ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
シャニーは部隊のメンバーと顔を合わせるとすぐに詫びた。
だが、メンバーからは思わぬ反応をされて彼女は言葉に詰まるのだった。
シャニーから処分内容を聞いた仲間達は憤りを隠せなかった。なぜ、リーダーだけが……。
それでも、内容が確定し、シャニーも少し落ち着いた今、彼らはついに問う事にした。
ずっと気になって来た……そう────白髪の事を。
──── 12月 7日 AM 7: 24 第十八部隊詰所
静かな部屋でぽつんと一人。皆が来るのを待つのがこんなにも苦痛だったなんて。
登城と共に帯剣も禁止されているから剣の稽古すらできずに、シャニーは仕方なく持ち込んだ編み棒で静かに手袋を編んでいく。
(まただ……)
────あの……ま…………ば……か……の……
「……ッ」
思わず顔をしかめる。独りでいるとたまに聞こえてくる自分の声。手に入れたものの代償なのだと言い聞かせて、気にしないようにするしかない。
放り出してしまった編み棒を再び手に取り動かし始めた時だった。よく知る元気な声が部屋へと近づいてくる。
「おはよ!」
「ええ?! シャニー、あんた降格になったの?」
いつも通り仲間たちを迎えたはずなのに、なぜか仰天が返ってきた。おまけに指さしながら言われた話は初耳だ。
殊更、それを言ったのが普段冷静なルシャナだったから、ドキンと射抜かれたように心臓が跳ねて堪らず立ち上がる。
「うそ?! あたし降格??」
髪が逆立ちそうなほど驚き、思わず自身を指さして聞き返す。その途端、ルシャナは一緒に登城したミリアやレンと顔を見合わせだした。
「あ、いや服が私たちと一緒だったから」
「なーんだ。あ~、びっくりしたぁ。脅かさないでよぉ、寿命が縮むじゃん!」
「ま、お互い様ってことで」
目覚めてからショッキングな話ばかり。仲間からさえドッキリを仕掛けられた気がして力が抜ける。ふうっと大きく息を吐き出してお尻を椅子に放る様に座った。
要領を得ないで居るルシャナ達に勘弁してくれと、しなしなした笑みを浮かべて手を払うように振る。
「だって、聖天騎士団に荷物全部置いてきちゃったから制服が無くてさ」
大した話で無かったからか、ルシャナ達がほっと胸を撫で下ろす様な表情をしている。やはり仲間たちに心配をかけてしまったに違いない。
意識が飛んで記憶はないが、急転直下の脱出劇だったらしい。戦場からそのまま離脱してきたからみんなだって同じ状況のはず。
それでも、ずっと医務室で釘づけにされていた一週間弱の間に、皆はもう普段を取り戻しているようで顔も元気だ。
早く降格でも部隊の解体でも無い事を伝えてやりたい。
「処分なんだけどさ」
雑談も挟まず切り出した。いつも雑談が長引いてルシャナが本線に戻す流れに慣れてしまっていたので、普段と違う流れに皆背筋が伸びる。
「あたしの明日から月末までの登城禁止で済んだよ。良かった良かった」
聞かされた処分に三人とも眉をひそめだした。
「良かったじゃないッスよ!」
おまけに、そう思うでしょ? ──とでも言わんばかりの笑顔を向けてくるものだからミリアが肩を怒らせ始めた。
「何でシャニーだけが処罰されなきゃいけないんスかね! 納得いかないッスよ!」
てっきり皆で一緒の罰を受けるものだと思っていた。最悪流刑だって覚悟はしてきたこの一週間。それがふたを開けてみたら、たった一人だけが受けるなんて。
罰自体は軽くなっても、騎士団の中に残る噂の矛先が全部リーダーに向くのは間違いなかった。
「契約違反をして相手の騎士団に損害を与えた。十分すぎる根拠だよ。団長の恩情に感謝するしかないね」
聖天騎士団の出方によっては、騎士団の存続自体に係わる問題に発展していたかもしれない。三大騎士団の内の二つが争うとなればゼロット達も動かざるを得なくなり、内戦に発展しかねないほど危険なものだった。
ルシャナに冷たく現実を突きつけられると、それまで三角になっていたミリアの目も萎んでしまった。
それ以上に俯いていたのは犯した張本人。だが、彼女はすぐに前を向いて席を立ち、目の前の六つの瞳を見つめた。
「ごめん! あたしが勝手なことしたばっかりに、みんなまで巻き込んで怪我させちゃって。ごめん、本当に……ごめんなさい」
白い髪を揺らして大きく深く頭を下げる。
顔を見合わせる三人。リーダーがやることなど、だいたい予想はついていた。あの惨状を前に我慢出来ないことも、こうして頭を下げることも。
静かに歩き出したレンが、その小さい体をリーダーの垂れた上体の下に潜り込ませて無理やりに頭を上げさせた。
「シャニー、なんで謝るのか私には理解できないです」
きょとんとする青い瞳を銀の瞳がじっと見つめて離さない。その瞳も口調もどこか籠る怒り。
「なんでって……」
シャニーは言葉に詰まった。自分があの場で剣を下ろして仲間に退避を命令していれば戦闘は回避できたはず。不適切な命令に皆怒っていると思ったのに、仲間から返ってきたのは謝罪そのものに対する不満。
「私は自分の意志でリーダーを信じて戦った。謝られたら私の気持ち、否定されたように感じます」
信じている。その言葉が心に突き刺さった。怒ったところなど見たことが無いレンの口調は静かでもはっきりと伝えてくる。────私を信じてくれないの?
ぶつけられた憤りに何も返せなくなってしまった。
────お姉ちゃんはあたし達を信じてくれないの?!
以前自らが姉に叫んだ言葉が蘇る。……九月にも同じような事があったはずだ。
(あたし……何も成長していないのか)
その自問に静かに首を横に振った。仲間達を信じて、尽くせる手はチームで全て打った。誓いを曲げずに、最後まで信じた道を進んで剣を掲げ続けた。独りで抱え込んで掲げるべき剣さえ放り出していたあの時とは違う。
間違っていたら止めてやると言ってくれた仲間達が、あの時は止めなかった。それが全てなのだと自分に言い聞かせた。
「ウチはシャニーが先陣を切ってくれて嬉しかったッスよ。自分たちの誓い、守れたんスから」
それを支えるようなミリアの言葉が勇気をくれる。
そうだ、日中の仕事でズタボロになった心を互いに吐き出し、励ましあった二週間。膨れ上がるモヤモヤを払えないもどかしさは皆一緒だった。
ミリアも天馬騎士団から契約を継続しろと命令が返ってきた時は、腸が煮えくり返ったように怒鳴っていたし、ヴァルプルギスに向かって剣を抜いた時には、真っ先に武器を構えていたのは見えていた。
「ありがとう。みんながいるから前を向けるよ」
契約違反だろうが何だろうか、間違ったことをしたつもりはない。そう伝えてくる二人の言葉に熱いものがこみ上げてくるのが分かる。
認めてもらえる事、理解してもらえる事。それだけでどれだけ抉れた心が癒されるか。
前を向いた彼女の視界にすっと入って来た優しい手。そんな顔をするなとルシャナの顔が伝えてくる。
「あんたに不服があったら、あの場で止めてたよ。私たち十八部隊の槍は民のためにある。みんな気持ちは同じだったさ」
ルシャナは握手しようと手を伸ばしてきたシャニーの手を避け、拳で彼女の胸を小突いてやった。
何度このリーダーには同じことを言わないといけないのだろう。自分たちはリーダーを信じてついて行くと、部隊発足の時に彼女へ面直に誓った。だからこそ、間違った方向に進もうとした時は都度後ろから引っ張って来た。それは今回も同じだ。
「だけど、やっぱりやり方はマズかったよ。全員無事だったから良かったけどさ」
相手がヴァルプルギス一人だったから何とかなったが、あの場に兵力を集められていたら絶対にこの場には誰も居なかった。
互いに家族の無事を確かめるように見つめあい、いつしか抱き合っていた。一人として欠けたら、この部隊は十八部隊ではなくなってしまう。
「よう、生きてたか」
その時だ。どうにも聞き慣れない、だけどどこかで耳にしたことのある声が呼んできた。
この女だらけの天馬騎士団で聞く男の声などウッディくらいのはずだが、全然違う野性的なもの。
出入口の方へ振り向いたシャニーは、目を真ん丸にして思わず指を差してしまった。
「あ、あなたゲベル?! どうやってここに」
忘れるわけがない。カルラエの町で自分が捕まえたスラムの青年。
あの時はボロ着を羽織っていたが、今はレイサと同じ潜入服を着こんでいてまるで別人。鍛えられた長躯は様になっていて、後から入って来たレイサが小さく見える。
「こいつも十八部隊の所属だからだよ、あんたを助ける証言したんだから感謝しなよ」
そうだろ? ────そう確認するように彼のお尻を叩くレイサの顔は満足げ。
牢獄に放り込んだ時からあれこれ勧誘していたが、ついに成就したらしい。もちろん、部隊長としては初耳なのだが。
それまで厳つい顔をしていたゲベルが、姉貴分が現れた途端おどおどし始めるのがシャニーには妙に可愛く映った。
五人目の証言者……それがようやく分かって彼女は思わずゲベルの手を取る。
「ありがとう。ゲベル。約束、守ってくれたんだね」
「へっ、か、借りを返しただだけ、だけだぜ」
途端に目を白黒させて全身の毛が逆立つほど狼狽したゲベルは視線を切った。
女に触られたことなど初めてだし、ありがとうなんて言葉はスラムには無かった。もう頭が沸騰してどうすればいいか分からない。
「お前が助けた子供、俺たちのアジトで匿ってるから安心しろ」
この青い瞳を喜ばせてやりたい。その気持ちだけは自然と湧いてきて、今一番彼女が喜ぶだろう情報だけはなんとか口にできた。
見る見る見開かれる瞳。口元が、顔中がぱあっと明るくなっていくのがよく分かる。敵同士だったあの投獄の時には分からなかった。────騎士にもこんな顔ができるのか。
「あの子生きてるの?!」
再び手を掴まれた。おまけに今度は両手だ。今まで感じたこともない柔らかくて優しい感触に体中をゾクゾクさせていたら、レイサにお尻をひっぱたかれた。
「ああ、お前のおかげだよ。あの場をお前が制圧したからすぐに治療できたんだ」
「あぁ……嬉しい。良かった、本当に良かったよ」
もう、それだけで。生きてくれているだけで戦った意味がある。
その場で崩れてしまった彼女を見下ろしてゲベルは確信した。
────あたし、イリアの人に信じてもらえるような騎士になるよ。誓う
牢獄で彼女が口にした言葉。たった一人を守るために飛び出した覚悟を、もう嘘だなんて言う気はなかった。
(シ
ここも自分と同じく、信じてくれる者のために心を鬼にする者がおり、その生き様を信じて自身を貫く者がいる。
レイサがここに身を置いている理由がようやく分かった。屈みこむと今も嬉し涙に濡れる新たなリーダーの両肩に手を乗せる。
「俺はもう、盗みには戻らねえ。お前のピンチは俺のピンチだ。この拳、お前に預けてやる」
目の前に咲く、雨上がりの太陽のような笑顔。何度も頷く彼女に今までずっと言えなかった事をようやく伝えることが出来て何か晴れやかだった。
「ま、天馬に乗れないあんたは私と同じ班だろうがね」
どうやってこき使ってやろうかとニヤつくレイサの顔が振り向かずとも浮かんでくる。
小さい頃スラムにいたレイサに育てられたゲベルは、まるで頭が上がらず顔に積みあがるのはうんざり一色。
子供の無事とゲベルの哀れな様子に少しだけ重い空気が晴れた時、ルシャナは仲間たちと頷きあってついにシャニーへ振ることにした。今までずっと気になっていたことを。
「ねえシャニー、答えたくなかったら答えなくていいんだけど、その……髪さ、どうしたの?」
びくっと瞳が震えるのをシャニーは抑えられなかった。心の中は困惑と不安に一杯で、何度も視線が左右に揺れる。
(みんなにこんなことを言って、信じて……もらえるかな? ううん……。大丈夫だよ、みんなだもん)
大事な家族が心配してくれているのだ。信じるしかないじゃないか。自分一人で抱えるにはやっぱり重い。
自分でも
「信じてとは言わないよ。あたしだって……受け止め切れていないし。だけど、みんなを守れる力ならいいかなって! ネガティブに考えても仕方ないしさ」
嘆いてどうにかなるならいくらでも泣きたい。恐ろしくても、苦しくても前に進んでいくしかないとあの紳士も、ソルバーンも口を揃えた。
皆を守る力を望んだのは、道を選んだのは他の誰でもない。どうにか刃に乗せる風が自身の望む形に変わることを願い、笑顔で不安を吹き飛ばした。
「信じるも信じないも……あんなもん見せられたらな」
真っ先に口を開いたのはゲベルだった。最初に会った時は華奢で弱そうな口だけの騎士に映っていたから大口を叩く姿に腹も立ったが、開拓地で見せられた姿は天馬乗り三人衆だって見ているはずだ。
「お前らはそう思わないのか?」
彼から話を振られたものの、三人は顔を見合わせる迄でその先を口に出来ずにいる。付き合いの長い彼女たちは困惑も深かった。朗らかに笑うリーダーに何と返せばいいか分からない。
彼女達より先にシャニーが飛び出した。
「ねえ! あの時あたしどうなってたの? あの時……あんまし記憶が無くて」
思わずゲベルの手を握って懇願の眼差しを向ける。まるで制御できない力があの時何をしたのか知りたかった。
「どうって。青い炎を噴き上げて、すげえスピードで動き回ってたくらいしか俺には分かんねえけどよ」
ゲベルも困った顔をしながら、目だけで右上を見上げながら記憶を絞り出している。
「とにかく、────普通じゃなかった」
彼が最後を締めるのに使った一言に全てが凝縮されている気がして、シャニーは胸に手をあてた。そこに添えられたレンの手。
「青い炎はシャニーのエーギルです。私も確認しました。あと異常なエーギルも検出」
「その異常なほうが風の異能ってやつか」
「ん。たぶん」
高い魔力を持つ彼女でさえも捉えきれない流れ。レイサは顎に手をやって手がかりが無いか考えてみるが、いくら今まで情報屋として集めてきたものを漁っても何も出てこない。
後頼りになるとすれば……レンと目が合った。おそらく同じことを考えているに違いない。
再び震え始めたリーダーの目に気づいて、もうこの話はひとまず終わりとルシャナが手を取り立ち上がらせる。
「あんたが言うなら信じるけど、受け止め切れないなら私たちにも相談してよ。みんなで考えればなんかいい事思いつくかもしれないし」
彼女たちが困惑していたのは、リーダーが振るった力の凄まじさだけではない。知っている暖かなリーダーとはまるで違う、ブリザードのような衝動が剣を振るっていたからだ。
あれが本当に求めた剣なのか。いや、受け止め切れないと言っている以上絶対違う。
支えてやらなければ。独りではないと伝えてあげるだけで、何度も頷いて喜んでいる彼女にあんな剣は似合わない。あんな、全てを薙ぎ倒す悪夢のような魔剣は。
「ありがと、みんな。あたしがいない間、イリアの人たちを頼んだよ」
仲間に託すしかない中でシャニーは途方に暮れた。明日からは、ただの村娘になる。民を守る事が許されなくなるのだ。
年末までの三週間、一体何をすればいいのだろう。帯剣は禁止されているが乗馬までは言及されていないし、個人的に村々をまわるくらいか。
「大丈夫ッスかね。シャニー」
「ん。心配」
「放っておけないでしょ。毎日酒でも誘ってやるか」
皆にあいさつする顔は笑っていたが、引継ぎを終えて詰所から出ていく背中までは隠しきれていなかった。
九月のこともある。心配する仲間達は、仕事終わりの夕飯にリーダーを誘うことにするのだった。