ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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団長には毎日各地からたくさんの手紙が届く。
山のような手紙の中から目当てを見つけたティトは、窓辺で最愛の人の顔を思い浮かべていた。
気持ちを早く伝えなければ……年度末までもう二か月しかないが多忙な毎日が続く。
今日もこの手紙の山を片付けて営業に出発しないと──その時、彼女は妙な封筒を見つけて手に取った。

今回の主役はティトさんです。


第4話 天馬と射手

────1月9日 AM7: 30 カルラエ城

 

 一日を始めるべく郵便部隊が帰ってくる時刻は鶏より正確だ。彼らは毎朝、南の関所ダッドフィや西の国境レーミーに集まった手紙を収集してくる。昇る日差しを浴び、青空に映える光景はカルラエの名物となっている。

 今日もエトルリアから来たたくさんの手紙が団長室へと運び込まれてきた。この山をかき分けるのがティトの日課。大半は傭兵契約やそれに付随する挨拶など定型のもの。

 

(これでもない、こっちも違う……)

 

 仕事を後回しにするつもりは無いのだが、毎回こうなってしまう。目当ての手紙はどこにあるのだろう。最初は丁寧に手に取った手紙を端へ積んでいたが、次第に山は低く広がりだした。

 だいぶ辺りに手紙が散乱し始めた頃、やっと見つけた顔に慎ましやかな笑みが浮かぶ。

 待ちきれない気持ちを抑えるように、胸元に手紙を抱きしめて窓辺へ身を移す。

 

「ふふっ、クレイン様も相変わらずね」

 

 封書から取り出した便箋に目を下すティトは、すぐ手で口元を覆って小さく笑った。よくこんなストレートな言葉を最初に持って来られるものだ。だけど、もう恥ずかしさはない。いつも手紙の始まりには愛の言葉があり、直接会った時にも目を見てそう言ってくれる。

 それにしても、今日はいつもより少し手紙が短い気がする。

 

(お忙しいのかしら。ご無理しておられなければいいのだけれど……)

 

 どんな返事をしようか考えを巡らせながら手紙をしまい、机の上に散らばった仕事を整理しようとした時だった。

 

「あれ……何かしら、これ」

 

 他と違い、何の飾りもない白地で小さい封筒。何か、もっと飾った外装の中に入れておくような、すっぴんのままの封筒は逆に目について思わず手に取った。

 中を見てみると、エトルリアの貴族がよく使う傭兵契約の締結依頼書ともう一枚何か入っていた。手書きのそれには何やら地図っぽいものと、あちこちアルファベットが書いてある……。どうやら暗号らしく、右下の署名を見て彼女はふっと笑った。

 

 しかし、もう一度契約書に目を移し、面会希望期日を確かめると彼女には珍しく口がぽかんと空いた。────1月9日 17: 00

 その時間はちょうど、部隊を率いてリキアへの営業に出ている時間。大陸の正反対では、魔法でも使わない限りどうにもならない。しばらく窓の外を見つめて眉をハの字にしていた

 

(行きたい。だけど、仕事が……)

 

 この前会えたのは八月くらいだったから、もう半年近く顔を見られていない。彼に気持ちを伝えよう、伝えようと思いながら、こんなに時間が過ぎてしまった。年度末の三月までにはと思っていたのに、気づけばあと二か月しかない。焦がれる気持ちと使命感が振り子のように揺らぐ……──その時だった。

 

「第十八部隊長シャニーでーす。入っちゃいまーす」

 

 ドキッとして視線をやると妹が手を振りながら部屋に入ってきていた。そう言えば妹を呼んでいた事を忘れていた。エンジェルヘイローの進捗をイリア連合会議で報告する為の準備を指示しようとしていたのだ。

 今日は叱られるわけではないと分かっているのか、いつもしおしおと小さくなって入ってくるシャニーの顔はニコニコだ。

 その天真爛漫が見つけて欲しくないものに早速目を付けて小走りしてくる。

 

「ねえねえ、なあに、これ!」

「あぁ?! ちょっと!!」

 

 ちょいっと手紙を取り上げられた。どういうすばしっこさだろうか。伸ばした手をひらっと躱され、もう向こうまで逃げ出している。

 戦利品を頭上に掲げていたシャニーが手紙に目を落とすなり、ニヤリと小悪魔な笑みを浮かべてきた。こういう時だけはどうにも勘が鋭くて敵わない。

 

「お姉ちゃん。クレイン様にいつ気持ち伝えるのさ?」

「えっ?! い、いえ。それは……」

「だって、春に退団するって言ってたじゃん」

 

 何故だかシャニーがズバズバ攻めてくる。ずっと悩んでいた事を、まるで聞いていたかのように問われて言葉に詰まった。

 おまけに、最初はイタズラ好きな笑顔をしていたシャニーが、言葉を詰まらせた途端に真剣な顔になるから思わずたじろいだ。

 

「そ、そんな事、分かってるわよ。でも、仕事が忙しくて──」

「そんなのダメだよ!」

 

 ふいに口を突いて出た言い訳が、妹の更に強い言葉で跳ね飛ばされた。

 

「会えるときに会わなきゃ、いつ会えなくなるか、分かんないんだよ?! 伝えたいこと、伝えられなくなっちゃうんだよ!」

 

 まさか妹に説教されるとは思わず、何も言えなくなってしまった。

 今日のシャニーは何か目つきが違う。まるで部隊長会議でイドゥヴァと戦っている時の様な目が至近距離で真っ直ぐ見つめて叫んでくる。

 

「クレイン様、呼んでるじゃん!」

 

 そんな事は分かっている────そう言いかけて飲み込んだ。

 団長である以上、仕事が何より最優先だ。私事に現を抜かしている暇など無い。だけど、クレインをずっと待たせているのも事実だ。

 仕事も、クレインも、どちらも大事だ。一体どうすれば良い……。どんどん俯く視線。

 

「大丈夫だって! へーき、へーき! ちょっとくらい羽休めたってバチ当たんないよ!」

 

 その時だった。まるで心の声を直感で覗いたように元気な声で励まされた。見上げればシャニーが太陽のような笑顔で手紙を返してくる。この天真爛漫が羨ましい。彼女のように恋人の許へ飛んでいけたなら……いや。

 おかげで、何か鍵が外れた気がした。

 

(……私だって……。──伝えたい)

 

 一度は首を横に振ったティトだったが、一生に一度だけの横着と誓って部屋から飛び出した。

 

 

 

「珍しいね。団長が予定を変えるなんて」

 

 その足でティトは副将ソランの許へ駆けていき、無理を聞いてもらっていた。

 こんな直前に予定を変えるなど今まで無かったからか、ソランが驚きを口にして何があったのかを暗に聞いてくる。幾多の戦場で背を任せてきた仲でも、男に会って来るなどとはさすがに言えない。

 

「エトルリアは最大の顧客だしね。優先しないと」

 

 なんとか上手く言ってごまかした。言ってから、自分は悪い女だと自己嫌悪に陥る。何だか妹の気質に少しずつ影響されている気がする。

 

「リキアはイドゥヴァさんの配下の部隊も活動しているし、いいんじゃない」

 

 ソランからのフォローに何度も頷いて足早に部屋を出ようとしたのだが、「ティト」背後から呼び止められた。

 

「頑張ってよ、みんな()()してる」

 

 わっと恥ずかしさと罪悪感が一気に湧き上がってきて、ごくりと息を呑んで動けなくなってしまった。背中に熱した石でも迫っているようにジリジリする。こうあっさり見切られるなら最初から白状しておけばよかった。

 観念するようにソランの許へ戻ったティトは彼女の手を取って静かに感謝を伝え、ソランも頑張れと団長の肩をくるっと回してドアの方へ身を向けさせると、背中を押して見送るのだった。

 

 

 

◆◆◆

────PM3: 00 エトルリア王国 王都アクレイア

 

 冬の太陽は弱くて、まだ三時だというのにもう一日が終わりそうなほど陽射しは儚げ。

 

(お願いだから、まだ落ちないでね)

 

 そう願いながらティトは降り立ったアクレイアの街を歩いていた。アクレイアはある程度歩いたことがあっても、夜になると景色は変わってしまう。迷子何て御免だ。

 クレインとの待ち合わせの時間は五時。まだまだ二時間も余裕はあるはずだが、問題は手にした暗号だ。こうして遊び心を入れてくるのは茶飯事。しかし、今回は結構凝っていて一筋縄でいきそうにない。

 

「ペガサスだから……この道を……突き当りまできっと真っ直ぐね」

 

 どうやら地図自体はアクレイアの街で、書かれているアルファベットがチェス駒の頭文字だとは察しが付く。以前に彼に教えてもらったから駒の動かし方は分かる。直感を信じて裏通りを真っ直ぐ歩いたら、広い表通りに突き当たった。地図を見下ろしてみると、ちょうど次の指示がある地形と同じ。

 

「あっ、やったわ! よぉし次は……」

 

 ふいに高揚感が湧いて、右手でぐっと小さくガッツポーズをとってしまってからハッとする。まんまとクレインに乗せられた気がして、したり顔を決める彼が脳裏に浮かぶ。

 

「べ、別にそんなつもりじゃないわよ」

 

 思わず誰もいないのにプイッとして見せた。それでも、この指示の通りに行かなければ彼には会えない。むうっと口を尖らせながらも指示に頭を捻る。

 

「これ以上真っ直ぐは無理だわ。……あ、クラスチェンジするのね?」

 

 日も落ちかけた地理に昏い街で、こんなにも頭を使うのでは焦りが募る。何とか難題をこなし続けて、中央広場から少し外れた噴水まで辿り着いた。ここは公園になっていて開けている。この時間だと、左右どちらもアベックばかりだ。そんな場所に自分はぽつんと独り。

 

「もう、クレイン様ったらずいぶんと手が込んだことを」

 

 彼らを羨みながら地図を見下ろす。記されているのは“K”……どの方向にも進める駒だ。この最後の“K”がどうにも分からない。この開けた公園で一体どっちに行ったらいいのだろうか。

 

「中央に戻るのかしら……いえ、引っかけかもしれない。戻るのかも……」

 

 一歩踏み出しては止め、振り向いては戻り。そんな動きをするティトを、行きかうアベックは不思議そうに眺めて去っていく。恥ずかしくて頭がじんじんしてくるが、下手に動けば今までが台無しだ。途方に暮れていた時、ふいに声をかけられた。

 

(も、もしかしてクレイン様が?!)

「君、道に迷っているのか? どこに行きたいか言えば案内するが?」

 

 振り向いた先にいた男性に思わず凍り付いた。どうやら親切心からどこかのアベックが警備兵に声を掛けてくれたらしい。

 

「い、いえ! 大丈夫ですから!!」

 

 こんな地図を見せてどうしましょう? などと言えるはずがない。思わず当ても無く飛び出した。こうなったら八方向、全部試してみるしかない。次の指示はもう無いから、これさえクリアしてしまえば……。

 

 ────それから一時間経ったが、ティトはまた噴水の前にいた。

 早く会いたい。優しく笑うクレインの顔が思い浮かぶが、慣れない街で心細い思いをさせる微笑みがこの時ばかりは意地悪しているのかと思うくらいだった。

 

「はぁ……。クレイン様ったら酷いわ……。……あら?」

 

 思わずクレインへ愚痴をこぼしながら彼からの手紙を見下ろす。目についたのは手紙の最後に記された彼のサインだ。クレイン……

 

「────ッ! これよっ、きっとこれだわ!」

 

 電撃が走ったように繋がって、ティトは空を見上げて駆けだした。視界の先には残照を浴びて陰影濃く浮かび上がる大きな屋敷。あの方角に向かえば、きっとクレインに逢える。不思議な確信がいつしか彼女を全力疾走させていた。

 

「ここって……」

 

 その“K”がキングではなくクレインのイニシャルだと分かったのは待ち合わせの三十分前。一か八かでリグレ侯爵家の屋敷を目指して北進してみると道はなくなってしまい、突き当たった場所を見あげて思わずぽかんとしてしまう。

 そこは以前クレインとお茶をした大衆食堂。もう夜の営業時間に入っているからもはや飲み屋だ。荒くれも集まるこんな店にクレイン一人で大丈夫だろうか。心配になって一歩踏み出すと、中から手を振る金髪の男性が見えた。

 

「意外に早かったね。さすがティトだ」

 

 店の外に出てきて迎えてくれた笑顔は思い描いていた通りの優しさを湛えていて、安堵が一気にティトの顔に広がる。いくら何度も来ているとはいえ、この時間にはっきりとした目的地も分からないまま広大な街を歩くのは不安で仕方なかった。

 

「もう。クレイン様、もう少し……」

 

 文句の一つでも言っておこうと切り出したのだが、口元を塞ぐように人差し指を立てられてしまう。

 

「ティト、もう忘れたの?」

 

 彼が言わんとしていることはすぐに分かった。体に染みついた癖はなかなか直せないが、今日はティトも頑張ってみることにした。もう、自分の中で答えを決めて覚悟してこの地に飛んできたのだから。

 

「もう、クレインがいけないのよ。こんな難しいことするから!」

 

 不安で、不安で仕方なかった。特に最後のKで一時間以上同じところをぐるぐるとアクレイアの街を彷徨っていた時は、何度彼の名前を心の中で呼んだことか。

 でも、良かった気がする。あの一時間で気持ちはよりはっきり整理できたつもりだ。自分が心から、彼を求めているのだと。

 反応は想定内だったのか、クレインは笑っている。

 

「アクレイアの街並みを覚えてもらうにはちょうどいいかなと思ってね」

「おかげで宮殿とこのお店と、リグレ侯爵家への道はもう間違えない自信があるわ」

 

 随分と暢気なことを言う。あのまま迷子になって会えなかったらどうするつもりだったのだろうか。

 きっと、彼は迎えに来てくれたに違いない。もしそれなら、それでも良かった。いや、むしろそっちの方が良かったかもしれない。ちょっとくらい彼にも心配してもらえないと何か不公平だ。

 どうして年は一つしか離れていないのに、こんなにも余裕があるのだろうか。肩肘張ってしまう自分を優しく包むこの余裕の前では、凍てつく心もすっかり解けてしまう。

 

「もう不安にはさせないよ。ぼくについてきてくれ」

 

 クレインはさっとティトの手を取ると店に背を向けて歩き出し、貴族街へと戻っていく。今日の彼女なら、きっとこの前のようにはならない。しっかり握り返してくる手にそう確信していた。

 

 

 

◆◆◆

 美しい夜景を前にグラスを交わし、落ち着いた雰囲気の中で互いを労う。

 

「お仕事大変そうね。なかなかうまく進んでいないみたいで」

「ああ。ちょっとした局面を迎えているな。難航していてね。帰宅できない日も多い」

 

 着いた先は貴族街のレストランだった。最上階の窓辺、アクレイアの都市を一望できる席からの景観は、残照の空と灯が浮かび始めた街のコントラストが美しい。

 だが、二人の視線は正面の景色には向かず、肩を横に並べてずっと喋っていた。手紙で互いの状況は連絡しあって来たが、目の前に疲れた顔があるとやはり心配になる。

 

「だからこうして、君の声を聞けるとそれだけで癒される思いだ」

 

 もっと近くで見せてくれ──そう言いたげに身を乗り出してきて微笑むクレインの視線が近づいてくる。ティトは胸が弾けそうになるが、彼の癒しとなるならと今日は視線を逸らさないようにしてみる。それでも、やはり不自然でどんな顔をすればいいのか分からず、結局いつもと同じようにしてしまった。

 

 そんな彼女を見つめるクレインの笑みはさらに柔らかくなっていく。慎ましさも、不器用さも、全てが愛おしい。

 

「イリアの方はどうなんだい? 最近鉄路が敷かれ始めたと聞いたが」

 

 一報を聞いた時はクレインも驚いた。それまで具体的な動きが何も聞こえて来なかったイリアから届いた明確な進捗。

 広大なイリアを鉄路で結ぶ計画の発起が天馬騎士団だと聞いて、クレインは自分のことのように嬉しかった。ティトの苦労が、ようやくイリアに軌跡として残ると思うと祝福せずにはおれない。

 

「エンジェルヘイローね。ええ、村々に物資を届けるための計画を進めているわ」

 

 第十八部隊が作成した企画書。エンジェルヘイローはその企画につけられた名前だ。

 間伐材輸送用のトロッコを改造して村々へ物資を届ける計画は騎士団間会議にも提出され、天馬騎士団領だけでなくイリア全土への展開を目指すことで合意されていた。

 いつもエトルリアの発展を聞いてばかりだったから、今日はイリアの事も聞いてもらえてティトにも喜色が浮かぶ。

 

「最近ようやく進み始めたって感じ。国内専門部隊を置いたからやっぱり情報の吸い上げが早いわ」

 

 色々事件も起こしてくれたが、妹は期待以上の働きを見せてくれている。なかなか資金の目途が立たなくて叶えてあげられない案件も多いが、まさかあそこまでたくさんアイデアを出してくるとは予想していなかった。

 住民たちから感謝の手紙が届くことも多く、妹の活き活きした顔を見ても十八部隊以外に配属しなくて正解だったと確信できた。ずっと批判の声に耐えてきた自分の選択を、今なら自信をもって褒められる。

 

「そうか……。ぼくも頑張らねばな」

 

 久しぶりのティトの嬉しそうな顔を見つめていたクレインは姿勢を整えた。

 

「エトルリアは今大きな山場だ。一人ではなかなか解決できない問題が多い」

 

 どこかクレインの眼差しが変わった気がして、ティトも自然に背筋が伸びた。

 

(何かしら……この緊張感)

 

 視線が合うと珍しくクレインから外し、彼はすでに夜に溶け込んだ街並みを見つめ始めている。

 一緒に街並みを見つめてみるが、窓ガラスに映るクレインの顔がどうしても気になる。こういう時、どうやって声を掛けてあげればいいのだろう。姉のように大きな愛で優しく包むのも、妹みたいにまっすぐな言葉と笑顔を振りまくのも自分には難しく思えて、不器用さが嫌になる。

 

「これからもこういう状況は増えるだろう。いや、これからが正念場かもしれない」

 

 まるで自身に言い聞かせるように語る口調は、はっきりとしていて力強い。

 こんな大国で多くをまとめている彼の手腕を想っていると、ふいに手に温かい感触が伝わって来た。びっくりして彼を見上げると、クレインがすでに身を乗り出してきて両手をしっかりと握られていた。

 

「ティト、ぼくの傍で支えてもらえないか? もう、手紙だけでは我慢できない」

「クレイン……」

 

 じっと見つめて離さない瞳が訴えてくる。君が必要なのだと。あまりに急な言葉に心の中は幸せと驚きに一杯で、今にも倒れてしまいそうだ。

 

「君の立場はよく理解しているつもりだ。でも、ぼくはもう君がイリアに帰る姿を見送ることが辛くて堪らないんだ」

 

 クレインにとっては、いつも心を引き千切られる想いだった。戦いの場に戻る空色の髪が、蒼穹の向こうに吸い込まれて消えてしまうことが。いつも、このまま二度と会えなくなってしまうのではないか……そんな不安に駆られてきた。

 もうこの関係を続けて一年以上。厳しさを増す政治の混乱の中で、傍にいてくれたらと想う夜が今では毎日のように襲ってくる。もうこの掴んだ手を放したくない。

 

「これからの困難も、君と二人なら乗り越えていける。そう、ぼくは確信している。ぼくを支えてもらえないだろうか? ぼくも君の事だけを見つめて、幸せにすると誓う」

 

 はっきりと瞳を見つめ、強い言葉で君が必要だと訴えられて、どうして握られている手を払えるだろうか。

 

「ティト……良ければ、ぼくを見てくれ」

 

 彼は最上級の言葉を捧げてくれ、仲間も背を押して送り出してくれた。そして、あんな難解なパズルを越えてでも会いたいと焦がれる自分の気持ち────これ以上嘘はつきたくない。

 もう何も迷うことはない。引き絞られた彼の思いの丈にもうすっかり射抜かれ、言われるまま彼に身を預けてそっと囁いた。

 

「私もあなたに伝えようと思ってイリアを出てきたのよ」

 

 本当なら、このまま彼と共にアクレイアの街に消えてしまいたいくらい、もう彼の事だけを想っている。クレインが先に切り出してくれて本当に良かった。支えてあげたい、癒してあげたい、不器用でも自分に出来る全部で。

 

「じゃあ!」

 

 クレインの驚きと歓喜に満ちた瞳をじっと見つめ、ティトは頷いてありったけの勇気で小さな、小さな声を振り絞った。

 

「ええ……。よろしくお願いします。クレイン」

 

 もうそれ以上の言葉は二人の間に不要だった。更け行くアクレイアの街並みを見つめ、ただひたすら肩を寄せ合って互いを確かめ合う。これから二人で描いていく新たな軌跡の先を祈りながら。

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