私がそこに行ったのは、18歳になる前。それより遅くなると、【聖杯】の足取りがつかめなくなるからだった。
その聖杯さえ取り除ければ、まゆりがいつまでも生きられる世界が完成する。
ちなみに私はその時点ではまだ結婚していなかった。
目的地は寂れた地方都市だった。
ネット環境などない、冬になれば雪に閉ざされる、そんな貧しい場所だった。
インフラの整備は遅れていたが、人々は信仰をよりどころに強く生きていた。
目的の聖杯は、名前の通りの『杯』の形はしていない。それは『聖杯の器』たる要素を持った、人だということまで調べがついていた。
この地に住む魔術師が、メシア教の支援のもと人工的に【聖杯】を作り出す研究をしているらしい。
おそらく運命の日にその【聖杯】が完成し、世界を管理しようとするのだろう。
私はその研究を中止あるいは破壊するためにここに来た。
錬金術を極めた魔術師アインツベルン。
彼とその研究をより詳しく知るために、その助手に近づくことにした。
その助手の名はクリスティーヌ。銀髪の美しい女性だった。
…………
私の調査は驚くほど上手く行った。それというのも、クリスティーヌが日本語を流暢に話すことができたからだ。
寒村に産まれてすぐにメシア教に引き取られ、そのまま魔術師に引き渡されたと本人が言っていた。
彼女はとても頭が良く、霊的才能ではなくその頭脳によって実験材料の地位から脱していた
そして魔術師の最高の弟子とまで呼ばれるまでになっていた。
調査を進めるうちに、私はとある事実に気がついた。それは彼女の言葉の端々から感じ取れていたことで、ある日思い切って聞いてみたところ、確信となる言葉を引き出すことができた。
「ぬるぽ」
「ガッ」
彼女もまた転生者だった。
私は彼女の協力を得ると魔術師をより詳しく調査した。
魔術師の望みはホムンクルスによって理想の女性を再現することだった。
私は魔術師と直接交渉し、神主の式神の技術と【俺たち】の美術センスによる可能性を示すことで、メシア教からの離脱を約束してもらうことができた。
そうやって調査を進める課程で、私は彼女を愛してしまった。
彼女はとても頼りになる相棒で、その冷静な頭脳と垣間見える
私はまゆりが死ぬことに疲れていたのだと思う。
何度も何度も死ぬ彼女を、もう見たくなくなっていた。だからその時はもう、葛葉ライドウとしての活動は少なかった。
まゆりとも意識的に距離を取っていた。そのせいで、クリスティーヌに救いを求めてしまったのかもしれない。
私は葛葉家から離れ、クリスティーヌと結婚した。そして一年後に娘のサーヤが産まれた。私たちは幸せに暮らせるはずだった。
だが新たな過激派が襲撃を仕掛けてきた。
彼女を守るため、魔術師と協力してメシア教過激派と戦った。それに勝利したことで、聖杯が起動することはなくなった。
これでまゆりが死亡する未来はなくなった。
だがその代わりとでも言うように、クリスティーヌが死んだ。
過激派が報復のために襲撃してきたのだった。
私が囮となり、単独で敵を引きつけた。レベルは大きく引き離していたため命の危険は感じなかった。だが敵の数は多く、全てに対応するのは難しかった。
やはり別働隊がいたのだろう。街の出口で大きな爆発が起こった。敵を蹴散らして駆けつけたそこには、結界で守られたサーヤしか残っていなかった。
私はまた愛する者を救うことができなかった。
もしかしたらサーヤも失ってしまうかもしれない。私は愛する者たちの近くにはいられない。
自分の運命を恐れた私は、サーヤを葛葉に預けることにした。
そして私は別人となって葛葉から縁を切り、行動を始めた。
…………
(黒ずくめの男が、黒いヘルメットを脱いだ。その顔は以前に見たことがあり、何度か会ってもいる。ただ、以前よりさらに疲れているように見えた)
手始めに私は名前を変えることにした。
『織雅大助』
それが私の新しい名前だ。
神主の知り合いの、単独で活動するデビルサマナー。この肩書きならば、人付き合いは必要最低限で済む。
私はただの転生者の一人として、終末への対策を始めた。
と言っても、以降のルートはだいたい確定できている。あとできることは、戦力になりえる転生者のスカウトくらいだった。
それまでの周回で、戦力になりえる転生者の存在は知っていた。
覚醒することで自分の身を守れるようになる者がいる。修行期間が増えればそれだけ活躍できる機会が増える者がいる。
伊吹くん、キミもまたその一人だ。
キミは以前の周回であれば、悪魔の実在が一般に知られ始めた今くらいの時期に加入していた。
今は多数ある小異界の討伐のせいで、新人を丁寧に指導することが難しい。そんな中でもキミは順調に強くなっていった。
キミが早く仲間になっていたら、終末を乗り切りやすくなる。
私がキミに声をかけたのはそのためだ。
だがキミが成長したサーヤと知り合いになるとは思ってもいなかった。
掲示板でキミの書き込みを見て、まさかと思って手が震えたよ。
サーヤのことはまゆりに任せていたから、どうなっているかは知らなかった。ただ元気で生きていてくれたらいいと思っていた。
キミに言いたいことは色々あるが、彼女から離れることを選んだ私にそれを言う権利はない。
だから私は『おめでとう』とだけ言おう。
キミならばきっとサーヤを幸せにしてくれるだろう。
私のようには決してならないで欲しい。
では、次の周回で会おう。キミは覚えていないだろうけれど。
◇◇◇
映像は、男の疲れた笑顔で終わった。
暗い画面を見つめながら色々と考えていたら、ため息とともにつぶやきがもれた。
「織雅さん、アンタ、馬鹿すぎだよ」
…………
一晩悩んだが、やはり俺だけの胸に仕舞っておくわけにはいかないと思ったので、クダギツネのギンコに頼んで御前様に連絡を取った。
小夜とともに葛葉本家に行き、二人の前で映像を再生する。
しかし内容が某科学アドベンチャーノベルゲームのアニメの第一話に変わっていたので、要らん汗をかいてしまった。
ええい、余計な小細工をしやがって。
しかも制作が株式会社ドゥームスになってるじゃないか。よりにもよってこのアニメにしたのは、おそらく発注された先が悪ノリした結果だろう。趣味が悪すぎる。
仕切り直して、俺が見た内容を二人に伝えることにする。
内容を多少誇張してしまったかもしれないが、映像を二人に見せられるようにしなかった織雅さんが悪い。
二人は最後まで黙って聞き、終わってからもしばらく何も言わなかった。
と思ったら、すんすんと鼻をすする音が聞こえる。よく見るまでもなく、御前様が瞳をうるませていた。
「倫太郎くん、かわいそう。ううん、今もがんばっているんだね。私は何も知らなかった」
「悪いのはあの男の方です。御前様に何も言わなかったのですから。なので悲しむ必要はまったくありません」
小夜がぴしゃりと言ったのでビックリしてしまった。
御前様も驚いたのか目を大きくして、それから優しげに微笑んだ。
「お小夜さんは優しいですね。でも私に気を遣う必要はありませんよ。あなたのお父さんとお母さんの話なんですから」
「いえ私の親は守ってくれた御前様と、育ててくれたお婆さまお二人だけです。会ったこともない人を今さら両親だとは思えません。強がりなどではなく本当に、両親というものが分からないのです」
「そうなのですね……」
小夜はなんでもないふうに言うが、それはとても悲しいことだと思う。
こんな時、なんて声をかければいいのだろうか。
気の利いた言葉なんて思いつかないし、なぐさめの言葉も余計な気がして何も言えなくなってしまう。
そんな空気の中、御前様が申し訳なさそうに口を開いた。
「過去に行ってクリスティーヌさんを助けられればいいんでしょうけど、それをやっても無駄になるってことですよね。でも私のことを諦めれば、クリスティーヌさんは救えるのでしょうか」
「それはダメですよ。そもそも先代は、御前様を助けるために周回をくり返したんです。それをやっても、スタートに戻るだけです」
「うーん。過去に戻れてもダメなんですね」
「そもそも私たちには、過去へ戻る方法がありません」
スワチカは周回ニキこと先代が回収して、シュバルツバースへ持ち込んでいるはずだ。
他に俺たちが過去へ戻る方法なんて、残っていない。
「過去へ戻る方法なら、ありますよ」
「「えっ、本当です?」か?」
小夜と声がハモった。
「詳しくは調べ直す必要がありますが、十四代目ライドウが残した文書に、時を渡る回廊の存在がありました。それを使うことができれば、過去へと戻ることができると思います」
アカラナ回廊か!
そういえばそんなものもあった気がする。でも時の迷い子になったり、平行世界に出たりというリスクもあったはずだ。
本当に回廊が使えるようになったとしても、その辺のリスクをなんとかする必要がある。
「その回廊について知りたいのですが」
「はい、私も知りたいです。なのでさっそく、手の空いている者に書庫を調べさせましょう。時間が少々かかると思いますので、お小夜さんと雄利さんは、過去に戻ってどうするかを考えておいてください。二人が出した結論なら、私はどんなものでもいいと思います」
御前様は笑顔でそう言った。
その言葉にウソはないだろうし、本当に自分が犠牲になってもいいと思っているだろう。
でも俺はその結末はダメだと思う。
なんとしてでも、みんなが幸せになる道を見つけてやる。そう心に決めた。
・クリスティーヌ
転生者。貧しい地方の生まれでも教育さえあれば色々と気づいてしまう天才。
ここの魔術師は合理的な実力主義だったから養子になれた。ちょっとでもかみ合ってなかったら実験材料にされてたかもしれない、悪運が強い人。
戦闘経験は少ないが、魔術の知識はとても豊富。
・小夜の母親
小夜の母親は現地人だと言った(かもしれない)な。アレはウソだ。
つまり小夜はSSR相当の才能を持っているということになる。ヤバイですね。
・魔術師
アサイラム関連の企業でしれっと研究員やってる。
式神の知能関連の担当をしていたが、造魔が作れるようになってからはホムンクルスへの応用に関心が移ってるもよう。
研究第一で合理的。でも非情。