ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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レネスに着いたシャニー達は、自分達の仕事がようやく目に見える形となり感動に震えます。
あんな大事業を見事に進めてしまう人……それが次期団長と目されているイドゥヴァ。
彼女は十八部隊の存在に反対してきた人です。
敵対状態のあの人が団長になったら、十八部隊は無くなってしまうかもしれない────
部隊の中へふいに広がった不安をシャニーは笑顔で吹き飛ばそうとします。
でも、仲間達は彼女の言葉から敏感に感じ取っているのでした。


第7話 絆繋ぐ(中編)

 天気のいい朝はどうしてこんなにも気分を良くしてくれるのだろうか。

 天馬が駆ける紺碧の空は未だ冬を抜けず、矢のように冷たい風が頬を切り裂いていくのに、この大空の中を飛ぶと全身から開放感と意欲が滾々と湧き上がってくる。

 もっと早く、もっと先へ。風に青髪をなびかせ、眼下に広がっては消えていく村や山々を見下ろしながら、快活な笑み浮かぶ口元からは赴くままの歌が漏れる。

 

「やってきました西の果て~」

 

 先頭から聞こえてくる爽やかな歌声は、自然に部隊の者たちの心も明るくさせる。

 最初はどこへ行けばいいのか迷った空の旅だが、目的も目標もはっきりした今は移動の時間であっても大事なひと時。もちろん移動中に賊を見つければ対処しなければならないから気は抜けないが、東に昇った太陽を背に飛ぶ顔は、どれも希望が眩しい位に輝いている。

 

「フライに炒めに煮込みにサラダ~」

 

 ところが先頭に並んで一緒に歌い出したミリアの声は、今回も仲間たちの肩をずるっと落とさせるには十分すぎるものだった。もう任務後の事ばかりで頭がいっぱいなのは優に想像できる。

 

「いいね! あたしは山菜どうやって食べよっかなぁ。サカ風の揚げ料理が気になってるんだよね」

「いやー、さすがに各地の名物は押さえてるっスね!」

「あははっ。役得、役得〜ってね!」

 

 注意するどころか燃える食欲を煽られ、一緒になってシャニーが笑いだすものだから後ろの二人は揃って呆れ顔。

 

「……副将、お仕置きしないの?」

「ああいうのを、つける薬が無いって言うんだろうね……」

 

 シャニーとミリアが悪乗りするのはいつもの事。普段ならルシャナがビシッと二人を叱るのだが、朝っぱらからこれを見せられては先が思いやられる。

 姦しい二人は置いておき、ルシャナ達は眼下に賊の気配や新たな仕事の原石が無いかを探していた。一か月ぶりに返ってきた、明るく希望溢れる空の旅を楽しみながら。

 そこに、前からふいに聞こえてきたリーダーの声。

 

「今日はいつもの顔出しの前に鉄路を見ていこうよ」

 

 言い終わりもしないうちに北へ旋回し、進路を変え始めたシャニーの背中を皆もついて行く。

 イドゥヴァに取り上げられたイリア鉄路計画──エンジェルヘイロー。それがちゃんと進んでいるのかを確認するのはレネスへ来た目的の一つだ。

 聖天騎士団領との境が近くなり、深くなっていく針葉樹林帯。その中に不自然に切り拓かれた場所を見つけると、彼女たちは吸い込まれるように下降していく。

 

「ひゃー。どこまで続いているんスかねえ、この線路!」

 

 地平線の先まで続く鉄路。その先を、額に手を添えて眺めるミリアの感嘆が聞こえてくる。

 以前見た、全てが疲れ果てて放り捨てられていたようなトロッコはそこにはない。

 ぐるっと一周見渡して、あまりの変わりようにシャニーは口をぽかんと開けたまま立ち尽くしていた。驚きと……そして体の内から湧き上がってくるゾクゾク感。何だろう、瞳が震えてくる。

 

「思っていた以上に……がっちり作ってあるね」

 

 横に並んで鉄路を見つめるルシャナも、あまりにも予想外な光景に感嘆しか漏らせずにいた。

 鉄路は銀色に輝き、まだ錆びていない様子からして総取替が行われたらしい。この提案をしたのは聖天騎士団との契約の前だったはずだから、まだ二か月程しか経っていないのに。

 横目でリーダーを見れば、彼女の瞳からは一筋の涙が零れていた。

 

「何か、ようやく仕事が目に見える形でハッキリ結果になった気がするよ」

 

 シャニーは走馬灯のように走った今までの戦いを思い出しながら鉄路を見つめ、感無量に身体を震わせた。

 今までずっと、道なき道を歩いてきた。どこに出口があるかも分からないまま、自分が光と信じたものに向かって、認められずとも、理解されずとも、ただひたすらに前へ。ボロボロになりかけた心で、それでも笑って前を向き、時には仲間や大好きな人に支えてもらって、黒く濁る不安を跳ねのけながらただひたすら駆けてきた。

 

(やっぱり、あたし達の道は……────間違っていなかったんだ)

 

 その結果が目の前に広がっている。目元はこれ以上無いほどの笑みを浮かべて喜びを湛え、唇を噛んで震える声を堪える。

 勇気が出た。もっともっと前を向いて、時には心を鬼にして戦おうと思える。謹慎期間にたくさん届いていた手紙。想いをくれた村にもきっと行ってみようと誓った。

 

「ほら、イドゥヴァさん、ちゃんと動いてくれてるみたいだから良かったじゃん。悔しいけど……こんなの、あたし達には出来ないしさ」

 

 涙を拭いたシャニーは真っ赤な目のまま笑って、みんなにすっかり生まれ変わった鉄路を指さした。未だに仕事を取り上げられたことは快く思えはしないが、たった四人で同じことをやってみろと言われても、知識も無ければ力もない。

 悔しさよりも、今は信じてくれた人たちとの約束を果たせた喜びの方が大きくて、もうこれで良いのだと前を向く。

 でも、ルシャナは線路の端を蹴飛ばしながら堪えきれない不満を吐き捨てていた。

 

「だからって、他の企画を後回しにされるのはムカつくけどね」

「分かってるよ。みんなで震えながら集めたんだもん。これからも会議で頑張って訴えるからさ」

 

 相変わらず、イドゥヴァは理由をあれこれつけて企画を却下する場面が目立つ。特に最近は、エンジェルヘイローを盾に他の事などやっていられるかと、内容すら語らせない時だってある。

 寒さに震えながらへとへとになって集めてきたものを、足で蹴飛ばすような態度。腹が立つのは実際に面直で戦うシャニーも同じ。これだけの大型案件では仕方ない部分もあるのだろうが、それでも毎回怒りを噛み砕いては()()()の囁きを払ってきた。

 許せなくとも、これ以上敵意を見せても首を絞めるだけ。巡って悲しむのはイリアの民なのだ。今は仲間を宥めるしかなかった。

 

「あの人が団長になったら、ますます通りにくくなるんスかね……」

 

 今はティトがいてくれるから、イドゥヴァの強硬な態度に待ったをかけてくれる。それが四月からは無くなると思うと、誰もの肩に重い気持ちがのしかかってくる。

 頭では分かっているつもりだったが、ミリアが改めてぼやくと誰も返せず、皆リーダーを見つめてしまう。会議で直接対峙しているシャニーの顔が、何よりもミリアの問いへの答えとなっていた。

 急に訪れた重く淀み、喉が張り付くような絶望感。

 

「私たち、どうなっちゃうんだろ。十八部隊……なくなっちゃうのかな」

 

 レンのただでさえ小さい声が消え入るように不安を零す。言って更に怖くなり、そんな事は無いと言って欲しくて仲間をぐるっと見渡す。

 イドゥヴァは当初から十八部隊の存在を反対してきた。イリア連合会議でも十月からの新体制には疑問の声があがっていた。稼ぎもしない部隊を設置するとは何事だと。

 おまけに起こしてしまった十一月の事件。条件が整いすぎていた。

 跳ね飛ばしたくてもあまりに重すぎる現実。それでも、押し潰されそうな気持ちを吹き飛ばす朗らかな声が雪原に響いた。

 

「そんなの考えても仕方ないじゃん! あたし達の誓いは?」

 

 元気な声で仲間を鼓舞すると、レンの許へ歩み寄ったシャニーは彼女の不安げな瞳を見つめて笑って見せた。

 

「……イリアの礎たれ」

 

 答えはすぐ返ってきて、彼女はレンの双肩をポンポンと叩きながらもう一度笑って見せる。沈んだままでいたって、何も始まらない。

 

「じゃあ、行こうよ。みんな待ってるんだから」

 

 信じてくれる人のために剣を握り、ただひたすらに、前へ。皆で掲げた誓いを胸に、シャニーは天馬の方へ戻ろうと歩き出した。

 騎士団内で何が起きようとも、待ってくれている人たちには関係ないことだ。今できる事を、今しか出来ない事を精一杯やる────その背中にルシャナたちもついて行こうとしたのだが、ふいにレンの声が後ろから引っ張って来た。

 

「シャニーは心配じゃないの?」

 

 思わぬ問いかけにシャニーの足が止まり、顔だけ振りむいて驚いた。レンの瞳がじっと睨むように見つめてきていた。

 自然に体も振り返って、怒りを滲ませる銀の瞳を全身に浴びて息を呑む。

 

「悔しく……ないの?」

 

 リーダーの態度がどこか、さっぱりと受け入れて決定に従うしかないと言っているように見えて仕方なかった。大事な家族が奪われようとしているのに。

 以前リーダーが口にしていた、()()()()が未だに引っかかっていた。それが、リーダーの笑顔の裏に滲むものを逃さなかった。

 

「悔しいよ。十八部隊はあたしにとって帰る場所。家族のいる家みたいなものだから。それを取り上げられるのは……悔しい」

 

 いつもと違うレンの様子に一瞬固まったシャニーだが、心が先に飛び出していた。気持ちを我慢しているつもりだった。こんな重い気持ちのまま村人たちのところに行ったって、彼らの笑顔を引き出すなんて出来ない──恐れも悔しさも奥に納めて。

 悔しい……それは間違い無いが、彼女はロイに言われた言葉を胸に一歩踏み出した。

 ────どこで周りを笑顔にしてるかだけだよ

 どこにいても、イリアの礎たれ──為すべきは変わらないはずだ。

 

「けど、どうなろうとあたしはあたしの置かれた場所で、自分の誓いを果たすって決めてる。あたしはみんなに笑顔になってもらいたい。それが果たせれば、イイって」

 

 笑って不安を吹き飛ばしながらレンの許へと戻ったシャニーは、未だ表情の変わらない彼女の手を取った。

 

「ほら、笑って笑って!」

 

 太陽のような明るい笑顔と爽やかな声。

 沈み込む心へ雪のごとく降り積もる不安を解かそうと、前を向くリーダーにルシャナ達は何も言えなかった。リーダーの口調からはありありと伝わってくる。この先に何が待っているのかを。

 

「あたし達を待ってくれてる人がいるんだから、その人たちへ今出来る事を精一杯やろう?」

 

 その重い空気を払うべく、シャニーは明るく鼓舞し続けた。

 先の事なんて分からない。四月どころか、明日だって何が起きるか分からない。

 この一年で死ぬ思いを三度も経験したシャニーにとっては、今こそが一番大事だった。今したい事は何で、今しか出来ない事は何なのか。貴重な今を精一杯生きて成すべきを果たそうと。後悔しなくていいように、とにかく動いて、笑って、軌跡を描き続けようと。

 だが、レンにはその想いは嬉しくとも許せなかった。もう、もう我慢できない。もうこれ以上沸々湧きあがるものを抑えきれない。

 次の軌跡を描くべく、自分の手を引いて歩き出そうとするリーダーの手を力任せに振り払ってしまった。

 

「シャニー……勝とうよ」

 

 この部隊で一番力が弱いはずのレンが見せた荒々しい怒り。手をさすりながらシャニーが驚いて振り返ってみると、今も銀の瞳は震えながらもはっきりとした怒りを伝えくる。

 彼女が口にした短い消え入りそうな言葉に、シャニーは胸を貫かれたようになって表情が固まっていた。

 

「シャニーは行く先があるかもしれないけど、私たち、この部隊がなくなったら……」

 

 もともと落ちこぼれ組だった。天馬の扱い方も知らず、槍も満足に振れず。そんな自分たちを引っ張ってきてくれたのがシャニーで、帰る場所となっているのが十八部隊だ。

 大事な人と、大事な家が、どちらもが奪われそうになっているのに、決定に只従うなんて絶対に嫌だった。戦って欲しかった。今までそうして戦ってきてくれた人の、先を見据える諦めにも似た瞳が恐ろしかった。

 

「ごめん……。──そんなつもりで言ったわけじゃなかったんだ」

 

 ついに泣き出してしまった部下を見つめるシャニーは改めて思い知っていた。自分(リーダー)の一挙手一投足をどれだけ繊細に部下が見つめて、重く受け取り覚悟を決めるのかを。

 一度は振り払われた白い手をもう一度握り返して、瞳を見つめてはっきり誓う。

 

「もちろん勝つさ。その為なら、なんだってする」

 

 どこかで諦めていた自分に気づかされた。

 相手はイドゥヴァだ。こんな鉄路を作り上げてしまう程、名実ともにイリア中でもトップクラスの権力者。それを敵に回している今、一部隊長では勝ち目はない──部隊長会議で戦い続けてきた心が、勝手にそう決めつけてしまっていたのか。やりたい事と、出来る事の間にある途方もなく深い溝に、出来ることさえ全て放棄して。

 どれだけ明るく振舞っても、敗色が滲んだ気持ちを敏感に部下に感じ取られてようやくに気づいた。

 そんな未来は嫌だ。自分に言い聞かせるようにはっきりした口調で決心を伝えると、ようやくレンの顔に笑顔が戻る。

 

「約束だよ?」

「うん、じゃあ指切りしよ、指切り」

 

 見守っていたルシャナ達の顔にも静かな笑みが浮かぶ。レンがモヤモヤを全部言ってくれた気がする。何かは分からなかった釈然としない想いを言葉に換えて、リーダーの顔に浮かぶ笑顔に決意を与えてくれた。

 もちろん、勝つ────リーダーが口にした言葉を自分たちも胸に刻む。この部隊は、この家族は、皆で何があっても守り抜く。そう誓ってルシャナは二人の許へ歩き出す。

 

「その為にもしっかり成果をあげよう。結果を出せば、簡単に潰したり出来ないはずさ」

 

 二人の間にそっと入って来た手。彼女たちの繋がれた手にルシャナも自身の手を重ね、ミリアも追って中に加わる。

 仲間同士誓いを確かめ合う儀式とも言えるこの円陣を何度囲んできただろう。気持ちをぶつけ合った後はこれで締めてきた。今までも、そして絶対にこれからも。

 もうこんな沈んだ時間は終わり。皆で手を突き上げて重い空気を払うように誓いを唱え、次なる目的地へと歩き出した。

 

「シャニー」

 

 後ろから駆けてくる声に振り向くと、先ほどとは違うレンの顔があった。

 

「なぁに?」

「ごめんね、酷いこと言って」

 

 本当はシャニーだけに言いたかったわけではなかったのに。自分も含めた部隊全体にへばりつくようにのしかかる敗色が怖かった。怖くてどうしようもなくて、全てをリーダーにぶつけてしまった罪悪感でレンの瞳は弱くなった。

 

「ううん。逃げないって決めてたのに、逃げてた自分に気づいたよ。ありがとうレン」

 

 どこかで諦め、我慢していたものを吹き飛ばしてくれた儚げな瞳へ、シャニーはニカっと笑って見せた。

 あのままなら、また知らないうちに溜め込んでいたかもしれない。そう思うと仲間の存在に感謝せずには居られない。

 

 ありがとう──その魔法の言葉をかけられて、どれだけ気持ちが楽になっただろうか。これからもよろしく……そう伝えてくるリーダーの手を取ってレンの足取りは軽くなった。

 彼女の顔にも慎ましやかな笑みが戻ると、シャニーはレンの手を引いて足取りを強める。間違っていたら仲間が教えてくれる。信じられる瞳たちを背負い、シャニーは顔だけ振り向いた。

 

「これからも気づいたら色々教えてよ。あたし、みんなに頼られるリーダーになりたいからさ」

 

 まだまだリーダーとしての未熟を思い知らされた。それでもついてきてくれる仲間たちを裏切れない。より確かに思えるようになった瞳は、握りしめる誓いをさらに強くしてひたすら前に進むのだった。

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