エレオノールは多分ピンと来ていないんだろう。
ノアは考える。
最初に小屋の前に彼女が立った時は、やつれきって目の下にクマをつくり、なんというか――ひどいもんだった。けれど、それでも絶世の美女だった。
エルはすらりと
白銀色の髪(もっともそれは、ほつれてぼろぼろの有様だった)と青い宝石のような美しい瞳に、一瞬吸いこまれた気がした。
そして、美しい顔立ち。
すぐに幻覚でも妖精でもないと分かった。それにしてはあまりに気配が強かった。
そして肉体は衰弱しきっていた。
この
俺はつき動かされるように彼女を小屋に招き入れて介抱した。
けれどまだどっかで警戒していたのだ。いつでも精霊のグラーニスを喚べるようしながら介抱していた。
やがて警戒を解いた。
腹に何も入ってないというので、温かいスープをよそってやった時に彼女はボロボロと泣きはじめたのだ。
警戒はその時解けてしまった。やめよう、納得いくまで親切にしてあげよう。そう決めた。
しかし、やはりあまりじろじろと直視してはいけないと思い、暖炉の火を見つめていた。
百年くらいこの小屋で一人暮らしをした。だからだろうか、彼女の存在そのものへの実感がわかないまま、ソファで眠った。
翌朝、
あれは申し訳なかったが、夫婦になったのだからいずれからかってやろうと思っている。
結局俺は、エルに一目ぼれだったのかもしれない。
グラーニスと、タリオのミカルと一緒につくった酒を飲んだ時に見せた笑顔で呼吸が止まったとき、求婚すると決めた。
エルは美しい。美しいけど、それだけじゃない何かがあった。
天真爛漫で、愛らしくて……不意にずっとそばで愛していたいという気持ちがわき起こったのだ。
五百年以上生きているからこそわかる。
そんな強い気持ちがわいてくる相手と出会えることは……ほとんど奇跡だ。
それこそ自分の中の精霊の部分が決めていることだ。俺は精霊じゃないが、命あるものはみな肉体と魂と精霊を持っている。
その点ではエルと同じだ。
自らの内側からわき出るその気持ち、そしてその相手を大切にしなければいけないと直感したのだ。俺は幸運だった。
・・・
「あー!ノア寒い!寒いぞ!」
お互いに目の前で初めて生まれたままの姿になったというのに、甘いムードとはまったく無縁。俺はエルの真っ白な裸体に目を奪われたが、それも一瞬のことだった。
「最初だけだ。その手桶で体に湯をかけろ。ゆっくり……そう」
――ふわああああ
目をつぶってはしゃぎながらエルは何度も身体に湯をかけている。
……百数十歳の頃って、こんなだったかな。
まあいいか。
エルの浴びた湯が、すのこの下に流れこんで、そのままブーツの方へ流れださないかどうか横目で確認した。大丈夫そうだ。
「おい、もういいよ。湯船に入ってみろ」
何しろ寒い。この壁……密閉しようかな。一人で入る時は、待ち時間なんてなかったから仕方ないか……
「ええ!怖い!」
何言ってんだこいつ。
「身体が冷えちゃうだろ!?」
「だってぇ。ノアが先に入ってくれよお」
「しょうがないな。貸して」
エルの手から手桶をひったくって、自分の身体に湯をかける。汗や土埃を一通り流してから湯船に入る。
ぅぅぅぅぅううううう
冷えていたから、格別に気持ちが良い。腹の底から声が出た。
「早く来なよ」
誘うと、意を決したのか、エレオノールが湯船にすべり込んできた。
抱きしめると、満面の笑みだ。
「わああああ、すごいな!!気持ちいい!」
エルの身体は冷え切っていた。
「寒かったろ」
「凍るかと思った」と笑顔で言い返してくる。
フフフとお互い笑いあった。
「俺は湯が汚れないうちにまず頭を洗うんだ」
と言って、ざぶりと頭のてっぺんまで湯につかって頭皮を揉んで見せる。
しばらくして水面に上がる。
エルがいない。
彼女は湯の中で俺の動きを真似していた。
「ぶあっ」
上がってくると、髪の毛が白いすだれのようになっている。
「これ、髪、どうするんだ」
すだれをかき分けながらエルが聞いてくる。
「そうか…なんかくくるもの持ってないのか?」
「なんか棒があれば結えて留めておけるぞ?」
「棒か」
「さっきのきのこ刺してたやつで良いんじゃないか」
「え」
エルの普段の仕草や身につけているものは品がいい。加えてこの美人ぶり。なのに……なのに、たまにみせる少年はなんだろう。
「そのきれいな髪をだな、つかいさしの棒きれで留めさせるのは、なんか気がひける……すぐ作るから」
えーそうか、などと言ってにこにこしている。
裸で湯船から出て、すばやく薪のところまで行って手頃な木の枝を一本手折る。そうだ、ついで明かりも点けるか。忘れてたな。折った枝の先に火をうつした。ついでに薪を数本足す。二人だと思ったより湯が冷めた。
もどって、壁に仕込んだ蝋燭に、明かりを灯す。
「おお、そんな仕掛けもあるのか」
「仕掛けってほどじゃ……。着替えるときに手もとが見えないとこまるだろ」
「そうだな」
自分の脱いだ服のところへ行って、ナイフをとって再び湯船に浸かった。
「ああ、寒かったぁ」
「おかえり」と言って、エルはくっついてきた「ひゃー、冷たいな」
柔らかくてボリュームのあるものが背中にあたる。
上半身を浴槽からつき出して、持ってきた枝をナイフで削った。削りカスをなるべく外にとばす。すぐにちょっとしたかんざし代わりの棒が出来た。ささくれていないかどうか、出来をチェックしてエレオノールに渡し、ナイフを元に戻すために再び浴槽を出た。
エレオノールは器用に髪をまとめ上げている。
「よし、良いな」
綺麗にまとまった。
アップにした姿も格別に美しいが、あんまりしつこいのも嫌がられるかと思って口を閉じていた。
「ノアはいいのか?」
「ああ」
俺の髪は棒で結わえれるほどは長くない。
「さて、お楽しみはもう一つあるぞ」
「え、まだあるのか。なんだ」
「多分エルは驚くと思うよ」
「えー、なんだ」
さっき足した薪の火が、イイ感じに湯を温めている。
「みてな」言ってから、正面の壁に手をかざす。とっておきだ。
壁を消した。
簡単な土魔術。
正面にはすっかり日の暮れた荒野と、満点の星空が広がる。
「ふわあー!」
エルは仰天している。
「すごいな、ノア。すごいな!」彼女は瞳を輝かせて、天を仰いだ。
エルの反応を見て、俺も心底満ちたりた気持ちになった。
誰かにこれを見せる日がくるとは思わなかった。俺はずっと一人だった。別に選択的にそうしていたわけじゃない。ここに
エルの細い腰を抱いた。
「どう?気に入った」と聞くと、身体を柔らかくしてしなだれかかってくる。
「わたしは……こんな星空は初めて見た。こんな、ずっと、なんだ、空しかないな……こんな景色は知らない。すごいぞ、ノア!ふわあああ、こっちに向かって降ってくる!」
大興奮だ。
「すごいぞ、ノアのお嫁さんになってよかった」
と言って、にかっといたずらっぽく笑った。
「俺もこんなに喜んでくれるお嫁さんがきて嬉しいよ」
そういうと、また「そうか?」と言って身体をこすりつけてきた。柔らかく、すべらかな肌触り。二人でしばらく無言で星空を見ていた。エルが身じろぎをするたびに、ちゃぷりちゃぷりと湯の音がした。
「あとは好きなタイミングで身体を洗って、充分あたたまったら湯から出るだけだ」
「身体を洗うって、なんかないのか」
「ん?手でこう、こすって」
「ああそうか、じゃあ次は小さなタオルかなんかもってこようかな」
「まあ、それもいいな」
俺はちょっといたずら心を起こした
「手でも洗えるぞ。洗ってやろうか」
エルにそう言うと、しばしの沈黙があった。
――初心なんだろうか?
こんな冗談でもたじろいでしまうのなら、もう少し気をつけなければいけないな。
思った矢先、エルは上目遣いで「――じゃあ、やってみてくれ」と、分かっている表情で言ってくる。
「しょうがないな」
と言って、エルの身体をまさぐった。しょうがないわけない。
先ずは足を手の平で包み込むようにして、ゆっくりと揉んだ。
「あ、気持ちいいな」
「だろ?」
すらりと伸びやかなふくらはぎを、柔らかく按摩するように揉んでいく。
「わー気持ちいい。旅の疲れが癒されていくみたいだ」
「どれくらい歩いてきたんだ」
「里を出たのが春の終わりだったか」
ということは、ざっと半年か。
「それはさぞかし疲れが溜まっているだろう」
「そうだぞ。よく揉んでくれ」と言って、エルはふふふとおかしそうに笑った。
くすぐったくないように、ある程度思い切った力で揉んでいく。
「じゃあ、背中を向けて」と言って、今度は背中を手でこする。
――本当に気持ちいいな
と、エルはしみじみとした口調でそう言った。後ろから抱いて、エルの腹に手を回した。
「……ノア……その……それ……あたってる」
エルの
「あててるんだよ?」
と耳元で囁いた。
みぞおちを通り、ひきしまった腹の上をなぞって、へそを過ぎ、下腹部を通る。
果たして、エルの中心は――
耳元で囁く。
――ちゃんと期待してくれてたんだ?
エルは無言でうなずいた。
「最後にしたのはいつ?」
あくまで小声で聞いた。大切な情報だ。あまりに間が空いていたら、丁寧にしなくてはいけない。長命種ならニ、三十年は平気であくしな……
でも大っぴらに聞くようなことじゃない。ゆえの小声。
「……めだ」
「ん」
「乙女だ」
「ん?」
「だから、わたしは乙女だ」
「ん…?したことないってこと?」
あ、いけない。思わず固まってしまった。
「変だと思ったんだろ!?」
エルは振り返って心外だという顔をしている。
「いやいやいやいやいや、違う!」
「変だと思ったから止まったんだ」
「ちがうちがう、ちがうったら。なんでその美貌で百数十年も男がほっといたんだ!?アルブの男はどうかしてるぞ」
「びぼ…またそうやって。わたしは精霊だし、里ではちょっと普通と違う扱いを受けていたんだ。だからちょっとそういう縁がなかったんだ。
あとあとあと、わたしはアルブではまだ若いんだぞ。乙女でも、変じゃない!」
「わかったわかった。わかったったら。変だなんて思ってもないし、言ってもないだろ?」
弁解の余地もない。
うううう、と涙目でうなっている。
言葉が通じないから、黙って抱きしめた。
「でも思ってた」と、まだ言ってる。
「思ってないったら」言い返す。
「思ってた」
「思ってない」
「エル」
「なんだ」
「初めてで怖いか」
「当たり前だ」
「大丈夫だ。うんと優しくしてやるから」
「絶対だぞ?」
「約束だ」
そう言って、エルの中心に指を滑らせた。しっかりと潤んだ興奮のあとがある。
「エル」
「なんだ」
「キスしよう」
よくよく気づくと口づけもぎこちない。
「唇の力をぬいて」
「こうか」
「なんというか、う、の形で」
「う?」
「そう。力をぬいて、柔らかく」
「う?」
「バカ、茶化すな」というと、エルはへへへとへらへら笑った。
かまわず口づけすると、今度は柔らかくて妖しい感触になった。エルに火が付いたのが分かる。
「その、ここではしないのか」
と言って、俺のものを撫でてくる。
「ダメだ、初めてならちゃんとベットでじっくりやらなきゃ」
「えええ。そっかぁ…そっか。そうだな」
と、言ってから「じゃあ、早くベッドに行こう」と瞳を妖しく輝かせた。
「エル」
「ん?」
「可愛いな」
そういうと、くすぐったそうに笑ってから
「わたしもノアをひと目見た時から、いい男だと思っているぞ」
と、嬉しいことを言った。