ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
一か月の謹慎(?)処分を経て、久しぶりにシャニーが登城するはずの日。
もう詰所に人の気配がある。あいつはどんな顔で居るのだろうか。仲間達は部屋へと向かう。
シャニーが仲間たちとの再会を喜んでいたのも束の間、『あの人』は早速呼びに来た。
「団長がお呼びですよ」
姉にも伝えねばなるまい。この一か月で新たに繋いだ絆から教えてもらった強さと、そして誓いを。
第1話 妖精の飛翔
────エレブ新暦1001年 1月
あの場所が近づくにつれ、誰もが無口になっていく。
もうあいつは、先に来ているのだろうか。
ドアが見えてきた……閉まっている。やはり中に誰かいて、暖を取っている。こんな早朝に、あの部屋に自分たち以外がいるとすれば──あいつしかいない。一体どんな顔をしているのだろうか。大丈夫だろうか、もうすっかり元に戻ってくれているのか。
ルシャナは共に登城したミリアやレンと顔を見合わせ、頷きあうと詰所のドアを開けた。
「おーっす! おはよ!!」
開けた途端、元気な声が飛んできて頭を吹き飛ばされそうになる。
この風は間違いない。一か月聞けなくても色あせるわけがない太陽の声。それを聞けば、もう表情を見なくたって分かる。予想通り、奥の机に座るシャニーが笑顔で手を振っていた。席を立ったシャニーの周りに駆け寄り、さっそくルシャナは彼女の肩にポンと手を置いた。
「シャニー、良かったよ。元気してた?」
「うん、みんな心配かけたね」
聞かなくても分かる。顔に湛える笑顔は無理して作ったものではなく、良く知る朗らかな太陽。
迎えられたシャニーも、変わりない仲間の笑顔が囲んで見つめてくる様子に安堵を覚えた。自分の帰る場所に、ちゃんと今は居場所がある。
「ありがとう。あたしのいない間、部隊を守ってくれて」
この一か月間、おそらく彼女たちは十一月の事でずっと冷たい視線を浴びてきたに違いない。
登城した時、机の上はきれいに整理されていた。帰ってすぐ仕事を始めやすいように配慮してくれたのだろう。朝から溜まりに溜まった承認待ちの書類に目を通すのも、整えられていれば苦にならなかった。
「大丈夫ッスよ! 一か月いなかったんだからしっかり働いてもらうだけッス!」
ミリアとレンが机の方に戻っていき、引き出しからゴソゴソ取り出している。何かを両手で抱えながら戻ってくる彼女達の手先が見えてくると、シャニーは目を点にした。
「ん。みんなでまとめた。ちゃんと読んでね」
レンが顔をくしゃくしゃにしながらどさっと机の上に置いたのはたくさんの紙。中を見ればどれもこれも企画書だった。村々を回って集めた困りごとへの解決策が記されたそれは、一か月彼女たちが汗を流してきた証だ。
「こんなに……?! スゴイ、ありがとう。新年早々大仕事だね。よぉし、バッチリ頑張るか!」
この企画書たちを生かすも殺すも、部隊長会議での説明次第。部隊長しか出席を許されないこの会議で、シャニーがうまく理解を取り付けられなければ、すべてゴミ箱行となってしまう。仲間たちの汗を、村人たちの涙を決してそんなことにはさせられない。
拳を突き上げてやり切って見せると気合を入れるシャニーに、ルシャナが手を差し出した。
「シャニー、おかえり。長かったよ、あんたのいない十八部隊」
思い出すようにシャニーの手を握る。リーダーのいない部隊はどこか元気が湧かなかった。いつも太陽のように笑って照らしていた者がいなくなって、冷たい眼差しばかりが降り注ぐようになって。
「うん。ミリアがすぐサボるから大変だった」
「人聞きの悪い事言うなよな、レン! ウチはそんな居眠りしてなかっただろ?!」
じゃれる仲間たちを見つめるシャニーの口元に柔らかい笑みが浮かぶ。
みんな待ってくれていた。あんな過ちを犯したのに、駆け寄ってくる仲間たちがいる。
────君の笑顔を信じて待っている人はたくさんいるはずだ
ロイは本当にすごいと思った。仲間たちは膝を突いてうずくまった自分に手を差し出し、今もおかえりと言ってくれる。
「ありがとう、みんな。あたしを信じてくれて。これからも信じてついてきて欲しい」
こんな素晴らしい仲間たちを信じないでどうする。
自分の背中について来いなんて、そんなことを言う柄ではないと思っていた。だけど、こんなに信じてくれるなら、前を向かなくて何処を見つめるというのか。支えられる心強さは、どんな強敵にも心を鬼にして戦う勇気を湧き上がらせてくれる。
少しは……憧れた
「はは、新年の挨拶かな?」
そんな決意をルシャナはあっさり笑い飛ばした。
「あー。もう、また茶化すんだから!」
「そんなん改めてお願いされなくたって分かってるよ、リーダー」
目を三角にするシャニーに構うことなく、彼女の胸をルシャナは小突いていてやった。
一体何度目だろうか。この部隊のリーダーはシャニーで、その背中について行く覚悟は決まっている。そう彼女に伝えたのは。
リーダー────そう呼ばれてシャニーはぐっと親指を立てて見せた。
仲間がいるから前を向ける。彼らを、そして自分を信じてただひたすらに先へ歩いていこう────そう新年の初めに誓えた。
きっと今年もいい年にして見せる……そう意気込んでいた時だ。ふいにドアをノックする音が聞こえてきた。
「シャニーさん、お久しぶりです」
すぐに入って来たのは見覚えのあるふくよかな女性。この体格の人は騎士団には珍しいから忘れるはずがない。何より、処分が下る緊張の団長室にいた人なのだ。
人事の総責任者────総務部長エニスが部屋に入ってくると、シャニーだけでなく仲間たちもビンと背筋が立った。
「団長がお呼びですよ」
彼女は今回もあの断罪の部屋への案内人として来たらしい。
行ってくる──まわりを一瞥して頷きあうと、シャニーはエニスについて部屋を出た。
「あの子、謹慎で済んだらしいわね」
「良かったわね。髪も元に戻ってるみたいだし」
「でも、ちょっと軽すぎる様な……」
ひそひそ……廊下では相変わらず噂話があちこちから降り注ぐ。
でも、今日は耳を塞ぐことなくしっかりと歩いて団長室へと向かう。何を言われようが、自身の信じた道を歩んだ結果だ。悔いはない。
何より……ロイと話をして確信できた。自分を信じるべきだと。あの時、イリアの民を守ろうした心は────間違っていない。
「第十八部隊長シャニー、参りました」
総務部長に目で促されて、大きな声で団長室のドアに向かって叫ぶ。
姉にも結果を伝えなければなるまい。一か月を要して整理した考えを。
「どうぞ。適当に座ってて」
ピシっとしていた肩がズルっといった。部屋から返ってきた反応は、いつもの緊張感とはどこか違う。
言われるままに部屋に入り、団長に一つ小さく頭を下げると左手に見えるソファに腰掛ける。登城禁止令を言い渡されたあの時と同じように。
手にしていた資料へ押印し、箱にそっと置いたティトが席を立った。こちらへ向かってくる足取りに視線が合う。
「久しぶりね、シャニー。ロイ様のところは楽しかった?」
どんな重い切り出し方をしてくるのかと身構えていたシャニーは、奇襲を喰らったように頭がぐわんぐわんとして後ろにすうっと重心が行きかける。
ようやくに聞かれたことを頭が理解すると、途端に目を白黒させて思わず視線を逸らした。
あまりにも予想外な反応だ。怒っているのかと思ったが、姉は堪えているのか口元に手をやっている。だけど、目元までは隠せず、はっきり笑っている。
「どっ、どうして……それを……」
顔が熟れたトマトのように真っ赤になった彼女に絞り出せたのはそれだけだった。
この話を知っているのはミリアだけのはずなのに。もしかして彼女は喋ってしまったのだろうか……ありえる。
大変なことになった。謹慎中に遊びに出かけていたと団長にバレているとしたら、ここに呼び出された理由は一つしかない。なのに、ティトは笑っている。逆に恐ろしい。
そんな大慌ての妹の前でティトは呆れ顔。
「貴女、ずっと家にいなかったでしょ? 誰が掃除したと思ってるの?」
そう問われて、シャニーはぽかんとするばかりで返事も出来なかった。まさか新年早々に、団長から部屋が汚いと叱責を受けるとは思っていなかった。おまけに、天馬騎士団の団長室なんて重い場所で。
確かにおかしいとは思っていた。逢いたい気持ちに胸が一杯で、あの時は何も考えずにロイの許へ飛び出した。家の中は普段のままのはずなのに、帰ってきたら魔法がかかったようにきれいに整理されて、別の家に迷い込んだのかと思ったほど。
綺麗すぎて、逆に居心地が悪かった。それがまさか姉が片付けてくれていたとは。おそらく納戸の雪崩被害にも遭っただろう。
「あ、あの……そのっ、ごっ、ごめんなさい!」
ますます、これは大変なことになった。とにかく色々な意味で謝るしかない。上目遣いに許しを請う。らしくないと分かっていても、どうしてもしどろもどろに言葉を噛んでしまう。
だが、妹が叱られる犬のようにしゅんと小さくなる姿に、ティトは呆れながらため息をついた。
「何で謝るの? 通行許可書にサインしたのは私よ? 貴女が南方に行く理由なんてすぐ分かったわよ」
本気で気づかれていないと思っていたのだろうか。
以前にも長期休暇申請へ却下を浴びせたことがある。あの時もシャニーは理由を渋ったが、今回も理由のない申請書を最初は却下するつもりだった。何せ申請書がまわってきたのは、彼女に登城禁止という重い罰を与えた初日だった。
しかし、あんなことをされたら認めるしかないではないか。十八部隊の面々が団長室に押しかけてきて、三人から説得の嵐を浴びせられては。
「それはいいとして」
ようやく姉が本題に入るらしい。シャニーはゴクッと背筋を伸ばした。座りなおして膝に手を置くのがティトの戦闘前の仕草だと分かっている。
彼女の顔に緊張が戻るのを確かめると、ティトは一つ咳払いをして場を締め、キンと鋭い眼差しで十八部隊長へ問いかけた。
「一か月の謹慎でちゃんと頭は整理してきたの?」
前にも同じような場面があった気がする。だが今回は答えをシャニーからもらわずとも雰囲気で分かる。
吹っ切れたような清々しい表情に映る、高く澄んだ空のような青い瞳がまっすぐ見据えてくる。また一枚殻を破って、一年前の入団直前と別人のような、凛とした部隊長の顔がそこにある。
「うん。あたしは逃げない。そう決めた」
シャニーは真っ直ぐ姉の目を見てハッキリと言い切った。
自分の犯した罪を過ちとして受け止め、それでも己の信念の剣を放ることなく握りしめて、ただひたすらに前に進む決意。たとえ勝ち目が薄くとも、信じてくれるものが託してくれた想いを刃に乗せて、心を鬼にして戦う気炎。どれだけ非難を浴びようとも、認めてくれる、理解してくれる大事な人たちのために逃げることなく前へ、前へと疾駆する勇気。それらを握りしめるようにぐっと左手を突き出して見せた。
「どんなに非難されても、どれだけ拒絶されても、託してくれる人たちを、あたしの心を……この剣が信じるままに進もうと思うよ」
本当は元から傍にあったのに。目に見える拒絶、すぐに聞こえてくる非難に怯えて気づこうとしてこなかった、信じてくれた者たちの想い。もう無理だと思った。立ち上がれないと思った。膝が崩れ、突き立てた剣に身を預けるばかりでもう戦えないと諦めかけた。
それを仲間たちや、本当の気持ちに気づかせてくれたあの人のおかげで再び立ち上がることが出来た。
彼らに報いるには、決意の青焔を刃と掲げてひたすら、前へ。それだけだ。
「吹っ切れたようね」
十二月のあの沈んだ顔はそこにはない。死に絶えた意志が黎く積もった瞳はもうない。イリアの黎明を駆ける青き騎士の復活に、ティトの顔にも安堵の笑みが浮かぶ。
「だけど、契約は契約よ。次は無いと思ってちょうだいね」
イリアの発展を夢見る同志としての喜びを伝えると共に、団長としての叱責も忘れない。もう次、同じことが起きれば守ってやることは出来ないのだから。
シャニーは静かに頷いた。もうこれ以上仲間や姉に迷惑はかけられない。一か月間不在にしたことが予想以上に部隊の負担になっていた。それを積み上げられた決済待ち資料や企画書だけでも思い知らされている。
分かれば良し──そう言わんばかりにティトが戦闘モードを解き、ソファに背を預けて姉の笑みを浮かべた。
「おかえり、シャニー。リキアに行ってそのまま帰ってこないかと思ってたわよ」
ミリア達に言われるまで、まさか妹がロイとそんな関係だったとは夢にも思っていなかった。自分なら失意の中でクレインの許へ行ったら、イリアに帰って来られるだろうか。
「そこまで無責任じゃないもん!」
心外と頬を膨らせるシャニーだが、何も無ければ帰りたくなかった。別れの時のあの切なさは、今思い出しても胸がきゅっと絞られる。
信じてくれたもののために戦うと決めたから後悔はしていない。唯一の心残りは、本当の気持ちを怖くて伝えられなかったことだけ。
「けど、また行きたいなって思うよ。あの人のおかげで、あたしは帰ってこれたんだ」
リキアは大事な第二の故郷。
刃を振るう事に疲れ果て、膝を突いた時に温かく包んでくれる優しさがあそこにはある。すべてをさらけ出して頼れる背中が、堪えてきた慟哭を全て任せられる大きな胸がある。
帰る場所がある……そのありがたさを噛みしめてシャニーは戻ってきた。今の自分がいるべき戦場へと。誓いを果たして必ず帰る。その決意を胸に。