箒ちゃんに転生してみた。   作:王子の犬

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篠ノ之束はクズである。【上】(3)

 

 ぞ、と背筋が凍った。

 父はあくまで自然体に歩を進めた。姉を見据えたまま、私に「後ろを向こうか」と告げた。

 まさしくそれは、殺害予告であった。姉が自らがもたらした落ち度によって、風前の灯火にまで追い詰められてしまったのだ。

 

「フフフ……おとーさんが本気なら束さんにも考えがあるってもんよ?」

 

 ガチガチガチ……と姉が歯を打ち鳴らしている。幸い、家族会議の前に小用を致したおかげで漏らさずにいるだけだ。

 姉は、篠ノ之柳韻の本気を一度足りとて目にしたことがない。

 剣道教室には【剣道教士七段】と書いてある。いつもニコニコと笑みを浮かべて優しい先生だと評判だった。織斑千冬(ちーちゃん)は【鬼先生】と口にして(はばか)らなかったが……。

 生前、かつての家族がバラバラになったあと、父は【闇落ち】して私を死ぬほど憎むようになった。私は、なぜ父に憎まれたのか、何をしくじったのか今でも分からなかった。

 ()()の篠ノ之柳韻は研究者となり、総務省管轄の特殊機動隊に籍を置いた。EOS技術を用いた、限定空間における機動防御構想の実現に尽力したのだ。EOSを装備した戦闘員が地下通路や坑道などの閉所でISを迎撃・撃滅するという思想であった。

 鈍重なEOS部隊と侮っていた私は、IS学園と地下貨物路線を繋ぐ接続通路からゴーレムⅡを3体侵入させた。

 接続通路に設置された探知センサーや伏兵の類いを排除する目的で、ナパームや火炎放射器を使い通路内を焼き払った。安心安全な侵入を試みたつもりが、ゴーレムⅡはすべて破壊されてしまったのだ。

 業火のなか、薄っぺらいスーツを着た戦闘員がIS相手に白兵戦を挑んでくるなどと誰が予想したであろうか。

 彼らは微細化したEOSを脳神経に埋め込み、常人の7倍もの知覚速度を獲得していた。

 スキンタイトスーツ化した強化外骨格を装着し、可動部への負荷を軽減する形で量産IS以上の初速を実現。挙げ句の果てには、全世界に欺瞞情報を拡散する目的で国連への技術提供まで行った。

 ()()の織斑千冬もまた、ドイツから帰国後に【Embedded-extend Operation Seeker】の埋込手術を受けた。これによって時間制限付きではあるが、殆ど生身もままISと戦えるようになった。その後名も無き兵たち(アンネイムド)戦にて、はじめて対IS機動防御戦術を披露したのである。

 

「束、もう手遅れかもしれないが、一言、どうして相談してくれなかった……?」

「言ったら反対するしー。おとーさん、私の話なんか耳を貸さなかったんだもんね!」

 

 姉は口を開けば金の無心をした。

 両親に耳を貸す気がまったくないとわかったら、今度は道場の帳簿をちょろまかした。両親の筆跡を真似て、税理士を丸め込んで脱税まで目論(もくろ)んだのである。姉の信用失墜は自業自得であった。

 父は通路を背にして、部屋の隅へと追い込んでいく。

 姉の背中が壁に触れた。もう逃げる場所がない。硬い感触に姉の顔が蒼白になる。

 

「へへへっ……束ちゃん様はピンチのときでもへこたれないもーん!! ピンチはチャンスって偉い野球選手が言ってた!!」

「……たばね……今すぐお金を返すことは、……できないのだろうか」

「チッチッチ! もうおっそいんだなー!! とっくの昔にたくさん使っちゃったよーんっ! なんかの雑誌で借金も資産だって書いてあったし! 欲しいものがまだ手に入っていないんだもんっ! たった100兆しか借りられなかったしぃ、本当に足りるのかなぁ……箒ちゃんがたくさんお金が必要だって言ってたんだもーんっ!!!」

 

 対して父は、「そうか」とだけ告げた。憤怒と憐憫が入り混ざった表情を一瞬だけ姉に向ける。

 そして音無く一歩を詰めた。

 

「……ッ」

 

 予備動作を感じさせずに繰り出された極意に、私は息を呑んだ。

 篠ノ之流撃剣術【無拍子】である。

 免許皆伝するには必ず習得せねばならない、地味で目立たず、空気のような技だった。膝や股関節、足首、つま先を酷使して瞬時に最速に至る。至近距離では回避困難という、最強最悪の大したことのない極意であった。

 あまりの緊張感に息ができなくなる。そう思っていると、誰かに後ろ襟を(つか)まれた。思いきり引っ張られて襟首が絞まって頸動脈が圧迫される。恍惚と安息による多幸感の奔流。身体が宙に浮き、もう死んでもいい、と5歳にして早熟な歓喜に震えた。

 しかし、私は違和感を禁じえなかった。

 なぜ、父の身体が真っ正面にあるのだろうか……。

 なぜ、父の強張った顔と鋭利な(きっさき)が私に向けられているのか。

 後ろを振り向くと姉がいた。

 

「ああっ……あ、……」

 

 父の手から刃が滑り落ちる。

 刃紋に私の幼い身体が映りこんだ。そこで初めて私は気づいた。足と地面が離れている。完全なる浮遊状態にあったのだ。

 

「へへへ、箒ちゃんバリアー、なんだなっ!」姉が左手の指先を水平にしてピースサインをつくった。

 

 私はもう一度振り返った。

 姉の右肩から先が異形の機械で覆われている。見覚えのある意匠だ。マジックインキで記したメモ書き。

 あなや、繰り返し瞬き、確かめる。

 遠くない未来、【白】を象るであろう電気騎士の腕であった。

 

「ヘッヘヘヘ、慣性消去機能、だっけ? そんな感じの名前のやつだよっ!」

 

 姉の要領を得ない説明よりもむしろ、父が膝を屈してボロボロと涙と嗚咽(おえつ)(こぼ)したほうに気を取られていた。

 父が達人でなければ寸止めできなかったのではないか。

 私は2度目の死を父の手によってもたらされていたのではないか。

 姉は妹の私を肉の盾に使ったのである。胸の奥底から感情があふれ出すのを抑えられなかった。

 

「うううう、わああああああああんっ!!!」

「あれれーっ。箒ちゃんバリアーが泣いちゃった」

 

 姉はあろうことか、宙に浮いた状態のまま慣性を復活させた。前のめりに泣き喚いていた私は、そのまま床へと落下する。受け身を取ること叶わず顔面を強打し、鼻から血があふれ出た。

 痛みも()る事ながら、クズ姉への絶望感で胸が張り裂けそうだ。

 

「うううう、わああっわっ、わあああああんっ……」

 

 程なくして遠ざかっていくクズの足音。顔面の痛みと、嵐のような修羅場が過ぎ去った安堵感とが()い交ぜになる。パンツの中が開放感とともに冷たくなっていく。失禁した事実を恥じることさえ忘れ、涙が、滂沱(ぼうだ)として流れ落ちた。

 

 

 




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