ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

1 / 135
※念のため…

・原作キャラの設定に一部オリジナル要素があります。

・騎士団内外に多くのオリジナルキャラクターが登場します。


------------------------------------------------------------------------
あらすじ

ベルン動乱終結後、天馬騎士団再建のために奔走するティト
彼女が向かったエデッサ城で課せられた使命は想像を遥かに超える大きなものだった。


紺碧のコントレイルⅠ 第1章 黎明の鼓動
第1話 Prelude


「──どうしてもダメなの? これだけお願いしても?」

 

 椅子に座る年上の女性へひたすら頭を下げる。何度空色の髪が揺れただろうか。

 

 それでも、目の前の女性は笑って返してはくれなかった。皆が望んでいるのに。

 今まで黙って話を聞いていた女性が、承諾を得られなくて困惑する乙女へ重い口を開いた。

 

「それは、あなたの仕事よ。ティト」

 

────エレブ新暦1000年 3月

 

 ここはエレブ大陸の北部にある国、イリア。

 豪雪地帯で知られるこの国は名物である雪の為にまともな農耕を行えず、人々は常に貧困に苦しんでいた。

 その上短い夏が終れば、今度はブリザードが死を運んでくる。

 まともな収入源の無いこの国で唯一まとまった金を手に入れることの出来る仕事、それは────傭兵だ。

 

 傭兵として大陸中で起こる争いに参加することで手に入れた金で各地を騎士団がまとめ、民を養い、そして針葉樹林帯を切り開いていく。

 当然、安全な仕事ではない。一歩間違えれば、命を落とすかもしれない危険な仕事。

 

 それでもイリアの騎士達にはそれを拒む術はなかった。

 死の恐怖に怯えれば、自分達の帰りを心待ちにする祖国の民が寒さに震え、飢えに苦しまねばならない。

 赤子が生まれても乳がろくに出ず、死んでしまうことも珍しくない。民を……見殺しにすることになる。

 

 その赤子が育てばまた祖国を守る騎士として命を危険に晒さなければならない。

 それだけではない。戦争をしに他国に行くのだから、他地域の人々からの視線がどうかは言うに及ばないだろう。

 

 何の為に生まれるのか? 何の為に生きるのか、そして、誰の、何の為に戦うのか……。

 すべては、国のため、民の為。自分の為に戦うわけではない。

 それは世界中で有名となった『イリア騎士の誓い』にも明記されたことだった。

 

 生き延びる事さえできれば、戦死さえしなければ、少なくとも明日はある。

 希望? そんな金にもならないモノに構っていられる余裕など、ありはしない。

 生き残ることが精一杯の人間に、夢も希望も単なる作り話だった。

 

 

 ベルン動乱で生き残った天馬騎士ティトは、各地を飛び回って生存している天馬騎士たちを探し出していた。

 イリア騎士の誓いがあったにせよ、騎士団の長を倒し、それを壊滅させたのは誰でもない自分。

 彼女は重い責任を感じていた。皆は仕方が無いと言ってくれる。でも……それでは自分の心が許さない。

 

「おねえちゃん……。おねえちゃんは、わるくないよ。おねえちゃんはエライよ。あたしには、出来ないよ」

 

 必死に、気丈に振舞った。だが妹だけには、自分の気持ちを敏感に感じ取られていたようだった。

 自分自身にすら嘘をつけても、彼女には嘘がつけない。

 彼女なりに自分を励ましてくれていたようだったが、逆にそれが重く圧し掛かるように感じずにはいられない。

 

 シャニーも成長している。姉であり、先輩である自分が落ち込んでいるわけには行かない。

 団長を倒し、騎士団を壊滅させた。民に不安な思いをさせた者として一刻も早く騎士団を再建せねば。その気持ちが自分へ更に嘘をつかせ、心配してくれる者へさえ、呈する苦言へ拍車がかかる。

 

「シャニー、何を言っているの? 出来ないでは済まないのよ? あなたも叙任騎士になれば、当然のようにそれをこなさなければならないの」

 

 自分のその言葉を聞いたときの妹の顔は、あまり思い出したくない。

 気苦労の多い自分を何とか励まそうといつも笑顔を湛える彼女が、そのときばかりは顔が泣いていた。

 

 ────出来ないよ……

 

 そんな気持ちが顔に滲み出ていた。親しい者へ感情を隠すことが下手な子だった。

 

(シャニー、本当は、本当はあなたが正しいのよ。同胞を何の悪びれもなく殺す事ができる人間なんて、いるはずないし。本当は! 本当は……許されるはずも無いこと。でも、イリアではそれが『正しいこと』でなければ、生きていけないの)

 

 ティトはそう言い聞かせるようにシャニーを睨みつけた。それは自分への戒めでもあった。

 騎士になるって何なのだろうか。人として壊れてしまう為に、騎士になったのだろうか……。

 天馬の突然の一声にティトははっと我に返る。どうやら天馬が目的地に到着したようだった。

 

「この子……。よく行き先が分かったわね」

 

 ティトは天馬を撫でると彼から降り、目の前にある城の入り口へと歩いていった。そこは、生き残った天馬騎士の中でも最も自分に身近な存在のいる城だった。

 

 

 一時期姉妹で住んでいたエデッサ城。

 ベルン動乱以降、他国からはイリア諸騎士団の中心人物とみなされているゼロットの同族として扱われて来たが、エデッサ城は何回来ても緊張する。

 

「あら、ティトじゃない。元気だった? 仕事は順調?」

 

 執事に妹の登城を聞かされて現れた姉ユーノがティトの顔を見るや、落ち着いた感じのある彼女には珍しく階段を小走りで下りてくる。

 ユーノは彼女の顔の目の前まで辿り着くなり、本当に嬉しそうな顔をした。そして……。

 

「ね、姉さん! それは……やめてってば。子供じゃないんだから」

 

 恒例というか何と言うか。ユーノはティトを抱きしめ、頭を撫でる。

 嬉しく無いといえば嘘になるけれど、その嬉しさを羞恥心が掻き消そうとする。周りには侍女や衛兵がいるのだから。

 弱さを他人に見せるわけにはいかない彼女には、姉の行為は拒否するしかなかった。姉は寂しそうな顔をするが仕方が無い。

 

 早くに両親を戦死で亡くしたユーノ、ティト、シャニーの三姉妹。シャニーなんかは物心がついて間もなかった。

 そんな妹二人を、ユーノは母親代わりになって育ててくれた。見習い修行は本来14歳からの1年間だが、ユーノは12歳から修行に出ていた。

 

 家族を養う為に必死だった。

 イリアに帰ってきた彼女は、国でも五本の指に入る騎士へ成長し、とにかく働いた。恋をする暇も、オシャレに気を使う時間も無いほどに。

 唯一の癒しは、ティトの思いやりと、シャニーの笑顔。そして、そんな二人を撫でる事。

 

 苦労に苦労を重ねて育てた「娘」だ。大切な妹に拒否されては悲しがって当然だろうけども、甘えてはいられない。

 

(ごめんなさい、ユーノ姉さん)

 

 ティトの心の中は葛藤と罪悪感が渦巻いていたが、そんな気持ちを“母”はお見通しのようだ。

 

「ティト……。大変でしょう? いつでもどこでも、強がっていなくていいのよ? 私の前ではあなたはいつまでも大切な妹なんだから」

 

 姉の言葉に涙が止まらなくなる。

 自分にとっても姉は大切な姉であり、母でもある。

 ティトは人の前ではいつも責任感ゆえ強がっているから、周りの人からはとてもたくましい人だと思われがちだ。

 ユーノもシャニーも、ティトの本当の顔を知っていたから、姉は彼女を心配し、妹も精一杯甘えていた。

 

 いつまでも一緒に……。何度もそう願ったが、それは叶わぬ願い。

 ユーノは結婚し、シャニーもまた、一人の天馬騎士としてこれから辛く厳しい道を歩んでいくことになる。

 もう、誰にも甘えてはおれない。

 一番の甘えん坊は、シャニーではなく自分だったのかもしれない。そう思って彼女は戦後、今までより一層肩肘張って生きていた。

 その気持ちを見透かしたような姉の言葉。

 

「姉さん……」

 

「離れ離れでも、私達はずっと家族よ? あなたは独りじゃないわ」

 

 ユーノはティトを抱きながら、彼女の顔がまわりに見えないように自分の部屋へと連れて行った。

 

 

 ユーノは妹を椅子に座らせて一度部屋を後にした。

 一人になって静かになった部屋で、ティトは自己嫌悪に陥る。

 あれだけもう甘えないと誓ったのに、なんて意志が弱いのだろうか。こんなことでは天馬騎士団の再建なんて出来やしない。

 彼女は自分の頭を両手に拳を作って何度も小突く。

 

 暫くすると、ユーノは温かい紅茶を持って部屋に戻ってきた。侍女に持ってこさせればよいのに。

 その姿に、ティトは実家に姉妹三人で暮らしていた頃を思い出す。

 

「外は寒かったでしょう? さ、ジンジャーティーよ」

 

 姉のぬくもりにも似た温かい紅茶が、芯まで冷えた体を癒してくれる。

 ユーノは本当に温かい人だ。自分もこんな人になりたい。大きな愛で、皆を包んであげたい。そう思って止まない。

 

 暫く他愛も無い話を楽しむ。

 この頃は忙しくて、ユーノのいるエデッサ城どころか、シャニーのいる実家にすら帰っていない。

 仕事の話ぐらいしかしなかったこの3ヵ月。話したい事は山とあった。

 ユーノはその話を興味津々に笑顔で聞き入ってくれる。

 いつも物静かな彼女からは想像できないほど、ティトは話し込んでしまう。楽しい……。

 そんな彼女を現実に引き戻したのは、甲高い泣き声だった。

 

「まぁ、アリスが泣いているわ。ティト、ちょっと待っていてね」

 

 ユーノは小走りに部屋を出て行く。

 姉はもう結婚して子供もいる。そんな姉に自分は何て事をお願いしに来たのだろう……。

 そこまで考えてティトは、はっと時計に目をやる。城に来てからもう2時間が経とうとしていた。

 随分無駄話を聞かせてしまった。姉が帰ってきたら本題に入ろうと気合を入れる。

 向こうの部屋から聞こえていた泣き声が止み、間もなく姉は帰ってきた。

 

「おまたせ。で、そのお友達はどうなったの?」

 

「姉さん……。ごめんなさい、その話はあとにしましょう。姉さんにお願いがあって、私はここに来たの」

 

 話の続きを楽しみにする姉にティトは本題を振った。

 唐突に持ちかけられたユーノだが、彼女はさして驚きもせずティトの話をそのまま聞く。

 

「今、天馬騎士団は団長を失って統率が取れない状況にあるわ。なんとか生き残った騎士達を集めて再建はできそうだけど、リーダーが不在なの。だから……」

 

「ダメよ、ティト。それはダメ」

 

 ユーノはティトの言葉を拒否した。

 ティトも断られる事は分かっていたし、最後の最後まで避けようと思っていた選択肢だ。

 姉にはもう家庭がある。大切な子供を城に残すわけにはいかないし、イリアの騎士を統べるべく戦場に旅立つ夫ゼロットの手助けをしなければいけないユーノの立場は理解しているつもり。

 せっかく幸せを手に入れた姉に、これ以上の負担をかけたくはなかった。

 

 だが、天馬騎士達はユーノの事を『伝説』の天馬騎士と尊敬し、彼女がリーダーなら誰も不満はなかった。

 だからティトは残された最後の手段として、何とかユーノに新生天馬騎士団の初代団長の任へ就いて欲しかった。

 

「姉さんは戦場に出ないで、色々私達の指導してくれるだけでいいから、だから!」

 

 断られても、断られても、ティトは必死に姉へ懇願した。

 ユーノに向かって、何度も何度も頭を下げた。何度空色の髪が揺れたことだろうか。

 それでも、姉の首が縦に振られる事はなく、笑顔を返してくれることもなかった。

 

「どうしてもダメなの? これだけお願いしても? 姉さんが育児やゼロット義兄さんの手伝いで忙しい事は分かるわ。でも、天馬騎士団復興には姉さんの力が必要なのよ」

 

「違うの。そうではないのよ、ティト」

 

 今まで黙っていたユーノが、ここに来て再び口を開く。

 ユーノとて、自分達が築き上げてきた天馬騎士団がこのまま朽ち果ててしまう事を黙って見ていられるはずはなかった。

 

「イリアとして諸騎士団が団結しないといけない中で、私達は望まないにしても派閥を作ってしまった。そして国の存亡をかけた大切な時に、反ベルン派と親ベルン派に分かれて、意味の無い戦いを引き起こしてしまった。それは、そういった仕組みを長い時間の中で造り上げてしまった私達の責任。人々を置き去りにして、自分達の為に戦ってしまったの」

 

「そんな……」

 

「だから、天馬騎士団、いえ、イリアもまた他の国同様生まれ変わらなければならないのよ。その大切な仕事を担っていくのは、あなた達若い騎士」

 

 ユーノは机の引き出しから何かを取り出すと、団長就任を引き受けてもらえなくて困惑する妹に歩み寄り、妹の手を取って自分が持っていたものを彼女に強く握らせる。

 

「過去の天馬騎士団はもう無い。生き残った者をまとめ、新たな歴史の礎を作っていくリーダー。それは、あなたの仕事よ、ティト」

 

 ティトは握らされた手を開いてみて驚いた。手の中にあったのは、天馬騎士団団長の証である騎士団の紋章が入った金のブローチだった。

 

「ね、姉さん!? 私には、そんな大任はとても……」

 

 狼狽するティト。ユーノは動転する妹の肩をしっかりと持ち、いつもの優しい声では無い、しっかりとした声で彼女を諭した。

 妹としてではなく、これからのイリアを創っていく若いリーダーとして。

 

「ティト、あなたも分かっているはず。新しい世界には、新しいリーダーが必要なの。これはあなたの仕事よ。私も、精一杯あなた達の手助けをするわ。だから、お願い。あなたならできる!」

 

 姉のいつもと違う瞳に、ティトは決意を固めた。

 甘えてはいられない。過去を壊したのが自分なら、未来を創っていくのもまた、自分でなければならない。

 彼女は自分にそう言い聞かせた。困ったら、疲れたら……家族がいる。甘えるのではなく、助けてもらえばいい。

 

「分かったわ、姉さん。でも、もし困ったら、その時は助けてね。私一人では……きっと荷が勝ちすぎると思うから」

 

 ユーノはそれに笑顔で返し、またティトの妹を撫でた。

 

「ええ、勿論よ。困ったらいつでもいらっしゃい。あなたは独りじゃないわ」

 

 いつの間にか、ティトは姉に胸に顔を埋めていた。頭を撫でられても、羞恥心は湧いてこなかった。純粋に嬉しかった。独りじゃない。

 

「ゼロット義兄さんから授かった『疾風』の称号に誓って、精一杯がんばるわ」




このサイトでの初投稿でドキドキ緊張します。
どうぞよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。