「おかけになった電話番号は現在使われておりません」
公衆電話の受話口から無味乾燥な電子音声が流れた。
「使われてないって。残念だったねー」ヒカルノが申し訳なさそうに受話器を置く。
ボックスから出た私は、帰路に就いた。
坂道を上っていく。中腹の高台に篠ノ之神社や篝火幼稚園があって、さらにその上へ行けば、女子大の研修センターがある。
5歳の私には、その坂道がとても長いものに思えた。
近隣住民や学生とすれ違う。あいさつを交わすうちに、珍しくヒカルノが声を張って挨拶した。
「こんにちはー」
首に一眼レフカメラを掛けていて、制服の意匠から女子大付属高校の生徒だとわかった。このあたりの女子中学生は殆どが附属高校を目指す。理由は私服通学ができて制服が可愛いからである。
セミロングの髪に入れた明るい茶色のインナーカラーが目を惹く。女子高校生はものもらいを煩っているのか眼帯をはめていた。
「西さんこんにちはー」私も続いた。
「こんにちは、箒ちゃん」
少女が足を止めて腰を下ろす。目線を合わせて一眼レフカメラを構えた。
「今日も可愛いねーー」
西がシャッターを切った。
すぐさま出来映えを見せる。どこからどう見ても幼い頃の【篠ノ之箒】であった。
「わーい」「可愛い、可愛いぞー」
西とじゃれつく。
彼女は
この頃はまだ【暗部】に属しており、前・楯無派に名を連ねていた。数年後に更識刀奈の父親が変死した折、布仏家の台頭に抗いきれず、暗部のIS【
「布仏先輩も来てよ。箒ちゃんのスモック姿、可愛いっしょ!」
「待ってください〜秋ちゃーん、ペース速い〜」
ライトグリーンのワンピース姿。坂道を歩くには少々心許ないスニーカー。
白いもち肌が綺麗でふわっとした明るい巻き髪。大きな瞳を隠すような丸いメガネを掛けている。
ゆるそうな雰囲気を醸し出し、それを助長するかのように、子犬のようにパタパタと足音を立てている。お○○○星人……山田真耶を想起させる外見であるが、彼女は山田ではない。
眠そうな雰囲気の顔立ちは布仏
「箒ちゃ〜ん。一枚いいですか〜」
「
私がVサインを出すと、すかさず彼女もシャッターを切った。
「やーん。可愛い〜」
ふたりは10分ほどポーズを要求しては撮影していった。
「じゃーねー!」
「またな!」「ご機嫌よう〜」
満足したのか、手を振って別れ、坂を降っていった。
一歩引いて私たちのやりとりを眺めていたヒカルノが声を掛けてきた。
「はー……あんなきれいな女子高生と女子大生とお知り合いなんて…………箒ちゃんいつの間に?」
「去年、うちの神社と篝火寺の紅葉を撮りに来てましたよ? その場にヒカルノセンセもいましたよ? 篝火寺の由来を話してましたよ?」
「記憶にない」ヒカルノが首を振った。
紅葉を楽しむ家族連れや、写真撮影する
「あそこの制服、可愛いんだよなぁ……でも、うちからちょっと遠いじゃん? 行くならうちから近い県立かなぁ」
「ヒカルノセンセ。いつも見境がないのに、そういうところは考えるんですね」
「考えるに決まってんじゃん! だってさぁ!! 千冬様がどこに進学するか、一番関心を払うべきじゃん!? そしてクズ
ヒカルノは重要なことを見落としていた。
生前の私は、
三日後、私はお寺の境内に座って、足をブラブラさせながら奥の参道を眺めていた。
「またひとりじゃないか」
私はうなずいて、飲みかけのスムージーに口をつける。
ちーちゃんセンセが隣に腰掛ける。
「
「今日は五反田さん家でお泊まりだ」
「ふーん、そーなんだー」
別に寂しいと思わなかった。
友だちを作って一緒に遊ぶよりもむしろ、大人といることを好んでいたからであった。
私には前回の記憶があって、失敗と成功の経験値があるが、その経験値を5歳の身体で生かすのはとても難しい。
ちーちゃんセンセの瞳をじっと見つめた。
今の彼女は織斑計画のことをまるで知らないかのように振る舞っている。
弟の
ふと、私の脳裏にある考えが浮かんだ。
「……ん、私の顔になにかついてる?」
「ううん」
私は首を振った。スムージーの残りを吸い上げる。
足をブラブラさせて、しゃらしゃら、という風に揺られた木の葉の調べに耳を澄ませた。
私はちょっとした思いつきを実行に移す。
「ちーちゃん……」
ちーちゃんセンセの手の甲に、小さくなった手のひらを重ねてみた。
彼女の腕に体重を預けて目を瞑る。
「箒……」
たぶん、いま、この時間は。
私にとって、とても、幸せなものにちがいない…………。
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