ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
企画書作成に疲れたシャニーは稽古場に向かい、ある特訓を始めます。
一月から始めたその特訓はツライけど、避けては通れない道。
そこに現れたアルマは“あの話”を振って稽古に誘います。でも、シャニーが右手に持った武器を見て、彼女は疑念を抱くのでした。
一方、副団長イドゥヴァは再び聖天騎士団と接触を図ります。その手に携えていたのは……。
──1月3日 PM8: 38 聖天騎士団管轄領 フィリア
顧客との契約と言って城を抜け出した天馬騎士団副団長イドゥヴァは、腹心のアルマを連れて夜の空を駆け抜けていく。
聖天騎士団が治める都市フィリアへと降り立つと、見るからに高潔な造りの店へと寄り道せずに入った。手にはひと揃えの資料。シャニーたちがせっせと作り上げたその企画書は、今日の部隊長会議で承認して彼女達から取り上げたばかり。
個室に入るとやはり煌びやかな調度品が目に付く。聖天騎士団は資金があるためかいちいち華やかだ。
「フェリーズ卿、あの時は大変申し訳ありませんでした」
先に到着して食前酒を楽しんでいるフェリーズに改めて頭を下げた。あの小娘たちが、開拓事業を嗅ぎまわっていると分かっていながら止められなかった事を。
(だからどうにでも始末できる傭兵期間中に、さっさと殺してしまえば良かったものを……)
今も気だるそうに天井を見上げるソルバーンを横目で睨む。この男は気が乗らないと言って始末を拒んだだけではなく、ヴァルプルギスがシャニーを捕縛しようとする場を引っ掻き回したというのだから全く手に負えない。
「なんの。いいものを見せてもらえましたよ。『妖精』はお元気ですか?」
結果、よく無事に帰ってきた……とでも言えば良いのか。まさかフェリーズがあの小娘に興味を持ってくれるとは。
何をそんなに買っているのかは分からないが二つ名まで授けて、処罰していないか探りを入れてくるくらいだ。
筆頭騎士ヴァルプルギスと互角の戦いをしたとは聞いていた。あのイリア最強と呼び声も高い『魔女』相手に、だ。副団長の自分をもってしても、真っ向から挑んだら勝てるとは思えない手練。今でも信じられないが、あの『魔女』で止められないのなら、尚のこと傍に置いておきたくない。
「ええ。あの時にお引渡できれば良かったのですが。私の力不足で……汗顔の至りにございます」
「いえいえ。あれで良かったと思いますよ。
どうせなら彼が興味を持っているうちに、高い移籍金を頂戴しつつ処分しておきたかった。残念ながらちゃんと調教してから引き渡せということか。そんな事をするくらいなら、こちらから金を払ってでも放出したいくらいだが、団長がいる間はそれもできない。
そもそも、あの手合いがそう簡単に大人しくなるとは思えない。あの女の娘なのだ。血は争えないとまざまざ見せつけられてきた。どうにも視界の中を邪魔に飛び回る姿は『妖精』そのもので洒落にもならない。
それもこれも、計算が立たないこの男のせいだ。再びソルバーンを一瞥する。
「ま……ありゃあしばらくはダメだろうな。あんな
今回もどうやら彼は
視線に気づいたか、フェリーズが即警告を発してきた。
「それに……彼女の働きぶりは天馬騎士団であるからこそ輝く。私はそう思います。よくお聞きしますよ。村々を飛び回って彼らの救済に当たっているとか。素晴らしい。さすがに
腹立たしい限りだ。天馬騎士団内ではまるで評価のない第十八部隊だが、ティトがイリア連合会議で宣伝するものだから他の騎士団にも存在が知れてしまっている。
こうなっては、そう簡単に始末するのは難しい。『妖精』といい、『疾風』といい、そしてあの『伝説』といい……どうしてあの家系は邪魔する事しか能が無いのか。
イドゥヴァはギリっと怒りを噛み砕いたが、すぐにふっと笑って見せた。
「確かに……彼女たちがせっせと情報を集めてくれますから、とても助かりますよ」
掌で踊っているとも知らずに、企画が通ったと今頃小躍りしているのだろう。
シャニーたちが企画書にまとめた鉄路ルートは、
企画書の中に描かれた地図を見下ろしてイドゥヴァも、そしてフェリーズも不敵な笑みを浮かべていた。
◆◆◆
「むぎゃ〜! なんだか世の中おかしい気がするぅ〜」
詰所にシャニーのボヤキが響く。髪をくしゃくしゃにかき乱して天を仰いだ。
「こんなの世紀末……あれ、始まったばっかりじゃん?! うそ〜ん」
天馬騎士なのに、なんでこんな地べたに座っているのだろう。大空を駆ってどこまでも飛んでいるのが本来のはずなのに。
だが、こうしてまとめないと、せっかく集めた皆の想いを騎士団に伝えられない。
今日もシャニーは嫌いな机に向かい、企画書づくりに紙へカリカリ走らせる。最後まで書き終えるとペンをポンと放り出した。
「はぁ~終わったぁ。よくガンバったぞーあたし! ふぃ〜。休憩、休憩~っと」
ようやく解放され、天馬が飛び出すように椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がった。大きく伸びをし、顔を解放感でくしゃくしゃにしながら詰所を出る。こう机に座りっぱなしだと体中が固まってしまいそうでいけない。
気晴らしに向かったのは室内稽古場。腕や足に腰と入念なストレッチでほぐし、もういいだろうと左手が剣を握った時だった。不意に部屋へ入ってきた声に呼び止められた。
「よう、シャニー。久しぶりだな。恋人とのバカンスは楽しかったか?」
剣を鞘に戻して振り向いた先にいたのはアルマだった。第一部隊で仕事に忙しい彼女と会うのはいつぶりだろうか。
でも、久しぶり──などと声をかける余裕はシャニーには無かった。ジンジンと頭のてっぺんまで血が湧いてくるのが分かって思わず視線を逸らす。ティトに聞かれたときよりもさらに動揺して、顔はもうトマトというよりサクランボだ。
「な、なんでアルマまでそれを……」
「噂好きはどこにでもいるもんでね。うちのエダ先輩とかな」
エダと言えば第一部隊のムードメーカーで大の噂好きだ。
(エダさんってミリアとも仲が良かったっけ。うわぁ……そういうことかよぉ……)
顔の広いエダに話が回ったとしたら、もうオシマイだ。ますます顔に血が集まってきて破裂してしまいそうだ。
そんなシャニーにアルマが両手を広げて呆れて見せたのは、彼女の狼狽ぶりだけではなく、行動がバレていないと本気で思っていそうだからだ。
あれだけ好きだ、好きだとオーラを出しておいて、何も無いなどと言ったところで誰が信用するものか。ロイから手紙が頻繁に来るようになってから、本人が自覚するより先に周りの方が変化に気づいて噂し始めていたというのに。別にエダから得意げに話を聞かされなくとも、シャニーが南方に行ったと聞けば誰だって意味は分かる。
「そんなことより」
別にこんな話で親友をおもちゃにしに来たわけではない。すぐに話を変えた。
「たまには一緒に稽古しないか?」
「いいね! やろー稽古! うん、是非するべき! 待ってて、武器取ってくるから!」
さっさとこんな話はぶった斬るに限る。渡りに船の話にシャニーは拳を突き上げ、くるりとアルマに背を向け歩き出した。そうで無くとも、アルマから稽古に誘われたのなら断る理由なんて無い。彼女はふうっと額を拭うと武器庫へと入っていく。
その彼女らしくない行動にアルマは怪訝な眼差しを送っていたが、部屋から出てきたシャニーが手にしているものを見つけると、疑念はますます膨らんだ。
「お前、得物はどうした?」
剣ならここにあると言わんばかりに腰の方に目をやるシャニーに呆れながら、彼女が右手に握る槍の穂先を自身の槍で突く。
ようやく質問の意図を理解したのか、ふいにシャニーの顔が曇った。
「うーん。……ちょっと剣の気分じゃなくってさ」
「何だと?」
「アルマもあるでしょ? 甘いお菓子食べたい時と、塩味のお菓子な気分の時!」
「甘党のお前にそんなのがあるのは初耳だ」
どうしてもう少し、「そうか」と言って貰えるような気の利いた嘘を言えないのだろうか。気分でないクセにこの場へわざわざ帯剣してきて、声を掛けるまでその柄に手をかけていた人間のセリフではないだろうに。
顔に浮かんだ明らかにらしくない引きつった笑顔で、さあやろうと構えを取られても何も面白くない。
「なんだ……せっかく風の妖精のお手並みを拝見できると思ったのに」
天馬騎士なのだから槍を扱えること自体は驚かないが、シャニーの場合はあれだけの水準の剣があるなら槍など持つ必要は無いはずだ。
それだけで本気では無いと分かる態度を見せられては、一度石突を突いて真上を向いた穂先を再び構える気など起きない。見たいではないか。異能を解放した全力の剣を。
思わぬ無茶を要求され、シャニーは目を真ん丸にした。
「なんでそれを? 誰から聞いたのさ?」
どうしてあれもこれも、アルマは知っているのだろうか。ロイの話はミリアから広がってしまったのかもしれないが、この話を十八部隊の誰かが外に漏らすとはとても考えられなかった。
アルマからその質問への答えは返って来ない。早く抜け────目が腰で大人しくしている剣を見つめている。
「セチの風は穏やかな風。だがお前の風はブリザードのごとく苛烈と聞く。ぜひ見てみたい」
ドキッと心が締め付けられる。あんなものを見たいなんて、アルマが何を考えているのかサッパリ分からなかった。一体どこまで自信家なのか……付き合う側は堪ったものではない。シャニーは即、首を何度も横に振った。
何とかものにしようと一月に入ってからずっと稽古の中で試しているが、それは一人稽古だから出来る事。自分でもどうにも出来ない力を親友に向けるなんて恐ろしくて考えたくもない。
「ごめん。あれは使いたくないよ。あたしがあたしじゃなくなっちゃう。
「剣は己たらしめるものじゃなかったのか?」
あれは自分ではない────なるほど、ソルバーンの言う通りか。アルマにはピンと来た。これでは“怒”っても仕方ないだろう。
だがこのまま、そうかと言って引き下がるのも面白くない。刀身に自身を映して、これぞ自分たらしめるものと言ってきた彼女が、映った自分を自分ではないと視線を逸らしているのだ。
「逃げるなよ」
挑発されて、眉がぴくっと動いたのがシャニー自身もすぐ分かった。
「逃げてるわけじゃ……ないし」
新年早々姉に誓った。逃げないと。そこをピンポイントに、おまけにライバルと認め合って鎬を削る相手に突かれてはさすがにプライドに障る。
彼女が槍を壁に立てかけ、静かに剣を抜く姿をアルマは待ちきれない。そうだ、このシルエットこそ自分の知る彼女の姿。
(ふふ、早く見せてくれよ。お前のシルフィード・ダンスをさ)
ようやくその気になったライバルを見つめるアルマの口元に、不敵な笑みが浮かぶ。シャニーは目を閉じて神経を集中させ、少しずつ異能を解放しているらしい。
うっすらと彼女の周りから溢れ出し、ゆらゆらと周りを揺れさせる
「ツマンないなぁ。早く使っちゃいないよ、ホラァ~? な~んでいっつもガマンするのぉ??」
意識を黎い世界へ吸い込まれそうになって、恐ろしくなったシャニーは異能を引っ込めた。途端だ。頭へ直接響いてくる
「ウルサイッ、我慢何てしてない……」
それをされるとますます恐ろしくなって、集中がプツンと切れて揺らめいていた彼女の髪はふっと静かになった。ケラケラと嘲笑を浴びせてくるのは自分の声。
「おいでよぉ~、楽になっちゃいなって? きっとタノシイよ? アハハッ……」
もう少しで楽園への扉を破れそうなところで、いつも閉ざしてしまう臆病者。そう笑う声が何度も囁いて誘ってくる。顔をしかめていたシャニーはついに剣を放り出し、頭を抱えてうずくまってしまった。
「開放すればいい」
アルマは彼女の許へ歩み寄り、放り出された剣を手にすると、その柄をしっかりとライバルの手に握らせた。逃げるなと。
「それもお前。自分を偽り、偽りの自分を仲間に見せ続けて満足なのか?」
見上げた先にあったアルマの目にシャニーは唇を噛んだ。どこまで厳しいのだ、友は。助けて欲しいと目で訴えてみるが、アルマのキッと睨んでくる眼はそれを許してはくれない。
シャニーにとっては、今までの自分こそが本当の自分だった。こんな、どこから湧いてきたかも分からないような力が本当で、今までが偽りだったなんて言われて受け入れられるはずも無い。
今はただ、この得体の知れないものをどうにかしたい。昏くぽっかり空いた黎の世界に呼ばれたくない……ただそれだけ。
「そうそう、その子の言うとおりだって! 一緒にアソぼうよ! 私はあなたを助けたいんだよぉ~??」
内から外から、我慢しないで扉を開けてしまえと言われ、どうすればいいか分からなくなってきてしまった。
「ねえってば〜、あのクソババにいつ倍返しにしてやんの? ウズウズしてんの、知ってんだよぉ〜? キャハハッ」
追い討ちをかけてくる
「あなた
このままここにいたらどうにかなってしまいそうだ。内からの声はどうしようもないが、今はこの場から逃げるしかなかった。誓いに反すると頭で分かっていても、それでも。
シャニーは思わず駆け出して部屋から飛び出した。
「……自分でなければ、お前は誰なんだ?」
拒絶し自己を失った背中が消えた先を、アルマはじっと睨むように見据えていた。
その時だ。大柄の男が突然にその視界に入って来た。
「残念だったな『滅蝕』、喰い損ねたか。ま、ありゃしばらくかかるぜ。諦めることだな」
よく言う。どうせこの男も、あの風の魔力を嗅ぎつけてこの場に喰いに来たに決まっている。
目の前で不敵に笑うソルバーンを睨んでいると、それまでの気だるさは別人のように彼の目つきが変わった。こんなところで騒ぎを起こされては困る。アルマは槍の穂先を下げると、視線を切ってさっさと部屋を出ていこうとする。
「お前は
好戦的な性格もここまで来ると病気だ。結果が分かっているだろうに何故この男はこんなにも楽しげなのか。
「もちろん、いずれあなたにも
「今からでもいいんだぜ?」
ニッと吊り上がる口元は、明らかに今すぐおっぱじめたくてうずうずしている。大方、『妖精』がまた尻尾を巻いて逃げてしまい、興ざめな気持ちを紛らわせたいだけに決まっている。彼女とは違い、開放に何のためらいもない魔人が闘気に辺りの景色を歪め始めているが、アルマは手を振ってさっさと袖から捌けた。
「いいえ、もっと“舞台"が揃ってからにしてください」
アルマにとってはまだ舞台に上がったつもりでもなかった。まだまだ、舞台が整うのはもっと先の話。少なくとも、邪魔者を一掃してからでなければ始まる事さえない。
その始まりへと向かうべく再び踏み出した彼女の足を止める声。
「お前、その力どこで手に入れた? この大陸じゃねえだろ?」
ソルバーンは好奇心の塊をニヤニヤと赫髪鮮やかな背中へ浴びせる。
力そのものも大いに興味があるが、それ自体よりも彼の興味を刺激したのはその入手先だ。一介の天馬騎士が手に入れられるような力ではないはずだ。少なくとも、人が趨勢を握る
「それを知って……どうするつもりですか?」
アルマは言葉を濁した。友でもない人間に教える義理も無いし、こうして興味を持って周りを魔人がうろついてくれていたほうがあれこれ
「自分も欲しいって言うのは無理ですよ。もうあの人は討たれたみたいですから」
もうこれ以上語ることは無いと、アルマは再び歩き出して稽古場を出る。その眼はまっすぐ前を見据えて、逃げていった妖精を追いかけていた。