【葛葉屋敷 本家】
『それは、正気で御座いましょうか』
鏡の中の女が言った。
燭台の明かりが照らす部屋の中に、四つの鏡台が並んでいる。
その鏡台の並ぶ部屋の一つ奥、御簾の中から妖艶な女の声が返ってきた。
「わたくしの正気を疑うと、そう言っていらっしゃるのかしら?面白いこと」
『いいえ、そういうわけでは』
「優秀な若者を葛葉家に引き入れることに、何の不都合があると言うのかしら。それとも、件の彼よりも優秀な者に心当たりがあるとでも?」
『あの、その』
『ございます』
言いよどむ女の横からかぶせるように、別の鏡から声が上がる。
『どこぞの馬の骨とも知れぬ者が、伝統ある葛葉の家の者よりも優秀なはずが御座いませぬ。我が息子であれば、必ずや御前様のご期待に添えることができましょう』
「まあ、それは本当に?頼もしいわ。ところで他のかたがたはどう思うのかしら」
『我が夫であれば、件の若者に負けることはないでしょう』
『我が家としては、御前様のお言葉に異論はございません。新たな風を入れるのも、お家のためになる事でしょう』
『ええ、はい。我が家も、その、問題ないと考えます』
『あら、アナタも賛成なさるの?先ほどは正気かなんておっしゃっていたのに』
『先ほどはその、我が家の方でも色々とあったところだったので……』
『まあ、それは大変ねえ。ですがそれでは……』
『ですが……』
『ですが……』
女たちは口々に話し合い、話題がつぎつぎに変わっていく。
しばらく経ったところで葛葉御前が、ぱちりと扇子を鳴らした。
「みなさんのおっしゃりたいことは、よくわかりました。反対意見が複数ある以上、このままわたくしの意見を押し通すのは、よろしくないでしょうね」
『それでは、考え直していただけるので?』
「ではどうすればみなさんにご納得していただけるか、わたくし考えましたの。どうでしょう、みなさんで件の若者の実力を試してみませんこと?時と場所はわたくしが用意します。みなさまは、
葛葉御前の提案に、鏡の中の女たちは顔を見合わせる。
まるで最初から用意していたかのような提案だが、それを断る選択肢は彼女たちには与えられていないようだった。
『そ、それは素晴らしいことでありますね。ではさっそく家の者に言って、準備させるといたしましょう』
『はい、その通りでございます。我が家の実力を以て、力の証明とさせていただきましょう』
『御前様のお言葉に従います』
『えっと、その、はい。微力を尽くさせていただきます』
「期待していますよ、みなさん」
葛葉御前は楽しそうに笑い、会合を締めくくった。
◇◇◇
約束の日、いつもの駅前へ行くと前と同じ黒塗りの車が待っていた。
黒塗りの車は俺だけを乗せて十数分走り、立派な門構えの旧家の前で止まった。
運転手が外から回り込み、降りやすいようドアを開けてくれる。
ここが、あの葛葉家なのか。
重厚な木製の門は閉じられている。ここでノックをしても、家まで届かなさそうだ。
声をかけるればいいのだろうか。
手触りが気になり手を伸ばすと、届く前になぜか門が内側に開かれた。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ中へお入りください」
門の前には、和服の老婆が待ち構えていた。
老婆に案内されて、屋敷の中に入る。
この人が小夜ちゃんが言っていたお婆さまかと思ったが、気配が人間のそれではない。
たぶん、この家に憑く使い魔のたぐいなんだろう。
気張る必要はなさそうだ。
「どうぞこちらでお待ちください」
案内されたのは小さな和室だった。
閉じられた障子の向こうで老婆が去っていく気配を感じながら、用意された座布団に座る。
するとすぐに、新たな気配が近づいてきた。
「失礼します」
静かに開けられた障子の向こう側にいたのは、和服姿の小夜ちゃんだった。
「お待ちしておりました。ここを自分の家だと思って、ゆっくりしていってください」
「ありがとう。よろしくお願いします」
丁寧な挨拶につられて頭を下げる。
いくぶん棒読みになるのも仕方がないだろう。緊張するなという方が無茶だ。
落ち着いた色合いの和服は小夜ちゃんにとても似合っている。
そしてその後ろに、先ほどの老婆がいた。
いや、服装がさっきよりも良い物に変わっている。こっちが本物のお婆さまなのだろう。
小夜ちゃんと同じくらい小柄ではあるが、その体から迫力のようなものがにじみ出ている。
背筋がピンと伸びていて、こちらまでつられて背筋が伸びる。
小夜ちゃんが隣に座り、お婆さまが向かいに座る。
まずは招かれたことにお礼を言い、お土産にと菓子折を渡す。渡した直後にデパートで買った物で良かったのかと後悔したが、もう遅い。
お高い和菓子ではあるので、大丈夫であることを祈ろう。
そうして話が始まる。
内容は主に俺と小夜ちゃんの今までの話だ。改めて口にすると妙に現実感がない。まるでラノベを読んでいるような気分になる。
出されたお茶は普通のものだったし、お茶菓子は俺が持ってきた菓子折だった。二人とも特に気にしていない様子なので、ほっとした。
普通って素晴らしいね。
しばらく話をしたところで、廊下に使い魔の気配がした。
お婆さまが使い魔にうなずき、こちらへ告げた。
「風呂の準備ができたようじゃ。雄利どの、案内させますので身を清めてきなされ」
「はい、ありがとうございます」
言われるままに席を立つ。
ちなみに両親には「お付き合いさせてもらっている相手の家に泊まりに行ってくる」と言ってある。
最近の俺の様子から気づかれていたようで、あまり五月蠅く言われなかった。
こんど紹介しろとからかい口調で言われたくらいだ。
ただ、相手が旧家のご令嬢だとか、指輪を渡してあることまでは伝えていない。
そもそも自分の霊能力のことすら伝えてないので、そっちから理解してもらうのは難しいかもしれない。
頑張って説明してくれ、未来の俺。
今日のこれからだって、ナニかあるとは思っていないし思われてもいないだろう。もちろん小夜ちゃんだってそう思っているはずだ。
とりあえず顔合わせで、詳しいことはおいおい決めていくことになると思っている。
そうだよな?
案内された先にあったのは木製の風呂で、清々しい木の香りが浴室に満ちている。
作法とか分からないので、普通に体を洗うことにする。
置いてある石けんも良い香りがする。少なくとも薬局で買えるようなものじゃないだろう。
ちょうど体の泡を流したところで、脱衣所の方に誰かが入ってきた。
気配からすると小夜ちゃんのようだ。
「雄利さん、お着替えをここに置いておきますね」
「ありがと」
それだけで小夜ちゃんは戻っていったようだ。
べ、別にラノベ的なお約束を期待していたりなんかしないし!
残念だとか思ってたりしないし!
緊張した分だけ余計に脱力しながら、風呂で暖まる。
霊地である阿頼耶神社の温泉には遠く及ばないが、このお湯にも若干の回復促進作用のようなものが感じられる。
匂いからして、薬湯のたぐいだろう。
風呂から上がり、体を拭いてから用意された着替えを確認する。
真新しい肌着はゴールデンモールでも売っていた既製品だ。俺がいなかった時に買っていたのはコレだったのかもしれない。
そして服の方だが、黒のズボンとワイシャツだった。両方ともぴったり体に合うので、これはもしかしたら採寸されたオーダーメイドのものかもしれない。
そういえば「葛葉の家に来る時に必要だから」みたいなことを言ってた気がする。
風呂場の外で待っていた使い魔に案内されて、今度は広い部屋につく。
そこではお婆さまが、大きな包みを用意して待っていた。
「こちらが正装になります」
そう言って開かれた包みの中にあったのは、黒の学生服と黒の外套だった。
こちらも体にしっかりフィットする作りだった。だが、デザインを見て思わす苦笑いが浮かぶ。
これを小夜ちゃんがオーダーしたわけじゃないよな?
デザインが、ゲームの葛葉ライドウをかなり意識して作られている。
きっとデザイナーがゲームのライドウを知っていて、悪ノリしたのだろう。魔封管と拳銃用のホルスターまであるのがその証拠だ。
剣帯には持参していた木刀を吊るす。
残念ながら【七星村正】はまだ修理が終わっていなかった。
しかし着てみるともの凄く動きやすくて、制作者の技術の高さを感じさせる。
自分の趣味と品質を両立させるところもまた【俺たち】らしくある。
外套なんて普段着けていないので、これでいいのか自信が無い。
姿見で確認していると、小夜ちゃんがやってきた。
「お待たせしました」
小夜ちゃんもまたお風呂に入ってきたようで、まとめられた髪がつややかになっている。
服は俺と同じく黒の学生服。スカートの丈が長い。
小夜ちゃんは俺の服を見ると、小走りで寄ってきた。
「ふむ、問題はなさそうじゃな。とても良い仕事がされておる。あの店にはよい職人がおるようじゃな」
小夜ちゃんは俺の周りを回りながら着こなしを確認している。
自分の注文した以上のものができたのか、口調が満足気だ。
「小夜さん?」
「お、お婆さま!?失礼しました」
気づいていなかったのか存在を忘れていたのか、小夜ちゃんがあわてて頭を下げる。
「いえ、いいのですよ。わたしはあちらの準備をしてきますね」
お婆さまが座敷から出て行くのを見送ってから、小夜ちゃんは照れたように笑った。
「ちょっとはしゃいでしもうた。しかし本当によく似合っておるのう」
「小夜ちゃんも似合ってるよ」
はしゃぐ小夜ちゃんも照れる小夜ちゃんもかわいい。
「そうそう、今のままでも十分に格好良いが、これでより完璧になるぞ」
そう言って渡してきたのは、ライドウのトレードマークとも言える黒い学生帽だった。
もう完全に葛葉ライドウのファッションだが、期待に満ちた目をされたら断ることなんてできるはずがない。
覚悟を決めて学生帽を被った。
「どう?変じゃないかな」
「おお……。はっ、格好よすぎて、見とれておった」
「それほどでも、ある?」
シュバっとポーズをとると、小さく拍手をしてくれるのでポーズを変えまくる。
外套をバサッとひるがえすと、思った以上に動きがでてカッコイイポーズが取れている気になってくる。
小夜ちゃんが褒めてくれるので気分マシマシだ。
そんなことをしていると、障子の外から声がかかった。
「こちらの準備はできました。そちらは大丈夫ですか?」
「「はい、大丈夫です!」」
変なやりとりしていたのがバレたような気がして、つい返事に力が入ってしまった。
…………
お婆さまに案内されて、屋敷の裏にあった倉に入る。
中には地下へと続く階段があり、それを下った先に一つの扉があった。
「ではこれより、葛葉本家への道を開きます。二人とも、覚悟はよろしいですね?」
「はい」
「えっ、本家への道?」
思わず聞き返すと、小夜ちゃんに不思議そうな顔を向けられる。
「そうじゃ。ここはわしが雄利さんのいる学校へ通うために用意された家じゃ。葛葉の本家に行くには、この道を使う必要がある」
『葛葉の家』って小夜ちゃんの住んでる家ってことじゃなく、『葛葉本家』の事だったのか!?
あれれ、なんか思った以上に大事になっていませんかねえ。
「竜脈を利用した人工の異界であり、通路でもある。この地と葛葉本家を繋いでいるのじゃ。地上を進むより、遙かに早く向かうことができるぞ。特段の用事が無ければ使用することはできんのじゃが、今回は使用の許可が下りた。すなわち、本家も雄利さんのことを認めたということじゃろう」
「へー、そうなんだあ」
うーん、やっぱり大事になってるっぽいなあ。
いや、将来のことも考えれば、手間が省けたと考えるべきか?
小夜ちゃんだって葛葉一族なんだし、どこかのタイミングで本家に挨拶しておいた方がいいのは間違いないだろう。
それに向こうが受け入れ準備もしているようだし、今更やめたとは言えないだろう。
「おーけー、わかった。覚悟を決めた。行こう」
俺の決意が揺らぐ前に、勢いで行ってしまおう。
「では、開きますよ」
お婆さまが年代物の鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
ガチャリと音がした瞬間、扉の向こうから風が吹いた気がした。
蝶番が大きな音を立て、扉がゆっくり開いていく。
その向こうは真っ暗だ。そう思った次の瞬間、音を立てて燭台に火がともる。
ろうそくが刺さっただけのシンプルな燭台が、一定間隔で木の廊下を照らしていた。
「それではご武運をお祈りします」
ご武運ですと?
小夜ちゃんを見るが、やる気の満ちた顔で見返してくる。
まあ、いいか。
深呼吸をしてから、廊下へ足を踏み出した。
「しばらくは振り返ってはならんぞ」
「わかった」
廊下を歩き出してすぐ、扉が閉められる音が聞こえた。
狭い廊下を並んで進むと、T字の突き当たりが見えた。
「こっちじゃ」
小夜ちゃんが進む方向を教えてくれる。
代わり映えのしない廊下が続くが、迷う様子もなく進んでいく。
途中に障子や木の扉があるが、必要のあるところだけ開けて通過する。余計なところを開けると山の中に放り出されるかもしれないらしい。
メガテニストとしては残らずマッピングしたいところだが、今は無理だ。残念。
「雑霊が思った以上に少ないようじゃな。これは進みやすくて良い」
たしかに、弱い気配がいくつか感じられるが、こちらに寄って来ない。それどころか近づくと逃げるように遠ざかっていく。
「普通は人間の魂の輝きに惹かれて、
レベルの低い雑魚敵が逃げていくってことか。こっちから積極的にぶつかっていかない限り、戦闘になることはないのだろう。
そのまま少し進んで、障子戸が並んだ場所に到着した。
小夜ちゃんに目配せされ、慎重に障子を開く。
中は広い部屋になっており、青い畳が何畳にもわたって続いている。
その中央に少年が一人立っていた。
「自分らもう来たんか、早すぎんか?おおかたライドウん
少年は大げさに肩をすくめる。
口調とは裏腹に口の端をつり上げているところが、無邪気という言葉では誤魔化せない性格の悪さを感じさせる。
あれも葛葉家の人間なのだろうか。
「キョウジの家の直哉じゃな。次代の当主を自称する程度には実力がある」
まだ中学生程度にしか見えないが、小夜ちゃんが言うならそうなんだろう。
葛葉キョウジには直接会ったことはないが、根願寺と【終末アサイラム】の折衝役として間に入っている苦労人だと聞いている。
少なくともあの子供がそれをできるとは思えないから、次代当主うんぬんは霊能力に関してなのだろう。
「小夜ちゃんヒドいやん。せっかくオレがお
直哉はスタンディングスタートのポーズをとったかと思うと、次の瞬間、消えたと錯覚するほどの高速で接近してきた。
「悪い子は教育したらなアカンn……ぼへぇ!?」
「あ、悪い」
捕まえようとした手が勢い余って、もろに顔面に入ってしまった。
直哉は空中で一回転し、畳に四肢で着地した。
「いきなり何すんねん!痛いやないかボケカスぅ!」
「いきなり突っ込んできたのはキミだろ。戦闘開始って言ってたら、もうちょっと優しく止められたよ」
「ウソこけ。おまえみたいな劣等人種がオレのスピードについてこれるわけないやろがっ!」
再び消えたように見える速度で突っ込んできたので、今度はえり首を捕まえてぶん投げる。
乱暴な投げだが着地までに体勢を立て直しているので、怪我はないだろう。
それなりに実力がある相手は、手加減が楽でいい。
「クソがっ!雑魚が無駄な抵抗すんなや!素直にオレにボコられとけやっ!!」
「痛いのはイヤだなあ。誰だってそうだろ?」
「オレに口ごたえすんな!」
頭に血が上っているのか、やはり直線的に突っ込んでくる。
捕まえようとした時に目の前から消えた時は少し驚いたが、背後に出てくるのもまた素直だと言えるだろう。
不意打ち狙いで殴りかかってきた腕をつかんで投げてやれば、悔しそうな顔で飛んでいくのが見えた。
それから何度も何度も突っ込んでくるのを、捕まえては投げ飛ばす。
フェイントがたまに挟まるようになったが、対応できないほどじゃない。
最初は消えるような速度だと思ったが、どうやらわずかな時間だけ本当に消えているように見える。きっとそういう術を使っているのだろう。
直接攻撃が俺に当たらないことがやっと分かったのか、今度は
だが今の俺はガーディアンのおかげで呪殺は
「なんでだよ!クソザコのくせに!!ズルすんなよ!!!」
「泣いたって現実は変えられないぞ。もう負けを認めたらどうだ?」
「オ゛レ”は”、負”け”な”い”!”」
最後には
力任せの特攻など、力で勝っていれば簡単に止められる。
そういえば体育の授業で柔道の練習をやったなー、などと思いながら、習ったとおりの背負い投げをキメる。
「はい一本。俺の勝ちね」
「ウ”ソ”た”オ”レ”か”負”け”る”わ”け”な”い”!」
「人間は負けを認めることで強くなるのだよ。いつか自分の弱さを直視できるくらい強くなれるといいね」
「や”た”や”た”や”た”や”た”ーーー!」
ギャン泣きする子供の相手はしたくない。
助けを求めて小夜ちゃんを見ると、うなずいて寄ってきた。
「直哉を子供扱いするとは、さすが雄利さんじゃ。惚れ直したわ」
「こ”と”も”し”ゃ”な”い”も”ん”」
「先への道はちゃんと見つけてある。ささ、早く次へと参ろう」
「う”わ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ん”」
小夜ちゃんは腕をとって引っ張ってくる。
泣きじゃくる直哉は無視なようだ。
まあ、最初のやりとりで仲が良くないのは分かっていたから、こうなるのは当然なのかもしれない。
次期当主を自称しているし、このまま放っておいても大丈夫だろう。
・ライドウの服
小夜がオーダーしたのは黒の制服風の戦闘服。男女1セット。それと下着。
オーダーを受け付けた店員が全てを理解(自己解釈)し成し遂げやがりました。
・葛葉家の人々
霊能力者としての選民意識があるので性格が悪い人が多い。
ただ、全体的に能力が低いのでイヤなヤツ程度でおさまっている。一族同士で殺し合いとかするわけないよなあ。(なおお仕置き部屋)
・直哉くん
モデルは呪術の彼の少年時代。
葛葉家の中で強くても、鍛えた転生者にはとうてい及びません。
才能はRくらいあるのは間違いないんですけどね。