本編(?)とは似て否なる別時空なので、本編(?)のストーリーをなぞることはありません。設定もちょっと違います。
葛葉小夜が来て数日が経ったが、特に何事もない日々が続いていた。
クズノハ本家からはまだ何も言われていないのか、普通に学校に来て授業を受けている。
ただ一つだけ、小さな変化として、葛葉が休み時間のたびに俺の席に来るようになった。
「……」
「いらっしゃい。いつものだよな?」
「……」
毎度のように問いかければ、無言でうなずきを返してくる。
もう慣れてしまった俺は、用意してあったノートを広げた。
「さっきの数学の授業は今までの応用だから、基本をしっかりやっておく必要がある。分からなかったならさかのぼって基本からやるべきだ。教科書のページはここ。とりあえず練習問題を解いてみて、分からなかったらまた聞いてくれ」
「おっ、葛葉さんも分からなかったの?オレもオレも。オレにも教えてくれよ」
「山本は先週教えたところをくり返せ」
「なんだよ薄情だな。もっと手取り足取り押してくれよう」
「あれ以上詳しく教えられない。あとは計算をひとつずつやってくしかないぞ」
「それが一番メンドイんだよ。もっと簡単な方法を教えてくれよ」
「ない。がんばれ」
「そんなー」
山本は不満げなため息をついた。
勉強というものは、普段から勉強する習慣をつけておくことが一番重要だ。
勉強が楽しいと思ったことが一度でもあるならば、その気持ちを持ち続けられたなら誰だって秀才になれる。
前世でそれを思い知った俺は、今世ではとにかく楽しく勉強できるよう色々頑張ってきた。
そのおかげで今の俺がいる。
友人たちにもそれを教えようとしているのだが、理解してくれたのはほんの少ししかいなかった。
ちなみに、その理解してくれた友人はさらに学力が上の学校へ行っている。俺が馬鹿だったわけじゃない。あいつらの頭が良かったのだ。
というわけで今は普通に勉強を教えているので、葛葉がそれに加わるのも不自然とは思われなかった。
軽子坂学園は進学校で、最近は特に学力向上に力を入れていた。
葛葉は編入試験に受かるくらい頭はいいようだが、それでも授業に付いていくのが難しいらしい。
何でもしれっとこなしてそうなイメージがあったから意外だったが、せっかく聞きに来たのだから無碍に返すことなどできない。
それに教えれば素直に聞いてくれるから、教え甲斐があっていい。
「……」
前日に貸したノートを無言で差し出してくるので受け取る。
ちょうど次の授業の予鈴が鳴ったので、それぞれが自分の席へと帰っていった。
俺も次の授業の準備をするが、その前に返してもらったノートを開く。そこには一枚の紙が挟み込まれていた。
『前略。いつも勉学を教えていただき感謝している。その礼も兼ねて、葛葉式呪法の基礎を伝授したい。時間はいつならよいだろうか。返答を待つ。敬具』
見た目ではわかりにくいが、ちゃんと感謝してくれているらしい。
放課後は部活があるのだが、魔法を教えてもらえるのならそっちを優先したい。この授業が終われば昼休みなので、そこで言えばいいか。などと思っていたら、机の上にイヌガミが顔を出した。
『了解。時間はがんばって空けるから早い方がいい。よろしく』
走り書きのメモを差し出すと、イヌガミは口にくわえて戻っていった。
昼休みになり、いつものように学食へ行くと背後に気配を感じた。
振り返ると葛葉が頭からイヌミミを生やして立っていた。
「ここが学食というものか。ずっと気になっておったのじゃが、なかなか来る機会がなくてな。こういうものは初めてなので、案内してくれぬか?」
「別にいいよ。すぐそこの券売機で食べたいメニューの食券を買って、あっちへ持っていけばいいんだ。俺はカツ丼が好きなんだけど、量が多いから葛葉は別なのがいいかもな」
「わしはキツネ蕎麦にしよう。む?向こうの者は卵をのせているようじゃが、この写真には乗っておらぬぞ」
「それはトッピングだな。下の方にあるだろ」
「これじゃな?おお、お揚げの追加もできるのか」
「ちなみに二つ買えばさらに追加できるぞ」
「二つじゃと!?なんと悪魔的な発想じゃ。恐ろしい」
目を見開いて口元を手で隠すという、古典的なリアクションをしている。
すぐに真剣な顔に戻って数秒悩み、お揚げと卵を一つだけ追加することにしたようだった。
「「いただきます」」
そこそこ混んでいる食堂で、横に並んで食事を取った。知り合いの姿がちらほら見えるが、なぜか誰も俺に気付いていないようだった。
「うむ、うまいのう。京の名店と比べるべくもないが、これはこれでなかなか良いものじゃ」
「値段からして比べちゃダメなやつだろ、それ。この値段でこの味とボリューム出してくれるんだから、学食サマサマだよ」
「なるほど、値段も考慮の対象になるのか。お主らも色々と考えておるんじゃのう」
なんだかんだ言いながらも気に入ったようだ。近くのテーブルの生徒が七味を使っているのを見て、葛葉も調味料置き場の七味に手をのばした。
その時、不思議なものを見た。
ちょうど葛葉の向かいに席をとった女子生徒が、少し遅れて七味を取ろうとした。
葛葉が先に七味を取ったのだが、女子生徒は手が空を切ったことに首をかしげた。
調味料置きを持ち上げて調べ、七味が直前まであったはずだと隣の友人に主張している。
七味を使い終わった葛葉が調味料置きに戻すと、友人の方が「そこにあるじゃん」と指摘して「いま急に出てきたみたい」などと恥ずかしそうに笑っていた。
まるで葛葉の存在に気付いていないようだった。
「なあ、葛葉。いま何か術を使ってたりするのか?」
「んむ?もちろんじゃ。【魅了】の術式の応用でな、ワシへの興味が著しく低くなるようにしておる。じゃから、知り合いでもない者には、ワシなどいないも同然なのじゃ」
「なんでわざわざそんなことをしているんだ?」
「なんでって、ほら、ワシってばカワイイじゃろ?何もせずにいると周囲に人が寄ってき過ぎて面倒なのじゃよ。というか、お主いまごろ気付いたのか」
「普段の態度があまりにも普通すぎて、違和感なかったよ。でも確かに、騒がれてたのって最初の方だけだったよな」
「お主がすぐに見つかったからの。目立つ必要がなくなって助かったわ。近くで騒がれるのは好かぬからの」
そう言われてみれば、初日にあれだけ騒いでいた山本が、今では普通の友人のように葛葉と話をしている。
女子と話すと調子に乗って騒ぎすぎるアイツが大人しいのは変だと思っていたが、そんな理由があったとは思いもしなかった。
「ところでお主も普通にワシと話しておるが、術は効いておるのか?最初から印象が変わらぬというなら、特に何もせずに術に抵抗したのかの」
「効いてないと思う。最初からずっとかわいいなって思っているし」
「……なるほど、お主は
ははは、カワイイ子にはカワイイと言うべきだと前世に学習したからな。変に気負うから恥ずかしいのだ。褒め言葉は脊椎反射で言ってもだいたい問題ないのだ。
「まあ、いい。ここから本題に入るが、よいか?よいな。これは大事な話だから心して答えるように」
葛葉は急に真面目な顔でこちらを見た。
「お主は、本当に我らの呪法を習いたいのか?我らの術を知れば、もう霊能力者として生きるしかなくなる。全てを忘れて平和な世界で生きたほうが、一般人とっては幸せになれるのは間違いないのじゃ」
葛葉の目には、少しトゲトゲしたものが感じられた。
まるで何も分かっていない子供が、価値のある宝物を投げ捨てようとしているのを見つけたような、そんな愚かな行動をいさめようとしているかのようだった。
でも俺は、葛葉に向かって首を横に振った
「ちがうよ、そうじゃない。平和とか幸せとか、そんなのが理由じゃないんだ」
「では、どうして、何のために力を求める。まさか最強を求めるとか、そんな下らない理由ではないじゃろうな」
「それも違う。俺は、俺たちは生きるために力を求めているんだ」
葛葉は、俺の言葉が理解できないという顔をした。
「ちょっと待つのじゃ。『俺
「『俺たち』は、あのアラヤ神社で覚醒修行を受けた仲間たちだ」
「そうか。お主ら沢山いたんじゃったのう。忘れておったわ。それで、お主らが力を求める理由について詳しく聞かせてほしいのじゃが」
「俺たちは、近いうちに世界に終末が訪れるという前提に従って行動している。これは確かな根拠があるわけではないが、その予兆は見え始めている。そうだろ?」
「むぅ。たしか、各地の霊脈に活性化の兆候が見られると聞いてはいたが、それが世界の終末に繋がるとは到底思えぬ」
「
もっと言えば邪神にそそのかされた悪人が世界を支配しようとするかもしれないし、天上の神と悪魔が戦争を始めるかもしれない。
メガテン世界はとんでもない理由で世界が滅ぶのだ。
「にわかには信じられぬが、お主らはそれを信じておるのじゃな。つまりそれを阻止するために力を得たいというわけか」
「いや、一度は滅びるんじゃないかなと思ってる。阻止については、可能ならできればいいなあ程度かな」
「なんじゃと?」
「場合によってはすでに世界は滅んでいて、俺たちはそれに気付かず過ごしている可能性だってあるんだ。そんな仮初めの平和がある日突然剥がれて……ってなるかもしれないってね」
「さすがにそれは考えすぎじゃろ」
「だといいんだけどね」
甘い希望を許してくれないのがメガテン世界なのだ。とりあえず世界は一度終わるのが基本だと覚悟しておいて間違いはない。
「ええと、つまりお主……お主らは……」
「来たるべき世界の終末を生き抜き、崩壊後の世界で生き残ることを目的に力を求めている。ということだ」
「むぅ……」
葛葉はうつむいて考え込んでいる。
この辺は、メガテンの世界観を知っていないとなかなか納得できないだろう。同じ転生者であっても、メガテンをほとんど知らない者は納得していなかった。
俺だってあの日にヌエのタマ公に出会っていなければ、とても信じられなかったと思う。
霊能力に覚醒し、霊や悪魔が見えるようになってからやっと実感できた部分もある。
「理解してもらうのは難しいとは思う。俺が約束できるのは、得た力を無闇に振るわないし、私利私欲で悪用しないってことだけだ」
俺の言葉を聞いた葛葉は、悩みながらも顔をあげた。
「お主が言った理由に納得はできぬ。じゃがウソを言っておったようにも見えぬ。じゃから、その件に関してはまた後で話を聞くことにする。良いな?」
「もちろんだ。頼まれたなら、何度でも話をしよう」
「よし、ではコレをお主に渡しておく」
葛葉はそう言って、一冊のノートを取り出した。
「ワシらの呪法について書いたものだ。とりあえず今は基本の部分だけじゃ。納得はしておらぬが、今まで助けてくれた恩は返しておくべきじゃからな。詳しく教えることも今はできぬ。これがワシが今お主にできる精一杯じゃ」
「おお、まさか本当に教えてもらえるとは!ありがとう。俺、頑張るよ」
「お、おう。思った以上に喜んでおるようじゃの。ちょっとびっくりしたぞ」
これで勉強すれば、俺も魔法を使えるようになるのか。いや、この場合はクズノハ流の呪法と言った方が正しいのか。
「理論はそれに書いてあるが、訓練する時はワシの前でやってもらうからの。決して一人で勝手にやろうとはせぬように。わかったな?」
「イエス、マム!」
なんにしろできることが増えるのはいいことだ。
俺はうきうきしながら、これからの訓練の計画を立て始めた。