東京大空襲における40万発の焼夷弾、ナチスドイツが放ったV1、V2ロケット合計3万発と比べたらあまりに少ない数である。
弾道ミサイル3000発による飽和攻撃という、防御不可能な最悪の行為に恐れを抱かぬ者はいないであろう。
空を飛翔し、乱れ飛ぶミサイルの群れ。あまりに現実感のない光景は着弾による衝撃と爆発によって、初めて現実だと認識される。
攻撃を受けたという事実。事実を真実に変えるには、より多くの人々に目撃されなければならないのだ。
「3000発…………?」楯無氏の眼が丸くなった。
「3000発なんて無理だろうって思いましたよねぇ。だ、か、ら、ファントム・タスクさんを通じて世界中から短距離弾道ミサイルを買い付けたんですよぉ。これもファントム・タスクさんのお仕事なんですがぁ、ちょっと人民解放軍海軍とロシア海軍とアメリカ合衆国海軍に協力してもらいましてぇ、
「…………それは、テロですら……戦争……」
「戦争? そんなものは起こりませんよ? だって、今回のプロモーションに参加した艦艇はぜんぶぅ、自沈してもらうことになってましてぇ、えすえるびーえむとかいう物騒なものは飛ばなかったことになるからでーす。各国の
自沈してもらう引き換えとして、ISコアを搭載した攻撃型潜水艦を20年後に就航させる計画だ。ハイパーセンサーを水中音響ソナーとして用いることにより、無音潜航中の通常動力型潜水艦を速射で撃沈が可能となる。シールドバリアと慣性消去装置を船体表面に組み込めば、流体であっても抵抗を極限まで消すことができる。水中であっても、陸上と変わらぬ、それどころか、より高速航行ができるようになる。
「でぇ、どうしてアメリカが同盟してる日本にミサイル撃っちゃおうぜ! ふれんどりふぁいあーおっけー! みたいなことになったっていうのはぁ…………ででーん!」
姉は再び携帯動画プレーヤーのリモコンを取り出した。
沈黙していた携帯動画プレーヤーの画面が明るくなる。
私が事前に製作しておいた動画が再生を始めた。内容は、新しく開発したロボット掃除機の宣伝映像だった。
「○○バのパクリ……」楯無氏の感想はもっともである。
「パクってないもーん!!」
姉が映像を解説しだした。すでに布仏
「実はこの続きがありまーす! 再生っ!」
舞台は
ナレーションとともに地図が表示され、ちょうど、反政府武装戦力の勢力圏に赤い点が映し出された。
反政府武装勢力の支配地域のど真ん中だ。
銃を携えた欧米人と思しき男女が現れる。テロップには名前と階級、所属。そのひとりがサマンサ・ケイシー、のちのスコール・ミューゼルである。放送禁止用語を毒づきながら輸送機を守っていた。
散発する銃撃、次第に数が増えて劣勢に追いやられる。
サマンサたちは死か捕虜かの二択を迫られる。絶体絶命になったそのとき、輸送機の積荷が動き始めたのだ。
それは天○○城○○ュ○のロ○○○兵を模したロボット掃除機であった。大きさは5メートル程度である。
サマンサたちは、積荷の箱にロボット掃除機だと記されていたことを知っている。当然のことながら神に祈り始めた。
ロボット掃除機に銃撃が集中する。輸送機から漏れた燃料に火がつき、サマンサたちは銃撃のなか輸送機から走って離れていく。
輸送機の爆発。
身を伏せるサマンサたちが目にしたのは、ロボット掃除機が反政府武装勢力を掃除する姿であった……。
「ってな感じで今も掃除は続いてまーす。シリアだけでなくてぇ、○○○○自治区にもロボット掃除機があってぇ、今、人民解○軍を掃除してまーす。ホワイトハウスのご近所とぉクレムリンの庭園にも同じロボット掃除機が複数台置いてありまーす♪」
楯無氏が黙って【掃除】の映像を凝視している。
堅牢な装甲。反政府武装勢力が対戦車ミサイルを発射しても傷ひとつ付いていない。
頭部には大口径と小口径の二種類の砲を搭載している。小口径は対人用に使われている。大口径は光線砲となっており、射程は数キロメートルに及ぶ。迫撃砲部隊が遮蔽物を貫通してきた光線に【掃除】される光景が映っていた。
「今ならぁ、束ちゃん様のプロモーションに協力してくれたらロボット掃除機のコアの完成版を差し上げちゃいまぁーす。467個限定製造予定の貴重なコアだからぁ、今がチャンス! 特にぃ、ミサイルを撃ち込まれちゃうニッポンには特別に総数の1割を供給する予定になってまーすっ! 10年たったら100兆円積んでも買えなくなるからぁ、本当にチャンスですよっ!」
前回はISコアを5000個近く製作した。初期に製造した分の歩留まりこそ優秀だったが、その後、インフィニット・ストラトスを動かせるほどのコアが採れなくなってしまった。歩留まり落ちとなったISコアはゴーレムや物流用に用いたものの、優良なISコアの数は一定数を維持するしかできなかったのである。
結果、ISコアの価値が跳ねあがった。おかげで借金返済に成功した。もちろん、このことは姉に伝えてあった。
「この小さな文字で書いてあるのは何だ」楯無氏が指摘する。
「それはですねぇ、当日ミサイルが飛ぶんで、空と海の航路を封鎖してくださいね。
飛行機を成田に回すとかだめですよ。
山陰や近畿中部北陸に東北からもミサイル飛ばすんで、緊急の緊急だけ那覇や千歳とかにしてくださいねっ。
事前に防衛省へ話を通して自衛隊機にスクランブルさせないよーにしてくださぁい。
無駄死にして逆恨みされても何にもできませーん♪
陸上自衛隊に迎撃ミサイルを撃たせないでくださぁーい。
至近距離過ぎて間に合わないし被害が拡大しまーす。もしも迎撃できちゃって、よそーがいの場所に破片が飛散したら補償適用外なんで補償金がおりませーん。
でぇ、補償金ですけど……家とかたくさん潰れたり壊れたりすると思うんで、全壊なら土地と家の満額の2倍を、半壊なら土地代込みで満額補償しまーす。
補償したお金でもう1回家を建ててくださーい。車両とかももちろん満額でーす。
落下物が予想される地域の住民は3日前から避難してもらいまーす。
ひとりあたり1日100万円、ペットなら1匹1日50万円、家畜なら全額補償ですよー。前後3日くらい避難してもらうとうぃんうぃんですよねー」
姉は書類に添付した日本地図を指さした。日本海側は山陰・北陸・東北に円が画かれている。太平洋側は近畿・東海・東北、小笠原諸島周辺であった。
一枚めくって世界地図を出す。
ハワイ沖や黄海、朝鮮半島沿岸部、ベーリング海に丸がついていた。
「それとぉ新商品が荷電粒子砲をですね、連射して拡散させる予定になってるんで、万が一当たったら周囲を巻き込んで死んじゃいまーす♪ 灰も残らないんで気をつけてくださいねー。
あとぉ、エネルギーシールドを後付けした海上自衛隊の哨戒機が周辺海域を哨戒、撃墜したえすえるびーえむを確かめてもらう手はずになってまーす。こちらのマニュアルにしたがって機材のかいぞーをお願いしてまーす。
あっ! これは言っておかないとですねぇ……ロボット掃除機はぁ、5キロメートルくらいしか光線が届かないですけどぉ、新商品はコアが強力でぇ、20倍の距離も余裕で届いちゃうんですよねーー!!」
最後だけ聞くと半径100キロメートルを余裕で網羅した戦術レーザーシステムである。
「これ、当日演出に使う機材のせいのーしょげんです」
さらにもう一枚めくる。
楯無氏が思わず噴き出す。各項目の値が冗談みたいな数字であった。
「…………巡航速度マッハ20に水中速力600ノットって……おいおい、妄想が過ぎるのでは? 秘密のノートではないのだよ、お嬢さん」
楯無氏は揶揄を露わにした煽り口調である。
「とっても強力なコアが採れましてぇ、いっぱい造った甲斐がありましたぁ」
今日の時点で3万個製作した。3万個のなかでもっとも高出力であり、最も安定したコアである。
楯無氏が書類を適当にめくる。仮に妄想ノートだと仮定すれば、よく調べて書いたみたいな内容だろう。ときどき、楯無氏が真顔になる様子を眺めた。
「これ差し上げまーす」
姉が楯無氏に見えるよう、化粧箱を持ち上げる。
箱にはマット加工された外装が印刷されていた。大きく【モバイルバッテリー】と書かれ、姉が携帯端末の充電に使っているものと同じであった。
「充電器?」楯無氏が渡された箱をつまらなそうに眺める。
「束ちゃん様が先月から先行販売している、100万円のモバイルバッテリー*1ですよー。A○○○○nとR○○○○○nだと30万円オフのクーポンを使えば70万円で買えまーす」
5年間充電無しで1ポートにつき1アンペアを供給可能なモバイルバッテリーだ。
定格出力5Wで100万円である。5センチ角サイズのくせに値段設定が強気を通り越して気が狂っている、と動画投稿サイトや匿名掲示板でネタ扱いされていた。
分解できたら1000万円という高額な賞金が掛けられており、賞金を得るには分解成功動画を投稿するのが条件だった。実際、分解を試みる動画がいくつもあがっていたのだが、どういうわけか殆どの者が失敗していた。
唯一分解に成功したのが、篝火ヒカルノである。ネジにドライバーをあてがっただけで分解できてしまっていた。動画投稿により本当に賞金1000万円を獲得してしまった。
「ネットではぁネタ扱いされてますけどぉ、安定化電源としてみれば超々優秀なんですよぉ。なんと!
しかし、実質70万円のモバイルバッテリーは現在返品祭りの真っ最中であった。
返金保証制度に穴があり、販売会社に直接返品すると100万円が返金されるようになっていたのである。
1回目は郵送にて返品できるが、2回目以降は窓口にて直接返品しなければならない。
窓口で返品すると、100万円が返ってくるだけでなく、200万円のモバイルバッテリー*2に交換される。
この200万円のモバイルバッテリーもまた窓口でのみ1度限りではあるが返品できたのだ。
100万円の方は返品回数に制限がないため、交換品の200万円モバイルバッテリーをいくらでも入手できたのである。
穴だらけの返品制度により、200万円のモバイルバッテリーがフリマサイトやオークションで転売され、次々と返品されていった。この返品転売サイクルを回して2000万円以上稼ぐ猛者さえいた。
「……1アンペアしかないのは使い勝手が……できれば2アンペアを」
楯無氏の言い分はもっともである。
「そのバッテリーの中身ってぇ、ロボット掃除機のと一緒なんですよぉ♪」
ゴトン、とモバイルバッテリーが滑り落ちた。
楯無氏が立ち上がって壁際に退き、扉に手を掛け逃げようとし始める。
姉が箱を裏返し、製品名を指差した。【製品名:モバイルIS電源】
「中身ですけどぉ正式だとあいえすコアっていう名前になりまーす」
私と姉の合作である。
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