ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ 作:宵星アキ
作戦会議に盛り上がっていると、レネス出身の親友アルマと遭遇します。
シャニーは彼女を誘いますが渋られてしまい、それでも引っ張って行こうとするとあるお願いをされるのでした。
輝く朝陽がイリアの白を輝かせ一層に眩しく映る。紺碧の空を見上げ、全身に暖かな光を浴びながら思い切り伸びをするこの瞬間がたまらない。
「うーん! はーっ」
心地よさそうなシャニーの声が爽やかに風に乗る。
一日の朝を始めるに欠かせないルーティンで、今日も顔をくしゃくしゃにしながら朝陽を味わう。昨夜の吹雪を家の中で聞いていた時は、明日も詰所に缶詰めかとがっかりしていたから喜びも一入。
「今日はいい天気だなぁ! よおしっ、これなら遠くまで飛んでいけるかなー」
大きく深呼吸して南の空を見つめる。これだけ晴れていればイリアを越えてリキアにだって飛んでいけそうだ。
今頃、彼も起きてきっと一日を始めているのだろう。あの人が頑張っていると思うと、自然にヤル気が湧き上がってくる。うずくまっていた自分を立ち上がらせてくれた彼に、とびきりの成果を早く伝えてあげたい。
あちこちの村が呼んでいる。彼らの力になりたい気持ちが、雪道を駆ける足も軽やかにさせる。冬場のこんな天気は貴重だ。こうした日はとにかく動き回ると決めている彼女は、真っ先にある場所へと向かった。
◆◆
「いつもの朝が帰ってきたって感じがするよ」
もぐもぐもぐ……。見ていると食う気が失せてフォークが降りてしまった。
隣で旺盛に朝食を進める幼馴染の姿を、呆れ半分にぼやくルシャナから苦笑いが零れた。これだけ細いくせに朝からよくこんなにも食べられるものだ。
いつものように呆れた声を浴びせられて、シャニーは相変わらずもぐもぐしながらルシャナへ物言いたげな横目を向ける。ごくんと飲み込んだ途端、詰まっていた言葉が飛び出してきた。
「だってさ、こんなにいい天気なんだよ? 遠くまで行かなきゃ勿体ないじゃん! 腹が減っては仕事はできぬ!」
「いや、それは良いんだけどさ……。だって、そっからまだビスケット食べるんでしょ?」
「あったりー!」
彼女のいなかった十二月の朝食はあまりに静かなものだった。それが普通なのだと分かっていても、やはりいつもあるものが無いと寂しいし、この太陽が傍に無いと調子が狂う。隣で「さぁやるぞ」と活力を見せられるだけで、静かな朝の頭に自然にスイッチが入る。
この時間は十八部隊にとってはただの朝食ではなく作戦会議の場でもあるから、気持ちの入り方で一日が決まってしまう。
「シャニー、今日はどこに行くの? 航路の計算したい」
「んー? あはひー?」
いつも真っ先に口を開くのは決まってレンだ。目的地への最短ルートや途中の天気を予測して航路を作るのは彼女の役目。
普段なら皆で行き先を決めるのだが、今回は直接リーダーに話を振った。一か月空けていてきっと一番に行きたい先があるはず……そう彼女は思ったのだ。
シャニーはビスケットをもぐもぐしながら仲間たちを見渡すが、いいから早く飲み込めとルシャナに小突かれただけ。
「久しぶりにレネスに行かない? あそこの鉄路計画、イドゥヴァさんが本当に動いてくれているかも確かめたいし」
「イエス、リーダー。計算するから、しばらくもぐもぐしてて」
エンジェルヘイローが動き出していることはシャニーの耳にも入ってきていた。だが、主幹を第二部隊に渡してしまったから実際にどう動いているのかまでは知らない。
旗だけ振って後は知らんぷり……では村人をきっとがっかりさせてしまう。自身の目で確かめたかった。自分たちの仕事が、どんな風をイリアに起こしているのかを。
その為にも、今はしっかりと腹ごしらえ……ビスケットを口に放り込んだ時だった。
「あれ、ミリアどうしたの? 体調悪いの?」
決して食は細くないミリアの皿には半分以上残っていて、シャニーは心配になってミリアの顔を見つめる。隣で航路計算に忙しいレンも同じくらい残しているが、彼女はいつものことだし、こうして計算した後はちゃんと食べているのでミリアの様子とは違う。
だが、彼女は心配されて申し訳なさそうに視線を逸らすと頭の後ろに手をやった。
「いやあ、レネスって言ったらシュティアホルン名物の山菜っすよ。だから朝はセーブしようかと」
「ぷははっ。なにそれー」
思わず吹き出しそうになって、シャニーは口を手で抑えるが目元までは隠せない。飲み込んだ途端、心配して損したと笑いが飛び出した。
「あー、あたしもそうすれば良かったなぁ」
「シャニーは大丈夫ッスよ。きっとお昼になったらぺこぺこになってるッス」
「それもそっか。よおし、いっぱい仕事してお腹減らそっと」
炎と風のように掛けあう二人の間の抜けた会話。これも普段の十八部隊が戻って来たと思わせてくれる、ムードメーカー的な暖かい風。穏やかな朝陽とこの明るい会話。これが十八部隊の朝の始動だ。
だが、残りの二人は相変わらずな連中へ物言いたげな眼差しを送りながらため息をついている。
「呆れた。あんたらは本当に遊ぶことには熱心だね」
「そんな言い方しないで欲しいッスよ副将。ツラい仕事には楽しみも必要ッス!」
「ツラいだぁ?」
ミリアは我ながら良い切り返しが出来たと思ったのだが、ルシャナからますます厳しい視線が襲って来た。瞬時に沸く彼女をなだめようと、苦笑いで余計に口元が引きつる。
「も、申し訳なかったッス! で、でも、少しくらい……」
「そんな時間あるわけないだろ?」
ミリアの懇願をルシャナは最後まで聞くことなく切って捨てた。辛い仕事と言ったって、どうせ彼女の場合はレネスまでの遠路と、到着先での補給物資の運搬を指しているに違いなかった。冬の終わりが近づいているとはいえ、日没が早い冬のイリアで寄り道を食っている余裕などない。
「ま、まあルシャナ落ち着こうよ。英気を養うのも……」
「あんたがホントはガツンとやらなきゃダメなんでしょうが! だいたい、あんたさ────」
「アー、ハイ。ソウデスネー……」
部隊長が相手だろうが容赦はなかった。角が生えたルシャナからガミガミ浴びせられ、小さくなりながらもシャニーが横目に聞き流していた時だった。輪の外からふいに声がした。
「部隊メンバーで仲良く朝食か? 本当に家族みたいな連中だね、お前のとこは」
呆れとも羨望とも取れる口調を皆で追っていくと、赤髪が目立つすっきりした顔がシャニーを見つめている。
ルシャナからの攻撃から逃げるようにまたビスケットを頬張っていたシャニーは、親友の姿に気づくと目じりを下げて手を振った。
でも、他の面子は望まざる客が来たと、それまでのにぎやかさが嘘のように静かになって、黙々とフォークを口に運びだしている。
「おはよ、アルマ! 今日の仕事の打ち合わせをしてたところなんだよ」
何とも緩い部隊だとアルマは内心羨んだ。自身が所属する第一部隊はもちろん、イドゥヴァが仕切る第二部隊でも、仲がいい者同士で食事することはあっても、部隊で朝から一緒に行動するなど経験したことは無い。……もっとも、あんな連中と朝から顔を突き合わせるなんて肩が凝る
それなのに、この部隊は部隊長が一つ話を振るとそれだけで笑いが広がって、傍から見たら作戦会議と言うよりただの井戸端会議だ。誤解するなと言う方がどうかしている。
たまにはこんな朝も悪くない。少しだけ、この雰囲気に浸かっていくことにしてみる。
「あ、そうだ! ねえ、アルマ、今日あたしたち、レネスに行くんだ」
「またあんな辺境に行くのか。ご苦労なことだ」
その笑いが突然に部外者に飛んできた。
移動だけで半日終わってしまうような場所に足を運んでくれる事には感謝しておいた。
シャニーが楽しげに瞳を躍らせてこんな話を振って来たなら、この後彼女の口から飛んでくる事は簡単に予想できる。仲間たちの視線が部隊長に集まっていることにアルマはすぐに気づいた。
「フン。どうせお前の事だ。レネス名物の山菜料理目当てだろ?」
「ちがいますぅー」
半分冗談だったのだが、明らかにシャニーの目は副将を窺っている。二人でため息を浴びせてやると、彼女は流れを切るように咳払いして見せてきた。
「でさ、アルマもまた行かない? アルマのことだから、あれから行ってないんでしょ?」
やはり単純な奴だった。聞き終わらないうちに、アルマは踵を返してその場を去る事にした。
つかつかと出口へ向かうその背中にさっそくミリアが大きく舌を出しているが、シャニーは菓子袋を置くと立ち上がってその背中を追いかける。
「どうしたの? なんか怒ってる?」
追いついて声を掛けてみるがやはり反応がない。並んで歩き親友の顔を見上げるようにして覗き込んでいると、食堂から出て仲間たちの視線が届かなくなったところでアルマの足がふいに止まった。
「別に。この顔は生まれつきだ。仏頂面で面白みが無くて申し訳ないが気にしなくていい」
「えーと……、いやぁ……そういう意味で言ったわけじゃ」
やはり、何か怒っているのだろうか。何だか今日はいつも以上に尖っていて、取り付く島を与えてくれない感じだ。一年近い付き合いでもう慣れたものの、やはりアルマの考えていることはよく分からない時がある。
今も食堂から出た途端、それまでの顔が仮面かのようにふっと笑いかけてきた。
「せっかくのお誘いは感謝しているが、今回は遠慮させてもらう。お前たちだけで行ってくると良いよ。村の事を気にかけてもらって嬉しく思う」
(こんな優しい言葉を口に出来るのにさ、何で皆の前で掛けてあげないのかなぁ……)
仲間達の顔を思い浮かべていたら、ようやくピンと来た。彼女はこの顔を部隊の皆に、いや他の騎士全てに見られたくなかったのだと。この話題を、自分の弱いところを見せることを嫌がったのだと。
何ともアルマらしく、不器用な人間に映る。自分が泣いた顔をみんなに見せたくないのと同じなのだと解釈して、シャニーはそれでもアルマの手を取った。
「でも、お母さんきっと心配してるよ? 顔を見せてあげればいいのに。この前だって──」
「私は第一部隊の人間だぞ? あんな荷物持ちみたいな付加価値の無い仕事に付き合わされるのは御免だよ」
あの苦労を重ねたこけた顔を思い出すとどうしても連れて行きたかったのだが、アルマから喰い気味に笑い飛ばされてしまった。
さすがに自分たちの仕事をバカにされるのは業腹だが、親友に荷物持ちをさせてしまったのは確かに悪かったし、おあいこか。
「そんな言い方しなくてもいいのに」
「冗談だよ、冗談」
せめてもの抵抗か、口を尖らせるシャニーにまたアルマは一つ笑った。
どうせいこのくらいキツく言わないと分からない人間だし、三歩歩いて笑えば忘れる彼女なら大丈夫かと思ったが、やはり『三誓』に絡むことになると目の色が違う。
彼女たちの働き振りは以前見せてもらったし、イリア連合会議で評価され始めているのは知っている。それでもこんな言い方をするのは、単純にあの村に行きたくないだけだ。シャニーだってもう気づいているだろうに。
これだけ言ってもまだ何とか誘おうとする親友の優しさには感謝していたが、シャニーが口にした言葉に思わず顔が引きつる。
「分かったよ、じゃあ荷物はあたしたちで運ぶからさ。あーあ、振り分け直さなきゃ」
「……本気で荷物持ちにカウントしてたのか?」
この顔を待っていたかのようにシャニーは白い歯を見せて笑ってきた。
「へへっ、ジョーダンだよ、ジョーダン!」
「ハッ、顔は冗談とは言っていないがな」
負けず嫌いにやり返してきた。そう来なくて面白くない。言われて黙っていられる性格ではないから、曲者ぞろいの部隊長会議でもやっていけているのだろう。何より、ライバルとして打ち付けた槍に斬り返してこなければ張り合いがない。
「でも、本当になんで? アルマも大好きなんでしょ? お母さんのこと」
「ああ、もちろんだよ。世界で一番に守りたい人だ」
その笑顔がふっと消えて、また心配そうに顔を見上げてきた。
どうあっても逃がしてくれないようだ。彼女は以前、母との会話を盗み聞きしていたようだから尚更なのかもしれないが、そっとしておいて欲しかった。「じゃあ!」そう繋いで今も何とか引いていこうとするシャニーの手を振り払う。彼女には悪いが、こういう生き方しかできないのだ。
「立身するまで帰らないと誓っている。誓いは守るもの……お前なら、分かってくれると思うが」
「──!」
結構強く払われてしまった。手首をさすりながらシャニーは目をしょんぼりさせていたが、アルマから彼女だけの誓いを初めて聞かされ、一瞬面食らったがすぐ笑顔が戻った。
「オッケ。じゃあ、あたしがアルマの代わりに元気にしてるって伝えておくよ」
彼女には、彼女の誓いがある。自分が誓いをバカにされたら腹が立つのと同じで、アルマだって誓いを犯されたら嫌に決まっている。
善意の押し付けになっていたようで申し訳ない想い半分、シャニーは嬉しかった。親友が弱いところを見せてくれたのだから。せめてもの罪滅ぼしと自分にできる精いっぱいを伝え、彼女は仲間たちの許へ戻ろうと背を向けた。
「シャニー」
それを引き留める親友の声に顔だけ振り返る。
「母に渡してもらいたいものがある。後で取りに来てくれないか?」
◆◆◆
食事を終えて出撃の準備を整えると、シャニーは仲間たちに待機を命じ、アルマに指示された屋上への階段を駆け上がる。鎧を着て帯剣もしていた事を忘れていた。一気に登るとさすがにキツく、足が上がらなくなってきた。
「はぁはぁ……。ここなら天馬で乗り付ければ良かったじゃん……」
わざわざあんな誰もいないところを選ぶなんてアルマらしいと思いながら、上がる息を整えつつ見えてきた赤い背中に近づいていく。
「アルマ~。来たよぉ……へっ、へーっ……」
「……何もそんな急いで来なくても良かったろ。──これだ」
「これ……こんなにも?」
アルマから渡された大きな巾着袋は、中身を見なくてもその感触と重さでお金だと分かった。
ずっしり来るこの感じからしてかなりの大金で、おそらく傭兵で稼いできたお金。普段なら郵便部隊に頼んで送ってもらっているはずだが、いつもの封筒一枚とはわけが違い、別口に溜めてきたものに違いない。
中身を確認させてもらうとお金だけではなく、手紙やら食べものやらいっぱいに詰まっている。
「今の私には、それしか出来ないからな」
ライバルを見つめて言葉にすると、アルマはますます悔しくて堪らなくなった。
平隊員では出来ることなど知れている。歯牙にもかけてこなかった十八部隊の方がよっぽど輝いて見えるくらい、今の姿はとても母には見せられない。
母を頼むと親友の両肩に手を置いた後、さっと手を差し出す。
「お前だから信じて渡すんだ。しっかり渡してくれよ」
「その信、確かに受け取ったよ。お母さんにアルマの想い、ちゃんと伝えるからね!」
わざわざこんな大事なものを手渡してきた意味をしっかりと胸に刻むと、シャニーはがっちり手を結び、背を向けて歩き出しながら手を振った。
袋の口をしっかりと縛って両手で抱え、親友がかけてくれた精一杯の気持ちを何度も心の中で思い出しながら、恥ずかしがり屋に変わって彼女の気持ちをしっかり伝えようと誓うのだった。