長い廊下を抜けた先に、大きな扉があった。それを押し開けた先は、薄暗い竹林になっていた。
竹林の中には距離をおいて石灯籠が並んでいる。その先に同年代のメガネの女と、壮年の男が立ってた。
女は学生服を着ていて、男性は和服の上に外套を羽織っている。外套の下ではおそらく、刀を腰に差している。
両方とも長い髪を後ろで一つに結んでいる。立ち姿が似ているので、たぶん親子なんだろう。
「私が第十九代目、葛葉ゲイリンだ。前置きはいい、私に勝ってみせろ」
男性……ゲイリンが外套を投げつけてきた。
外套にゲイリンの姿が隠れて見えなくなる。この先の展開がいくつか予想できるが、するべき対応はだいたい同じだ。
「【ヒートウェイブ】!」
腰の木刀を抜刀する勢いのまま技を放つ。
投げられた外套を含めた広範囲をなぎ払い、相手の行動できる範囲を制限する。
「くっ」
飛び上がって回避したゲイリンに体当たり気味にぶつかっていく。
木刀は刀でふせがれた。
ゲイリンがこちらを蹴り離そうとするのが見えたので、それに足を合わせて押し飛ばす。
飛んでいったゲイリンを追う前に小夜ちゃんを振り返るが、大丈夫というようにうなずかれたので、そのまま女の横を走り抜けた。
◇◇◇
【葛葉小夜】
小夜は雄利を見送ったあと、残った女と向かい合った。
「よう、小夜。久しぶり。元気してた?」
「おう、むろんじゃとも。真希の方はどうじゃ?」
「元気にはしてたけど、急に東京から呼び戻されたのにはムカついたよ。でも小夜がいい男を見つけたって聞いたからな。ぜひとも顔をおがんでやろうと思ったわけさ」
真希と呼ばれた女性はからかうように笑い、小夜は楽しそうに笑い返す。
「とても格好良かったじゃろう?真希も早ういい人が見つかると良いな」
「女を置いて一人で先に行くヤツがいい男だっていうのか?」
「もちろんじゃ。なにせわしを信頼してくれたのだからのう」
真希は笑顔を崩さないまま、服の内側から三節棍を取り出した。
「ずっと御前様の影に隠れていたヤツが、男ができた途端に威勢が良くなったな。虎よりも犬の威の方が好みだったのか?」
小夜も腰のベルトから、鋼色の鉄扇を抜いた。
「きゃんきゃん吠える仔犬はおぬしじゃろう。いくら吠えても親は戻ってきてくれぬぞ?」
「あんなクソ親父なんざ顔も見たくないね。それよりもアンタ、生意気を言うだけの覚悟はできてるんだろうな」
真希が三節棍を振りかぶりながら迫る。小夜はそれを正面から迎えうった。
遠くで振り下ろされた勢いが、鎖を伝って棍を伸ばす。
先端の速度は目で追うのが難しいほどになるが、小夜は踊るような足さばきで回避する。
広い攻撃範囲の中では、四方八方から棍が飛んでくる。
しかし小夜は落ち着いてそれを回避し続け、あっという間に真希の正面に立った。
「間合いに入れば攻撃できないと思ったかよ!」
小夜の背後から死角をつくように棍がせまるが、振り返りもせずに鉄扇ではじいた。
真希はその結果を見る前に体勢を低くし、足払いから始まる三連撃を放つ。
小夜はそれを跳び、打ち合い、避けて距離を取った。
流れとしては小夜が一方的に攻撃されているが、冷や汗をかいているのは真希の方だった。
「なんだ、意外と動けるようになっているじゃないか。引きこもりはもう止めたのか?」
「そっちこそ、以前より動きが鈍っておらぬか。もしや手加減してくれておるか?会わぬ間にずいぶん優しくなったのう」
真希が小夜の強さに驚いているが、小夜もまた自身の成長に戸惑ってもいた。
小夜と真希が会うのは数年ぶりであるし、そもそも話をするような仲ではなかった。
刀術を中心とした物理型の戦闘方法を主体とするゲイリンの家系と、悪魔を使役して戦わせるライドウの家系。その違いから、お互いを下に見ている部分さえあった。
小夜は、小柄な自分が直接戦闘に向いていないことを理解していた。なので前衛を仲魔にまかせて、自分は後方から術で攻撃やサポートに徹していた。
なのに今回そうしていないのは、なんとなく戦えそうだと思ったからだった。
以前は感じていた暴力の気配が、今は怖いと思わなかった。
それはステータスの差から来る脅威判定であり、その生い立ちから他人の様子をうかがって生きてきた小夜が身につけていた能力だった。
それが今の小夜なら、真希と互角に戦えると言っていた。
「そろそろ体が温まってきたころじゃろ。準備運動が不足して負けたとは言わせぬぞ」
「そこまで挑発しておいて、後悔すんなよ。おい、“一番”をよこせ!」
真希が三節棍を投げ捨ててから言うと、竹林から武器が飛んできた。
長柄の先に蛮刀のついたそれを手に取り、勢いのままくるくると振り回す。
ずいぶんと使い慣れているようで、身長ほどの長さのあるそれを手足のように扱っている。先ほどの三節棍よりも、使い慣れていることは明らかだ。
それを見た小夜は、口の中で小さくつぶやく。
「やれやれ、意地を張るのは楽ではないな」
小夜もまた二本目の鉄扇を取り出した。
「正々堂々、一対一で決着を付けよう。それでよいな?」
「はっ、余裕こいて、後悔しても知らないからな」
お互いの視線が交差し、空気がピンと張り詰める。
風がさわさわと竹林を鳴らし、どこかで獣が鳴く声が響く。
数分か、あるいは数秒か。無言で見つめ合う時間が続いた後、風が大きく竹をしならせた。
その瞬間、真希が先に動いた。
矢のような速度で走り出し、その勢いのまま武器を投擲する。
回避どころか反応すら難しい神速の一手。
だが小夜は、それにギリギリで反応して真上に弾いた。
「は?」
自らの武器を視線で追った真希へ向けて、振り上げた鉄扇を踏み込みざまに振り下ろす。
直撃ではないが手応えはあった。
転がった真希を目で追うと、足跡だけ残してすでにその場を離れている。
見失ったかと視線を巡らせた瞬間、背後に殺気を感じる。
放たれたゼロ距離の打撃を鉄扇で受け止め、距離を取るために下がる。
しかし真希はぴったりと追ってきながら、連続で打撃を放ってくる。
二撃三撃。鉄扇で防いでいるからか、思った以上のダメージはない。
四撃五撃。相手の動きを目で追えていると理解する。
六撃七撃。わずかな隙間で呼吸を整える。
八撃目に鉄扇を合わせ、反動で距離をとる。
逃がさぬとばかりに真希が追ってくるが、その目の前に先ほど打ち上げた長柄が落ちてくる。
真希はそれを分かっていたかのように受け止め振るおうとする。しかしそれは小夜の読み通りだ。
落ちてきた武器がつくる死角を利用して真希の胸元に滑り込み、右の鉄扇を首元に、左の鉄扇を死角である腰にめがけて振るう。
それを腕と長柄で食い止めたのは、さすが真希と言うべきか。
次の瞬間に反撃の膝が飛んできたので、小夜はとっさに距離をとった。
「小夜、お前マジで変わりすぎだろ。後衛の術士が打撃戦で私に優位とるとか、あり得ねえよ」
「経験の差、というヤツじゃな。狭い家の中では見ることはできなかったものを、外でたくさん見てきたのじゃ」
「異界の討伐……か。やっぱり私もなんとかして参加しとくべきだったな」
真希は肩をすくめてから構えを解いた。
「難しいんじゃないかのう。あの異界は状態異常を仕掛けてくる悪魔が多かった。わしは後ろから術を飛ばしておればよかったからなんとかなっとったが、前に出ておったらあっという間にやられておったと思うぞ」
「お前じゃないんだからそう簡単には……」
「そういうことは、わしの攻撃を避けてから言うんじゃな」
「くっ、小夜のくせに言いやがる。でも、一発くらい食らったとしても回復してからまた殴りにいけば……」
「その一発で、麻痺とか石化とかされておるよ。囲まれたなら、袋だたきじゃろうな」
「マジで?」
「マジじゃ」
小夜の言葉の意味を、真希は数秒考える。
「ちょっとくらいオマケできない?」
「状態異常に耐性のつく装備は持っておるか?」
「んな高級品あるわけないだろ」
「では無理じゃな」
「そうだ、私でも遠距離攻撃ができりゃいいんだろ?なら弓でも持って行けば……」
「初対面の一般人におぬしが前を任せられるのか?」
「一般人?ああ、一般から出た霊能集団に外注してたんだっけか。……あー、そりゃ無理だ。私がそいつらより後ろにいるなんて許せるわけがない」
小夜は口元を隠して微笑む。
真希は武闘派ではあるがバカではない。彼らの実力を目の前で見せられれば、自分との差を理解できるだろう。
だがそれでも由緒ある葛葉一族の者として、守るべき一般人に守られる自分など考えられないのだろう。
「難儀なヤツじゃなあ」
「む、お前いま私のこと笑ったろ」
「笑ってはおらぬぞ」
「いーや、笑った。絶対に笑ってたね。そういう陰険なことやってると彼氏が逃げるぞ」
「し、失礼じゃな。そんなことあるわけないじゃろ!」
「どーだかな。わかんねえぞ」
少女たちの言い合いは、雄利が数分後に戻ってくるまで続いた。
◇◇◇
【伊吹雄利】
無事に全ての試練を突破した俺たちは、葛葉本家で歓迎……される前に、なぜか俺だけ別の座敷に案内されていた。
いちおう一人ではなく、話し相手が一人いたが。
「私は認めん。貴様の剣は素人同然で、技術も何もなかった。私の剣術は、貴様になど負けてはいない」
先ほど一対一で倒したはずのゲイリンが、殺意のこもった視線を向けながらぶつぶつ言っていた。
たしかに剣術の腕はゲイリンの方が上だが、基礎であるレベルとステータスは俺の方がはるかに上のようだった。
レベルが上がるほど、同じ一秒の中でできる判断と行動の精度が上がる。だから技術は重要ではあるが、それだけでレベル差を覆すのは不可能に近い。
たとえば神主は幹部級の人によく勝負を挑まれているが、神主にあと一歩で届くように見えて、その一歩は地獄のフルコースを食べきらなければ踏破できない。
そんな格差があるのだと霊視ニキが言っていた。
「そもそも貴様の武器はただの木刀ではないか。それで私の名刀虎徹に、勝つ、など……ありえるわけがない。つまり先ほどの勝負は無効だ」
「別にいいですよ。なんなら今度は素手で相手しましょうか?何の技術もない素人の振るう木刀に負けたゲイリンさん」
「殺す」
懐に忍ばせていたのか、短刀が俺の目の前に迫る。
本人が自慢するだけあってゲイリンの技術は神業と呼べるもので、抜刀からの流れが自然すぎて攻撃だと認識ができない。
ただでさえ剣先が見えないくらい速いうえに、たとえ見えていても反応することができないのだ。
だが俺はもうそれを何度も見ている。
それが攻撃だと思えなくとも、抜刀体勢に入った段階で刀の軌道から逃げればいい。
正座した状態から上半身を後ろに倒し、そこから後ろに跳びずさる。
当たらないと思っていた短刀は、前髪の数本を斬り飛ばした。
だがそれだけだ。
最適な打点を外せば攻撃の威力は激減する。それでも無理に当てようとすればズレた分だけ体勢が崩れ、次の行動までの硬直が発生する。
返す刀が流れるように振るわれるが、もうそこに俺はいない。そしてゲイリンは隙だらけだ。
「【
衝撃でゲイリンの肩を撃ち抜き、部屋の反対側へ転がした。
「何度やっても同じですよ。いい加減に理解してください」
「ぐぅ、わ、私はまだ、負けていない」
「そういう負け惜しみは、悪魔に殺されてから言ってください。次はその短刀
「うう、わ、私の虎徹ぅ……おおお!」
うーん、みっともない。
先ほどの戦いで、俺はゲイリンの刀を折ってしまっていた。偶然であり狙ってやったわけではないのだが、折られたことに気づいたゲイリンは文字通り硬直してしまい、勝負どころではなくなってしまった。
折った時は悪いことしたと思ったけど、そもそも俺が二回勝ってからの泣きの三回戦目だったし、しつこすぎてうんざりしてたので気遣う気持ちはすぐに消えた。
しかしもうこのオッサンの相手をするのがイヤになってきたな。
そんなことを思っていたら、廊下の障子が勢いよく開けられた。
「やっほー、かつとしくん元気しとるー?お、ゲイリンのおっさんオモロい格好してオモロい顔して何やっとんの?写真とってSNSに上げたろ」
クソガキもとい直哉少年が入って来るなりスマホでパシャパシャやりはじめた。
ゲイリンはどうでもいいのだが、こいつにはどう対応したらいいのかちょっと迷う。
「えっと、何か用でもあるのか?」
「あ、そうだ。かつとしくんの歓迎会の準備が終わったんで呼びに来たんや。主役の登場をみんな待っとるで」
直哉は機嫌良さそうに廊下へ走り出た。
「そうそう、かつとしくんは後でオレが必ずヘコましたるから、他のクソどもに絶対に負けたらアカンで。そこんとこ、よーく覚えといてや」
「そういう結論になったの?まあ、わかったよ」
面倒くさくはあるが、ゲイリンのようなヤツが増えなくて良かったなとも思った。
…………
葛葉家の歓迎会は、賑やかなものだった。
俺と小夜ちゃんが上座に案内され、座っているだけで色々な人が挨拶にくる。
正直に言って、誰が誰だかすぐに憶えられるほど頭がいいわけではない。
とりあえず試練の道にいた人たちはそれなりに偉い立場だったが、それより上の人も何人かいたことは分かった。
直哉の父親らしい当代のキョウジは、仕事でまだ東京にいるらしい。
というか葛葉本家であるここは京都にあるらしく、俺たちは新幹線に乗るより早くたどり着いたのだとか。
異界はとことん現実離れしていることを実感させられた。
ゲイリンの奥さんからは旦那のしたことを軽く謝られ、その上で「お詫びにウチの真希をもらってくれない?妹の真衣をつけてもいいわよ」などと言われたので断固お断りさせていただいた。
挨拶の人が途切れたところで、場が急に静かになった。
「葛葉御前様のおなりです」
その場の全員が頭を下げたので、俺も同じようにする。
沈黙が満ちる部屋の中、入ってきたのは
・ゲイリン
某呪術のクソ親父。
HNくらいの才能の限界まで剣術を鍛え上げた。だが無意味だ。
娘の才能はN。妹はギリHN。