ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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「今日は私からお話しさせてもらいたいことがあります」
ティトが部隊長会議で行った報告に、騎士団内に激震が走った。
ここからまた、大きく天馬騎士団が変わるのは間違いない。
その主導権を握るのは間違いなく────あの人だ。あの人しかいない。
ある者はティトを祝福し、ある者はほくそ笑み、そしてある者は唇を噛んだ。
苦しくとも、穏やかな天馬騎士団……それは確実に終わる。この三月で。


第5話 均衡崩壊

「ああ……どうやって切り出せばよいのかしら……」

 

 部隊長会議まであと三十分を切っている。それでも、未だにティトは皆にどう伝えようか迷い続けていた。

 いつもキチンと準備をして会議に挑んできたが、こんな直前まで固められていないのは初めてで、焦りを抑えらず部屋の中をウロウロ歩き回る。

 

「出来るだけ手短に……でも、経緯を。いえ、私事なんか詳しく話しても……」

 

 もう決めたことだからその事実を伝えればいいだけなのに、どんな言葉を選んで話をしようか考えを巡らせ続ける。少しでも誤解の無いような形で終わらなければ……。

 

────1月10日 AM8: 00 カルラエ城 第一会議室

 

 時は来た。ぞろぞろと各部隊長が会議室へと入ってきて所定の席について行く。

 たくさんの資料を机に置き、シャニーは今日も一番乗りで席について戦闘モードへ瞳を切り替える。

 

(一件でも多く企画を通してやる!)

 

 この部屋でだけは朗らかさは消して、心を鬼に変えると決めていた。

 姉が入ってくるのを待っていたら第四部隊長と目が合い、ウインクされた。派閥を越えて、ああして楽しみにしてくれている人もいる。

 

(信じてくれる人達の為にも、勝つまで負けないんだから!)

 

 目を閉じて思い浮かべる。村の人々、姉をはじめとした味方してくれる人や部隊の仲間、そしてロイ……。多くの者へ誓いを唱え、心に宿す青焔を更に強くしてその時を待つ。

 だが、最後に入ってきた姉の表情を一目見て、その瞳が驚きに揺れる。いつも硬い顔をしている姉が妙に明るい。

 普段なら入室してすぐに議長のイドゥヴァに目で合図するのだが、今日のティトは違った。一度は席に着いたが、すっと立ち上がるとゆっくり、大きな声で切り出した。

 

「冒頭ですが、今日は私からお話しさせてもらいたいことがあります」

 

 改めてかしこまる団長に部隊長達がざわめいて顔を見合わせ始める。一体何が始まるのか興味津々の者もいれば、早く会議自体が終わって欲しくてひたすら手帳にメモを続けるもの、隣の部隊長との雑談に興じて話を聞いていない者もいる。

 反応は様々だが、ティトは大きく一つ息を吸い込むと、吐き出すように一気に宣言した。

 

「昨年から団長として率いてきましたが、私は今年の三月をもって天馬騎士団を退団します」

 

 会議室が凍り付く。誰もがティトが口にした退団の言葉をすぐには飲み込めなかったらしい。しばらく静まり返った後、一気にざわめきが広がって会議どころでは無くなっていく。

 団長の突然の退団はまさに青天の霹靂であり、同席していた総務部長でさえメガネをずり上げて目を点にしている。

 

(わぁ……! お姉ちゃん……ヤッタんだね!)

 

 シャニーだけがその意味を理解して、顔中の笑顔を姉に送って祝福していた。姉は振り向いてくれなかったが、その横顔は明るく晴れ晴れとしていた。

 

 

◆◆◆

 

 会議が終わり、驚きの余韻が未だ冷めやらぬ様子の部隊長達が一斉に部屋を出て行った。

 企画はまさかの十戦全勝だった。余りの隠し玉に意表を突かれたのか、あのイドゥヴァがまるで文句を口にする事も無かったのだ。逆に不気味だが、勝利の味は何物にも代えがたい。

 何より、今日はそれ以上にもっと祝いたい話があって、頭の中は歓喜の洪水で大騒ぎ。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 遅れて出ていこうとするティトを、最後まで部屋に残っていたシャニーが弾けるような声で呼び止めた。彼女は小脇に抱えるファイルから飛び出してきた資料をばっと空中で掴み取りながらティトの許へと駆けていく。

 

「シャニー、今は任務中よ。その呼び方は止めなさいと何度言ったら──」

「お姉ちゃん、ついに決めたんだね! クレイン様に伝えたの? お姉ちゃんの気持ち!」

 

 何度言っても、シャニーは騎士団内にもかかわらず姉として呼んでくる。ティトは日課のように彼女を叱ろうと思ったのだが、今日のシャニーはお構いなしに被せてきてあれもこれもと聞いてくる。まるで自分のことのように興味津々。瞳を爛々とさせてくるものだから説教する気が失せてしまった。

 

「もう少し小さい声で話してちょうだい。恥ずかしいじゃない……」

 

 第一会議室は騎士たちの詰所がある東棟でも一番の奥にある。会議さえ終わればそう人が来る訳ではないが、シャニーの元気な声はメガホンのようなものだ。広い廊下に響き渡る声に、ティトは思わず顔を赤らめて俯いた。

 その反応がそのまま答えだと分かると、シャニーは姉の注意などどこ吹く風。満面の笑みを浮かべながら飛び跳ねだす。

 

「うわぁ! おめでとう! 本当におめでとう! 結婚式とか決まった?? あたしも呼んでくれるよね?! ねえねえ! お姉ちゃん!」

 

 自分のことのように、目の前で飛んで跳ねて喜んでくれる笑顔が嬉しくてティトにも笑顔が戻ってくる。確か、以前もこの話で同じように喜んでくれたか。

 

「そこら辺はまだなにも」

 

 今回も同じ答えしか返してあげられないのが残念だ。もし決まったら一番に招待しようと思える笑顔が次々と聞きたそうに見つめてくる。

 

「ほら、人の事をあれこれ詮索しないの。決まったら教えるから」

 

 出陣の為か、詰所から騎士たちがぞろぞろ出てきたのが見える。あれだけの耳がある中で妹の声が廊下に響いたらと思うと恥ずかしい。

 ティトはシャニーが未だ小躍りしているのを止めさせた。人の喜びをこんなに祝福してくれるとは本当にいい性格をしている。自分が騎士団にいる間だけでもしっかり守ってやろうと誓う。

 

「シャニー、あなたも頑張ってね」

 

 今は妹にも良い人がいる。彼ならきっと幸せにしてやってくれるに違いない。

 成就することを祈って妹に声を掛けると、彼女はニカっと笑いながら親指を立て、廊下の一番向こうにある十八部隊の詰所目掛けて駆けていった。

 普段なら廊下を走るなと追撃するところだが、頼もしい青き騎士の背中を見送る顔は優しく微笑んだままだった。

 

「貴女が背中を押してくれたようなものよ、シャニー」

 

 彼女が失意の中ロイに会いに行き、帰ってきたときの瞳を見てティトもまた我慢してきたことが一気に堰を切った。踏み出す勇気をくれた妹に感謝の言葉を贈り、彼女もまた新しい一歩を踏み出した。

 自らピリオドを打ち、残された時間を決めた。この時間で出来ることを全てこなさなければ。

 彼女はすぐに第一部隊を引き連れ、まずはエデッサ城への報告に向かうのだった。

 

 

 

◆◆◆

 今日のワインはいつもとは比べ物にならないほどに旨い。詰所だろうが、これから仕事だろうが、こんなにもめでたい事を祝わずにどうする。

 イドゥヴァは第二部隊の詰所の自席で、自身の口紅と同じくらい濃い深紅のワインをグラスに揺らしながらほくそ笑んでいた。

 固く閉じたカーテンの隙間から入る零れ日にワインが照らされ、影差す彼女の顔を赤く照らす。

 

「ふふふ……ようやくですよ。ようやく私の時代が来る」

 

 この野望を抱いて何年目だろうか。このためだけに全てを捧げてきたし、邪魔者はかき消してでも先に進んできた。ユーノはさすがに敵わなかったが、これでティトが消えればほぼ自動的に団長の座が転がり込んでくる。あとは残った『妖精』を始末するなり、フェリーズに売り渡しさえできれば基盤は整う。

 一層に細くなる目。ワイングラスに浮かべるのはあの憎い青髪の妖精だ。

 

(親の因果が子に報う……。いえ、貴女自身もよくもまぁ散々と……。──キッチリ、贖って貰いましょうかね……)

 

 最近急に母親に似てきたあの顔が哀れに思える。親子ともども、散々邪魔をしてくれるとはずいぶん血とは争えないものだ。ならば母親と同じ運命を歩んでもらうだけのこと。あの女も、一人では寂しかろう。

 

「一年計画が遅れましたが、これでやっと動き出せますよ。我らの『春陽計画』が」

 

 団長の座を逃してきたこの一年間、まともに動けず無駄に過ぎた。思い出すだけでその眉間には深い堀ができ、目じりが吊り上がっていく。

 計画通りなら今頃基盤の整備は全て終わり、決起しているだろう時期だ。それを邪魔する者が近い未来に全ていなくなる。自然と腹から込み上げる笑いが口の端から零れてくる。

 

「おめでとうございます。イドゥヴァ副団長」

 

 傍らでは、アルマが祝辞をかけながら次期団長の悦に入る横顔へ静かに頭を下げていた。

 彼女に返すこともなく吊り上がっていくイドゥヴァの口元。この“副”の肩書を背負い続けてはや十二年。あの青髪の母親に仕えるところから始まったこの肩書も、ようやく捨て去ることが出来る。そう思うと吊った口角は限界を超え、快哉を叫び出した。

 あそこから、あそこから全てが狂ってしまった。あの女さえ消えれば、団長の座が転がり込んでくる……踏み外したあの時から。

 その呪縛はもう断ち切らねばならない。その為にも、邪魔者には消えてもらうのみ。

 

「ええ、ありがとう。早速、今夜関係者を集めましょう。アルマ、貴女も来なさい」

 

 ワインを一気に飲み干して席を立ち、槍を取ってアルマと共に詰所を出た。廊下の中央を歩けば、すれ違う誰もが端に避けて道を譲る。もうすぐ、それに例外がなくなる。だがそれも、所詮は通過点……いや、スタートラインに過ぎない。

 

(ふふふ……。今から焼き付けなさい。これからこの騎士団を……()()()()を支配するのは、この私なのだと……ッ)

 

 誰もがこちらに視線を送っている。もはや彼女たちも認知しているのだ。次の時代を作るのが、この二人なのだと。背後を一瞥すれば、後をぴたりとつけて歩くアルマがいる。肩で風を切りながら歩く彼女は、次期団長の右腕として存在を示すかのように真っ直ぐ前を見据えている。

 

「四月からの新体制では貴女にも重役を担ってもらいます。是非受けてもらいたい」

 

 経験年数など何の意味もない。右腕として動き回ってもらうのに必要なのは、機転の利く頭と野心、そしてバイタリティだ。彼女の言葉は全て団長の言葉であり、誰も逆らうなど出来ないのだから。

 

「はっ、身に余る光栄」

 

 驚くそぶりも見せず、アルマは歩きながら小さく頭を下げて副団長の座を掴む。

 

(ようやくここまで来た。問題は……ここからだ)

 

 自身が目指してきた場所まで、あと一歩のところまで登って来た。その先が難しいことは目の前の古狐の背中が物語っている。

 だが……自分は違う。まだまだ、この程度では舞台にさえ上がれていないのだ。()()の先へと視線を向けたアルマは、冷然とした眼差しで未来を見据えていた。

 

 

 

◆◆◆

 

「おめでとうだね、良かったねシャニー」

「ん。ティトさん、幸せになれて良かった」

 

 詰所に駆け戻ったシャニーは、跳ねる息を整えないまま隊員たちに喜び一杯を叫ぶようにして伝え、周りからまるで自分が結婚するかのような祝福を浴びていた。

 

「うんうんっ、ありがとう! よおし! 今日は企画も全勝利だし、早く切り上げてぱぁっと騒ぎに行こう!」

「待ってました! もちろん部隊長のオゴリっスよね!」

「ヨッシャァー! どーんと来たまえー!」

「今日の部隊長は輝いて見えるッス!」

 

 姦しい声に包まれる部屋。歓喜一色の若い騎士達をレイサは机の上に寝転がってじっと見つめていた。

 暢気なもので、あっさり乗せられたシャニーはまたオゴる約束をしてしまっている。十二月は登城禁止で給金がかなり絞られてしまい、家計がヤバいとボヤいていたのはもう忘れているらしい。少し……釘を刺して置く必要があるかもしれない。

 

「ティトさんもついに退団か」

 

 満面の笑みでバンザイしてはしゃぐシャニーにレイサは声を掛けた。

 

「本当に嬉しいよ! お姉ちゃんずっと苦労してきたからさ。あんな嬉しそうな顔久しぶりに見た。良かった良かった!」

 

 シャニーの喜びようと言ったらなく、朝っぱらからとにかくハイテンション。

 もう彼女の頭の中は、どうやって結婚式でお祝いしようかしか無いらしい。仲間たちと作戦会議を広げ始めだした。本当にサプライズ好きで、びっくりするくらいあれもこれもアイデアを思いつくものだ。

 言葉ではいつもこれ以上無いほどまっすぐな言葉を掛けてきたから、今更言葉では足らないのかもしれない。毎度毎度、姉大好きが全身から溢れ出している。

 

「あんたは純朴な子だねえ。最近やっとあか抜けたかと思ったけどさ」

 

 羨ましいくらいの姉妹愛を見せつけられて一度は口元が優しくなったレイサだったが、嬉しさに飲まれて何も考えていそうにない部隊長へしれっと毒を吐く。

 案の定、シャニーは言われたことが分かっていないらしく、きょとんとしているものだから額に手が行ってしまった。

 

「十八部隊の真価が問われるってことだよ。ティトさんはこの部隊最大の理解者だったんだから」

 

 派手な演出を好まない故にあまり話題に上がっていないだけで、ティトは十八部隊の活動を他騎士団に宣伝するべく、毎回イリア連合会議で成果として報告していた。何せ発足当時、十八部隊は天馬騎士団内はもちろん、連合会議で他の騎士団から非難の的にされることが少なくなかったからだ。稼ぎもせずに国内で穀潰しするような部隊を何故認めたのだと。

 その非難を一身に受け止め、守ってきてくれた者がいなくなる────その意味を刻んで身を振らなければ、即足元をすくわれるだろう。そういう女だ、次期団長は。

 

「望むところだよ! って言っても、今まで通り頑張るだけどなんだけどね」

 

 ようやくシャニーも理解して一度は拳をぐっと握って見せたが、だからと言って何をするも出来ないので困惑するだけ。

 エンジェルヘイローをはじめ、ちゃんと成果は出している。イドゥヴァが何故なかなか認めてくれないのか分からないが、さらに精進する以外に思いつかなかった。もっとも、承認されても彼女に取り上げられてしまうことが最近多いのだが。

 

「次の団長ってやっぱりイドゥヴァさんなんスかねえ」

 

 ありあり嫌そうなミリアのボヤキに、誰も異見を口にできる者はいなかった。ティトがいなくなってしまっては、あの人以外に団長を名乗れそうな人間などいないことは前回の団長選出戦で明らかだ。

 

「ああ、九分九厘そうだろうね」

 

 レイサがとどめを刺してきた。知らなくていいような裏事情まで嗅ぎまわるこの人が言うのでは期待薄か。若い騎士たちの気持ちが更に沈む。

 あの人はいつでも、十八部隊を目の敵にしてリーダーへ酷い言葉を浴びせてきた。それに歯止めを掛ける人が居なくなってしまう。

 自然と心配する眼差しがシャニーに集まるが、その視線から摘まみだすようにレイサは名指しした。

 

「シャニー、何を意味してるか、分かるだろ?」

 

 部隊長だけはそんな気持ちのままでいてもらっては困る。部隊の護り手として、ティトが遮ってきてくれたもの全てを受けなければならなくなる立場。

 心配する必要も無かったか、その現実を突き付けられた青の瞳は力強かった。

 

「相手が誰で、何を言われても、どこにいようとも、あたしたちの誓いは変わらないよ。勝つまでは負けない」

 

 そうだそうだとミリアは騒いでいるが、レンはその儚げな瞳をさらに弱めて不安げにリーダーを見つめていた。

 イドゥヴァは十八部隊に対して反対の立場だった人だ。その人が団長になれば最悪部隊の解体だって十分にあり得る。どこにいようと────その言葉が妙に引っかかる。

 だけど、今は言えなかった。みんなリーダーの強い言葉に安心している。自分だって背中について歩いていくつもりなのに水を差したくなかった。

 

「部隊長のあんたがブレたらみんなもブレるからね。その意気で四月からも頑張ろう」

 

 レイサも良く言ったとシャニーの肩をポンポン叩いて褒めているから、レンはただの杞憂と心にしまい込んで輪に加わることにした。

 輪の中にさっと突き出されたリーダーの手に、仲間たちは次々手を重ねると決意を叫びにして一気に手を突き上げる。

 絶対に負けない────その気持ちを確かめた騎士たちはさっそく詰所を出て今日も空へと舞う。イリアの礎たれ──その誓いを果たすために。

 

「あたしは戦うよ、逃げない。今度はロイの前で泣きたくないしね」

 

 今度ロイに会う時は、絶対に笑っていよう。そう決めていた。あんな失敗の泣き言ではなく、誓いを果たし描いた軌跡の全てを彼に聞いてもらおうと。

 ────君の笑顔で皆を導け

 ロイからの言葉をしっかり胸の中で復唱し、今日も先陣の風を描いて西の空を目指すのだった。

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