ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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シャニーがロイの故郷に遊びに行く回その2。
ロイが馬に乗せてフェレのあちこちに連れて行ってくれるようです。
天国にいるような時間。
1日だけの滞在予定だったのに、シャニーはどんどんイリアに帰りたくなくなってしまいます。

貴族と傭兵────だけど、今だけなら、傭兵じゃなくていいよね


第10話 重なる影

「え~? まだこんな時間なの? どうしよっかなぁ」

 

 何だか目が覚めてしまった。時計を見たら四時半。黎明の空はまだ暗いが、浮き上がるように止まらないワクワクにもう寝てなどいられない。

 ベッドから跳ね飛び、窓を開けてテラスに出てみる。こんなに暗くても、外から吹き込む風は暖かい。

 イリアでは味わえない風の向こうからは、聞いたこともない鳥の鳴き声が静寂の中に静かな旋律を奏でる。異国の地の空気、これだけでも心が弾む。おまけに今立っている場所が、ずっと焦がれてきた人の住む城。

 じっとしていられない心は、大きく伸びをすると部屋へと踊る様に戻っていく。

 

「今日は何を着て行こっかなー」

 

 掛け声だけでそこまで選択肢などなくても、鏡の前で両手の服を見比べる。

 あと四時間くらいしたら、彼とどんなところを歩いているのだろう。とても長く感じる夜明け。こんなにも心躍る朝は一体いつぶりだろうか。

 普段の倍以上の時間を使って化粧に眉の手入れに……忙しなく動き回る。

 

「少しくらい早く行ったってバチ当たんないよね!」

 

 もう待てない。身支度を整えると部屋を飛び出した。昨日別れたあの場所で待っていれば、きっと会える。

 

 

◆◆

 静かな離れに用意してもらった部屋とは違い、本館のエントランスはこんな早朝でも人の往来が多い。

 長椅子に座り、向こうから誰かが歩いてくるたびにそちらを振りむく。誰だろう────そんな好奇の視線を浴びながら、まるでコンシェルジュのように笑顔で挨拶すること二時間。

 

「おはよう! ロイ」

 

 やっと現れたシルエットに勢いよく立ち上がり、顔中の笑顔で手を振って名前を呼ぶ。彼が声に気づいて視線が合うと、待ちきれずに駆け寄った。

 

「おはよう。その服かわいいね」

「ホント! 嬉しいなぁ。えへへっ、おめかししてきた甲斐があったよ」

 

 何を誉めてもらっても嬉しい。ルンルン気分で城を出て、ロイの横に並んで歩いていく。

 昨日再会したばかりなのに、何かずっと一緒にいた気がする距離感。やはり、普通に名前を呼べるのは良い。

 異国の地なのに自身でも驚くほど自然体で居られるのは、きっとロイの配慮のおかげ。彼に仕える人たちもみんな優しい人たちばかりで不思議な安心感がある。

 お喋りしながら広い中庭を抜け、着いた先は厩舎だった。

 

「今日は、昨日のお返しにぼくが馬で案内するよ。後ろに乗って」

 

 厩舎から出てきたロイは馬を連れていた。彼が馬術を披露するのを初めて見る気がする。ベルン動乱の時は騎乗なんてしていなかったはずだ。

 

「ふぅん。ロイって馬に乗れたんだ? 慣れない事するとケガしちゃうよー?」

「あ、信用してないな? じゃあシャニーは歩く?」

「アハハ! じょーだんだよ、じょーだん!」

 

 ついついからかってみたら、乗って見せて意外とムキになるロイに笑ってしまった。

 それも束の間。馬上の彼を見上げて思わずぽかんとなった。朝日を背に馬を乗りこなす彼が眩しく映える。

 

「馬に乗ってるロイもカッコイイな。なんか、すっごい凛々しく見えるよ」

「そうかい? ありがとう。父上に手ほどきを受けてまだ日が浅いんだけどね」

 

 ストレートな言葉をかけられ、ロイは照れながらシャニーの手を取って馬の後ろに乗せてやる。

 リキア一の騎士と呼ばれた父──エリウッドも馬に乗り始めたのはこのくらいの年と聞く。広大なリキアの地では馬術が戦術の要であり、騎士は誉れの象徴でもある。まだまだ父の背中には遠く及ばずとも、傍で親友が褒めてくれたらそれだけで今は十分に思えた。

 

 でも、扱いに慣れない馬術はやはり背中が揺れる。シャニーは天馬とはまるで違う感覚にあたふたしていた。

 

「後ろに乗るのって、あんまり慣れてないんだよね。うぶっ!」

 

 自分で天馬を操って飛び回るのは寝ながらでもできる自信があったが、人の操る馬の後ろに乗るなんてほとんど経験が無い。

 またひとつ大きく背中が揺れて、バランスを崩したシャニーは支えが利かずに目の前の背中に顔から突っ込んでしまった。

 

「ごめん、大丈夫だったかい?」

「えへへ……鼻がぺしゃんこになっちゃった」

 

 振り向いて来た彼を見上げ、真っ赤になった鼻を背中に押し付ける。ふわっと温もりに包まれて思わず目を瞑る。

 

(いい匂い……)

 

 鼻のヒリヒリを忘れるくらい心が弾む。何の匂いか分からないけれど、ずっとそうしていたくなる。今まで味わった事の無い感覚は、別世界に生まれ変わったかのようで自身の立場を忘れさせてくれる。

 

「揺れるし、そのまま掴まっててくれ」

「おっけー! フェレの街っていいなぁ、じっくり見たい」

 

 言われなくともそのつもりだった。ギュっとそのままでいることにする。

 こんな事が出来るなんて、昨日まで考えもしなかった。もっともっと、遥か高い所にいるものだと思っていたのに。ゆっくり、ゆっくり進む馬上で夢心地に浮かぶ。

 

(恥ずかしいけど、次があるか分かんないもんね。今日くらい甘えちゃえ甘えちゃえ!)

 

 国内任務が続いていたから感覚が鈍っていたかもしれない。自分の仕事が、いつ明日が無くなるかもしれない危険なものだと。それを改めて思い知ったら、今この瞬間がとても貴重に思える。

 まして、憧れの人の背中が目の前にあるのだ。手が届く場所に居る……そっと腕を回そうとした時だった。

 

「シャニーも魚介のパスタが好きだったよね」

「ふえっ?! う、うん」

 

 ふにかけられた声に、ただでさえバクバクしていた心臓が跳ね飛んで体を起こしてしまった。ここからもう一度背中に突っ込むことはさすがにできない。

 

(あーっ、もう少しだったのにぃ!)

 

 心の中で悔しさを叫びながらロイの問いに返し、すぐに違和感に気づく。

 

「え、なんで? よく知ってるね」

「だって手紙に書いてあったじゃないか」

 

 言われてみればそうだったかもしれない。どこの店がおいしいと手紙の中で盛り上がった記憶が蘇ってきた。

 

(よく覚えてくれてたなぁ。記憶力すご)

 

 百通は越えた文通の中の一通だったはずなのに。書きたいこと、知って欲しいことがあまりに多くて何を書いたか忘れていることがシャニーには結構ある。

 

「美味しいお店を知っているからお昼はそこで食べようよ」

「さんせーい! ロイが連れてってくれるお店かぁ。きっと、すっごくおいしいんだろうな!」

 

 ロイに連れて行ってもらえるならどこでも良かった。その彼が特別にと案内してくれるならどこまでもついて行きたくなる。

 

「ハハッ、なかなかハードルを上げてくれるね。とっておきだから期待しててよ」

「わーい!リキアだしトマトソースかな? あ、オイルソースもおいしいんだっけ? あーっ、楽しみ楽しみ!」

 

 ニカっと笑いながら手を挙げる元気な顔。弾けるオレンジのように爽やかな天真爛漫を背後から浴びて、ロイの口元が自然にほほ笑む。

 彼はフェレの城下町の中央通りをぐるっと迂回するようにゆっくり裏路地を進み、街のあちこちを案内しながら行きつけの店へ向かった。

 

 

 

◆◆

 

「へえ、もう部隊長なのか?」

「うん。この前の十月から任命されたんだ。えへへ、初任の最年少記録だって!」

 

 シャニーから天馬騎士団の団員証を見せてもらいながらロイは感嘆を漏らした。

 一年前も見せてもらったが、その時の身分は見習い騎士だった。今そこに記されているのは正騎士の文字と、その横に追加された所属と資格。

 

 ──イリア天馬騎士団 上級天馬騎士(ファルコンナイト)

 ──第十八部隊 部隊長

 ──国力向上・国内治安維持主幹

 

 本当に、彼女は命を危険に晒す世界に身を置いていることを証明する肩書。

 手紙ではかなり熱心に仕事の内容を書いてくれていたが、国を支える三大騎士団の幹部に就いているなら納得も行く。一枚名刺を拝借して彼女に団員証を返す。

 

「すごいな。さすがシャニーだね」

「そうでもないよ~、失敗ばっかりでさ。ロイが羨ましいよ」

 

 褒められても今ここにいる理由が理由だけに、シャニーには苦笑いしかできない。昨日の別れ際、部下に囲まれたロイの凛々しい横顔を見た後だと、自分が本当に情けなく思える。

 そんな気持ちをフォローするように、彼は笑って返してくれた。

 

「ぼくも大して変わらないよ」

 

 ロイは両手をテーブルに乗せて身を乗り出した。

 

「聞かせてよ。どんな仕事してるのか」

 

 手紙でも何度も聞いたことはあるし、悩みを相談されたこともある。それでもやはり本人から聞きたい。どんな環境に置かれているのか、どんな毎日を送っているのか。安全な仕事なのか、恐ろしい経験ばかりなのか。()()()()()も気になるし、とにかくいろいろ知りたかった。

 

 でも、彼に興味を向けられれば向けられるほど、シャニーは笑いながらも内心困って頭がぐるぐるし始めていた。

 

(どうしよう……。何を話そうかな)

 

 つい最近の手紙で、聖天騎士団への傭兵契約の話を出してしまったし、そこでの成果をレポートすると書いてしまった。

 だけど、こんな楽しい時間に思い出したくないし、とてもロイが聞きたいであろう内容ではない。何より、わざわざそれを話さなくても、国力向上活動の話ならいくらでも喋りたい事や聞いてみたい事がある。

 幸い、ロイは聖天騎士団については何も聞いてこない。

 カルラエの病院建設やエンジェルヘイロー──鉄路計画に村々への支援……今まで頑張って来た事を喋り始めたら、立て板に水を流すように後から後から止まらなくなった。

 

「あたし、もっともっと、みんなに喜んで欲しいんだ。みんな幸せになったら、きっとイリアもいい国になるはず!」

 

 身を乗り出して十八部隊の仕事を語るシャニーの瞳は活き活きしていて、望んだ道を進んでいることをそれだけで伝えている。

 ロイが相槌を打って頷きながら聞き入ってくれるものだから全部聞いて欲しくなる。

 

「それってすごい素敵だと思うよ。みんなを笑顔にできる、シャニーにしかできない仕事じゃないか」

「あたしだけかぁ……そう言って貰えるとホント嬉しい!! ありがと!」

 

 胸の中にふわっと湧きあがる幸福感。全身を包んで今にも体が浮き上がりそうだ。

 なかなか騎士団内では認めてもらえない仕事。この前ようやく目に見えた結果で返ってきてほっこりしたばかり。

 そして、一番認めて欲しかった人からこれ以上ない飛び切りの言葉をもらえた。嬉しくて、頼もしくて、晴れ晴れしくて。もうどれだけ非難を浴びても、今の言葉を心で繰り返せば戦っていける気さえする。本当に勇気をくれる言葉。

 

「ぼくもシャニーが欲しいよ。リキアには君みたいな人が必要だし」

「えーっ、そこまで言ってくれるの? うふふー。最近失敗続きでヘコんでてさ。ロイにそう言って貰えたら、頑張れそう」

 

 リキアでは忘れようと思っていた重いものが、どこかへすっと溶けていく気がする。心が軽くなったら急にお腹が空いてきた。

 ロイと一緒にオーダーしたパスタは頬が落ちるほど美味しく、彼女は顔をジンとさせて足をバタバタするとそこから止まらなくなった。

 ついつい気が緩んでもぐもぐやってしまってからはっとする。今正面に座っているのは女友達ではなかったことを忘れていた。

 

「あれ、ロイ食べないの? なんかあたしの顔に……もしかしてソース飛んでる??」

 

 おまけに彼はフォークを持つ手を止めたまま、じっとこちらを見ていたものだから内心焦った。

 

(あわわ……やっちゃった! 大食い女とか思われてたらサイアクだよお……)

 

 ロイの視線を追ってハンカチを取り出そうとすると、彼はふっと笑ってようやくに一口運び出した。

 

「いや、見てるだけで元気出るなって。ぼくもなかなかうまく進まないことも多いからね」

「えー? ロイでもそんな事あるの?」

「いっぱいあるよ。失敗もたくさんしてる。きっとシャニーと同じくらいね」

「ふぅん……。やっぱ、タイヘンなんだね。リキア中まとめなきゃだもんね」

 

 意外に映った。世界を救った英雄ロイにもそんなことがあるなんて。苦笑いする姿はそれまでの凛々しい顔とは違って、どこか近く感じる。彼の言葉に救ってもらったから、シャニーは何とかお返ししたくなった。

 

(ロイのために出来る事……うん、昨日教えてもらったよね)

 

 彼を今はこんな間近で支えられるのだ。許されているこのわずかな時間ぐらいは、彼が望んでいる事を果たしてあげたい。

 

「昨日の会合かな?」

 

 用意された部屋の窓からずっと離宮の方を眺めていた。馬車が出てきて城が賑やかになったのは夜の九時過ぎ。きっと紛糾したのだろう。

 本当はすぐ駆けて行って労いの言葉を掛けたかったがぐっと堪えた。遅い時間だったし、部外者に変わりはないのだ。

 

「ああ、それもだ」

「遅かったもんね。お疲れ様だよ」

「ありがとう。そうやって傍で笑ってくれているだけで元気が出るよ」

「そっか。じゃあ、いっぱい応援してあげるね」

 

 話を聞くことなら自分でもできるし、大好きな事だ。同じことをたくさんの人にしてもらい、時には叱ってもらってここまで歩いてきた。疲れているなら労ってあげたいし、俯いているなら支えてあげたい。

 同世代の親友と言っても、ロイは憧れの人だ。こうして話しているとどんどん膨らんでくる敬愛の念。ずっと傍にいることはできなくても、リキアに自分がいる間は精一杯できることをしようと胸に決めた。彼が求めるなら、尚更に。

 

 

 

◆◆

「あー、美味しかった! あんなおいしいパスタ食べたの初めてだよ! 連れてってくれてありがとう、ロイ」

 

 店から出たシャニーはロイに感謝を口にすると、満面の笑みを浮かべてスキップするように歩き出した。

 イリアにはこんなお店はエデッサにさえ無い。極寒の地イリアには南部でとれる海鮮は入ってこないからだ。精々、国内で釣れる淡水魚か北部の海でとれる白身魚くらい。

 

「それは良かった。他にもいろいろあるから、明日にでも行こう」

 

 嬉しい! ────活き活きするコバルトブルーの瞳が躍る。

 また明日も付き合ってくれるなんて夢のようだ。ここ数か月、醒めない悪夢にうなされてきたが、こんな夢ならいくらでも見続けたい。騎士としての心がどんどん揺らぐ。

 

(今くらい、少しくらいなら、()()()()()()()()()よね。イリアの事……忘れても……いいよね)

 

 ロイがこうやって誘ってくれるなら、今だけは身を預けてしまいたくなる。ぽっかり空いた心を埋めてくれる優しさに今は頼ることにした。

 動乱の時はお喋りが楽しいと思うだけだった。だけど今はそれだけではない。会話が無くても、傍に居るだけで何か────欠けたピースがすっと嵌ったように落ち着くのだ。

 この場所こそが自分の居るべき場所なのだと思ってしまうのはワガママなのだろうか。きっと、今だけならそれを楽しむことは許されるはず……そう傭兵の自分を説き伏せた。

 

 この後どうしようか……馬に乗った二人だったが行き先も決まらないままお喋りが進む。

 

「お店いっぱいでいいなぁ。ね、ロイは買い物とかよく行くの?」

「たまにかな。何か見たいものがあるなら付き合うよ?」

「うんっ、お願い! 色々見たいから一緒に行こうよ!」

 

 リキアにはどういう店があるのか知りたい気持ちより、今は彼がどういうものに興味があるのか知りたい。

 話を振ると快く願った答えが返ってきて二つ返事で行き先が決まった。

 未舗装の裏路地はやはり揺れる。またロイの背中で鼻をぶつけ、顔を埋めたまま職人街へ続く道をきょろきょろ見渡す。目に留まった店にあっと口を開けると、彼の肩に手を置いて顔をのぞかせた。

 

「ねえねえ、あのお店行きたいな!」

「工房か。見てるだけで楽しいよね」

「そうそう! あのキラキラしてるの見たいんだ。行こー!」

 

 今日一番に行かないといけない店かもしれない。せっかくなのだから一番喜ぶものを選んであげたい。昨日も雑貨屋に行ったものの、肝心な情報が抜けていてほとんど何も買えなかったから今日こそはと意気込む。

 

「ねえねえ! アドバイスちょーだーい!」

 

 工房に着くとさっそく駆け出し、目当ての棚まで一直線。口元に作ったメガホンで彼を呼び、両手を大きく振った。

 

「何か気にいったものがあったのかい?」

「お土産にガラス細工を買ってこうと思ってさ、どれが良いと思う?」

 

目の間にずらっと並ぶのはリキア名産のガラス細工でつくられたグラスだ。

様々な色のグラスが陽を浴びて虹のように煌めく。見ているだけでも楽しくてどれを選ぶか迷う。

 

「そうだな……」

 

ロイはひとつを取り上げて陽にかざし始めた。

 

(ふむふむ……なるほど、なるほど……)

 

陽に映えるのはロイの着る服と同じ赤のグラス。じっと見上げていたらロイと視線があった。

 

「シャニーはどれか目についたのあったの?」

「あたし?えーと、この青とかかわいいなって。でも、その赤も気になる!」

「シャニーは青が好きなのかい?」

「赤も青もどっちも好きだよー」

「そうなんだ。気が合うね」

「ね!」

 

 ロイにそう言われるとなんだか凄く嬉して、手を挙げて笑う。何もかも楽しくて、本当に天国に来てしまったかのようだ。

 リキアがこんなに過ごしやすい場所だとは思わなかった。何より、ロイの傍にいる事がこんなにも心を弾ませるとは。

 死線を越えた事で押さえ込んできた気持ちが飛び出し、会えずに気づかないままだった心が、彼の優しさに直接包まれて焦がれる程に膨らむ。

 このままではイリアに帰りたくなくなってしまうかもしれない。だけどそれは叶わない。だからこそ、今この瞬間を大事にしようと思った。

 

 

 職人街に着くと馬を降り、二人でぶらぶら店を見渡しながら歩く。普段なら武器屋を覗くところだが今日は止めた。今ここにいるのはイリアの天馬騎士ではないと心に決めて。

 ただ歩くこの時間も二人にとっては貴重なひと時。まるでお喋りが止まらない。お互いへの興味は尽きることがなく、聞きたいことが後から後から清水のように湧いてくる。

 

「シャニーは普段誰と遊びに行ってるの?」

 

 ふと視界に入った雑貨屋の軒先に積んであった毛糸玉を手にしていると、後ろからロイの声が聞こえてきた。

 誰と……浮かんでくるのはルシャナにミリアにレン……四六時中行動を共にしている家族の連中ばかり。

 

「うーん。同じ部隊の子かな。って言っても、ごはんくらいだけどね。こんな……リキアみたいにたくさんお店もないし」

 

 今頃彼女たちは何をしているのだろうか。ミリアは応援して送り出してくれたが、何か彼女達だけに仕事を残して楽しい場所に来ている自分に罪悪感さえ覚える。

 

「そうか。じゃあ行きたいところがあったら遠慮なく言ってくれたらいいよ。どこでも連れていくよ」

「ふうん? どこでも? じゃあ例えば……オスティアとかも?」

「ああ。オスティアでもバトンでも。今度行くかい? オスティア」

「ホント!? 嬉しいよ! この前(動乱)の時は全然街を見れなかったからさ! えへへっ、楽しみにしてるね」

 

 だけど今だけは、仲間にごめんと心の中で手を合わせた。目の前にある、今しか触れることのできない彼の言葉に甘えていたい。その気持ちを抑えられなかった。

 

 

 歩いているより立ち止まって喋っていた時間の方が長い気がする。空を見上げたら夕焼けが意地悪く青色を取り上げようとしていた。時計なんか無くなってしまえばいいのに────そう思えるくらい、時間が過ぎるのが早い。

 

「はー、楽しかった! 今日も付き合ってもらってありがとう」

 

 清々しい風が吹き抜け、黒くこびりついたものがすっかり取り払われたかのように心が軽い。

 こんなに遊んで、こんなにお喋りしたのは本当にいつぶりだろうか。いや、記憶にないかもしれない。

 

「こちらこそ。あと一週間くらいはいるんだろ?」

 

 ロイの誘いに心が揺らぐ。イリアを出てくるときは何も考えていなかったし、行くアテのない異国に居場所など無い。オスティアやバトンの港町あたりまでぶらついて一週間くらいで帰るつもりだった。

 

(傍に居て良いって言ってくれるのに……────帰りたくないな)

 

 帰って一月からの再登城に向けて色々準備もしないといけない。剣だって聖天騎士団との戦いで傷んだまま。

 だけど……今はここが自分の居場所のような気がした。

 ダメだとは分かっている。帰りを待つ人たちが居るのは十分理解している。責任ある立場で、今は罰を受けている身だと頭はひっきりなしに引っ張って来る。だけど────心がどうしてもロイの方を向いてしまった。

 

「ロイが迷惑じゃないならそのくらいお世話になろうかなぁ。すごい楽しいし」

「はは、そう来ないとね。ぼくも毎日何でも話せる相手が居て嬉しいよ」

 

 ここには居場所があるし、楽しいし、支えたくなる人がいる。それでも断る冷厳さは無かった。認めてくれて、必要だと言ってくれる人がいる────理由など十分だった。

 

「みんなに顔合わせできたし、次は連絡しなくても好きに来てくれたらいいよ。マリナスに言えば引き継いでくれると思う」

 

 ところが、さらにロイが続けてきた言葉にはさすがにシャニーもごくっと息を呑んだ。

 いくら彼がこう言ってくれたとしても、自分が彼の親友でありたいとしても、やはり周りから見ればロイ(英雄)と──騎士(傭兵)だ。

 

「嬉しいけど、それは……」

 

 躊躇っているとロイが手を取って来た。

 

「何か言われたら手紙でもいいから言ってくれ。事前に皆には言っておくから余程大丈夫だ」

 

 もうあたりは真っ暗になり別れないといけない時間。

 城の二階へと戻っていくロイの背中に手を振って見送ると、シャニーは彼に握られていた手にそっと頬ずりした。本当に温かい人だ。

 

「やっぱり優しいなぁ。憧れちゃうよ」

 

 どうしたらあんな優しい人になれるのだろう。

 あの優しさにできる精いっぱいで応えてあげたい。部屋に戻ったシャニーは二人で訪れた職人街で仕入れてきた材料を広げ、早速作業に入るのだった。

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