ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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前章(第2章)のあらすじ

レイサはシャニーとアルマ、二人の実戦経験者と話をして二人の性格を知る。
彼らは全くの正反対。青空と闇夜だった。
共生させておけば下手をすればどちらかが潰れてしまうのではないかと思えるほどに。

彼女らを潰すことなく、正しく導くことをティトから命じられていたと分かり決意を新たにする。

だが、二人はそんな心配をよそに磁石が引きあうかのように互いに興味を持ち、夢を語り合う仲となっていく。決して同じ道を行くでも、同じ方角を見つめているわけでもなく、すでに互いに背を向けながら。
ただ、目指すものが同じ。イリアを誇れる強い国へ……その想いが二人を繋いでいた。

一方、レイサは部隊には何一つ指示をせず新人たちは困惑していた。
彼女たちに指示を出しているのは実戦経験者の二人で、彼らは実質リーダーとなっていた。

その中でシャニーは武器を扱うにはあまりに非力なレンの為に、彼女に合う武器を探して奔走する。そして闇魔法の大家、ニイメに相談した折にレンに魔法の才能があることを知る。
天馬騎士は剣か槍を扱うもの……その固定概念を打ち破る天翔ける銀翼の魔導士の誕生だった。

仲間の信頼を得つつあったある日、シャニーは幼馴染のセラが初陣を踏んだことを知る。
置いて行かれる不安に駆られ、レイサに色々と提案するものの拒絶され、ついに彼女と決裂してしまう。
レイサは部隊を出ていき、アルマは邪魔者がいなくなったと喜んだ。
いつもレイサが昼寝をしていた木を見上げ、シャニーは罪悪感に苛まれるのだった。


第3章 血盟のリペンタンス
第1話 一人前の騎士(1)


 5月も半ば。部隊長不在のまま新人部隊は稽古を続けていた。

 実戦経験者のアルマを中心に展開しているのは、レイサが指揮していた時には決して実施することのなかった実戦的な訓練。

 皆は最初こそレベルの違いについていけるか不安だったが必死にかじりついた

 ついていけなければ落ちこぼれてしまう。アルマは実力のない者へ手を差し伸べたりは決してしなかった。

 

 誰もが、部隊内の空気が全く別のものになったことに気付いていた。

 何とも口では言い表せないような、鋭くて、それでいて何か冷たい空気が流れている。

 でも苦にならなかった。今までの淀んだ生暖かい空気よりはマシ。

 焦っていた。いつまでも新人だからといって騎士団のお荷物では居られない。

 早く正式な部隊へ配属されて、国の為に戦っているという実感が欲しかった。

 

 喋る暇も惜しんでアルマの指揮に従い、彼女もまた初めて手にするささやかな権力に興奮を覚え、そして確信していた。

 力のあるものだけが、権力もまた手に入れることが出来るという事を。

 レイサの事を部隊長とは皆が認めていなかったということを。

 

 それでもレイサに従っていたのは更に上が存在したからだ。

 例えレイサを認めていなくとも、その更に上……団長の権力の前に皆はひれ伏していたのである。

 どんな低級な権力を手に入れても、所詮それは仮初のものにすぎない。

 アルマの目指しているものはただ一つだった。

 

「違う! そんな生半可な突撃では逆に懐に入られる! 死にたいのか!」

 

「はい!」

 

 今ここで自分に付き従っている新人達は、必ず後の自分の部下になる存在。

 うまく導いておけば、きっと有利にことを進めることが出来る。

 選抜と集中。彼女は新人でも特に自分の実力を慕っている人間に力を注ぐことにした。

 

 だが、彼女にも不満はあった。一番自分の部下になって欲しい存在が、何か稽古に集中していない。

 彼女は自分が半ば見捨てた、もの覚えの悪い新人達に混じって黙々と剣を振るっている。

 せっかく色々と実戦的な稽古を出来るようになったというのに、それをレイサに吹っ掛けた彼女自身があんな基礎的なことばかりしていることに、アルマは疑問を抱くと同時に腹が立った。

 

「ねぇ、シャニー。こういう時ってどうしたほうがいいんスか? アルマ、全然話し聞いてくれなくてさー。シャニー?」

 

 何度もミリアに呼ばれて、シャニーはようやくその声に気付く。

 一度集中すると周りの音が聞こえなくなることは良くあるが、ミリアは首をかしげている。今回はそんな感じではなかったからだ。

 

「え? 何、もう一回言って」

 

「シャニー、変です。病気ですか?」

 

 レンの心配にも返ってくる言葉は無かった。

 ずっと悩んでいた。あの時、自分はどうすればよかったのか。

 今でも早く正式な部隊へ昇格したいという気持ちが強くある。しかし、周りの期待はそうではない。

 実力が問題視されているわけではない。それなのに、自分は実力を求めようとしている。

 

 実力は身につけば自分でそれを実感することができるが、人間的な大きさなんてどうやって鍛えればいいのだろう。

 経過を確かめることの出来ないことには、なかなか取っ掛かり難い。

 まして考える事より動くことが得意な人間にとっては苦痛だ。

 終わりの見えない修行のその横では、同期が初陣を経験し、国へ貢献している。

 有限の千歩より、見えない一歩のほうがどれだけ辛くて、絶望する事だろうか。

 

 シャニーは部隊の雰囲気が変わったことにもいち早く気付いていた。

 その雰囲気が自分が求めたものではないことも。

 この刺す様な冷たい雰囲気。皆の心が離れ離れになっていくような気がしてならない。

 その原因を作ったのは、他でも無い自分。そう考えると、とてつもない罪悪感が襲ってきた。

 こんなことを望んでいた訳ではないのに。描いた希望、浮き出た末路。湧き上がる後悔。

 

(あの時、自分があんなことでレイサさんと言い合わなければ……)

 

 過ぎた事はどう悔やんでもどうする事も出来ないから、これからをどうするか。

 シャニーはこの周りにいる大切な仲間たちを助けることを最優先とすることに決めた。

 レイサは下手な仲間意識を捨てろと言っていたが、やはり仲間は大切な仲間に変わりないし、天馬騎士団の騎士と言う前に自分達は同じイリアの民ではないのか。

 手を取り合ってイリアを良くしていこうと考える事が間違っているとは思えない。

 

 間違っている事は素直に間違っていると認め、自分が認められないものには妥協せず、自分がこうと考えたらそれを追求する。

 だから悩むことなんて今まであまりなかった。今迄は、自分のことだけを考えていれば良かったから。

 経験したことのない悩みに答えを求めて彷徨う眼差しからは、朗らかさが失われて霧の湖のごとくぼやけていた。

 

 

 仲間から聞かれた事を教えながら、自分も稽古を続ける。

 シャニーの周りにはアルマの言う”足手まとい”達が集まっていた。ルシャナにミリアそしてレンもいる。

 ここには、アルマの周りにいる“精鋭”たちにはない雰囲気があった。

 周りの仲間とその後他愛もない世間話で盛り上がる。

 悩みがあっても、仲間と一緒に居ると自然と笑顔になれる。その笑顔に仲間たちはまた集まってくる。何か、一緒にいたいと思わせるものがある。

 

 しかし、そんなシャニーに腹を立てている人物もいた。

 稽古をしているのか遊んでいるのか分からない、笑っている連中の許へ影が忍び寄りシャニーの背後へとまわる。

 

「!?」

 

 ガキンという鋭い金属音が響き、皆は目を白黒させてそちらの方に注目してさらに目をむいた。

 親友同士であるはずの二人が……アルマがシャニーに向けて真槍を突き向けていたのだ。

 突きつけられたシャニーのほうは、顔を真っ青にしながらも槍で相手の槍の柄を捉え、何とか被弾を免れていた。

 

「なっ……何するんだよ!」

 

「ほう、お前も槍を使うことがあるんだな。手に持って遊んでいるだけかと思ったぞ」

 

「アルマッ、あたしを殺す気なの!?」

 

 不意打ちで殺されかけて激怒するシャニーを冷ややかな目付きでアルマは睨みつける。

 

「ふん、それで死ぬなら、お前はその程度の器だという事じゃないか。それではどの道、戦場で死ぬ」

 

 狂気に取り付かれたのかとシャニーは思った。親友に突然武器を振りかざし、それでいてなんの悪びれもない。

 周りにいた連中も血の気が退いていた。こいつに目を付けられたら、自分達も命が危うい。誰もがアルマに向かって警戒心を抱く。

 

「そうじゃないでしょ?! 一体何のつもりよ」

 

 シャニーはアルマの槍を自らの槍で弾くと、そのまま彼女に言い寄る。

 一緒に稽古しようとか言う話なら、真槍で攻撃してくる道理がない。

 先程まで和やかな雰囲気だったその場所が、一気に修羅場に変わる。

 

「お前こそ、一体何のつもりだ」

 

「は? 何言ってんのよ。あたしは何もしてないじゃない!」

 

 不意打ちを喰らった挙句、攻撃を仕掛けてきた相手に追及までされてシャニーは頭に血が昇っている。

 信頼していた親友にいきなり命を狙われて冷静でいられるはずもなかった。

 アルマはそんなシャニーを、そのままずっと表情を変えずに睨み続ける。

 そんなこう着状態が暫く続いた。周りは固唾を呑んで見守るしかなく、今までに経験した事のないような重い雰囲気が新人部隊を包んでいた。

 

 

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 その誰もが破って欲しかった重い均衡を破ったのは、他でもなく騒ぎを起こした張本人だった。

 

「何もしていない……? 良くそんな事を口に出来るな!」

 

「なんだと!?」

 

 自分は何も悪くない、相手が一方的に悪い。シャニーはそう考えていたし、周りもいきなり斬りかかったアルマに非があると思っていた。

 

「何もしないとはどういうことだ?」

 

 再度、アルマがシャニーに問う。その目は怒りに満ちていることが誰からも分かる。

 問われた当のシャニーは、質問の意図を汲み取れずただ同じ答えを繰り返すだけ。

 

「何もしてないのに、なんであたしが責められるのよ」

 

 その言葉を発した瞬間、アルマは右手に持っていた槍に渾身をこめてシャニーに向けて突き放った。

 間一髪で避ける。シャニーを捕らえ損ねた槍は、そのすぐ後ろにあった木に深々と突き刺さっている。

 その高さは……こめかみ付近。目の前を青い髪が舞う。捕らえられていれば、今頃自分はこの世に確実にいなかった。生きた心地がしない。

 

 アルマの目は真っ直ぐ槍の突き刺さった部分を睨んでおり、シャニーが槍を握りなおしたことを確認するとその目はすぐさま彼女へと戻された。

 

「アルマこそ、どういうつもりなの?! いくら親友でも、こんな事するなんて許せない!」

 

 とうとうシャニーもキレてしまった。

 いつも穏やかなだけに、一旦こうなってしまうと、仲間たちは何か鬼神でも見るかのような恐怖感に陥ってしまう。

 どう見ても危険な雰囲気。このままでは部隊員同士の私闘へと発展する。

 部隊長がいない今、彼女らを止められるものはいない。

 

 以前から正反対の性格だから危ないとは思っていた隊員たちだが、ここまで最悪のタイミングとは。

 しかし、アルマは槍をすっと退くとシャニーと距離を開けた。

 

「お前は、そんな無責任な奴だったのか。その程度だったのか」

 

「どういうことよ!」

 

「誰が最初に煽ったのか、良く考えてみろ」

 

 シャニーの怒りを軽く流して、アルマは自分に教えを請う者達の許へ帰っていくが、言いたい放題言われた方は腑に落ちるわけがない。

 そのままアルマの背へ斬りかかろうと一歩踏み出した、そのときだった。

 

「シャニー、ダメッス! あいつの思うつぼッスよ!」

 

「落ち着いて。シャニー」

 

 ミリアやレンに、槍を握って震える手を押さえつけられ、止む無く穂先を下ろして振り向いた彼女は、周りが動揺した表情を見せる事に気づいて、ばつが悪くなり視線を逸らす。

 未だ腹の虫がおさまらない様子の彼女にルシャナが歩み寄ってきて肩に手を置いた。

 

「リーダーが動揺してどうすんのよ」

 

「リーダーって……」

 

「何言ってんの。私たちにとってはあんたがリーダーみたいなもんだよ」

 

 そのとき彼女はとっさに、見習いの頃、軍師が言っていた言葉を思い出した。

 ……将が動揺しては、軍全体にそれが広がる……

 将でないにしろ、部隊長がいない今はそれに近い立場におかれているといっても過言ではなかった。

 これ以上皆に迷惑をかけないためにも、シャニーは怒りをぐっと腹の中に押し込めた。

 

「ごめん、みんな。あんなの放っておいて稽古を続けよう?」

 

 笑顔で皆に話しかける。やはり思ったとおりだった。

 自分が笑顔を見せた途端、周りの顔からも少しずつこわばりが消えていく。

 

 

 再び剣を振るい始めるが、シャニーは頭の中で何か引っかかったまま。

 皆に迷惑をかけた……アルマは無責任という……煽った……。

 考え込んで彼女は稽古の手も休み休みになっていく。また考えなければいけないことが増えてしまった。

 

 

 ◆

 翌日、シャニーはまた幼馴染連中と昼食をとっていた。

 餡入り揚げパンと辛味スープ。貧しいイリアでは体を温めてくれるこれらは結構な昼食メニューだ。

 気を許せる仲間とのお喋りが、心までも温めてくれる。

 この昼の1時間の為に午前は頑張れるし、午後からの気力も湧いてくる。何にも変えがたい楽しい時間。

 今日もいつもどおり、他愛もない会話を続けていた四人だが、ウッディの一言で雰囲気が一変する。

 

「シャニー、部隊長追い出したんだって?」

 

「えー、誰からそんな話を聞いたのさ!」

 

 いつも軍医として城の中で事務的な仕事ばかりのウッディが事件を知っていた事に酷く驚いた。

 

 ────妙なことを聞く

 

 メガネをずり上げる彼の顔にはそう書いてあり、彼女の疑問に悪気もなく答える。

 

「誰からって、皆知ってるよ。今年の新人は変わり者が多いって皆噂してるよ。特に長老組は、“世間知らずが多すぎて困る”と、あまり良い目で見ていないようだよ。気をつけなよ? シャニーはこうと考えると周り見えなくなっちゃうから」

 

 どういう意味よ! と反論したかったが、言い返したくても返せる状況ではないことは分かっている。

 あの時も、頭に血が昇って後先考えずの行動に出てしまった。反省するしかなくて、しずしずとスープを口に運ぶ。

 

「ねぇ、部隊長いないんだったら、あんたがボス格なの?」

 

 追い討ちをかけるようにのしかかるセラの言葉。

 しかし、同時に何か胸に痞えていたものがポンッと飛び出たような、そんな気分にも陥った。

 自分の悩んでいた事や分からなかった事の辻褄がぴったり合った気がする。

 

(アルマが怒った理由も……そうか、そういうことだったんだ)

 

 シャニーはセラたちの声が聞こえないほどに、自分の世界に入り込んでしまっていた。

 

 ────部隊長を追い出したのはお前のクセに、何もしない

 

 何もしていないのだから責められる道理がない……のではなかった。

 何もしないからこそ、責められるのだった。

 いや、何もしていないわけではない。火種だけ熾しておきながら、後は知らぬ顔でいた。

 

 部隊長を追い出してしまったことへの後悔の念でそれどころではなかった……それは単なる言い訳。

 自分が行動を起こしたせいで、他の新人も妙な色眼鏡で見られる事になったし、部隊の空気も一変してしまった。

 自分の起こした行動の影響力の大きさは、予想以上だと思い知る。

 

 ────無責任な奴

 

 アルマが怒っても仕方ないと彼女は思った。

 

(中途半端は周りに迷惑をかけるだけだ)

 

 そう悟ると急いで揚げパンを口に詰め込み、食器を片付けもせずに走り去っていった。その後をルシャナも追う。

 

「ちょっと! どうしたのさ!」

 

「食べてすぐ激しい運動をすると体に悪いんだぞ!」

 

 残されたウッディたちの制止も食堂の雑踏に掻き消されていた。

 伸ばされた手は後を追うこともできず、何とか彼女を助けてやれないものかと黙してしまった。

 

「どうしたのさ、ウッディまで」

 

 セラが一人だけ、事情が飲み込めずきょとんとしていた。

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