トウカイテイオー27歳   作:幸イテ(旧名:kouta)

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 酒飲まないのにスーパーのお酒コーナーでスト〇ロを見たとき、スト〇ロはちみ―割りというパワーワードが浮かんだので書いてみました。その割に話自体はシリアスよりというアンバランスさ。
 正直私自身ウマ娘はにわかですし、オリウマ娘も出ちゃっていますが、楽しんでいただけたら幸いです。





第一話

 何となしにテレビをつける。別に大して見たいものなんてなかったが外は生憎の大雨、日課のランニングする事も出来ないし、ここまで降られちゃったら買い物に出かけるのも億劫だ。つまりは今日は一日家でだらける日だ。

 ぐでーっとテーブルに寄りかかりながらチャンネルを手に取る。この時間帯は大体は昔やっていた奴の再放送だ。なかなかしっくりくる番組がないなぁとぼやきながら、次、また次と回していると、とある女性のインタビューに目が留まった。

「あれ、この子……」

 どこかで見た事あるような気がして、記憶をたどっていくが今一ピンとこない。どうにも気になってさらに情報を得ようと字幕を見ると、彼女は何かの大会に優勝したらしい。史上初の快挙と書かれており、何とも仰々しい感じだ。

「どのG1レースだろ? でもこれライブ中継なんだね。海外という感じもしないしなんなんだろう?」

 トゥインクル・シリーズと勘違いしてしまったのは、画面の彼女には普通の人にはない頭頂部に耳があったから。そう、彼女はウマ娘だったのだ。ウマ娘で脚光を浴びると言えばレースにおいて他ならない。だが彼女の戦いの舞台は同じレースではあっても、僕が知るレースとは異なっていた。

「え?」

 優勝する瞬間のハイライトが流れたとき、僕は呆気にとられた。そこには勝負服でターフを駆け抜けるのではなく、ウマ娘とは比べ物にならないくらいの速さでアスファルトを駆け抜ける鉄の塊があった。己の足ではなく、技術の結晶を詰め込んだマシンと、ドライビングテクを駆使して速さを競い合う競技、すなわちF1である。

 彼女はウマ娘にしてF1グランプリを制覇した初めての存在として脚光を浴びていた。インタビューでは勝利後の感想、レース中思ってた事、勝因は? など当たり前の質問が並ぶ。正直この質問に何の意味があるのだろうと僕は思う。結局答えは言い回しの違いこそあれ、誰もが一緒になるのだから。解答に自由がないインタビューにどれ程の価値があるのだろう?

 決まったやり取りにイライラしつつも見続けてしまったのは、彼女が気になってしょうがないからだ。素直に凄いと思ったのもあるが、それ以上に僕は彼女の容姿に引っかかりを覚えていた。しかしいくら待てども僕の期待する答えは出て来る事はなく、いい加減我慢できなくなった僕はノートPCを引っ張り出す。

 今はネットの時代、自分で調べた方が早い。検索エンジンにF1、ウマ娘のキーワードを打ち込み、検索をかけると彼女の記事はすぐに見つかった。そして彼女の経歴を見た時、インタビューを受ける彼女の顔が、ようやく過去の記憶と一致した。

 彼女はかつてレースで僕が土をつけた相手であった。といっても競っていたわけでもない。彼女は一位の僕とはかけ離れた最後尾にいたのだから。ひょっとしたらドベだったのかもしれない。

 それでも僕の記憶に残っていたのは彼女の絶望の表情を見てしまったから。地方は努力で何とかなる部分もある。だが中央ともなると努力ではどうにもならない才能の領域だ。厳密的に言えば努力は必要だ。だが努力とは最低限のもので、中央に来る子は誰だってしている。いくら体の強いウマ娘と言えど、体が耐えられる練習量には限界がある。故に与えられる努力の時間はほぼ一律。限界を超えて練習をした者に待つのは、栄光の勝利ではなく、怪我で現役引退という絶望。

 限られた時間で1を学ぶのか、10を学ぶのか、極端に言ってしまえば努力で埋まる差なんてものはない。それくらい才能は残酷だ。

「そっか、あの時の子なんだ……」

 僕が最初のレースで見たもの、それは彼女の心が折れた瞬間であった。当時は諦めるのなら勝手にすれば? なんて生意気な事を思っていたが、今になったら彼女の事が少しは分かる。僕は幸い才能を持つ者として生まれてきたが、僕の現役時代は怪我との戦いであった。実力の決定的な差を感じさせられると言う絶望こそなかったが、それでも競技生活が終わってしまうのではないかと言う恐怖、それは一度目の怪我の後からは常にあった。

 出会ったのが後であったのなら、少しは優しい言葉をかけてあげられたのだろうか? 思わぬ過去との遭遇に感慨深いものを感じ、その一方で劣等感みたいなものを感じざるを得なかった。

 現役時代はトゥインクル・シリーズで一世を風靡した無敵の帝王だったが、今の僕はただの無職のニートだ。レースでたんまり稼いだのでお金に困る生活とは無縁ではあるが、幸せかと問われればどうだろう?

 姿見の前で自分を見てみる。そこには覇気も何も感じさせないダルダルーな感じの自分。服は可愛げも何もない部屋着で、眼が悪くならないようにと、1000円ちょっとのブルーライトカット眼鏡をしている姿は、半分女を捨てている気もする。テレビの中で輝いている彼女とはえらい違いだ。

「どうしてこうなっちゃったかなぁ」

 答えは返ってこない。一人暮らしの悲しい現実であった。どうにも居たたまれなくなって冷蔵庫からスト〇ロを取る。どうせ今日は何にも出来ない日だ。昼から酒を飲んでも大したことないでしょ。

 

 こうして僕はまた今日一日を無駄にした。

 

 あー、スト〇ロのはちみー割りサイコー!!

 

 

 

 

 いつもとちょっとだけ違った一日も、時間が経つにつれていつもの日常に埋もれていく。柄にもなく真面目に考えたりしたが、それも元の木阿弥であった。だが縁と言うものは馬鹿にならないものだ。

 その日、僕はどういうわけか、いつものランニングコースを隣町の公園に変えた。理由は特に考えてなくただの気まぐれであったが、今にして思えば何かしらの変化を求めていたのだろう。遠い過去、名前すら忘れていたウマ娘が得た新たな栄光は、僕の心をちょっとだけ外向きにさせてくれた。

 そんな普通であれば『ちょっとだけ良い話で終わる一日』のはずだったのだが、僕の心の準備など関係なく変化と言うものはいつだって急に訪れる。

「あの、失礼じゃなければ良いのですが、ひょっとしてトウカイテイオーさんですか?」

 ウォームアップを終えてこれから走ろうと思った矢先に横から声をかけられる。しかし僕は現役引退後今のような暮らしをし始めてから、今の己に覇気がない事を良い事に、知らぬ存ぜぬ他人の空似で通してきた。

 現役時は僕は皆から明るいキャラと親しまれてきたが、それは知人の前だけであって、本来他人との会話は辛い方だったりする。仕事だからやっていただけであって、ファンサービスは得意ではない。今でも覚えてもらっているのは素直に嬉しいが、何を話せばいいか分からないし、特に現役引退後については聞かれたくない。

 だからこそ僕は、いつものように引退後習得した田舎丸出しの方言で、他人の振りをしようとしたわけだが、隣の彼女の顔を見た瞬間固まってしまった。

「あ、君は……F1の……」

 何せついこの間テレビで見たあの子がいたのだから。これこそまさに野生のチャンピオンが飛び出してきた! こんなところでエンカウントするとは……

「え、まさか私を知っているんですか? あのテイオーさんが?」

 彼女の凄い喜び様に僕は罪悪感を覚える。私は別にF1のファンじゃないのだから。

「ごめん、F1のファンってわけじゃないんだ。たまたまテレビを見ただけ」

「それでもいいんです! ふふ、嬉しいなぁ」

 しかしどうしたものか。初手を失敗したせいで、何か自分がトウカイテイオーじゃないって言うタイミングを失ってしまった。なまじ過去の彼女の挫折の瞬間を知っているのもまずい。僕はまぎれもなく彼女の夢を折った側である。見る限りは恨まれてはいないようだけど、だからといってどう対応するのが正解か、答えが出たわけじゃない。

 何故に彼女はそこまで僕に普通に接する事が出来るのだろう? その余裕のようなものがうらやましく、それでいて不快だった。だからだろうか? 大人になって少しは自制を覚えたはずの僕が遠慮を忘れてしまったのは。

「君はさ、どうして僕と普通に会話できるの?」

「といいますと?」

「だって僕は君の夢を壊したウマ娘だよ?」

 それは自分からトウカイテイオーであると認める行為だ。それでも僕は聞きたかった。彼女の真意がどこにあるのか。何故僕をトウカイテイオーを知りつつ話しかけたのか。そんな僕の意を決した質問に対し、彼女は穏やかに笑みを浮かべるのみであった。

「覚えてくれてたんですね。最底辺だった私を」

 僕にとっては分からない事だらけだ。僕の質問はある意味では失礼極まりない。何故なら強者の立場として弱者に問いかけているからだ。もしも現役時代の僕がこんな事されたら間違いなく怒る。今だと我慢出来なくもないと思うけど、やっぱり裏では怒る、と思う。

 自分がとりわけ負けず嫌いなのもあるであろうが、それでも彼女の態度は腑に落ちない。完全に思考の海に沈んでしまった僕であったが、彼女はただでさえキャパオーバーで困惑する僕をさらにかき回すのであった。

「せっかくですから一緒に走りません? こんなに良い天気ですし」

 僕が走りに来たのは恰好からバレバレであったが、そういえば彼女の方もトレーニングウェアにランニングシューズであった。

「え? うん、いいけど……」

 すんなりOKしてしまった自分自身に驚きつつも、僕は彼女に対し釘をさす事を忘れなかった。

「あ、ただ全力はなしね。全力はもう足が持たないんだ」

 現役時代、僕は怪我とは切っても切れない縁があった。4度も怪我をしてしまえば臆病にもなるというもの、昔のように好き勝手走るとはいかない。

「もちろんですよ。これは勝負じゃありませんし。ゆっくり気ままに走りましょう。ここの公園は一周2kmくらいですからそうですね、とりあえず2周程度で如何でしょうか?」

「それくらいなら。ただ僕はここで走るの初めてだから先導任せても良い?」

「はい、任されました!」

 元気よく駆け出した彼女であったが、その元気さとは裏腹に速すぎる事はなく、負荷は気にならない程度、でもだらけないスピードで、今の僕にはちょうどいい塩梅の速さであった。

「これなら大丈夫そう」

 安心した僕は彼女からぴったり1mくらい後をついていく。誰かと走るなんて久々な事で、少し浮かれている自分を自覚した僕は苦笑する。あれだけ苦しい目にあったのにやっぱり走る事が好きなんて、もうここまでくると病気かと思っちゃう。

 もっと笑っちゃうのはレースでもないのに前を走る彼女を分析してしまっている事だ。バランスが取れた綺麗なフォームだった。癖らしい癖もなく、安定感が抜群だ。だからこそ分かってしまった。どうして彼女が中央で挫折してしまったのか。

 僕は選手であってトレーナーではないがこれでも一線で戦っていた身、育てるのは別として見る事だけならできる。おそらく彼女は完成に至るのが早すぎたのだと思う。彼女のフォームは中央でも通用するレベルであったが、中央で戦っていくにはスピードを出すための筋力が圧倒的に足りていない。技術以前に力がなさすぎる。

 じゃあ単純に体を鍛えれば良いと思うかもしれないが、事はそう単純じゃない。筋力が増えれば体のバランスも変わる。無理な増強のせいで自分の得意な走り方に合わなくなって、かえって走れなくなる子も少なからずいるのだ。

 彼女はきっと修正するには完成されすぎていた。自己流だったのか、トレーナーの指示だったのか、きっと前者だったのだろうと僕は推測する。トレーナーがついているのなら彼女のアンバランスさはとっくに修正されているはずだ。

 つまり彼女と戦ったのは公式のレースではなく、それ以前の模擬レースの時だ。ウマ娘がトレーナーに見出してもらうためのレースである。

 彼女は自分で考え、自分でフォームを修正できる稀有なウマ娘だったのだろう。だからこそ体の成長とフォームのバランスが狂ってしまった。体が育ち切る前にフォームが完成されてしまった。言い換えれば育ち切る前の体に走りが最適化されてしまった。

 決して才能がなかったわけではない。類まれなる才能は持っていたけど間が悪かった、彼女はそんな子達の一人なのだろう。

 彼女の最大の武器こそが、逃れようのない呪いとなっているのは何と言う皮肉だろう。治す事自体は可能だったのだろう。ただ一度染みついたものを抜くには途方もない時間がかかる。それが完成されたものであればある程に。彼女の場合は筋力トレーニングを徹底し、自分のフォームを忘れるくらい走る事から離れて、そこからフォームの再構築、大まかな流れはそうなるはずだ。

 だがトレセン学園に通える時間は有限だ。一定期間トレーナーがつかずレースにも参戦できなかった場合、学園から強制的に追い出される事はないが、それ以上学園からの援助はなくなってしまう。学園もただの慈善団体ではない。

 自費負担で続ける事もできなくはないが、それができるウマ娘はそれこそマックイーンのようなお嬢様じゃないと無理だろう。事実上のタイムリミットである。

 もしもトレーナーの内の誰かが彼女に気づいていたら化けていたかもしれない。しかしそのもしもはきっと同レースで一位を取った僕が潰した。僕が目立ちすぎなければあるいは……そこまで考えて僕はかぶりを振った。勝った者がそのような同情はするべきじゃないのだから。

 もちろん仮に彼女が正しい成長をしたからと言って、中央で勝てるかと言ったらそんな事はないだろう。一流の中の一流が集うあの世界、才能がある子はごまんといるのだ。それでも少しは結果が違っていたのではないか、彼女の努力の結晶である美しいフォームを見ていたら、そう思わざるを得なかった。

 しかしそんな化物揃いの中で、過去の僕はよくもまあカイチョーを目標にしたよね。若さって凄い。

「ふう、おしまいっと」

「あれ? もう?」

 どれ程集中していたのだろう。声をかけられてようやく僕は公園2周がすでに終わっていた事に気づいた。

「随分と集中していたようで。すっごい見られてたの感じました」

「ご、ごめん。その、迷惑だったかな?」

 慌てて僕は謝罪する。レースでもないのに思いっきり分析してしまっていた。気楽にやってほしいと言ったのは僕の方なのに、現役時代の僕が顔を覗かせてしまったようだ。

「いえいえ、良い緊張感でしたよ」

 あれだけ見ておいて黙っているのは何だと思って、僕は率直な感想を彼女に告げる。

「淀みのない綺麗なフォームだった」

 彼女は一瞬驚いた表情を浮かべ、ニッコリと笑った。

「ありがとうございます。かの帝王にそう言ってもらえたなら過去の私も浮かばれます」

 彼女は『過去の私』と言った。そこに何か含みを覚えた僕だったが、程なくして納得した。自分のフォームを修正できるくらい客観視できる彼女の事だ。何が問題だったのか、分かってないはずがない。

「原因、分かってるんだね」

 彼女はどこか遠い目をしながら、僕の推測を肯定した。

「正直答えを知ってしまった時、私は自分が嫌いになりました。間違った事を最善と思い込み、取り返しのつかなくなった私自身を。でも私の選択は正解でもあったんですよ」

「というと?」

「地方で無名なウマ娘である私が中央に行くためには、何より勝ち星が必要だった。でも私には恵まれた体はない。田舎に優秀なトレーナーなんているわけもないから戦略もない。あるのは根性論っていう無茶苦茶なものです。だからこそ、その時の私にとって最も信用できたのは『走り方』そのものでした。私に必要だったのは将来勝てるようになる事じゃなく、今すぐ勝てるようになる事でしたから。その代償は高くつきましたけど、そもそもこの勝ちがなければ私がトレセン学園に入学する事は叶わなかった。トレセン学園を去る事になった時は、時間さえくれれば、チャンスさえくれれば、まだやれるのにと何度も思いました。最後には時間を巻き戻せたらと」

 それは僕も思った事だ。骨折する度に考えていた。すればするほどその思いは強くなったかもしれない。最初の一回さえなければと。でも、 

「でも仮に人生をやり直せたとしても結果は同じにしかならないんですよね。過去に戻っても私に与えられたカードに変わりはないんですから。悠長に体を鍛えていたら私はトレセン学園すらたどり着けていない。元から精一杯やりきった結果なんです。これ以上はあり得ない」

 彼女の言う通り、過去に戻ったとしても僕はかつての成績以下しか残せなかっただろう。僕らは元から極限まで鍛え上げて、それでも怪我をしてしまうほどの限界で走る。まさに生と死のぎりぎりで戦っているのだ。そこにプラスアルファの入る余地などない。

「これが、私の答えですテイオーさん」

 随分と回りくどい方法であった。だが僕達はウマ娘だ。一緒に走る事には意味がある。彼女の走りを見たからこそ、彼女の答えがまぎれもない真実だと断言できるのだ。

「あの時の悔しさがあったからこそ這い上がれました。過去の私があるからこそ今の私がいます。沢山迷って寄り道もしましたが、今ならはっきり言えます。私に後悔はありません」

「後悔はない……か。ごめん、僕はあまりにも失礼だったね。君はまぎれもなく一流だ」

 目が覚める思いだった。ぐちぐち考えていた自分が馬鹿らしくなるほどに。彼女はとっくに振り切っている。それを僕がとやかく言う筋合いはない。

 色眼鏡を取ってみると彼女の体はアスリートそのものであった。初め僕はスピードを出すための筋力はないにしろ、バランスが良い肉付きだと思っていた。だがよくよく見ると首はしっかり太く、シャツから覗く腹筋が著しく発達している。僕達とは別の極致だ。きっとこれがF1レーサーとして必要な体なのだろう。

 己自らが走るトゥインクル・シリーズの場合、どうしても足をメインに考えてしまうため、考えが至らなかった部分だ。足がトゥインクルレースに出る子達と比べて控えめであるのは、あえてそうしているのだろう。筋肉は圧倒的パワーを生むがその分重い。しかも燃費も悪くなるおまけつき。使わない筋肉であるのならむしろ鍛えない方が良い。

 一方で僕の体はと言うと……ちょっとスト〇ロはちみー割り控えないと駄目かも。元が糖質ゼロであってもはちみーを入れ過ぎれば意味はない。全盛期とはほど遠いのは間違いないが、それでも走りであるなら今の状態でも彼女に勝てそうと思うのは、昔取った杵柄という事で許してほしい。足が無事な保障はないけどね!

 実際に勝負した場合の想像をしている自身に思わず笑ってしまった。こういったのは久々の感覚だった。一流は一流を知るって言えば生意気かもしれないけれど、かつてのライバルたちを彷彿とさせる彼女の放つオーラは、残りカスでしかない今の僕の心を震わせた。

 現役最後の方はただ苦しくて苦しくて、そればっかりが記憶に残っていたけど勝負とは元来こういうものだ。ただひたすら熱く、目の前にいる凄い人に並びたいと、勝ちたいと体がうずうずしてくる。この感覚がたまらなく好きだからこそ僕はトレセン学園の門を叩いたのだろう。

 遠く忘れていた初心、それを思い出させてくれた彼女に感謝を告げようと僕は向き直る。しかしお礼を告げたのは彼女の方が先だった。

「テイオーさん、ありがとうございます」

「ふえ?」

「今日プライベートであったにもかかわらず、お声がけしたのはどうしてもあなたにお礼を言いたかったからなんです。あなたが折れないでいてくれたからこそ私も踏ん張れました。他の誰でもない、あの時、あの場所で、同じレースを走っていたあなただからこそ」

「僕はただ一生懸命走っていただけで何も……」

「だからですよ。ただひたむきに走って走って走り続けた。そこから勇気をもらった人は多いと思いますよ? 私もその一人です。あなたが私にアスリートは何たるかを教えてくれた。だから私はこの世界で勝てたんです」

 言葉がなかった。代わりに瞳から涙が溢れてくる。

「何で、何でそんな事言うんだよう。僕は……僕は……!!」

 初めこそ無敗の三冠馬が目標だったが、ダービーを制した矢先に骨折をしてしまってその夢は断たれた。再起を図った天皇賞でまさかの二回目の骨折。そこで感じた初めての恐怖、走れない自分に価値はあるのか。

 純粋に走れなくなったのはこの頃だったろうか? 無価値の自分から逃げるようにがむしゃらに走り続けた。燃えるようなレースなんて関係ない。捨てられないために勝ちに拘った。まだトウカイテイオーは終わっていないと知らしめるために。

 皆に元気を与えようとか、夢を与えようとか、僕にそんな余裕なんてなかった。ただただ自分のためだけに走った。三度怪我をしたって僕は止まらなかった。しかしそこには美しさも何もない。必死だっただけだ。ふと脳裏に浮かぶあの人の声。

 

『テイオー、今君は走っていて楽しいか?』

 

 僕はその質問に答える事が出来なかった。それもそうだ。何故なら僕はあの人、トレーナーから離れたくないからこそ走っていたのだから。世間は人の不幸を好む。特に成功者の失墜は恰好の餌だ。僕が怪我をしたり負けたりした時、マスメディアは好きなように書き立てた。

 かつてのスズカ先輩とそのトレーナーが、執拗にバッシングされていた事を良く知っていたため覚悟こそしていたが、それでも無遠慮な言葉の暴力は僕の心を容赦なく抉った。

 その時ずっと僕をはげまし、守ってくれたのがトレーナーであった。自ら矢面に立って庇ってくれて、何て事ないと笑顔を見せてくれたトレーナー、それにどれ程救われたか。

 他にも信用できる人たちはいるにはいたが、トレセン学園の皆は友人である以上にライバルでもある。その点からして身内と呼べるのはトレーナーだけ。

 でも僕とトレーナーは家族ではない。トレーナーは仕事であるからこそ僕と一緒にいられる。僕が走るのをやめたらトレーナーは次のウマ娘に行ってしまう。それが怖くてたまらなかった。走る価値以外を自分に見いだせない僕に、彼をつなぎとめておく方法はそれしか思いつかなかった。すでに皇帝を超えるなんてどうでもよかった。何て不純で我儘な動機なのだろう。

 僕自身間違っていると思っていたけど、決して止められなくて。心はぐちゃぐちゃになっていたけど走る事だけはやめなかった。それでもどう足掻いたって終わりはやってくる。四度目のケガをした時、僕の競技人生はとうとう終わった。そしてトレーナーとも……

「王者は王者らしく、とは言いますけどあれって頭に来ますよね。こっちがどれだけ余裕ないと思ってるんだって話ですよ。負ければ真っ先に掌返す癖に贅沢な事です」

 僕の態度で何か察したのか、彼女は大げさなリアクションで僕に賛同を求めた。

「正直僕もあんまり好きじゃないけど勝者の責務ってやつじゃないのかな」

「でも私は悠然としている絶対王者じゃなくて、意地でも食らいつかんとした、ぎらついたあなたにこそ憧れました」

「それが単に引退が怖かっただけと言ったら笑う?」

「いいえ、引退に怯えるあなただから恰好良かったんです。終わりを知りそれでも足掻く姿こそ、私には美しく見えた。良いじゃないですか動機がなんであったって。お金を稼ぎたいからって参加する選手を笑いますか? しないでしょう? 元から勝利への欲求なんて純粋なものじゃないんです。肝心なのはどんな思いなのかではなく、どれだけ思いが強いかなんですから」

 目からウロコとはまさにこの事だった。僕は僕らしく、そうは思ってはいたが、己の名に帝王を冠していた僕は、帝王はこうあるべきという幻想に縛られていたらしい。よくよく考えてみれば僕がカイチョーに憧れたのは、ただ強いというからだけでなく、皇帝の名を冠しており、またその在り様をその身をもって体現していたからだ。

 しかし僕はレースでの成績は残す事が出来たが、皇帝の在り様を継ぐ事は出来なかった。僕はいつしかこんな後ろめたい気持ちで走っている自分に対して、帝王の名にふさわしくないと思うようになっていた。ただの執着で走るなんてあってはならないと。それでもこれだけははっきり言える。

 

 僕はレースで手を抜いた事なんて一度もない。

 

 そう心の中で断言できた時、僕の中で何かがすっと抜けていった気がした。

 

「そっか、僕の……僕の走りは間違ってなんてなかったんだ」

 

「テイオーさん?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 涙をぬぐうと突如僕は思いっきり大声を上げた。周りの奇異の視線なんて知ったこっちゃない。今までたまりにたまった鬱憤を一気に吐き出す。そしてそのまま公園をもう一周しようと駆け始めた。こんなにも清々しい気持ちは久しぶりだった。

 一歩遅れて彼女がついてくる。今度は僕が先導する形だ。

「どうやら相当溜まっていたみたいですね」

「君も気を付けてね。すでに分かってると思うけど、有名になると色々と面倒くさいよぉ」

「こっちもこっちで結構大変なんですよ。デビュー当時はウマ娘がF1の世界に入ってくるなー、ターフの上で走ってろー、とか散々言われましたからね」

「出たよウマ娘蔑視」

 急に馴れ馴れしい態度を取る僕であったが、彼女は意に介した様子もなく笑って対応してくれる。すでに一度醜態を晒した後だし、これから気を遣うのも馬鹿馬鹿しい。だから僕は彼女の優しさに甘える事にした。今の僕はとにかく話がしたい。そんな気分だった。

「だから実力で黙らせました」

「何そのメンタルお化け。強すぎない? 正直君がこっちのレースに来なくて良かったと僕思ってるよ」

「初めこそ悩みましたが、悩んでいるうちに段々気を遣うのも馬鹿らしくなって、こう、ドカーンと」

「爆発しちゃったんだ?」

「ええ、一度吹っ切れちゃえばどうって事ないですよ」

「ちょっと見てみたかったなぁそのシーン」

 彼女のやらかした事はかつての僕もやりたかった事で実に痛快だった。僕も『もう黙って見とけ』くらい言えばよかったかな? 今の彼女と僕は対等で(合わせてもらっているともいうが)軽快なやりとりが楽しい。

 話し合っていれば次の一周もあっという間であった。ちなみにトークと走りを同時にやるのは無謀でただの馬鹿である。それは走るのが得意なウマ娘だって例にもれず、普通に息が上がっていた。レースでは絶対あり得ないはちゃめちゃな走りだったが、それが最高に楽しかった。

「本当にありがとう。君のおかげで憑き物が落ちたよ」

 それ以外に言葉がなかった。心からの感謝を彼女へと送る。

「いえいえ、私に勇気をくれたテイオーさんへの恩返しです。会えたのはたまたまでしたが、私はこれを偶然にしたくなかった。なので無遠慮に踏み込ませてもらったのですが、私はあなたの力になれましたか?」

「十分すぎるくらい!」

 世間がどう思っているか関係ない。僕は僕だ。

 だったらもういっそ正々堂々と告げちゃおう。

「一つ訂正したい事があるんだけど。引退怖かったのは確かなんだけど、やめたくなかった理由はもっと単純なんだ」

「といいますと?」

 僕はありったけの笑顔で心の内にずっと閉まっていた想いを告げた。

 

 

「好きな人と離れたくなかっただけ!」

 

 

「それは素敵な理由ですね」

「でしょ?」

 

 ああ、皆に会いたいな。かつての記憶が色鮮やかに蘇る。一緒に切磋琢磨した僕のライバル達、皆が皆輝いていて、そこに僕はトレーナーとの二人三脚で立ち向かっていった。辛い事も沢山あった。それでも、それ以上に充実した日々であった。

 ずっと蓋をして気づかないようにしていたそれ、一度開けてしまえばとめどなく溢れる。こうなったらもう止められない。止めようがない。

「よし! 決めた!! 僕これから着替えてトレセン学園に行ってくる」

「あら、随分と急ですね」

「長い間心配かけちゃってたからね。謝りに行ってくる!」

「へぇー」

「何? にやにやして」

「だってそこにいるんでしょう? テイオーさんの好きな人」

「うにぃっ!?」

 うん、そうだよね。バレバレだよね。自分から思いっきり暴露してこの流れなら間違いなくそうだよね。今更ながらに恥ずかしくなった僕はジト目で彼女の方を見る。

「わ、悪い!?」

「全然」

「その余裕がむかつくぅー!!」

 人はどうして他人の恋路を見ると、極端に優しい顔になるのか。反撃するにも今の僕に彼女の恋愛事情を知る術はない。

「がんばってくださいね!」

 でもその応援は心からのものであった。

「うん……正直駄目もとだけど動くなら今しかないから」

「大丈夫です。きっとうまく行きます」

「気軽に言ってくれちゃって。こちとらまるまる1年へタれていたへなちょこだよ?」

 

「僕は無敵のテイオー様だぞー!」

 

「はい?」

 無敵のテイオー様と言ったのは僕じゃない。いきなり彼女が僕の声真似をしてポーズを取ったのだ。意図を測りかねてぽかんとしていると彼女は繰り返した。

「僕は無敵のテイオー様だぞー! はい!」

 あー、復唱しろって事?

「それってやらなきゃダメ?」

 30代が見えてきた今でそれをやるのは厳しいんだけど……

「僕は無敵のテイオー様だぞー! はい!」

 しかし彼女は三度それを繰り返す。僕がやるまでやり続けるとでも言わんばかりだ。このままだとらちが明かないので僕は仕方なく続いた。

「あー、ムテキノテイオーサマだぞー」

「気合が足りない! もう一回です!!」

「僕は無敵のテイオー様だぞ!!」

「ポーズも一緒に!」

「僕は無敵の……」

「手の動きがゼロコンマ1秒遅いです!!!」

 

 注文が細かい!! こうなりゃやけだよ!!

 

 

「僕は無敵のテイオー様だぞー!!!!」

 

 

 そしてビシっと決めポーズ。

 

「完璧です!!」

「なに、なんなのこの羞恥プレイ」

 まるでゴルシといるような無茶ぶりだった。あの人今何してるんだろうなー。ゴルシの破天荒ぶりは凄まじかったが、常識人の面をかぶっているだけで目の前にいる彼女も大概かもしれない。でもまあ、悪くはないかな?

 そう、僕は無敵のテイオーだ。無敵なんだからうまく行くに決まっている。かつてを思い出して懐かしのテイオーステップを披露する。

「おお、これが噂の……」

 ちょっとしたお礼を終えて、僕は改めて彼女を見た。柔和な顔に隠された闘志、走りは正確無比なマシーンのようなのに、その心は煮えたぎっていてマシーンとはほど遠い。そのくせに世話焼きでもある。そこまで考えて僕は思った。

「君、案外トレーナー向きかもね」

 思考がマイナスに行こうとすると無理矢理にでもプラスにさせられてしまう。無茶苦茶にかきまわされて、考えるのが億劫になってしまった僕は、もうどーとでもなれといった心境だった。そうなるように仕向けた彼女はなかなかに大物だ。流石一位を取るだけの事はある。

「でも私にできるのはここまでです。後は……」

「うん、今度ここに来たときは君にウイニングランを見せるよ」

「はい、期待しています」

「それじゃあまた」

 こうして僕は公園を後にした。ちょっとの不安と大きな期待を胸に。

 

 あの人と再会したらまず何て声をかけようか。

 

 初めの一言はきっと―――

 

 

 




 トウカイテイオー27歳の一話お読みいただきありがとうございました。
 いかがだったでしょうか?
 ここで作者から一つお願いがあります。それは設定面での矛盾についてです。

 今作はテイオーの年齢はタイトル通りで27歳で、引退はその一年前、26歳の時にしていたという設定となっています。これは人間のアスリートの現役引退時機(これでも正直早いくらいだけど)を考えて設定したのですが、ウマ娘の世界だとこれがちょっと変になっちゃうんですよね。
 何せトレセン学園って中高一貫の学校って設定で、テイオーは中2スタートです。そして本物のテイオーの現役期間は3歳から7歳までの5年間。それを忠実にあてはめると、中2は13歳~14歳ですので、そこから5年間足すと、テイオーは18~19歳の時に引退している事になるでしょう。
 これだと27歳まで時間が空きすぎてしまっているため、トレセン学園卒業後もウマレースが続けられるプロリーグみたいなところがあって、そこで現役続行していたとお考え下さい(10代で引退するスポーツ選手ってのもそれはそれ違和感あるし)。
 宜しくお願い致します。
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