真・恋姫☨夢想 革命 張郃転生伝   作:青二蒼

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ここから空のメス化が進んでいきます。

まあ、肉体は精神に引っ張られる的な話もありますし仕方がないね。

ちなみにこの幕間では空の視点ではなく三人称的な視点でお送りします。


張郃伝幕間1:波乱の休日

 張郃、(あざな)儁乂(しゅんがい)

 正史においては黄巾の乱より五十年は戦い続けた宿将。

 しかし、この外史の世界においては本来では男である張郃は何の因果か女で、中身は別世界の立花 (そら)という少年であった。

 ところが少年は本来はもう一つ、別世界の者でありとややこしいことになっている。

 そんなややこしいちぐはぐな精神と外見をしている張郃こと真名を(くう)は波乱の休日を過ごすのだった。

 

 

「ふぁ~あ……暇だな~」

「ちょっと文ちゃん、警邏中だよ。もうちょっとシャキッとしてよ」

 欠伸(あくび)をしている少女に黒髪の短髪の少女が(いさ)める。

 欠伸をした方は文醜ーー真名を猪々子(いいしぇ)

 黒髪の方は顔良ーー真名を斗詩(とし)と言う。

 袁家に名高い二枚看板であり、周辺では知らぬ者はいない武勇の持ち主である。

 そんなニ人は(ぎょう)の街を治安維持のために巡回をしていた。

 しかし、治安は良好であるため猪々子は退屈であるとやる気があまり出ていない様子だ。

「でもさ~、斗詩ー。姫の膝元で悪さしようなんてヤツは早々いないって」

「それでもだよ。怠慢していい理由にはならないし、小夜(シャオイェ)さんにバレたら怒られて給金を減らされちゃうよ」

「あーあ……何か、面白いこと起きないかな~」

 そんな斗詩の言葉も猪々子には届いていないようで「はぁ……」と斗詩は、相棒に何とも言えないため息を吐く。

 その時に不意に、

「あれ……?」

 見慣れた人物が斗詩の視界の端に見えた気がした。

「どうしたんだよ、斗詩? 厠か?」

「違うよ文ちゃん。今、あっちの方で空さんが見えた気がして」

「空の姉貴が? そう言えば今日は非番って話だったから、食べ歩きでもしてるんじゃないか?」

「そんな文ちゃんじゃないんだから……でも、あっちって確かーー」

 斗詩は空と思しき人物が向かった方向に、心当たりが少しあった。

「なあ、斗詩。ちょっと追い掛けてみようぜ」

 斗詩が心当たりが何かを考える前に猪々子はニヤリとした笑顔でそう提案する。

 だが、その顔に付き合いの長い斗詩は嫌な予感しかしない。

「だから、今は警邏中だって」

「別にいいじゃん、ちょっとくらい。それに斗詩が言ってた方向って警邏の道から外れてないだろ?」

 その猪々子の言葉に斗詩は自分が示した方向に気付く。

 実際問題、斗詩も空がどこに向かうかは気になっていた。

 なのでその大義名分を得てしまった今、

「ほら、早くしないと姉貴がどっか行っちゃうぜ」

「あ、待ってよ文ちゃーん!」

 言いながら駆けていく猪々子を強くは止められず自分も流されていくのだった。

 何だかんだと尾行のような形になり、二枚看板は野次馬根性で空を見つけ、その後を追い掛ける。

 それから一軒の店に入るところを目撃する。

 そこで斗詩は確信を得る。

「やっぱりあそこって……」

「飯屋か?」

「違うよ、最近この鄴で流行ってる服屋だよ。ここら辺は服の店が多いの」

「なんだ……穴場の飯屋とかじゃないのかよ」

 しかし、猪々子は花より団子らしく飯屋じゃないことに落胆する。

「空さん、こういうところ来るんだ。ちょっと意外」

 斗詩の中での空の印象は仕事ができる武官で、休日には基本的に酒を飲んでるか日課となってる舞踊をしているところしか見ていないため、お洒落にはあまり興味がないと思っていた。

「ちょっと覗いて見ようぜ、斗詩」

 と、猪々子も何となく気になるらしい。

 普段着ている空の服装は中華風のホットパンツに、編み上げの入ったチャイナドレスのような服装だ。

 なぜそんなものがあるかは知らない。

 服飾について空は既に考えるのをやめている。

「ちょっと、まだ仕事中だよ」

「大丈夫だって、それに空の姉貴の弱味とか分かるかもしれないじゃん。ほら、敵を知り己を知れば嬉しいなって言うだろ?」

「百戦危うからず、だよ……文ちゃん」

 孫子の兵法の一節を間違えている猪々子に斗詩は呆れて訂正する。

 ちなみに猪々子は模擬戦で空に負け越してる。

 というのも戦闘の相性があまりよろしくない。

 柔よく剛を制す、豪快な猪々子の攻めに対して流して相手の隙を突くのが空の戦い方だ。

 それは普段やってる舞踊の応用でもある。

 空本人はここまで自分の戦い方が確立できたことに内心驚いている。

 閑話休題。

 ともかく、猪々子は空に負けていることに少なくとも悔しさを覚えている。

「あれ? そうだっけ? ともかく、もしかしたら空の姉貴の意外な弱点があるかもしれないじゃん」

「こんなところで見つかるのかな〜?」

 斗詩は猪々子の言葉に疑問を覚えざるを得ない。

 意外な弱点というより一面しか出てこないような予感が斗詩はしていた。

 結局は流されるまま、斗詩は猪々子に続いて店の様子を陰から覗くのであった。

 そんな時だった。

「何やってるんでございます……」

「げぇッ?! 沮授!」「小夜(シャオイェ)さん!?」

 ニ人の行動を不審に思った沮授こと真名を小夜がジト目で立っていた。

(まった)く、文醜はともかく斗詩まで怠慢とは……」

「そういう沮授だってーー」

此方(こなた)は視察が終わって帰る途中でございます」

 猪々子が小夜に食って掛かりかけたところで、彼女は仕事はきちんとやってることを先に述べる。

「すみませんすみません! すぐに持ち場に戻りますので!」

 斗詩はきちんと反省し、謝罪する。

「まあ……いいでございます。疲れたので、今日は勘弁してやるでございます」

 顔を斜め下に向けて、いつものやさぐれた感じを出す小夜。

 しかし、それは次はないと暗に言ってるようなものだった。

 その言葉に「あはは……」と斗詩は力なく笑う。

 小夜は気を取り直して、一息。

「で、何やってるんでございます?」

「いや、空の姉貴が服屋に入ってったからつい気になって」

「別にコソコソする必要はないでございましょう……」

 猪々子の言葉に彼女は冷静にツッコむ。

 と、小夜は店内にいる空に目を向ける。

 店内では何やら空は服を見て考え込んでる様子だ。

(確かに意外でございますね。酒にしか興味がないと思っていたのです)

 それを見て、若干失礼なことを小夜は考えていた。

「それはそうと早く持ち場に戻ったらどうでございますか?」

「は、はい。失礼します。行くよ、文ちゃん」

「へいへい」

 小夜に促されて猪々子は渋々と、斗詩はそそくさと去って行った。

「ああ、そなた達は先に城に戻っていいです。此方(こなた)は張郃将軍と戻るので。護衛、ご苦労でございました」

「はっ! 了解しました。失礼します」

 護衛として控えていた兵士に指示を出し、小夜は空へと近付く。

 そんな小夜に空も気付き、

「おや、小夜さん。視察からお戻りですか?」

「今しがた。珍しいでございますね、空殿が服を気に掛けるとは」

「それは、まあ……」

 空は歯切れ悪く返し、それから質問する。

「小夜さん、私って男に見えます?」

 要領を得ない質問であったが、小夜は何となく悩みに察しがついたのですぐに返す。

「女性であるのが勿体ないぐらいには、行動が美丈夫過ぎるのでございます」

「そうですか……」

「まあ、お陰で助かってるのでございますが……少々熱烈に過ぎますし」

 それから小夜は同時にいつぞやに賊から(かば)われた時を思い出して、少し恥ずかしくなる。

「そこまで意識していないんですが」

「…………」

 その言葉に小夜は疲れた顔をする。

(ある意味では悪女でございますね)

 などと思った。

 空は既に勘違いさせる系の主人公的なムーブをかましているのに気付いてはいない。

 本人は辛い時に誰も助けてくれなかった経験から、こうして欲しかったと思った行動をしてるに過ぎないつもりなのだが、この戦乱の時代に他者を気に掛けることができる人がそう多くないことを彼、もとい彼女は知ってはいてもその度合いを測り間違えていた。

 なので、イケメンと勘違いされても仕方がないのである。

「小夜さんはお洒落などは?」

「……余裕があると思うでございますか?」

「そうでしたね……」

 墓穴を掘ったと空は思った。

 あの袁紹こと麗羽の下で苦労しない訳がない。

 ノリに適応してるのは猪々子ぐらいなものだ。

 どうしても袁紹軍の大体は苦労人になってしまう。

「こちらなどお似合いではないでしょうか?」

 と、朗らかに荀諶(じゅんしん)こと桂藍(けいらん)が一着の服を持っていつの間にやらニ人の近くに来ていた。

 荀諶……かの王佐の才と謳われた荀彧(じゅんいく)の兄、この世界では姉である。

 荀彧に似た外見をしており、ゆるふわな金髪ウェーブの髪をしている。

 妹の荀彧に比べて彼女は柔らかな雰囲気である。

 そんな彼女が持ってきたのは中華風ロリータとでも言うべき服であった。

 この時に空は相変わらず時代錯誤な意匠(いしょう)に内心、

(やっぱりおかしいよな~)

 などと思っていた。

 生活用品に関して考えることはやめても、やっぱりツッコまざるを得ない物がちらほらと出てくる。

「桂藍殿とこんなところで会うなど、奇遇でございますね」

「ええ、仕事の帰りでお見かけしたもので。空殿と小夜殿がこんなところにおられるとは、意外です」

 先程の似たようなことを小夜に言われた空としては二度目である。

「別に此方はそんな暇がないのでございます。あと、面倒ですし」

 小夜はそう言うが、空は「後半が本音だろうな~」と思っていた。

 暇がないのも事実だが、彼女の性格上では後者が本心であろう。

 それよりも空は桂藍の持つ服に視線がいく。

「似合うでしょうか?」

「ええ、これでも妹達の服を見繕ってましたので間違いありません。空殿の普段の印象から外れてると思われるでしょうが、こちらもお似合いになると思います」

 その桂藍の自信に満ちた言葉に空は悩む。

 女子力を高めようと決心したはいいが、いざこういうものを着るとなると気恥ずかしさが出てきていた。

「大丈夫です。私もお手伝いしますので」

 と、何故か桂藍から、えもいわれぬ圧を空に放って迫る。

 それに気圧されてたじろぎ、空は困惑気味だ。

「すみません、試着をお願いします」

「分かりました」

「桂藍さんちょっと待って下さい! 私、まだ心の準備が――あっーー!!」

 勝手に話を進められ、空は店員と桂藍と共に店の奥へと消えていく。

「……待つでございますか」

 流れに置いていかれた小夜は取り敢えず待つことにした。

 

 

 待つこと十五分。

「あー♪ 良いですよ〜!」

 と、桂藍の今まで聞いたことない黄色い声に小夜はつい足を向かわせる。

 そこには桂藍にオススメされた服を試着した空。

 普段の凛々しさはどこへやらで、中華風ロリータの服がいつもは目立たない空の小柄さを引き立たせる。

 長い髪もいつもは毛先あたりを髪留めで結んでいたそれを外し、大きく開かせて下ろしている。

 そして、当の本人はというと――

(似合うな)

 恥ずかしがるどころか楽しんでいた。

 適応力高すぎである。

 とは言え、落ち着かない部分もあるのは確かで脚をもじもじさせる。

「えっと、どうですか?」

「ええ、お似合いです。出来れば妹に欲しいくらい」

「妹さん、いるじゃないですか」

「可愛げがないんです」

 荀彧に対して姉であるのにバッサリである。

「なので、できれば一度でいいのでお姉ちゃんと呼んでください」

 そして欲望を隠さない桂藍。

 それも仕方ない。荀彧こと桂花が姉に甘えるかと聞かれれば性格上、否である。

 なので、姉である桂藍は甘えてくれる妹に少々飢えていた。

 (こじ)らせているとも言うべきか。

 ともかく、カワイイ子がいれば妹にしたいと変な欲望があったのである。

 そんなことは露ともしらない空は「きっと甘えてくれる妹が欲しいんだろうな」と、桂花の性格を考慮して内心で考えていた。

 当たっている予想ではあったが、問題は拗らせ具合までは予想出来なかったのである。

 という訳で、

「ありがとうございます。桂藍お姉ちゃん♪」

 ノリノリで桂藍の願望に応えてしまった。

 瞬間、桂藍の中で理性の線が切れる。

「ふふ、空ちゃん。荀家の養子になりません?」

「……へ?」

「むしろ家族になりましょう。いくらでもカワイイ服を見繕って差し上げますから!」

 一気に不穏な感じになった桂藍に空は選択肢を間違えたのを感じ取る。

 異様な圧を放ちながら空へと桂藍は迫る。

 それを見ていた小夜は、

「……おめでとうございます。では、此方はこれで」

 面倒くさそうなので見捨てることにした。

「小夜さん助けて! 家族にされてしまいます!」

 

 

 何とか桂藍を落ち着かせ、服屋をあとにした三人。

「すみません、空殿」

「いえ、別に構わないですけど……」

 先程の暴走に対して謝罪する桂藍。

 だが、空は特には気にしていなかった。

 桂花がアレなのだから、桂藍が素直な妹が欲しいという願望も仕方ないとも思えていたのである。

 ちなみに空は服屋で試着したフリフリの服のままである。

 あのあと購入して着たまま店を出たのだ。

 履き慣れないスカートに少し戸惑いながらも普段より歩幅を小さくして歩くのを空は意識する。

 理由はいつもみたいに堂々と歩いていると見えそうだからである。

 空は自覚していないが、歩幅が小さくなったせいでより少女らしさに拍車が掛かっていた。

 おまけにスカートがめくれないよう両手を組んで前を軽く押さえているため、品を感じさせる歩き方になっている。

 最早誰だお前である。

 それとは全く関係ないあることに気付き、空は小夜に声を掛ける。

「そう言えば、小夜さんは視察の帰りなのに報告とかしなくてもいいんですか?」

「別に急を要するものではないのでございます」

 特に問題はないと一蹴する。

 逆に小夜も空に対して声を掛ける。

「ところで、どこに向かってるんでございますか?」

「書店です。品揃えが良さそうな店がこの辺りに……ああ、ありました」

 と、空が目指していたのは一軒の書店。

 少々古びてはいるが、中に入ればそこそこの蔵書である。

「これは盧植(ろしょく)先生の本ですね。こんなところにあるなんて」

 桂藍は目ざとく本を検分する。

 店は古びてはいるが、新しい本もあることに小夜も気付く。

 品揃えの豊富さといい老舗(しにせ)とも言うべき店であろう。

「いいところでございますね。新しい本も取り入れている辺り、目聡い店主でございます」

 小夜も蔵書の品揃えに称賛する。

 そして空もある本を探していた。

「あ、ありましたね」

「『孟子』ですか。儒教に興味が?」

 空の選んだ本に桂藍は興味深い感じで聞く。

 字が読めるようになってからは暇さえあれば読書をするようになった空は、儒教に興味が出ていた。

 儒教とは、簡単に言えば『孔子』や『論語』と言った本が例で、五常と呼ばれる五つの道徳を学んで最高道徳である『仁』を目指すというものだ。

 つまりは人がどうあるべきかを学べる学問であると、空は思っている。

「そうですね。道徳的なところを学ぶのは、上に立つ者としては必要なことだと思いますので」

「素敵ですね。そこまで考えていらっしゃるとは」

 桂藍は空の勤勉さに素直に感心する。

 空は前世で読んだことはなかったが、名前ぐらいは一度は聞いたことがあり、なおかつ空の住んでいた現代社会でも残っていた書物だ。

 古代中国の思想は現代でも通用するとの話だったので、学んで損はないだろうと空は考えていた。

 それから各々(おのおの)で書物を買い、小夜に至っては城に送る書物を店主と相談し、桂藍がそれを交渉していた。

 気難しそうな店主であったが、桂藍が出ると話はすんなりと通った。

 どういう話術を使ったかは分からないが、弁舌に強いのは確かであると感じさせる場面であった。

 用事を済んだので店を出て、そのまま三人は城へと帰る。

 しかし、鄴の城に入る門の手前で――

「お帰りなさい沮授様、荀諶様。すみませんが、そこの者がどういうお方か明らかにしたいのですが?」

 空の雰囲気が全然違うので門番に呼び止められる。

 今は華麗な少女に変貌しているのだから無理もない。

 その門番の言葉に桂藍と小夜は顔を見合わせ、真ん中にいる空に視線を向ける。

 自分の両脇からの視線に空は、

(自分で言わないとダメな流れ?)

 と妙な空気を感じ取っていた。

 この姿で妙な気恥ずかしさが出てくるが空は意を決して一息吐き、

「……張郃です」

 か細く答えた。

 出てきた名前にニ人の門番は豆鉄砲を食らったように困惑している。

 その表情はいかにも、雰囲気違うくね? という感じある。 

「紛れもなく張郃将軍です。なので、問題ありません」

「通ってもよいでございますね?」

 桂藍と小夜の口添えに門番は姿勢を正す。

「はっ! 申し訳ありません!」

「いえ、謝罪は不要です。責を果たそうとしているに過ぎないのですから。それでは引き続きよろしくお願いします」

 少しだけ兵士が知るいつもの空の雰囲気と言葉に、門番達は本人であると理解する。

 それから門を通り過ぎたあと、門番のニ人は顔を見合わせ――

「……可愛かったな」

「ああ……」

「張郃隊に異動したいと思うんだが」

「奇遇だな、俺もだ」

 そんな会話があったとか。

 

 

 城に戻り三人はそれぞれ持ち場に戻る。

 非番である空はそのまま購入した本を持って城の庭へと歩を進める。

 行く先々で他の文官やら武官、兵士から妙な視線を感じてはいたが、

(まあ、普段と違うとそうなりますよね〜)

 仕方ないと空は諦めていた。

 しかし、ある意味では女子力が高まったのではないかと何故か本人は妙な達成感を感じている。

 城の中庭に出て、東屋(あずまや)に腰掛けて一息。

 途中で出会った侍女に茶を頼み、読書をしながらのお茶と優雅な過ごし方をすることにした。

 お茶が届けられ、しばらく空は静かに読書にふける。

 少し時が経ち、

「隣、失礼するわ」

 桂花が現れた。

 休憩だろうかと空は思いつつ――

「どうぞ」

 少し席を移動して場所を空ける。

 桂花はそれから疲れたように息を吐きながらも席に着く。

 何やら本を抱えているので勉強か、気晴らしの読書だろう。

 厚めの紙をめくる音がニ人の間に風と共に響く。

(気付いてないのか?)

 空と認識出来ていないのか、それとも分かった上で興味がない――

「…………」

 訳ではないらしい。

 先程から空は横目で見ていると、チラチラと見ているのに気付く。

 対して桂花はというと、

(あんな子、いたかしら? それに妙な(たたず)まい。どこかの名家のご息女? 袁紹に比べればまだ品があるわね)

 空とは気付いておらず、軍師らしく観察していた。

 どこか引っ掛かる感じが抜けない桂花は、どうしても気になるようである。

「その本……『孟子』ということは、あなた儒学者?」

 流石に(らち)が明かないので桂花から切り出す。

 書籍から話に入る辺り、文官もとい軍師らしいと空は思った。

「違います。でも、思想は参考になりますので勉強をと思いまして」

「立派なことね。一つ聞きたいのだけど、あなたどこかの名家のご息女かしら? あまり見ない顔だけど」

「……張郃です」

 やっぱり気付いてなかったかと、空は思いながら本日二度目になる同じセリフを吐く。

「……はぁッ!?」

 一瞬の沈黙のあとに甲高い驚愕の声を桂花は発する。

 その声量に空は顔が少しのけ反る。

「あんた、全然印象違うじゃない! そんな少女趣味があったの?!」

「服は桂藍さんに見繕われてと言いますか……私だって女の子ですよ?」

「ああ、姉様の……まあ別に趣味についてはとやかく言うつもりはないけど」

 若干、姉の行動に対して察しがついた桂花。

 やはり姉妹なので行動はある程度分かるのだろう。

「ところで、荀彧さんは休憩ですか?」

「そうね。あんたの所のバカ君主にこっちは振り回されっぱなしよ。献策のしがいがないわ」

「それは、まあ……麗羽様ですし」

「……君主に暴言言ってるあたしが言うのもなんだけど、無礼とか思わないのかしら」

「それは我々が一番、骨身に沁みてますよ。そう言われても仕方ないことです。ただ、そんな麗羽様はある意味では汚れには染まらないと言いますか……腐敗してる連中に比べれば、誠実であるとは思いますので」

 空の言葉に桂花は「ふ~ん」とあまり理解できない様子だ。

 桂花はからすれば賓客として迎え入れられてはいるが、軍師として献策が通らないので待遇としては良いとは言えない。

「ま、私にはどうでもいいことね」

「別のところに仕官でも?」

「……どうしてそう思うのよ」

 桂花は空の言葉に図星であったため聞き返す。

 空はある意味では知っているのと、桂藍から小耳に挟んでいるので特に理由を聞かれてもあまり深い答えは出ない。

 しかし、麗羽のことを考えれば少しだけ面白く答えることができる。

「軍師泣かせですからね、麗羽様は」

「そうね。あそこまで話を聞かないのはいっそ清々しいわ」

 その空の言葉に、桂花は小馬鹿にしたように同意する。

()く者は追わず、来る者は拒まず。荀彧さん程の人なら何も考えず去るという訳ではないでしょうし、乱世が来るのであればふとした時に出会うこともあるでしょう」

 開いていた孟子の言葉を一つ引用して、空は少し先になる別れを惜しみつつも心情を表した。

 それから桂花は、

「桂花でいいわ」

 空からすれば意外な言葉を放った。

「…………」

 あまりのことに空は目を点にする。

 その空の反応に桂花は食いかかる。

「何よ、私が真名を預けるのが意外?」

「そうですね。捻くれてるので、馴れ合わない為に真名は預けないだろうと」

「捻くれてるは余計よ! 私だってちゃんと実力を認めたら預けるわよ。小夜とあんたは少なくとも認めてるわ」

「それは嬉しい限りです。真名である空、是非とも受け取って下さい」

「しかと受け取るわ、空。あと、私が仕官しようと思ってるところを教えておくわ」

 またしても空は桂花の言葉に驚く。

 しかし、桂花としては出来れば空を引き抜きたいと考えていた。

 個人の武の高さではなく、用兵に関しては目を見張るものがあり、二千五百の兵を五百で足止めした話を聞いた時には素直に感心していた。

 軍師にとって武官の用兵の上手さとは策の幅を意味するところであり、彼女がいれば可能性が大いに広がると考えていた。

 つまりは、その腕をかなり買っているのである。

 自分でも結構とんでもないことをしてると半ば自覚しつつも、その実感が薄い空は桂花がそこまで認めているとは夢にも思っていない。

「思惑がありそうですね」

「もし、袁紹のところを去る時が来たら口添えはしてあげるわ。策に素直に従ってくれる武官は貴重なのよ。それが理由よ」

 と桂花はあくまで実力を買ってると念押しをする。

 その言葉に、彼女なりに好意的ではあると空は感じた。

「私は陳留にいるという曹操殿のところに行くわ。朝廷の宦官から河南尹(かなんいん)である橋玄(きょうげん)殿の目に掛けられたという話、それに陳留の安定した治世の話から相当な才をお持ちのはずよ」

「曹操……その名、覚えておきましょう」

 空は静かに曹操の名を噛み締めるように呟く。

 それは、いよいよ乱世の幕開けがそこまで迫っていることを感じさせるやり取りであった。

 そして――

「あら、荀彧さん。こんなところで何をしていらっしゃるの?」

 空気を読まない君主(麗羽)が登場してしまった。

「げっ……」

 あからさまに麗羽の登場に嫌な顔を隠さない桂花。

「休憩をしていただけです。ちょうど終わりましたので、私はこれで」

 そのままそそくさと桂花は立ち去る。

「相変わらず、いそいそと忙しい方ですわね。あなたもそう思いません?」

「いきなりそう言われましても……」

「というか、あなた誰ですの?」

 麗羽の言葉に思わずズッコケそうになる。

(話し掛けといてそれかい)

 と、空は内心でツッコんだ。

 警邏が無事に終わったのか、麗羽の両脇には斗詩と猪々子がいる。

「見慣れない顔ですね。新しい侍女の方ですか?」

「だったら姉ちゃん、悪いけど飲み物を持ってきてくんない? 警邏が終わった直後で喉が乾いてさ~」

 斗詩も猪々子も誰も気付いていない。

 何となくこうなる予感がしていたので空は、

「……あの、空です」

 本日三度目の名乗り。

 まさしく二度あることは三度あるとはこのことであろう。

「ヘ?」「え?」

 三者の内でニ人が素っ頓狂な声を上げたかと思うと、

『ええええええ!?』

 猪々子と斗詩だけが大声で驚愕する。

「あら、随分と可憐(かれん)ではありませんの。まあ、名家であるこのわたくしは優雅さだけでなく可憐さも備えてるので遠く及びませんけど、おーっほっほっほ!」

 唯一、驚かなかった麗羽は唐突に自慢して高笑いをしだす。

 案外驚かないことに空は少し驚いていた。

「ところで、お茶をお持ちすればよいですか? 文醜将軍」

 そして、イタズラ気味に空は猪々子に対して言葉を返す。

 そんなことを言われた猪々子は身震いし始める。

「うわあ……空の姉貴にそんなこと言われたら変な鳥肌が」

「ちょっとそれどういう意味ですか?」

「何ていうか普段の姉貴には似合わな――」

 猪々子に余計なことを言わすまいとすかさず、

「いえ、大変お似合いです!」

 斗詩は割って入った。

 そのあからさまなフォローに空は苦笑いする。

「ははは、はぁ……」

 そんな空が本格的に女の子らしくなるのはまだ少しだけ先の話。

 




中華風ロリータに関してはググッて画像検索してイメージ下さい。
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