ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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あらすじ

幼馴染の初陣を知り、シャニーはついにレイサと訓練方針で言い争いをしてしまう。
それが発端で事件が起こり、彼女は後悔することとなる。

そんな崩壊しかけた十八部隊に訪れた見知らぬ騎士たち。
彼女たちは口々にシャニー達を罵った。給料泥棒と。

これ以上騒ぎを起こせないシャニーは剣を抜けないまま、仲間に槍が振り向けられようとしていた。


第6話 誰もいない木立

 食事を終えたイドゥヴァ達古参騎士は昼休みが終ると食堂を出て中庭を歩いていく。

 ぞろぞろと部下を引き連れて歩く様はまるで女王か何かのようだ。

 

「イドゥヴァさん、今年の新人はどんな感じですか? 結構な数が入隊されたようで」

 

 イドゥヴァの周りを他の古参騎士達が取り巻いている。

 団長ではないにしろ彼女は力を持った天馬騎士だった。騎士としての腕はもちろん、騎士団外にも顔が広く周りに影響を及ぼすことの出来る力を持っている。

 その影響力は、団長であるティトすらも無視できないほど。

 

「あまり質は良くないですね。この前の初陣でも死者を出さないのに骨が折れましたよ。あのレベルでは、いつ使い物になるまで成長するやら」

 

 戦力になる新人なら歓迎できるが、今年はそんな新人が居ない。

 戦力になりそうな二人も、何を考えているのかよく分からないヒヨッコ団長があろうことかあのレイサに任せた新人部隊へ送り込んでしまった。

 

 新人が弱いのは当たり前だが、だからと言って戦死者を出せば自分の手腕を問われることになる。

 勢力拡大を目論む彼女にとっては、今自分の将としての評判を下げる事は、何が何でも避けたいことだった。

 その為もあってか、彼女はティトに再三、シャニーやアルマを自分の部隊へ昇格させるように言い寄った。

 だが、団長の首が縦に振られる事はなく、彼女はやきもきしていた。

 

 とにかく、戦力になる新人が欲しかった。特にあのアルマとか言うのは、新人のクセに権力が欲しいとかなかなか侮れないが、不安以上に利用し甲斐のある人間に映る。

 彼女は絶対に権力の階段を登る。どんな手段に打って出ても。

 それを配下につけておけば、自分もまた、更なる高みを目指すことができる。

 

 イドゥヴァは度々アルマの元を訪れては、彼女の気を惹こうと色々画策していた。

 今回も他の古参騎士と別れ、向かう先はアルマの許。

 そのとき、彼女の目に必死になってレイサに何かを訴える青髪の新人が飛び込んできた。

 

(あれは……団長の妹……シャニーではないですか)

 

 

「ねぇ! レイサさん、どうして分かってくれないのさ! 皆もう基礎は大分覚えてきてるじゃない。もう少し実戦的な訓練をしないと、いつまで経っても強くなれないじゃん!」

 

 いつも穏やかなシャニーが部隊長に詰め寄って訓練レベルの向上を訴える姿に、周りの新人達もあっけにとられて休憩どころではない。

 その様子を、アルマは稽古に行かず黙って見ていた。

 

「何度も同じこと言わせないで。私にその事をあーだこーだ言っても分かんないんだよ。団長に聞いてみたけど、そんな高度な話は新人には無理だって言ってたよ?」

 

(お姉ちゃんめ……)

 

 シャニーは姉の事を少々腹立たしく思いながら、レイサに反論する。

 

「お姉ちゃんはあたし達を見くびりすぎなの! それに第一、個人練習ばっかりじゃ、互いの信頼関係とか築けないし……!」

 

 そこまで言った口を、レイサは手で覆って無理矢理黙らせた。

 そして、シャニーへ顔を近づけると目線を合わせるように静かに彼女へ語りかけた。

 

「シャニー、下手な仲間意識は捨てた方がいいよ? いくら同胞とか、仲間でも、戦場で敵になる事はあるんだからね」

 

 それを聞いたシャニーは力任せにレイサの手を口から跳ね除け怒鳴った。

 いつもの優しい性格からは想像もつかない形相に、周りはたじろいてしまう。

 

「見損なったよ! レイサさんだって、仲間同士で争うことがないようなイリアを創りたいって言ってたじゃない! なのに、なんでなのさ! そんな理由でこんな訓練ばかりさせてたの?! あんまりだよ!」

 

 怒鳴られて、言い寄られても、レイサは表情を変える事はなかった。

 レイサにはシャニーの性格が大体分かっていたから、先程の台詞を振ればどんな反応が返ってくるかぐらいは想像がついていた。

 ここまで怒るとは予想外だったが。

 

「あんた、何焦ってるんだい?」

 

「え?」

 

 怒りに任せて感情を思い切りレイサにぶつけたのに、相手から冷静に自分を分析されてしまう。

 焦っていることは自分にだって分かっている。自分だけ取り残されてしまう事に、焦り以上に恐怖を感じていた。

 

「正直ね、私がこの部隊であんた達に学んで欲しい事は、武術じゃないんだよ。団長もそう言っていた。武術以外で、騎士として、傭兵として、そしてイリア人として大切なことを学んで欲しいんだよ」

 

「じゃあ! 早くそれを教えてよ!」

 

 今まで我慢していたせいもあってか、怒りが収まりきらない。

 親友の初陣や、レイサの言い草も重なってとうとう爆発してしまったようだった。

 

「教えてあげるなんて誰が言った? 誰かがやってくれるなんて、そんな事考えるのはよしな。自分で学ぶんだよ、そんなものは。前にも言ったよね? 新人部隊は考える期間だって。自分で考えて、答えを出しなさいよ。あんた、十を目指すための“一”は何か分かったのかい?」

 

「それは……」

 

 言葉に詰まるシャニーへ、レイサは頭に手をやって諭してやる。

 

「武術なんかは、正式な部隊へ配属されてから学んでも遅くない。でもね、こういった考えるって事は、実戦に出だしたらなかなか出来ないことなんだよ。時間は貴重だよ?」

 

 レイサの言っている事は分かっている。でも、どうしても納得できなかった。

 頭では分かっていても、どうしても早く上の部隊に配属されたい気持ちが先行してしまう。

 レイサの言うとおり、まだ、十の為の“一”も完全には理解できていなかった。

 “一”の含んでいるものがあまりにも多すぎて、考えれば考えるほど悩んでしまった。

 

 なぜ、同胞同士が殺しあわなくてはならないのか。なぜ、誰も失いたくないと言いながら自分達は民の為に戦わなければならないのか。

 なぜ、正しくないと思っていることを、正義と言い聞かせてまでやらなければならないのか……。

 

「なぜ」が多すぎて、考えているとどんどん深みにはまって、出られなくなってしまう。

 納得の行く答えを見出せない「なぜ」と戦っていた。

 こうやって考えている間にも、民は震え、飢えている。ならば、早く傭兵に出て金を稼いだ方がどれだけ国に貢献できる事か。

 

 その気持ちは他ならぬ「なぜ」から出た、答えにならぬ答えによって打ち消されてきた。

 自分が変えたいと思っている手段で国に貢献しても、結局は自分や民に嘘をついていることになる。それでは、騎士の誓いを破ることになる。

 イリアの民を助けたい。傭兵によって金を稼ぐ事は、本当の意味でイリアの民を助けることにはならない。これだけは、色々考える中で自分の確固とした意識に変わっていた。

 それでも、自分の置かれた立場や、仲間の初陣などによる焦りから生じる葛藤に、彼女は苦しんでいた。

 

「でも……! やっぱり分かんないよ! 頭では分かってる……。でも!」

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、自分でも何を言っているのか分からなくなってきている。

 その頭に突然飛んできたレイサの怒鳴り声が彼女を凍り付かせた。

 

「そんなにやりたけりゃ、好きにしな! その代わり、何があってもあんた自身で責任は取るんだよ。あんたは私や団長が何を期待しているか、何を想っているか、全く分かっていない。もう少し人の心が分かるヤツだと思っていたけど、見損なったね!」

 

 頭を抱えて悩むシャニーへ、レイサは一言言い放つと向こうへ行ってしまった。

 部隊長の居なくなった新人部隊はどうすればいいのか分からなくて、動揺する新人達がシャニーの周りに集まりだしている。

 

 レイサを怒らせてしまった。その罪悪感がシャニーを押しつぶしそうになるが、それを周りの仲間達が励ましてくれる。それに加えてアルマも寄ってきた。

 

「お前があそこまで言うとは思わなかった。でも、これで稽古ができるじゃないか」

 

 シャニーは下を向いていた。分かっている。レイサや姉が、自分に何を期待しているかぐらいは。

 実戦に出る前にもっと色々学んで、人間として大きくなって欲しい……そうに決まっている。そうでもなければ、人手不足なのにわざわざ新人部隊へ配属して、稼げる金を溝へ捨てるような真似はしないだろう。それは分かっている。

 

 だが、彼女の心はまだ未熟だった。人の期待に応えるより、自分の焦りや葛藤が表に出てしまっていた。

 そして、レイサに突き放されて、うすうす気付いていたそれが嫌と言うほど自分を苦しめる。

 

 いつも、やってから後悔する。どうしていつも自分はこうなのだろう。未熟な自分に嫌気が差した。

 そんなシャニーを横目に、アルマは他の新人達に向かって話し始めている。

 

「邪魔者は居なくなったんだ。さ、早く稽古を始めようじゃないか。強くなる為にね。強くなって、早く上の部隊に行きたいヤツは……私と一緒に特訓しようじゃないか。もっとも、私の稽古についてくることが出来るならばの話だけど」

 

 どういう自信過剰なヤツだと思ったが、一方で皆も早く上達したかったし、何よりアルマの実力については一人で稽古をする様子を見ても明らかだった。

 皆は新たな()()()の指示に疑念を抱きながらも、力を求めついていく。

 

「シャニー、行こうよ。シャニーは悪くないッスよ」

 

 シャニーもミリアや他の隊員に連れられ、アルマの後を追った。追えば追うほど遠のいていく答えを追い、自らの心の中で死に絶えた何かに気付かぬまま。

 

 

 

 そのあと、レイサが部隊を見に来る事はなかった。

 稽古中、誰もいない木の上を眺め、シャニーはポツリと独り言を漏らした。

 

「あたしは……なんてバカなんだろ。皆あたしの事を気にかけて、期待してくれているのに……。レイサさん、お姉ちゃん、ごめんね」

 

 彼女は悔いていた。親友が初陣を踏んだから、という短絡的な理由で早く初陣を踏みたいと考えた自分を。今頃になってレイサの言葉を思い出していた。

 

 ────剣を振らなければならなくなったときは、それが民の為なのか良く考えろ

 

 民の為に剣を振るう……シャニーにとっては、傭兵すらも民の為に振る剣ではないようにも思えてくる。

 だが、これを否定すれば今のイリアはたちまち凍り付いてしまう。再び、彼女は考えることの深みにはまっていた。

 

 その苦しみを払うかのようにひたすらに剣を振る。いつか、民の為に剣を振るうときが来た時のために。

 ただこの手から滑り落ちていく、そんな気持ちを振り払いながら。

 

 

 

 ◆

 数日後、その日も朝から稽古を続けていたシャニーは一息入れようと石段に腰掛けて剣を磨き始めた。

 入団からずっと大切に使ってきた相棒だ。幾度か改造を施したので騎士団支給の剣でも見た目はだいぶ違って見える。

 静かに剣を磨いていると自分の心にへばりついたものが落ちていく。そんな気がする。

 レイサは今何をしているのだろうか……。思いにふけているとふいに背後の気配に気づいた。

 

「お前はシャニーか?」

 

 明らかに見下した敵意すら感じる口調。

 この足音は一人ではない。振り向くと数名の騎士がいた。見ない顔、おそらく他の部隊の騎士だ。感じ、自分と近い年。

 彼らは近づいてくるとそのリーダーと思しき騎士が覗き込むようにして正面に立った。

 

「給料泥棒の十八部隊さん、サボってちゃダメですよ」

 

 いきなり投げつけられた言葉に一瞬何が起きたのか頭がついてこなかったが、目の前で嘲り笑う連中にみるみる眉が吊り上がっていくのが自分でも分かる。

 

「給料泥棒?!」

 

「違うの? 一度も出陣したことないんだろ?」

 

 クスクス笑う声が神経を逆なでる。面識などない連中だ。反論しようにも相手の言うことは本当のことで言葉が詰まった。

 自分だって気にしているというのに。その様子に相手は笑いながらシャニーの持っていた剣を見下ろして指さした。

 

「部隊長を追い出したって聞いたからどんな奴かと思って見に来たら、やっぱりおかしなヤツだよ。天馬騎士なのになんで刀なんか持ってるの? こいつ」

 

 天馬騎士でも剣を扱うことはあるが極めて稀だ。

 空と言う攻撃を受けないアドバンテージと、槍のリーチで相手を支配する天馬騎士にあって、リーチの短い剣を扱うメリットは余り無い。

 まして、シャニーの持っているような刺突に向かない斬撃を主とする剣は、天馬騎士のメリットを消すくらい相性が悪いはずだ。

 

 だが、それはあくまでも一般論。誰も通らない道は通らないなりの理由があるにせよ、乗り越えたらそれは唯一無二となる。

 ディークが認めてくれたのだ。もう教えることは無いと。

 

「余計なお世話だ! 剣は自分を自分たらしめるもの。侮辱は許さない!」

 

 思わず怒鳴る。剣をバカにされることはディークをバカにされるような気がして許せなかった。

 実際、教育に赴いてきた何人もの他部隊の部隊長から剣士へのコンバートを提案されてきた。

 メンバー構成上、周りが天馬乗りの槍使いばかりなので、地上で剣を振るう事ができるスキルは戦術上大きいからだ。

 もちろん、その都度拒否してきた。作戦で地上に降りようとも、誰に何と言われようとも、自分は天馬騎士であり、この剣こそが自分の道と。

 

「へえ、そこまで言うなら見せてくれよ。その最強の剣をさ。ふふふ……」

 

 ようやくピンときた。この連中は自分が問題を起こしたことを知って、さらに騒ぎを大きくしてやろうと乗り込んできたに違いなかった。

 何故そのような事をするのかは分からないが、ここで剣を抜くわけにはいかない。

 ぐっと堪えていると彼らの視線が他所に移る。途端、さらに悪意で口角が上向いたのが見えた。

 

「あいつ、魔導書なんか持ってるぞ。おいおい、この部隊ヘンなヤツしかいないじゃん!」

 

 魔導書……そう聞こえてシャニーがはっと彼らの視線を追うと、案の定そこにはレンがいてあっという間に連中に囲まれている。

 

「魔導書って高いんだろ? 給料泥棒な上に経費まで持ってくのかよ」

 

「……理解不能です」

 

 突然やってきて謂れのないことを口にする彼らにレンは困惑している。その言葉が彼らを刺激したのか、ついに一人が持っていた槍を振り上げた。

 

「魔導書でこの槍、どうやって弾くのかな!」

 

 もうこれ以上は見ていられない。飛び出したシャニーは振り回された槍を剣の根元で受け流すと、そのまま柄の先で相手のみぞおちを突いて吹き飛ばした。

 

「おーおー、剣抜いちゃったよ」

 

 吹き飛ばされた仲間を見て嘲笑が聞こえてくる。

 

「シャニー……」

 

「話は後にしよ。こいつら……絶対許せない」

 

「許せなかったらどうしてくれるのかな? 給料泥棒さん」

 

 剣を相手には向けられない。思った以上に問題になってしまっている。さらに私闘で負傷させたとなれば処分されてしまうかもしれない。

 レイサに申し訳なかった。こんな時にあの人がいてくれたらどう解決しただろう。

 踏み込んでこないと察した連中が襲ってくる。レンを守ってやらなければ。剣を握る手に力を込めた時だった。

 

「ぐはっ?!」

 

 突然吹き飛ぶ騎士たち。飛んできたのは稽古用の手槍だ。矢継ぎ早に放たれた手槍が騎士たちを捉えていた。

 

「失礼、いい的だったものでな」

 

 飛んできた方向にいたのはアルマだった。彼女は天馬から降りてくると持っていた槍を相手の首に突き付けた。

 

「この場に雑魚は相応しくない。消えろ、次はおもちゃでは済まないぞ」

 

 真槍を突き付けられて真っ青になって逃げだしていく。すっかり姿が見えなくなるとアルマは槍を下ろして両手を広げた。

 

「ま、実際給料泥棒だから仕方ない」

 

「でも、あそこまで言ってくるって何なの、あいつら」

 

「あいつらはお前を妬んでるんだよ」

 

 アルマに言われたことにまるで心当たりがなくてきょとんとしてしまう。

 どうやら第二部隊に今年配属された新人のようだが、何度も実戦に出ているのに、部隊長のイドゥヴァがシャニーやアルマを第二部隊に配属しろとティトに言い寄っているのが気に入らないらしかった。

 

「そんなの知らないよ。それに、だからって人の剣をバカにするなんてさ」

 

 知らないとは口で言ったものの、内心は不安だった。

 周りにこんな評価をされているとは思っていなかったし、レイサともケンカをしてしまった。一体この先どうすればいいのだろう……。

 

「剣こそ自分たり……か。貫けるものを持っている者は尊敬するよ」

 

 意外な言葉をアルマにかけられて最初こそ驚いたが、やはり自分を貫くしかないのだと察して、俯きながらも手にした剣を見つめる。

 今でも、間違ったことを言ったとは思っていない。ただ、周りからの期待と外れているというだけで。

 それでも間違いなく現状は望んだものではない。一体どうすればいい? 俯いた剣の輝きはくすんでいた。

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