白く輝く騎士(1):スカイツリー
12月24日、東京都墨田区。
私は姉とともに東京スカイツリーのエレベーター内にいた。
周囲には篝火ヒカルノを始めとする姉の同級生たちがいる。みんな少しだけ不安げな面持ちで階数を示すランプを見つめていた。
この旅行は篝火ヒカルノが先日得た報酬1000万円を元手としている。
モバイルバッテリーの開発者が姉だと知っていたヒカルノは、いっそ全額使いきってしまおうと東京豪遊クリスマスツアーを企画したのである。
参加条件は【彼氏彼女お断り】であった。
姉は見た目こそ極上であったにも拘わらず、誰とも
行って当然と言わんばかりに参加し、自腹を切って妹である私までも連れて来ていた。
他の参加者が幼児を同行させることに誰も苦言を呈しなかったのは、姉の日ごろの行いの悪さゆえであった。
「クズ
「シッ、聞かれるよ!」
…………と、腫れ物扱いされていたのである。
前日の23日、千葉県にあるテーマパーク東京○○○○○○○○と○○○○○○○○シーで豪遊した後、併設されたホテルの最上階に宿泊した。今朝、貸切バスに乗って浅草に移動。ランチのあと、秋葉原に寄ったのち、神田で早めの夕食となった。
クリスマスイブの夜はスカイツリーの天望回廊まで登り、イルミネーションとプロジェクトマッピングを眺める予定であった。
「あと10分……緊張するなぁ」姉が珍しくソワソワしていた。
時刻は18時35分を回っていた。
姉は先ほどから時計を気にしており、何度も携帯端末を出し入れしている。
「千冬様が一緒だったらよかったのに……イブに限って別行動だなんて」
姉のクラスメイトが友人と会話するのが聞こえた。
当初、企画者が
織斑千冬の人気は絶大であった。姉が来ることよりもむしろ、
他に姉とまともに会話できるのは、【聖人】という二つ名を持つクラス委員のリサであった。
今回リサが
東京スカイツリー【445】階に到着した。
並んでエレベーターを降りる。姉はすぐ横にずれて、再び携帯端末を確認した。
「皆様、こちらを一人一つずつお取りください」
スカイツリーの職員が耳全体を覆うタイプのイヤーマフを渡していった。私は子供用を受け取って首に掛けてから姉のスカートを引っ張った。
「箒ちゃん?」姉は職員を一瞥してから首を振った。
「じゃーん!!」
姉が自分のリュックからうさ耳がついたイヤーマフを取り出し、首にかけた。
「ふっふっふー。配るのを知ってたから自前を用意してあったんだー」
職員がイヤーマフの着用方法を説明し始める。
イベントで大きな音がするので聴覚を保護するため、合図があったら必ず着けるように何度も繰り返す。
姉はうさ耳マフをつけたり外したりして遊んだあと、思いだしたように時間を確かめた。
「あと2分。…………ガマンできないや、つけちゃお」
携帯端末を凝視しながらスロープ状になった天空回廊を歩いていく。
姉の端末からニュース音声が流れ出した。
【東京湾アクアラインに爆弾を仕掛けたとの脅迫電話からすでに6時間が経過しようとしています。警視庁と陸上自衛隊が出動し、川崎-木更津区間を閉鎖。現在、首都圏の交通・物流ともに混乱を来しています。
あ、はい。ただいま、続報がありました!
都内の港湾施設にも複数の場所に爆発物が設置されている模様です。現在警視庁と消防庁、防衛省が連携して、近隣住民の強制避難を行っています】
「あと30秒……」
物騒なニュースではあったが、姉は聞こえていないようだ。「どきどきするぅ」などと口走っていた。
【18時45分】。
姉が立ち止まって携帯端末を天に掲げる。
ニュースが中断し、30秒のCMが流れる。
姉が開発した円盤形ロボット掃除機を宣伝する内容であった。有名な子役を起用しており、掃除機はエントリーモデルが
姉は胸をなで下ろし、緊張を解く。
円盤形ロボット掃除機はA○○○○nとR○○○○○nで週間ベストセラー1位を記録した。なおかつ返品率99%を達成という驚異の数字である。
「よかったー。今日の一番の山を越えた気分だよ」
姉がだらしない表情になった。
私は空中散歩の気分を味わいながら東京湾を眺める。
普段よりも暗い風景のなか、
ネオンライトのきらめきのごとく、各々形を変えながら立体プロジェクションマッピングを投影する。
サンタクロースやトナカイ、ハートだったり手を繋ぐ男女だったり様々である。
東京湾以外にも国会議事堂や皇居、様々な美術館や博物館、教育施設、このスカイツリーにもドローンによるプロジェクションマッピングが行われていた。
【450】階に到達した。
最高到達点から見る風景は見たことのない幻想的な風景だ。
姉もクラスメイトたちに混じって最高到達点451.2メートルの眺望を楽しんでいる。
先んじてうさ耳マフをはめると、左右にいた観光客もつられてはめる。
「箒ちゃーん。肩車したげるねー」
姉が強引に私を引き寄せ、肩車してしまった。うさ耳の飾りを姉の動きに合わせて跳ねるなか、しかたなく、私も子供用イヤーマフで耳を覆う。
東京湾を浮遊するドローンがデジタル時計になって、時を刻んでいた。
「皆様、そろそろイベントの時間です。保護具を着用してください」
放送が流れ、職員もよく通る声でイヤーマフを身につけるように言った。
いつもならば爽やかな笑みを浮かべるはずの職員は、奇妙にも切実な、それでいて真剣な面持ちで躍起になって全員に保護具をつけさせている。
何度も何度も確認し、電話をかけて報告していた。
静寂。
東京湾のプロジェクションマッピングが解かれ、闇が訪れる。
壁に併設されたモニターには封鎖された東京湾アクアライン、そして湾の上空中央に、【白く輝く騎士】の姿が浮かび上がる。
全長3メートルに満たない、小さな機械の身体。あたかも人間が呼吸しているかのように、胸と思しき装甲が微かに上下している。
蛍火が浮かび上がる。次々と銀色の光がハニカム状になって出現し、500枚もの光の壁が【白く輝く騎士】を中心に球状に展開された。
一部のハニカムが数メートルもの大きさにまで展開され、羽田空港や重要な港湾施設へと散っていった。
【白く輝く騎士】はサーチライトを全方位に向け、湾岸の各テレビ局やビッグサイト、幕張メッセにテレビ塔、皇居、スカイツリーをも照らした。そして封鎖された空路を、夜空を照らし出す。
異様な緊張感が訪れに、誰もが東京湾へと視線を向けずにはいられなかった。
姉は普段と変わらぬ様子で、さも愉しそうに告げた。
「箒ちゃんっ♪ 今から2時間、ちょっと騒々しいかもね?」
【19時】だ。
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