ぞ、と背筋が凍った。
父はあくまで自然体に歩を進めた。姉を見据えたまま、私に「後ろを向こうか」と告げた。
まさしくそれは、殺害予告であった。姉が自らがもたらした落ち度によって、風前の灯火にまで追い詰められてしまったのだ。
「フフフ……おとーさんが本気なら束さんにも考えがあるってもんよ?」
ガチガチガチ……と姉が歯を打ち鳴らしている。幸い、家族会議の前に小用を致したおかげで漏らさずにいるだけだ。
姉は、篠ノ之柳韻の本気を一度足りとて目にしたことがない。
剣道教室には【剣道教士七段】と書いてある。いつもニコニコと笑みを浮かべて優しい先生だと評判だった。
生前、かつての家族がバラバラになったあと、父は【闇落ち】して私を死ぬほど憎むようになった。私は、なぜ父に憎まれたのか、何をしくじったのか今でも分からなかった。
鈍重なEOS部隊と侮っていた私は、IS学園と地下貨物路線を繋ぐ接続通路からゴーレムⅡを3体侵入させた。
接続通路に設置された探知センサーや伏兵の類いを排除する目的で、ナパームや火炎放射器を使い通路内を焼き払った。安心安全な侵入を試みたつもりが、ゴーレムⅡはすべて破壊されてしまったのだ。
業火のなか、薄っぺらいスーツを着た戦闘員がIS相手に白兵戦を挑んでくるなどと誰が予想したであろうか。
彼らは微細化したEOSを脳神経に埋め込み、常人の7倍もの知覚速度を獲得していた。
スキンタイトスーツ化した強化外骨格を装着し、可動部への負荷を軽減する形で量産IS以上の初速を実現。挙げ句の果てには、全世界に欺瞞情報を拡散する目的で国連への技術提供まで行った。
「束、もう手遅れかもしれないが、一言、どうして相談してくれなかった……?」
「言ったら反対するしー。おとーさん、私の話なんか耳を貸さなかったんだもんね!」
姉は口を開けば金の無心をした。
両親に耳を貸す気がまったくないとわかったら、今度は道場の帳簿をちょろまかした。両親の筆跡を真似て、税理士を丸め込んで脱税まで
父は通路を背にして、部屋の隅へと追い込んでいく。
姉の背中が壁に触れた。もう逃げる場所がない。硬い感触に姉の顔が蒼白になる。
「へへへっ……束ちゃん様はピンチのときでもへこたれないもーん!! ピンチはチャンスって偉い野球選手が言ってた!!」
「……たばね……今すぐお金を返すことは、……できないのだろうか」
「チッチッチ! もうおっそいんだなー!! とっくの昔にたくさん使っちゃったよーんっ! なんかの雑誌で借金も資産だって書いてあったし! 欲しいものがまだ手に入っていないんだもんっ! たった100兆しか借りられなかったしぃ、本当に足りるのかなぁ……箒ちゃんがたくさんお金が必要だって言ってたんだもーんっ!!!」
対して父は、「そうか」とだけ告げた。憤怒と憐憫が入り混ざった表情を一瞬だけ姉に向ける。
そして音無く一歩を詰めた。
「……ッ」
予備動作を感じさせずに繰り出された極意に、私は息を呑んだ。
篠ノ之流撃剣術【無拍子】である。
免許皆伝するには必ず習得せねばならない、地味で目立たず、空気のような技だった。膝や股関節、足首、つま先を酷使して瞬時に最速に至る。至近距離では回避困難という、最強最悪の大したことのない極意であった。
あまりの緊張感に息ができなくなる。そう思っていると、誰かに後ろ襟を
しかし、私は違和感を禁じえなかった。
なぜ、父の身体が真っ正面にあるのだろうか……。
なぜ、父の強張った顔と鋭利な
後ろを振り向くと姉がいた。
「ああっ……あ、……」
父の手から刃が滑り落ちる。
刃紋に私の幼い身体が映りこんだ。そこで初めて私は気づいた。足と地面が離れている。完全なる浮遊状態にあったのだ。
「へへへ、箒ちゃんバリアー、なんだなっ!」姉が左手の指先を水平にしてピースサインをつくった。
私はもう一度振り返った。
姉の右肩から先が異形の機械で覆われている。見覚えのある意匠だ。マジックインキで記したメモ書き。
あなや、繰り返し瞬き、確かめる。
遠くない未来、【白】を象るであろう電気騎士の腕であった。
「ヘッヘヘヘ、慣性消去機能、だっけ? そんな感じの名前のやつだよっ!」
姉の要領を得ない説明よりもむしろ、父が膝を屈してボロボロと涙と
父が達人でなければ寸止めできなかったのではないか。
私は2度目の死を父の手によってもたらされていたのではないか。
姉は妹の私を肉の盾に使ったのである。胸の奥底から感情があふれ出すのを抑えられなかった。
「うううう、わああああああああんっ!!!」
「あれれーっ。箒ちゃんバリアーが泣いちゃった」
姉はあろうことか、宙に浮いた状態のまま慣性を復活させた。前のめりに泣き喚いていた私は、そのまま床へと落下する。受け身を取ること叶わず顔面を強打し、鼻から血があふれ出た。
痛みも
「うううう、わああっわっ、わあああああんっ……」
程なくして遠ざかっていくクズの足音。顔面の痛みと、嵐のような修羅場が過ぎ去った安堵感とが
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