「どうして開かない! さっきは開いていたのに!」楯無氏は本気で逃げる気であった。
「まーまー落ちついて座ってくださいな。料理が冷めてしまいますよ。五反田のお兄ちゃんは三ツ星なんとかにもいた腕の良いシェフなんですよ。デザートくらいは食べましょうよ」
姉が口にものをいれながら喋る。
私も姉に習って残していた料理を口に運ぶ。
研修センターは厨房業務を五反田食堂に委託していた。通常ならば五反田食堂の奥さんが調理するのだが、今回は特別な食事会ということもあって奥さんの従弟も厨房に立っていた。
「おいしいなあ。これが10億円の味だと思うとかんむりょーって気がしますねぇ」
ひとり美味しそうに食べる。姉の食事マナーはめちゃくちゃだ。
私もしばしの間、食事を楽しむことにした。前回の人生ではいろいろな国を訪れては食べ歩きしたものだ。
最期の記憶の直前、夜の屋台で舌がピリリと痺れたような気がしたのだが、記憶があいまいである。
「くそぅ……開かない……」
楯無氏が椅子に腰掛けてしょげかえった。
モバイルバッテリーを視界に入れないようにしている。5センチ角の外装から光線が飛び出して楯無氏を消し去ることは決してない、と姉が告げても今の楯無氏に通じることはないだろう。内部には微細化したシールドバリアー発生装置が組み込まれていて、何かと敵の多い楯無氏のお
「むふーっ」姉は満足そうであった。
楯無氏が下を向きながら料理を咀嚼する。
どの道楯無氏に選択肢はない。
競合他社であるファントム・タスクが、かき集めた1900基を続々と国内へと搬入していた。
【暗部】の担当予定は北経由で購入したイスカンデル型700基である。残りの400基は弾道ミサイル潜水艦に搭載されたSLBMであった。
更識楯無が交渉の場についた時点で、
「でっざあと♪ でっざあとっ♪」
フォークとスプーンを握りしめ机をガチャンガチャンと音を立てた。
「楽しみだねー♪ 箒ちゃん♪」
私は一瞬遅れてうなずいた。
「失礼します」
と、内側からは開かなかったはずの扉が開いた。
現れた給仕の姿に姉が手を止めた。ニコニコと笑みを浮かべ、私の注意も給仕へと向けられた。
楯無氏の皿が下げられ、デザートが置かれた。
室内に静寂が訪れ、物音がよく響くようになった。
「ありがとう……ッ」
楯無氏が礼を言うと、給仕が微かに相好を崩す。
「わーい、ちーちゃんだ。お手伝いですかぁ? その服似合ってるよー♪」
「そうだ。仕事中だ」
最後に私。お子様用の特製デザート。
「チーちゃんセンセありがとうございます。不出来な姉ですみません」
座ったまま頭を下げる。
「お下げします」
扉が閉まり、
「…………で、ご自慢の新商品とやらは」楯無氏の目が据わる。
「ふっふっふー。有人機ですよー。中に人が入って空を飛ぶんです。憧れますよねー」
「3000発のミサイルが飛び交う中を? 人が?」
「そーでーすっ♪ 人類の夢は人が手を携えて目指すものでしょう? だから、
「安全性は」
「ロボット掃除機以上でーす。理論上は地球破壊爆弾が当たっても大丈夫でーす。ミサイルは全て東京湾の中心に向かって着弾するよーに調整指示してありまーす」
「………………全種類……だと」
「そーでーす♪」
楯無氏の瞼が痙攣した。
姉がもはやただのクズではなく、いっぱしのテロリストか狂人の類いとして映っていることだろう。
だが、姉はすでにある答えをメールに
実際に書き出したのは私であった。幼児の小さな手でキーを打ち続けるのがどれほど大変だったことか。私が真剣に表へ入力していたとき、姉はぼけーっと突っ立ってアイスキャンディーを咥えていたのであった。
「数発輪切りにしてくれればおっけーでーす」
「で、誰を乗せるんだ。航空自衛隊からパイロットでもスカウトするか? 完成品すらない怪しい代物、誰も乗りたがらないぞ?」
「
「…………え……」楯無氏が瞬きした。
「お・り・む・ら・け・い・か・く…………もちろん、楯無さんはご存じですよねぇ? CIAのぷろじぇくとえむけーうるとらのニッポン版です。遺伝子操作にせんのー実験、【暗部】も関わってましたよね? アハ☆」
楯無氏がフォークを軽く握り、姉に向けて腕を振った。
「おぎょーぎ悪いですねー。フォークを人に向けて投げちゃいけないってご家族に習いませんでしたかぁ?」
空中静止するフォーク。楯無氏の頬が引き攣っている。
姉は椅子を引いて、両腕を見せつける。近い将来、東京湾上空において単機でミサイル迎撃を成功させるであろう、電気騎士の腕があった。
「インフィニット・ストラトス。…………新商品の正式めーしょーですっ♪」
楯無氏がすかさずデザートの皿を投擲した。
「もったいない」
姉は皿の慣性を消去し、デザートが崩れないようにゆっくりと机に下ろした。
「10億円のデザートなんだからちゃんと食べなきゃですよぉ。それにぃ、この両腕は、今この瞬間にもぉロボット掃除機として動かすこともできるんですよぉ? 刀奈ちゃんと簪ちゃんをお掃除しちゃおっかなー。おっ掃除♪ おっ掃除♪」
姉はさも楽しそうに席を立ち、更識姉妹がいる方角へ腕を伸ばす。
「…………」楯無氏が何かを呟いた。
「何かおっしゃられましたかー? 聞こえるように言わないと伝わりませんよー」
「……クズが」
「楯無さんに言われたくあっりませーんっ!!」
私はデザートを食べ終え、シャンメリーのグラスを飲み干した。
契約書にサインする楯無氏と、無気味な笑い声を立てながらタックス・ヘイブン経由で
外の空気を吸って、機嫌を取り戻した更識姉妹と布仏真や西秋がおしゃべりする姿を見て、どっと疲れが出たような気がした。建物の壁際に造られた目立たない色のベンチに座る。モバイルバッテリーをベンチの上に置く。
無心になって鳥の
次章【白く輝く騎士】
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