箒ちゃんに転生してみた。   作:王子の犬

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白く輝く騎士(6):その名は天災

 

 

「ふにゅう……ふぁわわわっ……」

 

 私はベッドから降りて洗面所に向かう。

 冷水で顔を洗ってうがいしてから、幸せそうに眠る姉の身体を揺らした。

 枕元には充電ケーブルと繋がった携帯端末や無線イヤホンなどの通信機器、軽量薄型ノートパソコンが置かれている。

 時刻は【6時30分】を回っている。

 私はホテル20階の食堂へ向かった。

 覚束ない足取りでトレイを持って、皿にビュッフェを盛り付けていく。

 席をどこにしようか。辺りを見渡すと、サッと誰かが手を上げた。

 

「箒ちゃん! こっちこっち」ヒカルノであった。

「えぇ……ヒカルノセンセの隣ぃ?」

「何だー不満かー?」

 

 窓際のひとり席でもよかった。

 しかし、せっかく声を掛けてくれたのだから、と思い直してヒカルノのもとへ向かう。

 ヒカルノが左隣の椅子を引いた。

 私はトレーを置いて席に着いた。

 

「おはよう」

「……おばばば」隣の席から声がして挨拶を返そうとしたら思いがけない人がいた。

 

 驚きすぎて呂律が回らない。

 キラキラ過剰のオーラはちーちゃんセンセ(織斑千冬)のものに違いなかった。

 

「昨日は遅かったらしいな」

「うん」

 

 スカイツリーの天望回廊から降りてバスに乗ったときには午後10時をいくらか過ぎていた。【白く輝く騎士】と人民解放軍のやりとりを眺めて欠伸を我慢していたのは覚えている。

 【白く輝く騎士】が旅順港の近く、すなわち黄海上に達したとき、人民解放軍海軍および空軍が全力出撃していた。

 撮影を兼ねてシールド・ドローンを分離しようとした直後、人民解放軍空軍機から空対空ミサイルが放たれたのだ。そして、わずか15分足らずで海空ともに戦闘不能となった。

 虎の子の航空母艦であった【遼寧】は、スクリューと舵をもぎ取られて黄海上を漂流するという惨憺たる結果に終わった。その他水上艦艇もスクリューを失い、アメリカ太平洋艦隊と同じく哀愁すら漂わせていたのである。

 人民解放軍の戦況を注視していたロシアは、殲撃20型(Chengdu J-20)を始めとする航空戦力が【白く輝く騎士】どころかシールド・ドローンさえも突破できない事実に衝撃を受けたようだ。

 戦端が開かれた5分後に出撃停止命令を発し、デルタⅢ型、デルタⅣ型、ボレイ型を即座に自沈処分へと切り替えている。

 米中の愚かな対応を糾弾し、日本国への協力を惜しまない、といった声明を発信するという変わり身の早さを披露したのである。

 また、黄海にて勃発した水上航空戦は周辺国の影響を鑑みずに【白く輝く騎士】を全方位から撃滅せんとした。

 その結果、朝鮮人民軍海軍西海艦隊の一部艦艇が不運にも戦闘に巻き込まれて被弾沈没している。

 姉が電話越しに中華人民共和国の国家主席と舌戦を繰り広げているところまでは記憶があって、ホテルに向かうバスに乗ったらすぐに眠ってしまったのだ。

 

「ちーちゃんセンセはいつ帰ってきたの?」

「0時過ぎだったかな。本当はもっと早く帰ってくるつもりだったんだけどね」

「ふぅーん……だからちーちゃんセンセ、ちょっと疲れてるんだ」

 

 私はちーちゃんセンセが遅くなった理由を知っている。

 

「そうかな」ちーちゃんセンセが髪を弄りながら淡く笑った。

「あいつは?」

「寝てるー」

 

 皿に盛った朝食を頬張る。

 高級ホテルだけあって絶妙な美味しさに朝から幸せな気持ちがあふれてきた。

 ヒカルノが今日の予定変更を告げる。温泉行楽に切り替えたという。

 食堂内のテレビは音声を絞ってあった。臨時国会が召集されたと伝えている。

 昨晩の事件対応が主で、予定された脚本(シナリオ)をなぞるだけの茶番であった。

 

「あっ」

 

 テレビを眺めていたヒカルノが何かを見つけたのか、急に残っていた食事をかき込み始めた。

 

「やばっ、(クズ束)がこっちに来る!」

 

 姉が踊るような足取りでレストランの入り口にいた。

 ちょうどビュッフェの皿を手に取ったところであった。

 

「ヒカルノ。別に気にすることほどの……」

「違わいっ」

 

 ヒカルノがお茶を流しこんだ。

 席を立って食器類の返却口に向かっていった。

 ヒカルノは姉のことを名前を口にしてはいけない危険人物として捉えていた。

 対して姉もヒカルノのことを異常性癖の変態だと認識しており、互いに接近しないようにしていたのである。

 

「隣いーかい、箒ちゃん」

「いーよ」

 

 本当はちーちゃんセンセとふたりきりがよかったので良くはなかった。

 姉は先ほどまでヒカルノがいた場所にトレーを置き、席に着いた。

 

「いっただっきまーすっ」

 

 ご飯とパン、炭水化物、ヨーグルト。姉は自分の好きなものだけを摂っていた。

 勢いよく飲み食いしてようやく手が止まる。だらしないニヤけ顔を向けてきた。

 

「箒ちゃん、ちーちゃん、はぁひふへほ〜♪」

 

 姉はわざとバイキンマンばりのダミ声を出し、自分の携帯端末を掲げた。

 

「あのね」

 

 今度は携帯端末を胸に抱き、穢れを知らぬ少女のような声を出す。

 私は、姉がとうとうおかしくなってしまったに違いないと察した。

 クズよクズよとお金に戯れ、大仕事を終えた開放感のあまり、踏み越えてはならない頭の一線を超えてしまったのだろう。

 だが、篠ノ之束は誰にもできない偉業を成し遂げたのは間違いない。

 姉も静かに休むべき…………そう思ったときであった。

 

「ずっと欲しかったものが手に入ったんだ♪」

 

 姉が携帯端末を私とちーちゃんセンセの間に置いた。

 目をまん丸に見開いてダブルピースする姉と、見覚えのある大量の紙きれが整然と並べられていた。

 

「これは?」ちーちゃんセンセが姉に優しい表情を向ける。

「見てよ」

 

 人さし指で画面を手繰る。メールの件名を拡大してみせた。

 ちーちゃんセンセは困ったように姉と私を見やった。

 

「英語は苦手なんだ」

「ふふふのふ〜」

 

 私は身を乗り出して携帯端末をのぞき込んだ。

 

「ギネス……って?」

「世界で一番を集めた本を出しているところだよーん」

 

 姉は心底楽しいと言わんばかりに浮かれている。

 和やかな笑みを浮かべ、本性を知らぬ者ならば、思わず見とれてもしまうほど美貌であった。

 

「何の世界記録だ?」

「ワット単価が世界一高価なモバイルバッテリー」1ワットあたり20万円である。

「他にもあるのか……?」

「ふっふっふー。よくぞ聞いてくれました!

 束さんの名前が来年のギネスブック掲載が決まったんだよー♪

 絶対塗り替えられないだろう超弩級の記録を樹立したんだっ!」

 

 私はなんだかイヤな予感がして、姉から離れようとした。

 

「これだよん」

 

 姉の手が背中に当たって逃げられない。

 覚悟を決めた私は、ちーちゃんセンセと一緒に『せーの』でのぞき込み、顔を強ばらせてしまった。

 

【世界一の借金王にして天災級の多重債務者篠ノ之束さん(15)、世界各国から総額104兆円もの金額を個人で借入ました。篠ノ之束さんはバッテリーや家電機器を扱うベンチャー企業を立ち上げた起業家で……】

 

「未来永劫、記録を破られないという自信が束さんにはあるんだな♪

 夢が叶っちゃった♪ 束さん大満足♪」

 

 私は間抜けにも大口を開け、何度も瞬きを繰り返した。

 

「そんな夢………………聞いてない」

「へっへーん♪

 次はロケットで月面1周してホントーにうさぎさんがいるか探そっかなー。

 うっさぎさんっうっさぎさんっ♪」

 

 この時、私は強く感じた。

 

【こんな子ども(ガキ)っぽい篠ノ之束は篠ノ之束じゃない!!!】

 

 そして常日頃から抱いていた思いが再び頭をもたげてきたのだ。

 

 可及的速やかに姉と縁を切ろう……。

 

 姉は革命家たる篠ノ之束ではなく、ちっぽけな夢が叶って満足するような俗物に過ぎなかったのだ…………最初から理解はしていたのだが。

 現実を突きつけられ、改めて実感した私の目の前が真っ白に霞んでいく。

 私はクズ姉に振り回される余り、途方もない疲れを感じていたのである……。

 

 

 




次回で最終話です。
もう少しだけお付き合いください。

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