デモニカスーツのヘルメットを脱ぐと、乾いた風が周回ニキの頬をなでた。
それは十数年の時を超え、周回ニキを
周回ニキこと葛葉倫太郎の頭の中が、クリスティーヌを助ける事で埋め尽くされた。
彼はずっと『過去に助けられなかった愛する者』を助けるために生きてきた。
スワチカを使い過去の自分へと戻ることをくり返すうち、それが彼の生きる意味となっていた。
助けることを諦めることは、それまでの人生を否定することになる。そしてくり返してきた人生の中で協力をしてくれた、そして犠牲にしてきた仲間たちを裏切る行為にもなる。
だからもう、彼には迷うことはできなかった。
「スワチカよりも、今はクリスティーヌを探す方が先だ」
魔封管から【ケルベロス】を召喚してその背にまたがる。クリスティーヌがいるはずの、街の入り口まで少しでも早く着くために。
『そこのアナタ、止まりなさい。この街は神の名の下に……』
「邪魔だ!」
『あべし!』
街中を徘徊する低位の天使とメシア教過激派を、鎧袖一触で吹き飛ばす。
【聖杯作成計画】を阻止した過去の倫太郎への報復のためこの街ごと破壊しようとしている、そんな者たちに容赦しない。
そうやって邪魔するものを排除しながら目的地まで真っ直ぐに進んでいると、曲がり角から飛び出してくる影があった。
彼からスワチカを奪っていった二人組のうちの一人。
「周回ニキ、あなたに聞きたいことがあります」
「俺の邪魔をしに来たのか?」
「違う。質問に答えてくれたらスワチカを返してもいい」
女の言葉を周回ニキは鼻で笑った。
「フンッ、それは後で返してもらう。だが今はお前の相手をしている暇はない」
「それは何故?ここで過去を変えたとしても、今のあなたが幸せになれるわけじゃない」
この場所でクリスティーヌが助かれば、クリスティーヌが存在する未来へと変わるだろう。だがそれは平行世界としての新しい分岐となり、今の周回ニキの人生が変わるわけではない。
周回ニキがクリスティーヌとの生活を望むなら、スワチカを使って過去に戻る必要がある。
だが周回ニキは首を横に振った。
「俺の幸せに意味は無い。俺が望んでいるのは、愛する者が生きている世界だ。クリスティーヌが助けられるなら、今の俺がどうなったって構わない」
「……なら、葛葉御前様は、まゆり様のことはどうでもいいって言うの」
「まゆりはもう大丈夫だ。まゆりを助けるためにはアイツから離れるしかなかったが、そのかいあってアイツが死ぬ世界線から切り替えることができた。俺ではアイツを幸せにできなかったが、生きているならそれでいい」
「クリスティーヌさんも、あなたが幸せにするのは諦めるというの?」
「生きているなら、この時代の俺が幸せにするだろう。何度くり返したとしても、俺が必ず助ける。絶対に」
狂人のようにも見えるほどの確信を持って、周回ニキは断言した。
「…………そう、わかった。なら急ぐといい。もうすぐ終わるだろうから」
ツクヨミスーツの女はそれだけ言うと、スワチカを投げる。周回ニキがそれを受け止めた時には、彼女はどこかへと消えていた。
周回ニキはケルベロスに先を急がせる。やっと街の入り口が見えたところで、【天使 ドミニオン】と戦う
『神敵滅殺、【破魔の雷光】!』
「なんの、【ザンダイン】!」
双方の魔法がぶつかり、閃光と爆風を巻き起こす。
周回ニキはそれを見て思い出す。かつて遠くから見た、あの日の爆発はこれだと。
『ええい、しつこい。いい加減にそこを退きなさい!』
「いい加減にするのはお前だ、いちいち回復しやがって。喰らえ新技【穢れの指先】!」
『ぐわあああぁぁぁ!』
ジオウスーツの男の攻撃で、ドミニオンが大きくひるむ。そこへ続けて、刀を大きく振り下ろした。
「トドメだ、【都牟刈村正】!」
魔力を帯びた刀が、ドミニオンの首をはねる。
ドミニオンの身体は飛ばされた首をさがし、その背中に刀を突き立てられるとやっと動きを止めてマグネタイトへと還っていった。
周回ニキが近づくと、ジオウスーツの男はすぐに気がついたようだった。
「遅かったですね。襲撃部隊の裏ボスは、いま倒しちゃいましたよ」
「お前達は……いや、それよりもクリスティーヌは何処だ」
「それについては、見てもらった方が早いですね。ああ、ついでに娘さんはそっちの建物の中です。ちゃんと結界で守ってあるんで大丈夫ですよ」
ジオウスーツの男が指さす先、戦闘の余波で傷だらけの建物の中で、娘のサーヤがすやすやと眠っていた。
それを見たことで、周回ニキの脳裏に過去の記憶が強く思い出される。
産まれた時は弱々しく見えたが、意外と神経が太いのか、にぎやかな場所でもよく寝ていた。自分では育てることはできないとサーヤを葛葉家に預けた時も、この子は同じように眠っていた。
この子を自分たちで育てられたらどんなによかっただろうか。その時を求めて過去へ戻ったとして、再び産まれてくる子供は同一の存在なのか。
その答えは『否』だと、これまでの周回が告げている。
初期の周回でまゆりとの間に産まれた子供は、同じ名前を付けても性格は少し異なっていた。
定まっている運命は、周回ニキの伴侶となった葛葉まゆり、あるいはクリスティーヌの死のみ。
周回ニキは絞り出すように小さく「すまない」と告げた。
あと数分もしないうちに、この時代の周回ニキがここへ来るだろう。
ジオウスーツの男は周回ニキが建物から出てくると、ベルトを操作して空間に黒い穴を開けた。
「こっちです。来て下さい」
周回ニキは娘がいるビルを振り返ってから、男の後に続いて穴へと入った。
◇◇◇
周回ニキがアカラナ回廊に入る。
そこには特注デモニカスーツの二人と、長い銀髪を持つ一人の女性が待っていた。
「クリス……」
「リンタロー!」
周回ニキこと葛葉倫太郎の記憶にあるとおりのクリスティーヌが、飛びかかるように抱きついてきた。
「怖かった。何よりも、あの子を守りたかったのに、私の力では無理だった。でももうダメだと思った時に、この人たちが助けにきてくれたの」
「……そ、そうか。それは良かった」
「リンタロー?」
違和感にクリスティーヌが顔を上げる。
周回ニキにとっては過去に助けることができなかった妻であるが、クリスティーヌにとってはお互いの仕事で数時間前に別れたはずの夫と再会したら10歳以上老けていたという状況だ。
どんな態度をとればいいのか、どんなリアクションをされるのか、周回ニキが緊張していると、クリスティーヌが彼の顔に手を伸ばした。
「髭の剃り残しがあるわよ。目の隈もあるし、肌色も悪い。ちゃんと睡眠とってるの?」
「え?いや、その……」
「目的があると突っ走るのは相変わらずみたいね。でも私と出会った時よりマシにも見えるから、いい人がいたのかしら?」
「ああ、とてもいい仲間のおかげで、元気でやってこれたよ。みんなのおかげで、ここまで来れたんだ」
周回ニキの目に涙がにじむ。それからクリスティーヌの背中に腕を回し、強く抱きしめた。
「やっと、またキミに会えた。もっと時間がかかるかと思ったけれど、意外と早くて良かった」
「私たちのために頑張ってくれたのね。ありがとう」
クリスティーヌは子供にするように周回ニキの頭をなでる。
彼女は過去に、周回ニキから話を聞いていた。彼が大切な人を助けるために、何度も何度も人生を周回しているという話を。
だから、周回ニキがどういう経緯でここに来たのか、おおよそ予測がついていた。
「あなたが助けたかった人は、助かったのね?」
「ああ、彼女もちゃんと生きているよ」
「そっちはもう大丈夫なの?」
「ああ、心配ない。そしてキミの無事も確認できた。これで俺は……」
これで周回ニキの目的は達成された。
過去のクリスティーヌはアカラナ回廊に避難したから、その時の周回ニキは見失った。
ここから過去に戻って変化をさせたとしたならば、また別な結果となりクリスティーヌがどうなるかは分からなくなる。
だからこそ、ここが周回ニキの周回の終わりだった。
「そう、よかった。ところで、サーヤは元気?今はいくつになったの?」
「えっ……、それは、その」
周回ニキが言いよどみ、クリスティーヌが首をかしげる。
その様子を見ていたツクヨミスーツの女性が声をかけた。
「その男は、まだ赤ん坊だった娘をかつての実家に置いて一人で出て行きました」
「そっ……!?」
「リンタロー、それは本当なの?」
至近距離からの視線に、周回ニキはうろたえる。
「娘は両親の顔を知らないまま育ちました。色々ありましたが、今は幸せに生きてますよ」
ツクヨミスーツの女性がヘルメットを取ると、クリスティーヌと同じ銀髪がなびいた。
「
「サーヤ、あなただったのね」
クリスティーヌは倫太郎を突き放すと、小夜に駆け寄って手をとった。
「大きくなったのね。いくつになったの?」
「今年で20になります。それとこちらが……」
小夜の隣に並んだジオウスーツの男がヘルメットを取る。そこにいたのは十七代目葛葉ライドウこと雄利だ。
「小夜さんと結婚させていただきました、葛葉雄利といいます。お義母さま初めまして」
「結婚!?なんてこと……。ついさっきまで赤ん坊だった娘が成人していたと思ったら、結婚相手まで現れたわ」
クリスティーヌが事態の急な展開についていけずにふらつく。周回ニキがそれを支えるが「後で話を聞かせてもらうからね」とキツく言われた。
「さて、積もる話もあるでしょうが、それは帰ってからにしましょう」
雄利がヘルメットを被り直す。
「俺たちの時代まで案内します。周回ニキはその人を守ってくださいね」
「勝手に一人でどこかに行かないでくださいね、
「ぐっ!分かっている……!」
小夜のチクリとした言い方に、周回ニキは胸を押さえる。そしてクリスティーヌと手をつなぐ。今度は決して離さぬように。
・新婚旅行
ライダースの中身は葛葉ライドウ夫妻でした。
アカラナ回廊経由シュバルツバース~過去の世界というハードな行程でしたが、小夜は満足していたようです。
・穢れの指先
敵単体に特大威力の呪殺属性攻撃。確率で毒を付与する。
元ネタはFGOのあの人。