拍手をされたので、恥ずかしいやらで居心地が悪い。
「さすが葛葉フレンズ。無謀なほどに戦う男」
「あんなに戦い続けるの、デスマーチみたいで真似したくないね」
「しかも美女に囲まれてて羨ましい。しねばいいのに」
「ちっとも褒められてないですよね!?てか最後、呪殺してくるの止めてくれませんかね!」
俺たちはノリで生きているせいで、群れるとたちが悪い。休憩所で休憩できないとか終わってませんかね。
「ちなみに【ホムンクルス】はそれなりに貴重だから、全員分は用意できていない。持ってたら強化することくらいはできるが、時間がかかるから早めに言うように。他の人にもそう伝えておいてくれたまえ」
そう言うと、織雅さんは霊視ニキのテントへ向かっていった。
「【ホムンクルス】持ってる?」
「持ってるわけないじゃないですか。けっこう高いですよアレ。アレ買うくらいなら、アイテムガチャ回してますって」
「だよなあ。まあ俺たちは周辺の雑魚狩るだけだし、近づかなければ問題ないだろ」
俺も同意見なので、特に何も言わない。
全員に配らないというということは、大丈夫なんだろう。きっと。
・伊吹のスキルについて
伊吹は【マハラギ】は使えない。異なる属性はジャンルの違う教科のようなものであり、学習するのはそれなりに頭を使う。
記憶容量というよりも、習得に必要な労力と成果の釣り合いから考えて【衝撃属性】に絞って訓練している。
・マネカタについて
真3のとは別種なのかそれとも成長する時間がなかったのか、会話もできず文化もない。
原始人というより野生の猿に近い生体をしている。