ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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訪問先の村で叱られちゃったようです。
村人の怒りは理解できるものだけれど、どうしたらいいのだろう?
部下の憤りを宥めながら、シャニーは部隊長会議でリベンジを仕掛ける事にしますが……。


第2話 黎き風の囁き

「ぷしゅ〜……」

 

 天馬を駆り次の目的地に向かう空の上。シャニーから空気が抜けた。

 

「はうあ〜、今日は朝からブルーだよ」

 

 まだ朝も始まったばかりだと言うのに、口から漏れたのは愚痴だった。いくら前を向いていかなければと思っても、新年早々あれはキツい。

 みんなの願いを叶えてあげたい想いは誰にも負けないつもりだし、不満はご説ごもっともだ。でも……。

 

(アルマみたいにうまく相手を納得させられる人が羨ましいなぁ……)

 

 部隊長会議でどうやったら副団長(イドゥヴァ)に頷いてもらえるのか、本当に分からなくて途方に暮れる。ついつい脳裏に浮かべたライバルからさえ鼻で笑われた気がした。

 

「シャニー、元気出して」

 

 心地よい空旅のはずが、どうしても口元がへの字に歪んでしまうシャニーへ、レンが天馬を寄せて何とか慰めようとしていた。

 あんな怒りのぶつけられ方をしたら、自分ならその場で座り込んでしまうかもしれない。リーダーが受けた仕打ちに銀の瞳が心配そうに揺れる。

 

「あんな言い方しなくたっていいと思うッスよ!」

 

 静かに慰めるレンとは対照的なミリアのハッキリとした怒りが、あんなに距離が離れたところを飛んでいるのにまっすぐ聞こえてくる。

 ミリアにはチームで頑張っている自信があった。現場は必死に動いているのに、それを理解しようとしない上層部が悪い。それなのにリーダーが罵声を一身に浴びせられるのは納得できなかった。

 

三十分前────

 

 ミリアたちは普段通り任務を開始していたが、今日は何だか空気が違う。リーダーが戻ってきたら途端に部隊が明るくてなって、村人たちの反応が少し違うように彼女には思えていた。

 誰に対しても太陽みたいな笑顔を振りまいて、周りを明るくしてしまう。リーダーの天賦の才能を羨ましく見ていた時だった。ずんずんその背中に迫る男性が視界に入ってきた。なんだか嫌な予感のする荒い歩調。

 

「おい、あんたがこの部隊の責任者だったよな?」

 

 乱暴な声が背後から噛みついて、シャニーから一瞬で笑顔を吹き飛ばした。

 何事かと驚いて振り向いた彼女の前には、明らかな怒気でジリジリ爆ぜるきつい眼光があった。水の中へ黒いインクを垂らしたように心の中にわっと不安が広がっていく。

 

「はい、そうです。シャニーって言います」

 

 素直に答えた途端、宙を浮く感覚に体がつんのめる。

 

「うわっ?! な、何? 何ですか?!」

「ちょっと来い!」

「ま、待って──」

「ごちゃごちゃ言わずに来いって言ってんだ!」

 

 いくら騎士として鍛練を積んでいると言っても、体格差を簡単には覆せない。

 そろそろ十六を迎えようかという華奢な乙女を、壮年の男性が腕の力に任せて引っ張っていく様は異様だ。

 相手は村人だから手荒なことも出来ない。シャニーは為されるまま、不安になる心へ己の誓いを言い聞かせながら男性の後ろについていく。

 きっと何かの苦情。それ自体はもう慣れている。騎士団の代表として村を訪れている以上は、顔をまっすぐ見て、全部受け止めないといけない。それが、民の声を聞き、寄り添うと言う意味。

 ようやく男性の足が止まり、掴まれていた腕を乱暴に放り出された。

 

「あんた、ここで俺たちに何て言ったか覚えてるか?」

 

 握りしめられていた場所が赤くなっているのを擦る余裕もないまま、男性に指された先を見て、口元が歪むのを堪えることで精いっぱい。

 男性が何に対して怒っているか察したシャニーだったが、目の前に広がる何もない空間は、それが答えであり彼女の胸を締め付ける。

 

「はい。貯蔵庫を作ろうって」

「いつになったらできるんだよ? なあ?」

 

 食い気味に怒りをぶつけられては、シャニーも簡単に二の句は継げない。ようやく追いついてきた仲間たちがシャニーの周りを守るようにして集まってくる。

 怒声は彼女達にまで聞こえていたらしい。辛抱ならぬと目が怒るミリアが前に出ようとするのを、シャニーはさっと手を出して止めた。何も言うなと無言のうちに目で指示し、再度男性の目をじっと見つめる。

 受け止めるしかない。今回の苦情は他ならぬ自分たちへのものだ。

 

「あんたが言ったの十月だぞ? まるまる三か月あったのに動く気配すらない。どういうことだよ!」

 

 十二月は居なかったから実質二か月。今更になって、空けていた一か月の重みがずっしりとのしかかってきた。真綿で首を絞められるように、あちこちからじわじわ現実が責めてくる。

 

(三か月もあって資材が運び込まれる様子も無いんじゃ……怒っても無理ないよね……)

 

 この場所で三か月前、目の前の男性と共に食糧貯蔵庫や輸送ラインの確立を口にしていた事を、シャニーははっきり覚えていた。

 もちろん、忘れていたのでも、放り出していたわけでもない。むしろ、ずっと考えてきた事だ。どうしたら、この人たちを笑顔にしてあげられるのか……ずっと。

 

「あたしたちも何とか動こうとしているんです。案件がいっぱいあってなかなか許可が降りなくて」

 

 どうしても言い訳じみた答えになってしまうが、背後には言いたくて言いたくて仕方ない部下だっている。

 十八部隊として初期に企画した大型案件のひとつだった。だが、部隊長会議では、イドゥヴァの辛辣な言葉に槍の如く貫かれていた。

 

十月────

 

「村々でも出来る範囲の事は、彼らにやってもらいなさい」

 

 イドゥヴァのヒステリカルな早口がシャニーの説明を遮った。

 

「で、でも! 村の人々に出来る範囲とは到底──」

「我々にも時間に限りはありますし、何より資金面を考えなさいと何度言ったら理解するのですか?」

 

 資金──それを突き付けられてしまうと、どうしても言い返せなかった。

 戦後の復興途上にある天馬騎士団。財政状況が芳しくないことは理解している。おまけにシャニー自身が傭兵として出稼ぎに出ていない分、どうしても踏み込めなかった。お前は稼いでいない癖に────そう言われている気がした。

 

「まったく。本当に上級騎士としての資質を疑いますよ」

「イドゥヴァ副団長、もう少し言葉に配慮してください」

 

 

 姉がフォローしてくれたが、そうトドメを刺され、剣は折られた。

 エンジェルヘイローの前に起案したものだったから、輸送ラインの話など、寝言は寝てからにしろと言わんばかりの門前払い。

 しかし、そんな騎士団内の話など村人には関係ない事は分かっている。舌打ちされ、怒気を含んだ目で指を突き付けられても、部隊長として今は毅然と受け止めるしかなかった。

 

「承認が降りるように頑張ります。気にかけてもらってありがとうございます」

「しっかりしてくれよ。あんたら騎士は城でぬくぬくしてるかもしれないが、俺たちは明日死ぬかもしれないんだ」

 

 結果が出ていないことを責められるのは仕方ないと割り切れた。

 だが、彼らには自分たちが遊んでいるように見えている。そう思うと心を握り潰されるようで、あの場では涙を見せないだけでいっぱいいっぱいだった。

 何度も何度も頭を下げ、絶対に企画を通すと約束してあの場は許してもらった。自分を、仲間を信じてひたすら前へ────ずっとロイにかけられた言葉を心の中で繰り返しながら。

 

────────

 

「あーっ! 今思い出してもムカつくッス!!」

 

 火を噴きながら鞍を平手で叩いてしまうくらい、今でもミリアは怒りを抑えきれずにいる。特に最後の言葉にははらわたが煮えくり返って、ルシャナやレンに腕力で押し込まれていなかったら食ってかかっていたかもしれない。

 

「ね! あたしたちだって頑張ってるのにさ」

 

 その怒りに乗っかり、シャニーももやもや腹に溜まったものを吐き出した。これでもかと口元を不満に尖らせたからか、そうだそうだとミリアの眉が更に吊ったのが見えた。

 

「でも、あの人の言うとおりだよ」

 

 そう続けたら、ミリアの眉も困惑を含んでハの字になってしまった。

 彼女の気持ちも分かるし、同じように悔しい。だけど、騎士団の中の苛立ちを村人にぶつけるなど筋違いだ。一つ吐き出したら、もう終わりにしなければいけない。

 

「もっと頑張らなくちゃ。よぉーし、次行こー、次!」

 

 いつまでもしょげていても仕方ない。部隊に広がる重くて苦い空気を払うように笑って見せたシャニーは天馬のスピードを上げた。

 引きずるなと背中が言っているようで、ミリアも深呼吸すると怒りを腹の奥から吐き出してリーダーの背を追う。

 凛々しくなったようなリーダーの背中だが、ルシャナはスピードを上げてシャニーの横につけた。

 

「シャニー、無理してない?」

「ううん。見習いの時なんか師匠に(ディークさん)もっとひっどく怒鳴られてたんだし。へーき、へーき!」

「あんたのへーきは信用ならないんだよね……」

「へ? 大丈夫だって! だってさ、叱られるって事はさ、あたしたちの仕事をちゃんと信じて待ってくれてるってわけだし」

 

 年末の事件からようやく立ち上がったばかりで、新年早々これでは心を抉られているに違いないと思った。でも、信じてくれた者のために戦う──幼馴染から返ってきた言葉は強く、ルシャナも一つ頷く。

 

 口は悪くても、あの男性は自分たちを信じて待ってくれていた。そうシャニーは感じていた。それに応えられていない不甲斐なさは受け止めるしかないし、応えられるまで戦い続けるしかない。

 悲痛を乗り越えた青の瞳は、それまでなかった強さを湛え、まっすぐ前を見据えて小さく笑った。

 

「同じ怒鳴られるなら、イドゥヴァさんにされるよりよっぽどいいさ」

 

 顔を見れば怒鳴られている気がする。はっきりとした敵意を含んだ怒りを前に何も言い返せない立場の差。

 何より、村人たちは仲間だ。仲間からの苦言なら、誤っている自分を正す大事な宝。だが、イドゥヴァの叱責と言うよりただぶつけられる怒りからは何も得られそうにない。

 

「はは、確かに」

 

 十八部隊が敵視されていることを知っているから、ルシャナも親友が珍しく吐く毒に苦笑いで返すしかなかった。

 

 

 

◆◆◆

────数日後

 

 カルラエ城では部隊長会議が開かれていた。

 シャニーは以前折られた剣を鍛え直し、気炎万丈になって計画の必要性を懇々と訴えていた。各部隊の報告は五分ほどと決まっているのに、もう彼女一人で十分以上喋っている。

 早く終わりたいとチラチラ腕時計を見下ろす、第五部隊長マリッサの視線はどんどん厳しくなっていく。いつもなら途中で却下を浴びせるイドゥヴァも、何故か何も言ってくれない。不自然だと思っていたら、シャニーが最後まで説明を終えた途端に拍手し始めた。

 

「シャニーさん、素晴らしい提案をしてくれましたね」

 

 シャニーは一瞬戸惑った。どんな叱責を浴びせられるか。ここからが本番と身構えていたところに飛んできたまさかの言葉。イドゥヴァが自分を褒めてくれるなんて今まで数えるほどしかなかったのに拍手までついている。

 

「ありがとうございます!」

 

 無意識のうちにぱっと浮かんだ笑顔で一礼したのも束の間、やはりこの人はこの人なのだと思い知らされた。

 

「では、この案件は第五部隊で処理することにしましょう」

「え……」

 

 どうでもいいから早く終われ……そう天井を見上げて上の空だった第五部隊(マリッサ)長も、思わず椅子を跳ね飛ばす勢いで背筋が伸びて目を真ん丸にしている。

 第五部隊は別名『第二の予備』と呼ばれるような部隊で、イドゥヴァのお眼鏡に適わなかった者が第二部隊から異動する先となっている。最近ではシャニーの幼馴染セラが八月あたりから移っていた。

 マリッサも仕事を振ってきたのがイドゥヴァとあっては拒否しようもない。一応彼女は()()()()()()()()のだから。

 

「十八部隊は案件の掘り出しを続けてください」

「し、しかし! この案件はあたし達で企画したんです。あたしたちにやらせてください!」

 

 企画が通って心が躍ったと思いきや、またこんなことになってしまうなんて。

 この前はアルマの母の事もあって、企画を通すために無理を呑んだが、そう何度も鼻面を引き回されるわけにもいかない。この企画の裏には、自分はもちろん仲間たちの汗や想いがいっぱいに詰まっている。仲間たちの気持ちを考えたら黙って引くわけにはいかなかった。

 だが、副団長から返ってきた返事は余りにも冷淡なもの。

 

「あなた達では経験もないし、企画を実行に移すマンパワーもないでしょう。第五部隊は今空いていますから、リソースの配分を考えれば適当です」

「で、でも──」

「以上。──では、次回は二日後同刻とします」

 

 冷たい一閃によってすべてを断ち切られてしまった。待っていたかのようにぞろぞろ出ていく部隊長達。

 為す術なく立ち尽くすシャニーを一瞥すると、マリッサも副団長の背を追って部屋を出ていった。

 

 

 

◆◆◆

 

 重い足取りでシャニーが詰所に戻り、扉を閉めてすぐだった。

 

「ちょっとまたなの? あのクソババめっ!」

 

 シャニーのもたらした結果は一瞬仲間たちを歓喜させたが、結末を知るやルシャナが言葉も選ばず青筋を立てて怒鳴りだした。

 

「気持ちは分かるよ。分かるけどさ」

 

 この前も彼女は同じように怒鳴ったからこうなることは分かっていたが、シャニーにはただこの怒りを収めてもらおうと言葉を掛けるしか出来なかった。

 

「そこまで怒らなくたっていいじゃん。可決されてあの村にも設置されるんだよ? 良かったじゃない」

「あんた人が好すぎるよ」

 

 ルシャナはギッと幼馴染を睨みつける。村で罵声を一身に浴びたくせに、何故イドゥヴァを庇うようなことを言うのか全く理解できなかった。

 この前だってそうだった。信じてくれる人に喜んでもらえたならそれでいい────そう言っていた。聞かされた方が恥ずかしいような事を真顔で言う人間だとは知っている。だが、結果しか見てくれないのは、あの村人の態度でも分かっているはずだ。

 

「また手柄取られたんだよ? あの村の人だって、あんたの事を──」

「あたしだって!! あたしだって悔しいよ! でもっ、でもイドゥヴァさん相手にどうしろって言うのさ!」

 

 幼馴染にきつい口調で言われて、シャニーは飲み込もうとした感情の塊を抑えきれなくなってしまった。

 怒鳴り散らしてからはっとして思わず視線を逸らす。今ここで部隊長と副将が感情に任せたらどうなるかは理解しているつもりだったのに。

 人が好いなんて、そんなつもりは全くなかった。人並みに不満を覚えたし、あまりの仕打ちに怒鳴りたい気持ちはやまやまだった。ずっと地下から掘り出させて、肝心の皆へ見える場所だけをかっさらっていくなんて。

 とにかく今は……このまま沈黙は良くない。

 

「そりゃ……あたしだってムカつくけどさ」

 

 切り出した彼女はルシャナの手を取って笑って見せた。

 

「でも、信じてくれた人に応えられたんだからいいじゃない。後であの村に行って報告してこよう? そうすればみんな分かってくれるよ」

「ごめんリーダー。あんたの気持ちも考えずに怒鳴ってさ」

 

 沈黙が途切れてルシャナは謝ったが、これで良いと思った。時にはこうして感情をさらけ出さないと、また溜め込んでしまっては困る。昔からそういうヤツなのだ。いつでもポジティブで不満を知らず識らずのうちに溜め込み、我慢の限界までなかなか口にしない。それを吐き出すのは、姉二人のような本当に甘えられる相手だけ。今はそれが一人増えたようだが。

 まずはあの村に行って企画の始動を知らせ、リーダーに余計な罵声が飛ばないようにしてやる事が今は一番の助け。ルシャナは年下二人を連れて部屋を出た。

 シャニーも出発するべく槍を手に取った。握る手が悔しさに自然と震えてくる。その時だった。

 

「ねーねー、そのままヤっちゃいなよォ、ホラぁ。──意趣返しなら手伝ってあげるよ~? キヒヒッ」

「……ッ!」

 

 またはっきりと聞こえてきた自分の声。クスクスと声に薄ら笑いが滲んでいてシャニーは顔をしかめた。一か月くらい聞こえてこなかったはずの声は今もケラケラ笑っている。風の精霊セチ(もうひとりの自分)は一体何を求めているというのか。すうっと深く息を吸い、憧れの人を思い浮かべて声をかき消した。

 

「ロイ、あたしは負けないからね」

 

 イリアの礎となる自身の軌跡を残す。軌跡を残してきっと彼の許へ帰る。

 誓いを胸に、シャニーはぐっと槍を握りなおすと仲間を追って部屋を出ていった。

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