実は同時に正史の張郃にも知らずの内に近付いてもいます。
あと、麴義もとい銀鈴の拠点フェイズにするつもりが鈴花の話になっていた。
黄巾を討伐するにはやはり連携が大事なので、今日は
時間はそろそろ調練の時間のはずですが、この時代に時計などないので正確な集合など出来ないんですよね。
なので、私と副将である鈴花は少しだけ待ちぼうけ。
南皮近くの平野で部隊と共に待っている訳ですが……
「空様、銀鈴さんはどのような方なのですか?」
鈴花が背の低い私を見下ろして尋ねる。
「そう言えば、あまり顔を合わせていませんでしたね」
部隊が違うと軍議の間でもない限りはなかなか顔を合わせませんからね。
時折城の中で出会いはしますが、お互いに忙しく時間が合わないところもあるのですが。
「そうですね。私より少し小柄で、柔らかな雰囲気をした方ですよ。真名の通りの銀のような髪をしていて――ちょうど来たみたいですね」
遠くに
遠目から見ても暑苦しい男達が列を整えて、足を踏み鳴らし、砂塵を巻き上げながら前進してくる。
スゴい威圧感ですね。
精強という感じが素人でも分かるぐらいには、練度の高さを感じさせる。
乱れない隊列に歩調を揃えた行進。
先頭は砂塵の幕になっていて姿がよく見えないが銀鈴であろう影が見えます。
なんですかね、この砂塵から現れるってラスボスとか強敵っぽい登場の仕方は。
それから近付くにつれて、銀鈴の姿が――
「あの、空様……」
姿が――
「全然、柔らかそうな雰囲気では」
…………。
「お待たせしました」
鈴花が段々と言葉を失うのも無理はありませんね。
そう言って目の前まで来た銀鈴は、一目で重装備と分かる甲冑を身にまとっていました。
無双の曹仁ですか。
いや、あそこまでいかないにしても兜は頬を覆うほどの物。
片腕に盾を装備し、長槍を持っている。
ぽやっとした雰囲気の彼女はそこになく、凛とした感じで、異民族の撃退を幾度もしたという歴戦の猛者でした。
切り替えが極端なタイプかもしれないですね。
「さて、状況としては数はこちらが優勢の野戦。我々張郃隊が黄巾の賊と仮定しましての戦いです。何か質問は?」
「ありません」
間延びした返事ではなく、銀鈴は端的に返す。
「では、鈴花……あとはよろしくお願いします」
「は、はい! 若輩ですがお願いします!」
これは鈴花の指揮練習でもあるので、私は今回は評定人と言ったところです。
別の場所では
「始めましょう」
それだけ言って、銀鈴は部下を引き連れて配置につく。
「あの……自信がなくってきました。すごい怖いんですけど!」
聞いてた銀鈴の雰囲気と違い、涙目で私に訴える鈴花。
気の小ささが出てきましたね。
「当たって砕けろです」
「あんな重装甲相手だと本当に砕けます!」
「いいではないですか。何事も経験です」
成功したときより失敗の方が印象に残る。
それに、実戦では命を落とすが模擬戦では事故が起こらない限りは死者が出ることはあまりない。
気兼ねせず出来るよい機会です。
「うぅ……私が一人で戦うのではダメですか?」
「それでは意味ないでしょ……」
何の為の模擬戦なんですか。
「頑張ればご馳走をあげますから」
「犬ですか!? 私はそこまで単純ではないです。猪々子様でもあるまいし」
さり気に猪々子をディスりましたね。
まあ、今ので釣られないだけ単純ではないのは嬉しいことですが。
むしろ釣れた方がやる気も出ていいんですかね?
「ともかく頑張りなさい。命令です」
「は、はいぃ〜……」
命令と言われてしまえば反論はできないでしょう。
少々強引な気もしますが、これも鈴花の為です。
しかし、そんな捨てられた子犬みたいな顔をされると久々に男の部分が反応してしまいそうになりますね。
生理的に反応するモノがありませんけど。
そのまま私は真直のところへと下がる。
観客席ではないが、評定をするための陣に入り真直と出会う。
「ああ、空殿。鈴花ちゃんはどうでしたか?」
「相変わらずですよ。銀鈴さんに気圧されてます」
「そうですか……でも、私も驚いたな~。普段はぽやっとしてられるのに鎧を身にまとうと人が変わって厳格な方になるなんて」
「切り替えをきっちりされてるんでしょう。あの感じですと、一筋縄ではいかなさそうです」
果たしてどんな戦いをされるのやら、ですね。
◆ ◆ ◆
場所は変わり、空が真直と共に観戦する陣に入った時、鈴花は緊張しかしていなかった。
「やっぱり一人で……」
「張郃将軍から厳命されております。高覧殿、お気を確かにお持ちください。張郃将軍もご期待されております」
張郃隊の副官的な兵に咎められ、鈴花はまた右往左往。
(だ、大丈夫です。空様に兵法は教わってます。真直様、たまに小夜様にも教わってる。だから大丈夫)
すぐに努めて平静を保とうとして頑張る。
麴義の隊を見据え、どうするかを考える。
相手は五百に対してこちらは千。
(堅そうな布陣……兵は倍でも正面から当たるのはダメ。えっと……兵が倍なら分断を狙う)
鈴花は孫子の一節を思い出していた。
要約すれば十倍の兵力があれば包囲、五倍なら攻撃、倍なら分断を狙えというもの。
それを念頭に、鈴花は兵の動かし方を考えるのだった。
対して銀鈴の隊。こちらは鈴花に比べて動ずることもなく堂々たる態度で立っていた。
方陣という、正方形に人を配置する形での布陣。
本来なら防御向きの陣形で全方位からの攻撃に対応するものであり、決して攻撃的な陣形ではない。
開始の合図の銅鑼が空達のいるところから鳴り響き、銀鈴は静かに号令する。
「構え」
銀鈴と共に全員が盾と槍を一斉に構え、
「前進」
それから足並みを揃えて前進し始める。
勇み足になることもなく乱れぬ行軍。
ジリジリと近付いてくる銀鈴の隊に、鈴花は焦りだす。
(……どこ攻めればいいんですか? 隙間がないです)
そんなことを思っていた。
その様子を見ていた空達は、
「変わった布陣ですね。方円陣でもない、方陣のように見えますけど――」
真直は銀鈴の布陣を見て、従来の陣形とどこか違うと感じていたが、空だけは心あたりがあった。
(ファランクス? 三国志スリーハンドレッド?)
空はスパルタ人が使用していたイメージの強いファランクスという布陣を想起していた。
そのまま様子を見ていると、鈴花の隊が動きを見せ始める。
「どうやら鈴花ちゃん、
と、真直は冷静に分析する。
正面突破力のある鋒矢の陣。
矢印状に兵を配置することで、文字通り矢のように敵に切り込んでいく。
しかし、当然ながら弱点があり正面を崩せないと後ろが遊兵となり、前が崩れれば立て直すのが難しくなる。
「とりあえず分断するために中央を突き抜けようと考えたんでしょうね」
空は真直に同意しながら鈴花の思惑を述べる。
そして遂に、鈴花の隊が突撃を開始した。
砂塵を巻き上げ正面から激突する両軍。剣戟の音が響く。
しかし……
「やっぱり耐えましたね」
真直の言うとおり、銀鈴の隊は耐えた。
(何んですか、あの防御力……ちょっとくらい崩れてもいいでしょうに)
空はその様子に内心驚く。
遠目から見ても分かるくらい、銀鈴の陣に乱れがない。
それからみるみると鈴花の隊が逆に前から崩れていく。
その様子を見て空は勝敗は決したと思った。
「あーあー……駄目ですね、これ」
「そうですね。あそこまで崩れると立て直しは難しいかと、空殿ならどう攻めます?」
「半包囲して後退しながら疲弊を待つくらいでしょうか? 下手に戦っても鈴花みたいに返り討ちでしょうし」
と、空は真直の疑問に対して述べる。
今回は黄巾党を相手に想定した模擬戦でもあるので歩兵のみの編成。
そして今は指揮官がいないが、いずれ能力を持った人間が台頭することを考えてこの状況を設定した。
鈴花の指揮能力の育成と銀鈴の実力を測ることも兼ねてである。
とはいえ、少々相手が悪すぎた気が空はしていた。
相手は異民族撃退を幾度もして戦法が確立し過ぎている。定石があるのだ。
なので、鈴花にとっては散々な結果と現在進行形でなっている。
そして、メリメリと銀鈴の隊に押されて鈴花の隊はなし崩し的に完全に
◆ ◆ ◆
「………………」
模擬戦が終わり、鈴花がズーンという効果音が聞こえてきそうな程に落ち込んでいる。
体育座りで建てられた天幕の傍で。
手も足も出なかったとはこのことで、ショックはデカいでしょうね。
「しかし、手も足も出ませんでしたね。こんなにあっさり終わるとは思いませんでした」
「はぅっ」
どしゃあと体育座りのまま、鈴花は横に倒れる。
追い打ちを掛けないよう言わなかったのに、真直がトドメをさした。
「いいんです……所詮はただの村娘、同じような村の出なのに才能溢れる空様とは違うんです……」
シクシクとした感じでいじけてる。
才能という訳ではなく、若干人生経験が豊富なだけなのですが。
兵法に関してはほとんどゼロスタートですし。
「真直さんも酷い人ですね。気落ちしてる人をさらに谷底に突き落とすとは、案外意地が悪かったんですか……」
「そんなつもりは微塵もありませんでしたよ! というか、
少しからかい気味に言えば、真直は「心外です」とばかりにツッコミをいれてくる。
「冗談ですよ。それはそうと、いい加減に鈴花は立ち直ってください。勝敗は兵家の常。まだ失敗できる模擬戦なだけいいじゃないですか」
「そうは言っても、空様に色々教えて頂いたのに何も出来なかった自分が恥ずかしいです」
どうやら、私に対していいところを見せたかった感じですね。
まあ、恩義とかが重要なところがある時代ですし嬉しくは思いますが。
「反省すればいいだけです。次に活かせるのなら私としてはそれ以上に嬉しいことはありません。それにいつもの元気な鈴花が私は好きですよ」
彼女の笑顔は無垢というか、なんと言うか….眩しいんですよね。
生きるのを一度諦めた私にとっては。
少し感傷的になりましたね。
ん〜、しかし内心でも女性っぽい言葉を使ってますが思ったより馴染むものですね。
いや、切り替えようと思えば切り替えれるんだが。
でも、この容姿で男言葉は似合わないと思うのでこのままでいいですね。
色々と余計なことを考えていると私の言葉に立ち直ったのか鈴花が立ち上がる。
「空様は、ズルい人です。そんなことを言われては落ち込んでばかりもいられなくなるじゃないですか」
と、向き直った鈴花は顔を赤くして戸惑うように答えた。
「期待しているんですよ。陣が崩れてもすぐに諦めなかったでしょう?」
終了の銅鑼がなる前、銀鈴に崩された陣を何とかしようと兵達がまとまるのがほんの少しだけ見えた。
それを見て彼女と出会った時を少し思い出していた。
ひたすらに賊と戦い続けていた鈴花を。
きっと諦めは悪いんでしょう。
「お待たせ〜」
そして、緩い感じで銀鈴が現れた。
いつものぽやっとした雰囲気。
防具を外して、軽装になった銀鈴がそこにいた。
「銀鈴さん……なんと言うかすごい部隊ですね。あれだけの突撃をものとしないなんて」
真直は銀鈴の部隊の防御力を思い起こして感心しています。
確かに、あの防御力は異常です。
しかし銀鈴は不思議そうに答える。
「そうかな~? 異民族ってあれ以上だよ~?」
「あれ以上、ですか……空さんの部隊の練度は決して低くないはずなんですけど」
自慢ではないですけど、部隊の練度は高いとは思っています。そして団結力も。
団結力と言っていいんでしょうか?
以前の宴会の時に貧乳スキー共の集まりであったことが発覚してますし。
素直に喜んでいいのか微妙ですね。
それから銀鈴は衝撃的な話をする。
「大体、騎馬で来るしね〜」
「ええええぇぇぇッ!?」
真直がドン引きするように声をあげる。
私も苦笑いが思わず出る。
騎馬で来るならそれは確かに歩兵より攻撃力があるには違いありません。
というか、馬って体重が百以上は余裕であるので肉の塊がすごい速さで襲い掛かるのは恐怖以外のなにものでもない。
しかし、銀鈴の言い方からしてつまりそれは――
「騎馬相手に迎え撃ってるんですか?」
「そうだよ~。正面からぶつかって〜、耐えたところを反撃〜。両翼に弓とかいるといい感じになるの〜」
マジですか~……
騎馬相手に真っ向勝負とは。
防御は最大の攻撃を体現したようなやり口です。
あの防御力にも納得ですね。
スパルタ人もビックリでしょう。
あっちもあっちでリアルチートな逸話ですけど。
「でも、リンちゃんも諦めなかったね~。異民族より根性あってインもビックリ〜」
軽い感じではあるが、銀鈴は素直に称賛してる様子。
それと真名を略して呼ぶのが癖なのか銀鈴は鈴花をそう呼んでる。
「そうでしょうか……物凄い勢いで返り討ちにされましたし」
「ん〜、陣が崩れて終わっちゃったけど粘り強く戦われてたら分かんなかったかな〜?」
「そう言われても、イマイチ自信がないです……」
「大丈夫だよ~。インも最初はイノシシでも倒れてたからね〜」
イノシシも結構ヤバい気がするんですけど気のせいですかね?
「比較対象がおかしくないですか? イノシシも十分危ないと思うんですけど」
真直も同じことを思ったのかそうツッコむ。
それから安堵しました。
よかったです、私の基準がまだ狂ってないみたいで。
平気で人を薙ぎ飛ばす武官が周りに多くて困りますね。
模擬戦が終了し、色々と引き上げて夜。
「今日は終わりですかね」
「そうですね。空殿もいつもすみません」
模擬戦の評定やら、政務やらを真直と片付けていればいつの間にやらですね。
真直は申し訳なさそうにしているが、手伝うのはいつものことなので今更です。
「桂花……荀彧さんが去ったのは色々と惜しいですね」
「そうですね。口は悪かったけど、仕事は早かったですし正確でした。でも、空殿もそこらの文官には負けていませんよ。猪々子なんか全くこういう仕事をしてくれないし」
「まあ、猪々子には別で頑張って貰いましょう。適材適所です」
とは言え、頼みますから報告書ぐらいまともに出して欲しいものですけど。
「鈴花ちゃんの頑張りを少しくらいは見習って欲しいですけどね」
「そう言えば、真直さんも鈴花に字を教えてるんでしたね」
「兵法もですけどね。桂藍さんと暇がある時は小夜さんも見てくれてるみたいです」
真直に時折教わっているのは知っていましたが、桂藍さんと小夜さんもですか。
愛されてますね。
まあ、自信がないながらもあのひた向きさは余程ねじ曲がった価値観がない限りは好ましいでしょう。
「そうでしたか。またお礼でもしておきましょうかね。それでは、私は今日はこれで。おやすみなさい」
「はい、お疲れ様でした」
真直に見送られ、執務室をあとにして部屋へ戻る。
その途中の回廊で、鈴花の部屋に明かりがぼんやりと見える。
頑張ってるみたいですね。
様子が気になり、鈴花の部屋へと向かう。
扉まで辿り着き、そっと部屋の様子を見てみれば燭台に火を灯して机で勉強してる鈴花の姿。
しかし、疲れているのかうつらうつらと眠そうな表情で緑の瞳はまぶたの中に落ちそうです。
鈴花のことです……根を詰め過ぎるかもしれないですね。
そう思いゆっくり扉を開いて、
「感心しますが、そんなのでは身に入りませんよ」
「はっ!? お、おはようございます」
「夜ですよ……」
声を掛けたらそんな素っ頓狂なことを言い出したので思わずツッコむ。
私を認識した鈴花はすぐに姿勢を正した。
「空様……」
「今日は休みなさい。根を詰めすぎては黄巾賊が出たときに真価を発揮できませんよ」
「でも、私は……」
今回の模擬戦での結果が余程悔しかったのか鈴花は食い下がる。
今は意地を張る時ではないと思うので、強引に休ませますか……
「全く、手が掛かるんですから」
「――わぁッ!?」
無理矢理に両脇を抱えて椅子から立たせて、素早くお姫様抱っこをする。
猪々子並みに食べるくせに妙に軽いですね。
身長も私より高いというのに。
もしかして――私も人外に入りかけていたり……
まあでも、案外重い鉤爪を棒切れみたいに振り回せている時点で十分に力はありますか。
そのままベッドもとい、寝台に優しく下ろす。
それから私も寝台に腰掛けて、優しく語りかける。
「色々と悔しい思いをしているでしょうが、今は黄巾賊がいつ出るか分からない時です。ここで気を張って戦場で調子が悪くなっては守れるものも守れなくなります。それは本意ではないでしょう?」
「そうです、けど……」
「難しそうな顔が似合いませんね。鈴花には既に将としての覚悟はあります。実力はあとから出てくるでしょう」
「不安ですよ、それでも」
「そうですね。自分で言っててなんですが、実力が備わる保証は出来ないです。でも、信じることは出来るでしょう? 私の言葉は信じられませんか?」
「そんなことありません!」
食い気味で力強い返答に少しだけ呆然としてすぐに思わず苦笑する。
「なら、おやすみなさい。鈴花」
ぽんぽんと頭を優しく叩いて、私は部屋をあとにする。
最後に振り返れば、視線が合い、鈴花は妙に視線を動かして顔を合わせるのが恥ずかしそうに背中を向けた。
子供っぽいですね。
そんな鈴花を見て、私は微笑ましく思いながら今度こそ部屋を出るのであった。
◆ ◆ ◆
空が鈴花の部屋を出たあと――
「うあああああっっ!!」
鈴花は寝台の上で悶えていた。
「ホントに空様はあああああもう!」
一通り暴れたところで、寝台の枕に顔を埋める。
そして悶えていた理由と言えば、空の発言である。
――いつもの元気な鈴花が好きですよ。
――私の言葉は信じられませんか?
空なりの励ましではあったが、言い方が少々情熱的過ぎた。
そして同時に嘘偽りのない言葉に気恥ずかしさも感じている。
「はぁ〜あ……ズルい人です」
紺色の髪をイジって気を紛らわせ、鈴花は呟く。
妙な心境を抱えてしまいそうになる将の卵の受難は続く。