脱線? するかも。
だって外史だし。
光陰矢の如しとはよく言ったもので、あれから時が過ぎるのは存外に早かった。
俺は、あの時に初めて人を殺め、村人を守った。
今まで殺しもしたことのない平和な世界で一変、乱世に向かう大陸で俺は張郃として生きていく気持ちがあの日を境に出来たとでも言えばいいだろう。
そもそも一度は自ら命を絶った身だ。
そのせいか変な割り切り方が出来てしまった気がする。
生と死にあんまり執着してないのかもしれない。
そう思うと一周回って狂ってる気がする。
そもそも英雄なんて呼ばれるのはどこか
あんなことがあったのに、村人達には化け物扱いでもされるかと思ったが……命を助けられて疎んじる人はいなかった。
余計な杞憂だったことに安堵する。
ま、今日も美しく華麗に賊を葬るとしましょう。
「最近は多いですね。どうも……よくない」
1人呟きながら、現状を嘆く。
いつの間にやら俺は1人で警邏を任されるようになった。
それは信頼と同時に足手まといになる事を恐れて村の人達は遠慮してるのだろう。
俺自身、ここまで武の才能が開花するとは思いもしなかった。
昼下がりの森の中で、直刀の血を払うように振り抜く。
賊は10人ほど……一番最初に苦戦してたのが噓みたいだ。
いや、それほど苦戦してなかったか?
だがまあ、今では冷静に対処できる辺り成長ではあるだろう。
だけど血生臭い成長に素直には喜べない。
せっかく女の子の体なのだからもっと、女性らしくありたいね。
性転換を楽しんでないかって? まあ……せっかくだし、男では出来なかったことはやってみたいよな。
我ながら適応力高すぎか?
なんて考えながらも真面目な思考に切り替える。
どうも賊がくる頻度が妙に多い気がする。
なるべく、仲間もとに帰って増援とか呼ばれないよう誰も生かしてはいない。
情報を集めて、村に近付く前になるべく処理している。
その方がスマートだし。
ただまあ、あんまりやり過ぎるとあの村には大事な物でもあるのではと勘繰られる可能性はある。
難しいな……1人では守れる範囲に限界があるのは分かってはいるが……やっぱりどこかに仕官でもして張郃の名前を広めれば村の脅威は減るかもしれないな。
あそこの村を襲えば張郃がくるぞ、的な。
不在の間、どうするかが問題だよなあ。
自警団で実力を認められてから発言力が少しずつ増してきたので親父を通して村の防備を固めてはいるから、早々に全滅とはならないだろうが……
心配だよなあ……今となっては故郷だし。
いつの間にか帰る家がなくなってたってのは精神的にキツイだろう。
出るかどうか、未だに迷う。
不意に剣に目を落とす。
あ……刃こぼれしてやがる。
この剣もダメだな……いくつか賊から持って帰るか。
村に早々に剣とか金物が入ってくる訳はない。
なので基本的に賊から頂戴してる。
商人のおっちゃんに頼んで、研磨して貰ってそれを使用してる。
いつの間にやら剣が手に馴染むようなったが、どうも武器としてはしっくりこない。
もしかしたら舞うような戦い方と武器が微妙にかみ合ってないのかもしれない。
いっそ、無双意識して
乱戦では結構使えそうだし。
多対一でよく戦うから引っ掻き回すのに最適かもしれん。
まあ、そんな物がほいほい転がってるとは思えないけど。
そう思いながらも帰路につく。
剣をいくつか持って帰って、村へと戻る。
自警団の装備も賊から奪ってるおかげで充実してきた。
使い古しのボロボロだけど、あるのとないのとじゃ違ってくる。
俺は帰りに村の数少ない商人の家へと向かう。
そこでちょうど店先にいたオヤジが俺を見つけて、軽く手を上げて挨拶する。
「おう、張郃ちゃん。今日もありがとな」
「
「ははは、いいって事よ。張郃ちゃんのおかげで賊にあまり襲われずに済んでるんだ。お安い御用だ」
彼は最初の警邏でお世話になった
使い古しとは言え剣だ。
磨けば使えるし、お金になりそうなものは売って、それ以外で微妙に良さそうなのは村の自警団の得物にしている。
「そうですか。ではいつも通りに置いていきますので、これで。とりあえず村長に話して、家に帰ります。最近は疲れまして」
「そうか……最近は妙に多いもんな。その前にこの間の取り分はいくつか渡しておくぜ」
「別にいいんですが……村を出る訳でもないので」
文斉のオヤジさんは、俺が取ってきた剣を売った儲けを一部渡してくる。
別にいらないと言ったんだが、ただ助けられるんじゃ申し訳ねえと自ら進んで差し出してきた。
このご時世で豪快でありながら誠実な人だ。
この村の生まれで良かったと心から思う。
「なに、張郃ちゃんは村にいるべきじゃねえよ。もっと多くの人を救える気がするからな」
「それはどうも。ですが、私はこれで満足してますので」
張郃の人生をなぞる必要はないな~とどことなく思ってはいる。
「まあ、それはそうと張厳さんも家で待ってるだろうぜ」
その文斉のオヤジさんの言葉に引っ掛かりを覚えながらも金銭の入った布袋を頂く。
待ってる? 何か話でもあるのだろうか?
「ありがとうございます。では、これで」
「ああ、気をつけてな」
別れの挨拶をしてすぐに村長の家へと行き、報告を済ませて帰路へ移る。
いつも通りに質素な我が家。
「ただいま」
「おお、空。戻ったな」
文斉のオヤジさんの言った通り、父は待っていた様子だ。
何か話でもあるのだろうか?
「空、お前もそろそろいい歳だ。実は、見合いの話があるんだが……」
神妙な顔で何を言うかと思えば唐突な縁談。
これはあれだ。父の悪ふざけだな。
この世界の親だし、それぐらいは分かる。
大体、俺の娘はやらん的な感じを
「そうですか……父上が認めたのなら是非ともお会いしてみたいですね」
と、俺はその悪ふざけに便乗してカマを掛けてみる。
「……唐突な話に驚かぬのだな」
チッ、一発目は粘りやがるな。
「私も所帯を持つのもどうかと、ふと思うようになりまして。ああ、でも……初めてはやはり誠実な殿方がいいですね。優しくしてくれそうですし」
何となく女の顔をしてみる。
ふ、男を悩殺するために練習をしたこの表情……我ながら恐ろしいぜ。
なんで練習してたのかって?
せっかくの女性の体だし、男を手玉に取ってみたいという謎の願望だ。
「ぐふぅ!!」
おおおおおい!? まさかの
ふざけるなら自分にダメージを受けない範囲にしろよ?!
「そ、そんなヤツは私が許さん。む、娘の初めてなど……どこでそんな言葉を覚えた! 私が叩き斬って――」
「暴走しすぎですよ! 冗談です、冗談!」
変なところに被害が出そうだったのですぐさま止めに入る。
父子家庭なのに退屈しないな……我が家は……
とまあ、悪ふざけが落ち着いたところで父は本題に入る。
「空……私は最近、思うのだ。お前にとってこの村は狭すぎるだろうとな」
「そうですか? 退屈してませんけど」
「そういう話ではない。お前ほどの武を持っているなら、きっと……どこかへ仕官することも叶うだろう。今よりも良い生活が出来るはずだ」
無精ひげを軽く撫でながら父は、悩まし気に語る。
ああ、父は……本当に俺の幸せを願ってるんだろう。
言葉以上にその気持ちが伝わってくる。
できれば村にいて欲しい。
だけど、幸せになって欲しい。
そんな相反する想いを持ってる。
だけど俺はその言葉にクスリと笑う。
「戦場に行けば死ぬ可能性もあるのに、仕官を薦めるなんて……おかしな話ですね」
「まあ、そうであろうな。だが、お前ならもっと多くの人を救えるだろう。そうなればきっと、巡り巡って村をも救うことになるはずだ。死地に赴くのを本来なら薦めるべきではない。だが、私はお前がそう簡単には死なぬと確信している。自慢の、娘だからな」
うわあ……今の言葉は男だろうと女だろうとキュンとくるぞ。
現に俺は照れてる。
「――何ですか、急に」
「急だな。だが、でないと私の決心が鈍る。いつまでも子離れできない親など、自慢にはならぬだろう」
「自慢の父ですよ。ですが、そうですね……勢いに任せるのも時には必要でしょう」
「うむ、そうか。実は荷物はまとめてあるのだ」
「用意が良いですね。さては、他の方と画策してましたね?」
「そこまで気付いておったか……」
「微妙に村の人の態度がよそよそしい感じがしましたからね。明日、出立します」
「うむ……そうか」
唐突な旅立ち。
だが、不思議と名残惜しくはない。
お膳立てされてるっぽいし、父のいうとおり早めに出ないと俺も決心が鈍りそうだからな。
父との最後の夕食を楽しみ、早朝に俺は荷物をまとめて村の入り口まで来た。
路銀は充分。
今思えば、商人の文斉のオヤジさんがちょくちょく分け前をくれたのもこのためだったような気がする。
朝焼けが門も何もない村の入り口を照らす。
「では、行って参ります」
「うむ、南を目指すといい。帝様のおられる洛陽目指せば色々な出会いがあるだろう」
見送りは父1人。
変に大所帯で見送られるのも照れくさい。
そう思ってたが――
「おう、張郃の嬢ちゃん! 元気でなー!」「お姉ちゃん、いつでも帰ってきてねー!」「少し寂しくなるのう」「ああ……真名を貰いたかった」
見計らったように村の人達が見送りに来てくれた。
いい村だよ、本当に。
「それと餞別だ! 受け取りな!」
一際大きな袋を文斉のオヤジさんは投げてきた。
受け取れば重く、何やら頑丈そうな袋。
中には新しい得物だ。
これって――
まじで無双シリーズの張郃じゃんとか、一瞬思ったが……それよりも。
「伝手を頼ってな。張郃ちゃんなら使いこなせるだろうって張厳さんがな」
文斉のオヤジさんはそう笑う。
そっか……今まで動きを見てきた父の見立てだ。
きっと間違いはないだろう。
「ありがとうございます。では、皆さん! お元気で!」
手を振って俺はそのまま村の外へ歩き出す。
そして、振り返って――
「皆さん! 大好きです!」
伝えたいことを張り上げて声にする。
きっとこのご時世、言うべきことを言わないと後悔することが多いはず。
ましてや乱世、この村がなくなっていない保証はない。
父を信頼してない訳ではないが、それでも後悔はしたくなかった。
大声でそれだけ伝え、走り去る。
いよいよ、本当の大陸へ俺は歩み出した。
◆ ◆ ◆
張郃――
「行っちまったな……張厳さん」
文斉は張厳に言葉を掛けるが、張厳は何も反応しない。
無理もない、1人娘を送り出したのだ。
色々と寂しさが募るだろう。
そう思っていたが――
「ぐふああああ!!」
唐突に張厳は喀血して地面を転がり悶え始めた。
流石に周囲も動揺する。
「お、おい! どうした!?」「張厳さん!?」
それからすぐにゆらりと張厳は立ち上がり――
「すまぬ、娘の好きという言葉に思わず泰山にでも召されそうであったわ」
などとアホな事を言い出した。
親バカ極まれりである。
「いや分かるぜ、張厳の旦那。いつも大人びて見えた張郃ちゃんが、あんなこと言えば俺だって、ぐふっ……!」
と、思いきや同類がちらほらいたようである。
村人の若い男の何人かは、張郃の純真無垢の最後の一言に死に体である。
おそるべし張郃――
村の女は後にそう語った。
◆ ◆ ◆
さて、村を飛び出して――早……何日だ?
街道を辿って道行く商人やらに道を尋ねて洛陽を目指す。
途中で賊にも襲われたが、華麗に返り討ちにした。
流石に街道を血塗れにするのもどうかと思ったので「道を外れて楽しいことしない?」と誘惑すれば簡単に釣れた。
今は獣のエサか木の肥料だろう。
女の誘惑、恐るべし。
「やれやれですね」
途中で村とか街を訪れては噂話を耳にしたりしたが……どうも朝廷の腐敗は都に近付くほどに如実に出てくる。
これはその内、黄巾の乱も近いか?
洛陽まで近いところまで来てるとは思うが、どのくらいだろうか?
別に朝廷で働くつもりはない。
そんな腐ったところで働けば女狐とか狸っぽい連中を相手にするのが目に見えてる。
この世界の曹操も、朝廷の役人連中は腹黒さが化け物級的なことを言ってた気がするし。
ともかく洛陽を目指すのは人脈的なところが大きい。
「ちょっと何ですか、あなたがたは!」
「へっへっへ……いい女が――ぐほおお!?」
取りあえず目の前の悪漢を蹴り飛ばす。
都周辺の癖に治安悪いな!
取りあえず、襲われてた女性を助ける。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……何とか」
と、即落ち2コマ的な感じで助け出した女の子にあれ? と目をぱちくりとさせる。
メガネを掛けて、そこそこムッチリなボディ。頭に2つ均等にお団子に結わえた髪とは別に降ろされたゆるふわな金髪っぽいこの子は……
と、冗談はさておきまさかの原作キャラの初
「あの、初対面ですが……失礼なことを考えてませんか?」
「いいえ、何も。それはそうとまだやりますか?」
と、俺は賊達に向かって殺気を叩きつける。
「ちなみに、数がいればどうにでもなるとは思わないで下さいよ。それとも……楽しませてくれますか? あなたたちの悲鳴で」
我ながらヤバい笑顔してるだろうなと思いつつ、脅す。
本来笑顔とは攻撃的な、うんぬんかんぬん。
「ひっ! に、逃げろ! あいつはやべえ雰囲気だ!」
気圧されたのか、あっさり退散した。
小物ならこの程度済むんだが、変に増長したのだとすぐに突っかかるからな。
何より守りながら戦うのは少し苦労する。
「あの……ありがとうございます。旅の武芸者……仕官でも考えて都を目指してますか?」
流石は軍師と言うべきか……目の前のある情報である程度の当たりをつける辺り、知性を感じる。
そう言えば、元は朝廷の人だったか? 田豊。
三国志マニアではないが、歴史系のゲームをやってるとどうも設定とか知りたくてちょっとは調べてたくなるんだよな。
それが知識として生かせるんだから世の中は分からないものだ。
とは言え、それで人を知った気になったら不愉快に思われるかもしれないからとりあえずは先入観は無しでなるべく振舞おう。
「って、私ってば助けてもらったのに名乗りもせずに失礼でしたね。私は姓を田、名は豊、
「大したことではありませんよ。私は姓を張、名は郃、字を儁乂と申します」
と、私はよく三国志のドラマとかで見る手を組んでする挨拶をする。
「張郃殿、大したお礼もできませんが……すみません。数少ない路銀ですが、命を助けて頂いた対価には程遠いかもしれませんが……これで私は失礼します」
と、悲痛な感じで田豊は路銀の入った袋を渡してそそくさと去ろうとしてくるが、俺はそれを拒む。
そう言えば朝廷をクビになったか見限ったかは忘れたが、彼女は確かぷくぷくこと
それに袁紹陣営の中でかなりの知恵者。
正史の曹操も袁紹が田豊の言葉を聞いていれば危なかったみたいな事を言ってたらしいし、だったら対価は決まってる。
それに折角の縁だ。逃す気はない。
「いえ、別に構いませんよ。それよりも別のモノを頂きたく思います」
「え? 別のモノ、ですか?」
「はい、田豊殿です」
「へ? ええええええええええ!? いやいや、私にそんな趣味は!」
真っ赤にして叫ぶ田豊。
あ、やべえ……言葉を端折り過ぎた。
「ああ、すみません。えっとですね、見たところ……田豊殿は軍師か文官であると思ったのですが、相違ないですか?」
「は、はあ? まあ、確かに私は朝廷で文官としても働いておりましたが……」
働いてた、か。
十中八九、都から出てきた直後くらいだなこれは。
なら好都合だ。
「そうでしたか。少々、私に知識を教えて頂きたいのですがそれを対価では駄目でしょうか?」
「……私は既に朝廷をクビになったところですので、仕官なら私をあてにするより直接行かれた方がよろしいですよ」
「いいえ、違いますよ。私が欲しいのは知識であって、仕官先は二の次です」
俺の言葉に田豊はキョトンとする。
さっきも考えてたが朝廷に仕官する気はない。
ただ単に人脈とか、少なくとも知恵がつきそうだと思ったから洛陽を目指してただけだし。
「それに朝廷の噂はかねがね旅の途中に聞いております。私が思うに、その朝廷をクビになったということは疎んじられたのではないですか? どうやら実直な者が仕えるには肩身が狭そうですしね」
俺は笑顔でそう答える。
諸葛亮程に有名じゃないにしても腐っても軍師。
兵法とかも聞けるかもしれないしな。
「う……ぐすっ……ちょうこう、殿……うぅぅ」
え、ええ!?
ぽろぽろと唐突に泣き始めたよこの
ああ、そう言えば胃痛持ちでしたね……
心身ともに弱ってるところに俺の気遣う言葉がクリティカルヒットしたらしい。
優しさのダイレクトアタックだったか。
「ええっと……どうやらお辛い経験をされたようで。私でよければ、聞きますよ?」
それから田豊は朝廷での不平不満をぶちまけた。
賄賂の応酬に、脅迫、正しい事を進言すればこのありさまだと。
生で聞くと、うわあ……と言いたくなる。
そりゃ黄巾党も出るわ。
「それで、行く
「でしたら共に仕官先でも見つけましょう。田豊殿がいてくれれば――」
「それは……やめた方がよろしいです。地方ぐるみで私の悪い噂を流していて、仕官先も見つからず……張郃殿にもご迷惑が掛かるかと」
くっ、何ていい娘なんだ。
打ち捨てられてボロボロなのになおも他人を心配するとは。
「地方を出ればいいだけの話です。東にも有力な太守や州牧はいるようですし、流石に州を越えてまで噂は届きませんよ」
「で、ですが……どうしてそこまで……?」
俺の行動がよく分からないのか、田豊は不思議がってる。
微妙に人間不信っぽい感じだな。
まあ、クビになった直後だしそう思うのも無理はないだろう。
俺も前世で人間不信気味だったしな……親近感がある。
「言ったでしょう? 知識が欲しいと。いかんせん私には学がないもので……文字も分からないと仕官先も困るでしょう」
「え? そうなんですか?」
何故か田豊は不思議がってますけどただの農村出身ですよ、こちとら。
村で誰か文字が分かる人いるかと思ったら全然いないし、識字率低くて覚えた漢文も簡単な文章ばかりだし。
「なので、請け負ってくれるなら対価は充分です。信用が欲しいのでしたら私の真名をお預けします」
こういう時、真名って便利な気がする。
対して田豊は軍師なのに驚きっぱなしだ。
「え、ええええええ!?」
「ダメ、でしょうか?」
「も、元より助けて貰ったは私の方で。いえ、私こそ真名をお預けします! 我が真名、
田豊――真直は、両手を組んで頭を下げる。
「我が真名は
「は、はい……空殿。どうしたんですか? そんなに笑顔で」
「いえ、親以外に真名を交換したのは初めてなもので……真直さん♪ なんて」
何だろうな、ちょっと感動を覚える。
真名を交換したのもそうだが同年代の女の子が村にいなかったのもあるからかもしれない。
「うっ……空殿に言われると何かむず痒いです」
「そうですか? とりあえずは――」
真直の方から腹の虫が盛大になった。
これは、胃痛なのか空腹なのかどっちかちょっと心配になる。
みっともないところを見られたのが恥ずかしいのか、真直は顔を伏せる。
「ごめんなさい……安心したのか、空腹が……」
「いえいえ、私も空腹でしたので。どこか近くの街――なければ近くの山で……熊か猪ですね」
「空殿? 熊か、猪ってどういう……?」
「その内路銀が少なくなったら分かりますよ」
結構、蓄えたつもりだったが……州越えの関所の存在を忘れてたぜ。
思わず遠い目になる。
そして、途端に不安がる真直。
「なぜかは知りませんが、分かりたくないです」
「たまには獣に落ちるのもよいものですよ」
「変な言い回しはやめて下さい! 不安になりますから!」
かくして俺は田豊――真直と知り合った。
この先にある波乱を俺は甘く見すぎていたと気付くのは、そう遠くない未来の話である。