そんなわけで遅くなりました。
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霊長知能総研の主任研究員であるDr.スリルは、備え付けの受話器に向かって怒鳴り散らしていた。
「だから、さっさと【ダーマ】を用意せい言うとるんや!あんな雑魚ども、すぐに突破されるに決まっとるやろがい!」
『いやいやいやいや、それは違いますよドクター。あれでいいんです、あのような廃棄物でも有効に利用しましょう。【ダーマ】は確かに切り札ですが、数少ない成功例でもあります。貴重なそれを壊される危険を
受話器の向こうから聞こえる声はとても落ち着いたもので、逆に不気味な気配を感じさせる。
「せ、せやけど、そんなん言っとる場合やないやろ。あいつらガキといえどサマナーやで。サマナーはガツンと叩いたらなアカン」
『ですから、質ではなく量で叩こうというわけです。子供というのは、無闇に生き急いでいるもの。廃棄物を連続で相手にして消耗したところで、一気に叩いてやればいいんですよ』
「まあ、警備主任のキミが言うなら、そうなんやろな。せやけど一応ダーマの準備はさせといてもらうで。何があるか分からんからな」
『まあ、いいですけど。そこまで心配するならワタクシが出ますよ。そろそろ箱船動物協会へ良い報告をしたいですからね。ああ、神よ。ワタクシの信仰心をどうぞ見ていてください』
「ほな、そっちで上手いことやってや。頼んだで」
スリルは話を聞き終えるまえに受話器を下ろした。
「【箱船動物協会】は、あんな気持ち悪いヤツばっかりなんやろか。まあ、ええわ。それよりさっさと逃げる用意しとかなアカンな。さっきから嫌な予感が背中にビンビンきとるで。ホンマ嫌やわあ」
気持ちの悪い警備主任と話したことで冷静になったスリルは、白衣を整えながら飼育研究室へと向かった。
◇
通路には、コボルトやケットシーが大量に待ち構えていた。そのほとんどが、見た目が異形の、いわゆる成りかけ・成りそこないのものだ。
研究所にいるのを全て出してきたのかと思えるほど量が多い。
罪のない被害者である実験動物の成れの果てと戦うのは心が痛むが、このまま放っておくこともできない。
せめて楽に終わらせてやることが、俺ができるせめてもの救いだろう。
拳に慈悲を込めて、殺すつもりでぶっとばす。
「『衝撃』の、ファーストナッコゥ!」(自主規制)
魔法を纏わせた拳でぶん殴ると、成りそこないのコボルトは後ろにいた複数体を巻き込みながら吹き飛んでいった。そのまま崩れた群れに乱入し、手当たり次第に殴り飛ばす。
倒れた者たちにトドメを刺してから背後を見る。そこでは葛葉が、肩で大きく息をしていた。
スポーティーな格好をしていたが、それだけで運動が楽になるわけではない。成りそこないたちとの連戦で、すっかり息が上がってしまったようだ。
『お嬢、ワレも消耗したから、ちょっと楽させてもらうゼ』
「ぜえ、ぜえ。……うん、いいよ」
イヌガミが葛葉に憑依する。これはイヌガミなりの気遣いでもある。
憑依することで能力が全体的に底上げされるので、動き回るのも楽になる。
ちなみにアガシオンはMPの消耗のしすぎで、とっくにリュックの中に戻っていた。
霊水飲料などの回復アイテムを与えてあるので、少し休めばまた戦闘できるようになるだろう。
「伊吹よ。調子がよいのは分かるが、急ぎすぎじゃ。ワシをこんな場所に置いて行く気か」
「そんなつもりはないぞ。今だって、ほとんど俺だけで敵と戦っているじゃないか。レベルアップしたのか、成りそこないだけなら問題ないけどな」
「スタミナはともかく、MPが尽きる様子がないのは異常じゃ。おぬしは魔力が多いようにはとても見えぬぞ」
「魔法を飛ばすんじゃなく、手にまとわせて殴ってるからMP消費が少ないんだ。コボルトは魔法の方がよく通るし」
「だとしてもおかしいと言っておるのじゃ。おぬし、なにか別の異能を持っておるのではないのか?」
異能?俺はそんな特殊なスキルなんて……あ、【勝利の息吹】か。
【勝利の息吹】は、戦闘終了時にHPとMPを小回復するパッシブスキルだ。今回のような、弱い相手と何回も戦う場合にすごく役に立つ。最大HP・MPに対する割合での回復であり、レベルが上がればそれだけ回復量も増えるからだ。
今ではもう、属性拳ならほぼ無限に使えるレベルになっている。
「その顔、心当たりがあるようじゃな。まったく、ワシに対して隠し事をするとは、おぬしも意外と油断がならないのう」
「あはは」
とりあえず笑って誤魔化す。
隠していたわけじゃなく、本当は言うのを忘れていたんだけどね。
そんなやりとりをしつつ奥へ進んでいく。
先ほどの部屋が一番大きな群れだったのか、その後は数匹のグループがちょこちょこ出てくる程度だった。
そうしてたどり着いたのは、運動場のようになっている中庭だった。
ぐるりと囲む窓には研究者らしき姿がちらほら見える。観客がいるということは、何か大きな出し物が用意されているのだろう。
中庭の中央まで進むと、向かいから3人の警備員がやってきた。
先頭にいた制服の上にマントを羽織った男が、口を開いた。
「よくここまで来れましたね。侵入者くんと侵入者ちゃん。だがここから先は通行禁止です。といっても企業秘密なのはそっち側で、こっち側は一般用の見学可能な場所です。見られて困るのはそっち側だから、それを知ってるキミたちを通すわけにはいかない。分かりますね?」
「俺たちがここで見たことをバラしたら、この研究所はお終いだもんな。まあ、こんな非人道的な研究所はすぐにでも閉鎖させてやりたいんだが」
「何を言うんだ。ここは人類の未来を守るための研究をしているんだぞ。ここのおかげで、人類は上位の生命になれるんだ。素晴らしいとは思わないか?」
「思わないね。動物たちを無駄に苦しませているヤツラの言うことなんか信用できるか。どうせ、自分たち以外の人間なんか実験動物と同じにしか思ってないんだろ」
俺の言葉を聞いて、男は肩をふるわせて笑った。
「実験動物と同じ?思い上がってはいけません。大衆どもは何の役にも立たないゴミ以下ですよ。そんなゴミでも、ワタクシなら有効活用できる。このようにね。お前たち、行きなさい!」
男のかけごえで、警備員2人の様子が変わった。
苦しみだしたかと思うと、体を毛が覆っていく。制服を自分の手でやぶいて、毛むくじゃらな猿の悪魔に変わった。
【妖獣:カクエン】と【魔獣:ショウジョウ】。
どちらも猿の悪魔であり、物理タイプのステータスだったはずだ。
「葛葉、俺の後ろにいろ。回復は任せる」
「わかった。出でよ【アガシオン】。伊吹を手助けせい」
さすがに複数を一人で相手にするのはキツかったので、攻撃の手が増えるのはありがたい。
「とにかく数を減らしていく。集中して狙うぞ」
『おっけー、がんばる』
今日の俺は調子がいい。この程度の障害、さっくりと乗り越えてやる。
戦闘は、意外なほど楽に進んだ。
悪魔化した警備員たちの攻撃力は高いが、経験値が圧倒的に足りていない。くり出される攻撃スキルは大ぶりなものばかりで、余裕で回避できた。
カクエンは物理耐性があるが雷と風属性に弱く、俺とアガシオンの魔法が両方とも通る。
ショウジョウは理性が残っているのか、動きが人間的だし戸惑いのようなものが感じられた。
どちらも属性拳で吹き飛ばせば、人間の姿に戻って動かなくなる。
アガシオンの協力のおかげか、苦労せずに全てを行動不能にすることができた。
後で治療すれば、完全に人に戻れるかもしれない。
戦闘が終わり、残った主任警備員を見れば、驚きに目を見開いている。目の前で起こったことが信じられないようだった。
「いやいやいやいや、それは有り得ないでしょう。貴方がたはここに来るまでに廃棄物どもと戦い続けて、とうに力を使い切っていなければならない。なのに悪魔化した者どもを平気で倒すとか有り得ない有り得ない。えっ、なんで死んでないんですか?」
「俺たちが正義の味方だからだ。それにしても、動物だけじゃなく人間まで悪魔化させてるとは思わなかった。あんた、もしかして悪魔か?」
「はあ?ワタクシが悪魔だと!?ふざけるな!しかも悪魔化させることがまるで悪いことのように……ん”ん”っ、失礼。変な言いがかりをつけないでくださいますか。それに、実験をやってるのは研究員のヤツラです。ワタクシが非人道的なことをするわけありません」
急に怒鳴られてびっくりしていると、後ろで葛葉が呟いた。
「どうやら図星のようじゃな。外道とは思っておったが、まさか人間ですらないとはのう」
「ふん、無知蒙昧な大衆どもがどうなったって関係ないでしょう。むしろいるだけ邪魔です。ゴミなりにワタクシの役に立ち、ひいては神の役に立つことにつながることを感謝するべきです」
「人間じゃないなら、手加減はいらないな。とっとと正体を見せろよ」
俺の声に応えるように、警備主任は宝石のついた首飾りをとりだした。
「いいでしょう。神から与えられたワタクシの姿を、畏れ敬い、ひれ伏しなさい!」
言葉とともに、宝石が光りとなって警備主任の体を覆い、変化が起きた。
肌が青白くなり、筋肉が肥大し、身長が伸びていく。
制服が燃え、それが鎧兜と鎖帷子に置き換わる。
首飾りがロングソードへと変化する。
最後に、血のように赤い羽根が背中から生えた。
『ふは、ふはははは。ご覧なさい。これこそが神より与えられたワタクシの真なる姿。輝けるワタクシの、神徒としての名は……』
「【アークエンジェル】か。序盤の後半くらいの雑魚だ」
『なっ、雑魚……!?このワタクシが、雑魚だと!??』
ショックを受けているところ悪いが、メガテンプレイヤーからしてみれば先ほどの悪魔化した警備員と比べてそれほど強いとは思えない相手だ。
むしろあっちの方がレベルが高いことだってある。
「葛葉、作戦プランBだ。俺がヤツの攻撃を防ぐから、
「うむ、わかったぞ」
『ワタクシの目の前で作戦会議をするなど、侮辱するにもほどがありますよ』
「それでも問題ないっつってるんだよ。怖いなら逃げてもいいんだぞ」
『その傲慢さ、万死に値します。後悔なさい!』
うまく挑発に乗ってくれた。あとは俺が耐えぬけばいい。
攻撃に使っていた魔力纏を防御に回して、アークエンジェルの動きに備えた。
◇◇◇
一方その頃、Dr,スリルはガレージへとやってきていた。
動物運搬用の大型トラックに実験動物を詰め込み、逃げ出すための準備を進めている。
「あのガキども、実験動物どもを苦も無く倒しとったなあ。あんなん相手にするとか、やっとられんわ。ただの警備員どもが勝てるわけあらへん。ワイはとっとと逃がさしてもらうで」
作業を研究助手に手伝わせていると、助手の一人が駆け寄ってきた。
「ああ?ガレージの前に怪しいヤツラが並んどるやと?まーた侵入者かいな。今日は厄日やで。いったいどうなっとるんや」
ぼやいていると、ガレージのシャッターが開かれていく。
逆光に目を細めて見ると、5人の男たちが横並びに立ちはだかっているようだ。
「邪魔や邪魔や、そこを退き!いったい何やお前らは」
「「よくぞ聞いてくれた。ならば答えてくれようぞ」」
よく見れば男たちはおもちゃのお面をかぶっている。そして一人一人がポーズを取りながら叫んだ。
「太陽に羽ばたく正義の翼【フェザーレッド】!」
「熱く燃えたぎる炎の翼【フェザーフレイム】!」
「真っ赤に流れる血潮の翼【フェザークリムゾン】!」
「光り輝く太陽の翼【フェザーサンシャイン】!」
「眩しく光る雷鳴の翼【フェザーライトニング】!」
「「5人そろって、【超翼戦隊・フェザーファイブ】!」」
「ちょいちょいちょいちょい!お前ら、ちょい待ちや!」
ビシッ!っとポーズを決めたフェザーファイブに、スリルがツッコむ。
「お面かぶって正義の味方ごっこするのはまあええわ。でもな、色のバランス悪いやろ」
「色の、バランス?」
「なんで誰も気づいとらんのや。お前の色は何や、順番に言うてみ」
「レッドです」
「赤です」
「クリムゾンです」
「全部赤やん!」
「黄色です」
「黄色です」
「黄色やん!この戦隊、赤と黄色しかおらんやん!二色しかない戦隊って、キミらおかしいと思わんかった?」
「自分、赤じゃなくてクリムゾンなんで……」
「クリムゾンも赤やろ!クリムゾンレッドやろ!なあ、レッド被ってんで!?」
「レッドは僕です」
「やから!被ってるんやって!!」
「ほらほら、だから言ったじゃん」
「キミらも!黄色と黄色で被っとるんやぞ!他人に言う前に自分らも変えようとは思わんかったんかい」
「僕ら二人だけだし」
「二人も三人も変わらんのや。五十歩百歩以下や。五十歩七十五歩や」
「「ええー」」
「ええー、やあらへん!」
そんな風にいつまでも続きそうなコントをやっていると、トラックから何者かがのっそりと降りてきた。
『ドクター。その辺にしとき。そいつらの目的はきっと時間稼ぎや。このまま続けとると、もっとぎょうさん敵さんいらっしゃるで』
「なっ、ダーマ!おまえなんで出てきとるんや」
ダーマと呼ばれたのは、大きなオスのゴリラだった。ただし頭が異様に膨らんでいるうえに、アンテナのようなトゲが脊椎から上に向かって伸びている。
実験により悪魔の力を得た成功例のゴリラ。それがこの【ダーマ】だった。
『そりゃあもちろん、こいつらと戦うためや。こいつらふざけとるようやけど、かなり強いで。ワイでも勝てるかわからん。せやけど、ここで勝たんとどのみち終わりや。ワイが生まれた意味を、せめてここで見せておかんとな』
ダーマが低く吠える。それは背中のトゲを震わせ、さらに空間を揺さぶる。
それに呼応するように、空間の揺らぎから異形の悪魔たちが姿を現した。
『ただのゴリラやとナメない方がええで。ほな【フェザーファイブ】さんたち、よろしゅうお願いします』
「「望むところだ。いくぞ、ダーマ!」」
こうして、【霊長知能総研】最後の戦いが始まった。