東京に悪魔が出現したという情報は、根願寺の連中にとっては寝耳に水だったようだ。
先ほどまでは退屈で無意味に感じられた会議室に、今は混乱の波が起きている。
『大結界があるからと安心しきっているせいで対応が遅れる』という周回ニキの言葉が頭をよぎった。
なんにせよ結論が出るのは遙か先になりそうなので、俺は自分のやるべきことをやるために席を立った。
「ちょっと待つんだライドウくん。キミがここを離れたら、悪魔が襲撃してきた時にどうなると思っているんだ」
「放棄して逃げればいいのでは?お役目のほとんどは終末アサイラムに移行してるし、それが出来ない任務はだいたい俺が片付けたはずです。ここに残っているのは、重要書類くらいなものでしょう?全員でそれを担いで、大結界の基点がある御所へ行けばいいと思いますよ」
「そんなこと、簡単にできるわけがないだろう。我らにもメンツというものがあってだな」
「俺にもやるべきことの優先順位というものがあります。その中ではメンツは下の方なんです。それに、今までの異界討伐でそこそこ戦力になる人員が確保できてますよね?こういう時のために……レベリングさせたんですから、ちゃんと彼らを使ってください」
レベリングの前に『わざわざ』『面倒くさい』という形容詞をつけそうになったが、理性で押しとどめた自分を褒めたい。
まだ何か言いたげなお偉いさんをその場に残して部屋から出た。
待機していた小夜は出発する準備をすでに整えていて、アイテムベルトとそれを隠す外套を差し出してきた。
「ありがとう。まずは新宿御苑に向かいつつ情報を集める。場合によっては解決まで数日かかるかもしれないから、そのつもりでいてくれ」
「わかった、家の方に伝えておこう。あと聞きたいのじゃが、この【ラプラスメール】というのはアサイラムのものなのかや?」
「不確定だが、たぶん違う。それについても情報を集めてからだけど、いちおう信頼できる内容だという前提で動くつもりだ。俺のCOMPに届いているのは、『新宿御苑で殺人が起こる』と『夕方に大停電が起こる』の二つだ。これらの対処が第一の目標だが、余裕があれば池袋へ行く」
「わしのにも同じものが届いておった。じゃが池袋というのは無かったぞ?」
「掲示板で情報共有した結果だ。『死ぬ』と予言されたヤツラが池袋周辺で多かったらしいから、それへの救援が目的だ」
「絶対に行く、というわけではなさそうじゃが?」
「戦力になりそうなのを集めてたからな。ラプラスメールの予言は情報を集積しての予測だから、それを上回る前提を用意すれば阻止できる」
「ふむ?まあ、お前様が言うからにはそうなんじゃろうな」
ゲームの設定がそのまま使われているか分からないし、前世の話なのであやふやな部分がある。
なので曖昧な部分をとりあえず置いておくことにする。そっちは専門の仲間に任せよう。
今この世界の情報は、これから少しずつ確定していくしかない。そうしなければ、どこかで足下をすくわれることになるだろう。
根願寺から出ると、車が用意されていた。
あのお偉いさんはナンダカンダ言いながらも、俺に協力するつもりだったらしい。
運転手はいつもの伊地知さんだった。
「新宿御苑ですか?途中に悪魔が出現したとの情報があるので、最短距離を通るのは難しそうですが」
「えーと、ピクシーにマンドラゴラ。ちょっと強くてケットシーか。このくらいのレベルなら、人外ハンターだけでなんとかなりそうですね。じゃあそこを避けて向かってください」
ゲームと同じで、レベル差がありすぎる相手だと倒しても経験値がほとんど入ってこない。
それならば敵とレベルが近い味方に倒してもらった方が、戦力の増強にもなる。
車中で情報を集めると、悪魔は森や地下の暗渠などの人気の無いところから出てくるようだ。
地下に突撃したハンターによると、暴走した違法改造COMPがいくつも放置されていたらしい。
明らかに何者かによるテロだろう。
悪魔が召喚されるほど局所的にGPが高まり、より強い悪魔が召喚されているようだ。
このまま東京で悪魔が発生し続ければ『東京に悪魔がいるのは当たり前』ということになり、場合によっては大ボスクラスの悪魔が発生する可能性まで出てくる。
それは阻止しなければならない。
ある程度強いハンターを中心にして突撃部隊が組まれ、各地の暴走COMPを止める方向で話が進んでいる。
ただ、中心になれるレベルのハンターの数が不足しているらしく、かなりの地域が後回しにせざるをえないようだ。
「高レベルハンターはほとんど地方在住か。東京に今まで悪魔が出なかったことが、ここでも響いてくるんだな」
「葛葉家からも何人か寄越すと連絡があったが、すぐには来れぬじゃろうな」
葛葉の連中も異界討伐に同行させてレベルを上げてあるが、それでも主戦力にはならないだろう。
「山手線の外側にアサイラムのメンバーが集まり始めたから、外周から中心に向かって潰してもらう方が効率良さそうだな。葛葉家は根願寺と協力して、政府系施設とかの入るのに許可が要る場所を担当してもらおう」
「わかった。そう伝えておく」
家への連絡は小夜に任せて、俺は根願寺に話をつける。彼らは予想通り防衛が主な任務らしく、暴走COMPの処理は難しそうだ。
デモニカスーツが配備されている自衛隊のゴトウ部隊は、山手線封鎖をしているから動かせないらしい。
悪魔が東京中に広がらないようにするのと、情報封鎖の役目もあるようだ。
アサイラムのメンバーにももっと早く、一般人には情報を広めないように言っておくべきだった。
そんな風に指示を出しているうちに、車は新宿御苑に到着した。
御苑の一部は改装工事でふさがれているが、どうやらそこから悪魔が出てきているようだった。
そのせいで御苑内は人気がなくなっていて、入り口には腰の引けた警備員がいるだけだった。
話を聞くと、数匹の悪魔が中にいた人を捕まえて工事現場に連れて行ったらしい。
アサイラムのメンバー以外は誰も入れないように言ってから、御苑内に侵入する。
そこには【妖精 ジャックフロスト】【幽鬼 ポルターガイスト】【妖獣 バグス】などが徘徊している。
俺なら楽に倒せるが、東京の人外ハンターたちでは難しいだろう。
【クダ】のギンコに探らせたところ、連れ去られた人たちは奥にいるらしい。まだ生きているのなら、助けられるかもしれない。
「普通の悪魔なら、その場で人を食らうはずじゃ」
「その通りだ。だから、生かしておいて後で何かに使いたいヤツがいるんだろう」
「ならバレぬように、戦闘は避けて進むということじゃな?」
「ああ、【
「うむ、任せよ」
小夜の【クダ】であるキンカに、補助魔法をかけさせる。そうやって気配を隠しつつ、俺たちは工事現場へと進んだ。
◇
御苑内は特に問題なく、工事現場までスムーズにこれた。
工事現場の中をうかがうと、悪魔に連れて来られただろう人たちが、悪魔と踊っていた。
数は多くないのだが、その異様な光景に一瞬思考が止まってしまう。
楽しそうな声が聞こえて上を見れば、子供たちが宙を飛びながら悪魔と追いかけっこをしていた。
「なんじゃアレは。悪魔と遊んでおるのか?」
「そう見えなくも無いけど、踊っている大人たちは理性をなくしているようにも見える。原因になってる悪魔がどこかにいるはずだ」
いつまでも驚いているわけにはいかない。
捕まっている人たちは遊んでいるわけではなく、『遊ばれている』と言う方が近いだろう。
特に大人たちは顔色が悪く見える。
悪魔にバレないように工事現場の中に侵入して、様子をうかがう。
組み立てられた足場の上に稼働しているCOMPと、その近くで倒れている人間を見つけた。COMPは暴走してはいないようだが、何かしらのプログラムが動いているようだ。
「あそこにCOMPがある。あれを止めれば、とりあえず悪魔の出現は抑えられるはずだ」
「上じゃな。しかし階段が取り外されておるように見えるぞ。どうやって上へ行ったらよいだろうか」
小夜の言うとおり、足場の階段が外されていた。組み立てるには知識と時間が必要だし、そんなことをしていたら周囲の悪魔に気づかれるだろう。
全部倒すことは難しくないが、できるだけ早くCOMPを壊したくもある。
『あなたも上へ行きたいの?なら飛べるかやってみようよ』
解決策を思いつく前に、耳元で声が聞こえた。顔を向ければ、金髪の妖精がそこに浮かんでいる。
「上へ飛ぶ?もしかしてあの子供たちはオマエが飛ばしているのか」
『飛んでいるのはあの子がキレイな心の持ち主だったからよ。さあ、キミも飛べると信じてジャンプしてみて』
妖精が光輝く粉を振りまく。
それが俺へと降りかかる……直前に、小夜が扇で風を起こして吹き飛ばした。
「なにをしておる。悪魔の言葉に耳を貸すとは、お前様らしくないぞ」
「ゴメン、そういうギミックかと思って」
先ほどの妖精を探せば、小夜の風に巻き込まれたのか問題のCOMPの近くで伸びていた。
「取ってくるから、ここで待ってて」
力を入れてジャンプすれば、簡単に足場に乗ることができる。
レベルが上がっているから、このくらいは簡単なのだ。ゲームじゃないので、チートだと言われる心配もない。
最初から悩む必要もなかった。
COMPを回収し、倒れていた人間と妖精を捕まえて下へと降りる。
悪魔たちをCOMPを操作して帰還させ、捕まっていた人たちを救出する。
先ほどの妖精を目覚めさせて話を聞くと、気絶している人間に呼び出されて『好き勝手に遊んで良い』と言われたらしかった。
『わたしをナントカ・ベルにするんだって言ってたよ。わたしはわたしなのにね』
妖精にしては割と理性的で力があるため、彼らの計画に組み込んだのだろう。
ただ、好き勝手やりすぎたために召喚者でもある本人のマグネタイトを消費しすぎて気絶したようだ。
捕まった人たちは、遊び相手を兼ねたマグネタイト補給用だったようだ。
「まだ誰も殺していないようだし、二度とやらないと誓えるなら、命までは取らない。約束できるか?」
『殺してなんかいないよ。遊べなくなるじゃない。えっ、誓えって?うーん、わかったよ。ニンゲンは殺しません。ほら、これでいいんでしょ』
妖精は不機嫌そうではあったが、約束してくれた。
ここでの犯人は捕まえたし、これで殺人事件は起こらないだろう。
『あなたたちって何か面白そうだよね。言うこと聞くから、あたしも連れてってよ。こんな狭いところだけじゃなくって、もっと色々と見てみたいの』
どうやら妖精に気に入られてしまったようだ。
小夜に相談すると、俺がいいならいいと言われた。
何かあったら神主に押しつければ良いか。そう思って連れて行くことにする。
『わたしは【妖精 ハイピクシー】よろしくね!』
ピクシーじゃなかったのか。
デザイン的にソウルハッカーズのピクシーに近いから、レベルが高いだけのピクシーかと思っていた。
・ハイピクシー
なんとかベルにされそうだった、ピクシーにしては力と知恵が強い個体。
被害が拡大してたら『子供の夢を叶える妖精』に成っていたかもしれない。
まだ誘拐だけだったので制御可能と判断したため、討伐対象にならずに済んだ。