ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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ロイの故郷フェレにシャニーが遊びに行くお話です。謹慎処分中にデートとは……この部隊長やりおるッ。

一年ぶりのリキア。初めての地フェレに降り立ったシャニーはついにロイと再会する。
たった一日だけの再会。何から話そう、どこへ連れて行ってくれるのだろう。
その前に……変わらずにいるのだろうか? 顔を覚えてくれているのだろうか……。

ロイは再会したシャニーにとあるお願いをする。
「で、でもさ。あたしみたいな傭兵なんかにそんなことしてたら、みんなに怒られるんじゃ?」
さすがのシャニーもそのお願いには目を白黒させるのだった。


第9話 リキアの若獅子

 早く! 早くあの人の許へ!

 天馬の切る風が少しずつ温かさを含んでくる。

 

「フェレかぁ。あぁ~! どんなところなんだろう。早く行ってみたいなぁ!」

 

 白銀の世界から緑溢れる希望の地へ飛び出した一騎の天馬が、蒼穹に映えて南の空へと消えていく。

 楽しい──こんな気持ちで天馬に乗ったのは久しぶりだ。もっと、早く、もっと先へ! 

 新しい風を全身に受けながら、シャニーは眼下に広がる全てに歓喜して先を見つめる。目指すはあの人が待ってくれているリキアの地。

 

 

 

◆◆◆

──── 12月 12日 PM 12: 44

 

 一日がかりでイリアのカルラエからリキアのフェレまで飛んできた。

 これだけ長い距離を一気に飛んだのは久しぶりで少し疲れたが、ドキドキはそんなものを軽く吹き飛ばす。

 街道に繋がるフェレの西出口にある街灯の下。そこが待ち合わせの場所。

 

「ここで合ってるよね。時間も……うん、大丈夫なはず」

 

 時計に目を落とす。見習い時代からの付き合いだからボロボロだ。十一月の戦いで、入っていたヒビがさらに大きくなった気がする。調整はしてきたからズレは無いはずだが、そろそろ替え時か。

 

「う~ん! 暖かくて気持ちいいなぁ、リキアって」

 

 動乱中、ロイと喋った時に軽く街の感じを教えてもらっていたが、確かにオスティアみたいな喧騒は無い。むしろ故郷にも似た、静かでどこか落ち着く田舎町と言った印象だ。

 心地よい風。街灯の裏にある小高い丘は緑のじゅうたんがそよぎ、緊張する心をくすぐってくる。

 でも、そんな風情に心を委ねていられたのは僅かな間。知らない街に一人で立ちんぼしているとそわそわしてくる。

 天馬に身を寄せ、時計を見下ろす間隔が短くなってきた時だった。

 

「シャニー、良かった。無事来られたんだね。迷わなかったかい?」

 

 ドキッと心臓が跳ねる。懐かしい声。ずっとずっと聞きたかった声。それをいざ前にするとどうしてこうも体が固まるのだろう。

 だけど、体を心が追い越して振り返る。あっ────思わず声が出た。そこにいたのは知っているはずの赤毛の青年。自分が記憶しているよりずっと凛々しく見えるのは、あの時より背が伸びているからだろうか。

 

「え……? ロイ様?! ロイ様でしょ?!」

 

 あまりに違って見え、ついつい指を差して聞いてしまう。

 当時から凛々しかったが、こんなにカッコ良かっただろうか。何だかますます、高い所に上って行ってしまったようにさえ感じる。

 

「そうだけど。どうしたんだい?」

 

 そんな気持ちを解いてくれる、記憶通りの優しい口調。とても世界の英雄────フェレ侯爵家の嫡男とは思えない気さくな人。

 あまりに驚いていたからか、彼はふっと笑うと歩み寄ってきてくれて、しっかりと手を握られた。ドキッとする半分、緊張が解けて握手をし返す。

 

「ううん、ちょっとびっくりしちゃっただけ。すっごい雰囲気が変わってたから。カッコいいなって」

 

 一年でこんなに変わるものなのかと驚きを隠せない。

 年は一個しか違わないのに、少年と言うより青年の眼差しがそこにあり、あの時より目線が高い彼は傍で見ると大きく見えた。

 

「一年ぶりだったけど、すぐ君だと分かって良かったよ。変わってないね、シャニーは」

「えへへ、あたしだって少しは背、伸びたんだよ」

 

 戦争が終結し、別れてからちょうど一年が経つ。

 最後はディークについて行ってしまったからまともな挨拶もできなかったが、彼は当時から遊びに誘ってくれていた。あの時は天馬ならすぐに行けるからと思ったが甘かった。

 

(ロイ様、あたしみたいな傭兵の事、覚えててくれたんだなぁ)

 

 文通だけが二人を繋いできた。ずっと会えなかったのに、彼はすぐに自分を見つけてくれたから何か嬉しかった。

 不思議だ。ロイは貴族だし、自分は傭兵でおまけに騎士団幹部の立場。本来もっとカチっとした関係のはずが、彼の隣に居ると気持ちが軽い。まるで……対等な本当の親友みたいに。

 

「うん、ちょっと大人っぽくなった気もするね。髪型も少し変わってるし」

「なーんか、またからかわれてる気がする……」

 

 最初にロイに話しかけられた時も、おバカキャラにでも見えたのか似たようなやりとりだったことを思い出した。

 やっぱり不思議だ。ただの傭兵なんかに気軽に話しかけてくれる、このロイと言う人の心の広さは。

 

「違うって。ぼくは嬉しいんだよ。シャニーの笑顔が変わってなくてさ」

 

 嬉しい────そう言ってもらえる事が嬉しい。この人がこう言ってくれるのなら、いくらでも笑っていようと思える。

 

「じゃあ、ぼくについて来てくれよ。疲れただろう、お茶でもしよう」

「うんうん。喉乾いちゃった」

 

 握手したまま歩き出した二人。ロイにエスコートされながら歩く初めてのフェレの道だが、周りなんかまるで気にならない。何から喋ればいいか困るほど後から、後から溢れてくる。

 

(なんだか……夢見てるみたい)

 

 目の前にずっと逢いたかった相手がいる。いくら文通をしていたって逢う事など叶わない。天馬で翔けあがっても届かない──そう思って来た憧れの人と、手を繋いで歩いている。文字とは全然違う生きた瞳が、弾ける声が互いの傍にある。もうそれだけで、最初の緊張感など吹っ飛んでいた。

 しばらくするとロイが立ち止まり、指さした先を見て反射的に口元へ手が行った。

 

(わわわっ……。ナニコレ、おとぎ話に出て来るヤツじゃん!)

 

 明らかに高潔な造りの馬車。これに乗れとロイが言う。

 彼はどこかの姫と勘違いしているのではないか。護衛する対象で、今まで乗り物と考えた事など無かった。出来る限りのオシャレはしてきたが、田舎の村娘ではこんな馬車に敵うワケが無い。

 違う世界の人が乗るものだと思って来た馬車を前にたじろぎ、後ろに連れていた天馬を指さす。

 

「えーっ、いいよ! あたし天馬連れてるし」

「それじゃ、せっかく来たのに喋れないだろ?」

 

 優しい口調で諭された。確かにそうだ。今日一日しか無いのだから少しでも一緒に居たい。

 

(でも、どうしよう……)

 

 戸惑う一瞬の間を捉えられ、ロイは背を向けたかと思うと御者に何かを伝え始めた。すると、彼さえも乗せないまま馬車は行ってしまったではないか。

 きょとんとしているとロイが戻ってきて天馬を指さす。

 

「じゃあ天馬の後ろに乗せてくれないか? 後ろから案内するからさ」

 

 思わぬお願いだったが、相手がロイなら驚きもしない。別に今回が初めてではないからだ。

 

「そう言う事ならお安い御用だよ! 動乱の時もよくやったよね」

「もうあれも一年前か。早いものだね」

 

 先にロイを乗せて自分も天馬にまたがりゆっくりと空に舞い上がる。

 ベルン動乱の時も、よく彼を後ろに乗せて護衛に共闘に色々やったものだ。封印の剣を手にしたロイと竜殿を翔け抜け、彼の剣から迸る業火が道を切り拓いたあの光景は今でもはっきり覚えている。

 それ以来とは言え慣れたもの────のはずだった。

 

(どっ、どうしよ。やばっ……! すっごい────ドキドキするよ……)

 

 こめかみが脈打って背中がぞわぞわする。

 それまで活気の中にいたから気づかなかったが、空に飛び出して周りに誰もいなくなったら、急に感じるようになる背後からの視線。

 目が左右し、息が詰まって妙に口が渇く。

 

(あぁ……でも風も気持ちいいし、ずっとこのままならイイのになぁ)

 

 こんなこと、一年前はなかったはずなのに。どこまでも飛んでいきたくなってしまうくらい、心がすっきり晴れ渡る。故郷の空も大好きだが、リキアの空がこんなに心地良いなんて知らなかった。

 

 キラキラと空を眺める背後では、ロイが青髪をなびかせる背中をじっと見降ろしていた。

 こんな華奢な背中がつい最近も傭兵に出て、自分の手の届かないところで戦っていたと思うと彼にはやるせなかった。その彼女が今、目の前にいる。今までずっと声すら伝えられない場所に居た彼女に手が届く────

 

「あっ、あそこでしょ? 言ってたカフェ」

 

 振り返ってきた笑顔に空より青い瞳が映える。

 意外に狭いフェレの町を残念に思いながら、ロイはシャニーを連れてカフェへと入っていった。

 

 

◆◆

 

 居心地が良くてついついシャニーは両手で頬杖を始めた。

 ちょっと足を広げたら、外にはみ出してしまいそうな小さめのテーブルに疲れた皮の椅子。焙煎豆の良い香りと甘い焼き菓子の匂いが鼻を喜ばせてくれる────至って普通の、それこそカルラエにもあるような庶民的なつくりのカフェ。

 さっき馬車の前で狼狽してしまったからロイは合わせてくれたのだろうか。

 店は普通でも飛びっきりの特別な時間。飲み物はオーダーしたものの端にもうカップは追いやられて、身を乗り出すように滾々とお喋りが続く。

 

「リキアにはいつまで滞在できるんだい? 仕事、忙しいんだろ?」

 

 ロイの問いに頭がフル回転。忙しかった……が正解。

 聖天騎士団との契約までは、本当に時間がいくらあっても足りなかった。毎日どこの方面へ向かうか調べて、話を聞いて会議に上げる案件を決めて……。

 十八部隊を任されてからの二か月は、時間が吹き飛んだかのような感覚だった。それがすっぽり抜け落ちた今、どうやってロイに伝えようか……。彼なら、考えるまでも無かった。

 

「居ようと思えば十二月中は大丈夫なんだ。あたし、しくじって一か月間お仕事禁止! って言われちゃっててさー。あはは、ドジだなー、あたし」

 

 ロイならきっと受け止めてくれると思った。恥ずかしさに笑って見せたらロイは何も聞かずに、そうか────そう言って冷めたコーヒーを一口するだけだった。

 

(ロイ様優しいなぁ。……ま、いっか)

 

 何だか、嬉しさ半分、ガッカリ半分。彼が気を遣ってくれた事は分かる。でも、もう少し踏み込んで欲しいと思うのはワガママだろうか。

 本当はロイなら何と言うか聞いてみたいところだが、彼の優しさをフイにするのも何だかイヤだ。そんな気持ちにぐるぐるしていたら、彼がもう早くも明日の予定を切り出してきて驚きに全部吹き飛んだ。

 

「明日はぼくも自由なんだ。あちこち案内するよ」

「ホント?! わぁ、嬉しい! えへへっ、楽しみにしてるね」

 

 イリアにとんぼ返りしても居場所は無いし、せっかくリキアまで来たから一週間はあちこちぶらぶらするつもりだった。

 ロイは忙しいだろうから、今日こうして話をするだけかと思っていたのに、まるで夢のような話。シャニーは思わず両手を突き上げて歓喜の声をあげてしまう。

 

 目の前に咲いた飛び切りの笑顔。呼んで良かったとロイはいつまでもその笑顔を見つめていた。

 見たかった、ずっとおあずけされて来た顔だ。もう二度と会えないかと思った日もあったが、今までの想いがこの一瞬で全て報われた気がした。

 

 

◆◆

 

 一体何時間、紅茶一杯で粘っていたのだろうか。

 シャニーはカフェを出るとうんと伸びをして空を見上げた。もう紺碧の空に茜が入り混じっている。

 イリアに比べたら断然温かいので忘れていたが、やはりリキアも冬なのだ。夏ならまだまだ遊べる時間なのに。これだから冬は嫌いだ。何だかロイと一緒に過ごせる時間を奪われた気がして悔しい。

 

「今日はどこに泊まるか決まってるのかい?」

 

 ふいに問われて今更に持ってきた本を取り出す。特に考えずにイリアを飛び出して来てしまったから何も決まっていない。

 元から一人旅は嫌いではなく、思い立ったら飛んで行き、行き先も内容も風任せのスタイルは慣れている。

 

「ううん。これから探すとこ」

 

 今回も漠然とした野望(プラン)はあった。

 港町バトンで新鮮な魚介を堪能して、オスティアの夜景を楽しみながらリキア名物のビールでも呷ろうか。宿ならオスティアまで行けばいくらもあるはずだ。

 ぱらぱらとリキアを記した観光本を探していたら、ロイが意外な提案をしてきた。

 

「じゃあ、城に来るといい。部屋を用意するから好きに使ってくれ」

「ええ?! お城って……ロイ様の住んでる、フェレ城ってコト?!」

「ああ。そうだ。あんまり広くないから、ガッカリするかもだけど」

 

 ロイの住む城なら安全だし明るいだろうし、探す必要もないし。明日一緒に遊びに行くにも待ち合せなくていい。願ったり叶ったりだ。何より──ゲストとは言え彼が傍に誘ってくれるだけで嬉しい。

 感激に両手が飛び上がりそうになったが、傭兵騎士としての自分がはしゃぐ気持ちを後ろから引っ張って来た。

 

(ロイ様は優しいなぁ。あたしみたいな村娘を城に入れたら、きっとみんな驚くのに)

 

 自分はただの村娘。仕事でもないのに城へ顔を出すだけでも勇気がいること。

 ロイは驚きすぎだろうとでも思っていそうな顔をしているが、シャニーにとっては天国の扉を開けるくらいに覚悟が要る事だ。

 

「ありがとう。でもさ、あたしみたいな傭兵をお城に入れて大丈夫なの?」

 

 今着ている服だっておめかしはしてきたものの、貴族のそれに比べたら差は明らかだ。城に居たら目立つのは間違いない。彼は優しくしてくれるが、貴族と傭兵────雇う側と使われる側。周りからはそうとしか映らないはずなのだから。

 

「親友に()()()()()は関係ないだろ?」

 

 だが、やっぱりロイは今回も親友と言って迎え入れてくれた。他の貴族では考えられない扱い。下手をすれば部屋どころか、どこかで野宿の準備をしなくてはいけない雇い先だってあると聞く。

 

「嫌なら無理にとは言わないけど」

「まさか! ロイ様の住んでるお城かぁ、すっごい興味あるよ!」

 

 ロイがここまで言ってくれるのに断るなんて悪いし、本音は飛び上がりたいくらい嬉しかった。

 一度行ってみたかった。ロイがどんな所に住んでいるのか、とにかく色々なことを知りたい。手紙では分からない、彼の全てを。

 はしゃいでいたら、時計を一瞥していたロイに手を取られた。

 

「そう言って貰えてうれしいよ。今日は十八時から会合があるから先に案内するよ」

 

 やっぱり、忙しいらしい。何と言っても、彼は世界の英雄。リキアをまとめる貴族同盟の重要人物なのだ。今日も聞けば同盟内の重要な会合があるらしい。準備しなければならないことは山とあるはず。

 

「ええ?! そりゃ、大変じゃん! 準備とか大丈夫なの? あたし、後でいーよ。街で適当に時間潰すから!」

「大丈夫さ。夜は冷えるし、君はフ(ここ)レの地理に詳しくないだろ? 大事な親友を放り出しておけない」

 

 そんな会合があると知っていたらもっと早く切り上げたのに。彼の優しい背中が茜色の空に照らされて何とも切ない。

 急がないといけないと思う気持ちと、もう少しゆっくり歩きたい思いが夕暮れの空のように交じり合う。

 

「えへへ……心配してくれてたんだ」

「当たり前だろ? さ、天馬に乗せてくれないか?」

「りょーかーい!」

 

 残照が美しい空は幸せに包まれて、触れる風もどこか柔らかい。

 不思議だった。こんな風は初めて感じる。すぐ真後ろにある優しくて頼もしい温もりに包まれているようで、打ち砕かれてぽっかり空いていたはずの心が満たされていく気がした。

 

 

◆◆

 

 案内されたフェレ城はそこまで大きくはなくとも、武骨なカルラエ城とは違った。清潔感のある白を基調とした、明るく静かで居心地が好さそうな場所。

 ロイは官吏や侍女に指示して部屋の準備を始めさせている。その横顔をぼんやり眺めていたら、再び手を取られた。

 案内されたバルコニーで、何も喋らず二人並んで夕日を眺める。包む静かな時間。会話がなくても、このまま動きたくないほど心が落ち着く。

 

「ロイ様、いろいろ優しくしてもらってありがとう」

 

 沈みゆく太陽に照らされる横顔をじっと見つめていたが、ふと時計を見下ろしてシャニーから切り出した。

 

「あたし、すっごく嬉しかったよ」

 

 満面の笑みを見せられてロイの顔にも自然と笑みが湧く。

 彼はシャニーに体の正面を向け、じっと笑顔を見つめた。

 どうしたの? とでも言いたげに首を傾げてくるシャニーに悪気はないのだろう。でも、これ以上は辛抱ならなかった。今日ずっと我慢してきたことを知ってもらいたかった。

 

「シャニー、親友としてぼくらは会ってるんだから、“様”はいらないよ」

「へ?! 呼び捨てってこと??」

「ああ。そうして欲しい。親友じゃないか」

 

 皆そうだ。立場は分かっているつもりだが、同世代の者たちが揃いも揃ってこうして“様”付してくる。

 もっとくだけた関係が欲しいのに、皆にとっては()()が普通になってしまっている。案の定と言うべきか、彼女でさえ、びっくりしたようで目を真ん丸にしている。

 

「で、でもさ。あたしみたいな傭兵なんかにそんなことしてたら、みんなに怒られるんじゃ? うちの騎士団、結構キビシーよ、そういうの」

 

 彼女がこう言うのは無理もないと分かっている。いつも傍にいる同世代と違って、彼女のような立場の者は“使われる”だけの存在とハッキリ言う者だっている。

 フレンドリーな中にも、使う側と使われる側──彼女の頭の中ではっきり線引きされていることは、初めて会った時の会話からにじみ出ていた。

 今だってそうだ。彼女は自身の事を何と言って見せた? 自分と彼女の間にある、見えずともはっきりと引かれた線。線は壁となり、壁は伸ばす手を阻む────それがどうしても許せないことだった。

 

「“なんか”じゃないよ。シャニーだから言ってるんだ。君にまでそんな言われ方をしたら、ぼくはいつ羽を休めればいいんだい?」

「えーと……それは」

「君と喋ってると頑張ろうって不思議と元気が湧くんだ。シャニーには、何でも話せる相手でいて欲しい。君だから聞いて欲しいんだ」

 

 君だから────その言葉がシャニーの心を吹き抜け、真ん丸になった目が震えた。ロイの眼差しは真剣だ。とても冗談とは思えないし、嫌とも言える雰囲気でもない。

 

(……そうできたら嬉しい。でも、ロイ様は貴族だし、あたしは……)

 

 お喋りで彼を支えられるならいくらでも喋っていたいが、さすがに彼の提案は気が引ける。本当なら飛んで跳ねるところだけれど、きっと許されないことだし、()()()()()を考えたらあまり良くない。

 それでも、ロイはそれを求めている。君だからと言って手をとってくれる。自分を縛っているのは何か目を閉じて考えてみる事にした。

 時間とは意地悪なもので、そう猶予をくれそうにもない。向こうからロイの名前を呼ぶ声が大きくなってきている。────仕事ではないし、今だけなら、許されるかもしれない。

 

「うーん、じゃあ今はお言葉に甘えさせてもらうね、ロイ」

 

 ここはリキアだ。リキアにはリキアの、ロイにはロイの考え方がある。この場所では、イリア天馬騎士としてのシャニーは捨てようと思った。

 何だか今日はロイの言葉に甘えっぱなしだが、彼が喜んでくれるならそれでいいと思える。

 

 名前を一つ呼ばれて嬉しそうに手を振った彼は、会合へ向かうべく多くの部下と共に馬車に乗って離宮へと消えていく。

 

「ロイ、忙しそうだなぁ」

 

 手を振って見送りながら、視界に映った街並みを見下ろしてみた。

 

「あたしにしてあげられること……何かないかな」

 

 まだ、この時間なら店も開いているはずだ。

 考えるより先にもう足は動いていて、侍女から目当ての店の場所を聞いた彼女は天馬にまたがって残照の空へと吸い込まれていった。

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