箒ちゃんに転生してみた。   作:王子の犬

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クズ束さん【下】は全4話の予定です。



篠ノ之束はクズである。【下】
篠ノ之束はクズである。【下】(1)


 

 我が姉こと、篠ノ之束は人倫にもとるクズである。

 愚かにも自らの所業を告白し、莫大な借財を余すところなく正直に両親へ伝えたのだ。心を偽らぬ、という善行を積んだつもりになって、さも満足げな面持ちで我が家を家庭崩壊へと陥れたのであった。

 齢5歳の私は、今、とある家族との食事会に(のぞ)んでいる。

 隣の席に座る姉は、またしてもよろしくない薬をキメて気持ちよくなっているようだ。

 セーラー服姿で椅子に座って足をぶらつかせ、テーブルの上で手を組んで口元を隠した気になっている。訳あいあいとした雰囲気のなか、とてもだらしない顔つきであった。

 向かいに並んで座る更識夫妻は、いかにも上流階級と言わんばかりのハイブランドで身を包んでいた。上品な仕草で目の前のクズと書類とを交互に見つめている。姉とは異なり、頬を引き攣らせて込み上げる怒りを抑えている表情(かお)であった。

 

「なぜこれを私に……?」

 

 更識楯無氏の声と体、(まぶた)が微かに震えている。

 

「テヘペロ♪」姉は拳で頭をコツンとたたいた。

「篠ノ之様、真面目にお答えください!」

 

 ホスト役の布仏(のほとけ)(まこと)が強く告げた。先日のゆるふわ女子な姿ではなく、髪を後ろにしばって黒いパンツスーツを身に着けている。胸元をがっちり固定しているにも拘わらず強烈な存在感を放っていた。

 布仏真は食事会の場を設定した布仏(みのる)氏の名代である。本来であれば布仏実氏が参加すべきところであったが、高齢のうえ、無理がたたって先日入院してしまったのだ。

 (みのる)はこの食事会を最重要案件と位置づけた。

 大学生であった末娘の真を代理とした上、次期布仏家当主として指名したのだ。本来ならば長男もしくは長男の娘である布仏虚、本音姉妹を指名すべきであったが、長男は病気がちであり、虚・本音姉妹は幼児である。

 父・実氏より「艱難辛苦を乗り越え、大きく飛躍しうる逸材」と、望外の評価を得た布仏真は、必ず成功に導かねば、という真摯な気持ちで(のぞ)んだのである。だが、このとき、父・布仏(みのる)氏が入院した理由を悟りつつあった。

 姉は他人の心中を推し量る気などまったくなかった。

 悪びれない面持ちで舌をペロッと出しながら、

 

「契約書?」

 

 と(のたま)った。

 

「わざわざ呼びつけてこんなものを?」楯無氏が訊ねた。

「あれれ〜おっかしいなぁ。【()()()()()()()()()()】の言い間違いかなぁ〜」

 

 姉はもったいぶりながら書類を指差す。

 

「ゼロをいっぱい書いたのが見えなかったんだねぇ……文字が小っちゃかったのかなぁ。老眼鏡を用意してありますよぉ」

 

 姉が黒縁メガネを差し出す。楯無氏が手で拒み、書類のゼロの数をざっと数えた。

 

「10兆……?」

「夫を揶揄(からか)っているの!?」更識夫人が声を上げて牽制する。

「ホントホント、束さん嘘つかない。天地神明箒ちゃんに誓って! 本気に決まってんじゃん!!」

 

 姉は舌をペロッと出して両眼をまん丸に見開いて、(おど)けたピエロのような表情(かお)になった。

 

「どうしてもやって欲しいことがあってぇ。同業他社さんに更識さんを紹介してもらったんだけどぉ、更識さんに門前払いされちゃってぇ、そこの布仏さんに相談したらぁたくさんお金を払ったらやってくれるかもって言うからぁ、手付金を()()()()くらい払ってぇ」

 

 更識夫妻の視線が一斉に布仏真に集まった。布仏真は俯きがちになって、手を【パー】【グー】【パー】と形を変えて見せた。

 

「セッティングに……じゅ、10万だと……?」

 

 聞いた瞬間、姉が「ププーっ」と吹き出した。

 

「束さんはそんなにケチじゃないもーん!! 手付金5000万円で成功報酬は全部で10億円だよーん!! さっき布仏さんちの口座に9億と5000万を振り込んだもんね!!」

「バカなことを言うな!」

 

 楯無氏が机を叩いた。

 姉はヘヘヘと笑い、懐から黒いプラスチックの安っぽい箱を取り出し、私のほうを一瞥した。心底愉快と言わんばかりの仕草である。

 

「それは……」

「携帯動画プレーヤー。チャイナ通販で買ったんだよー」

 

 姉が慣れた手つきで動画を再生する。

 机に置き、楯無氏の方へ押し出した。

 リモコンを使って音量を上げると男女の密やかなささやき声と卑猥なうなり声が鳴り響く。

 

「やめてっ!!! そんなの見せないで!!!」絶叫とともに夫人が携帯動画プレーヤーを奪い取ろうとした。姉はすかさずプレーヤーを引き寄せ、4インチほどの画面を左右に振った。

 

「奥さんは誰が映ってるかわかっちゃったんだねー」姉がおかしそうに笑い声を上げる。

「クスクスクス……だいじょーぶ、だいじょーぶ。束さんは『()()()』リークしてないよーん」

 

 動画には女性初の首相候補と目される山藍議員の愛娘と更識楯無氏が映っていたのである。

 姉は自分の携帯端末を取り出し、メールの下書きを夫妻に見せつける。

 

「まだだって言ったのホントでしょー? アハハハッ!!」

 

 夫人が両耳を手で塞ぐ。

 食事会は瞬く間に醜聞の暴露という惨状を呈したのである。

 姉の言動は聞くに堪えなかった。姉は心というものが抜け落ちたクズである。クズにつける薬はないと言うが、実際、姉の言動は衰えることを知らなかった。

 

「く、黒幕がいるに違いないっ……! ひとりではこんなこと!」

 

 楯無氏が唾を飛ばしながら叫んだ。

 

「そうでーす、束さんはまだ中学生でーす。こんな動画撮れませーん。動画は()()()()さんに貰ったんですよー。報酬を弾んでくれたから()()だって」

「ど、同業他社……?」

 

 姉は私を見てから、布仏真に目配せした。

 

「あのぉ、言ってもいいんですかぁ〜? そういえばぁ、楯無さんにだけなら社名を出していいよって、許可取ってあったのぉ、忘れてましたぁ」

 

 【暗部】の同業他社はたいてい国家にひとつしかないのが常である。

 楯無氏は予想が外れてくれることを祈っているに違いなかった。

 

「楯無さんはとーぜんご存じですよねぇ? ()()()()()()()()()さんでーす!! お金を積めば迅速丁寧にあんなことやこんなことまでやってくれる、とっても良い業者さんでーす!!!

「……な、……な」

 

 楯無氏は両眼を瞑り、拳を握り締めて肩を小刻みに揺らす。歯を食いしばり、口にすべき言葉を吟味していく。

 

「……君のような将来のある若者が」楯無氏の瞳が潤む。

「なんですぅ?」

「亡国機業などと……キ○○イの……テロリストどもとパイプを持つだなんて……」

 

 姉が片手で頬杖を突き、もう片方の手で私を指差した。

 

「箒ちゃんがこうすると上手くいくよって、教えてくれたんだもーん! 全部言われたとおりにやっただけなんだもーん!! 束ちゃん様にそんなコネがあるわけないじゃーん!!!

 

 楯無氏が顔を強ばらせた。

 

「この期に及んで幼児のせいにするなどと……このクズめ!!!

 

 姉は褒められたと勘違いして照れくさそうに頬を赤らめた。

 何を思ってか讃辞だと受け取ったのである。

 なるほど、たしかに「日本暗殺史に【暗部】あり」とささやかれるほど歴史ある組織の首魁にクズ呼ばわりされたのだ。姉的には満足のいく反応だったらしい。

 しかし、言われてやったのだと言い切る度胸を評価すべきか迷うところではある。

 楯無氏も中学生相手に激高するなどと器の小ささを露呈した気がしないでもないが、姉の言動はあまりに人倫道徳を踏みにじっていた。

 姉は持っていたリモコンを適当に押す。映像が代わる代わる再生されていく。

 男性は全て楯無氏であり、女性は動画毎に異なった。前首相の孫娘、大物政治家の義娘、有名俳優の妻、売り出し中のアイドル、雑誌の表紙を飾ったトップモデル、美人ニュースキャスター……枚挙に暇がない。

 更識夫人は嗚咽を漏らし、縮こまって泣き崩れた。美しい面立ちが涙に濡れた様は嗜虐心をくすぐるものだ。

 しかし、この場にいる大人たちは誰も夫人の姿に心を止めた様子はない。

 夫である楯無氏は細君を気にかけることなく、姉を怒鳴り散らしている。

 姉は夫妻の姿を愉しそうに眺め、すぐに飽きたのか、私を見てこう言った。

 

「こんなに綺麗な奥さんがいるのにクズだねぇ……。束さんだったら浮気なんてしないもんねー」

 

 この姉は惨状を呈すとわかっていて口にしているのであろうか?

 

 




■更識楯無
更識家当主。楯無。更識刀奈・簪姉妹の父。

■布仏実
布仏家当主。虚・本音姉妹の祖父。

■布仏真
大学生。布仏実の末娘。布仏家次期当主。
虚・本音の叔母にあたる。

■ファントム・タスク
困難な依頼内容でも迅速丁寧な仕事ぶりで評判の業者。亡国機業とも。

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