ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅠ・Ⅱ   作:宵星アキ

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村々の困窮を救うため、シャニーは今日も部隊長会議で気炎万丈に訴える。
多くの絆を繋ぎ、信を背負ったその眼差しは太刀先を見据えるように鋭い。
新たな刺客が横槍を入れる中、今回は難敵副団長を説き伏せることが出来るのだろうか。


第9話 新風の息吹

 手先で転がす石ころの擦れ合う間隔がどんどん早く、そして悲鳴を上げるように強くなっていく。

 半年前は取るに足らない未熟な小娘だと歯牙にもかけていなかった。それが最近ではどうだ? 騎士には似つかわしくない、軽はずみで能天気な声を吐き散らし、事ある毎に騎士団を引っ掻き回している。

 今日の会議でもそうだった。意気天を衝き、影無き清新の風を吹き込む『妖精』と言えば聞こえは良いかもしれない。だが、あそこまで主張が過ぎると目に余る。

 

「そのセリフをキサマが言うな!!」

 

 石を見つめていたイドゥヴァは思いのまま机に叩き付け、弾け飛んだ石は床に転がり落ちて割れた。

 

「クククッ……そうだ、それでいいのですよ。()()()()()はそうして底辺で転がっていればいい……」

 

 

──1月 20日 AM 11: 05 カルラエ城 第一会議室

 

「以上です。ご検討をお願いします!」

 

 もうとっくに十八部隊の持ち時間はおろか、会議自体の終了予定時間だって過ぎている。ようやく全ての企画を報告し終えたシャニーの声はそれでも枯れずエネルギーに満ちている。

 だが、万丈の気を吐いてきた乙女が頭を下げた途端、会議室は静まり返ってしまった。彼女にとっては慣れたものだ。そして、会議を取仕切る副団長からこの後返ってくる言葉も。

 

「検討も何も、一体何を検討すればいいのですか?」

 

(今、一から十まで細かく説明したじゃんッ!!)

 

 そう言いたくなる気持ちをぐっと抑えて言葉を飲み込むと、イドゥヴァの顔を睨むように見つめる。ここで副団長の威に屈してしまったら、仲間や、支えてくれた多くの人たちの想いを捨てることになる。

 一度背負った想いは簡単には諦められない。勝つまでは負けないと誓いを刃に乗せて、この部屋でだけは、“本来の自分”は捨てて剣を握ることにしていた。

 あなた達は、私たちの希望──あの言葉が、あの笑顔たちが、誓いを超えた決意を与えてくれ、心に青焔が噴き上がる。

 

「ですから、この村には大きな倉庫が無く──」

「それは聞きました。彼らで出来る範囲は彼らにやってもらうよう、毎回指示しているはずですよね?」

 

 一度は却下された倉庫建設と鉄路の延長を求めた今回の企画だが、イドゥヴァは前回と同じように切って捨てようとしている。倉庫を作るくらいは彼らにできるだろう──と言う事らしい。

 数か月前なら、そう言われてしまえば力なく席に座るしかできなかった。だけど、あんなにも自分たちの事を想い、待ってくれている人がいると分かった今、ただ朗らかな甘い人間のままでこの場に立つことは己の誓いに反する。

 

「こんな吹雪の中、村人にやってもらうなんて危ないじゃないですか! それに、村々にはお金だって無いんです!」

 

 二月まではまだまだ死を運ぶ風が吹き続けるイリア。ろくな設備も装具もなく吹雪の中で村人たちに倉庫建設をさせるなんて、とてもではないが承服できない。

 

(ゼッタイ通して帰るんだ。それまでは絶対に会議を締めさせないぞッ)

 

 目に鬼火を燃やして声を張り、何とかイドゥヴァの心を動かそうとあれこれ訴えていると、不意打ちするかのように横槍が飛んできた。

 

「金がいくらでも湧いてくると思って貰ったら困るよ、十八部隊長。自分で稼いでんならともかくさ」

 

 ありありと敵意を見せつけるような尖った声をあげながら、回ってきた資料を何度も机に叩き付けているのはマリッサだ。第二部隊復帰をエサにイドゥヴァに絆された第五部隊の長は、彼女が右を向けばそちらを向く完全なイエスマン。

 

(コイツ……ッ)

 

 即反論したくてもシャニーは一瞬言葉に詰まった。十八部隊にとって一番苦しいところを的確についてくるあたりは、彼女の考えというより、点数稼ぎにイドゥヴァの気持ちを代弁しているようにさえも聞こえる。

 それでも、自分達の仕事には自信がある。民が救いを求めているのに、彼らはその声を知らない。手を取り合うべきなのに、何故こんな金の話ばかりなのだろう。稼ぐ者こそ至上と貴賤を語ってくだを巻く手合いには付き合っていられない。

 

「でも! 騎士団が資金獲得に奔走するのは、イリアの人びとを幸せにするためじゃないんですか?」

「だからその配分先をきちんと考えなきゃって話でしょ? 分かってないな」

 

 周りの部隊長もこくこくと頷きだしている者がいる。マリッサがここぞとばかりにイドゥヴァ派ナンバーⅡ──第四部隊長キリネに目で同調を求めだした。それを躱すように資料へ目を落とした彼女から横目にじっと視線を送られ、シャニーはぎゅっと拳を握る。

 

(キリネさん、ありがとう……。負けませんから!)

 

 派閥を越えて見守ってくれる人もいる。シャニーはありったけで叫んで反論するが相手も黙ってはいない。あざ笑うかのような口調で斬り返してくるその顔には明確な敵意が浮かんでいて、企画を潰してやろうとする思惑がはっきり伝わってくる。

 マリッサはわざわざ音が出るほどに資料を振りだした。

 

「こんな案件にいちいち回してたらさぁ、いくらあっても足らないんだよ!」

 

 吐きかけるように言い切ってそのまま資料を放り捨ててしまった。

 

(金も稼げないクセに、人の仕事の邪魔しやがって。ウチにいる下(セラ)端と同じ(ガキ)のくせに……)

 

 彼女にとっては、十八部隊の報告はいい迷惑だった。この前だって彼女達の企画実行をイドゥヴァに振られてとばっちりを受けた。結局、あの案件も絞られた予算では出来るはずも無く宙ぶらりんのまま。()()()()をもらったはずが、これではまた格下げだ。今回も、こんな国内の小さな案件ではこっちに飛んできても不思議ではない。

 

 マリッサが蔑みの眼差しで突き刺さしてくるが、シャニーの視線は別にあった。

 

(あたし達の……みんなの……よくもっ)

 

 放り捨てられて地面に落ちた資料。彼女は珍しく柳眉を釣り上げると席から離れてつかつか歩き出し、資料を拾ってマリッサに突き返した。

 

「こんなって! そんな言い方ありますか?!」

「それ以外に何て言うんだよ? こんなショボいので──」

「あなたは、あの村の人たちがどれだけひもじい中で震えているか、見たことがあるんですか?!」

 

 目の前まで来て気炎を吐く青い瞳に迫られて、マリッサも思わず後ろに退いた。こんな少女を抜け出さないような年の人間なら、少し強く言ってやれば黙るだろうと思っていたのに。

 

 ──自分で見てからものを言え! 

 

 今もギリっと睨む青き瞳は、月夜に輝く鬼火の如く浮かび上がり、そのまま斬りかかろうかというほどに鋭い。

 だが、こんな年下の娘に威圧されて黙っていてはプライドに障る。そっちがその気ならと、マリッサも机を叩きつけて立ち上がるとシャニーに顔を押し付けた。

 

「じゃあ君は、私たちがどんな苦労をして外で稼いでいるのか知っているのか? 契約の一つもこなせない部隊に言われたくないね!」

 

 国内でのんびり仕事している穀潰しに、外の仕事の何が分かるのか。

 シャニーの言わんとした事を、そっくりそのままにして返してやった。自分達の失態は棚に上げて格上部隊に説教など、だからイドゥヴァに目を付けられるのだ。

 

(どうだ? これでもまだ何か言えるかよ?)

 

 いくらこの能天気な人間でも、十一月に起こした事件を忘れてはいまい。思惑通り、それまで攻め一辺倒だった瞳が揺れたのを見逃すわけはない。

 

「分かったらサッサと席に戻れよ。時間の無駄だよ」

 

 勝った──笑みを浮かべて顔を円卓へ戻し、一瞬ぎょっとした。第四部隊はじめ、イドゥヴァ派の部隊長達の視線がこちらに集中していたのだ。思わずその先を追うとシャニーと視線が合った。彼女は退いていなかったのだ。

 

「それは……それについては反省しています。皆さんにも迷惑をかけて申し訳ありませんでした」

 

 ────やってしまったことは、省みないといけないと思う

 耳につけたピアスが揺れる。ロイの言葉を心の中で思い出しながら静かに頭を下げた。その直後に、彼が掛けてくれた言葉をしっかりと握りしめて。

 あの気持ちは間違っているとは思えない。だけど今は、それだけを前面に押し出すわけにはいかない。仲間たちの汗と、『護るべき人』たちの想いをいっぱいに背負って、今この場に立っているのだ。勝つためには、()()負けるしかない。

 

「分かったらもう──」

 

 そう手で払ってマリッサが席に座ろうとした時だった。

 

「大きな事業を騎士団が担わなきゃいけないのは十分心得てます。だけど、目の前で苦しんでいる人一人を救えなくて! 役目を果たせてるって言っていいんでしょうか?!」

 

 悔しさも怒りもすべて飲み込んで、今はあの人たちの剣となり戦い抜く。マリッサから視線を外し、シャニーは会議室にいるすべてに訴えかけるように腹の底からありったけで叫ぶ。

 

「あたしはイリアに春を呼びたい! みんなが幸せになって欲しいんです! 誰も……──取り残したくない!」

 

 あなた達は、私たちの希望──待ってくれている人たちの想いを刃に掲げ、希望を湛え続けると誓った不屈の瞳が見据える先にはイドゥヴァがいた。

 どうなんだ?! ────まるで剣を突き向けているかのように鋭い隼の眼光は視線を逸らすことを許さない。

 

「あなたの言い分にも一理ありますね。団長、いかがしましょうか」

 

 ここまで火花を散らされては、無下に却下する方が難しい。

 ここに来て初めてイドゥヴァはティトの方に視線をやった。もはや負けも同然。可愛い妹の主張をこの団長が却下するとは思えない。

 

「民の困窮は見過ごせません。すぐ実行しましょう」

 

 案の定の答えが返ってきた。

 諦めろ──背中に突き刺さったイドゥヴァのまさかの視線にマリッサは瞠目した。それ以上に、振り向いた先で今もギリっと睨んでくる十八部隊長の目とあった途端、自席に尻餅をついてしまった。

 

「予算なら予備費だってあるはずですし」

 

 情けない部下から視線を外したイドゥヴァは、団長が続けて口にした言葉を聞いた途端眉間にしわを寄せる。だが、団長がこう指示したのでは従う他ない。まさかの完敗だが、このくらいで済んだのが不幸中の幸いだ。

 

(……それにしても、この小娘……()()()を……)

 

 若き部隊長を一瞥すると、今も彼女の眼光は霞構えの太刀先を見据えるようだ。やはり……似ている。

 

「分かりました。ではシャニー部隊長、倉庫建設の方はあなた達に任せます。人の手配等は事務方にあなた達から指示してください。鉄路については我々で検討します」

 

 淡々と決定事項をシャニーへ指示していると、その横で蒼い顔をしているマリッサに目が行った。

 彼女は大きく息を吐きだして瞳を震わせている。当然だ。仕事を回さなかった理由くらい察しているだろう。

 エネルギーに満ちた若さ溢れる声を恨めしそうに睨む姿から目を切った。

 

「はいっ、ありがとうございます!」

 

 剣を下したシャニーの瞳には喜びだけが溢れていて、先程とは別人のような春陽の如き声が会議室に響く。

 ようやく、ようやく勝った。席に戻った彼女は椅子に身を預けて天を仰ぎながら大きく息を吐きだした。

 時計を見れば十一時半をとっくに過ぎている。一時間の激戦の末、提案した企画全てを通したのだった。

 

「今後も民の救済には優先して資金を回しましょう。予算は守る事が目的ではないですから」

 

 団長の指示を聞き、部隊長達はいそいそと部屋を出ていく。

 誰もいなくなった会議室で、シャニーはしばらく恍惚と天を仰いだまま、勝ち取った高揚感に浸る。

 

「みんな、あたし頑張ったよ」

 

 ここまで心を鬼にして、刃に炎を掲げて戦ったの初めてだった。それも、大事な人たちが教えてくれた気持ちと、仲間が託してくれた十八部隊の命運の為。

 自然と顔には笑顔が湧き上がり、ばっと立ち上がると猛然と部屋を飛び出した。全力疾走のまま、行き交う騎士たちが慌てて避ける道を一直線に駆け抜けたシャニーは、そのままの勢いで十八部隊の詰所になだれ込む。

 

「みんな! 企画通ったよ!」

 

 机に向かいじっと結果を待っていた隊員たちの視線が一気に集まってきて、彼女は歓喜を力の限りいっぱいに叫ぶ。飛び込んできた弾ける声は部隊に希望を抱かせるには十分なものだった。

 

「よしっ、今回は横取りされなかった?」

「うんっ。あたしたちで事務の人たちに指示を出しておけって!」

 

 ルシャナを皮切りに、誰もがガッツポーズを隠せず詰所の中が歓喜に湧く。

 今までずっと却下されたり、通したとしても他の部隊が実行したり。なかなか自分たちの手で進めることを許してもらえなかったから、何だか夢でも見ているのかのようだ。

 

「これでまたひとつ実績が出来たっスね!」

 

 部隊をイドゥヴァに認めさせるには実績を積み上げるしかない。

 嬉々としてシャニーの肩を揉んで労うミリアの顔に満面の笑みが咲く。終了予定時間から三十分以上過ぎているところからしても、リーダーがかなり戦っていたことは部隊のメンバーにも伝わっていた。

 

「みんなの頑張りのおかげだよ。ありがとう!」

 

 それもこれも周りで笑っている六つの瞳のおかげだ。彼女たちが汗を流して情報を集め、民との信頼を築いて戦いの場へと赴く自分を支え続けてくれたから。シャニーから自然と漏れる感謝の言葉。

 

「事務の人たちへ連絡したら、あの村の人たちに報告に行こう!」

「ん、みんなきっと喜ぶ」

 

 歩き出した手をレンにとられた。見上げてきた銀の瞳は嬉しそうで小さな口がはっきり微笑んでいる。レンにあそこまで言われていなければ、きっとマリッサに押し切られていたに違いなかった。

 シャニー達の間に飛び込む様に、ルシャナが二人の肩を抱きながら背中を押してきた。

 

「リーダー、お疲れ様。私たちの分も戦ってくれてありがとう」

 

 いつも厳しいルシャナからの労いの言葉はすっと心に沁みこんできて、シャニーの顔に浮かぶ笑顔をますます輝かせた。

 仲間からの激励、村々から聞こえてきた信頼。背負った全てが、刃に掲げる炎を強くしてくれたから勝てたのだとはっきり言える。人の信がこれほどに勇気と力を与えてくれるものだなんて、背負ってみて初めて分かった。

 事務方に連絡を入れ、厩舎へ向かう廊下に立ち止まったシャニーは、南の空を見つめてそっと漏らした。

 

「ロイ、あたし頑張ったよ。今度教えてあげなくちゃ」

 

 何よりも、マリッサと戦っていた時にずっと傍にいてくれたような気がする大好きな人に感謝してもしきれなかった。

 彼が掛けてくれた言葉が無ければ、きっとこの場に立っていることは無かった。どうやって伝えたら一番喜ぶだろうか。耳に揺れるピアスへそっと手を添えて名を呼び、仲間を追うべく彼女ははつらつと駆けていった。

 

 

 

◆◆◆

 

 一方、イドゥヴァは第二部隊の詰所がある並びの廊下を歩いていた。その口元は厳しく閉ざされてぴりぴりした肩が空を裂く。憤懣(ふんまん)が隣について歩くマリッサにも伝わっているのか、女王の機嫌を窺うように彼女の目線はおどおどしている。

 

「やれやれ、最近シャニー部隊長は急に母親に似てきましたね」

 

 独り言のように漏らすイドゥヴァの脳裏に二人の顔が浮かぶ。

 一年前はまだ幼さ丸出しの新人だったというのに。あの顔立ち、あの気質……全てがあの女に見えて腹立たしい。

 自分を抑えてあの女が団長となった日からずっと肩書に“副”を押し付けられてきた。その呪縛は、あの女が消えてからも変わることなくまとわりついてくる。

 

(何なのだ、あの天を衝くような意気は……。──まさか事を知って、復讐でもしようというのか……)

 

 そんな筈は無いとイドゥヴァは無意識に首を振っていた。

 たとえあそこで調べ物をしていたとしても、()()()()辿り着けるはずが無い。そもそも、その話は元から地下にあったはずだ。もし────元から知っていたとしたら……。

 

「国内案件に現を抜かしていたら、外に稼ぎに行ける時間が無くなるのに何を考えているんだか。これだからガキは。十五で部隊長なんて時期尚早なんですよ」

 

 考えを巡らせていると、ふいにマリッサの声が聞こえてきてはっと我に返る。そうだ。そんなはずはない。あの話を十五,六の娘が知る訳が無い。何より自分は手を下していないのだから結びつくはずも無い。

 

(あれは事故。そう……──事故なのですよ)

 

 任務先で団長をはじめとした精鋭部隊が雪崩に巻き込まれたあの事件は、事故なのだ。暗殺を企んだのでもなければ、雪崩を誘発させたわけでもない。たまたま、団長が向かったところに雪崩が起きた──事故なのだ。

 

「でも、それでも三月で終わりなんですよね?」

 

 マリッサが口にした言葉に、イドゥヴァは自身に言い聞かせながら口元へ笑みを浮かべた。

 何を焦っているのか。生殺与奪の権を握るのはこちら側ではないか。

 

「ええ。いつまでも金食い虫のままでおられては困りますから。いい加減稼いでもらわないと」

 

 イリア連合会議の場でも話題に上がってしまっている以上、十八部隊は簡単には潰せない。あの生意気な団長の抵抗にはほとほと参る。生真面目だから()()()()にほとんど敵が居ないのは厄介だ。姉も、妹も、つくづく厄介な家系である。それも……三月で終わる。

 だが、あの気質が事に気づいてしまったら何を起こすか分からない。

 

(やはり、ソルバーンを何とか籠絡(ろうらく)して亡き者に……いや)

 

 そこまで考えてそのカードは一旦しまった。

 あの剣が何も生み出さないままと言うのも惜しい。今まで浪費してくれた分、しっかり稼いでもらわないと困る。ただでさえ遅れているのだから。

 

「予算は守る事が目的ではない……そんなこと分かっていますよ。あなた達には不要というだけだ」

 

 もっともっと、他に回す先があるのだ。限られた資金は、相応しい場所に宛がってこそ価値のあるもの。目先の人気取りに使ったところで、それはただの無駄遣いでしかない。

 すでに三年後を見据えて動く中、エンジェルヘイロー以外の全ては無駄に映っていた。

 だが……大人しくしてくれているのなら、そのための駄賃としては悪くもない。そう、今は。

 

「……解体だけでは済みませんよ。これ以上邪魔をするならば考えなければ。ただでさえ、あなたは……」

 

 部屋に戻り、机に向かうと目についた丸玉を二つ手に取り掌の上で転がしてみる。

 

(そうですよ。こうして大人しく、摩擦なく転がっていればいいのです)

 

 それなのに、いちいちと邪魔をしてくれる。傍に残しておけばいずれ災いとなるのは目に見えている。会議の場で見せつけてきた、青の瞳に宿す気鋭。今思い出しても、あの女そのものだった。

 

「イリアに春を……ですって? ──ッ、そのセリフをキサマが言うな!!」

 

 思わず机に叩き付け、弾け飛んだ玉は床に転がり落ちて割れた。そうだ、それでいいのだ。残れない者は、そうして底辺で転がっていればいい……。

 

「後ろ盾がなくなった時が、あなた達の最後です」

 

 席を立ち、今も割れた姿を晒しながらも揺れる石を渾身に踏み砕くと再び部屋を後にした。

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